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Tale of Empire -蛇王の秘宝編ー 小説

Tale of Empire -蛇王の秘宝編ー 第2話 ある青年の話

 湿り気を帯びた鍾乳石が進む者を阻むようにつき立っている。
 上から乳房のように垂れ伸びる鍾乳石を伝った水滴が、時々水に落ちぴちょーん、と音を立てた。
 光源わずかな空間に、カンテラの炎がぼやぼやと揺れる。
 先へ進むとロウソクが増えてきた。
 もうすぐ蛇王の棲む王座の間へ着く……
 風が吹き、炎が消えた。
 ちょんちょんと飛んで移動していたカラスは、カンテラを離し、風の吹いてきた方を目指す。
 そこに蛇王がいるだろう、と思っていたら、ずるずると重い何かを引きずるような音がして足を止めた。
「お出迎えか?」
「相変わらずうるさいカラスだ」
 洞窟内を響かせるような、低く沈んだ声には覇気がない。
 彼には時間がないのだ。
「俺がやった女がいるだろう」
「彼女なら旅に出たよ」
「旅? もったいない。あれがいれば、お前の寿命も伸びるだろうに」
「私の命より大事なものがある」
 カラスの目の前に、絹で出来た衣が近づいてきた。
 そこから覗くのは人の足ではなく、巨大なぬめぬめと輝く、白銀の鱗に覆われた、蛇の胴体である。
 蛇王だ。
 寿命間近だと聞いたが、上半身の見た目は人間の30代の男といったところか。彼がマグノリアに若返りの変化の術を授けたのだ。
 蛇王は白髪になっていたが、緑色の目はまだ生気を失ってはいないようだ。
「それで? マグノリアはどうした?」
「死んだよ」
「ほーう。せっかく良いものをくれてやったというのに」
「仕方がない」
「ではコネクションも大変だろうなあ。スピネルは死に、マグノリアも死んだ。こんな好機はなかなかない」
「仕方のないことだ。ほんの小さな異分子がいれば、内側から崩れるのは時間の問題でね」
「小さな異分子か……」
 蛇王はふふ、と笑うとカラスを振り向く。
「ではあの子も異分子なのかね?」
「いいや。俺はそのつもりではやっていない」
「だろうな。まっすぐな子だよ。自由を与えてやりたい」
 奥の方から、女の声が聞こえてきた。
 甘いねだるような響きを帯びている。
「困ったものだな。これではウィローに将来がない」
 蛇王は袖から何かを取り出した。
 カラスの前に出されたそれは、水を固めたような透明な玉である。
「残りわずかだ……」
「命を生む秘宝か。力も減っているようだが」
「ああ……我が子が帰れば、それで救われるだろう。だが、彼はどこへ……」
 蛇王は悲しげに目を伏せた。
 カラスはそれを見、そして秘宝を見つめた。

 ヤナギの木が揺れる川縁を、一人の青年が歩いていた。
 溶けるように長い髪を後ろでまとめ、黒の衣服はウィローのものではなくまるで帝国の人のもののようである。腰に佩いている細身の剣も、軍人好みのものだ。
 だが顔立ちは緑色の目に黒い髪、とウィロー人の特徴をよく表していた。
「あら旅人さん?」
 声をかけたのは宿屋の女将である。
「ああ、ええ。この辺りを調査するよう仰せつかりまして」
 不思議な響きを持つ声だ。女将はぽっと顔を赤らめた。
「帝都からいらしたの?」
「そうです。ところで、養父から聞いたのですが、この辺りで困ったことが起きているようですね?」 彼の質問に女将は顔をしかめる。
「ああ、その調査でしたか。実は……」

 ――この頃、夜な夜な恐ろしい声で呻く巨大な怪物の姿を見た、という者が続出しているというのだ。
怪物は川の上流に棲み、水源を塞いでしまっているという。
 お陰で水量は減り、農作物が育たないと嘆いているのだ――。

「困ったことよ」
 女将はそう言い、しかし青年を見ると笑顔を浮かべた。
「でも、帝都から軍人さんが来てくれたんだもの、もう大丈夫ね」
 そういって手を取る。
 青年はにこやかに笑みを浮かべると、その手にもう片手を重ねる。
「もちろんです。その怪物を私が必ず退治して参りましょう」
「あら、力強いわ! ところで英雄さん、あなたのお名前は?」
「セレストと申します」

