Tale of Empire ー復活のダイヤモンドー 小説

Tale of Empire ー復活のダイヤモンドー 第39話 地下宮殿

 ピオニーは後に続いた兵士により投獄された。
 暗殺者達は投降し、軍に協力して薬を各方面に届けに行ったという。
 軍は動かないのではなく、動けない様子だと報された。
 何はともあれロータス達は開かれた扉の向こうへ進む。
 地下のため光はないが、空気にカビの匂いがない。
 どことなく磯のような匂いがする。
 そのままひたすらまっすぐの通路を進めば、急に明るくなった。
 天井がガラスのような、透明な板になり、その上には水。
 魚が泳ぎ、ロータス達を見るや姿を隠す。
「……まさかサファイヤ湖?」
 発した声は反響する。
 湖を突き抜けて太陽光が差し込んでくる。
 目がチカチカした。
「サファイヤ湖が真ん中か?」
 シリウスは自身の目元を覆いながら言った。
「確かに大きな湖だが……真ん中では」
「なら水源がそうかもしれないな」
 シリウスはそう言って、前を指さす。
 ロータスがそれを辿れば、通路が急に曲がり、より深く潜っていくように見えた。
「……全ての湖は繋がっている……と長老は俺たちが子供だったころ、そんなことを言っていた」
「湖が繋がっているなら、水源を潰せばアイリス王国は……」
「崩壊するな」
「シリウス、何か聞こえる」
 ジャスパーが割って入り、声を出さないよう言った。
 耳の良い男である。皆黙り込み、ジャスパーは目を閉じて耳に手をやって音に集中した。
「……『あんた、誰を選ぶつもりだ』……スティールの声だ」
 はっ、と皆が振り返り、慌てて口元を覆った。
「……『生意気言うんじゃない、生かしてもらえるだけ、ありがたいと思いな』女の声だな。魔女か?」
「おそらく」
「……『これでアイリス王国は終わりだ。新世界を作って、私が全ての支配者になる』クソッタレた理念だな。そこに連れて行く奴を、自ら選んでいるようだ」
「選んでいるだと?」
「優れた者だけ連れて行く。それ以外は無用だ。裏切りはもうない……だとさ」
「彼女は方々から裏切られて処刑された。それのトラウマがこんな事件を……」
 ロータスはそう言った途端、背筋に冷たいものが走り眉を寄せた。
「父上は逆だ……有能な者ほど怖れていた。だがしようとしていることは似ている」
「アイリス王はバランスを欠くのが常のようですな」
 オニキスはそう冷静に言い、額を押さえた。
「どちらも自信がないから起きることだ。被害妄想と言えるかもしれません。ちなみに、国王殿下はご無事です」
「えっ」
 ロータスは目を見開いた。明るい報せにふと肩が楽になった気分である。
「そうなのですか!」
「ええ。皇帝陛下が保護されたとか。お疲れのようだからゆっくり養生させると」
 ロータスはほっと息を吐く。その時、ジャスパーが「しっ」と人差し指を立てる。
「……『そろそろ始めるよ、アイリスは生まれ変わる』急いだ方が良さそうだ」
 皆で走り出し、まぶしくて見えない光に突撃する。

