小説 続・うそとまことと

第5話 花火

 

 週末。
 都筑が仕事先から帰宅すると、琴は朝とは違って藍色に薄ピンクの花が描かれた浴衣を着ていた。
 確か女子会をすると話していた。
 時間はまだ8時半。
 もう終わったのだろうか?
 琴はキッチンで明日の準備をしているようだった。
「ただいま」
「あっ、おかえりなさい!」
 振り返った琴は肌の艶も良く、目元が涼しげに印象的、ほんのり赤い唇をしていた。
 いつもとは違うどこか凛とした印象を受ける。
「もう女子会は終わった?」
「はい! 辻さんもおうちデートだし、ミクさんは雑誌のコラム、カリナちゃんはゲームするからって解散しました」
「早かったんだな」
「辻さんと私に気を遣ってくれてるんです」
「そうか。あ、これ」
「なんですか?」
 都筑は思ったよりも早く帰宅出来そうだったため、途中寄ったコンビニで所在なさげに置かれていた線香花火を買ったのだ。
「少しだけ車を走らせようかと思って」
 今夜か明日にでも、と都筑は言った。
 人気のない所なら、と考えたのだ。
「やったぁ、線香花火!」
 琴は中を見ると楽しげに目を細めた。
 と、カーテンをめくって外を確認している。
「今から行く?」
 都筑がそう声をかけると、琴はわくわくさせた顔で頷いた。

***

 1時間ほど走れば、海の見える広場についた。
 何組か集まりがあるようだが、いずれもかなり遠く、広く空間を守っている。
 子供の楽しげな声が聞こえてきた。
 都筑は車を止めると管理人が差し出したトレーに使用料を払い、マスクを着けて花火セットを取り出す。
 琴も浴衣のままマスクをつけ、車から降りた。
「人、少ないですね」
「そうだな……」
 潮がかすかに香る中、火をつける。
 パチパチと爆ぜる音がなって、黄金色の花火が琴の手元で弾け始めた。
「やっぱりきれい」
「今日で良かった」
「今日? どうして?」
「浴衣がよく似合う」
「……」
 琴は顔をあげ、自慢気に笑う。
「写真撮るよ。マスク下げて」
 琴は周囲を確認し、かなりの距離があると見るやマスクを外した。
 線香花火と彼女が画面に映る。
 はにかんだような笑顔だ。それでも嬉しそうな笑みに都筑もつられて頬を緩めた。
 カシャッ、と軽い音がして画像が保存される。
「普さんも撮りましょう」
「俺? 俺はいいって……」
 琴は線香花火を都筑に持たせると、自身のスマホを構える。
「はい、笑って~」
 都筑は首を傾げたが、曖昧に笑みを作る。
「撮れた、撮れた」
 琴は満足気だ。
「じゃあ次は二人で……」
 琴がそっと身を寄せ、スマホを持つ手を伸ばす。 画面いっぱいに都筑と、琴が映った。
 ぎこちない笑みを浮かべる都筑と、屈託のない笑みを浮かべる琴と。
 カシャカシャッ、というシャッター音が鳴った瞬間、花火がぽとりと地に落ちた。

 その後、都筑は線香花火を楽しんでいる様子の彼女をずっと見つめていた。
 自粛のためとはいえ、慣れない環境で一人で長時間を過ごしている。
 一緒にいたいからと同棲を提案したのは都筑で、しかし仕事が忙しくなり、一緒に過ごすどころかあれこれと負担をかけているのだ。
 何か本末転倒な気がしてしまう。
 人気のない時間に、人気の少ない場所に連れだし、嬉しそうにする彼女の様子にほっとする。
 ――窮屈な思いをさせているのではないだろうか。
 そんな風に考えてしまう。
 都筑の悩みを象徴するかのように花火が揺れ、ぽとんと落ちて火がすぐに消えてしまう。

***

「良かった、花火が出来て」
 ベッドに入り込むと、琴が無邪気に笑いかけてきた。
「ありがとう、普さん」
「楽しかった?」
「うん。久しぶりに外の空気も吸えたし……早く収まると良いですよね。そしたらお祭りとか、花火大会で大きなのとか見に行けるのに」
「今年は……難しいだろうな。まあ、ありがたいことに色々楽しむ術は多いから」
「そうですね。ミクさん達はゲームやってるって」
「ゲームか」
「明日はお休みですよね?」
「ああ」
 何かと働きづめだった都筑は、休みの日があった時も準備に追われて休みという気分にはなれなかった。
 しかしようやく、ある程度の型が決まると後は現場での微調整が必要なくらいで、作業はスムーズに流れ出した。
「明日はゆっくりしよう」
 そう言えば、琴は頷いて目を細くして笑った。
 それがたまらなく可愛く、思わず口づけると琴が声をたてて笑った。
 都筑は彼女の腰をくすぐりながら覆い被さり、顔に、耳に、首筋に、と啄むようにキスを浴びせる。
 琴のくすくす笑う声が甘い声に変わるのに、それほど時間はかからなかった。

 

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