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Tale of Empire ー復活のダイヤモンドー 小説

Tale of Empire ー復活のダイヤモンドー 第26話 彼女の本心

2023-02-18

 ブルーからの報せが届いたのは夜のことだった。
 ロータスが消えたというのである。
 シリウスはすぐに静かの森に向かう準備を整えた。
 サンの指示で追わねばならない者もいる。全員で行動は出来ないため、ジャスパーを置いていくことにした。
 案の定、クレマチスも一緒に行くと言ったものだ。
 この報せに顔色を悪くしたのは彼女だけではない、アゲートも後悔を滲ませていた。
「一体何が起きているんだ……監獄には入れたが、頃合いを見て助けてやろうと思っていたのに……」
 絞り出すような声でそう言うアゲートに、一瞬、クレマチスが目をやる。
 が、彼女は手早く髪をまとめて鞄を持ち、ルビーとベリルと共に酒屋を飛び出していった。
 シリウスはサンから武器を受け取ると彼女たちの後を追う。
 馬に乗り、星を頼りに走り出す。

 ブルーと名乗る男もこちらに向かっているようで、静かの森から移動し王都に近い街道の村で合流することとなっていた。
 ベリルは伝書鳩を使ってそれを知らせに来る。
「フェンネルという竜人族の青年も一緒だそうよ」
「ならすぐに分かるな。プルメリアも一緒だと聞いたが」
「彼女に何かあるの?」
「あの子なら王子の行き先がわかったかもしれない……嘆いても仕方ないが、惜しいことだ」
 シリウスは髪をかく。染めてから日が経つ。多少伸びたため、銀髪がわずかに見え隠れしていた。
「困ったわね……」
「王子が自ら、静かの森を出たとは思えない。王国軍に見つかったか? だったらそう報せるはずだな」
「誰かが手引きしたと?」
「でなければよっぽどの理由があるんだろう」
 シリウスはロータスならどうするか? それを考えながら話した。
街道の村に着き、馬を駐めているとクレマチスと目が合った。
 クレマチスは唇を噛むと、それを解いてそばに来る。
「……誰より王子のことを理解しているみたい」
 クレマチスの言葉に、シリウスは眉をよせた。
「まさか」
「いいえ。王子のことを一人の人として、あるままに見ているのだと、分かった……」
 消え入りそうな声、クレマチスは項垂れるようにする。
 シリウスは一度だけ視線をそらし、つめていた息を吐くとむき直す。
「彼ならどうすると思う?」
「え?」
 クレマチスは顔をあげた。虹色の目に光が差し込み、複雑な変化を見せる。
「あらゆる可能性があるだろ。だが、どうであれ王子が王子であることは変わらない。彼ならどう考え、どう行動する? 君なら分かるんじゃないか?」
「……」
 クレマチスは胸元に手をあて、視線を下に向ける。
 しばらくの沈黙の後、頷いてみせる。
「何があっても彼なら諦めないわ。突破口を見つけるはず」
「なら大丈夫だ。必ず会える」
 クレマチスはシリウスの目を見て、ようやく顔を綻ばせた。
 その時、「旦那ぁー!」と耳慣れた声がして振り返る。
 フェンネルが馬に乗りながら、器用に両手を挙げて振っていた。

「本っ当に申し訳ありません!!」
 背の高い武人の男――ブルーは合流するとすぐに膝を地面につき、額をこすらん勢いで頭を下げてそう言った。
「静かの森で姿を消すなんて、不可能よ。あなたが油断したのも仕方ないのでは?」
 ベリルはそう言ったが、ブルーは顔をあげない。
「今まで王子殿下を見てきたっていうのに、こういう時に限ってこんな体たらくですよ。言い訳なんてききゃあしません」
「それ言ったら俺だって気づかなかったし」
 フェンネルが庇う姿勢を見せる。
 隣にいる青年、イオスはそれにならう形……いや、ブルーよりも申し訳なさそうな顔をしていた。その視線はクレマチスに注がれている。
 当のクレマチスは落ち着いていた。
「王子ならきっとご無事よ。時間が惜しいわ、すぐに探しに行きましょう」
「当てはあるか?」
 シリウスの質問にようやくブルーが顔をあげる。
「さっぱりです」
「どこで消えたと言うんだ?」
「湖のほとりに服が残ってたから、そこで消えたと思うんだよ」
 フェンネルが答えた。
「湖に?」
「うん。プルが指笛をふいて、慌てて行ったら服だけだった。緊急事態だってすぐ分かったけど、でもどこに行ったか分からなかった」
「湖は他の土地に繋がっているのか?」
 シリウスがベリルを見ると、彼女は首を横にふる。ルビーも肩をすくめてみせた。
「森の周辺は探したし、今もベリー家の人達が探してくれてる」
 馬の駆ける蹄の音に気づき、振り返るとやはり見慣れた姿だ。
 シトリン。
「シリウスの旦那! 良かったぁ、やっぱり無事だったんだね!」
「シトリン……体はもう良いのか?」
「すっかり回復したから! ねえ、それより王子様が大変なの」
「ああ。そのために来たんだ」
「そりゃそうか。あっ、ベリル様! ルビー姉さんも久しぶり!」
 シトリンは落ち込んだ様子を見せたかと思うと、見知った顔に表情を明るくする。
 相変わらずくるくるまわる表情だ。
「こっちの人は誰?」
 シトリンの目がクレマチスを見ていた。
 シリウスはフェンネルと顔を見合わせる。
「……あのペンダントの主だ」
 シトリンの顔が一気に険しくなる。
 クレマチスは何事か、と彼女を見た。
「へえ! 王子の婚約者!」
 一方のフェンネルは顔を輝かせた。

