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コキュートス 小説

【コキュートス -月下のバレリーナー】第4話 ※官能シーンあり。

「コキュートス。ギリシャ神話の冥府に流れる川。裏切者を許さぬ氷地獄のこと」

 

 仕事が遅くなるため、ドレスを選ぶための時間を空けられない、と旬果は告げた。
「どうしよう。あのワンピースはどう?」
「ああ、気にしなくて良い」
 しかしネイサンは慌てた様子がない。
「オテル・パラディソじゃなく、ホテルにおいで」
 夕方6時だが言われるままタクシーに乗り、ネイサンが告げたホテルの入り口を通る。
(五つ星ホテル……)
 口をあんぐり開けたが、旬果は自覚していない。
 窓に映りこむホテルの装飾一つ一つが、石畳と客を出迎えるように輝いていた。
 どれだけの階層があるのだろうか。マンションよりもよほど高い。
 玄関につくと、えんじ色の制服を背筋の良い男性がにこやかな笑顔で出迎える。
 ネイサンと会う約束を、と言えば、すぐに案内された。
 彼はラウンジで待っていたが、旬果を見るとすぐに席を立つ。
「こっちだ」
 エレベーターに乗り、8階へ。
 エレベーター内の鏡にうつる自分を見て、ようやく旬果は我に返る。
(あっ、どうしよう。下着は何をつけてた?)
 ここで確認など出来るはずもない。泉に言われた通り覚悟はしていたが、仕事帰りだとは考えていなかった。
 一人でどうしよう、どうしようと頭を混乱させていると、ポーン、と良い音がなり8階につく。
「こっちだ」
「あっ、ええ」