***

 果たしてたどり着いたのは、真っ白な世界だった。
 巨大な白い、綿のような石らしきものが並び、幾重にも重なり山のようになっている。
 地上なのか地下なのかすらわからない。
 空が見えないのは灰のせいなのかすら。
 そこかしこから水滴が落ち、どこかへ流れていく。
 水源なのだろう。
 しかし、白い世界のせいで距離感が掴みにくい。
「シリウス、あなたの目で見てくれ」
「ああ」
 シリウスは目を凝らし、道なき道を歩きながら小粒ほどの大きさの影を発見した。
 黒のドレスは間違いなく魔女――マグノリアのもの。
 そばにいるのはジャスパーである。
「二人だけ……のようだな」
「カラスの声は聞こえているが」
 ジャスパーがそう言うと、オニキスはさっと弓を構えた。
「カラスを見つけたらすぐに言ってくれ」
「ああ。だが、なんでカラスにこだわるんだ?」
「あのカラス、我らを利用しているフシがある。自分の意思で話すしな、放って置いて良い者ではないはずだ」
「あんたが言うならそうなのだろうが。どうにも、聞こえ方は籠もった感じだ。ここは多分、外じゃない。天井に覆われているはずだ」
「……なら奴は外か」
「多分な」
「二人がいるのはあの奥だ」
 シリウスは割って入ると奥を指さした。
 神殿と同じ造りの遺跡である。
 門は巨人のためとでもいうかのような高さで、よく見ると細かく彫刻が施されていた。
 三角が連続するその模様は竜人族が好んでつける、ダイヤモンド山を象ったものである。
 だがあそこまでの技術となれば、竜人族は持たない。王国側の職人の手によるものだろう。
「ここでも共同で何か造っていたのか」
「ここは王家も把握していない。年代は不明だが、新しい物じゃないのは確かだ。友好はあったのだな」
「ああ……俺たちも聞いたことがなかった」
 遺跡に向かい、歩き出す。
 豆粒ほどに見えていた二人の姿は近づき、石を切り出して造られた床に至ると足音が白い世界に響き渡る。
「スティール」
 声をかけると、スティールはゆっくりと振り向いた。
 驚いた様子は一切見せない。
「……シリウス」
「お前の弟達は皆とらえたぞ」
「そうかよ。せっかく鍛えてやったのに、大して役に立たなかったな」
「それは本心なのか?」
「どうだろうな。だが、もうどうでもいい話だ。どうせあいつらも、あんたも、皆いない世界へ行く。そうすりゃ全て解決だ」
「救いようがないな……」
 シリウスは今度こそ呆れ、説得するのを諦めた。
 言ってもわからないなら、本人が理解するまで放っておくしかない。
 彼らが目の前からいなくなっても、記憶の中で永遠にスティールを苦しめるだろう。
 彼の苦しみは彼が自ら生み出しているからだ。
「お友達との話は終わったかい」
 唇を歪めてマグノリアが笑う。ロータスが口を開いた。
「マグノリア王女」
「おや、あたしの名前を久々に聞いたね。そうそう、あたしは王女だった。そしてあんた達はあたしの腹違いの妹の子孫らしいね。あの子、一番王位から遠いと思っていたのに」
「女王になったわけではありません。本人が望んだわけでもない」
「欲のない素直な子だったと? 純血じゃない、庶民の子さ。王の寝所を掃除するのが役目の。孤児院出身で、どこの誰とも言えないような卑しい女の娘が后だなんて」
「帝国に産まれた女性ですよ。そして王国の子でもある。彼女が卑しいなら、あなた方には民を思う気持ちがなかったことになりませんか」
「事実そうだろう。民より優先すべきはあたしたちのはずだった。王国を導いてやって来たんだから」
「王家一つで国を動かしているわけではない。民がいなくてあなたは今日の食事を得られるのですか?」
「そんな御託を聞きたいんじゃないよ。それに、民を新しい世界に連れて行くさ。あたしのために働く連中をね」
「そんなことをして、あなたが得られるものは何です? 一生の栄華? 快楽? それとも過去の再現ですか? だがそこに、あなたの婚約者はいるのですか?」
「うるさいね!」
 マグノリアの表情が険しくなり、目尻に深い皺が寄った。
「余計なことを言うんじゃないよ、この世間知らずのクソガキ!」
 マグノリアは髪を抜き、それをロータスに飛ばす。
 髪の毛は針のように鋭くなり、大きさを増して剣になった。
「!?」
 飛んできた剣をすんでの所でかわす。
 石床に剣は刺さり、傷をつくると髪に戻って消滅した。
「あんたがあたしの絵を盗んだんだね、この混血の王子様。あれをとっとと返しな」
「絵などいくらでも」
 オニキスは筒を取り出し、肖像画を広げるとそれを上空に向かって放り投げる。
 白髪の王女、金髪の王女。
 二枚の絵がマグノリアとスティールの目を奪った――その瞬間に矢が飛んでいく。
「あんた、オークションを潰してくれた奴だね。あの時殺したおけば良かった!」
「悪運だけは昔から強くてね。やはりブックか。なぜ若い?」
「契約のためさ」
「契約?」
「蛇王とのね!」
 6本の剣が飛んでくる。
 意思を持っているかのように、シリウス達に向かってきた。
 スティールも槍を構え突っ込んでくる。
 シリウスの穂先と擦れ合い、火花が飛び散った。