***

 街道の村を出てしばらく進んだころ、鷹が直滑降してブルーの腕にとまる。
「おう。コーからの報せだ」
 ブルーは文を広げ、また額を押さえた。
「今度は長官も行方不明かよ」
「どうしますか?」
 イオスが返事し、ブルーはしばらく考えるとシリウス達を向いた。
「……近いのはコーのところだ。長官を探す方が効率は良い」
「王子のことは?」
「当てもなく探し回れない。長官なら俺たちの情報を全部持ってるはず。合流出来たら、もしかしたら何か知ってるかもしれない……」
 ブルーはクレマチスを一瞥した。
 クレマチスもそれに気づき、口を閉ざすとすぐに顔をふってブルーを見る。
 不思議と迷いはない。
「ではそのように」
「ちょっとぉ! 王子様が大変なんだよ!?」
「王子ならきっとご無事よ」
 彼女のはっきりとした言い様に、シトリンはむっとした顔をしたものの言い返さない。
 その夜、野営の準備をしているとクレマチスのもとにイオスが片膝着いて臣下の礼をした。
「あなたは?」
「アジュガ王子の軍にいたものです。今はそこから抜け、ロータス殿下のおそばにおりました」
「……一体どうして?」
「アジュガ王子は長らく病に蝕まれており、以前とは別人のようになってしまわれて……私はロータス殿下にそのことをご相談に行ったのです。そこで殿下のお志に触れ、お仕えしたいと……。クレマチス様には謝らなければならないことがあります」
 イオスはあの日、ロータスが竜人族に囚われたという報せをアジュガが持ち込んだ時のことから話し出した。
 イオスはクレマチスを遠巻きに見張るよう指示を受け、保護しないままその通りにした。
 襲われそうになったことも知っている。彼女が逃げられなければ助けるつもりでいたが、だがその報告をしてもアジュガは意思を変えなかった。
 彼はとっくに病人なのだ。
 戦に囚われ、そこから抜け出せずにいる。
 正気じゃない。
 ロータスはその話を聞き、今まで見たことがないほどに怒りを露わしていた、とイオスは話す。
 ロータスの近況を知り、クレマチスは胸のつかえが取れたような気がした。
 だがしくしく痛むものはまだ残っている。
 これは何なのだろうか。
 ふと視線に気づき、目をやればシトリンがこちらを見ていた。
 彼女はロータスに好意があるようだ。
 その視線が語っている。
 ――ロータスを裏切ったくせに。
 いや、これは自分に対する思いなのだ。シトリンがどう考えているかなど、クレマチスには知るよしもない。
「アジュガ王子のことを、お許し下さい。今でなくても構いません。でも、いつか、許せる時がきたらお許し下さい」
 イオスはそう言って立ち去った。
 横になり、顔を隠すようにして目を閉じる。
 前にもこうして、眠れない夜を過ごしたものだ。こんな時ほど夜は澄んで、星がよく見える。
 カサッ、と葉を踏む音がして顔をあげる。
 シリウスだ。火のそばにいた。
 彼はあまり眠らない。
 クレマチスは起き上がり、彼のそばに行った。
 シリウスは青い目を向け、何とにはなしに頷いた。
 シリウスの手で甘い香りのお茶が注がれる。
 クレマチスは知らない香草だ。飲むと胸にじーんと染みるようである。
「眠れないのか」
「……時々」
「悩みがある顔をしている。……当然か」
 シリウスの声はひどく落ち着いていた。クレマチスはなぜか慰められる気がして、カップを持つ手を膝におくと、視線を落としたまま口を開いた。
「皆が私に気を遣っている」
「そりゃそうだろう」
「……アジュガ王子を許して欲しいと頼まれたわ」
「……それで?」
 シリウスの目がようやくクレマチスを向いた。
「……アジュガ王子を許して、それで何が変わる? ロータスを守ってくれなかったアゲート王子にまた怒りが向くだけ。何の意味もない。ずっと混乱してたの。何を許すの? 何がそんなに、許されないことなの? わからなくなってた」