 ヒール越しでも踏み心地の良いカーペット。廊下までこうなら、部屋はもっとすごいのだろう。
 ネイサンはいつも通りの表情で、部屋の鍵を開ける。
 いよいよ胸が破裂しそうなほど激しく心臓が打つ。
(どうしよう、何も考えてなかった)
 額まで熱い。
 ネイサンを見上げれば、やはり涼しい顔のままだ。
「さあ、入って」
「あ、あの……その……お手洗いに……」
「部屋にあるよ」
 それはそうだろう。旬果は心の中で独り言ち、つばを飲むと意を決した。
(なるようになれ)
 足を踏み入れる。
 中は明るく、廊下を渡ればそこに女性たちが待っていた。
「お待ちしておりました、青野様」
 部屋いっぱいに並んでいたのは、ドレスだった。
 VIP客のためにブランド店が展開しているサービスである。ホテルのパーティーに合うものをあらかじめ見繕い、持ってきてくれたのだ。これなら時間のなかった旬果にも間に合う。
「そういうことだったの……」
 頬を緩ませると、つい言葉が漏れた。
「ん?」
「何でもない。こんなサービスは初めて受けるわ」
「お伺いした通り、色白の方ですね。ワインレッドなどお似合いですが」
「パーティーの主役は彼女じゃないんだ。青か、緑か、派手ではないものを」
 ネイサンは後は任せる、そういって部屋を出る。
「かしこまりました。少し良いですか?」
 女性スタッフに促され、立つとヒールを脱ぐ。
 そのまま体中をメジャーで計られた。
「ダンサー体型ですね」
「昔にバレエを」
「なるほど。通りでエレガントな体型なわけですね」
「人によって違いますか?」
「違いますね。ダンサーといっても、バレエは優雅。ヒップホップはメリハリ。社交ダンスは肉感的です」
 似合うドレスの形を決めるのだろう。
 エンパイア、マーメイド、とあれこれ持ちだす。
「青野様はシンプルなものがお似合いです」
 夜に深海を重ねたような、深い群青色のドレス。シルクの素材で、スカートはマーメイドライン。ドレープが胸元に設けられたデザインだ。
 照明を受けてドレープ部分がふくよかに輝く。
「きれい」
「ご試着を」
 旬果がブラウスを脱ぐ間、スタッフも廊下へ下がる。
 ドレスの他にパンプスも、ストールも、バッグも、パーティーに必要なものは揃えられていた。
 さすがに五つ星。一流ホテルである。
 夕方だというのに途方もないサービスだ。スタッフも疲れや嫌そうな顔一つしない。
 ドレスを着終わると、スタッフを呼んだ。彼女は姿見を持ちながら部屋に入る。
「お似合いです。群青色が良いと思いますが、他のも試されますか?」
「いいえ、これが気に入りました」
「ではブラックモア様をお呼びしますね。お待ちください」
 他のスタッフがパンプスを用意し、旬果はあっという間にドレスアップだ。シンデレラになった気分である。
 姿見にうつる姿を見ながら、ついネイサンの反応が気になった。
(……どう思うのかな……)
 そんなことを気にしていると、女性スタッフのにこやかな笑顔とぶつかる。
「あなた方はフェアリーゴッドマザーみたい」
「光栄です。そうなるよう教育されていますので」
「あなた方のヴィジョンですか?」
「おっしゃる通りです。そのうちの一つですよ」
 銀の小さなバッグ、白のパンプス、銀糸を織り込んだストール。
 色の統一感が出てすっきりとまとまった。
 ドアの開く音がして、ネイサンが入ってくる気配がある。
 旬果が振り返ると目が合った。
「ブラックモア様、いかがでしょうか」
「ああ。思った通りだ。これ一式を頼む」
「かしこまりました。当日にお届けに……」
「あ、あれ?」
 旬果は背に手を回し、ファスナーの金具をつかむがどうにも動かせない。
 下手をすればドレスが破れてしまう――と四苦八苦していると、ネイサンが後ろに回った。
「じっとして」
 背中越しに声をかけられ、頬が熱くなった。
「ああ、ファスナーが噛んだんだ。すまない、ちょっと待っててくれ」
 スタッフにそう言うと、ネイサンは旬果のドレスを手繰り寄せる。
 胸や腰の部分が寄せられ、ぐっと体のラインが出た。
 武骨な指がファスナーを下ろしていく。ジーっと音がたち、それとともに鼓動が早くなった。
 肌が解放され、外気に触れる……ふわっと胸が楽になり、無防備に背中がさらされる。
 すとん、とファスナーが降りた、と同時に彼の指がむきだしの腰にそっと触れる、途端軽い電流に触れたように体が跳ねた。
「……思った通り、よく似合う」
 耳元でささやかれ、肩に手の温度が伝わる。
 鏡にうつる旬果の姿を、やはり鏡の中のネイサンが見つめていた。

 時間はあっという間に過ぎ、8時になっていた。
 ディナーを一緒に、と誘われ、着替えを終えた旬果はロビーへ降りる。
 先に降りていたネイサンを探すと、彼はロビーに飾られていた絵を見ていた。
「ネイ……」
 名前を呼びかけ、やめる。
 彼の目はどこか色を失っている。
 帰る家を失くした人のような、諦めのような。虚ろとは違うが、遠い目をしていた。
「……」
 声をかけるのもはばかられ、そのまま近づく。
 足音に気づいたネイサンが振り向いた。
 その時、今この瞬間に色を取り戻したように笑みを浮かべた。
 旬果も曖昧に笑って見せる。おそらく、上手い笑顔にはなっていなかっただろうが。
「これは……何の絵?」
「いや、私はよく知らないな」
 ネイサンはこれを、じっと見つめていたようだが。それに、また一人称が変化している。
 近づいたと思ったら、見えない壁がまたここに現れた。
 それがとても悔しい。
 旬果は彼の隣に立って絵を見上げた。
 眠るようにする乙女を、たくさんの花が囲んでいる。全体的にぼやかされ、霞の向こうの出来事のようだ。

【わたしは今、愛の何たるかを知る】
 メッセージが一言書かれている。
「愛……」
 ネイサンがぽつりと言葉を落とす。
「誰の愛だ? 彼女? それとも、画家自身なのか」
 ネイサンはメッセージに軽く触れると、息を吐きだした。
「行こうか。少し遅いが、夕食にしよう」

