小説 続・うそとまことと

第16話 思い出ではなく

 ミクは一人、ラファエルの店の前にいた。
 ショルダーバッグの中にはラファエルから贈られた絵手紙の全て。
 およそ40枚近いそれを、彼女は壁に飾った後、きちんとフォトブックに入れていた。
 一番前のページにはひまわりの絵。
 ラファエルが「君に似た、太陽の花」とミクの横顔を添えて描いたものだ。
 彼の描くミクは空を見て目をきらきら輝かせている。桃色の頬は琴が施したものと同じ色。
 ミクは初め、オレンジが最も似合う色と思っていたのだが、二人はミクの素顔に近づけるために桃色を使ったのである。
 絵手紙を見たときは不思議だと思ったが、琴が桃色を使ったときには「そうなんだ」と腑に落ちた感覚があった。
 ラファエルは自分をよく見ていた、と。
 映画の残りのシーン撮影が始まるのは午後2時。現在朝の11時。
 店はまだ開いていなかったが、ミクはドアをノックした。
「ボンジュール?」
 声をかけるが返事はなく、ミクはそれを何度か繰り返すと項垂れる。
 縁がなかったのか、と諦めかけた瞬間、琴がコートを買った服屋の店員がミクに気づいて声をかけてきた。
 どうやら覚えていたようで、にっこり笑みを向けている。
「ボンジュール、お嬢さん」
「ボンジュール」
「ラファエルなら今頃、教会じゃないかな」
「教会? ……あの?」
 ミクはかつてノエルに案内された教会の方を指さす。店員は「なんだ知ってたのか」と言うと、深く頷く。
「きっとそうだよ。彼はよくあの教会に行くからね」
「メルシーボク。メルシー!」
 ミクは店員に笑顔を向け、心から感謝すると走り出した。
 一人 まだ人気のない商店を抜けて、あの小さな教会を目指した。

 ――色んな人にアドバイスをもらって、もう逢えないかもしれないなら、なおさらちゃんと好きって言わなくちゃって思って。お礼も言いたかったし……。すれ違ってたけど、喧嘩してでもちゃんと自分の気持ちを伝えないと、ってノエルに励ましてもらって……それをとにかくぶつけた感じです――

 琴がそうミクに話した。
 確かにごまかして伝わるものは少ない。
 特に付き合いが浅いのならなおさらだ。
 ミクとて琴に言っただろう、「どうしたいのか」と。
 ミクはどうしたいのか。
 ラファエルが好きだ。
 友人としてでも良いから、この出逢いを大切にしたいのだ。
 思い出だとかそんな時間の問題ではなく。
 教会の前につくと息を整える。
 喉がひりつく感じがしたが、もう待っていられない。
 ミクはドアを開く――ステンドグラスが昼前の太陽光を集めて、教会内を明るく照らしていた。
 その中に、彼の姿が確かにあった。

