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コキュートス 小説

【コキュートス -月下のバレリーナー】第6話 ※微エロシーンあり。

2024-06-29

「コキュートス。ギリシャ神話の冥府に流れる川。裏切者を許さぬ氷地獄のこと」

 

 それから二人はなるべく一緒に過ごした。
 あの白いワンピースを旬果は迷うことなく着ていた。ネックレスともよく合っている。
 教会を見学した後、ネイサンは何かを気にした様子を見せると、旬果の手を牽いてレンガの壁に隠れるとその場でキスをする。
 何かからかくれんぼをしているみたいだ。
 泉へのお土産を、と店に入り、見繕う。
 赤ちゃん用の木製のおもちゃが目に入った。イタリアの職人の手作業で、可愛い犬の積み木だ。
 それを選んでレジに行くと、銀の飾りがついた革のブレスレットが目に入った。
 細い革を4つ編みにし、留め具に炎のマークが彫金されたものである。
 店主である女性が旬果の視線に気づいて説明した。
「伝統のお守りだよ」
「伝統?」
「この街のさ。中世、戦争へ行く男のために恋人がお守りとして作ったんだ。今は姿を変えて、就職したり、旅立つ家族や友人にも渡されるよ。無事に帰ってきますようにって」
「……」
「彼に贈るんだろ?ぴったりだよ」
「あ、えっと、聞こえないように。……1つ下さい」
「はい、ありがとう」
 車は走り、いつかのレモン果樹園を通り過ぎる。
 潮風が強くなった。
「この先の夕景は素晴らしい。水平線いっぱいが黄金になる」
「もしかして、街の建物はほとんどマフィアの……」
「ああ。仕方ないんだろう。舗装したのは彼らだから」
「だから警察も手を出せないの?」
「多分な」
「……ネイトがやるべきことって何? 前にそんな話を」
「……そうだな……ひらたく言えば仕事だ。顧客の安全と成功を守ることが第一だから。それが終わるまでは、街を離れるわけにはいかない」
 ネイサンの声には力強い響きがある。
 旬果は頷いた。
 やがて車は脇道にそれ、トンネルを潜る。岩肌をむき出しにした、古い道路に至った。
 車はほとんど通らない。
 申し訳程度の車止めがあり、そこに停まるとフロントガラスいっぱいに夕陽の迫る海が入る。
 車のフレームはそのまま額縁だ。
 自然そのものをくりぬいた動く絵画。
 しかし旬果は目の前の風景に集中できない。
「終わったら……どうするの?」
「帰るさ」
 ネイサンははっきりと答え、旬果を見た。
 その続きを訊くことが、その時の旬果には出来なかった。

 

 

