小説 続・うそとまことと

第10話 フランスへ

 雑誌の表紙を決める大切な撮影中だった。
 ミクは目元にクジャクを連想させる青緑のアートメイクを琴により施されている。
 髪はいさぎよいオールバック、中は何も着ずにジャケットを羽織っただけのクールな装い。
 カメラマンは何枚もシャッターを切っていた。
 どれにするか、と議論がかわされる。
 琴もその一員として加わるほど、スタッフ達から信頼されていた。
 その時にスタジオに慌てた様子の靴音が響き渡る。
 都筑がネックレスを買ったその日、ミクと一緒にいた彼女だ。
 ミクのマネージャーで、名前は塚田 舞。
 パンツスタイルのスーツがよく似合う女性だ、塚田はスタッフ達とすれ違いながら、ようやくミク達のもとへたどり着いた。
「ミク! 大変!」

***

「フランスぅ?」
 ミクはストローを咥えながら怪訝な顔をした。
「パリコレって中止じゃなかった?」
「違うのショーの話じゃないの」
 塚田は資料を広げてみせる。
 そこに書かれていたのは映画出演のオファー。
「映画……」
「そう! 監督のマティス・デュボワがあんたの事知って、ぜひ出演して欲しいって!」
「うっそだぁ。こんな時に? 詐欺だって」
「ほんとだって! こんな時だからこそ、こんな時にしか撮れないものを撮りたいらしいの」
 塚田が見せたのは映画のあらすじだ。
 男女数名が繰り広げる、「心で触れる愛」をテーマにしたオムニバス恋愛映画。
 主演はフランスで実力派と言われるノエル・レフェーブル。
 彼女の物語を軸に、ミクは日本人パリコレモデルの役として出演。
”ショーウインドウ越しの恋” というテーマだった。
 ミクは半信半疑というところだったが、確かに面白そうな映画、と付け加えた。
「それでね、あんたが上原さんにしてもらった女優メイクが気に入ったみたいよ。だからぜひ上原さんも一緒にって」
「琴さんも? でも日本で波に乗ってるのに」
 名前を呼ばれた琴が振り返る。
 塚田は満面の笑みで手招きした。

 映画の制作は本当の話らしく、ミクにオファーがあったのも本当の話だ。
 琴も一緒に、というのも本当の話で、ミクと琴は顔を見合わせると驚きに肩をすくめるばかりだった。

***

 都筑の誕生日以来、琴は家に帰る度に緊張している。
 嫌ではないのだが、都筑は何も言わないまま琴を抱きしめて眠るのだ。
 それがくすぐったく感じ、理由の分からないもやもやで頭は混乱を極める。
 更に気になるのはただ抱きしめられるだけ、ということだ。
 その先はない。
(もう女性としての魅力がないってこと?)
 と新たな不安が生じる。
 余計なことを考えても仕方がない。琴は頭をふって家のドアを開けた。
「ただいま……」
 消毒を済ませ、リビングへ。
 都筑はベランダにいたようで、サンダルを脱ぐと入ってきた。
 ちゃんと目が合い、気まずくなって下を向く。
「おかえり。早かったな」
「はい。……ただいま」
 琴が作っていたおでんを温め、ぐつぐつと煮える音を聞きながらそれを食べる。
 都筑が日本酒のおちょこを傾けていた。
 琴はフランスの話をせねば、と覚悟を決めてはまた大根を食べ……を何度か繰り返す。
 しかし、帰宅時間に恵まれることは少ないのだ。
 都筑とゆっくり話せる暇は今日をのぞいてないかもしれない。
 ふーっと息を吐き、気合いを込めると琴は横の都筑に向いて座り直す。
「あのね、普さん」
 都筑が振り向いた。
 目が合うとうっと喉がつまりそうになり、琴はんんっ、と咳払いをして続ける。
「その、仕事のことなんですが」
「……ああ」
「あの……ふ、フランス……に、来ないかと誘われておりまして……」
「……」
「……」
 都筑は口を開けたまま、制止している。
 琴は返事を待っていたが、どうにも得られそうにないと悟り、話を続けた。
「映画の撮影が始まるそうでして。ミクさんにオファーがあったんです。それで、私も一緒に……って声がありまして……」
「……すごい話だな」
「……はい」
「……もう決まった話なのか?」
「え……いいえ。ミクさんは行くって。私は……迷ってて」
「迷う? なぜ?」
 都筑の問いに琴は目を見開いた。
(なぜって、普さんと離れることになるからなのに……)
 都筑はもう琴と一緒にいるつもりがないのだろうか。そう考えてしまい、琴は俯いてスカートをぐしゃぐしゃに握りしめた。
 そうしていると都筑の声が頭の上に降ってくる。
「撮影期間は?」
「余裕を持って、3ヶ月の予定です……オムニバスだからもっと早く終われるかも……」
「3ヶ月……」
 都筑は独り言のように反芻した。
 琴が目だけ持ち上げると、都筑は顎に手をやって考えるようにしていた。
「普さん……」
「君はどうしたい?」
 まっすぐに見つめられながら聞かれ、琴は顔をあげて、横を向いた。
「……行きたいです」
「日本の仕事は?」
「やめます。あっ、その。やめるっていうか、新しい契約はフランス中は取らないっていうか」
「なら決まってるんじゃないか」
 無表情に言われ、琴はぐっと手に力を入れた。
「ちが……行って良いか、聞きたくて。だめなら行かないから……」
「俺の決断に任せる?」
「……」
「琴。君が選ばないと。その決断を俺が責める事は出来ないし、代わってやることも出来ない。一生をここで決めるわけじゃないんだから、もっと気楽に考えていいんじゃないか」
 そう諭すように言われ、琴は鼻が詰まったように熱くなるのを感じた。
 怒られているわけでも、叱られているわけでもない。
大切なことだからちゃんと相談がしたかっただけなのだ。
 恋人同士で、同棲もしている。
3ヶ月離れることに都筑は何も感じないのだろうか?
もう琴との交際に飽きてしまったのだろうか。
 ただ淡々と言われ、深い溝がここにあるかのように思える。
「わかりました。……フランスに行きます。…………ごちそうさま」
 琴はお腹も満たされないまま立ち上がり、食器を片付けるとベランダに出た。
 星の見えない都会の空。
 いつか都筑と見た星々は、今何を見守っているのだろうか。

