小説 黒豹とかたつむり

「黒豹とかたつむり」第4話 デートとは……

 紗矢はみやこと洋服店を訪れていた。
 大体のイメージは出来ているが、センスにそれほど自信がないため細かいところは彼女の視点が欲しいのだ。
「久しぶりのおしゃれ。大変ねえ」
 といいつつ、みやこは自身の服も選んでいる。
「イメージは出来てる」
 自分で思う、女性に着て欲しい格好だ。
「どんな?」
「ロングスカートにする。ねえ、色とか光に過敏なんだってさ。アクセとかどうしよう」
「革紐系のパワーストーンにしたら? 紗矢にはクンツァイトかアメジストが似合うわよ」
「なるほどねえ。そうする。上は白のノースリーブシャツにしよう」
 紗矢は家にあるそれを思い浮かべ、スカートを見に行った。
 プリーツの細かい、水色に近いミントグリーン。良さそうだ。
「どこ行くの?」
 みやこはワンピースを体に合わせ、鏡の前で何度も見ている。ベージュの体のラインが出るそれは彼女によく似合っていた。
 妖艶である。
「水族館」
「あらぁ、可愛い。中学生のデートみたいね?」
「なら大人のデートって何?」
「ドライブ、ランチ、ディナー、人気のない駐車場」
 意味ありげな言い方だ。
「ホテルじゃなくて?」
「彼か彼女の気配がまとわりついた所が良いの。相性が良いかどうかすぐ分かるわよ。でもあなた、最初に自分の部屋に入れちゃあダメよ。行くならホテルか 彼の部屋にしてね。ラブホはラブホによりけり……汚いとこに連れて行かれそうなら、ただの遊びか排泄目的だからやめてね」
「1回目のデートでいきなりそんな展開アリ?」
「気が合えばそんなものでしょ。それに仕事では何度も会ってるんでしょ?」
「そのつもりで会ってない。……難しいわ、女子って」
「男子だって死にものぐるいよ。知ってるくせに」
 みやこはワンピースの値札を確認し、カゴに入れた。
 紗矢もスカートを決める。羽織りがあっても良いだろう、デニムのシャツが良いだろうか?
「それとサンダルかスニーカーかヒール」
「彼背は高いの?」
「まあまあ? ひゃくななじゅう……半ばか後半くらいかな」
「ならヒールも大丈夫ね。つま先も出しちゃえ」
 みやこは楽しそうだ。白のヒールサンダルを持ってくる。
「ペディキュア塗らなきゃダメじゃん」
「濡れば良いでしょ。後で化粧品も見に行くのよね?」
「そうだよ」
「紗矢、なんだかんだ言って楽しそうじゃない。前は困るばっかりだったのに」
「彼に興味がわいた。元々理想ではあったけど」
「理想ねえ。紗矢の言う意味ってちょっと違うんでしょ」
 みやこの言葉に紗矢は目を大きく広げる。
 その通りだ。
 男だったらこうなりたい、の理想である。
「どうしよう」
 紗矢は再び鳩尾あたりに渦巻く違和感を得る。
 鏡にうつるのはパンツスタイルのいつも通りの自分。カゴの中は女性らしいもの。
 どちらも好きなものだ。
 だが急速に自分が立ち入ってはいけない所にいるのでは、という疎外感に襲われる。
「私女子に見える?」
「もちろん。女子って年齢じゃないけど」
「でもさ、棚田さんに誘われてびっくりした。私女性に見えてるんだって」
「嫌だったの?」
「……それはないけど」
 カゴを見ればため息が出る。
 私が着て良いの?
 頬を叩くと顔をあげ、シャツを見に行く。
 白にしようかと思ったが、光を反射するかもしれない。それなら、と浅い色合いのデニムシャツを手に取った。
 これなら普段でも使える。
 そんな安心感を得て、紗矢はレジに向かった。

