小説 続・うそとまことと

第1話 同棲スタート

 カリナの写真集は評判で、男装姿が受けたらしく新しい舞台では沖田総司の役をつとめることになった。
「色」というテーマでは彼女の肌に合わせた、ほぼすっぴんに近いメイクを施した。
 カメラマンもそれが気に入ったようだ。
 カリナの目元はいつもつけているカラーコンタクトは無しで、彼女のイメージの「色」のグラデーションをほどこしたアートメイク。それは表紙にも使用される。
 都筑の本棚にも写真集はおさめられた。
 またミクも女優業を本格始動させ、今は英語のレッスンを受けながら海外デビューを視野に入れている。

***

 そして一年が経った。
 琴は彼女らのメイク担当をする傍ら、リハビリメイクに力を入れていた。
 縁あってリハビリメイクの講師と知り合い、琴の「その人自身の綺麗を出したい」という信条が共鳴したらしく、講師の彼女は琴によくよく指導してくれた。
 しかし世界に広がった新型のウィルスのために活動は自粛。
 ミクやカリナともちゃんと会う事はめっきり減った。
「運動しにくいし、買い物にも行きにくい」
 カリナがスマホ画面の向こうでそう切り出した。
「分かる。撮影もないじゃん? 今のとこお金は大丈夫だけどさ、健康面心配だよね」
「琴さん、完全に仕事アウト?」
「現場では無理。雑誌の取材とかだったら大丈夫だけど、そんなに頻繁じゃないからきついかも」
 近況報告はさすがにネガティブな話になってしまう。
「リモート撮影が出来るようになってきたし、さすがに仕事も入ってはきたけど……」
 ミクがそう呟き、カリナに水を向けた。
「舞台って……」
「あー、アウトです! 野外にしたらどうかって意見もあったんですけど、どっちにしろお客さんの移動でやばいかもって話です」
「せっかくだし、映像とかどこかで発表って出来ないのかな」
 琴がそう言うと、カリナは口を尖らせた。
「出来たい~」
「見たい~」
 ミクがカリナの口調を真似て、笑いが起きる。
 3人、また辻も含めたメンバーでリモート飲み会を一週間に一度開いている。
 ふとプライベートの話に転がった。
「カリナちゃんさ、こないだ写真撮られたけどアレなんだったの?」
 ミクはストレートだ。
 しかし気遣いの出来る人でカリナも承知している。カリナにやましい部分がないと知っているからこその質問だった。
「アレ? びっくりですよ」
 カリナが半眼になって話し始めた。
 事の始まりは一冊の週刊誌。
 カリナがスポーツウエアの上にカーディガンを羽織り、コンビニから出てきたのだ。
 隣には若手注目株のイケメンお笑い芸人。
 踊るような字で「元アイドル結城カリナ、売り出し中芸人と熱愛発覚!?」と書かれていたのだ。
「舞台の共演者だし、もっと言うとスタッフの子達も一緒でしたもん。モザイクで建物ごと消しちゃうんだから怖い怖い」
「やあね~ほんとに。で、実際の方はどうなんだい?」
「実際~? 無理ですね! あたし今筋トレに夢中だし。ミクさんは?」
「あったっし~? どうかな~」
 ミクがふふっと笑ってごまかした。
 琴がすかさず言う。
「ミクさんがこういう時っていないんですよね……」
「琴さ~ん?」
 ミクが画面の向こうから迫った。
 カリナがお腹を抱えて笑っている。
「つきあい長いともうバレバレだね。いませ~ん。リア充は琴さんと辻さんだっけ~」
「いいな~。辻さん、元サヤゴールイン」
 カリナが呟く。辻はかつておつきあいをしていた事務所の所長と正式に婚約をしたそうだ。
「めでたい」
「めでたい」
「めでた~い」
 3人でお祝いを考えよう、と結論が出たところで、話題の中心が琴になった。
「琴さんどうなの? 都筑さんと順調?」
 琴は顔を赤くし、小声で話す。
「……中で」
「え?」
「何々?」
 二人が食いついた。
 琴はスマホカメラに頭頂部を映しながら、先ほどよりもはっきりと告げる。
「同棲を、しようかと準備中で」

