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小説 続・うそとまことと

第18話 帰る場所

 フランスを離れるその日。
 来たときと同じ青空だった。
 ラファエルに送ってもらい、ミクとラファエルは飛行機に搭乗するその瞬間まで抱きしめ合っていた。
 互いが身につけていたマフラーを交換し、ミクは空を指さすと見事な笑顔でラファエルに手を振る。
 ラファエルは空を指さし、それに投げキッスを送ってミクが見えなくなるまで見送る。
 琴も塚田も、二人の様子に目頭を熱くさせたが、明るく振る舞うミクに合わせて笑みを作った。

 琴はスケジュール表を取り出し、空白になっているその1ページに大きな文字で書く。
”事務所を退所する”と。
 ミクがトイレから戻り、たまたまそれを見つけると目を見開いた。
「やめるの?」
「……はい。自分がどうしてメイクアップアーティストになったのか、これからどうしたいのか、どうするべきか、わかったので」
「……そうなの?」
 ミクは席に座り、眉を曇らせる。が、息を吐き出すと首を横にふる。
「これから琴さんがどうするのか聞きたいな」
「芸能界を離れて、総合美容家を目指します。今まで通り骨格別とか、パーソナルカラーとかももちろんですが、リハビリメイクとか、食事法とかそういうのをプロデュースしたいんです。目標は1日1人限定のお店を持つこと。それまではユーチューブとかサイトを頑張ろうと思ってます」
 琴は目を輝かせていた。
 世界がきらめいて、はっきりと輪郭を持って見える。
 こんなにぱっちり目が開くのはいつぶりだろう。全て都筑や、ノエル、ミクや塚田、マティスに城田のおかげだ。
 収入は確実に減るだろうが、幸い遊ぶ暇もなく忙しく働いたお陰で貯金はある。無理しなければなんとかなるだろう。
 琴がそう言うと、ミクは目を閉じて息を吸い込み、頷いた。
「そっか……琴さんはもう、決めたんだね。でも、そうだね。そっちの方が琴さんらしいよ。いつも言ってたもんね、人それぞれをそれぞれらしく綺麗にしたいって」
 ミクは目元をこする。ティッシュを取り出すと鼻に当てた。
「芸能界って広いけど狭いもん。そこにいるより、大事なことがもっと普通になるくらい広い場所でやってく方がいいよ。応援する」
「ミクさん」
「今までありがとう。塚ちゃんの言うとおりだよ、頼り過ぎちゃだめだよね。あたしに縛られる必要ないから。琴さんはもっとたくさんの人幸せに出来る人だもん」
 琴はぐっと唇を噛んだ。
 すでに視界は潤んでいるが、なんとかこらえると笑みを作る。
「ミクさんや皆さんのお陰です」
「またまたぁ。可愛いなあ、もう」
 ミクはあざとい、あざとい、と琴の鼻をつまんだ。
「でも、ミクさんに見いだしてもらったからフランスまで来れちゃったし。やっぱり太陽についていって正解だった」
「えっ、なんでそれ……」
「ラファエルが言ってましたよ?」
 あっさりと言う事にミクは意表をつかれたらしく、顔を真っ赤にし頬を緩ませて両手で隠した。
 小声で叫ぶ。
「もお~! めっちゃ恥ずかしい!」
「僕の太陽」
「やーだー!」

 アイマスクをして眠りにつく。
 琴は夢を見ていた。
 こびと達と丘の上におり、こびと達は琴の前でダンスを見せてくれる。
 琴は赤いコートを着て、それを見ていた。
 なめらかな黒の立て襟が首に優しく、それを撫でていると、大きな手にそっと肩を包まれた。
 馴染んだ気配、手の感触。
 夢だからか温度までは伝わらないが、それが誰のものかはっきりとわかる。
 もう何も心配いらない、そう言われているような安心感に目を閉じれば、頬に涙が流れる。