 化粧品を数点購入し、一度家に戻るとアンダンテに出勤。
 調理中落ちないように髪の毛をきっちりまとめ、エプロンを身につける。
 評判になったアイスを作り置きし、浜野がせっせと盛り付けるのを見守る。
 彼は勤勉だ、紗矢に質問をよくし、聞いたことや思いついたことを逐一メモしている。
「どうしてバーで働いてるの?」
 そう質問すると、浜野は顔をあげて答えた。
「将来、小さいけど本格的な料理店をやりたいんです。お酒も提供するし、それに合わせた料理も作りたい」
「シェフになるのが夢?」
「んー。どっちかって言うと、自分の手が届く範囲で全部やりたい。経営、調理、接客」
「すごいね」
「まあ、若気の至りですかねぇ。年上の人多いし、20代はそりゃ元気だからなって笑われます」
「体力とか、か……」
 紗矢は顎に手をやって眉を寄せる。
 バリバリやりたい、そう思っても女性の体はそれに追いつかない。
 気づけば疲れ、みやこに注意される。
 女性の体は壊れやすく、心もひっぱられるのよ、と。
 中には体格・体力に恵まれた女性もいるが。
「無視出来ない問題だよねえ」
「紗矢さんもそう思います?」
「色々思うところはある。浜野さんとは悩み方が違うと思うけど」
「紗矢さんは女性だから」
「……かもね」
 浜野にはっきりと言われ、紗矢はごまかすように頷く。
「紗矢さん、明日から休みでしょ? 休みってどうやって過ごすんですか?」
「私の休日? つまんないよ、インドアだし。映画見たり音楽聴いたり本読んだり。たまーに友達に会いに行く」
「へえ。俺最近ずっとジムです」
「鍛えるのが趣味?」
「いや、違うんです。やっぱここ制服で、ひょろいとあんまカッコ決まんなくて。ただでさえ童顔だからせめて体は鍛えようかと……知ってます? クロヒョウの皆は鍛えてるんですよ。音楽の演奏のために必要だからって。良いですよね」
「ストイックだなぁ」
「ですよね」
 紗矢は卵を割る作業を再開しようと腕まくりする。
 それを浜野が見ていた。

***

 厨房を占領する二人を横目に、棚田はAV機器の調子を見ていた。
 今日は生演奏の日ではないが、マスターに呼ばれて出てきたのである。
 どうも具合が悪いようだ。買い換えたのは1年半前、まだ働いて欲しいものである。
 マスターも困り顔で見守っていた。
 埃が溜まっているのか、と裏を見ても綺麗なものである。
 が、よく見ると問題が見つかった。
 コードが断線している。
「これを換えればいけそうですね」
「そうか、良かった。悪いね、この頃呼び出してばかりで」
「このくらい別に……世話になってますから」
 備品室でコードを持ってきてはめ直す。
 電流の音がスピーカーの表面を揺るがせたかと思うと、綺麗に音源が流れ出した。
「問題ないですね」
「礼におごるよ」
「車で来たんで……」
 そう言って断ろうとする棚田の肩を抱き、マスターが耳打ちする。
「柊一、聞いたかい? 浜野のりんちゃんは彼女のこと名前で呼んでるよ」
「聞こえましたよ」
「どうするの?」
「どうするも……アレはアレ、コレはコレ。こっちになびかせられないなら俺の負けでしょう」
「そういうさ、お前のそういう態度って見えないものだろ? 彼女が不安になるよ。ほんとに私のこと好きなの? って」
「付き合ってませんよ」
「付き合うとかじゃないって。隙は好きの意味って言うだろ?」
「それ男が女性に求めるものでは……」
「とにかく最初は寂しがらせたらダメなんだ。そういうのは仲が進んでから。それに浜野みたいにまっすぐな子犬タイプは今モテるんだから」
「知るかよ……それに約束は取り付けましたから」
「さすが柊一。肝が座ってる」
 マスターは棚田の背を叩くとカウンターの奥に引っ込む。
 ボトルの焼酎が出された。棚田の好きな銘柄である。
「これおごり」
「……ありがとうございます」
 棚田がそれを受け取り、ゆったりと座ってスピーカーから流れるジャズナンバーを楽しんでいると、開店前にも関わらずドアがノックされた。
 ドアの向こうにミニスカートのワンピースが見えている。
「どうぞ」
 マスターが声をかけると、彼女――美羽が入ってきた。
「こ、こんにちは……」
「こんにちは。1日空いたね」
「その、頭痛くて……起きれなくて」
 わかりやすい二日酔いだ。美羽は照れで顔を赤くし、髪を指先で梳いた。
「あの、開店前なのは分かってるんですけど、お酒飲むと大変だし……」
「どうしたの?」
 マスターが穏やかに微笑んで促すと、彼女は一歩前に出て両手を組む。
「あの……私、遠くからここへ出てきたんです。旅行っていうか……。その、棚田さんに会いたくて……それで、その……」
 棚田がスツールごと体を彼女に向ける。真正面に見つめると、彼女は視線を下に向けて目を泳がせた。
「これは重症だ」
 マスターがぽそっと言った。
「その……木曜日には、家に帰らないといけなくて……」
 彼女の声がだんだん小さくなる。その時オーブンが焼き上がりを知らせる。
 店内にふわっと広がるのはチーズケーキの柔らかそうな香り。
 彼女のお腹がぐうう、と反応した。