***

 ダイヤモンド山が再び噴火したようだ。
 王都で感染者の治療を手伝う中、クレマチスは灰が濃くなるのを見てそれに気づいた。
 それに、足下には微振動。
「ベリル姉様、大変な事になりそう」
「王国の安住の地は少なくなりそうね。帝都、各王国に避難出来るよう、整えないと……」
「各地の者へ避難を促した方が良いのでは」
 エジリンがそう提案し、クレマチス達は頷いた。
「静かの森、ウェストウィンド。それからノースグラス……」
「ダリアの街を通って帝都に」
「父上には私から話をします」
 はきはきと話すエジリンに、クレマチスは胸に下げていたペンダントを渡した。
「ウィンド家の両親にこれを見せて下さい。そうすればすぐに分かって下さるはず」
「わかりました」
 エジリンはジェット将軍を呼び、すぐに指示を出す。
 静かの森にはルビーが、そして回復した竜人族も向かうことになる。
「お二人も避難を」
 エジリンはそう言ったが、クレマチスもベリルも頷かなかった。
「ロータス達は必ず戻ります」
 ベリルはクレマチスを見ると、笑みを見せた。
「皇子殿下。……もしもの時は無理にでも連れて行くから、お気になさらず」
「……分かりました。ジェット将軍、ウェストウィンドへの使者にこれを」
「かしこまりました」
 軍が一斉に動き出す。
 王都はにわかに騒がしくなり、軍靴が去って行く。
 残った王国軍、竜人族達は手分けして治療に当たった。
 濃い灰の降る中、わずかに陽が差し込んでくる。
 風向きが変わり始めたのだ。

