小説 続・うそとまことと

第6話 ユーチューブデビュー

 

 月曜日、都筑が夜10時に帰宅すると、リビングで琴が壁に何やら1メートル四方のボードを設置していた。
 それから作業台の上にライトだ。
 鏡をぐるりと囲うように丸い小さな電飾が連なったもの。
 スマホを固定する台をそれの上に設置し、琴は何度も確認している。
「ユーチューブの?」
「そうです。許可が下りました!」
 琴は画面に余計なものが映り込まないか確認すると、机ごと部屋の隅に移動させた。
「ごはん、温め直しますね」
「自分でするからいいよ、しかし、すごいな。こんなに道具が必要なもの?」
 大きさの違うブラシが並び、化粧水に綿棒、コットン、どう違うのか分からないつけまつげに口紅の数々。
 マニキュアかと思えば、それはリップオイルだと説明され都筑は「うーん」と唸る。
「自分だけならこんなに多くならないですけど、モデルさんの顔や使用感に合わせて研究してると増えていくんです。普さんの工具と一緒」
 その説明に都筑はなるほど、と頷いた。
 マイナスドライバ一つ取っても、使用するものに合わせて大きさに細さにグリップ感と、数えると切りが無い。
「でね、この壁を背景にしようと思ってて。ここならプライバシー大丈夫ですよね?」
「ここなら大丈夫だよ。あのボードも設置するんだろ? って、何枚あるんだ」
「雰囲気に合わせて7枚」
 都筑はテーブルに乗っていたおかずをレンジに入れながら、琴の説明に理解は出来ずとも頷いた。
「化粧水と日焼け止めは分かるけど、こんなに色々あるとは知らなかった」
 琴に勧められてそれらはつけているのだ。肌の病気にならないためにも、と。
「下地、クリームファンデ、コンシーラー、コントゥアー系、お粉……もろもろですね」
「色も……」
「これは春色、夏色……パーソナルカラー別です」
「パーソナルカラー……」
 レンジがチン、と音を鳴らした。
 都筑は湯気の立つ回鍋肉を取り出し、味噌汁とご飯をよそうとテーブルについた。
「いただきます」
「お先にいただきました」
 琴はボードを見比べ、「自己紹介から始めるのがいいらしくて。どれが良いかな。黒だと調子乗ってる感じ?」と、訊いてきた。
「その白いのは?」
「白いの?」
 琴は白いボードを前に持ってくる。
 白といっても乳白色のような柔らかい色で、冷たさを感じるものではなかった。
 琴に合いそうな白である。
「白か……」
「初めてを象徴するのは白だろ? 素人、花嫁、夜明け、白帯。自己紹介ならその方がいいんじゃないか」
「うーん、なるほど」
 琴は白のボードを置き、都筑の隣に座る。
「じゃあ背景は白。メイクしながら挨拶かなぁ。スキンケアから始める? なんか考えすぎてはげそう」
「全部自分で企画・演出・編集だろ? 重労働だな」
「普さん詳しい?」
「知り合いでやってる奴がいるから。好きでやってるから良いけど、撮影時間の割に完成動画の時間が短くなる、とか言ってたよ」
「短くても内容があれば……」
「それが大事だよな」
 琴は頷いた。
 緊張しているのか自身の手をもんだりしているが、目はわくわくしている様だ。
「朝の短い時間でも使えるものにしたい」
「そうだな。無理はしないように」
「はい。お風呂沸かしてくる」
 琴は立ち上がると都筑を後ろから抱きしめて、廊下を歩いて行った。
 都筑は頬を緩めながら彼女の準備した品を見る。
 ブランド名も消えるほど使い込まれた道具類。
 それでもブラシはふわふわと質感を保ち、清潔にされているのがわかった。