***

 都筑から話を切り出されたのは1ヶ月前だ。
 琴の部屋でまったり過ごしていると都筑が非常に改まった様子で正座し、琴をじっと見つめると「同棲しないか」と。
 琴はシャワー上がりの濡れた髪をタオルで拭きながら、異様な緊張感と嬉しさ、そして不安感で感情がごちゃごちゃになった。
「どうせい……」
「早いだろうか」
「それは……わからないです。あの……」
 琴は思わず都筑の正面で正座し、疑問を口にした。
「同棲って……その……その先に結婚があったりしますか?」
「結婚か……正直言えば、そういう関係を望んではいる。ただ急かすつもりはないし、お互いの同意でするものだから、今ははっきり言えないと思う。なんていうか……君に会いにくい状況が続いて、今やっと二人でいられて、こういう時間がいかに大切か分かったんだ。だから、今、どうしても一緒にいたい」
「……」
 琴は都筑の説明にぽかんと口を開ける。
 それほどしっかり説明されると思っていなかったのだ。
 都筑のまじめさは知っているつもりだったが、包み隠さない言葉に返す言葉がなくなった。
「……嫌か?」
 都筑が眉を曇らせた。
 琴はめずらしい表情だなぁ、と他人事のようにそれを見ていたが、やがて口を開く。
「嫌じゃありません……」
 都筑がほっと息を吐き出した。
「そういう関係……って……」
 琴はようやく思考が追いつき、都筑の言った言葉を反芻すると頭のてっぺんまで熱くなったように感じた。
「あ、あま、普さん……」
 そうなったら都筑琴になるの?
 と、声に出したつもりが全く出ていない。
 琴ももう25歳で、同い年や年下の子が結婚するのを見ている。考えないわけではないし、都筑と過ごすのは心地良い。
 ずっと一緒にいられたら。
 その証としての「夫婦」という言葉に憧れる気持ちもあった。
 都筑が心配そうに覗き込んできた。
 この人が自分の夫になるのだと想像すると、嬉しさで胸が満たされ、視界がきらきらと輝く。
「大丈夫か?」
「あ、あ……っ」
 都筑の手が額に触れ、ほっとするような体温に思わず喉が解放され、大きな声が出た。
「普さんと夫婦になれるの!???」

***

 琴は母親に連絡し、許可を得ると都筑の住むマンションに住む予定になった。
 母は都筑との交際に賛成のようで、「そのまま結婚したら」とあっさり言ったものだ。というより、同棲するつもりならその覚悟を持て、と言いたかったのかもしれないが。
 若い女性の一人暮らしだ、荷物はそれほど多くない。
 都筑が仕事先から軽トラを借りることになり、作業は自分たちでやるつもりだ。
 流石に感染予防のため誰かの手を借りることはせず、琴は少しずつ一人で準備中。
 都筑と会えない時間が長くなったが、毎日の連絡で、これからの生活への期待が膨らんでいた。
 幸いなことと言えるが、都筑の仕事量は変わらないどころか増えており、連絡もない日もあったが、琴はペアリングを見つめているとほっとし、耐えることが出来た。
 彼女自身の仕事の量は減ったものの、新しい仕事へ向けての勉強は欠かさず、また料理もレパートリーを増やすようにしてそれなりの充実した時間は過ごしていた。

