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改めてご挨拶。 私がなぜこういった情報発信をしているのか?についてお話します。

 

私は関西で3人きょうだいの末っ子として産まれました。
2000gちょっと。未熟児だったので、保育器にしばらくの間入っていたようです。

 

そのためなのかどうなのか、体は弱く、物心つくころにはアトピーを発症。視力も悪く眼鏡が不可欠でした。
食物アレルギーも多く、牛肉などはいまだに食べることが出来ません。
アトピーは自然おさまりましたが、思春期を過ぎたころから湿疹を発症。皮膚病に関しては完治することがありません。
(最近になって自分が発達障害であると知りましたが、発達障害が体調不良の原因だったかもしれないようです)

 

思春期頃から、時々、ごくたまに「自分が女の子であること」に違和感を覚え、「性同一性障害なのではないだろうか?」と疑うこともあったのですが、次の日には「やっぱり女の子で良かった」と感じることを何度か繰り返しました。
母親に「生まれる性別を間違えた気がする」と相談したこともありますが、それも時間が経てば意見が変わる、ということで放置。
そうするうちに「自分が女なのか、男なのか?」という違和感を引きずったまま、女性の象徴的な部分である胸が大きくなりませんように、と願いながら生活をした結果20代に乳房にしこりを発見。
幸い悪性腫瘍ではなかったのですが、手術と投薬治療のため結局2年間を費やしました。
左右の胸がやられましたが、左の方はまだ軽傷で済んだため胸の大きさは微妙に違います。
「自分が女の子であることを否定していたからだろうか」
病気をしたことがある人は少なからず思う事でしょう。
「自分が悪いのではないか。悪いことをしたからではないか。まさか自分の体に爆弾を作ってしまうなんて」
と。
私の病気に関しては原因不明の奇病だったようで、事実は違うのかもしれません。
しかし自分を理解し、大切にすること自体は良い結果をもたらすものではあります。
私は男性の体に憧れつつも、女性の体であることを大切にしなければならない、ととにかく女性ホルモンと付き合うことに決めました。
男女問わず、ホルモンは敵に回すと恐ろしいのですが、味方につけるとこれ以上なく頼りになる存在です。

 

イソフラボンやビタミン類を意識的に取り入れることで体調もお肌の調子も良くなっていきました。
日々の生活は少しづつ楽になります。
しかしぬぐいされない性別への違和感と重すぎる生理痛。

 

そのうちに再び湿疹もひどくなり、女性の繊細な体でいることは仕事も同じ調子でこなせず、あまりに不利だとまた嫌がり始めます。
どんどん重くなる生理痛。
「どうすれば良いのだろう?」
皮膚疾患はかゆみがひどく、眠ることが出来ません。
ずっとかいていないと気が済まないのです。血が出ても。
眠っているのはホルモンが落ち着く朝方数時間。
起きて最初にすることは布団にコロコロをかけて皮膚片を取ること。
「やはりホルモンだろうか?女性ホルモンがあれば良いのだろうか?」

 

色々な検索をかけてようやく見つけたのがかずの〇けさん。
(こういうサイトなのでお名前を出していいものかどうか。美容科学者としてユーチューブもされているので、気になった方はぜひ検索を)
か〇のけさんの勧めに従い、皮膚疾患は改善されました。

 

しかし体の調子は良くならず、次に気になったのが薬膳。
私は西洋医薬に助けられたこともありますが、薬代はバカになりません。
食事で改善できるなら良いよね、と始めたところ、みるみる胃腸の調子が良くなり、肌艶も良くなっていきました。
生理痛もかなり軽くできるようになりました。以前は気絶したり吐いてしまうほど痛かったんですけどね。
食事を変えるだけで爪の伸びるスピードも速くなるんです。これびっくり。
だけど去らない違和感。女性ホルモンを足しても体力がつくわけではありません。

 