 12時頃にベッドに入ると、琴が見上げてきた。
「お仕事は順調?」
「なんとかね。ちゃんとした設計図が見つかって、順調になってきた。ああ、井上が礼を言ってた。はちみつ紅茶」
「ありがた迷惑になってません?」
「どうかな。あいつはけっこう単純だから。良いって言われたらそう信じる」
「一番危ないタイプだ……」
「かもしれない」
 琴の心配顔に都筑は吹き出す。
「大丈夫だよ」
 琴の鼻をつまんでやると、半眼になって睨んできた。
 それがおかしくなって笑い、鼻を解放すると抱きしめる。
「ごまかしてる?」
「いいや……」
 シャンプーの香りが残る髪に鼻を埋め、深く息を吸い込むと自然と体の力が抜けた。
 そのまま目を閉じ、しばらくすると眠りに落ちる。

***

「ハローユーチューブ! メイクアップアーティストの琴です。よろしくお願いします! 初めましての投稿なので、自己紹介しながらおすすめのスキンケアをしていきます。まずは洗顔ですが……」
 琴の動画が公開されはじめた。
 もちろん当初は視聴数があったわけではないが、それは当たり前のことだ。
 しかし夏の盛りから、秋の初めにかけ、徐々にコメントや視聴数が伸びてくる。
 多いのはパーソナルカラー別のコツ、顔立ち骨格による悩み相談など。
 琴はそれらを取り上げ、似顔絵や事務所から要らなくなったマネキン、時には自分自身をモデルに印象を変えるコツなどを紹介してゆく。
 アザをわざわざ描き、その上からカバーするものまでかなり多岐に渡るメイク動画を作っていった。
 琴はミクやカリナなど、知り合いの有名人を呼ぶことはしなかった。
「今日は美肌を目指したお料理です。使うのは人参、かぼちゃ……」
 料理関係の資格も無事に取得し、オリジナルのレシピも公開している。
 他のユーチューバーから共演に誘われ、出かけていくことも増えてきた。
 自粛解除とはいえ新型ウィルスが消えたわけではない。
 琴は都筑にアドバイスをもらって、入念にチェックしながらの共演だった。
「マスク越しでも日焼けはするので、下地とリップはしっかり塗った方が良いですよ」
「そうなんですか? 知らなかったです」
「こうやって、猫の髭みたいに置いて……これで口元は完成。じゃあマスクをつけていても映えるように、目元を頑張ってみましょう」
 映っているのはふくよかな体型の、いかにも一般人らしい女性だ。有名なユーチューバーらしく、明るい性格と面白企画で人気らしい。
 彼女は丸い顔立ちがコンプレックスのようで、琴の人それぞれに合わせたメイク動画を見てコラボを持ちかけてきたのだ。
 都筑は家に帰るとそれを見ていた。
 夕方の6時。
 彼女はいない。
「顔が丸くてもそれに合った目元にすると魅力3割増しです。うりりんさん、長毛種の猫みたいな顔じゃないですか? それを活かしましょう」
「丸いのを活かすんですか? 考えが逆だな~。シェーディングばっかりしてましたよ。ところで琴さんって、有名人のメイクもされてますよね?」
「おっ……」
「失礼かなーと思ったんですが、ちょっと色々調べちゃいまして」
「事務所の名前出してますからね。隠してないので失礼じゃないですよ」
 琴のメイク動画の条件の一つは、事務所の名前をオープニングかエンディングに出すこと。
 琴は自身の名前と並べて表示してある。
「良かった~。あまり話してる印象ないから、だめなのかなと思って。あ、編集するので、不都合だったら……」
「これ生ですよ、うりりん」
 琴が笑って言うと、うりりんは頭を抱えた。
「そうだった!」
「あはは。大丈夫ですって。許可はもらってます。一応お仕事なので、そういう方々にもメイクを施してます」
「映画とか、写真集とか……見ましたよ」
「やったー、嬉しいです。どうでした?」
「かっこよかった。憧れますよね、ああいう感じの……名前出しちゃだめか。だめですよね? あの男装とかお色気系とか」
「モデルさん自身が努力家なんです。お色気系は体重を増やして体型をグラマラスにしてきたり、男装の子は殺陣を習ってて。私はそれに似合うようにして引き立たせるだけなので、やっぱり素材がね? うりりんにしっとり可愛い系メイクするのと一緒ですね」
「ほおぉ~」
 そうこうしているうちにメイクが完成する。
 マスクをつけていても可愛く見えるメイクだ。
 目元がくりくりと可愛らしく、茶系の色のグラデーション、扇形に広がったまつげのおかげでマスクをつけていても明るくしっとりした印象を受ける。
 秋に向けてか、ピンクではなく赤っぽい色。
「じゃーん」
 琴が鏡をうりりんに向けた。
 うりりんは目を大きく開き、角度を変えて自分の顔を確認している。
 丸い顔立ちがずいぶん愛くるしく、そして安心感を与える女性の雰囲気になっていた。
「すごい。こんな顔初めて見る」
「気に入りました?」
「入りました~! ええ、丸い顔してるけど……いいなぁ、なんか美味しそうなクッキー焼きそう」
「クッキー。確かにごはんっていうよりおやつ作りそうですね」
「花柄のワンピースでも着る?」
「だったらピンクより赤茶色が合うかな」
「濃いめ?」
「薄いめ」
「やばーい! 出かけたいな、これで。お紅茶でもいかが? なんつって」
「あははは!」