 セレストがウィローへ来ることになったのは、養父のデラバイに命じられてのことである。
 デラバイは厳しい父親で、セレストに剣術、馬術、弓術を教え込み、各地から集めたというありとあらゆる知識を授けた。
 セレストは彼への恩義からそれらを身につけ、いよいよ成人の儀だ、という年齢に至るとこう言われたのである。
「お前が一人前かどうかは俺が決める。まずはウィローに棲んでいるという怪物を討ってこい。そして村民を救え。あそこには命を生み出す秘宝があるはずだが、これを奴が独占しているのだろう。ウィローは衰退の一途を辿っている。怪物を討てば、あるいはウィローを救えるかもしれんぞ」
 と。
 セレストはウィローを救うため、と一人ここへやってきたのだ。
 苔むす山へ入り、川を辿る。
 上流に棲んでいる、と言っていたから道は迷わずに済みそうだ……と思っていたのだが。
「……これは?」
 前へ進んでいるはずが、同じ景色をまた見ている。
 セレストは首を傾げたが、近くにあった木肌に軽く×印をつけ、また上流を目指した。
 一時間ほど経ったころ、再び同じ景色を見た。
 目をやれば、先ほど自分がつけた×印だ。
 これは一体どういうことなのか……セレストが周囲を見渡したその時、木と木の間に人影を見つけた。
 透けるような白い衣を身に纏った、長い黒髪の女性。
 まるで絵画に描かれる精霊のような出で立ち……セレストが声をかけると、彼女ははっと顔をあげて去ってしまった。
「ま、待って! 訊ねたいことがあって……うわっ!」
 苔のない岩を踏んだところ、ぐるりと視界が反転した。
 ばちゃん! と容赦なく水しぶきがセレストを濡らす。
 軽く足をくじいたくらいか? セレストは体を起こすと辺りを見た。
「さっきの方は……?」
 もはや人影はない。
 見失った? しかし、なぜこんなところに?
 セレストはとにかく立ち上がり、濡れた衣服を渇かしながら夜営の準備を始めた。
 火を起こし、夜気に備える。
 パチパチと木を爆ぜさせる音と匂いが何となく心地よい。
 まっすぐに生える木々、草花、苔。
 どれも新鮮だ。
 セレストは見たことがない異国の地というのに、なぜか心地よさを感じ目を閉じる。
 風が葉を揺らす、サーッという音が鼓膜を洗っていくようだ。
 養父デラバイの元へいたときは、常に暗く沈んだ屋敷の中にいた。
 夜ごと聞こえてくるのは女性の悲鳴である。
 何が起きているのか、と幼いころに盗み見たのは何だったか……確か、自分を世話してくれていた女性の涙だ。
 はっ、と意識が戻り、目を覚ます。
 くじいた足首が軽く痛み、手をやると指先が何かに触れた。
 絹のような、上等な白い布だ。
(?)
 よく見れば、何か草をすりつぶしたようなものが染み込んでいる。
「こ、これは?」
再び周囲を見渡し、樹上の影に気がついた。
 夜の闇に、ぽっと浮かぶような白い衣。
「さっきの……」
 女性は口元に指先を持っていった。
 セレストは口元を覆い、頷く。
 女性は辺りを窺うと、さっと飛び降りセレストの元へやって来た。
 至近距離で目が合う。
 秋の夜空のような、深い暗さを思わせる紫色の目だった。
「あの……」
「しーっ。気をつけて……もうここから去るのよ」
「でも……」
「常人では耐えられないわ。普通の人間は入れないのよ。今すぐ山を降りなさい」
「なら、あなたも一緒に」
「それは無理よ。ここにいるのが私の役目なの……」
 女性の手がセレストを引き、立たせた。
「……あなたには無理よ」
「えっ?」
「さあ、帰るのよ」
 細い手に肩。
 彼女をふりほどこうと思えば簡単だ。
 だがセレストにそれは出来なかった。
 促されるままに川を下る方へ……セレストは振り返りながら、そのまま川沿いに歩く。
「でも、あなたは……?」
「何も見なかったと言うのよ。二度と来てはいけない……」