 紗矢が「せっかくだし味見してもらいましょう」と焼きたてのチーズケーキを彼女に差し出す。
 甘さは控えめで、お酒の代わりにマスターがロイヤルミルクティーを淹れた。
 ついで、ではないがマスターと、浜野、棚田の前にもチーズケーキが配られた。ワインに合わせる目的である。
 試食が始まった。
「ふわっふわ……」
 美羽は目を輝かせてそう呟く。
「すっごく美味しい」
 美羽がそう言い、マスターがフォークを入れながらじっくり観察している。
「ふわふわ系なの?」
「迷ってます。正直、シュワシュワ系でも良いかなと思って……味はどうですか?」
「味は良いよ。甘すぎない。棚田はどう?」
 紗矢の目が棚田を見た。
 獲物を見つけた野生のまなざし。
 棚田は喉を震わせるとチーズケーキを口に入れた。
 ふわっとした食感、どことなくしょっぱく、甘すぎない柔らかな甘み。ワインに合わせるには少し物足りないが、何が足りないのかが棚田には分からない。
 料理は得意でないのだ。
「ワインに合わせるなら、もう少し何か欲しい」
「何か? 塩? 酸っぱい? とか……」
「酸っぱい……というか、もったりした方がいいんじゃないですか?」
「もったりか……ミルクっぽさを足すかな。マヨネーズ混ぜる? それにレーズン足そうか」
 紗矢はレシピに直接書き込んでいった。
「生地感ってどう? サクサクさせた方が良いですか?」
「それは要らない。舌で舐めるくらいの方がワインに合う」
「ほうほう」
「柊一は料理人になれたかもねえ」
 マスターがぽつりと呟いた。紗矢がぱっと顔をあげ、マスターを見る。
「あの……マスターってイニシャルK?」
「KITAGAWAだからそうだよ」
「あら、どうしよう。私の友人をこちらに招待しても良いでしょうか」
「どんな人?」
「節度はあるけど不思議美魔女。30代」
「それは良いねえ。どうぞ、連れてきて」
「ありがとうございます」
 紗矢は礼を言うとレシピを直した。
 厨房に戻ろうとするのをマスターが引き留める。
「休憩したら? 浜野も」