 コラボ動画の公開のすぐ後に、琴の手がけた映画や写真集の話がついったーなどで話題になった。
 そこから話はさらに深掘りされ、ミクの専属であることなど、すぐに拡散する。
 一方琴も都筑もついったーなどはやらないため、いわゆる「バズッた」というのを知らなかった。
 気づけば動画の登録者数が伸びていると琴は思った程度で、変わらずにスキンケアや食事、個性に合わせたメイクを撮り続けた。

***

「上原さん、人気っすね」
 井上に見せられたスマホのネットニュースだ。 琴の動画とともに、その経歴が紹介されている。
 都筑は眉をひそめた。
「ずいぶん、詳しいな」
「まあ有名人との仕事が多いから、すぐばれるんですよ。先輩ついったーとかやらないから、知らないだろうなと思って」
 井上は都筑の水筒からはちみつ紅茶を勝手に自分のカップに注いでいる。
 都筑は井上の手を一度叩き、「それで終わりだからな」と釘を刺すとスマホを見た。
【人気メイクアップアーティスト・上原琴 ユーチューブで女優メイクを公開! パーソナルカラーや顔立ちに合わせたメイクのコツを伝授する一方、食事などでのケアも勧めている。気になるのは左手の薬指だ。彼女自身はタレントではないものの、まだ若くモデル顔負けの美貌に男性ファン急増中。活動の妨げになるのでは、との声も。今までに手がけたのは……】
 モデル達のメイクによる比較写真だ。もちろんミクのものもある。これらは雑誌の切り抜きで、公開されているものだけに違反ではないだろうが、琴がてがけて印象が変わったように書かれている。
 更に琴自身の生年月日、出身地に昔の顔写真など。
「詳しすぎる」
「事務所の出した情報っすよ、それ。記者気取りのライターが取材したって書いてるでしょ? 悪意はないっぽいですけど、気分の良い物とも言えないですよね」
「……」
 都筑はしばらく睨むようにしていたが、画面を消すと井上に返した。
「琴はついったーとかやらないしな。多分この記事を知らないはずだ」
「いらないでしょ、指輪のくだりは」
 井上の言葉に都筑は頷く。
「余計なお世話だ。最近のメディアはタレントと一般人の区別もつけない。プロでもない人間を私物化した電波にのせて何が面白いんだ」
「怖い怖い。先輩、その顔上原さんに見せました?」
 井上が茶化したように言うと、都筑は首をなでてふっと息を弱める。
「全く……」
「ユーチューブですからね」
「それは分かってる。顔出しでやることの意味も考えた上での決断だ。ただ本人の許可なしにここまでさらして良いのか?」
「事務所を通してるとはいえ、そうっすね。生年月日まで。ユーチューブは隠そうと思えば隠せますから。ちょっと事務所に問題ありかも」
 井上との会話が作業開始で途切れる。
 都筑はイライラを吹き飛ばすように息を吐き出した。

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