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Tale of Empire ー復活のダイヤモンドー 小説

Tale of Empire ー復活のダイヤモンドー 第34話 腹を割って

 ダブルリバーは思ったよりも乾燥していた。
 人の気配は少なく、農業もまともに機能していない。
 家畜といえばロバが多いようだ。彼らは粗食に耐え、頑丈で小柄なため馬より好まれる。
 ロータスの指示でロバでの移動となったが、それはどうやら正しかったようだ。
「ここに湖があるなら、もっと栄えて良いはずですね」
 ブルーはそう言った。その通りである。
 ならばやはり、ここに「幻影」の湖があるということなのだろう。
「ここで竜人族との戦が起きた……竜人族が使者を殺し、贈り物に火をつけたのが類焼したために農作物と農業従事者に被害が。……どこまで真実に近づけるだろう。ともあれ、湖を探すのが先だな」
 ロータスは事情を一番よく知っているフェンネルに「湖」を見つけるコツを聞いた。
 鏡のようなものと、湖。それが両方揃っている可能性が高いと。鏡でうつしたものを水面にうつし、そこを通って魔女は移動するらしい。
「静かの森で魔女と会ったのはそういう理由か……」
「あの森にどうやって入り込んだのか、謎なんだよ」
 フェンネルは首をかしげる。
「協力者がいるのか。だが静かの森でそんな人物はいるはずない」
「人物とは限りません。長官はカラスに注意しろとよく言ってますからね」
「カラス?」
 確かあの時、けたたましいカラスの鳴き声が聞こえていた。
「鳥はきらいだよ……」
 フェンネルは泣きそうな顔をしている。一度さらわれかけたのだ。もはや苦手意識の塊なのだろう。
「鳥ならいくらでも森に入れる。きりがないな……」
「そうです。厄介なんですよ」
 ブルーは呆れたような顔で言い、望遠鏡を見ながら歩く。
 ロータスも望遠鏡を取り出し、周囲を見た。
 戦場跡というより、乾いた土地であるという印象の方が強い。
 地面はひび割れ、申し訳程度に短いが強い草が生えている程度。
 だがこういう土地で育つ草は、栄養や生命力に秀でているとクレマチスが言っていた。
 それに農地はあったのだ。全く無価値な土地ではない。ロータスは領地になる予定だった土地のことのため、多少は関心がある。
「きっと役立つはずだ」
 思わず呟きつつ歩くと、一人の老人に出くわす。
 彼は家畜の放牧場の柵に腰をおろし、やせ細った体はそのままにぎらついた目を一行に向ける。
「……どうも、初めまして」
 ロータスが挨拶すると、彼は錆びついたかのような首を下げた。
「竜人族かえ」
 がしゃがしゃした声は、この大地とよく似ている。
 ダブルリバーという名に合わない、枯れた。
「私は……その半分です」
「そうか。もしそうなら、謝りたいと思っておった」
「謝りたい?」
 ロータスが一歩近づけば、彼は男ではなく女性だということが分かった。ロータスは肌も露わな彼女に、自分が着ていた上着を覆わせる。
「すまないね」
「王都からの救援物資は? どうしたのです?」
「届いたが、わずかだった。仇討ちのため戦になるから、物資はもう届けられないと……何人かの移住は支援されたが、移動できなかった私たちは……」
「そうだったのですか……でも、被害に遭ったのはあなた方のはず……ここでの犠牲者はどこに祀られているのですか?」
「あそこ」
 彼女は細い指で太陽の沈む方を指し示した。
「神官はおりませんが、代わりにお悔やみを」
「それはありがたいね。でも、竜人族よ。戦が起きたのは私たちのせいなのだよ。あの日は、風が強かった……」