 陽は沈み、わずかな街灯が車内の二人を照らしている。
 言葉も交わさないままに旬果は彼に体を預けていた。
 体温と鼓動が重なるのがこれ以上なく心地いい。
 そのまま眠ってしまいたい気分だったが、残念ながら体の奥で覚えてしまった熱が二人を急かしている。
 どちらも捨てがたい。
 旬果はネイサンの上にまたがるようにすると、唇を濡らし、口づけた。
 ネイサンの手が彼女の細い腰をまさぐる。手は胸へ移動し、かすめていくとボタンを外し始めた。
 誘うような彼の舌を追い、旬果はその口内に舌を入れる。
 熱い口内をおそるおそる探り、舌先を交わす。
 こんな風に男性を求めたのは初めてだ。
 彼の茶褐色の髪に指を滑らせ、口を離すと息を吸い込む。
 すると鼻にちゅっとキスをされた。
 驚いて目を丸くすると、今日の月よりも溶けそうに濃いアンバーの目が旬果を映し出していた。
 そのまま見つめていると、ネイサンの手は腰から脚に移動し、意味ありげに肌を撫でる。
 ボタンが片手で外され、気づくと前は全てさらされていた。
 水色のレースの下着がキャミソールから見え隠れする。
 さらされた内ももを、ネイサンの指先が撫でた。
 そこが弱い旬果はじっくり灯されていく快感の火に下着の奥を熱くさせ、下唇を噛んで耐える。
 ネイサンを見おろす恰好になるが、シートに手をついて腰を浮かせる。じゃないとスカートも濡らしてしまうだろう。
 と考えていたら、まんまとネイサンの手がお尻を撫でた。
 驚いた体が跳ねる。
 ショーツの脇から指が入り込み、徐々にお尻がむき出しにされていく。
 と同時に、ブラの上から乳房にキスが浴びせられた。
 まだ消えない乳房のキスマークが、熱を思い出してじんじん疼く。
 またショーツが濡れる。ネイサンもそれに気づいているはずだ。
 ブラのホックが外され、ストラップがずらされる。
 中途半端に脱がされたまま、ぷっくり立ち上がった乳首が彼の口の中で弄ばれた。
 旬果は息を見出し、頭もぼうっとした状態になったが、彼に促されるまま腰を下ろしてネイサンの体を撫でた。
 彼のシャツをたくしあげ、分厚い胸をたたえるように舌で愛撫する。
 時々ぴくんと反応を示すのが、何とも愛おしい。
 旬果と同じように立ち上がった乳首は未成熟のベリーみたいだ。ついばむとまた固くなる。
 車内は二人分の呼気で湿り気を帯び、甘酸っぱい花のような彼女の香りと、温かい香木のような彼の香りが混ざって異質な空間になりつつあった。
 汗が肌に滲み、夜気ですら二人の熱を冷ますことはない。
 ネイサンがシャツを脱ぎ、肌が触れ合うと、吸いつくようにぴったりと張り付く。
 旬果の胸の谷間に汗がしたたり落ちた。どちらのものかはわからない。
 もう耐えられなくなったショーツの隙間から、淫蜜がつぅーっと流れ、旬果の内ももから彼のジーンズを濡らす。
 ネイサンは熱く息を吐きだすと、バックルを外した。
 やがてすっかり固く、鍛え上げられたばかりの鋼鉄のようなものが旬果のお尻を撫でる。
 彼のものもすっかり濡れていた。お尻がぬるりと濡れ、コンドームが準備される音が聞こえる。
 息を飲むのは一瞬。
 旬果のとろけた秘口に熱いものが入り込み、ずるずるとヒダヒダの内壁を擦り上げながら奥へ至る。
 耳元に満足気な彼の息がかかった。
 旬果の中は彼のものをきゅうーっと締め付け、奥へ誘いこむように動く。
 彼のものに合わせてきつく締めているのに淫蜜は次から次に出て、外へあふれ出た。もうショーツは使い物にならないだろう。
 ネイサンは腰を突き上げ、旬果を揺さぶった。
 刺すような快感が頭上へ登る。
 下から貫かれ、腰は勝手に揺れた。

――旬果、君自身が官能的な美術品のようだ――

 熱を注ぐようにささやかれると、きつく秘口は締まり、体は中からびくびく震えた。
 オーガズムに犯される……ネイサンがきつく体を抱き、くぐもった声をあげた。
 今度は二人一緒だ。
 薄い膜越しに、何度も何度も彼の情熱が噴出されるのを感じた。
 その度全身がぞくぞくと喜びに震える。
 やがて心地よい疲れにまぶたが降りてくる。
 ネイサンの手が髪を撫で、そのまま目を閉じる。
 次に目覚めたのはオテル・パラディソのベッドの上だった。

 