 クレマチスは息が詰まるのを感じ、横を向いて空気を吸い込むと、続けた。
「何をやっても、どう考えても、ずっと痛みが取れない。私に皆、良くしてくれる。謝ってくる。そうされるたび、惨めな気分になるの」
「……だが、君は悪くないだろう」
「そう思う? 私はそう思わない。私は私のことが一番許せないから」
 そこまで言って、クレマチスははっと息をのんだ。
「……」
「……」
 頬にぽろりと流れていく感触。クレマチスはそれを拭い、目を閉じた。
 こんなことを突然聞かされて、シリウスも迷惑だろう。クレマチスは立ち去ることを考えたが、その瞬間にシリウスが声をかける。
「君はどうしたいんだ」
「……え?」
「彼と会って、どうしたいんだ? 今までは逃げていたんだろう? だが今は彼を助けるために行動している。そしてどうしたいんだ?」
「助けるのは当たり前だもの。何も考えてない。でも、どうしたいかなんて……」
「本心は行動に現れるというだろう。君がロータス王子を大切に想ってるのは明かだ。それで充分なんじゃないのか?」
「そんなこと……」
「ないか? なぜ?」
 シリウスの問いかけに、クレマチスは言葉をなくしてしまった。
 何が正解なのだろう?
 なぜシリウスとこんな話をしているのだろう? だがこれ以上なく、相応しい相手と話している。そんな感覚があった。
 彼がロータスを深く理解している人物だからか。
「……私は王子を裏切ったの」
「そうか? そうは思わない。少なくとも俺は。生きなければ会うことすら出来ないんだ。裏切らないように、と自決すれば、彼を待つどころかもっと悲しませたかもしれない。そしてそれはただの自己満足だ。もっと単純でいいんじゃないのか? 君は少し、考えすぎてる気がするぞ」
「……」
 いつか、ジャスパーにも似たようなことを言われた、とクレマチスは思い出した。
「俺たち竜人族はもっと、単純な社会構造だからな。そっちとは事情が違うのは理解してるつもりだ」
「ベリル姉様とは……」
「肩書きだけ。それを守るつもりだ」
「なぜですか?」
「なぜ? そういう気になれない。それだけだ。彼女のことは信頼してる。感謝もしている。それ以上は求めない。竜人族は好みにうるさいんだよな。それ以外には興味がわかないんだ。話がそれた。つまり、俺と君は多分、立場が似ている。危機を乗り越えるために必要なことをしたんだ。それは言い訳に聞こえるだろうが、それでも真実はちゃんと見守られている。君らの信じる「神」とやらに」
 シリウスの言い様に、クレマチスはなんとなく気分が落ち着いて、涙も収まった。
 真実?
 アジュガの求婚を受け入れた理由は?
 生きるためだ。
 彼はロータスも守ると言って、それを信じて。
 本当は自分を信じるべきだったのに、彼の言葉に騙された。
「……私も愚かだったの」
「皆そうだろう。それで、アジュガ王子を好いてるのか?」
「まさか!」
「なら問題ない。ロータスを想ってるなら、それを大切にすればいいんじゃないのか」
「でも、彼がどう想うか……」
「それは彼にしか分からない。だが少なくとも、君の心は君自身で守れる」
 途端、肩の力が抜ける。
 クレマチスは急に胸にあったもやが取れるような心地に呼吸が楽になった。
「……ありがとう」
「いいや。礼を言われるようなことは何も」
「…………」
 言うべきか迷ったが、クレマチスは自分の心に従うことにした。
「シリウス殿、彼が出会ったのがあなたで良かった」
「……それは俺たちにとってもだ。彼で良かったと思っている。彼らを見てれば分かるだろう」
 シリウスはフェンネル、そしてシトリンを示す。クレマチスは二人を見ると、目元を緩ませた。
 ロータスに年の近い友人は王国にいない。
 彼は常に王子なのだ。それも末の。
 ロータスという青年を、ただそのままに見てくれる者がいただろうか。
「……きっと良い友人なのね」
「ああ。……今の話も聞いてるはずだな」
「えっ?」