***

 マグノリアの髪は徐々に短くなっていた。
 あれが彼女の魔力の源なのだ、ロータスはそう気づいているが、かといってどうすれば良いのか分からない。
 マグノリアが作り出した矢が降り注ぎ、剣を降るってそれをはじき飛ばす。
 矢は髪となり、更に灰のようになって消えた。
「しつこい連中だね。スピネルの毒でも浴びせてやろうか!」
 マグノリアはヒステリックに叫ぶと、髪を数本抜いて白い矢となったものを一気にばらまく。
 白い矢はどす黒く染まり、オニキスは「触れただけでも危険だ」と注意した。
「燃やせば良いのでは!?」
 ロータスの言葉に皆が振り向く。
 ジャスパーとシリウスは頷き、剣をすり合わせ火花を作った。
 火花が触れると毒矢はたちまち燃えて灰となる。
「チッ、こざかしい連中だ」
「流石に勝ち目はないぞ、スティール」
「降参すれば生かしてやるとでも? 冗談じゃねぇな」
 スティールは不敵な笑みを浮かべた。
「これなら燃えないぞ」
 スティールは槍を持ちあげる。
 そこには先ほどと同じ、どす黒いものが付着していた。
 オニキスはそれを見るとつぶやくように言う。
「……悪竜の残骸頼りか? 情けないな」
「黙ってな、兄ちゃん。どうせ死ねば終わるんだ。あんたらのことなど、誰も気にしねえよ。皆いなくなるんだから」
「竜人族の教えを忘れたのか? 魂は不滅だ。誰もいなくなったりしない」
「そして生まれ変わるってか。よくそんな迷信を信じられるもんだぜ」
 スティールは吐き捨てるように言った。
「プラチナが助けてくれたか? 夢にでも現れて? 長老はどうだ? いつ生まれ変わる? それにその時、プラチナだったと分かるのか? 意味がねえ。死んだら何も出来やしないんだ」
「お前……」
 シリウスは目に赤さを滲ませた。
「戦闘で皆死んじまった。なあ、意味ねえよ」
 スティールはマグノリアの前に立ち、槍を構える。
「先に行けよ、コネクションの魔女。ここは食い止めてやる」
「あはは、頼もしいね。あんたを選んで良かったよ。生まれ変わった世界で、あんたは全ての父になる。楽しみにしておいで」
 白髪を靡かせながら、マグノリアが背を向ける。
「待て!」
 ロータスは追いかけようとしたが、スティールの槍の前に足を止めた。
「よぉ、王子様。雰囲気が変わったな。いつぞやはただの男の子だったくせに、今は一人前の男になった」
「あなたは亡者のようになった」
「はは、言ってろよ。どうせここは生まれ変わる。丁度良いじゃねえか」
「あなたがなんの成長もしないなら、生まれ変わった者達と再会しても意味が無い」
「へえ」
 スティールは眉間を寄せた。
「腹が立つぜ、王子。知ったようなことを言いやがって」
「今なら分かる。母上は私を待つため、あの湖にいた。今ようやく解放され、元の正しい流れに戻ったのだ。その正しさは救いだ。生と死を軽く扱うなど、あなた達のしていることは、ただの命への冒涜だ!」
「だったらその流れとやらに連れてってやるよ!」
 スティールの槍がロータスに向かう。
 ロータスはしゃがんでよけ、スティールの腹を狙って剣を抜く。
 彼の服を浅く裂き、間合いを取った。
「フン」
 スティールは薄く血の滲む腹を確認すると、口元に笑みを浮かべる。
「ロータス、皆と先に行け。スティールと向き合うのは俺たちの役目だ」
 シリウスは槍を構える。
 フェンネルとジャスパーも、覚悟を決めて武器を取った。
 シリウスの目は青く澄んで、迷いも焦りもない。
 ロータスは頷いた。
「……分かった」
 3人を置いて走り出す。
 スティールは一瞥をくれたが、止める気配はない。
 遺跡の更に奥を目指し回廊を行けば、背中に剣戟の音がぶつかってきた。
 シリウスなら大丈夫だ。
 ロータスはそう信じ、振り返らずに走った。
 遺跡の天井にはステンドグラス。女神が空を舞う美しい絵を象っている。
 その隙間から光が漏れていた。
 奥の奥には古い王座があり、そこにマグノリアは座っている。
 女王のように。
「スティールはシリウスとやらと戦うことを選んで、あんたたちを見逃したんだね。あれじゃあただのガキだね」
「あなたもお覚悟を」
「勝つ気でいるのかい」
「もちろん」
 マグノリアは赤い爪を肘掛けにかけ、ゆっくりと立ち上がる。
 まるで老人のような動き。
「でも出来るのかい? あたしは実体のない存在なんだよ。鏡と一緒さ。あんた達の見ているものはただの幻なんだ」
「……え?」
「ほら」
 マグノリアは手鏡を取り出し、自らを映した――姿はすっと消え、鏡の中に老婆が映る。
「ほぅら。これじゃあたしを殺すどころか、触れることすら出来やしない。王子、知ってるはず。あたしを捕まえようとしても出来なかっただろう?」
「……」
 ロータスは眉を寄せた。
 手鏡を拾いあげると、その瞬間に手鏡は割れマグノリアは消える。
「ははは! どうする? どうやってあたしにトドメを刺そうか?」
「王子殿下、惑わされてはなりません」
 オニキスは矢をつがえ、辺りを警戒しながらもいやに冷静だ。
「ですが……」
「実体がないはずない」
 オニキスが示したのは鏡の痕だ。影が落ちている。
「影……」
 ロータスは呟く。
 ならば存在しているはずなのだ。
 だが、いつかのように鏡か、水の中に潜られては厄介だ。
 追いかけても戻って来れないかもしれない。
「……」
 ステンドグラスに影が映る。
 ロータスは顔をあげ、竜人族の弓を持つと即座に矢を放った。
 バリン、と音を立ててガラスが割れる。
 一瞬だけ太陽光のような光が差し込んだ。
 だがマグノリアの姿はない。
 ロータスは首をふって視線を下にやった。
 自身の影が伸び、腰には複雑な形をした袋。中身が光を通して発光している。
 導かれるように、その先に視線が行った。
 赤いバラだ。
 影がない。
「あれは?」
 ロータスが駆け寄ると、割れた鏡が浮かびあがり、その鋭利な部分を突き刺すように飛んできた。
「殿下!」
 イオスの声に反応し、鏡を払う。
「これではキリがない!」
「コー、鏡を探すぞ。ここだけではないはずだ」
「かしこまりました!」
 オニキスとコーが走り出す。
 鏡の破片を打ち落としながら、ロータスは滑り込むようにバラの元にたどり着いた。
 影がないそれは透明な何かで守られている。
「王子! 余計なことをするんじゃないよ!」
 マグノリアの耳をつんざくような声が響き渡る。やはりこれに何かあるのだ。
 だが何が?
 そしてどうすればこの透明なものを破れる?
「王子殿下!」
 イオスが盾を片手に背にかぶさった。
 バラバラッ、と破片がいくつも二人に降り注ぐ。
「イオス!」
「ご無事ですか!?」
「私は無事だ」
 盾から出ていたイオスの顔半分に、破片がいくつも刺さっていた。致命傷ではなさそうだが、血が流れている。
「すぐに手当を」
 サンが駆け寄る中、マグノリアの甲高い声がまた響く。
「おのれ、オニキス! 鏡を割ったね!」
 バンッ、と脳天に響くような破裂音とともに、ずるりとマグノリアが現れる。
 白髪の魔女は若い肉体をしているが、その様はまるで老婆である。
 彼女の肖像画が、ロータスの脳裏をよぎった。
(金の糸を)
 プルメリアが何の意味もなく、それを探せと言うわけがない。
 ロータスは胸元に下げた袋を取り出し、糸を持つ。
 太陽光に照らされ、きらきら輝くそれは糸ではない――彼女の髪だ。
「やめてぇ!」
 マグノリアが叫ぶ中、ロータスはダイヤモンドを手にした。
 陽の光が集まる。
 まぶしいほどの光に焼かれ、金の髪が燃え上がった。
 マグノリアはその容姿を変え、皺だらけの老婆の姿となる。針金のように細い指がロータスを狙うが、その手はブルーの剣により落とされる。
「ぎゃあ!」
「殿下っ、バラが!」
 イオスの声に振り返ると、透明な何かは消え去り、影のない赤いバラが転がる。それはすぐに消えてしまった。
 マグノリアは絶望したように息を飲む。
「おのれ、シャウラ! あたしを裏切ったね!」
「魔女め、ここで終わりだな」
「調子に乗るんじゃないよ、オニキス! あんたも道連れだ!」
 マグノリアの細い腕がオニキスの足首を掴んだ――その瞬間、マグノリアは灰となって消えた。
 あまりに一瞬の出来事に、皆呼吸すら忘れたようになる。
 黒いドレスがその場に落ち、灰は風に飛ばされて消えた。