 秋のある日、竜人族は王国へ「薬草」を届けるためダブルリバーを訪れていた。
 族長であるプラチナはダイヤモンドの槍を持ち、刺繍鮮やかな衣服を身に纏っていた。
 その堂々たる出で立ち、太陽光にきらめく銀髪はダブルリバーの住民の心に強く刻まれたという。
 共をする竜人族も、王国の挨拶とは違うが皆一様に礼を尽くし、王国の使者と会っていたそうだ。
 ダブルリバーに互いが宿泊するのは一夜だけ。翌日には両者揃って王都を目指す。
 ダブルリバーの住民は、皆張り切ってもてなしのための宴会を開いた。ダブルリバーのランドマークである、3階建ての酒場兼宿で。
 その一夜でそれは起きた。
 酔った使者は竜人族の剣を「なまくら」と言い、振って遊んでいたというのである。
 竜人族の持つ武器は頑丈であることが第一であり、確かに研ぎ澄まされた王国の剣とはかなり違う。刃こぼれしていても気にしないほどだ。
 竜人族はそれを止めようとしたが、使者の足下はかなり危うい。風は強く吹いている。
 ついにプラチナの腕を軽く切ってしまった。
 プラチナは痛みで手を離し、支えを失った使者は3階のベランダから転落し――
「竜人族の剣が彼の胸を貫いた。突風が吹き荒れ、かがり火は倒れた。宝物庫は焼かれ、飛び火し、誰も火の勢いを止められなかった。止めようと何人かが身を挺したが、ダメだった。もう間に合わなかった。家は焼かれ、親は子を亡くし、子は親を亡くし、兄弟姉妹が失われた。そして跡に残ったのは、この不毛な大地だけ。罰なのだよ、これは。戦が起きた原因を作った私たちへの」
 疲れ切った様子の彼女の話を聞き、ロータスは首を横にふる。
「あなた方のせいではない……」
 絞り出されたロータスの言葉に、彼女は顔をあげた。
「戦が起きたのは、あなたがたのせいではない。私たちは……常にお互いを警戒し、疑う心があった。信頼と疑いは共存できない。それは竜人族との間だけにあったものではない。王国全体にはびこっていた、感染病のような悪癖だ。もしも竜人族との間に、もっと確かな信頼感があれば、これは事故だと誰もが理解出来た。だが疑いが勝ってしまったのだ。上に立つ者は常に下の者に裏切られるのではと怖れ、下の者はいつ上の者に斬られるかと怖れている。その怖れが戦へ駆りたてたのだ。……ここで起きたことは、ただのきっかけにすぎない。そのきっかけを通じて、お互いへの疑いが爆発した。……それだけだ」
 ロータスは、なぜ紛争が起きたのか知りたいと思った。
 そのきっかけを探れば解決出来るのではないかと。
 だがそんな単純な問題ではない、と王国を知るほどにその根っこを見つけてしまったのだ。
 父は常に誰かを怖れていた。この国はクーデターか、民による一揆か、あるいは竜人族か。対象はなんであれ、王座は絶対ではないと知っていたからだ。
 常に簒奪された王座である。
 自分たちがそうやって王になったように。
 ――いつか自分も、同じように引きずり落とされるのではないか? ――
 ジェンティアナの頭の中はそうなってしまったのかもしれない。だからロータスを遠ざけた。
 疑いは妄想からやってくる。
 心の中まで他人を支配することは出来ない。それと同時に、その妄想は自分でしか乗り越えられないのだ。
「罰を受ける必要はない。自分を責めてはいけない、それよりも今出来ることをしよう」
 ロータスは立ち上がると彼女が指し示した西を目指す。
 慰霊碑というには小さなもので、遠慮がちに花が供えられている。
「もっと時間があれば良かったのかな」
 フェンネルが呟く。
「難しい問題だ。誰かと協力するより、自分が一番になって支配したい奴もいるんだ。だがそういう奴はたいてい、自信がないだけだろう」
 サンは冷静に言い、フェンネルの背を軽く叩く。
「スティールのアニキもそうってこと?」
 フェンネルの呟きは、誰の耳にも届かなかった。
 一行は慰霊碑に向かい祈りを捧げる。
 太陽は沈み、影が伸び、慰霊碑の先端が真東を向いた。
 そこに不自然にきらめくものを、イオスが発見する。
「あれではないですか?」
 そこは川から少しだけ離れた場所だ。
 近寄れば、川から水を引くような形で池が作られていた。
 それに、かなり匂う。腐っているのだ。
 人工的なもの、この池が出来たせいで水の流れは変わり、淀んだ水がたまり続けたのかもしれない。
 池の底に鏡らしき破片を見つける。
 ロータスは手を伸ばし、一瞬見えた母親の姿にどきりとしたが、あの世界の残像だと気づいて無視する。
 取り出すと、泥まみれの銀のトレーだった。
 サンに預け、池を解体する。
 残っていた住民がおそるおそる近寄り、ロータス達の手伝いを、とそれぞれスコップを持ち、池を土で埋めていく。
「とにかく、川の形を元に戻すように」
「長官は治水の専門家だ。相談してみよう」
 サンがそう言って、ロータスはほっと胸をなで下ろす。
「それは助かる……」
 ゴポッ、と大きな音と共に川が流れを取り戻し、淀んだ水が溢れて土を濡らしていった。
「流れる水は腐らず、だ。池を作るにも留めるばかりではいけないな」
 ブルーはそう知った風に語り、サンに「言ってろ」と水をさされて苦笑いした。