ある時気になって、性別を調べるツールがあったので試してみました。
そこで出てきたのが「Xジェンダー」という回答。
精神的な性自認が女になったり、男になったり、中間になったりするというもの。
性別がないと感じるタイプではなく、むしろ性別をかなり重要視しているタイプであるということ。
それを見つけた時に、ようやく自分が抱えていた違和感の正体が分かりました。
「どっちでもあるんだ。どっちでも良いんだ」
男になりたいと思ったら、女で良かった……という考えに対し、なんて気まぐれなんだろう、と自分で自分を嫌なやつだと思っていましたが、気まぐれなのではなく、両方が存在しているだけだと知り、ほっとしたような治らないものをまた見つけてしまったようななんとも言えない気持ちに。

 

そこからはまた自分の中の性別が喧嘩していきます。
「なんで女は発展性がない考えばかりするんだ」
「なんで男は気遣いがないのか」
私の中で男女は常に喧嘩しています。
そうすると男は癒されず、報われず。
女は敬われず、愛されず。
ずっと傷つけあうばかりです。
しかし体は女なので、そっちをケアしないとまたぼろぼろになります。
なぜ女性の体はこんなに繊細なのだろうか。思うほど働けない。動かせない。
男だったら毎日でも肉体労働が出来るのに……もし男だったら夢だった林業をやって……と夢想することも。
なんだかカップルの喧嘩のようですが、事実「男女のすれ違い」が私の中で起きていました。

 

ある時にかなり過酷な職場で働いていた年下の青年が悩みを打ち明けてくれました。
彼の言ったことが全てにおいて、大切なことだと思います。
今は端折って大事な部分だけお伝えしましょう。(本人の許可は取ってます)
「家に帰った時、女がおかえりって言ってくれたら、それだけで良い」
というもの。
これにより私は半分目覚めました。
彼が求めた女性の姿こそ、女性が持つ一番の強さなのだと。

 

お帰りと言って迎えてくれる女性には心当たりがある。
母方の祖母です。
彼女は介護が必要になり、最後は寝たきりだったけれども、近くにいる人は誰もそれを責めないし、進んで世話をしました。
なぜか?
祖母は人見知りではあったけど、家族を「迎え入れる人」だったからです。
「お帰りなさい」と言える、それを体現できる人だったなあ、と。
彼女が住む家は2時間くらいかかってようやく着くけど、そこへ行くのは苦痛ではなかったし、家に着くとほっとする。
一緒にご飯を食べて、夕食分を用意して。たまに泊まる時も、家にふく隙間風は気にならない。
祖母がそこにいれくれるだけで良い。
受容してくれる存在だから、彼女がいるだけで皆が安心感を得られる。
今でも思うのは「甘い梅干しが食べたい。今度買ってきて」というのを叶えられなかったこと。
それが最後の会話になってしまった。

 

祖母の持っていた女性的な柔らかさというのか、存在を受容する女性的な、母性的な愛情というのか、それこそが尊いものだとようやく青年の言葉で気づき、私はそれから男性への態度を改めるようになったと思います。
大切な彼が帰ってきたなら、際限なく甘やかそう、と。
元々私の半分は男性的感覚なので、こうやって受容されることがどれだけ嬉しく、それをしてくれる女性をとことん守りたくなることはすぐに理解出来ました。
自分に対してそれを向けられなかったのは自分だから。
軟弱な存在だったら守るべき人を守れないから……。
その考えを改めるきっかけになったのは日本のトップ・ロックミュージシャン(超有名なあのお二人)……の歌詞を読んで、
「女性に守られ、愛され、育てられ、捨てられ、慰められ、受け入れられ、結果彼は女性という存在にひれ伏している」
と感じ、ようやく自分の中の女性性に対しても同じような敬愛をささげるべきだと気づいたわけです。
自分の中の女性性を、男性に傾いている時は守ってやる、尊重する、大切にする。
それでようやく、女性的な力の本質を出せるようになってきたように思います。
今となってはXジェンダーをコントロール……しきれているかはわかりませんが、女性でいようと思っているので、心身がかなり楽になりました。
私の中の男女は今となっては喧嘩をしません。恋人のように寄り添っています。

 

