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Tale of Empire ー復活のダイヤモンドー 小説

Tale of Empire ー復活のダイヤモンドー 第30話 郷愁

 ジェンティアナは震える手でサファイア像を手に持つと、顔をしわしわにして涙を流し始めた。
 宝物のように胸に抱き、体を丸めてサファイアを抱きしめる。もう離さないというように。
「父上……」
「分かっていたのだ、サファイアは私を置いていったのではない」
 掠れた声が嗚咽とともに溢れ出す。
 エジリンは副将軍に目配せして退室させ、寝室には数人が残る。
「私のふがいなさのせいだ。妃達はいつも怖れていた。寵愛が薄れれば地位も、親族の命も、皆危うい。そのせいだ。サファイアが去って行ったのは、全て私のせいだ」
 罪の告白。
 王冠もなく、ただ薄着で、私生活を守る天蓋の狭い空間の中にいるのは、ただ虚しさを抱える男の姿だ。
 シリウスは彼から目をそらさずにいたが、やがて背を向ける――その背中にジェンティアナの声がかかった。
「礼を言う、竜人族の戦士よ」
「礼などいらん。それよりも成すべきことがあるだろう」
 それだけ言うとシリウスは目を伏せた。
 哀れに思う一方、苛立ちを禁じ得ない。
(自分を責めていれば誰かの許しを得られるのか? ロータスが死ぬかもしれないのに牢に入れ、今も結局哀れんでいるのは自分自身だ。他者のためじゃない……)
 シリウスは今すぐサファイヤ湖に向かおうか考えた。
 その時、柱が揺れているのが視界に入った。
 梁から細かな埃が散っている。
「まずいぞ……」
 シリウスの言葉に皆が顔をあげる。
「王宮が崩れる……!」
 そう言った瞬間、一際大きな揺れが王宮を襲った。

***

 サファイヤ湖に到着すると、クレマチスはすぐにロータスのいるテントへ向かった。
 あの時と違って豪奢なテントだ。屋敷と見紛うような、部屋もあるようなそれの入り口に立っていたオニキスがすぐに幕をあげ、クレマチス達を入れた。
 絨毯の導く奥、寝台の上で変わらず意識を失ったままのロータスに駆け寄る。
 銀色に縁取られた顔色は白く、触れるのを躊躇われた。
 それこそ水面に浮かぶ蓮の花のように。
「ロータス王子……」
 クレマチスは彼の手を取り、指先を握りしめる。隣でシトリンが秘薬の準備を始めた。
 火が焚かれ、香りが立ち始める。
 完成したものをロータスの口に運ぶが、もはや飲み下すことも出来ないのかこぼれてしまった。
「王子様、お願いだよ……」
 シトリンは涙声だ。もう一度さじに秘薬を乗せ、口に含ませるが叶わない。
「これが最後だよ。もう一度材料から集めないと……」
「王子、飲んで。飲むのよ」
 きゅっと指を握るが、ロータスは人形のように反応を返さない。
 ぽろぽろと秘薬は流れ、床に落ちてしまう。
「……王子様……」
 シトリンは間に合わなかった、と項垂れ、細い声をあげて泣き出した。
 クレマチスは固くなる体の中、心臓がどきどき跳ねるのを感じていた。
(何があっても彼なら諦めないわ。突破口を見つけるはず)
 そう言ったのは自分自身ではなかったか。
 ロータスを信じているのだ。
 不思議なことに、離れてしまってからその想いはずっと深く強くなった。
 その自分の想いすら、今なら信じられる。
 クレマチスは足下に落ちた秘薬をかき集め、それを自らの口に入れた。
 シトリンが顔をあげ、目を見開いた。
「ダメだよ! 薬は同時に毒にもなるんだから、お嬢様が死んじゃう!」
 シトリンの手がクレマチスの肩を掴んだが、クレマチスはそれを解くと秘薬につばを加え、ロータスの唇に自身のそれを重ねた。
 舌を使って、彼の口内、その奥に。秘薬を流し込み、喉の奥に落ちていくまで。

 初めてキスをした時、どんな風だっただろうか。
 ずっと側にいて、何でも知っていると思っていたのに、一つ一つを重ねていく度に知らない顔が出てきて、そのたびに嬉しくなり、寂しくなったものだ。
 彼が知らない人に見えて。
 その時と比べると、離れていたのに、今が一番近い。
 なぜなのか。
 ロータスがただ愛おしい。
 他には何も要らない。
「戻ってきて、ロータス……!」
 クレマチスの頬を伝った涙が、ロータスの唇に落ちていった。