 ダブルリバーには徐々に綺麗な水が流れ始めた。池を壊したため、水の流れが急速になったためだろう。
 オニキスに相談した方が良いだろうが、良い兆しだ。匂いもマシになってきたのではないか。
 一夜明かし、ロータス達はダブルリバーを発つ。
 あまりにスムーズに進みすぎている。
 ロータスはそれに気づき、サンに声をかけた。
「明らかに怪しい」
「おっしゃるとおりです。順調すぎる」
 サンはちらりと後ろを見た。
 遠くなる街、勢いを増す川。
 舟が一艘、川を下ってくる――飛んできたものをブルーがはじき飛ばした。
 太い釘のような針だ。
「あの時の暗殺者だ!」
 サンが鋭く叫んで剣を抜いた。
 舟から4人、猿のように身軽な者が飛び出し、外套に包まれた腕を突き出す。
 細く短い槍のような、特殊な武器である。
 ロータスはロバを解放し、走らせた。彼らがやられれば帰還は難しくなる。
 剣を抜いて応戦し、バサバサとうるさく、動きを隠してしまう彼の外套を断ち切った。
「チッ」
 と舌打ちとともに、顔に傷を持つ男が姿を現す。ロータスははっとした。
「暗殺者だってぇ?」
 ブルーが面倒だと言わんばかりに肩をすくめた。
「アゲート殿下を襲った者達だ」
 サンの説明にロータスは叫ぶように言う。
「彼らは戦闘で癒えぬ傷を負った者達だ!」
「え?」
「帰還しても腕がない、傷がひどいと怖れられ、帰る場所を失ったんだ。施療院で見かけたきりだと思っていたが、こんな仕事を」
「あなたに何がわかるか、王子。国のために命をかけたのに、その礼がさげすみだとは!」
「さげすみだと?」
「大したカネも渡さず、兵士を使い捨てだ。俺たちは盤上の駒じゃないぞ!」
 暗殺者が槍を突き出し、ロータスはそれを寸でのところで受け止めた。あまりに強い力に、足が震える。
「それは、おかしい! 王国があなた方をそんな風に扱ったことはないぞ」
「嘘をつくな!」
 ギギギッ、と刃が擦れあう。ロータスは踏んばって耐え、声をかけた。向こうでも皆、暗殺者を相手している。
「頼む、彼らを殺すな!」
 ロータスはそう言うと、目の前の男に視線を戻した。
「施療院でリハビリの後、新たな仕事を斡旋していたのは確かだ。あなたと同じような者も、腕や脚を失った者も、中毒者も! 蔑むような者のいない所だ!」
「嘘だ、だったらそれはどこか言ってみろ!」
「ウェストウィンドだ!」
 ロータスはそう叫ぶように言って、彼の武器を跳ね返した。
「あそこは農地が多く、人の手はいくらでも欲しい。技術指導はあなた方の先輩が行えるし、再出発したいならそれも可能だ。安全な道は常に確保していた」
 ロータスは切っ先を向けつつ、にじり寄る。
「あなたは一体、なぜこんなことを? 誰に言われたんだ?」
「王子には関係ない」
「なら誰なら関係があると言うんだ?」
「……」
 暗殺者は黙り込むと、外套をまき直し「引くぞ!」と叫ぶ。
 剣戟の音は消え、彼らは音もなく消え去っていく。
「良いのですか?」
 と、サンは聞いたが、ロータスはすぐに返事出来なかった。
 視線を落とすと、そこに一つの小さなものを見つけ手に取る。
 香り袋だ。王宮につとめる女性が好んで身につけるもの。
 金糸銀糸で彩られ、クルミほどの大きさだがかなり手が込んだものと分かる。
「それは?」
「香り袋……この細工だ。かなり地位のある女性だろう。中を見れば送り主は分かるはず」
 ロータスはナイフで布を裂いた。
 中の香草を包む白い布はシルク。そこに刺繍されたマークは間違いなくピオニ―だ。
「……やはりか」
 ピオニ―、もしくは彼女の息のかかった女性が彼らをあちら側に引き込んだのだ。
 ロータスを誘うために、「彼女に似た子を」用意したのも、おそらくピオニ―だったのだろう。
「すまない、私が甘かったかもしれない。もしあなた方に危険があるなら今の言葉は撤回だ」
 ロータスはそう言って頭をふり、走らせたロバを呼び寄せる。
 危険が去ったと知ったロバたちは従順に戻ってきた。

