Tale of Empire ー復活のダイヤモンドー 小説

Tale of Empire ー復活のダイヤモンドー 第25話 昔話

「王国一の美女と謳われながら、一人の男の心すら掴めないのかい」
 冷たい石床に、女の声が響き渡った。あの白髪の女の声だ。
「うるさいわね、あなたをここまでひきあげてあげたのに、そんなことを言うの? もう王宮へ入れてあげないわよ」
「エラそうな口を利くもんだ。あたしはもう国王の信頼を得たんだよ。あんたが何か言ったところでそれは揺るがない」
「裏切り者の貴族を教えたって? でっちあげでしょ」
「ほとんどはそうかもね」
 吐き捨てるようにそう言う女と、もう一人の甘い声。
 ロータスには聞き覚えがあった。
 石牢の中で声は聞けても、姿はなかなか見えない。見えるのは食事を入れるための小窓のみだ。この扉をどうして開けられるだろうか。
 それに、別室に囚われているプルメリアも心配だ。
「いいかい、お嬢ちゃん。王国をひっくり返す準備は整いつつある。あんたはとっととスティールとやらを飼い慣らしな」
「あんな野蛮な男」
「夫に選んだのはあんただろう?」
「そうね。一番強いみたいだったから。でも、こうならシリウスにすれば良かったわ」
「ほほほ。見向きもしないだろうよ、あの男は」
「何がわかるというの?」
 からかうような笑い声に、姉・ピオニーは食ってかかるように言った。
「わかるとも。あの男が選ぶのはあんたみたいな毒婦じゃない。体は売っても魂は売らないような女さ」
「……ふん」
 ピオニーは鼻を鳴らすと、ドレスの裾を引きずるようにして場をあとにする。
 ロータスは腑に落ちたような感覚に息を吐き出す。
 ピオニーがクーデターを企んでいたのだ。
 そしてあの白髪の女を引き入れた。
 だが、それでも紛争の直接の張本人ではなさそうだ。
 では、あの女か?
 一体なぜ?
「さあ、出てきな、お嬢ちゃん」
 石室が開かれる音にロータスは小窓にかじりつく。
 見えない。だが声は聞こえる。
「プルメリア!」
「王子様……?」
「黙ってな!」
 ぐいっ、と唇同士がくっつき、「チッ、厄介だね」という声と共にそれが解放される。
「王子様、あんたは黙ってな。そこでわめこうがどうせ何も出来ないんだ」
「プルメリアに何をするつもりだ」
「役だってもらうのさ。この子の能力には興味がある。逆らえば命はないよ!」
「くそっ……」
「王子様、金色の糸を見つけて!」
「黙ってな、このガキ!」
 きゃあ! と甲高い悲鳴が聞こえた後、女とともに気配が遠のく。
「プルメリア! 必ず助ける! 生き残ることだけ考えるんだ!」
 自分の声が虚しく響いた。
 ここはどこなのか。
 あの時、父の側にいた女にプルメリアとともにさらわれて以来この石牢にいる。
 おそらく1日経ったはずだ。
 足下には砕かれた判子がある。白髪の女はこれを見つけ次第、壊してしまったのだ。
 ロータスはパズルでもするように復元を試みたが、上手くハマらなかった。元の模様は細かすぎてわからないのだ。
「……」
 プルメリアは「金色の糸を見つけて」と言ったが、身動きのとれないロータスにはどうしようもない……そう頭を抱えた時だった。
「ロータス王子殿下……ですね?」
 やけに品のある男の声に、ロータスは弾かれたように顔をあげた。
 小窓越しにぬばたま色の目が見える。
「……あなたは?」
「大変失礼を。私は帝国特殊捜査機関長官、オニキス・ヒソップと申します」
「特殊捜査機関の? ヒソップ家の……ここで何をしておられる?」
「あの魔女を追い、ようやく居城を発見したのです。潜り込んでみたところ、殿下がいらっしゃって」
 お助けに、とオニキスは全く危機を感じさせない、冷静かつ優雅な話し方をする。
 ロータスは毒気を抜かれた気分になり、はっと気づいて慌てて判子をかき集めた。
 かけらも落ちていないのを確認し、オニキスの指示通りに石牢の扉にある仕掛けを解いていく。
「表と裏で、一緒に動かす必要があるなんて……」
「困った造りですな。本来は監獄ではなく、仕置き部屋といったところですか」
「よく発見されたことです」
「なんということはありません。以前発見した邸にあったものを、副長官が解析したのでわかったのです。太陽を東に」
「はい」
 ロータスは足下に辛うじて見える、太陽のレリーフを、月と星と交換するように東に位置する。がちゃり、と音がした。
 扉を押せば手応えがあり、グググッ、と鈍い音をたてて扉が開く。
 目の前にいたのはいかにも貴族というような、アゲートと同じ年頃の上品な男性。しかしどことなく油断ならない、あやしげな気配のある美男子であった。
 黒い髪と目が特に印象的である。
「……助かりました」
「いいえ。当然のことをしたまでです」
 オニキスは身につけていたジャケットと、短剣をロータスに手渡した。
 湖で上衣を脱いでいたため、ロータスは丸腰同然なのだ。短剣もありがたい。
「しかし、魔女、とおっしゃいましたか」
「ええ、あの白髪の女のことです。コネクションに名を連ね、スピネルの死後アイリスに逃げ込んだようでした」
「では一年……は経っていない」
「どういうことです?」