 いわゆる大衆食堂というやつで、がやがやとにぎやかだ。時間もあって酔うためにやってきた人も多く、あちこちで歌が流れている。
 誰も皆楽しそうだ。
「ここもクラネ・ジェーロは無関係?」
「ああ。彼らはこういう店を好まないんだ」
「そうなの?なんで?」
 ネイサンはその質問に目じりにしわを寄せるほど笑った。
「知らないよ」
「あ、そうか、そうよね」
「君はちょっと、無邪気だな。その名を出さない方が良いと思うよ」
「だって、あまりに映画みたい。マフィアなんて」
 運ばれてくるのは海鮮料理。雑に盛り付けられた貝はしかし身がぷりぷりとし、ソースがたっぷりとかかり、食欲を誘う。
「意外だわ。こういうお店にも来るのね」
 店は賑やかで、音楽の生演奏が流れ出す。大声を出さないと向かいのネイサンに聞こえない。
「意外か? こういう店ばかりだ」
「本当?」
 疑いを込めて目を細めると、ネイサンはむしろ顔を近づける。
「本当。初デートからこんな店に誘うわけないだろ?」
「えっ」
「君、出会いを覚えてないのか。俺は、君を、ナンパ、したんだ」
 目が至近距離で合う。アンバーの目は月よりあやしい色をたたえて、旬果自身を映し込んだ。
「なんだか今更だわ。ここでのお友達みたいに思ったのに」
「友情だったと?残念だな」
「冗談ばっかり。どれが、本当の、あなた、なの!?」
 一段と音が大きくなり、旬果はほぼ叫ぶようである。その姿をネイサンはにやにやして見て来た。
 さっきあった壁がまた消える。何なのだろうか。
「本当の俺?」
「そう」
「……」
 ネイサンは背もたれに体を預けた。また間が出来る。
「難しい質問だ。君が見つけてくれよ」
「……ずるい」
「俺が? ずるい?」
「私のことはすぐ見つけるのに、自分のことは見せないなんて」
「……」
 ネイサンは身を乗り出し、旬果の目をのぞき込む。見えないものをさぐるように。
「本当にそうなら良いが。君はまだ、何かを隠し持っているんだ。小さな火種のようなものを」
「火種?」
 ネイサンは手を伸ばし、旬果の鎖骨上窩を触れるか触れないかで止めた。彼の目線はそこからゆっくりと上下し、再び旬果の目をまっすぐ見つめる。
「そう。それはいつ燃え上がるのかと待っている。なのにそのきっかけを見つけることが出来ない。俺はまだ君を見つけていないよ」
「……そうやってはぐらかすの?」
「ああ」
「ネイサン……」
「ネイトだ」
「え?」
「ネイト、と呼んでくれ」
「ネイト……」
「ああ。……ありがとう」
 ネイサンは目元を柔らかくし、旬果を見つめながら頬を緩ませる。
 その時、ようやく彼自身の笑顔を見た気がした。

 