***

「引っ越しが済んだらユーチューブしようかな」
 都筑に相談すると、彼は頷いた。
 都筑が仕事から戻り、琴に連絡してきたのだ。スマホの画面越しにシャワー上がりの都筑の顔が見える。
「メイク動画?」
「そうです。スキンケアとか、そういうの。ああでも、私あまりエンターティナーじゃないからうけないかな」
「人の好みはそれぞれだからな……声なしの音楽だけっていうのもあるし」
「普さん、ユーチューブ見るの?」
「見るよ。テレビ各局の脚色がないから、染まってない動画が多くて面白い」
「テレビの脚色……」
 都筑はテレビなどのメディアに対して辛辣だ。
 おそらく嫌っており、呆れているようである。
 ニュースは新聞から得るのがもっぱらで、後は信頼出来るサイトをチェックするのみだ。
「すっぴんさらして大丈夫ですかね」
 琴が自分の頬をひっぱった。
 都筑はふっと笑うとスマホを近づけて覗くフリをした。
「大丈夫だよ。クマが気になるけど」
「やっぱり」
「そのくらいリアルなほうがわかりやすいだろ」
「そうですよね~。パーソナルカラー別とかやりたいな。ほんと言うと顔立ちによって……ってしたいんです。でもモデルさんは呼べないし……」
「似顔絵に施してみたら?」
「似顔絵……! それ良いかも!」
 琴が笑みを見せると都筑も笑みを浮かべる。
 琴はふと不安になった。
 都筑は疲れているみたいだ。まぶたが少し重そうだった。
 依頼のある建物に入る人数は限られ、マスクをつけての作業の連日。
 換気を良くし、感染リスクを下げる……その可能性のため都筑の会社に依頼があったのだ。
 その考えは尊重すべきもの、と都筑は喜んでいたし、琴もそれなら、と思ったが、人数制限下での監督兼作業員である都筑の負担はいかばかりだろうか。
「どうかした?」
 都筑が声をかけた。
「ううん、私ばかり話してるなって思って。普さん、仕事は順調ですか?」
「順調……とは言いづらい。さすがにね」
「無理しないでね」
「それは大丈夫。わきまえてるつもりだよ」
「ちゃんと食べてね」
「ふふっ、君こそ」
「私は良いんです、料理出来るし。普さんは……あまり出来ないし」
「……確かに」
 下手ではないが、都筑の料理ははっきり言ってワイルドだ。
 肉や魚に塩、野菜にドレッシング、とかなりシンプルで、レパートリーはかなり少ない。
 キャンプで作ってもらったものはかなり美味しいものだったが、よく考えれば家庭で作るには不向きなものだった。
「○○キャンプ場は良かったな……」
「綺麗でしたね」
「ああ、夜には星が出てて。月のない夜だったからな」
 火の爆ぜる音、その強い温もり。
 風は穏やかで川や紅葉した木々の命の匂いを琴は今でも覚えている。
 天体望遠鏡で土星のわっかを見て、温かいウィスキーを飲んだ。
 夜気に満ちたテントの中で二人きり。
 なのに閉じた空気ではなく、世界と調和したような感覚はめったに得られない。
 虫の求愛の歌の響く夜。
 都筑の張ったテントの中で、冷えた体は互いの体温で熱くなり……
「今度は満月の日に行こうか」
「話が変わってる」
「ばれたか……」
「でも、また連れてって下さい」

***

 そんな話をする内に日は変わり、いよいよ琴が都筑の部屋へ引っ越す時が来た。
 1ヶ月ぶりに都筑と会えば、すっかり日に焼けていた。精悍な表情に柔らかい笑顔。会えない時間の長さを感じる一方、変わらない表情にほっとする。
 段ボールで包まれた荷物を運び入れ、夕方に蕎麦を食べる。
 慣れた室内に自分の使っている家具が入ると琴はなんとも言えない気恥ずかしさを感じた。
「今日で荷物、開ける?」
「ううん。明日からゆっくりやります」
 カーテンを開けると夜風が入り込む。
 そろそろ虫が鳴く頃だろう。
 残念ながらここでは聞こえないが。
 都筑が後ろから琴を抱きしめた。
「今日からよろしく」
 琴が頬をゆるめ、振り向いて頷いた。
「こちらこそ」
 都筑が腕の力を緩め、琴の髪を撫でる。
 目が合うと自然と顔が近づき、琴が目を閉じると柔らかい唇の感触が触れあう。
 体は自然と互いの体に馴染み、吸い付くように近づいた。
 琴が都筑の首に腕を回し、都筑がより深く唇を求め――スマホの着信音が鳴り響く。
「……」
「……」
 完全に空気を潰された形になり、二人は見合わせると吹き出すように笑った。
「だれ~っ」
「俺のだ、ちょっと」
 都筑は画面を確認すると頷いた。
「井上」
「あ、先輩? 琴さんの引っ越しですよね。なんかお祝いした方がいいのかな~って思ったんすけど、まあ思いつかないんで酒でも」
 ピッ、と通話ボタンが切られ、都筑はスマホをソファに投げると琴を抱き上げてそのまま廊下を歩く。
「どこ行くんですか?」
「邪魔の入らないところ」
 都筑にしては珍しい、いたずらっぽい顔だ。

 

続き。18歳以上の方はこちらへ→第2話 その夜(官能シーンあり)

18歳未満の方はこちらへどうぞ→第3話 忙しい彼

 

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