「私は紛争が起きた原因を知りたいのです。あの女がそうかと思っていたのですが、スピネルなる悪竜が死んだ後なら違うのかと……」
「それはどうでしょう。コネクションの者達は群がりはしても完全に仲間とは言えないようです。互いを利用しあっていると言った感じですね。あの魔女がアイリスに関係する者なのは間違いないですし、何らか画策しているのも確かですよ」
「……」
「紛争自体は確かに違うかもしれませんな。この国ではいつ誰が、戦って果実を得ようとするか分かりませんから」
「そうならば、紛争の原因を追うことすら意味がないのでしょうか」
「意味はあるでしょう、価値も。だがその目的を見失ってはいけないのでは?」
 オニキスの問いかけのような返事に、ロータスは竜人族の長老が言ったことを思い出した。
 和平のため。
 導くことはしても、支配することはゆるされないのだ。では何のためか。
「……私は竜人族も、王国も、関係なく、守りたい者を守りたいのです」
「そのために紛争の真実が必要なら、やはり価値がある。ご自分を信じることです」
 オニキスが先導しようと先を歩き、ロータスは「プルメリアと、金色の糸を見つける必要が」と告げた。
「金色の糸?」
「はい」
「では探しましょう」
 オニキスは理由も聞かずあっさりと承諾した。
 歩いていると、ここがかなり古く、広い建物だとロータスは気づく。
 廊下に敷かれているのは、ぼろぼろだが、よく織り込まれた絨毯。赤い染料がところどころ残っている。
 おそらく、元は美しいものだったに違いない。それが廊下に使われているとは。
 それに壁には黄金で装飾された燭台。
 だが金はほとんどはげ落ち、永い年月を感じさせた。
 絵画をさげていたらしい跡が残っている。
「ここは……」
 歩き慣れた感覚にロータスは戸惑った。この先を右へ曲がれば、食堂があるのだ。
 そう、ここも同じように。
「……まるで王宮だ……」
 後ろを見れば広間がある。その向こうには庭園に通じる通路がある。
「なぜ……」
「かつての王族が暮らしていた宮殿だったのでしょう」
 オニキスは知ったように答える。ロータスは彼を振り返った。
「かつての?」
「レイン王家が成る前です」
「それは……アカシア王家……」

 およそ百年前になるが、当時アイリスを治めていたのはアカシア王家だった。
 彼らは皇室から派遣された由緒正しき一族だったが、皇子皇女はそれぞれアイリスの貴族や豪商と結びつき、年月が流れる中でバラバラになっていった。
 バラバラになっても権力に固執し、ついには血族間争いが起きたのである。
 力を持たない者達はアイリスの辺境に落ち、収穫も望めず少ない禄しか与えられない。
 命がけの生活、命がけの一揆は繰り返され、落ちては落とし、また落とされの連続で国土は徐々に衰退の一途を辿るのみ。
 当時のアッシュ帝国はここに一人の皇子を遣わし、平穏をもたらせばそのまま王として封じる、と告げた。
 皇子はアカシア王家の末王女と結びつき、アイリス王国を平定。
 末王女を正妻とし、産まれた子を次期アイリス王としてすえると自身は隠居したという。
 ロータスの先祖である。

「その王家の王宮なら、ここは王都なのでしょうか」
 王都は移動していない。
 アカシア王家の建てた宮殿こそ壊されたが、レイン王家はまた同じ場所に宮殿を立て直したのだ。
「いいえ。それに似せて造ったのでしょう」
「これほどの規模の? あまりに大きい。それに、年月を経たものばかりに見えます」
「かき集めたのでしょうな。それこそ、コネクションには曰く付きのものがたくさん集まる」
 オニキスの説明に、ロータスははっとした。
「そうか……あの白髪の女はここの主のようでしたが、つまり……」
「アカシア王家の関係者でしょう。そうだ、王子殿下ならご存じかもしれない。彼女の古い肖像画があるのです。ご確認をお願いしたい」
「もちろん」
「それから、ここが王宮と同じ造りなら一番の宝物は同じ所に安置するかもしれません。どこか思い当たる場所は?」
 オニキスの質問にロータスは顔をあげた。
 王座、王座の間、執務室、監獄。
 いや、一番大切なものを隠すのなら。
「……王座の間の天井かと」
 王座の間の天井となれば、大聖堂と同じように吹き抜きで造られている。王宮は地上4階だ。人の手ではとても届かない。
 そのため、レイン王家の宝物も王宮を建てる際に同時に隠してあるのだ。
 誰の手にも触れられないように。
 王座の間の空気はここも冷たい。
 毛氈がない分、更にだ。だが西日がよく入り、太陽の色に染まって美しい。
 照らされる王座はすっかり廃れているのが虚しいくらいだ。
 肝心の天井は梁も覆われており、隠す場所などないように見える。
「天井裏だろうか……」
「入り込むには?」
「……確か、隠し階段があったはずです」
 ロータスは王座の下を覗き込んだ。
 肘掛け、背面、と見てみるがそれらしいものは見つからない。
 どこかを押せば、からくりで階段が出てくる。
 子供のころ、アジュガと共に王座の間を遊んでいる時に見つけたのだ。
 必死にその時のことを思い出す。
 彼は右に、ロータスは左にぐるぐる王座の間を走り回って……彼は自分の世話を焼いてくれた兄だった。
 それは確かだ。
 だが裏切った。
 それも確かだ。
 一体なぜだ?