 オテル・パラディソが近くなってきた。
 旬果はすぐに着いてしまうのが惜しく、タクシーを止めると砂浜を歩いた。
 旬果にならってネイサンも靴を脱ぎ、裸足で歩く。
 星と街灯だけで充分な夜だった。
「なぜバレエを?」
「えーっと……発表会か何かをたまたま見たの。妖精みたいに飛び跳ねているのが可愛くて、見様見真似で。教室も近くにあったし、良いんじゃないかって」
 打ち寄せる波の音が心地いい。
 そのまま色んな思いが流れ出てしまいそうなほどだ。
「体も柔らかくなかったから、始めは辛かったんだけど、でもやめようって気にならなくて」
「それでプロまで行ったんだろ?」
「うん。そう。不思議よね、外国ってとても遠いと思ってた。でも意外と行ってしまえば近いみたい」
「決断次第だ」
「その通りね。私の大きさが変わるわけじゃないから」
「面白い表現だな。どこにいても自分を見失わないでいられるのは尊敬するよ」
「そう?多分、皆仲間だったからかも。当時バレエと違う世界に行ってたら、どうなってたかわからない。ネイトは?どうしてコンサルタントになったの?」
「向いてたようだ。恩師が言ってたことがそのまま役立った気がする」
「学校の先生?」
「いや、最初の仕事場の。彼は……そうだな、ウェルギリウスに似ているかもしれない。聡明で、正義感が強い。熱心な方だった」
「尊敬してるのね」
「……ああ。彼には明確なヴィジョンがあった。だから決して迷うこともなく、間違えることもなかった……そのはずだ」
 ネイサンは頭をふって頬を緩ませる。
「まあ、俺の話は良いんだ。君は……バレエに熱心だったみたいなのに、なぜやめたんだ?ローザンヌコンクールはさすがの俺でも知ってるよ、そこに出てたって……かなり評価されたってことなんだろう?」
「……賞を取ることに必死になって、審査員の目を気にするばかりになって……私はあなたの恩師と違って、目標を見失ったの」
 ネイサンが歩を止めた。旬果は振り返る。
「彼らの目は厳しい。本物だから、本物を見極めようとする。彼らに認めてもらう事に必死になって、技術にばかり意識が向くようになって……いつしかステージ上でも何をするべきか、わからなくなったの。そう、ジゼルを演じて、何を表現するべきだった? 私はそれを覚えていないの。ジゼルは何を伝えていた? 観客は、何を求めていた? ジゼルとはなんだった?」
 熱く燃えるようなスポットライト。
 観客の期待のまなざし。
 華やかな世界で、旬果はちぐはぐな感覚を味わう。
 常に誰かの評価を気にしている。
 次のコンクールで入賞すれば良い、今回がラストチャンスだ、次こそ審査員を驚かせてやろう――
 コーチの話が耳からこぼれていく。
 私は何のために踊っている?
「……ヴィジョンを失って、私は事故に遭った。……解放された気分だった。でも怖かった。本当に折れたのは脚じゃなかった」
 こうして人生の第1幕が閉じた。
「良いのよ、自分のためだけに生きられる人生なんてありはしないから。そういう意味でも若いうちにあれだけやれて、きっと運が良かったの。でも……」
「不完全燃焼だ。やり残したことがあるから、絶望感があるんだろ?」
 ずばり言われ、旬果は自分でも気づかなかった答えにはっとした。
「……うん。アートバイヤーをやっていて思うの。美術品を見たお客様の目、本当にきらきら輝くの。中には涙する方もいらっしゃるわ。あなたが言った通り、アーティストたちは自分の魂を、人生を捧げて彼らの大切なものを表現している。中には怒りを、憎しみも。だけどそれが人のためなら、いっそ見る人の怒りを浄化するものにもなるわ。私が演じるべきは、それだった。ジゼルを通して、見る人の心を動かさなければならなかった。それに気づくのが……遅かったのかも」
