小説 続・うそとまことと

第13話 再会

 きんと冷えた空気が耳を冷やす、2月末。
 琴の帰国はやはり早まることはなく、2ヶ月が過ぎ、更に2週間が過ぎていた。
 都筑は眼下に見える日本列島を見つめていた。
 その腕には真新しいベルトの時計。
 飛行機はゆったりと彼をフランスへと連れて行った。

***

【明日フランスへ向かう】
 という一文を見たとき、琴は何かの間違いかと目をごしごしとこすって何度も見返した。
 都筑から4日ぶりにメッセージが来たかと思うと、あまりに短い衝撃の内容。
 琴はまさか、と思ったが、都筑は冗談や嘘が下手なタイプだ。
 本当のことかもしれない。
 そわそわと落ち着かなくなり、何度も寝返りをうつ。
 返事を送ろうかと考え、思考はストップしてしまいどうすれば良いか分からなくなった。
 翌朝、スマホを持ち、そのメッセージを見つめる。
 それに気づいたミクが琴の肩を抱いて声をかけた。
「どしたの?」
「っ……ミクさん」
 琴は驚きに声をのんだ。
「驚かせちゃった?」
「いえ……」
 琴はスマホの画面を消し、振り返る。
「その……普さんが来るって」
「へ?」
「という連絡が来まして」
「……まじ?」
 ミクは目を見開き、それから何度も頷く。
「都筑さんって時々情熱的だよね。なんだ、ラブラブなんじゃない」
「え、えーと……でも……」
 でもすれ違っていたはずだ、都筑の重荷になってしまったはず。
 冷却期間といえば聞こえは良いが、実際はどうなのだろうか。
「でも、どうしよう……」
 琴が眉を寄せてテーブルに目を落とすと、ミクが琴の頭を撫でた。
「どうしようっていうか、どうしたいの?」
 ミクが問いの方向を変えると、琴は目に力を込めて一瞬黙り込んだ。
「都筑さんは会いに来るんだ? 旅行じゃないよね、このタイミングだったら」
「多分、きっと、そうです」
「じゃあ後は琴さん次第じゃん」
 琴は胸がむずむずする感覚を持った。
 どうしたいのか。
 会って、顔を見たら、きっと泣いてしまう。
 会いたい。
 会うのが怖い。
 板挟みだ。
 その時玄関から塚田の声が聞こえた。
「ミクー、今日も絵手紙! 今日は睡蓮だよ」
「おぉわ、睡蓮!?」
 ミクは走って行ってしまった。

 ミクはラファエルからの手紙を壁に貼り付け、自動翻訳機片手に手書きの返事を書いて送っている。
 リップは塗らないままの唇で手紙の終わりにキスをし、その姿はまさしく映画の内容をそのまま表しているようだった。
 ――今を大切にしないと。
 映画の少年は祖父の愛を代わりに伝える。
 もう伝えられない可能性は常にあるのだ、年齢は関係ない。今日事故に遭う可能性だってある。
 彼の祖父は後悔したはずだ。
 だから少年は今この瞬間に愛する人に愛を伝えに行ったのだ。

 撮影現場で琴はミクのその姿や、映画のワンシーンを何度も思い出す。
 ラファエルのことを考えている時、ミクの頬は桃のような薔薇のようなピンク色に染まる。
 それがとても愛らしい。
 それを再現しても、何かが足りないのだ。
 ――愛する人を思い浮かべて、メイクしてみて。
 ノエルの言葉がふとよぎる。
 都筑のことを思い出すと、視界が潤んで目尻が下がるのだ。
 ミクはラファエルのことを考えているとき、目元までピンク色に染めて、幸福に目を細める。
 タブレットのアイディアはもう尽きる。
 しかし琴は高揚感に似たものを感じながら、ミクに向き合った。
 ピンクの下地をうっすら塗り込み、粉ファンデーションをふんわりとのせる。
 オレンジのチークを薄くのせ、ローズピンクとピーチピンクを混ぜたオリジナルのクリームチークを頬や、目元にじんわりと広げる。
 濡れたようなまつげにするため、マスカラを根元からつけ、しかし一本一本が自然に見えるよう入念にブラシをかける。
 都筑の手を思い出す。
 暖かくて、ごつごつして、マメのつぶれた固い乾いた手。
 それを思い出すと喉から熱が昇ってくるようだった。
 胸が熱くなり、それと同時にラファエルを想うミクを思い出す。
 目尻にわずかなラメをのせ、つけまつげをカットして眉に足していく。
 そばかすがちょこちょとと顔を覗かせ、ミクのいつもの大人びた顔が、どこか幼い少女のような顔になっていく。
 まぶたも唇も、余計な色はのせずに透明感を強く出し、血色が良く見えてくる。
 ――俺だけの君にしたい
 ふと思い出す都筑の言葉にどきりと心臓が跳ねた。
 どきどきすると、腫れたように感じる唇。
 唇はきっと、愛情に敏感なのだ。
 琴はミクの唇、その内側から色が広がっていくように手直しをした。
 まるで唇の中に誘おうとするように、花びらが開く瞬間のように、中を覗きたくなるように色の中心を忍ばせる。
 やがて完成したミクの顔は、どこか危うげな乙女でありながら、全てを包み込んでしまいそうな強い「女性」を感じさせるものとなった。

 ポスターの彼女に恋い焦がれ、男性はショーウインドウの中のその唇に触れる。
 そっと顔を寄せて口づけ、陶酔仕切った顔を見せる。
 ミクは目尻を下げた、恋に恋する顔のまま。
 入念にメイクアップされたが素顔に近い頬はそばかすがちょこちょとと可愛らしく、きらめく目尻は見る角度によって、キスに歓喜する涙のようにも見えた。
 監督も納得のシーンが撮り終わり、琴は周りの賞賛を嬉しく思いながら荷物をまとめて、慌てて出て行った。
 城田が首を傾げ、それに気づいた塚田が説明する。
「恋人に会いに行くんですよ」
「日本じゃなかったの?」
「彼が会いに来たんです」
 城田はわけを知ると、口元をにやにやさせる。
「日本の男だってやる時はやるよね」
「ですよね。うらやましい」
 ミクは衣装を脱いで私服になると、髪型を急いで直している。
 塚田はそれを視界の端でとらえ、理由を察する。
「今日の晩ご飯、作るの面倒くさいから食べてきて」
 とだけミクに伝えると、ミクは塚田に駆け寄って抱きしめ、すぐに現場を離れていった。
「やるじゃん、マネージャーさん」
「日本の女だってやる時はやりますよ」
「だよね」

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