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Tale of Empire -蛇王の秘宝編ー 小説

Tale of Empire ー蛇王の秘宝編ー 第4話 剣

 覚えているのは薄暗い屋敷のその天井に、ムカデが多くいたことだ。
 ムカデには毒があるから、と侍女がそれを排除した。
 その次の日に侍女はいなくなった。
 養父はそれを嫌って、幼かった自分の手をひいて、その屋敷から出たのだ。
 養父の手の大きさと温かさを今でも覚えている。 あの時、養父は間違いなく英雄だった――

 焼けた匂いにセレストは目を覚ました。
 見れば、剣の先が取れてしまっていた。その分断面にはたき火の跡。
 何があったかは一目瞭然である。
 さすがのセレストでも、ここまでのミスはない。
 あの女性と話した後、抗えないほどの眠気に襲われたのだ。
 武器をなくしては、あの怪物と戦うのはかなり厳しい。
 セレストは出直すべきか、と判断し、怪我の具合を確かめた。
 貫通したはずの傷口はもうふさがっていた。まだ痛みは走るものの、ありえない回復の速さにセレストは眉を寄せる。
(あの巫女は一体、何者なんだ? 怪物の近くに住んでいるのだろうか。ならばなぜ無事なんだ)
 それに、この傷の治り具合だ。もし彼女が持っていた薬草のためならば、養父はきっと目の色を変えて求めたことだろう。
 ――これで病に苦しむ者を救えるぞ――
 そう言うに違いない。
 だが彼のもとへ集まった者達は、皆あのゾウと同じ目をして、気づけばセレストの暮らしから消えていってしまった。
(一体、なぜなのだろう。養父から一人前と認められ、彼らから離れ、見識を身につける。そうすればきっと、養父は私に事業の一つを任せて下さるはずだ)
 そうなればきっと、ゾウのような目を誰にもさせたりしない。彼らを安住の地へ導ける。
 そのために、養父が課した今回の怪物討伐を成功させなければならないのだ。
 セレストはふーっと息を吐き出すと、刺すように痛む足を引きずって山を下りた。
 不思議なほど穏やかな村だ。セレストが姿を表すと、老いた農夫が挨拶をする。
「どうだった?」
「情けないことに、剣が」
 セレストが剣を見せると、農夫は顔をしかめる。
「こりゃすごい」
「剣を打ち直しに行かねばなりません」
「当てはあるのかい?」
「ええ。多少時間はかかりますが……」
「仕方がないねえ、帝国軍人さんには遠い国だ。まあ、あの怪物は村を襲うことはない。しばらくは大丈夫だろう」
「村を襲うことは……ないのですか?」
「ああ。だが水源を塞いでしまっている……」
 セレストは頭に針を刺されたようなものを感じ、農夫から目を離さないまま眉を寄せる。
(おかしい。彼らは山へ入ったことがないはず。それに、巫女の言うことが正しいのなら、常人は入れない、と……なのになぜ、彼らはあの怪物が水源を塞いでいると言うのだろう?)
 その時、山の方でカラスの声がけたたましく聞こえてきた。
 セレストは視界を巡らせると、農夫に向かって曖昧に笑みを見せ、「必ず近いうちに、戻ります」とだけ言って去る。
 一度だけ振り返り、青黒いほどに繁り、それ自体が巨大な一個の生き物のように風に震える山を見た。 伸びる影が村を飲み込むようにもすら見える。