 戦後パラディ―ソを描いた、彼のように。評価を求めるのではなく、誰かのためにやるべきだった。
「気づいたなら何も遅くない」
 ネイサンは微笑んだ。だが、どこか遠い過去を見るような目だ。
 その過去には決して入り込めない。旬果は見ていられず視線を落とす。
――過去の君は知らないが、今こうして会えて良かったと俺は思ってる。過去があってこそ、今の君がいるんだから。
 そう言ったのは他ならぬネイサンだ。
 だが旬果は同じようには思えなかった。
「過去があって今のあなたがいるなら、あなたは今どこにいるの?」
 つぶやくように言う。
 波の音が大きく立ち、やがて落ち着いた。
 その時ネイサンが口を開く。
「……コキュートスだ」
 彼のつぶやきに旬果は顔をあげる。
 ネイサンはふっと息を吐き、旬果の手を取ると言った。
「ちょっと見せてくれ」
「え?」
「バレエを。ポーズで良いから……ここは足場が悪いか?」
 彼が軽く首を傾けて言うものだから、少しくすぐったい気持ちだ。男性にねだられるなど、あまりない。
「えーと……ポーズくらいなら」
 夜で良かった。今頃頬は赤くなっている。旬果は彼から離れると、1番、つま先を外に向けて立つ。
 肩甲骨を巡らせるように両腕を徐々に持ち上げ、かかとを上げる……思いがけず体は動いた。
 花が咲くように腕を開き、体を傾け脚を持ち上げ……左足に痛みが走る。
 よろめいた時、そっと体がたくましい腕に支えられた。
「……やっぱり、ブランクが……あるかも」
 今ネイサンの目を見ると、きっと体中が茹で上がってしまう。
 腕を頼りに姿勢を立て直す……背中に回ったネイサンの手が、強く旬果を抱きしめた。
「……きれいだよ。叶うなら、君のバレエを見てみたかった」
 その時、旬果は時間が一瞬だけ止まったように感じた。
 なぜもう叶わないように言うのだろうか。
 旬果は体に灯った熱を忘れ、顔をあげると彼を見る。
 ネイサンの目は真剣だった。
「ネイト?」
「もうすぐ君は帰る。それで良いんだ」
「どういう意味……?」
 こういう時になぜ彼はしっかり見つめるのだろう?
 彼の存在を確かめたくてその頬に触れると、ネイサンはその手に自らの手を重ねた。
「無事に全てが終われば……それで良い。君の帰国後の成功を願ってる」
 すっと手が離される。
 これでお別れだ、そう言わんばかりに。
 旬果は反射的に彼の手を取った。
「!」
「それは……それは嫌」
「旬果?」
「……今日は……離れたくない」
「……浮かれてるんだよ、海外だから。去ればただの美しい思い出になると知っているから、間違えるんだ」
「アバンチュールと?」
「そうだ」
「あなたもそうだと?」
「……」
 初めてネイサンの目に迷いが生じたのを旬果は見た。
「どうして私に声をかけたの? どうせすぐに別れが来るから?」
 ネイサンは首を横に振った。
「あれはただの偶然だった。君を見つけて、その目が気になった。火花のように燃える目。俺にはそれがまぶしかったんだ、たまらなく」
「どうして?」
「俺にとっては遠いものになってしまったから」
 ネイサンの真意はわからない。だが彼の言葉に嘘はないように感じた。
「ここにいるのに」
 ネイサンは喉を震わすように息をした。
「誰より近くにいる……遠くなんてない」
「……ああ」
 ネイサンの腕は旬果の腰を抱いた。
 ぐっと引き寄せられ、その力強い鼓動を肌で感じる。
「君が君じゃなければ良かったのに」
 独り言のようなささやきが耳に落ち、どういう事かわからぬままに顔をあげると口づけが降りて来た。

