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小説 続・うそとまことと

第18話 帰る場所

 帰国2日前となった。
 人数を集められないため、マティスの別荘でささやかな打ち上げパーティーを開くことになった。
 マティス、ノエル、城田の3人と、ラファエルが来ることになっている。
 城田は、マティス達に感謝を込めたもてなしをしようと計画する塚田に呼ばれ、それならと赤いベルベットの生地を持って一足先にやってきた。
「何するんですか?」
 と塚田がそれを広げる。
「和風の飾り付けだよ。そうだ、折り紙って出来る? 鶴とか喜ばれるよ」
 城田のすすめで鶴を折り、それをニスでコーティングしていく。
 城田はリビングのテーブルに赤いベルベットの生地をかけ、うーんと首を捻る。
「ソファが邪魔だよな。カーペットも」
「やり過ぎると片付けが大変ですよ」
「中途半端はだめだめ。いっそ規模を小さくしてでも日本を作るよ」
 塚田は説得され、城田とともにソファを動かし始めた。
 琴はキッチンで肉じゃがや味噌汁、またフランス料理をユーチューブで見ながら作っている。
 ワインはノエルが持参するとメッセージがあったので、フランスパンやバターなどを買い足して食事の準備は出来てきていた。
 メインディッシュはマティスが用意するらしい。
 ニスが乾いた鶴の折り紙を城田はベルベットの上にそっと並べ、どこから取り出したのか番傘をそこにかぶせる。
「庭の花を摘んでこよう」
 城田は血が騒ぐのか、さっきから足取り軽く、目をきらきらさせて動き回っている。
 塚田は日本から持参したお茶セットやお箸などを出し、扇子も並べる。
 その時、玄関のベルが鳴った。
「ボンジュール、僕の太陽」
 ラファエルだ。ミクは鏡を見ると髪を整え、走ってドアを開けに行く。
「ボンジュール!」
 ミクとラファエルが抱き合い、その横を城田がすり抜ける。
「ボンジュール」
「ボンジュール」
 城田は無地の花瓶を取り出し、そこに庭から摘んできた花たちを活ける。
 もう一つの花瓶も取り出し、こちらには花束のように活けた。
 掛け軸はもちろんないが、和柄の折り紙をフランス国旗の色にならべ、壁に貼り付ける。少しずつ和風に近づいてきた。
「うん。フランスと日本の友好を願って」
「可愛い~。城田さん、華道も出来るんですか」
「いやいや! 見よう見まねだよ」
 塚田と城田は楽しそうだ。ミクとラファエルも、ラファエルが持ってきたスイーツの箱を開き、一つ一つ見比べている。
 琴はキッチンで一人、出来上がってきた肉じゃがを味見していた。
「……美味しい」
 我ながらよく出来た。
 後はフランスの家庭料理をラファエルと城田に味見してもらおう、とくさくさした気分をごまかす。

 昼頃になると一息、とラファエルが淹れてくれた紅茶、ショコラショップで買い込んだチョコレート菓子をつまむ。
 塚田が立ち上がり、琴とミクを手招いた。
「どうしたの塚ちゃん」
「フランス行くなら絶対持っていけって言われたんだ。本当は初日にしようかって思ってたんだけど、慌ただしかったし」
 塚田は二人の手を取って寝室に向かう。
「二人は待ってて」
 と城田とラファエルに言って、有無を言わさない。
 寝室で塚田が広げたのは4つの着物だ。
 赤を基調にした、牡丹の花の見事なもの。
 桜色を基調にした、薄紫へのグラデーションのもの。
 緑を基調にした、季節の花が描かれたもの。
 青を基調にした、波模様の入ったもの。
「わーぉ……すごいじゃん」
「一つは監督へのお土産の予定。どれにするかは選んでもらおうと思ったんだけど……でもせっかくだから君たちに着てもらおう」
「まじで?」
「私もですか?」
 琴とミクは顔を見合わせる。
「着たい着たい! 塚ちゃん、着付け出来るんだ?」
「まあね。これでも日本人モデルのマネージャーだよ。洋服ならまだしも、こういう仕事が来た時手伝えるようにね」
「かっこいい~。さすがだわ」
 ミクがそう言いながら着物を手にする。
「どれがいいかな」
「上原さん後で和風メイク……」
「しますします。わーい! 嬉しい。塚田さんは何色にします?」
「あたし? あたしはいいって」
 塚田がそう言うと、ミクまでも目を丸くして彼女を見た。
「なんで?」
「マネージャーが主役と同じにしてどうすんの。ほら二人とも選んで」
 ミクと琴は再び顔を見合わせ、やがて着物を選ぶと「先にお手洗い」と言って、二人でこっそりと階段を降りる。
 城田はラファエルにパソコンを見せながら何か説明している。
 ラファエルはそれを興味深そうに見ていたが、二人の視線に気づくと顔をあげた。