***

 わかりやすくフェンネルはクレマチスを気に入っているようだった。
 ロータスの婚約者だった、というのが大きいらしいが、単純な彼のことである。野生動物が危害を加えない人を選んでエサをねだるような感じにシリウスには思えた。
 シトリンは彼女と相変わらず距離を置いている。
 ブルーは行き先を決め、不要な荷物を宿に預けると馬を借りてきたという。
 サファイヤ湖へ向かう。
 そこで特殊捜査機関長官が行方不明になったというのだ。
 王都からそれほど離れていない距離のため、馬を走らせれば2日で着く。
 シャムロックが上空高く飛び上がり、行方を報せた。

 1日走れば、小太りの男がこちらに気づいて手を振って合図した。
馬車を運転してきたようだ。
「コー!」
 ブルーが声をかける。
「長官は?」
「まだ見つかりません! 全くもう、急にどこか行ったかと思うと、これですよ。寿命が縮みましたよ」
「お前がその調子なら大丈夫そうだな」
 コーという男は眉をよせそう言った。不思議と悲壮感はない。
「それで、サファイヤ湖のどこで消えたって言うんだ」
「あそこです」
 コーが指さすのは湖の更に奥。
 ここからでは何も見えない。
 そのままコーに導かれ、たどり着いたのは木々の急に開けた、空との距離も近い広大な湖。
 湖面は穏やかで、風も緩く入り込む程度。
 深い青はどこまでも深く、確かにサファイヤのようである。
 そしてロータスの目の色のようでもあった。
「……広すぎる」
 ブルーが呟いた。
「そうでしょう。周辺の森も林も探したんですけど、見つからなくて。若旦那さまのことだから何とかやってるんでしょうけど……」
「まあ、そりゃ……」
 話し合う二人を尻目に、シリウスは目を凝らした。
 何か見つからないか?
 目を細め、集中する。シトリンも鼻をふんふん動かしていた。
 上空でシャムロックが旋回している。
「ダメだあ、水で人の匂いが消えてるよ」
 シトリンがお手上げだ、と言葉通りに手を挙げる。
 旋回するシャムロックの影。
 影、その中にちらちらするものが見える。
 ちらちらと、光?
 光が浮いているのだ。
 鏡で太陽を反射させた時のような。
「あれは何だ」
 ブルーが振り返る。
「あれ?」
「あれだ。木の枝に近い……いや、紐か何かで吊しているな。人工的なものに見える」
「人工的? なら何か建物とかあるのでしょうか」
「行ってくる」
 シリウスは一人そこに向かう。
 林道には「王室御用達、進入禁止」と書かれていたがお構いなしだ。
 林道は舗装されているが、肝心のものはそこから外れた獣道の向こうにありそうだ。
 見失わないよう目を凝らし、近づく。
 割った鏡の破片のようだ。
 透明の糸で木の枝に下げている。
 木に登り、樹上にたどり着くと視界は開ける。
 目に入ったのは王城だ。
 森の向こう、丘の向こうに崖近くに立てられた王城が見える。
 鏡はそれを写しながら、風に揺れて湖の方へその鏡面を当てているような。
 コーが言ったような建物はないが、ただ人が来た痕跡はあった。
 シリウスは鏡を回収すると、かまどに落ちていたスプーンを持ち皆のもとに戻る。
「収穫は?」
「これだ。だが人の気配はない」
 鏡とスプーン。コーが確認したが、長官の使用していたものではないらしい。
「もっと古いものですね」
「王家の物か?」
「でしょう。印判がある……これは、百年以上前のものですね。すごい。それと、鏡……」
 コーが鏡を持ち上げた瞬間、太陽光をまっすぐに反射させてしまい、まぶしさにそれを落としてしまった。
「あっ」、と誰もが声をあげる……次の瞬間、湖面に爆発したかのような轟音とともに水しぶきがあがった。
「何だ?!」
 ブルーが勢いよく振り返り、そこにいた者達に目を見開く。
 黒髪の男と、それに抱えられたロータスの姿がそこにあったからだ。

次の話へ→Tale of Empire ー復活のダイヤモンドー 第27話 結婚式

 

 

  • この記事を書いた人

深月カメリア

ライター:深月カメリア 女性特有の病気をきっかけに、性を大切にすることに目覚めたXジェンダー。以来、性に関して大切な精神的、肉体的なアプローチを食事、運動、メンタルケアを通じて発信しています。 Writer:Camellia Mizuki I am an X-gender woman who was awakened to the importance of sexuality by a woman's specific illness. Since then, I've been sharing an essential mind-body approach to sexuality through diet, exercise, and mental health care.”

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