 

 部屋につくとネイサンは何も言わずに旬果を抱きしめた。
 熱い手のひらが緩慢に背を撫で、旬果は息を乱す。
 すがるように彼の首に肩に腕を回せば、ネイサンの手はお尻に伸び撫でまわす。ずりあがったスカート内に武骨な手が入り、旬果はぞくりと体を震わせた。思わずぎゅっと抱きしめると、ネイサンは背をあやすように撫でる。
 手つきは驚くほど優しいのに、彼の体温は高かった。
 もう高ぶりを感じる。
「ベッドに……」
 と言った旬果の声も期待にかすれ気味だ。
「ああ」
 ネイサンは頷くと彼女を横抱きにし、ベッドルームに入った。クチナシの香りの中に男性的な香りが流れ込む。
 ベッドは二人が乗ると、きしんだ音をたてた。
 間を置かずネイサンは旬果の唇を求めた。柔らかい手つきに反して、キスは情熱的だ。口紅は絡めとられ、素のままの唇はキスで腫れて赤くなり、しっとり濡れている。舌を舌先でなぞられると、腰まで溶けそうな快楽が流れ込んだ。
 ネイサンの手は旬果の体中を撫で、ブラウスをたくしあげる。白に花が刺繍されたブラが現れ、同時にふわっと甘い、花のような旬果の香りが解放された。
 花の香をかぐように、ネイサンは胸元に鼻を埋め、すーっと香りを確かめると顔をあげた。
 目が合う。
 旬果は体を起こし、ネイサンの頬を指先でなぞる。唇を吸い合って、体を離すとブラウスを脱いだ。
 肩に冷えた空気が当たったが、ネイサンがすぐに抱き寄せたため寒さはすぐに消え失せる。指先で肩口くるくると撫でられると、ショーツの下が燃えるような気持ち良さがある。旬果は体を震わせた。
 荒い息をする彼の胸を撫で、シャツのボタンに手をかける。上手くいかず、旬果はサイドボードに手を伸ばした。
 暗かった部屋にアンバーの光が足元に灯る。
 見えやすくなると、ネイサンは自らボタンを外し、シャツを脱ぎ捨てた。
 汗とともに、温かく、深い香木のような匂いが放たれる。魂が震えるようだ。彼のにおいをもっと感じていたい。
 肌の下でたくましい筋肉がなめらかに動く。まるで獣だ。孤独で、気高く、美しい狼のよう。
 彼は身をかがめると、旬果の首筋を舐め、吸った。
「あ……っ」
 血管に快楽が埋め込まれるようだった。首筋を左右、いくつもいくつも、ネイサンの舌と唇が蹂躙していく。スカートに手がかけられ、ファスナーが下ろされる。
「今日、二回目……」
 と笑うと、ネイサンも笑って「そうだな」と言った。
「あのまま君を奪ってしまいたかった」
 と言うものだから、旬果は全身が熱くなり、唇を噛んで首を横に振る。
「私も……覚悟してた」
「覚悟?」
 ネイサンはスカートを取り、ベッドの下に落とすと彼女を見上げる。
「何の?」
 谷間に口づけしながら、そう意地悪く、ささやいて。
「……こういうことする、覚悟」
 ネイサンはふふっと笑った。
「それは光栄だ」
 素肌の太ももがなぞられ、旬果は摺り寄せた。じわじわと小さな火があちこちで灯されていくようである。彼の指先が緩く肌を撫で、円を描き、内ももを滑ると旬果は「あっ」と声をあげて体を縮こませた。
 ショーツの中はもう、後戻りできない状態になっているだろう。
 ネイサンは旬果の背に手を回し、ブラを外した。
 青い血管の走るふっくらした白い乳房がアンバーの照明であやしく浮き出て、楽になった息に合わせて柔らかく揺れる。快楽を待ってぴんと張りつめたコーラルピンクの乳首が外気にもすら反応した。
 ふわっとネイサンの手が乳房を包み込む。
 壊れ物でも扱うような手つきで存在を撫でまわしたかと思うと、ぐっと力を込めて乳房に指を埋めた。
 はあ……と熱いものが旬果の喉を通って出ていく。
 腰が揺れ、脚を開いてバランスを取るが、ネイサンは顔を寄せて敏感な乳首を口に含んでしまった。
「んん……っ!」
 たっぷり唾液で濡らされ、味わうように舌で転がされる。旬果は簡単に息を荒げ、溺れる人みたいに彼の首に縋り付いた。
 そのままベッドに押し倒され、脚は開かれる。ネイサンの熱いものをショーツの向こうに感じながら、さらに乳首を攻めたてられた。
 脚を閉じようとするが、ネイサンの体はそれを許さない。
 もぞもぞとしていると、火傷しそうな熱い息が喉にかかった。ぶるっと体が震え、ネイサンの手がしっかりと腰を押さえてくる。
「ちょっと待ってくれ。必死で耐えてるんだ」
 彼の声は珍しく緊張感をにじませていた。
 すっかり昂ったものはスラックスも、旬果のショーツも突き破らん勢いだ。
 重々しく、熱を持ち、納まるところを求めている。
 ネイサンは息を吐きだすとベルトがついたままスラックスと下着を下した。
 彼のものは反り返るほど高まり、それ自体が鼓動しているようである。彼自身の期待ですっかり茎はぬらぬらと濡れ、素晴らしい硬さを誇るように笠をひろげていた。
 むっと空気が重くなった気がした。ショーツの中で熱い淫蜜がこぽっと溢れ、求めるように陰唇がぱくぱく開いてはきゅっと閉じた。