***

 鏡の世界がずっと続いている。
 中を覗き込めば、建てられたばかりの王宮、花咲く庭、白い石の道路が見えた。
 古い映像なのか、とロータスはぼんやりと思った。
 幸せそうな金髪の少女は、やがて大人になり美しい女性となる。
 彼女は赤いばらを好み、髪飾りを好んでつけていたようだ。
 今も婚約者らしき男性に、髪にばらを挿してもらい満足そうに微笑んでいた。
 幸福な恋人同士。だが影が迫っていた。
 戦争が起きたのだ。
 敵対したのは血縁関係の者。
 問題は、大地は疲弊し、民は生きる糧を失っていたこと。援助は誰も出来ない。
 王家は皆、湯水のように税金を使い、民の暮らしからは考えられないような贅を極めていたことだ。
 誰も助ける気もおきないだろう。
 結局赤いばらの彼女は捕らえられ、婚約者は死刑となり、彼女自身も風前の灯となった。
「魔女を処刑する」
 そんな声が反響し、聞こえてくる。
 剣が、矛が、磔にされた彼女に迫る。
 その時、雷が落ち、彼女は燃えてしまった。
 残る灰、飛ぶカラス。
全てがスローモーションに鏡にうつる。
 ロータスはアカシア王家が滅んだ、その一瞬一瞬を見ていた。
 大地を浄化せよ、と誰かが背中に話しかける。
 振り返るば誰もいない。
 ロータスはここから出ようと歩き続けたが、出口は見つからない。
 鏡は過去を写し、時の流れは無限のように感じられた。
(ここに迷い込んでしまった……)
 そう気づいているが、どうしようもない。
 ただ歩き続ける。
 疲れることもない、まるで死のようだ。
 せめてクレマチスに伝えたかった。
 それが心残りだ。
 さあーっ、と手に風を感じ、横を見る。
「!」
 一際大きな鏡に、銀髪の女性がうつっていた。
 彼女はロータスを見つめ、微笑む。
「……母上」
『ロータス。外の世界はお前を傷つける。ずっとここにいても良いのよ』
 優しい声は頭をぐらつかせた。
 このまま膝を折り、止まってしまえば休めるのだろうか?
『私がお前を守ってあげよう。ずっと、側にいるわ』
 甘く囁く声はロータスの胸を溶かすような温かさに満ちていた。
 このまま、ここで?
 出ることも叶わないのなら、その方が良いのだろうか。
 そんな考えが浮かび、目頭が熱くなった。
 出たい、出たくない。
 もう傷つきたくない。
 クレマチスに会って、彼女が自分を受け入れるかどうかすら分からないのに。
 王国に戻ったところで、すでに居場所はないのに。
 一体何を背負い込んでいたのか。全て思い上がりではないのか?
『もうひとりぼっちじゃないのよ。皆、お前を裏切ったけど、私だけはお前の味方。さあ』
 鏡から手が伸ばされる。
 青白い手、自分と同じサファイアブルーの目。
「母上……」
 ロータスは誘われるように手を伸ばし、指先が触れるその前に、ぴたりと止めた。
「……」
 皆が裏切った?
 いつ?
 ひとりぼっち?
 そんなわけはない。
 王子であった頃よりも、ロータスはひとりぼっちではなくなった。
「違う」
 はっきりとした声に反応するように、鏡にピシッ、と亀裂が走った。
『ロータス?』
「私が私であるならば、それで充分だ。私は私の愛するものを愛する。それだけでひとりぼっちにはならない」
『ロータス、私を置いていくの? 寂しいわ、冷たい子ね』
 サファイアの顔が歪む。鏡の亀裂の隙間から、白い髪が見え隠れした。
「あなたは母上ではない」
 ロータスの声に反応し、亀裂がビシビシと大きくなった。
 ――戻ってきて、ロータス……!
 クレマチスの声が聞こえる。
 鏡の世界に、滴が落ちた。
 その瞬間鏡の亀裂は大きくなり、この世界にも亀裂を生じさせる……その中に、老婆と白髪の女の姿が重なるのを見た。
 ロータスはぐっと手をひかれ、視線を戻す。
 銀髪の女性の幻影が現れ、手をひいたのだ。
 割れる鏡の破片が無重力に散らばる中、彼女はロータスを導くように光の方を指さす。
「……あなたは……」
 さあ、行って。あなたの行きたいところへ。
 聞こえない声がそう語りかける。
 ロータスは温かいもので視界を歪ませながら、行きたい所へ一歩踏み出した。
 太陽より明るく、月より優しい。
 手を伸ばし光を掴む――その時ロータスの目の前に現れたのは、虹だった。