***

 琴が仕事の準備を整えている。
 都筑は留守番のため別荘のあれこれを確認していたが、城田が「気にしなくていいよ。僕は今日休みだし」と言ったので、さほど心配する必要がなくなった。
「ミクとは現地集合ってことで。行きますか」
「はーい。普さん、行ってきます」
「行ってらっしゃい」
「僕は?」
「はいはい、城田さん。行ってきます」
「ありがとう塚田ちゃん。二人とも頑張ってね」
 琴と塚田はくすくす笑いながら、迎えの車に乗って行く。
 都筑はそのまま外に出、庭に入る。
「ボンジュール」
 庭師の男性にそう声をかけられ、都筑は発音もままならないまま「ボンジュール」と返す。
「~~~○×△!」
 と、にやにやさせてフランス語で話され、都筑は首を捻る。
「パードン・ミー、アイ・キャント・スピーク・フレンチ……」
「ああ、『恋人に逢うためにフランスまで来たんだろ、日本人は冷めてると思ってたけど、やるね』だってさ」
 都筑が振り返ると、城田がそう伝える。城田はそのまま「彼はフランス語を話せないみたいで」と説明を始めた。
 すると庭師の彼は「OK、OK。グー! ユア・グッドガイ。ビューティフォー・ラバーズ」と簡単な英語で都筑を褒める。
「あー……メルシー。メルシー」
 何とかそれだけを言うと、彼のそばで咲いていた満開の椿を見やる。
「ザット・イズ・ビューティフォー・フラワー」
「フロム・ジャパン。マティス・フェイバリット。カメリア」
「カメリア……椿か?」
 八重の椿は薔薇に似ているが、薔薇より親しみがある感じだ。
 都筑は見て椿とはわからなかったが、言われてみれば日本でも見たことがある葉だとは思った。
「そうそう。ココも愛した花だね」
「ココ?」
「有名なデザイナーだよ」
 城田が隣に立って歩き出し、都筑に笑みを向ける。
「フランスは愛の国だから。君をからかってるんじゃなくて、褒めてるんだよ」
「聞いてはいましたけど、やはりそうなんですか?」
「そうだね。恋に奔放っていうより、本当に大切な存在を大切にするって感じかな。家族や友人や恋人をね」
「なるほど。だから恋人を追ってきた俺を歓迎してるわけですか」
「そういうこと」
「あなたはフランスは長いんですか?」
 都筑の質問に城田はうーん、と唸る。
「フランスは子供の頃にいて、いったん日本に帰ってるんだよ。それで学生時代に留学で戻って。日本で就職した後、また戻って……って感じ。時間だと計算が難しいな」
「行ったり来たりですか」
「そう。どっちも好きだし、どっちも故郷だと思う」
「フランスに縁があったわけですか」
「多分そうだろうね。恋人は出来なかったけど、まあ土地との縁ってやつなのかな~」
「……これから出来る可能性は?」
「なくはないかな」
 城田は人なつこい笑みを見せた。
 それから気づいたように手を打ち、「君に見せておこう」と都筑を別荘に手招いた。
 リビングで城田が見せたのはSDカードに記録された、撮影現場の写真だ。
「良いんですか? 撮影中の映画では?」
「良いんだよ。シーンは移してなくてね。僕がいいなと思ったものを撮りためたやつだから」
 城田はパソコンを操り、「おっ、これこれ」と何枚かの画像をスライドショーにして見せた。
 画面に映し出されるのは教会らしき建物。
 女優のノエル、ミクやステンドグラスが写り、黒のコートを着た琴もそこにいた。
 彼女はどこか疲れたような、固い表情を浮かべている。
 黒のコートは見覚えがある。
 かつて彼女が事務所のすすめで買い込んだものだ。
 ――似合う?
 と、うつろな表情で訊いてきた彼女に、都筑はわからない、と答えた。
 そんな場面が思い出され、どきりとする。
「ノエルは流石に絵になるな。撮られなれてるからだろうけど」
「どんな人なんです?」
「気さくだね。上原さんをすぐに気に入ってさ、なんか母娘みたいな、年の離れた姉妹みたいな? そんな感じだった。あ、そうだ。この後に今彼女が着てるコートを買ったんだよな」
「赤い?」
「そう。一目惚れしたみたいだったよ」
 続いて映画の撮影のため、琴がノエルにメイクを施している写真が映った。
 真剣なまなざし。目はきらきらして、どことなく生気に満ちている。
 出逢った頃の彼女のようだった。
「努力家だねぇ、上原さんも中原も。監督の意見をしっかり聞いてさ。で、これノエルのメイクが終わったやつだ」
 ノエルは画家の描く女神のようだった。
 琴が施したメイクから、彼女の女性らしい強さと柔らかさ、その誇りを強く感じる。
「君の彼女はよく人を見てる。その分自分のことは後回しになりがちだったのかも」
「……かもしれません」
 都筑は顎に手をやって、一連の画像を見つめた。
 ミクはいつもと違う、初恋を味わったばかりの少女のような雰囲気をまとい、ポスター撮影に挑んでいる。
 スタッフ同士でささやかなパーティーをしたり、琴が現地のメイクアップアーティストに「桜」とイメージしたメイクを施してもらっていたり。
 琴の顔には徐々に無邪気な笑顔が戻り、その様子に都筑は目尻を下げる。
「良かった」
 そう呟くと、城田が振り向く。
「何?」
「いえ……彼女がここに来れて、良かった」
「あー……離れてしまっても?」
「はい」
 都筑の満足そうな様子に、城田は追求をやめて頷いた。