 村から離れ、街道を行くと前から目深に外套をかぶった男が運転する荷馬車に出くわす。
 セレストがそれに気づいてさりげなく自身の肩を二度触れた。
 その合図に気づいた外套の男はふん、と笑って外套を脱ぐ。
 ひげ面の武骨な、30代前後の男――セレストの友人で運び屋のリアルガーだ。
 エリカの赤い砂を思わせる髪をがしがし掻いて整えると、彼はしゃがれた声で話しかける。
「よぉ、セレストのお坊ちゃん」
「ずいぶん”丁度良い”タイミングだ……」
「そりゃそうだろう。見てたんだから」
「養父の指示か?」
 リアルガーは顎をしゃくり、セレストに乗るよう促した。
 馬車の荷台には大量の宝石の類いがあった。
「これは?」
「アイリスからせしめたんだよ。火山が噴火したからね、質の良いのがザックザクだよ」
「竜人族は何を求めたんだ?」
「食料さ」
「彼らはもう取引をしないかと思っていたが」
「俺は顔を知られてないから」
 リアルガーは得意げに笑った。セレストは納得したように笑うと、荷台に横になる。
「なぜ養父はここの怪物のことを知っていたのだろうか」
「噂になってたからだろ? ウィローじゃ若い女が次々姿を消すってんで、稼ぎの匂いがぷんぷんするからさ。その中で情報を得ても不思議じゃないよ」
「だが村民は山に入ったことがないという。なのに水源を怪物が塞いでいると言うんだ」
「おかしいな」
「そうだろう?」
「だがデラバイのおっさんのことだからさ、秘密の情報網ってやつを持ってるんだろ。カラスのおっさんもいるしなぁ」
「カラスか……最近、うるさいくらいだ。奴は何を求めてる?」
「さぁねえ」
 リアルガーは馬を走らせ、街道に車輪が砂を踏む音が鳴り始めた。
「スピネルのお頭が死んじまって、マグノリアもやられた。デラバイのおっさんは大忙しさ。セレスト、お前がしっかり支えてやらないと」
「父上はこの頃変わられたよ。昔は優しかったのに」
 セレストがため息まじりにそう呟いたが、リアルガーの返事はなかった。
「剣を打ち直すか、新たなものを得なければ」
「折れたのかい?」
「何というか……あの山がおかしかったのか、私がいつもの如くうかつだったのか」
「ん?」
「折れたのではなく、火で溶けたんだ」
「はあ?」
 リアルガーは素っ頓狂な声を出したかと思うと、空まで届きそうなほどの大声で笑い出した。
「マジかよ!」
「本当だ。全く、さすがに呆れるよ。まさか急に眠ってしまうなんて」
「急に? 寝た? いやぁ、流石にセレスト坊ちゃんだぜ」
「言うなよ。反省してるんだから」
「冗談、冗談。さすがのお前でもそんなヘマはしない。だろう? あの山には何かあるんだろう。じゃないと怪物が棲み着いて、退治しろなんて言わないさ。まずはちゃんと調査すべきだな」
 セレストはリアルガーに頷いた。
 再び村の方へ振り向く。もはや遠くなった村に、山。
 辺りには街道独特の開けたのどかな空気が流れているくらいだ。
「そういえば、巫女様と呼ばれる女性がいたよ」
「へえ。美人か?」
「……ああ、まあ」
 切れ長の涼しげな目元、川のように流れる艶やかな髪。
 ウィロー風の美人といったところか。
「帝国好みではない」
「ふん。そういうもんか? コレクターには良いんだろう」
「嫌な趣味だな」
「仕方ないだろう、女は売れるんだから。特に処女はね」
 この手の話がセレストは苦手である。いや、苦手を通りこし、嫌悪感がある。
「巫女となると何かあるのか?」
「……さあ」
 リアルガーに報せればどうなるか。
 セレストは彼女の能力なのか、あるいは薬草とやらがあるのか。怪我をたちまち癒してしまうことを言わないでいた。
 コネクション、と呼ばれて久しい。
 セレスト達を表す言葉はいくつも生まれては消えていった。
 ただの通称でしかない。
 確かに有象無象、犯罪歴のある者達、人外の者達、魔女にカラスに、とが集まり適当に徒党を組んでいる。
 売り歩くのは薬物に輸入輸出を禁止された動植物。女も男も奴隷として。
 セレストがそうと知ったのは15歳の時――今から5年前だ。
 初仕事を任されたのである。
 エリカの地で捕まえられたゾウだ。
 保護したのだ、と養父デラバイは言っていた。
 が、ひょんなことから密猟であると知ったのだ。
 ゾウを逃がしてやろう……純粋なセレストはそう思ったが、時すでに遅し。
 ゾウは息絶えていた。
 養父はそれを弔ってやっていた。
 彼は昔は優しかったのだ。
 だが、今は?
「知らないよ。巫女とやらは昼間には会えない。どこに住んでいるのかもわからない」
「興味をそそられるねぇ。はあ、しかし、困ったもんだぜ。帝国軍がかなり警戒してる。商売がしにくくなったよ。商品を食わせないといけないのに」
「以前世話していた子らはどうした?」
「あぁ~……見所あったんだけどなあ。帝国軍にやられたよ」
「そうか……」
 では助けられたのか。
「オニキスとかいう貴族か」
「ムカつく野郎だよ。お陰でバーチへ出入り出来ねえ。女王に入れ知恵してるんだろう」
「バーチ?」
「人買いが多かったのにな。しかも色白の美女が多い」
「バーチはもう銀を採掘出来なくなったはずだ」
「今のところはね。そのうち本物の銀を売り出すだろう。はあ、良いとこだったのに」
「アイリスは?」
「マグノリアの残党がうろついてて、ダメだな。俺たちも敵視されてるよ」
「何でだ」
「知るかよ。内通者がいるって話だ」
 セレストは眉を寄せた。
「内通者?」
「事情は知らねえけど。マグノリア王女が死んじまって奴ら、貴族になり損ねたな」
「元々相応しくない」
「だな。ところでお前、デラバイのおっさんに認められたいんだろ? ちょっと気をつけた方がいいぜ。マグノリアの一件で、ややこしくなってるからなあ……」
 リアルガーの荷馬車はひっそりと街道を抜け、道なき道を走り始めた。
 強盗が出て危険……いや、彼ら自身がそうなのだ。盗品を売りさばく犯罪集団。
 その目的は帝国の支配から人々を救うため。
 セレストはその幹部の一人である、デラバイという男に育てられた生粋のコネクション要員である。