 翌朝、セレストは川縁で目覚めた。
 昨日の女将、農民のおじさん達が彼を見ている。
「大丈夫かい?」
「ああ、可哀相に。怪物にやられたんだね」
 女将は足首を指さした。
 セレストは「いいえ」と言ったが、皆の勢いが止まず声が届かない。
「誰なんだい?」
「若い子だよ」
「怪物を倒しに来たってさ」
「あの……」
「とにかく、こっちへおいで。手当しないと」
 農民達の腕力は意外に強い。
 セレストはあっという間に宿の一室に運び込まれた。
 よく見れば皆中年から上のものばかり。
 自分と同じ年齢の者はいない――昨晩のあの女性を除いて。
「怪物はどうなったね?」
「まず傷を」
「それより、どこから来たんだ?」
 質問が止まない中、足首に巻かれた絹が外される。くじいた痕だ、腫れているはずだろう……と思ったが、そこはきれいに治っていた。
「おや」
「ああ、大丈夫そうね。山で何があったので?」
「それが……あの、私と同じ年頃の女性が」
「ああ、巫女様ね。時折ここに来てはお祈りされてくのよ。病がたちまち消えてね、ありがたいことよ。巫女様に会ったのね」
「巫女様……」
 確か、山は常人には耐えられない、と。
 巫女のような神がかりする存在ならば耐えられるということなのだろうか?
「山には普通の者が入ってはいけないのですか?」
「さあ。入ったことがないから。昔から言われてるんだよ、山に入ると熊に食われるからって」
「そうなのですか?」
 曰く付きの山だったようだ、セレストはまたやってしまった、と息を吐く。
 昔から向こう見ずなのだ。やってしまった後になってようやく反省する。
 だがやらねばならない。
 養父に認められさえすれば……
「しかし、怪物討伐は私の使命です。使命を果たし、実力を示せば私はようやく父に認めてもらえるのです」
 村民達が顔を見合わせた。
 セレストは自分の胸を叩く。
「きっと使命を果たしてご覧にいれますから!」
 つとめて明るい声でそう言い、荷をまとめると宿を出る。
 まだ朝だ。明るい内なら水源まで近づけるのではないだろうか?
 セレストは昨日のようにならないよう、始めから目印を作りながら川を遡上するように登る。
 動物や虫の気配があり、怪物の棲むような雰囲気はない。
 だが村民は困っていると言っていたではないか? ささやかに流れる川は澄んでいる。
「……」
 セレストが先へ進むと、川の中に水晶が見え始めた。
 かなり上質なもののようで、セレストの養父が見れば拾うように命じたことだろう。
 水晶は見た目の良さから貴族連中に売れるのだ、とよく言っていたものである。
 そして上流に向かうほど、水晶の量は増えてきた。
 木を目印に進み、徐々に増える川の水量に手応えを感じる。
 何度か同じ道を通ったものの、昨日よりも奥へ進めているようだ。だが、なぜ?
 ぷつん、と何かが切れる音がした。
 と同時に、”濃い”気配が漂い始める。
 先ほどまでと違うものに、セレストは顔をあげて剣の柄に手を添えた。
 何か来る――その時、川の上流からそれは姿を表した。
 ヘドロを岩にはり付けたような、緑の怪物。
 エリカからやってきたという「ゾウ」なる動物と同じ大きさくらいだ。
 のっそりと開かれた目は紫色で、セレストを見るとまぶたが何度かおろされる。
 どこか冷めたような、諦めたようなその態度――そうだ、ゾウもそんな顔をしてセレストを見ていた。
 そして弱って死んでいったのである。
「お前は……なぜ私をそんな目で見る?」
 思わず声をかけると、怪物は手を出してきた。
 ゾウの手に、蛙の水かきを足したような手が威嚇するように岩を叩いたのだ。
そして胴体が前に出てくる。
 臭い、とセレストは顔をしかめた。
「お前が水源を塞いだせいで、村民が困っている。成敗に参った、覚悟せよ!」
 セレストは剣を抜いた。