「ロータス!」
 懐かしい声がはっきりと聞こえる。
 虹色の目は涙でいくつも色を変え、光を浮かべていた。
「……こんなところにいるはずない……」
 まだ幻を見ているのだろう、ロータスはそう思い、クレマチスの頬に触れた。
 ひんやり冷たい頬が触れる度温かくなっていく。
 なぜこんなに冷たい体をしている?
 ロータスは心配になり、彼女の腕をとるとゆっくり抱きよせる。
 幻でもなんでも、彼女が苦しむのは嫌だ。
 ロータスは冷えた体を温めてやろうと、ただ抱きしめた。
「お、王子……」
「夢でも、なんでも、あなたに伝えたかった。兄上ではなく、私を選んでくれたら……」
 私の全てであなたを愛する。
 そう言った瞬間、クレマチスの体が熱いくらいになった。
 全てがぼんやりしている。
 体は熱く、指先の感覚もあった。
 彼女の髪の感触は違っていたが、匂いは一緒だ。懐かしい、さわやかで甘い匂い。
 重みも感じる。以前より軽くなった?
 衣擦れの音、自分が寝ている寝台の感触も、体のぐったりとした重さも、全てが新鮮で、しかし馴染んだもの。
「……」
 ロータスはクレマチスの体を離すと、その顔を覗き込んだ。
「王子……?」
 クレマチスの手が胸元に流れる。
 やけに生々しい。
「……クレマチス?」
「……王子……」
 クレマチスはそう返し、ロータスの頬に手を添えた。
 彼女のその手を取り、目を閉じて感触を味わう。掌に口づけし、華奢な人差し指を口に含んだ。
「……っ」
「名前で呼んでくれ」
「え?」
「あなたには名前で呼んで欲しい。王子ではなく、ただのロータスとして、見て欲しい」
 いつかのように、と言えば、クレマチスは目を見開き、指先で唇を撫でると言った。
「……ロータス」
「ああ」
 返事すると、クレマチスは花のように顔を綻ばせ、もう一度言う。
「ロータス」
「ああ。クレマチス……」
 彼女の腰に手を回し、体を引き寄せる。
 夢よりも幻よりも、ずっとずっと甘く、うっとりするほど幸福だ。
「ロータス」
 クレマチスが耳元で名前を囁いた。鼓膜をくすぐるような響きに、ロータスは目を閉じる。
「あなたしかいないわ」
 その囁きは、ロータスの全ての疑いを消し去った。

 服を着てテントから出ると、外にはものものしい兵士達の姿が溢れていた。
 皆がロータスとクレマチスを振り返る。
 帝国軍だ。
 オニキスの姿もあり、ロータスは彼に歩み寄った。
「幻影の世界から戻られましたか。良かった」
「その、色々と世話になったようで……ありがとうございます」
「当然のことをしたまでです。殿下がご無事ならそれで良い」
「優しいねえ、長官」
 ブルーが茶化すように言うと、オニキスは笑みを浮かべたまま彼を振り向く。
「何か言いたいことでも?」
「いや、何も!」
「だが、肝心のあの白髪の女は向こうの世界にいるまま……」
「何を見たのですか?」
「鏡だらけの世界でした。過去ばかりうつる、未来のない世界。そこにアカシア王女だった彼女の姿が……彼女は老婆と重なった」
「やはり王女……。殿下に見せたいものがある、と言いましたが、今は……」
「体は問題ありません。プルメリアも助けねば。すぐに……」
 その時、鳩がやってきて将軍の手にとまる。
「王宮が崩れたと」
「え?」
「何だと?」
 一気にざわめき、ロータスも顔をしかめた。
「姉様達が王宮に」
 クレマチスは眉をひそめた。
「姉様?」
 彼女に姉はいない、とロータスは思ったが、シトリンがすぐに反応する。
「そうだ! シリウスの旦那達が王宮に行ったの!」
「皇子もだ。すぐに助けに向かう!」
 将軍はすぐに出立の指示を出した。すぐさま行動は開始される。
「王子殿下はいかがなさいますか? お体に負担があってはいけません」
「私も一緒に。ここでじっとしていられない」
「わかりました。コー、馬を出すぞ」
「はい!」