 ミクは赤い着物を着て、琴に艶めかしい赤の口紅を塗ってもらっている。
 髪をヘアピンでまとめ、塚田は牡丹の髪飾りをそこにつけてやっていた。
 赤のアイラインを猫の目元に寄せて書き、眉にも同じ赤をのせると、凛とした日本女性が鏡に映る。
「やっぱ綺麗」
 塚田が感心したように言うと、ミクは「おほほ」と笑う。
「調子乗らないの。あたしが褒めたの上原さんのメイクだから」
「素直じゃないよね、塚ちゃんは」
「なんかいった?」
「じゃあ次琴さん」
 琴は桜色の着物だ。襟元にハンカチをかまし、自分の顔に化粧を施す。
 血色の良い白い肌へ肌色を整え、着物に合わせてローズピンクと紅色を活かしたメイクを始める。
 塚田が琴の髪を三つ編みにして、左耳の近くでアップにするとしだれ桜の髪飾りをつける。
 手早くメイクとヘアスタイルを完成させると、ミクがスマホをかざした。
「なんですか?」
「いや~、あたしはラファエルがここにいるからいいけど、都筑さんはもう帰っちゃったから。手は重ねて膝の上。視線は斜め下、OKOK! 今日はあたしがカメラ小僧やるから」
「ええ?」
 琴は照れ隠しにこめかみをかいた。
「じゃあ」
 と塚田が小物類を片付けようとし、ミクが琴の手を牽いた。
「先に降りてるから」
「お先です」
「何、手伝ってくれないの?」
 塚田が振り返る前に寝室を出て、おかしそうに笑う城田にOKサインを出す。
 城田はいたずらをする少年のようににやにや笑い、ドア越しに塚田に声をかけた。
「ねえ見事な花がいるんだけど」
「花がいる? 変な日本語……ああ、二人のことですか?」
「そうそう。あのさあ、まさか花が2輪なんてことないよね? 生け花だと3にしないと縁起悪いらしいんだよな~」
 ドアが開き、塚田の怪訝な顔が見える。
「どういう意味ですか?」
「いや~せっかくだから、君も着たらいいのに。花は多い方がいいって。旅の恥はかき捨てって言うだろ? ついでに撮影関係なしだし、マネージャーだとかどうでも良くない?」
「……」
 塚田は眉間に皺を寄せていたが、何も返さない。琴とミクが口を開いた。
「お化粧しますよ」
「髪なら手伝うし」
「……計ったな」
「城田さんの意見なら聞きやすいかと」
「どういう意味?」
 塚田を寝室に押し込み、二人は城田に礼をするとドアを閉めた。

 結局塚田は青の着物を着て琴に和風メイクをしてもらい、つまみ細工の髪飾りをつけてリビングに降りた。
「みーんな振り袖」
「未婚ですから」
「未婚ですねぇ」
 飾り付けは城田の主導で和風とフランス風が入り交じる、不思議ながら調和したものになっていた。
 丸い磨りガラスの照明を床に置き、琥珀色に輝かせると室内の照明を落とす。折り紙に含まれていた金銀がきらめき、花びらをあやしく浮かび上がらせる。
「日本人は面白いね。大人しいかと思ったら派手な装飾もする」
 ラファエルは感心したようにそれを見つめ、スマホを構えると室内を撮り始める。
 ミクの姿をとらえ、その横顔や視線の落ちた時にシャッターを切った。
「こうしてみると君は満月かな」
「やだなあ、ラファエルって詩人」
 ラファエルは着物姿のミクを何度も褒め、腰の帯に手を回しては手を引っ込めている。
「ちょっとやそっとじゃほどけないから」
 とミクに説明され、ようやく帯に触れると二人でスマホに映り込む。
 琴と塚田は二人から離れ、味噌汁や肉じゃがを持って外に出る。
 庭師の皆にささやかなお礼だ。
 折り紙も添えて差し出すと、皆一様に喜んでくれた。
 着物が珍しいのかその場で一回転を求められ、二人でターンを決めると拍手が響く。
 ちょうどその時、マティスとノエルを乗せた車が到着した。