***

 スタジオではミクがランウェイを歩くシーンを撮るためのセッティング中だ。
 本物さながらのセットに照明。
 本物の歌手、本物のピアニストを招き、モデル志望であるモデル役の女性達が歩き方の指導を受けながらそれぞれ服のチェックをしている。
 ミクはまだ現れず、琴は現地スタッフに呼ばれてモデル役の少女に、ドレスに合わせたアートメイクをその場で仕上げていた。
「青緑を使うの?」
「うん。彼女の髪色に似合うわ」
「リップは?」
「透明で」
 スタッフ達はアドリブを効かせ、意見を出し合っている。
 久々に賑わう現場だった。
 除菌のために加湿器のような機械が動き、それのためにメイクが上手く乗らないが、皆でなんとか乗り切る。
 撮影が始まる時間ギリギリだ。
 塚田がヒールを鳴らしてスマホを何度も確認する。
「ミクは?」
「まだです。連絡もなくて。あたし迎えに行ってきます」
 マティスは腕組みし、「とにかく別のシーンから撮り始めよう」とスタッフ達を呼んだ。
「ごめんなさい」
「謝るのも説教も後でいいよ」
 マティスは眼鏡をかけると台本をチェックし――空気を割るような足音を立てて、滑り込むようにミクがスタジオに現れた。
「ごめんなさい!」
 ミクは頬を赤くし、額に汗している。
 コートを脱いで衣装をスタッフから受け取る。
「ミク! 何してたの!」
「ごめん、塚ちゃん」
 ミクはスタッフに急かされてその場で服を脱ぎ始める。
 慌てて女性スタッフ達が彼女の周りを取り囲む。
「ごめんなさい」
「遅れたのは2分だけだ、まあそんなに気にしなくて良いから」
 マティスがそう言って台本を置き、ミクに声をかける。
「出来るんだね?」
「はい! やれます!」
 ミクは全裸になると白のシフォンで出来たシンプルな前開きのノースリーブを身につけ、白のロングスカートを穿く。用意されていたのはスニーカーで、それをスタッフがはかせて紐をしっかりと結んでいく。
 琴は呼ばれるとすぐさまミクにメイクを始める。指定があり、ファンデーションはなし、下地も色のないものを、とあったのでそれを手早く塗る。
 オレンジと桃色を合わせて作ったチーク、アイシャドウ、白のアイライナー、マスカラを丁寧につけて、短時間で終わらせる。
「ごめんね」
 ミクがそう言った。
「大丈夫です、みんなミクさんを信じてますから」
「……うん、ありがと」
 ミクはようやく笑みを見せると琴にウィンクししてみせた。
 ミクがラファエルとどうなったのかはわからない。
 彼女はプロフェッショナルなのだ、仕事に私情は持ち込まない。

 ミクの脚がスカートを蹴り、ふわりと翻す。
 流石の貫禄にスタッフ達も真剣な目で見つめながら頷いている。
 かなりの距離を取りピアニストと歌手が、その場に合わせた即興曲を奏でている。
 緊張感に満ちたスタジオで、誰もが呼吸すら忘れて撮影に没頭していた。

 マティスの見つめる先で、彼女に焦がれる男が一人、首を横にふるとそっとスタジオを離れていく。
 二人が結ばれることはなかった。
 だが、この先はわからない。
 ――彼女は最後に彼を振り返り、ポーズの振りをして秘密の投げキッスを贈る――

 撮影が終了し、ミクはマティスから花束を受け取って塚田の用意したカーディガンを羽織る。
 鳴り止まない拍手の中、ミクが見つめる先には赤いエッジの効いたデザインのマフラーを巻いた彼の姿があった。

 

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