 森の奥深く、水源近くに屋敷はあった。
 といっても昔に訳ありの貴族が使っていたもので、かなり古い。
 デラバイは今そこを根城にしているのだ。
 アイリス王国においてコネクションの幹部だったマグノリアが反乱を起こし、デラバイはすぐにウィローに移った。
 するとマグノリアの死後、アイリスからコネクションの者達が次々流れて彼の部下になったのである。
 なぜマグノリアが負けると知っていたのか……セレストは半年前に訊いていた。
 彼は「それを読めるようになれ」と応えたものである。
 物静かな雰囲気をたたえるデラバイは、魔女マグノリアの女王然とした雰囲気や、スピネルのような蠱惑的な気配を持たない。
 どことなく影が濃い存在である。
 その影に隠されるようにしてセレストは育った。
 デラバイはつるりと毛のない頭に無数の刺青をしている。そして群青の趣味の良いラシャのコート。
 変わらない姿の前で、セレストはゾウやあの女のことを思い出した。
 夜ごと聞こえる悲鳴と増えていくアザ。諦めたあの目。
「山に入ったそうだな」
 背筋をなめるようなデラバイの口調に、セレストは意識を今に戻す。
「はい」
「どうだった」
「山は穏やかでした。しかし、怪物は確かにいました。それから……」
「いたのだな。で、どうした?」
「相打ちに。剣を失ったので、打ち直しに」
「相打ち? その割には大事なさそうだが」
「……村民に手当を受けましたので」
「そうか。剣は?」
 デラバイに促されるままセレストは剣を横向きに
 恭しく差し出す。
 王に対する臣下のように、片膝をついて。
「申し訳ありません。せっかく……」
「構わん。代わりのものをやろう」
 デラバイは部下を手招きすると、セレストの剣を預け、ついてくるよう言った。
 セレストは黙って付き従う。
 屋敷の中はところどころ埃が残っているものの、あらかたきれいに掃除されている。
 帝国産の青い絨毯が廊下にも敷き詰められ、壁にかけられた燭台は純銀のバーチ産。
 彼が着ているコートは、裏地がウィローの絹のはずだ。
 部屋のほとんどは倉の代わりになっており、各地から集められた美術品だらけだ。
 人身売買は帝国特殊捜査機関によりオークションを潰されて以来、コネクションの売りではなくなった。
 今は人をさらうのも一苦労である……エリカ王国を除いては。
 ――俺たちは納税と軍隊勤めを嫌がる連中の逃げ場だったのになぁ。
 とリアルガーは言っていたか。その代わりコネクションでタダ働きだ。カネが欲しければ出世するしかない。
 デラバイの足が止まった。
 彼の目線の先には「秘蔵品」と書かれた札が下がっていた。
「父上……ここは」
「丁度良いものがあるだろう」
 デラバイが鍵を差し入れ、回す。
 重々しくゴトン、という音を立てて鍵が開かれた。
扉が開かれる。
 中は思っていたよりも質素だ。白のローブに紫の肩掛け、オイルランプ、燭台に自の彫られたロウソク。
 セレストには酸化したオイルがつんと鼻に来るが、デラバイは気にした様子はない。彼は中に入ると、一対の騎士像、その中で唯一本物の剣を取った。
「鷹のくちばしを使って打たれた剣だ。これを使うと良い」
 デラバイがすらっと抜き、セレストに見せた。
 銀の片刃剣。
 だが細く、すぐに折れるか曲がりそうだ。