 城田演出の空間に二人は感嘆の声をあげた。
「日本の色は意外に大胆なんだね」
「着物ね。近くで見ると色柄がすごいのね」
 監督は飾り付けに、ノエルは3人の着物に興味津々といった様子だ。
「日本は”わびさび”なんだとばかり。日本画も薄い墨が多いし」
 マティスは城田に説明を求め、城田が応えている。
「日本はシルクロードの終着点だから、ヨーロッパやアラビア、アジアのエッセンスが詰まってるんですよ。色も柄も、縁起の良いものから季節のものまでかなり豊かです」
「なるほど……考えが柔軟だよね、日本人は……」
「リスペクトの国ですから」
「ところで彼は?」
 マティスの目がラファエルに向いた。ラファエルは笑みを浮かべて挨拶する。
「喫茶店経営兼画家ですよ。名前はラファエル・ベルトラン。ラファエル、こちらは映画監督のマティス・デュボワ」
「ボンジュール。お目にかかれて光栄です」
「ボンジュール。画家なのかい、一度作品を見せてくれ」
 マティスはすぐにラファエルに興味を持ち、あれこれと話し始める。
 ノエルがそれを横目に確認し、ソファや椅子がないため、戸惑った様子を見せた。
 慌てて塚田が声をかける。
「ごめんなさい、椅子をどこに置くか決めてなくて」
「いいの、いいの。日本では床に座るんでしょ?ここでいい?」
「だめだめ、今座布団か椅子を持ってきますから」
 ノエルは「なら座布団に挑戦したいわ」と言った。
 彼女はクリームイエローのシルクのドレスだ。皺がよってしまう、と言ったが「服は何度か着れるけど、今日の経験は一度きりよ」といって座布団を求めた。
 琴が座布団を持って現れると、ノエルはそれをお尻に敷いて、座ると肘をテーブルについた。
「辛くなったら足を楽にしてね」
「そういうものなの?」
「そういうものよ」
「それにしてもあなたたち美しいわ。着物って何度か見るけど、やっぱり不思議なドレスねぇ」
 ノエルは琴の振り袖を手にし、手触りを確認しては振ったりしている。
「なんでこんなに長いのかしら」
「そういえばなんでかな」
 ノエルは視線を部屋中に巡らせ、鶴の折り紙を手にとってじっくりと見つめている。
「可愛いわ、色も綺麗。どうやって折ってるの?不思議だわ……」
 ノエルは目を輝かせていた。先ほどから疑問が止まらない。あの柄は何、その着物の花は何、壁の折り紙は何色……塚田も琴もスマホ片手に改めて日本文化を調べ直しながらの会話となった。
「塚ちゃん、着物はもう一枚あるんでしょ? ノエルに着てもらったら?」
 ミクの提案に塚田は「おっ」と言ったが、「監督へのお土産で……」と小声で言う。琴とミクは問題ない、とそのわけを話し、三人でノエルを連れて寝室へ向かう。
 衣紋掛けにかかる、緑色を基調にした季節毎の花が刺繍されたもの。
 ノエルの金髪によく似合うだろう。
「すごく素敵。こうして飾ってるだけでも迫力があるわね」
「気に入ってくれた?」
「もちろんよ。ねえ知ってる? 以前、日本人女性がカンヌ映画祭に呼ばれた時、着物で現れてね。もうそこら中の人々の目を釘付けにしたの。羨ましいったらなかったわね」
「良かったらもらって」
「あら……いいのかしら」
「そのつもりで持ってきたから」
「ちゃんと着れるもの? ユーチューブでも見ればわかるかしらね?」
「多分。あっ、左側が上に来るんですよ、それだけは守って下さい」
「ねえ、今着るわ」
 ノエルはあっさりとそう言い、ドレスのファスナーを下ろした。
「琴にもメイクをお願いしたいわ」
「……もちろん!」

 そうこうするうちに夕方となり、キッチンから城田とマティスによるメインディッシュ制作が始まる。
 ラファエルはお酒類を淹れ始め、寝室からやっと4人が降りてくると、いち早く気づいて「ワオ」とリアクションを見せる。
「ラファエル、どう?」
「素晴らしい」
 ノエルは扇子を口元にやってウィンクしてみせた。
 金髪をふんわりとしたアップスタイルにし、四季の花の髪飾りをつけ、明るい赤色でシンプルにまとめられたメイクはノエルの白い肌をより繊細に引き立たせている。
 身長がある分、足首が出てしまったが、気になるほどでもない。
 金色の帯がよく全体をバランスよく見せてくれた。
 マティスがキッチンから現れ、普段見慣れない和装の恋人に賞賛の言葉を浴びせ始める。
 かくしてフランスでの最後の夜が始まろうとしていた。