***

 ベッドに入っていると都筑が隣に寝転び始める。
 腕が伸びてきて、琴は身構えた。
 今までは理由もわからない抱擁でも嬉しさを感じていたのに、今は無理だった。
「やだ……っ」
 と言って彼の腕を払いのけ、目元をこすりベッドを出ようとすると、都筑が起き上がった。
「俺が出るから。風邪をひくなよ」
 そう言って都筑はさっさとベッドを出てしまう。
 彼は別の毛布を引っ張りだし、寝室のドアが締められる。
 小さな音だった。
 しかしそれが都筑との空間を遮断してしまった。

***

 琴はフランスへ行くため今までの契約を見直すことになり、「仕事が減るかもよ」と釘を刺されたが意にも介さなかった。
 仕事は順調。
 だがなぜか情熱は感じない。
 仕事用に買ったシルクのシャツに袖を通すと、スイッチでも入ったかのように作り笑顔が出てくるのだ。
 いつからこうなってしまったのだろう。
 飛行機に乗って、空港が遠ざかるのを見つめる。
 都筑は仕事のため見送りには来れなかった。
 家の玄関で挨拶をし、それで終わりだ。
何を期待したのだろう、自分から都筑を拒絶しておいて。
 琴は重い頭を抱えた。
「琴さん、フランス人はまず挨拶しないとだめだから。すいません、じゃなくて、ボンジュールちょっといいですか? って声をかけるのよ」
 ミクはパリコレ時代の経験を交え、フランスでのマナーを教えている。
 琴は空中でそれを聞きながら、ずっと忘れていた何かの存在を感じ始めていた。
 いや、何かが抜け落ちた感覚を思い出したのだ。
 それはひょこっと現れては消え、影を残してはどこかへ隠れてしまう。
(何が抜け落ちたんだろう……)
 それが気になって仕方なく、アイマスクの下で目を閉じ、必死に記憶を探る。

***

 琴は不思議な夢を見た。
 こびと達が現れ、ダンスを見せてくれるのだ。
 琴は制服を着ているが、姿は今の大人のままだ。
 なのになぜかしっくりときて、琴は無邪気にダンスに混じって不安など何もないかのように笑っている。
その中に、泣いているこびとがいた。
 どうしたのかと近づけば、顔に大きな傷があった。
 琴が手にしたのはお小遣いを貯めて初めて買ったメイクセット。
 それで傷を消してやると、そのこびとは笑顔になってダンスに混ざり始めた。

 はっと目が覚める。
 夢の内容はすっかり忘れたが、なぜかすがすがしい気分で、頬に涙が流れているのに気づくとそれを拭う。
 飛行機は無事フランスに着陸。
 シャルル・ド・ゴール空港は朝の光に照らされ、とても美しかった。

***

「ああ~っ、久しぶりのフランス! また仕事で来れるなんて最高!」
 ミクは両手を挙げてバンザイだ。
「ジュテームフランス! メルシー! メルシーボク!」
 周りのフランス人がミクの言動に笑みを見せた。日本人女性がはしゃいでいるように見えたのだろう。
 ミクは彼らに投げキッスをしている。
 今回は同席した塚田がやめさせた。
「恥ずかしいったら」
「冗談だって向こうも分かってくれてるわよ。ほ~ら」
 ミクが示した時、ちょうどすれ違った男性がその手にぶつかってしまった。
「あ、ごめんなさい」
「アイムソーリー」
 背が高く、黒髪、黒の髭、サングラスをかけた男性だ。
 フランス人かはとっさにはわからない。
「ユアウェルカム」
 男性はややたどたどしい英語で言い、白い歯を見せて笑って、さっそうと歩いて行く。赤のエッジのきいたデザインのマフラーがふわりと風にのり、香水だろうか甘い香りがした。
「わ~ぉ。超イケメン」
 ミクが両手を顔の前で合わせてうっとりと言う。塚田が再びつっこんだ。
「顔はわからなかったじゃないの」
「雰囲気イケメン、対応イケメン、香りイケメン、おしゃれイケメン……」
「私が悪うございました。ほら、ホテル行こう」
「ホテル? 監督が別荘に泊めてくれるんじゃないの?」
「それは撮影が始まってから。今日から3日間はホテルね」
「あーなるほどね……まあいっか。ねえ、ショッピング行ける?」
「まあ時間が出来ればね。でも案外スケジュールに余裕あるみたいだし」
「楽しみ。ああショコラ! 琴さん、世界的ショコラティエのお弟子さんがやってるショコラショップがあるから行こうね」
「食べ過ぎちゃだめよ」
「ええ~、ハイカカオはいいのに~」
「すぎちゃだめなの、なにごとも」
「格言ぽ。じゃあホテルへゴーゴー!」
 ミクはかなり嬉しそうだ。
 やはり思い出の地だからだろう。
 琴はスーツケースを転がしながら二人の後を追う。
 フランスの突き抜けるような冬の青空が3人の訪れを見守っていた。

 

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