***

 馬車の扉が一気に開かれる。暗かった車内は明るくなり、中の人物を浮かび上がらせた。
 ジェンティアナ・レイン。
 アイリス王国の現国王である。
 彼はのそのそと体を起こす。
「ご到着です」
「ご苦労」
 そう兵士に言って、馬車に乗り込んだのは獅子のような乱髪の男――皇帝である。
「お久しぶりですね、ジェンティアナ兄」
 そう声をかけるが、返事はない。そのはずだ、彼は猿ぐつわされている。
 皇帝は手ずからそれを外すと、水さしを持ち器に注ぎ入れ渡す。
 ジェンティアナは渡された器を傾け、一気に飲み干した。
「我が毒を入れたと思いませんか?」
「……そんなことをするわけがない」
 と、やや掠れた声でようやく返事する。
「なぜそう思うのです?」
「あなたは皇帝陛下だ。誰に地位を脅かされることもない。私なぞ、吹けば飛ぶような一国家の王にすぎません」
「ほほう、一国家の王。それが吹けば飛ぶようなものだと」
「皇帝陛下は王を統べる王だ。私たちは交替されればそれで全て終わる。常に綱渡りをし、そしてその綱の端を握っているのはあなたなのですぞ」
「綱の端か。綱を離せば、二度と対岸には繋がれない。皇帝は常に綱を握り、その綱が風に揺れぬよう握りしめる必要がある。全てはバランスです、兄よ。地位に上下はあっても優劣はない。あなたと我は一蓮托生ですよ」
「よく言う、我が王国に皇子を送っておいて」
「当然でしょう、めでたい席ですから。本来ならば我が行くべきでした。なぜ皇子を送ったことをそんな風に言われなければならないのでしょう」
「アイリス王国に不穏の影ありとすれば、皇帝としては平定のため動かなければならないものでしょう」
「つまり?」
「我らを滅ぼし、新たな王国を建てる」
 ジェンティアナの言いぐさに、皇帝は脚を組み替えながら悠然と座り直し苦笑する。
「何のために?」
「何のため……支配のためだ」
「何を支配するのです? その意味や価値は?」
「……」
「兄、何を目的として国王を務めてらっしゃったんです? 永く続く平和を目指し、王子達を各地に留学させた。その試みは成功したでしょう、アゲートは公平かつ誠実な裁判長をつとめ、アジュガは勇ましい守護者となった。ロータスは立派に領主をつとめ、文化発展への意欲を持っている。どれも平和を維持するために必要なことだ。兄は素晴らしい決断をした。広い世界を見せる、と」
「それが間違いだったのだ。彼らは皆、違う視点を持ち、違う意見を持った。兄弟で違う意見を持ち、それぞれに地位があればいずれ分裂する。そうなったら、王国はまた争乱の国となる」
「違うからこそ良いのだ。同じであれば、何も発展はしない。違う視点を持つからこそ、あらゆる方向から物事を見、足りない部分を補い合える。兄よ、あなたはあなただ。そして誰もあなたにはなれない」
 ジェンティアナはゼーッと息を吸い、そして咳き込んだ。
「……私は一人だ。ひとりぼっちだ」
「誰もがそうです。他の誰にもなれない。他人を鏡にすればするほど、見失うものです。だが自分自身にはなれる。兄よ、アゲートはあなたにはなれないが、彼にはなれる。ロータスもそう。そしてあなたはあなたになれる。そうしてこそ初めて、他人と繋がれるのではありませんか」
「だが、私が死んだら、王国はどうなる? あの幼子のような国が、どうやって平和でいられると思う? 皇帝よ、あなたも同じでしょう。自分亡き後、誰が正しく国を導けるのか……」
「我はそこまで優れていません。国を背負うなどとんでもないこと。この国が我を育て、民を育てている。我が死んでも、後のことは後の者が担います。役目を終えたらそれで良いのです。あなたの背中を見せていればそれで良いのです」
 ジェンティアナは目を覆った。
「恐ろしいことだ」
「兄よ、あなたは重いものを背負いすぎた。少しゆっくりする時間が必要なのです。空を見上げ、空気を味わう。王国で、最後にアイリスの空を見たのはいつですか?」
 ジェンティアナの答えはなく、ただ首が横に揺れるだけ。
 皇帝はジェンティアナの肩に手を置き、ぐっと力を込めてから離した。
 馬車を降り、「国王殿下を休ませて差し上げろ」と告げるとマントを揺らして歩く。
 その日は、皮肉なまでに澄みきった青空だった。

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