***

 王の寝室となれば王宮の最深部である。脱出には時間がかかった。
 サンはジェンティアナを背負い、シリウスとジャスパーは折れた柱から道を作る。
 まだ崩壊には至っていないものの、微振動が続いてさっきから細かな破片が肩を叩いていた。
 毛氈が道案内の頼りだ。
「あっちに大階段がある。降りればすぐ玄関だ。そこなら壁に潰されないで済むんじゃないか……」
 アゲートは通路の右を指さし、シリウスはそこに至るところに落ちてある瓦礫をどかした。
 フェンネルは大きな瓦礫を身軽に飛び越え、先を見て「大丈夫!」と言う。
「外へは行けそうか?」
「うん。玄関はまだ崩れてません」
「よし」
 さすがにどかすには大きすぎる瓦礫だが、フェンネルが行ったように登れば行けそうだ。
 ジャスパーに先に行かせ、ジェンティアナを二人に任せる。
 エジリン、アゲート、ベリル、オウル……一人一人を向こうに渡し、物音にシリウスは振り向いた。
 スカイだ。
 牢に入っていた彼は、この土壇場で脱出したのだ。
「鍵がかかっていただろう」
「活かされたのだ。その代わり、命を受けてな」
 スカイは囚人には似つかわしくない、一振りの剣を持っている。
「俺を殺せと?」
「その通りだ」
 スカイは脂ぎった顔をしている。覇気というより、邪気に満ちていた。
 だが手負い猪ほどやっかいで、恐ろしいものはいない。彼らは無痛の人のように、なりふり構わず襲いかかってくるものだ。
「シリウス?」
 ジャスパーが顔を出したが、シリウスは下がっているよう言って剣を抜く。
 こんな時ほど冷静に。
 プラチナの教えが急に蘇ってきた。
「来い」
 正眼に構え、スカイが来るのを待つ。切っ先が揺れ、互いを誘う。
 スカイの剣、その切っ先は黒く染まっていた。
 あの毒か。
 髪ほどでも触れれば感染します、とルピナスは言っていた。長官がそうだったと。
 焦るものはない。
 シリウスはスカイの剣が揺れたのを見ると、すぐに柄を手の中で回し、雷のように剣を振り下ろした。
 刃がスカイの右腕を落とす。
 くぐもった声とともに、スカイはその場に崩れ落ちた。
「……じゃあな」
「仇を討たないのか」
「プラチナはそんなこと、望んじゃいない」
 シリウスはスカイに背を向け、瓦礫を飛び越えると皆と合流した。
 玄関の向こうは晴れた世界。
 地震の様子はない――だが、王宮が崩れ落ちた。

***

 王都から民が流れるように避難していく。
 ジェット将軍は彼らを誘導しながら、王都を目指していた。
 ロータスは王都への近道を教えながら、避難民を見ている。
 気が焦って仕方ない。
 彼らに行く当てはあるだろうか? それを考えていると、クレマチスが袖をひいた。
「ロータス、ウェストウィンドなら収容出来るはずです」
「ああ、そうか。そうだね」
 ロータスは馬車から馬に乗りかえ、クレマチスもそれに続いて一人騎乗する。
「ウェストウィンドへ彼らを導きます。将軍はそのサポートを」
「承知しました」
「歩き旅なら4日ほどだろうか」
「荷物が多いわ。馬や牛を解放して、荷物を運ばせましょう。それならもう少し短縮出来る」
「皆を説得してまわらねば」
 ロータスとクレマチスは相談し、民が草原まで出たところで停まるよう言った。
 家畜が盗まれないようサインを書き、資材を解いて即席の荷車を作る。
 民衆の中にあった互いへの疑いはなかなか消せないでいたが、行動が開始されると徐々に息が合ってきた。
 オニキス達も協力してくれたおかげで、大きな事件は起きずにウェストウィンドの看板が見えてきた。
 クレマチスをともない、ロータスは現在ここを治めているアジュガの従者を訊ねた。
「王都で暴動が起きたらしい」
 ロータスは鳩からもたらされた報せをそのまま伝えた。
「聞いている。お前は何だ?」
「何でも構わないだろう。王都から避難民が出た。ここに民を収容し、しばらくの間面倒を見る。屯田はあるな?」
「当たり前だ。アジュガ殿下のおっしゃる通りに……」
「テントを出し、彼らが寝泊まり出来るよう整えよ」
「……」
「早くやれ!」
 ロータスが一喝すると、彼は肩を跳ねさせて行動を開始した。
 馬首をめぐらせたクレマチスは、実家に向かったようだ。ロータスが後を追うと、すぐにウィンド夫妻が飛び出してきて二人を抱きしめた。
「お母様……」
「よく無事だったね。殿下も……」
「突然に申し訳ありません」
「何をおっしゃる。民を助けるのは当然のこと、私たちがしっかり指導いたします」
「よろしくお願いします」
「お母様。私……」
「知ったのだね、本当のことを」
「……はい」
 クレマチスを慰めるようにしていた夫人は、ロータスを向くと謝った。
「彼女は私たちの子ではないのです」
「……えっ?」