 旬果の元にはダンテ神曲の作品が次々と集まり、綾香の許可を得るとひとつひとつ丁寧に包んでいく。
 戦後描かれたパラディ―ソ。
 黄金に輝くベアトリーチェ。
 やはり思い入れの強い作品だ。手袋のまま表面を撫で、しっかりと包む。再会は日本。
 あとは船に乗せる手配をするだけだ。
 部屋中が梱包材でいっぱいになると、一つの仕事が終わった達成感と寂しさが襲ってきた。
(終わった……)
 旬果自身の予定は全てこなした。
 あとは自由時間だ。明後日ネイサンに誘われているパーティーに出席したら、その翌日には飛行機に乗っていることだろう。
「……」
 体の力が抜け、座り込むと膝を抱える。
 この時ばかりはクチナシの香りが彼女を慰めることはなかった。
 フランチェスカから連絡が入り、旬果は顔を上げる。
 近くの喫茶店に来ているらしい。
 彼女とももうすぐお別れだ。顔を見ると、彼女もいつもの明るい笑顔に陰りを見せている。
「どうだった?」
「すごく良い仕事が出来たわ。ありがとう。フランチェスカ」
「役に立てたなら嬉しいヨ。でも寂しくなるわね」
「うん。あなたが日本に来るときは私が案内するから」
「アハハ!楽しみにしてる」
 ゆっくりとコーヒーを飲み、ただ話を楽しむ。フランチェスカはロレンツォとデートをしたらしいが、彼の話にはついていけない、と語った。
「シュンカはどうなの?日本に恋人がいるの?」
「私は……日本にはいないわ」
「そうなの?日本人には恋への情熱がないって聞くけど、本当なのかしら」
「そうでもないと……思うけど……」
 と言いながら自信はない。旬果自身も、恋愛より仕事を優先させてこなかったか。
「運ってあるよネ。出会いの」
 フランチェスカのつぶやきに、旬果はネイサンの言葉を思い出した。
 引き合うもの。
 そうなのだろうか?
 だが確かにフランチェスカとは話も合うし、楽しい。
 アートの話となると長く話していられる。
 だが一方、話の通じない人とは連絡先すら交換しないものだ。
 泉とは長く続いているが、他のクラスメイトは?
「……引き合うものなんですって」
「え?」
「人との出会いやつながりは、運じゃなくて。そうある人が言ってたの」
「面白い哲学ね。じゃあ、あたしと、シュンカと、ロレンツォは、皆引き合ったの?」
「でも私はロレンツォと会えずじまい。そういうことかも」
「んー?」
「私とロレンツォには引き合うものがなくて、あなたとロレンツォには引き合うものがあった……のかも」
「そう考えると面白いね。彼とはどうなるかわかんないし、バイだからライバルも多いけど」
「無理に合わせなくて良いんじゃない?」
「あー……確かにそうネ。無理してたかも。ところで最近、クラネ・ジェーロの動きが静かだって」
 旬果はコーヒーカップを口にする前に止めた。
「前はもっと騒がしかったよ。スリも強盗も結局そこのカポ(首領)が指示してたんだろって言われてたけど。最近めっきり減ったらしいノ。ここ数日で数件店は潰されたみたいだけどね」
「クラネ・ジェーロって、どんな組織なの?」
「何でもやるみたい。薬物以外なら……そうだね、詐欺とか、金融関係とか、カード、偽造品とか……店への保護って言ってるけど、みかじめ料ね。マネロンもそうだし、不動産とか、レストランとか……」
「い、いっぱいあるのね」
「そうヨ~。あのカジノ・バー「イル・サント・デッラ・フォルツァ」は有名。皆知らないふりはしてるけど。それから……政治家ともつながりあるし、売春とか、車系もだね」
 旬果はぞくっとしたものを背中に感じた。
(車?)
「あたしは別の街にいて、そこでこっちに行くなら気を付けるんだよって教えてもらってるから情報が入ってくるけど。でも知らない人は多いのよね。だからコーディネイターの腕の見せ所なんだけど」
「車……」
「何かあった?」
「車を修理に出すなら、普通時間がかかるものよね」
 数日かかるものだろう。
「そうね」
「……」
「知ってる?クラネ・ジェーロのカポは自分の部下に忠誠の証を刻むんですって…………」
 バイクに襲われた時、あまりに良いタイミングでネイサンは現れた。まるで知っていたかのように。
 時間が止まったように感じた。
 フランチェスカと別れ、オテル・パラディソに戻る。
 足がなんとなく重い。
 昼食を頼むと、喫茶スペースに案内される。
 新聞がテーブルに置かれており、それが目に入った。
【クラネ・ジェーロの幹部が殺されたか】
 衝撃的なタイトルだ。
 ちらりと目をやると、ひげ面の男性の顔写真。それと、腕に刻まれた傷跡。
 真ん中を貫く線の長い、アスタリスクに似た傷痕になっている。
 フランチェスカが話していた気がする。
「おっと、すまないね」
 支配人が新聞を下げようとし、旬果はそれを引き留めた。
「少し見せて下さい」
「これを? 良いニュースじゃないよ」
「でも、少しだけ」
【クラネ・ジェーロの者にはそれとわかるよう、ナイフなどで腕にマークを刻んでいることが現地警察の調べで判明した。ジェーロの名の通り、氷を連想させる、六方向に向かって伸びる3本の線。大体左腕につけられることが多いようで、先ほど発見された遺体にも同様の傷跡が発見された。彼はクラネ・ジェーロの幹部・マッテオではないかと現在捜査中。なぜ幹部が射殺されたかは不明だが、もし組織内で裏切りが計画されたとなれば、今後の動きが注目される――】
 腕の傷。
 切ったような痕。
「……」
 突然、頭の中が冴え冴えするような気分だった。
 手足が冷え、息は苦しい。
(ネイサンは、まさか……)
 だからマフィアのいない店を知っていたのか?
 だから彼の車はすぐに修理された?
「お嬢さん、表情が険しいよ」
 支配人は穏やかに声をかけてきた。
 何か知っているような、どこか哀れむようなそのまなざし。
「……あの……」
「……彼なら大丈夫だよ。君がよく知っている通り」
 染みるような声だった。目頭が熱くなったが、それをこらえる。
 彼は何か知っているのだ。
「教えてください。彼は……」
 しかし支配人は首を横にふり、旬果の震える手を包むようにすると微笑む。
「君が知っていることが真実だよ」
 支配人の言葉に、体温が戻ってくる。
 旬果は顔を覆うと、声を出さずに泣いた。

