明け方の白い光がカーテンの隙間から入ってくる。
何かに見守られているような、祝福されているような、柔らかいのに強い光だった。
裸のままの律を抱きよせ、その香りに埋め尽くされるようにして目を閉じる。
汗混じりに張り付く肌から伝わる体温がひどく気持ちいい。
律の手が背中を撫でた。
「譲くん……」
「……ん?」
「大好き……」
熱に浮かされたような声で囁く彼女の頭を抱えるようにし、耳に口づける。
こんな一瞬はきっともう来ない。
そして一生忘れない一瞬でもあろう。
***
それから半年。
飯塚はユーチューブで時の人になったが、相変わらずデビューの話は断っている。
”自分のためにしか歌えない”
それが理由である。
棚田は正式にプロとなり、ミュージシャンから呼ばれ始めているようだ。
時々バーの演奏で集まり、かと思えばユーチューブでクロヒョウの活動をする。
飯塚は我ながら自分勝手だ、と笑うが、以前のような卑屈な感情はない。
まだ空いたままの律の部屋。
一時棚田が部屋を貸してくれ、と未使用の部屋を使ったが、今は飯塚一人である。
城島と美穂は上手く行っているようだ。
すっかり落ち着いた雰囲気の彼の横顔に飯塚は知らず頬をにやつかせた。
太田の店を訪ねると、すっかり白髪になった「お西さん」が飯塚を手招きする。
「あの子まだ帰ってけえへんの?」
「向こうでやることあるんだそうです」
「逃げられたんとちゃうか?」
そう笑われ、飯塚は頭をかいた。
カウンターに座ると太田が熱い茶を出す。
「人生諦めが肝心だ」
「オヤジまで……良いよ、そうやって笑ってろよ」
「冗談だよ。納得と諦めは違うしな」
飯塚はそう言った太田を見上げて言った。
「連絡は取れてる」
それも毎朝毎晩である。
時には電話越しに愛を確かめ合ったこともある。
電波越しの上擦った甘い声はなかなかであった。
「なら良いじゃねえか」
太田がふっと笑ってそう言った。
「良いよ。流石律だよ。律儀の律」
「さんざんからかわれてそうな名前だな」
「だよなあ」
そういって親子丼を食べた。出汁のきいた関西風の味付け。
「オヤジって関西?」
「出身か? 静岡だよ」
「へー」
黒いおでんはなぜなのかと思っていたが、彼の古里の味だったのか。
「なるほど」
「今更だな」
他愛もない会話の後、店を出ると少しだけひんやりした風が吹いた。
***
一人で家路につき、暗くなり始める空に急かされるように足早に歩く。
古里では星が綺麗に見えるだろう、そんな雲のない綺麗な群青色に染まってゆく。
気分が良くなり、鼻歌を口ずさんで目に入るのは電気のついた我が家。
揺れるカーテンに、懐かしい気配。
飯塚は唇を噛んでみるが、顔が勝手に喜ぶのを押さえられない。
走っていってドアを開けると、慌てたような足音が廊下を走ってきた。
目が合うと、綺麗な笑顔が飯塚を出迎えた。
終わり。
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