 目が覚めると、さきほどまで見ていた夢を綺麗さっぱり忘れている。
 ただすがすがしい気分だ。
 琴は客室乗務員の指示に従って、ミクや塚田と共に飛行機を降りる。
 平日の昼間なので当然都筑の迎えはないが、やっと同じ地上に帰ってきたと思うだけで芯からほっとする。
 慣れた日本の匂いや空気を思い切り吸い込めば、「帰ってきたね~」と自然と言葉が溢れる。
 荷物を取り、ミクはサングラスをかけて3人でラウンジへ。
 それぞれ飲み物を楽しみながら、フランス帰りの名残を楽しむかのように話し込んだ。
 陽がゆっくりと傾いていく。
「あたしさぁ。そのうちフランスに本拠を置こうかな」
 ミクがそんなことを言い出し、塚田が表情を固くした。
「な、なんだって?」
「フランスに移住しようかな~って。今すぐじゃないけど。向こうで女優モデルも良いし、そういう日本の子達が来やすいように事務所持ってもいいかも」
 琴は驚いて何も言えなかったが、なんとなく納得してしまう。
 ミクと日本は合わない。雰囲気や、求められるスケールが違う気がするのだ。
「あたしもまだ思いついただけだけど」
「本気……で言ってるの?」
 塚田が聞き返すと、ミクは頷く。
「多分本気」
 ミクはカフェラテを口に含んだ。
 塚田は額を抱えるようにして黙り込み、琴はただミクを見つめている。
「ごめん突然」
「いいえ……びっくりしました、けど……」
「琴さんは反対?」
「反対……は出来ないです。ミクさんが決めることだし……でも本気なら応援したいです」
「そっか。あたしもまだ思いついただけで言ってるから、どっちも言えないよね。まあ、そんな選択肢が出来たっていう報告です。塚ちゃ……」
 塚田はテーブルに額をこすりつけるようにして伏せ、首を横にふっている。
「もうほんと何考えてんのまさかラファエルのためとかじゃないでしょうね?」
「それは違うから。恋に盲目するお年頃じゃないし」
「……」
 塚田は復活し、ミクを半眼で見ると唸るような小声で言った。
「調子にのっての発言じゃないのね?」
「うん」
「……まず冷静になる時間が必要だわ、あたしにも、あんたにも」
「……そうかも」
 ミクは頷いて、塚田を見つめた。
「大丈夫だって。ちゃんと考えるから」
「……別に信じてないわけじゃないから」
「あら素直じゃない。あたしを信じてるんでしょ?」
 塚田は頬を赤くするとため息をつく。
「はあ……もう」
 ミクは塚田に体をすり寄せ、「いつもありがと」と子猫のような声で言った。

***

 琴は二人と別れ、空港内を一人歩く。
 もう日は暮れ、群青色の空が迫ってきていた。
 スマホが鳴る。
「もしもし」
「お疲れ、今どこにいる?」
「売店の前」
「売店はあちこちにあるだろ」
 琴はスマホ越しの通話に笑みをこぼし、「今笑っただろ」と耳に馴染んだ彼の声に更に笑う。
「なんか嬉しい」
「嬉しい? こっちは君が無事でほっとしてる。それで、どこにいるんだ」
「どこでしょう」
「全く……」
 都筑のやれやれと言わんばかりの声が聞こえ、琴は頬を緩めた。
 早く会いたい。
 だけどこのくすぐったい感覚をもう少しだけ味わいたい。
 琴は移動を始めた。アナウンスがなる。
「ねえ、こっちは何かあった?」
「何か? そうだな……ちょっとだけ空気が変わったよ。流行も変わったし、人々も何か変わった。新しいような、古いような、色々まざって複雑な感じだ」
「古い?」
「良いものが見直されてる。例えば建築も」
 建築。
 琴は足を止めた。
 マティスの助言を思い出したのである。
「五重塔……」
「五重塔? 突然だな。ああ、わかった。君そこで待ってろよ」
「え?」
「捕まえに行くから」
 琴が何か言う間もなく通話が切れ、琴は結局都筑の言うとおりその場で足を止めた。
 上を見上げ、左右を見渡す。
 日本人も外国人もまばら。
 3分ほど経っただろうか、琴が振り向くと胸を上下させて息を整える都筑の姿がそこにあった。
 見慣れたはずの姿に今更ながらどきどきし、琴が視線を下に向けると都筑がその頭に手をおいた。
「早速逃げるとは」
「なんか楽しくて……どうしてここだってわかったんですか?」
「アナウンスが流れてた」
 都筑が指し示すスピーカーに琴はなるほどと頷いた。
「次はもっと上手くやります」
「な……」
「冗談です」
 琴が顔をにんまりさせた。
 都筑は息を吐き出し、額をかくと眉を開く。
「わかった。次も必ず見つけるから、覚悟しろよ」
「じゃあ、何か賭ける?」
「そうだな……」
 都筑はふっと頬を緩め、琴の頬を手のひらで撫でる。
 都筑の体温で溶かされそうだ、ぞくぞくと腰にあやしい熱が流れ、琴は体を震わせると照れ隠しに唇を尖らせる。
 都筑が琴のその様子ににやりと笑った。
「覚悟してろよ」

 

次の話へ→第19話 新たな誓い

 

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