「男の本心は言葉じゃなくて行動に表れるって言うわよね~」
 泉の明るい声が部屋に流れた。
「行動……?」
「そうそう。男なんて社会ではいくらでも演じるじゃん、俺は良い男だから、仕事出来るから、こんなこと出来るから……って。口ではいくらでも言えるの。でも実際は外で好印象与えたいだけで、中身ない奴が多いの。だから約束を守れるとか、行動でちゃんと示せる男を信じなさいって、ママが」
「それで彼と結婚したの?」
「そうよ。あいつ無口だけど、いい男だから」
 泉の存在は救いだ。
 話していると自然と顔の緊張が溶けていく。帰国して会うのが楽しみで仕方ない。
「そっちで出会った男はどう?いい人?それともいい男?」
「……どうなのかな……」
「シンプルに考えなさいよ。目は嘘つかないの」
 目に嘘は宿らない。
 彼の目は鋭いが、繊細な光が宿り、いつも旬果を優しく見つめている。
 だが、彼は、おそらくマフィアなのだ。
(何か事情があるの?)
 顧客を守ると言っていた。
 どういう意味なのだろう。

――無事に全てが終われば……それで良い。君の帰国後の成功を願ってる。

 マフィアから遠ざかり、安全な場所へ。
 彼はいつもそうしていた。
「……いい……男、かも」
「ふふん。アバンチュールじゃ満足出来なくなってきたんじゃない?」
 このまま進めば、どうなるのだろうか。
 ネイサンをどれだけ信じられるのだろうか。
 彼は、全て終わらせて帰ると言っていた。だがもし彼が新聞の男と同じようになったら?
 背筋に氷が流れるような感覚が走った。
 ネイサンがマフィアじゃなければ良い。
 そうなら良いのだ。
 なのに直感はそうだと告げている。
 パソコンも電気も全て消え去ると、波の音とクチナシの香りで満たされる。
 ここで愛を交わし合った。
 誘ったのは自分。
 彼の腕の中にいる時、守られていると感じた。
 これより安全な場所はない、と信じられるほどに。

 

次の話へ→【コキュートス -月下のバレリーナー】第7話 ※官能シーンあり

 

 

  • この記事を書いた人

深月カメリア

ライター:深月カメリア 女性特有の病気をきっかけに、性を大切にすることに目覚めたXジェンダー。以来、性に関して大切な精神的、肉体的なアプローチを食事、運動、メンタルケアを通じて発信しています。 Writer:Camellia Mizuki I am an X-gender woman who was awakened to the importance of sexuality by a woman's specific illness. Since then, I've been sharing an essential mind-body approach to sexuality through diet, exercise, and mental health care.”

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