 紗矢はマスターに連れられ、店内のLDを見せられに行った。浜野はテーブル席でスマホをいじっている。
 美羽と二人でカウンターに残され、棚田は参った、とばかりに指先で自身の太ももを叩いた。
 しかし美羽はさっきの続きを話せそうにない。マスターの気配りも時間の限界があるだろう。
 黙り込んでから5分。
 棚田は口を開いた。
「さっきは何を話そうと?」
「ああ! いえ、その……なんていうか……」
 美羽は中身のないカップを両手で包み、視線をそこに落とすばかり。
 深く息をして、こちらをちらりと見ると、再びカップを見た。
「その……あの、本当に、バカみたいな、こと、なんですが」
「バカかどうかは誰にも決められませんよ」
「そうですか? あの……」
 美羽は覚悟が出来たのか、棚田をしっかりと見つめる。
 わずかな照明の中では瞳が強い。
 きらきらと今にも泣きそうな目が棚田をとらえた。
「お、思い出が欲しいんです。私と……デートして下さい」
 ピタリ、と空気の流れが止まった。
 シーンという静かなうるささが鼓膜に響く。
 皆彼女の言ったことを聞いたに違いない、視線がぐさぐさと後頭部に刺さってくる。
「今日か、明日しかチャンス、ないんです。バカでしょ? やっぱり良いです! ごめんなさい! でも良かったら一緒にお出かけして下さい!」
 美羽が勢い任せにそう言って頭を下げる。
 棚田は今までの人生でこれ以上ないほど目を見開き、顔半分を手で覆う。
(なんだこりゃ、手の込んだいたずらか?)
 よくある、有名人を引っかけて遊ぶというもの。
 棚田はわずかだが知られた顔である。可能性はゼロではないのだ。
 だが美羽はそういうタイプの人間だろうか?
 少なくとも棚田にはそうは見えない。
「……ちょっと待った」
 そう声を絞り出せば、美羽が顔をあげる。目尻に涙があふれ、頬は真っ赤だ。
「いきなりすぎる。俺はこの後仕事がある」
「あ、明日は……?」
「明日は……」
 棚田は紗矢を振り返る。
 彼女はマスターの隣でレコードを持ちながらこちらを見ていた。
 マスターも浜野も、一様に目を見開いている。
「……先約があるので」
「じゃあ……ダメですよね……ごめんなさい……」
 美羽は声を小さくし、棚田からうなじが見えるほどしぼんでしまう。
 何か悪いことをした気分になり、棚田は額を押さえる。すんでの所でため息を飲み込み、自身の太ももを先ほどよりも強く指で叩く。
「欲張りすぎですよね、同じ空間にいられるだけでもすごいことなのに。ちゃんとお話できるだけでも満足しなきゃ。ごめんなさい、調子に乗りました」
 そう早口に話す美羽の声は震え、今にもわっと泣き出しそうだ。
 ジャズナンバーと呼吸だけがうるさく聞こえるほどの静けさの中、マスターが戻ってきた。
「先約って?」
 棚田は彼の質問に、紗矢に視線を寄越すことで答える。
 先ほどのやりとりから察してくれるだろう。
 案の定マスターは眉を持ち上げて肩をすくめた。
 紗矢もレコードを直すとカウンターに戻ってきた。その彼女が口を開く。
「……美羽ちゃんの勇気にカンパイ」
 そう言って美羽のカップに紅茶を注いだ。
「ねえ、いいんじゃないですか? ちょっとくらい」
 紗矢の一言に棚田はすーっと表情を消す。
「だって、美羽ちゃんにとっては滅多にないチャンスでしょ?」
「……それが答えか」
 棚田はふうっと息を吐き出す。眉に力が入るのを感じ、それをごまかそうとポケットのライターに手を伸ばす。幾何学模様の彫り込みに触れて、気分を紛らわせるとスツールごとカウンターの正面に戻した。
「……いいんじゃない? デートだとか気張らないで、彼女は思い出を作りたいんでしょ? だったら皆で行けば」
 マスターがそう提案した。棚田はなんのことだ、と首をひねる。
「皆?」
「そう。皆。人数多い方が気楽じゃない? 浜野も合わせて、ここ4人で行っておいで」
「え、でも……棚田さんは先約が……」
 美羽が戸惑いを見せ、棚田が説明する。
「相手にも都合があるらしくてね。いらないんだそうだ」
「え?」
「良いよ、それなら遊びに行こう。阿川さんと浜野も一緒に」
「えっ、俺もですか? 明日出勤日……」
「臨休ってことにしとくよ」
 マスターがそう告げ、浜野は大きな目を大きく見開いたがとりあえず頷いた。
「たださ、磯田さん。ここは歌舞伎町とかじゃないから。店員と客の接客デートじゃない、単に知り合いと遊びに行くだけ。それだけ覚えておいて」
「……はい」
 念押しを美羽は素直に受け入れ、頷いた。
 彼女からはすっかり涙がひっこみ、笑顔が戻りつつある。
 美羽はそのままホテルに戻っていった。
 見送りに出た棚田はそのまま店の裏に行き、パイプ椅子を広げるとタバコを取り出した。
 火をつけると煙がのぼってゆく。
 棚田がひとり惹かれているだけで、当たり前なのだろうが、紗矢は自分に興味がないのだろう。
 そうと分かるとどうにも消化不良な気分だった。

***

 まさかの展開になり、紗矢は一人自宅で腕を組んでため息をついた。
 デートに行くものと思い準備したシャツ、スカート、ヒールサンダル、アクセサリー。
 それがすっかり色あせて見え、片付けると別の服を準備する。
 ティーシャツにデニムのジャケット、脚がすっきり見える色の濃いコットンパンツ、スニーカー。
 アクセサリーは最低限。
 いつも通りのマニッシュスタイル。
 鏡を見れば馴染みすぎる格好に、ふうっとため息に似た息が出た。
 何を浮かれていたのか、スカートなんて似合わない……と、自分になぜか言い聞かせる。
 棚田に美羽と出かけたら、と提案したのは自分である。
 なぜそんなことを言ったのだろう。
 その時感じたのは気後れだ。
 彼女を気づかったわけではない。

 

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