 涙する彼女の手首を見れば、赤々としたアザが出来ていた。
 セレストは彼女の手を冷やしてやった。
 彼女は反応を見せず、セレストにされるがままになっている。
 下まぶたは赤く腫れ、喉にも手の跡があった。
「父上、あなたを苦しめる?」
 そう聞けば、彼女はのっそりと顔をあげた。
 今まで見たことがない表情。
 感情のない目は、セレストを刺すように鋭い。
 あの檻に入れられたゾウと同じだ。
 諦め、感情を消した――。
「僕に出来ることは?」
 手を握り、そう聞けば、彼女はこう答えた。
 ――私を、ころして――

 怪物の鋭い爪がセレストの足を貫いた。
 セレストの剣もまた、怪物の足を貫く。
 相打ちだ、セレストが剣を引き抜くと、赤い血があふれ出て川を染めていく。
 怪物は傷口を押さえながら後退していく。
 セレストは後を追おうとしたが、足は流血し、脳まで焼き切れそうな痛みで動けない。
 手当が先だ、とセレストは川縁に逃れ、怪我の様子を確かめる。
 貫通したようで、焼けるような痛みで目の前がチカチカしていた。
何とか息を吐き出しながら、上衣を脱いで傷口を押さえる。
 気づけばもう夜だ。
 セレストは火を起こし、剣先を火であぶる。
 これで傷口を焼けば、血は止まる……が、そこで意識は途絶えた。
 ――私を、ころして――
 呪文のように彼女の声が頭に響く。
 嫌だ、そんなことはしたくない……いつかのように笑って欲しいだけなのに。
 そう伝えようと必死で口を開くのに、肝心の言葉は出てこない。
 あまりにショックだったのだ。そんな言葉は聞きたくない。
 でも、あの目で見られるのも嫌だ……ふと頬に柔らかい感触が触れ、セレストは目を開く。
「あ、あなたは……」
 巫女。
「しゃべると傷に障るわ。そのままじっとしていなさい」
 彼女は冷たい水でセレストの傷を洗う。
 その指先は細長く、繊細だ。
 やがて草をすりつぶしたものを布に含ませ、それを傷口に巻いていく。
「それは一体……?」
「ウィローに伝わる秘薬よ。よく効いたでしょ?」
「ああ、確かに……」
 腫れた足首は一晩で治っていた。
 ひんやりとした冷たさが傷痕に気持ちいい。
 幾分か呼吸も楽になり、セレストは安堵から息を吐き出した。
「ありがとう」
「なぜまた来たの?」
 巫女は冷たい声でぴしゃりと言った。
 セレストが顔をあげると、怒ったように眉をつりあげる巫女の顔がある。
「それは……」
「それに、どうやってここまで来たの?」
「いや、目印をつくって辿っただけだ」
「そんなことだけで来れるわけないわ。一体、何者なの? そして何の目的があって来たの?」
「何者と言われても……」
 セレストは言葉に詰まった。
「私は養父の指示で」
「養父の指示なんかどうでも良いわ。あなたの目的を訊いているのよ」
「私の? 私は……」
「自分の意思すらないと言うの? とんだお子様ね」
 お子様、と言われてセレストは顔に熱が昇るのを感じた。
「同い年くらいだろう?」
「だから何なの? あなたより年下でしっかりした子供なんていくらでもいるわよ」
「それとこれとは……とにかく、私はあの怪物を討ち、村民を救うために来たんだ」
「村民を救うですって?」
「あなたこそ、巫女だと敬われているようだが、村民を苦しめる元凶を討てないなら同じことの繰り返しだぞ」
「元凶? 元凶になっているのは怪物だと?」
「どういう意味だ」
「自分で考えてご覧なさい」
 巫女は立ち上がった。背を向け、歩き出していく。
 セレストは慌てて立ち上がり、激痛に顔をしかめて座り込む。
「早くお父様のところへ帰ったらどう?」
 巫女が言葉を投げかけてくる。
 セレストは木にもたれるようにしながら立ち上がり、もう遠い彼女の背に言った。
「私が戦うのは、養父の元から出るためだ!」
 返事はない。
「……皆と一緒に」
 セレストはぎゅっと拳を固める。
 剣は炎に焼かれ、切っ先をその場に落としてしまった。

次の話へ→Tale of Empire -蛇王の秘宝編ー 第3話 互いの事情

 

 

 

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