 それに血脂で汚れるのが憚られるほど、白く美しい。まるで女の指のようだ。
「しかし、美術品では? 使えるのですか?」
「問題ない。常人相手では使えないが、ああいう者には効くだろう」
「……そうなのですか」
 デラバイがセレストの手にそれを預ける。
 ズン、と見た目からは想像出来ないような、芯のある重みがセレストの体に伝わった。
「……素晴らしいものですね」
「ああ。帝国随一の鍛治氏が作ったのだ」
「帝国のですか。……これであれを討伐出来れば……」
「村民は救われる。そうすればお前を認めてやろう。事業を任せる」
「本当ですか!」
「それが望みだったろう? そうだ、成人の儀はどうする。お前は厳密には帝国の者ではないが、まあ、あれにならうのは悪くない。女になめられていては事業も危うくなるしな」
「成人の儀は女と関係を結ぶのではなく……」
「わかっておる。成人としての責任と役目が広がり、出来る仕事も増えるものだ。各方面の通行証も手に入り、歓楽街も出入り出来る。コネクションでの活動には不可欠だ」
「その通りです。私が父上のお役に立てれば、父上の肩の荷も下りるでしょう。そうなれば……」
 セレストが目を開いてデラバイを見ると、彼は珍獣を見つけた時のような目でセレストを見ていた。
「お前は良い息子だ。私を気づかってくれるのか」
「もちろんです。お疲れがたまっていたのでしょう。だから……」
 あの時、ゾウや女達をあんな目に遭わせたのでは?
 だが、その疑問が口から出ることはなかった。
「だから?」
 デラバイに促され、セレストは一度口を閉じると視線を外す。
「……父上は休暇を楽しまれて下さい」
「ふふ。大人になったものだなあ、以前はムカデが怖いと泣いていたのに」
「おやめ下さい! 子供の頃のことです」
 久々にデラバイとやりあう。
 セレストはなんとも言えないむずむずした感覚に腹がかゆくなる気分だった。
 手にはデラバイから譲られた片刃の剣。
 その鞘が徐々に黒く染まり始めていた。

 セレストが再び山に向かっていくのをデラバイが見送ると、運び屋のリアルガーが草を噛みながらやってきた。
「また行かせたのですか」
「あいつでなければ山に入れん」
「やはりそうなので?」
「ああ」
「無事で帰りますかね?」
「さあ。役目を果たしさえすれば良い。邪魔な連中を屠り、水源を産む秘宝さえ手に入れば良いのだ。マグノリアめ、コネクションをひっかきまわしてくれたが、重要なところでは役に立ってくれた」
 デラバイは口の端を歪めて笑う。
 リアルガーはそれを見て、噛んでいた草を吹き出すとセレストの方を見た。
「命の秘宝……ですか。でも、どんなものかはわからないんですよね」
「マグノリアが言うには水晶のようだったそうじゃないか。あれさえあれば、若返りも意のまま。マグノリアが良い見本だ。全ての病を治せるのだから、バカ貴族共の自業自得の肥満を治してやる代わり、大金をせしめ、帝国に再び入り込み、全てひっくり返してやる」
「そして山に入れるのは……」
「人外の血を引く者だけだ」

次の話へ→Tale of Empire -蛇王の秘宝編ー 第5話 ウィローへ

 

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