 民もようやく落ち着き、陽も落ちたころだ。
 ジェット将軍達もそれぞれ待機場所でウェストウィンドを守りはじめ、オニキス達もテントを建て一時休息を得る。
 クレマチスの出生の秘密をロータスはようやく知った。
 夫妻は避難民に配るものがあるから、と使用人を連れ外へ出ている。
 いつか住んでいた屋敷に、いつかのようにクレマチスと二人。
 屋敷は以前より、狭くなったような気がする。
 テントには松明。窓を見ると、夜の気配が迫る中にそれがぽつぽつ灯り、こんな時だというのに穏やかだった。
「皇帝陛下が私と実母を救って下さったのです」
「あなたが“姉様”と言ったのは、つまり、ベリー家の方なのか」
「はい。そしてシリウス殿は姉様の夫君です」
 帝都からアイリス王国へ帰る時に、とクレマチスはぽつぽつと話し始めた。
 シリウスを最初は恨んだが、信頼のおける人物だと最近知ったのだという。
「……彼なら大丈夫だ。あなたの姉君を守ってくれるよ。そういう人だ」
「……ロータス。やっぱり彼を信頼しているのね」
 なんだか妬けちゃう、とクレマチスは付け足した。
「え?」
「また私の知らない間に、知らない部分を増やしたのね。私が見ておきたかったのに」
「な……ええと……。それを言うなら、あなただってすぐに大人になってしまう。私の方こそ、いつも、必死で……」
 途端言葉が不器用になり、ロータスは舌がもつれそうになった。
「……子供のままじゃいられない」
 ようやくそう言うと、目が合った。
 クレマチスの目は相変わらず不思議だ。
 瞳は大きくなり、虹色の中に宇宙が浮かぶよう。
 窓枠に置かれていた手に触れ、逃げようとしたのを捕まえる。
「あなたの手が小さくなった気がする」
 そう言うと、クレマチスは頬を赤くして返した。
「あなたが大きくなったの」
 目が逸らされ、心臓が痛いほど跳ねた。
 こんな気持ちになったことは、今までない。
 口づけもしたことがあるのに、以前のそれはまるで子犬のじゃれ合いのようだと思える。
 はっきりと欲情しているのだ。
 彼女が欲しい。
 だが、それはダメだ。
 アイリス王国のジンクスのためではなく、自分の欲望を彼女に押しつけることが。
 汚すことは出来ない。
 そう思っているのに、クレマチスの顔がこちらを向き、至近距離で目が合う。
 熱があがったのか、潤んだ瞳で。
 息がかかるほど近く、吸い寄せられるように額を擦りつけ、鼻先で触れあう。
 喉が熱い。
 角度を変え、唇を触れさせる。
 しっとりと柔らかい唇を味わうように食んで、舌で歯を舐める。
 開いた隙間から、彼女の舌が触れてきた。
 そのまま、飴を分け合うように舌が触れあう。
「ん……」
 と、漏れた吐息はどちらのものか分からないほど重なり、ロータスはたまらなくなってクレマチスの腰を引き寄せる――ふわっと香るラベンダーに、ロータスは冷静を取り戻した。
 顔を放し、ただ体を抱きしめると、「今じゃない」と言った。
 クレマチスもロータスの背に手を回し、うんうんと頷く。

次の話へ→Tale of Empire ー復活のダイヤモンドー 第31話 王都陥落のその日

 

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