 ウィルス感染のリスクを下げるため、来られなかったスタッフ達のメッセージ動画が流される。
 それを見ながら食事し、お酒を飲み、彼ら宛に琴達もメッセージ動画を撮ると飾り付けに作った折り紙を一人一人に贈るため包む。
 彼らからもプレゼントが渡され、日本で開けるのを楽しみに荷物にしまう。
 マティスは肉じゃがが気に入ったようで、「料亭の味しか知らなかったが、次来日する時は家庭料理を巡ることにする」と宣言する。
 食後にラファエルの淹れたショコラ・ショを飲み、スイーツを食べて過ごす。

***

 琴はノエルと二人で庭に出て、火照った頬を夜風で冷ます。
 穏やかな夜だった。
「これでさよならなのね」
 ノエルはそう小声で話す。
 琴は振り返り、頷いた。見送りに行くと申し出はあったが、感染予防のため断ったのだ。
「うん。ありがとう、ノエル。ノエルのお陰で、大切なものに気づけた」
「あなたが自分で探していたからよ。私はそれをちょっとだけ指し示したに過ぎないわ。掴むことが出来るのは行動できる人だけよ」
「……」
 ノエルの言葉に琴は鼻を熱くさせ、もう一度頷く。
「ありがとう」
 琴がそう言うと、ノエルは琴をそっと抱きしめる。琴も抱きしめ返すと、彼女のつけている甘い香水が温度にのってじんわりと香った。
「ノエル、幸せになってね。もう幸せかもしれないけど、もっと幸せになってね」
「うふふ。器用なこと言うのね。あなたこそ幸せにならなきゃだめよ。聞いたわよ、恋人がフランスまで逢いに来たんですって? いい人じゃない、お互いにもっと大事にしないとだめよ」
「はい」
 ノエルと琴は体を離し、目を合わせるとどちらからともなく笑った。
 ノエルが口を開く。
「あなたとはずっと昔からの友人みたいだった。出逢えて良かったわ、琴」
「うん」
 これでお別れ、それがじわじわと感じられて琴は寂しさに目を閉じる。
 流れる涙は暖かく、寂しくてもどこか懐かしい感覚に胸はただ暖かい。
「ノエル」
「なに?」
「ありがとう、大好きよ」
「私もよ、あなたが大好き。ありがとう、琴」

***

 充実した夜はあっという間に過ぎ、深夜12時になるとノエルもマティスも帰路についた。
 ラファエルとミクは二人で出かけ、城田も帰って行く。
 塚田と二人で帯を緩めてだらんと寝転がる。
「楽しかったな~」
 塚田が呟いた。
「楽しかったです。ありがとうございました、誘ってくれて」
「うん。まあ厳密には監督からのお誘いだけどね。でも意外だった。上原さんは断るかと思ってて」
 塚田の言葉に琴は体を起こし、聞き返した。
「そうなんですか?」
「うん。仕事の鬼って感じだったからさ。フランスに来ちゃったら日本での仕事は減るかもしれないじゃん? だから断られるかもな~と思ってて」
 ”仕事の鬼”という言葉に琴はフランスへ来る前の自分を思い出し、穴があったら入りたい気分になった。
 その頃の自分をどうにも好きになれない。
「その……不快でしたか?」
「ううん、職人さんって感じだった。けっこうクールなんだな~と思ってた。こっち来たらけっこう普段はおっとりさんなんだと思ってびっくりしたけど」
「あー……その……ちょっと色々あって……仕事を仕事って割り切りすぎてたかも……」
「ああ、そういうのってあるね。あたしも着物着たらって言われるまでそうだった。なんかプライベートまで誰かの影になろうとしてたっていうか。上原さんもなんだ、情熱みたいなの忘れちゃう時だったんだね」
 琴は塚田の話に肩の力が抜けた気分だった。
 彼女もなのか。
 ならばその頃の自分は、愛おしき迷子だっただけなのかもしれない。
「情熱……」
「少年のころの純粋な心を忘れてはいけないっていうの、あったよね。日本で言えば初志貫徹? 初心忘れるべからず? 実際やるとなったら難しいよね、まあ気づくきっかけがあって助かったけどさ」
「塚田さんもですか? 良かった。私すごい自分が嫌になってて……」
 塚田が体を起こす。
「飲もう。今夜はとことん語り尽くそう! ……と言いたいところですが、明日飛行機乗るから二日酔いしたら最悪だよね。まあまた機会があったら、飲みましょう」
 塚田が拳を琴に向かって差し出す。琴も同じようにして拳を作り「飲みましょう」と言うとそれを合わせた。

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