 彼のものは体つきに合わせて大きく、見るからに硬そうだ。旬果は不安に駆られたが、子宮は本能的に疼いて体内を熱がさまよう。
(このままだとおかしくなりそう)
 まるで酔ってしまったみたいだ。
 頭はくらくらし、視界は潤んでいる。
 ネイサンは旬果の頭ごと手で包み、唇を重ねると彼女の舌をむさぼる。
 ごついのに器用な指が腰をたどり、ショーツをひっかけずり下ろしていく。
 とろとろの淫な蜜が糸をひき、旬果の太ももをぬらした。
 ねっとり濡れたショーツはどこかに飛ばされ、ネイサンの手は両内ももを撫でる。それだけでまた淫蜜は溢れ出し、お尻にまで流れていく。
 すうーっと脚の間でネイサンが息を吸う。
 はーっと熱い息が陰部にかかり、旬果は背中を跳ねさせた。
「いい匂いだ」
 かすれ気味の声が聞こえたと思うと、次には腫れた陰唇ごと淫蜜を吸い上げられた。
「あっ!」
 熱い舌先がヤワな陰唇をなぞった。旬果はつま先を立て、吸われる度にきつく枕を握りしめる。
「入れても大丈夫か?」
 質問ではなかったらしい、ネイサンはすぐに中指を陰唇に沿って滑らせ、淫蜜を溢れさせて尚ひくつく秘口にゆっくりと進み入る。
「ああ……!」
 内なる壁がざわめき、彼の指に吸いついた。なのに、指はすぐに秘口に戻ってしまう。
「やだぁ……」
「っふふ。可愛い声だな」
 そろそろ……っとまた試すように指が入り込む。ヒダがこすられ、指の腹で探られ、嬉しがって蠢いた。
「普段からは想像も出来ない。知的な顔立ちが、こんなに淫らだ」
 くりっ、とネイサンの指が中で曲げられる。良い所に当たり、旬果は目をぎゅっとつぶる。
「ここ?」
 何度も頷くと、ネイサンの指はそこに円を描き、擦り上げ、ノックした。
「あっ、だめ……っ」
 走るような快楽が背骨に登る。軽く絶頂したのだ。
 こんなに早くイッたことは今までなかった。といっても、経験自体あまりないのだが。
 彼女の絶頂に気づいたネイサンは肩で息をしながら、旬果の額に口づけた。
「素直な体だ」
「は、恥ずかし……あっ、待って……」
 きゅうっ、とすぼまっていた秘口にもう一本、薬指が入り込んだ。
 ぬちゅぬちゅっ、と音をたてて淫蜜がかきだされる。彼の手もどんどん濡れてゆく。
「……!」
 熱く鋭い快感がまたやってくる。
 旬果がつま先までこわばらせると、ネイサンは荒く口で息をして、そのままぴんと起っていたメシベのようなクリトリスをきつく吸う。
「小さいな。君のこれ、可愛いくらいだ」
「あ、ねぇ……待って……っ!」
 もう一度吸われながら、敏感な内壁をいじられるとあっけなく二度目の波に飲み込まれる。
 旬果は肩を震わせながら息を吐く。
 ネイサンの指が出ていくと、名残惜しく秘口が震えた。
 体は力が抜けて、ふわふわした感覚があったがまだ終われない。
 旬果はゆっくりと起き上がり、ネイサンに口づけた。舌が絡み合い、唾液が交わる。
 彼の分厚い胸をなでると、ネイサンの手が旬果の手を下へ導く。
 髪と同じ茶褐色の陰毛、そこから切羽詰まったように張りつめるペニスに触れる。
 とろとろのカウパーを潤滑剤に、旬果はそろそろと撫でた。
 熱い皮膚の下は熱された鋼鉄のようだ。たくましく、ごつごつとして、ここだけが別の生き物みたい。
 根本から膨らんだ笠の部分へ。旬果の愛撫に合わせてネイサンの息が乱れた。
「……気持ちいい?」
 不安になって聞くと、ネイサンは旬果を見て息を荒げる。
「……ああ」
 吐息混じりの返事にまた腰が揺れる。
 秘口の奥でさっきの熱がまたぶり返し、淫蜜が満ち始めた。
(どうかしてる)
 でもそれがたまらなく嬉しい。
 手のひらいっぱいでペニスを撫でる……たっぷりと濡れそぼち、今にも精液を吹き出しそうなほど張りつめている。
 ネイサンはスラックスを探ると脱ぎ捨て、包をやぶると薄い薄いゴムを着けた。
「こっちにおいで」
 腕を引かれ、導かれるまま彼の脚にまたがり、座った。
 クリトリスを擦る形で彼のものが存在している。
 ネイサンは旬果のお尻を持ち上げ、秘口を探るとそこにペニスをあてがう。
 熱いモノで陰唇ごと陰部全体をなぞられると、快楽と次への期待で鈍い火にあぶられているような快感があった。
「焦らしてるの……?」
「いいや……。だが、君のここ、汚すのがもったいないほど綺麗だ」
 ネイサンは陰唇を花びらでもめくるみたいにし、じっくりと視線で味わう。
 同時にペニスの先端が秘口を舐めまわすように動く。旬果は息を乱して腰を揺らした。
 また視界が涙でゆがむ。
「ネイト……おかしくなりそう……もう……」
「もう欲しい?」
 潤んだ視界の中で、蠱惑的なアンバーの目がこちらを見る。
 獲物を狙い定めた狼のような、ぎらついた目だ。見ているだけで体の奥が熱く燃えてくる。
 ネイサンは彼女の唇に再びキスを落とし、その手がゆっくりと彼女の肌を滑っていく。
 彼の触れる指先から、熱が伝わる。
「俺も、もう我慢できない。君が欲しい」
 と彼が低く囁いた。
 一気に全部、食べられてしまいそう――そう知りながら、旬果は頷いた。