女性としての体を愛おしんであげるためにも、おっぱいが小さくなってしまったけど、Sexでパートナーと喜びを分かち合うためにも、とSexに対しても心を開けるようになりました。
当時はSexにもまるで関心がなく、彼に相当気を遣わせていたのです。
それをお互いわかっているので、また歩み寄るに寄れないという悪循環。
打開策として音声作品や女性向けAV、ラブグッズを使ってみました。
これらは苦手克服のために役立ってくれました。
今となってはどれも全て女性の心と体のためのケアグッズとしても使える、と感じています。
お陰で女性であるということを喜べるようにもなってきました。尊べるようにもなってきました。

 

女性はどうしても洗脳されやすく、対して男性は素直すぎる。
そんな側面があり、社会的な風潮として変化が促されていますが、今の女性は家のことも社会のことも完璧に、と求められすぎているように感じるのです。
女性(というか、個々人の個性ですね)として求められるなら良いのですが、「男性的な」を求められている感じがして、これでは心身きつくなるのではないか、と不安なのです。
女性が女性としての心や肉体を理解し、尊重し、大切に扱われなかったら、私のようにボロボロになるかもしれません。
男性に守られていて良いはずなのですが、悲しいかな男性もまた、男性であることを封じられているようにも感じるのです。

 

本当は両方の性や、個性といったものがそれぞれ尊重され、互いに礼儀や敬意、愛情と信頼を深めていくことが望ましいはずです。

 

しかし今やっているのは両方の性を封じ、足を引っ張り合い、貶めることでありもしない「皆同じ。性の別を設けない”平等”」を押し付けているだけに見えるのです。

 

今までの人生で一番強く感じているのは「性」というものは、思うよりもずっともっと尊い。
もっと大切にするべきものだということ。
男性的な愛情も、女性的な愛情も、質が違うだけでどっちも必要不可欠。
言葉にすると単純ですが、単純なものほど奥が深い。
女性が女性であることはそれだけで尊い。
男性が男性であることもそれだけで尊い。

 

女性が女性であることをもっと素直に楽しめたら?もっと女性であることを味わえたら?
きっと世の中、もっと良い方向へ向かうでしょう。
女性的な愛情を持つ女性がそこにいるだけで、たくさんの人が本来は慰められるものです。

 

そのお手伝いが出来れば、と色々な情報発信をすることにしました。
私自身がまだまだ未熟ですし、女性としても中途半端です。
このサイトにあるものを、ご自身の考えを深めたり、そういう見方もあるんだ、という一つの意見として使ったり、反面教師にして下さっても構いません。
私としては、女性であるということを、とことん大切にして欲しいのです。

 

あなたは、どうなさりたいですか?

 

ぜひ、当サイト「椿の庭」がご自身の体や心と向き合う一つのツールになれればこれ幸いです。

 

ちなみに。
独り言みたいなものなので、スルーして下さっても大丈夫です!
パートナーとの付き合いが一番大きな「女になりたい」きっかけです。
男性不信気味だった私に、彼が真心から男性的な愛情を与えてくれたので、私も女になって女性的な愛情を身につけたいと思うようになりました。
男性が与える愛情を受け止めるのが女性の愛情。
男性が持つ愛情は強くて大きいから、それを受け入れるためには女性も大きな器になる必要がある。
じゃないと飲み込まれてしまうので……。
受容的な愛情を育てていくこと。
私の器はかなり小さかったのですが、徐々にですが、多少は大きくしていけている……はずです。
器も愛情も育ちます。今より大きくしていきましょう。
パートナーにここで改めてお礼を書いておきます。
いつもありがとう。

 

以前はわがままで下品で女性を奴隷化していたようだったけど、最近のおじさん達って、ちょっと品がよろしくなった感もある。
多分ね、もう少しだと思うんですよ。
もう少しで女性たちの負担は減るんじゃないかなって思います。
家の事も社会的なことも。
ずっと崩れていた男女のバランスが取れるようになるんじゃないかなー、と。
男性は女性を守ってあげたいと思ってます。
中途半端な私ですらそう思うのですから、男性的男性はよりそれを思っているはずです。
女性でも何歳でもびっくりするほどお子ちゃまな人いますからね、究極「人による」ので、男だからどう、とか、女だからどうってことではないんですけどね。

それでは、サイト内で役立つものがあればどんどん活用して下さい。

 

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