***

 流石に王国が造り上げた、鋼の槍である。
 シリウスは技術というものを身に染みて感じ、その重く鋭い一撃をかわすのに一杯だった。
 背中に重い汗が流れる。
 スティールの持つ王国製の槍は、空を斬る度ブォン、と不穏な音を立てた。
「防戦一方だな、シリウス。なあ!」
 スティールは上から叩きつけるように槍を下ろす。
 ガンッ、ガンッ、と柄で受け止める度、膝が地面に埋もれていくような錯覚さえ覚えた。
「俺に勝って、それで満足か!? だったらとっくにそのはずだろ!」
「うるせぇ! 昔っから説教ばかり垂れてよ! 邪魔なんだよ!」
「だったら放っておけば良いだろ! お前がいちいち突っかかってくるのが問題だ!」
 シリウスの槍の柄が中央から折れた。
 両手がパッと離れた隙に、シリウスは後ろに飛んで距離を取る。
 石突きと穂先を前にして持ち替えた。
「シリウス」
 ジャスパーとフェンネルがそれぞれ隣に立ったが、シリウスは下がるよう言った。
「チッ、仲間がいて良かったな。あんたはいっつも誰かに守られてばかりだ」
「そうだな。お前は誰かを犠牲にしてばかりだ」
 シリウスのわかりやすい嫌味に、スティールはこめかみの血管を浮き出させた。
「プルのオヤジのことか?」
「それだけだと思うか? コネクションの魔女と通じ、プラチナや仲間を売ったんだろう。そして王国の新たな王となった。そのために王女を廃人としてな」
「あれはあの王女さまが甘かったんだよ」
「かもしれん。だが、お前と関わった者はみんなそうなった。ダイヤモンド山すらも、鉱石を失った。怒りで噴火したのだと皆知っているぞ」
「噴火が俺のせいだと? ハッ!」
 スティールは吐き捨てるように笑う。
「だったらその証拠が見たいもんだ。真に俺のせいなら、俺をその火口に落として示すがいい」
 こんな地下ではありえないことを、スティールは言った。
 ふざけているような態度にシリウスはいよいよ怒りがわき、急速に怒りが冷えていく。
 あまりに哀れだ。
 自分に対する嫉妬心を制御出来ず、彼は堕ちてしまったのだ。
 そのためにどれだけの者が傷ついただろう?
 あまりに報われない。
 スティールが槍を構え、顎をあげた。
「フン、こんな時に目は青いままか」
 スティールのつまらなさそうな声に、シリウスはもはや答える気すらなくなった。
 スティールが咆哮をあげて突っ込んでくる。
 シリウスは柄を柔らかく持ち直し、小指に力を込める。
 突き出された槍を仰け反るようにして避け、流れるように石突きをスティールの腹に打ち付けた。
 穂先でスティールの腕を裂く。
「グァッ……!」
 痛みに呻く声がした瞬間、血の匂いが風に乗る。
 次にはどこからかガラスの割れるような音がして、突風とともに巨大な影が現れた。
「うわっ、あの時の奴だ!」
 フェンネルがばたばたと駆け寄り、シリウスを立たせると引っ張る。
 鷲。
 狩りの時に見た、巨大な鷲だ。
 翼が風を打ち、突風よりするどい風が生まれる。
 シリウス達が唖然として見ていると、血の匂いにひきつけられたのか、鷲はスティールの体を掴むとそのまま頭上へ向かっていく。
「スティール……」
 ジャスパーがその名を呟いたが、彼は反応を見せない。
 どこか無気力な目でシリウスを見ると、疲れた人のようにその腕をだらんと下げた。
 鷲は天井を破り、細かな破片を散らしながら灰の空へ飛んでいく。
 鷲により開かれた灰の隙間から、ぽつん、と滴が落ちてくる。
「雨……」
 シリウスは呟いた。

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