 

 アンバーの明りが二人を包みこむ。
 ネイサンは旬果の肩を抱き、胸にかかる彼女の髪の香りを味わっていた。
 部屋中に満ちるクチナシの香りと似て、かぐわしい。
 遠いものになってしまった人肌のぬくもり。いや、本当に欲していたのは肌ではなく、人としての温度そのものだ。
 今は、手を伸ばせばそこにある。
 旬果の指がネイサンの指を取り、しっかり絡めて握ってくる。
 細い指、小さな手。力を入れたら壊れてしまいそうだ。
「君がするべきことは?」
 そう聞くと、旬果は上目遣いにネイサンを見た。
「……」
 口をつぐんで、ため息を吐くようにすると胸に顔を埋める。
「……まだ、わからない」
「すぐにわかる」
「うん。でも、今は……もうちょっとだけ」
「このままが良い?」
 旬果は素直に頷いた。甘える猫みたいな仕草だ。ネイサンは彼女の肩をあやすように撫でる。
俺がするべきことは?)
 もうとっくに分かっている。
 彼女の持っていた火花は、彼女自身より早くネイサンを目覚めさせた。
 すうすう、と規則正しい寝息が聞こえてくる。
 長いまつげに縁どられたまぶたはしっかりと落ち、アーモンドの目を守っている。
 それを見ているとなぜか頬が緩んだ。
 丸い額に口づけを落とすと、ネイサンもベッドに身を預け、体の力を抜いていく。
 慣れたものである、休める時にはどこでもすぐに寝て、何かあればすぐに起きること……どこかで懐かしい人の声が聞こえた気がした。

次の話へ→【コキュートス -月下のバレリーナー】第5話

 

 

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