 やるせない思いにのど元を締め付けられる感じがした。頭をふって切り替え、王座の足二手が触れた瞬間、ガタン、と鈍い音がして顔をあげる。
 オニキスが王座の間の最奥、その左側を見ているのが見えた。
 そこに狭く細く、傾斜のひどいほとんど壁のような階段が現れていた。
「……お見事です」
 階段は木製で、かなり古いもののようだ。腐っている箇所もあり、手で押せばキシキシと嫌な音を立てている。
「4階……持つだろうか」
 ロータスが思わずそう言って見上げると、オニキスが隣で武器やら装備品を脱ぎ始めた。
「殿下はここでお待ち下さい。私が行って参りましょう」
「え、いや、しかし……おそらく、私の方が軽いのではないでしょうか。それに、私は王家を追われた身だ。帝国の使者殿に守られる理由はない」
「殿下」
 オニキスはそれでも止めようとしたが、ロータスは構わず階段を這うように登り始めた。
 足を踏み出す度、ギシギシと音は大きくなる。
 それでも登り続けていると、足下に安定感がなくなり、わずかな風でぐらつくようになってきた。
 下を見ればオニキスの姿が目に入るものの、表情まではもう分からない。
 上を見れば、あと数段。
 行ける、とロータスは意を決して手と足を上に持ち上げ――キッ、と小さな音がしたと同時に階段が崩れ、片足が宙に放り出される。
 まずい、と思った時、ブン、と空気を切り裂く音がして、次には目の前に頑丈なロープが垂れ下がっていた。
 下を見ればオニキスが弓を持っている。
 上にはロープのくくりつけられた矢が、階段の根元近くに突き刺さっていた。
 ロータスはロープを握りしめ、体勢を整えるとそれを頼りに階段を登りきった。
 四つん這いになり小さな出入り口をくぐる。
 梁を格子状に巡らせた、天井裏にたどり着いた。
 中は意外にも空気は良い。
 小窓が開きっぱなしにされているためだ。西日が強く入り込んで、明るいくらいである。
 中には肖像画が数点、置かれている。
 王家の者達の絵だ。描かれた目に見つめられているような感覚。
 ロータスはここに「金色の糸」があるのではと考えているが、それらしいものは見つからない。
 宝箱のようなものもなく、あるのは肖像画だけだった。
「……ここではないのか?」
 だがプルメリアが言うのなら、よほど大事なものに違いない。
 竜人族のように、彼女のように、あるいはシリウスのように。
 せめて五感のいずれかが優れていれば、何か気づけるのだろうか。
 何かあるはずだ。何か、違和感のようなものが。
 ロータスは必死に目をこらし、肖像画を一枚一枚見ていく。
 白髭の男のもの、若くたくましい男のもの、豪奢なドレスを身に纏った女性のもの……10枚ほどのいずれも間違いなく王家の血筋の者だけ。縁者のものはなかった。
「……血か」
 ロータスが見つけたのは、金髪の女性の絵。
 挑発的な目つき、赤い唇。金髪は輝かんばかりで、赤い薔薇を髪に差していた。
 彼女が白髪なら、あの女そっくりだ。
 そんなことを考えていると、違和感に気づき肖像画に手を伸ばした。
 輝かんばかりの金髪。
 その中に、絵ではない本物のきらめきがある気がする。
 ガラス越しでは分からない。ロータスは裏返し、額縁を外す。そっと取り外せば、ふわりと金の糸が浮かんだ。
「これだ!」
 触れれば溶けてしまいそうなほど、弱々しい糸。風にさらわれる前にそっと指に絡める。
 西日にきらめく。間違いない。
 どこに持てば良いか、ロータスはなくさない場所を探し、衣服のいずれも危ういと考え口に含んだ。
 肖像画も丸めてベルトに挟んで天井裏を出る。
 ロープを掴んで、壁面を蹴るようにして降りるとオニキスに頷いて見せた。
「見つけました。あとはプルメリアを救出に……」
 その時、階段が嫌な音を立てる。矢が突き刺さり、ロータスの体重がかかったために限界を迎えたのだ。
「まずい。一時離脱しましょう」
「だが、プルメリアは……」
「まず我らが無事でいなければ、その者を助けることは出来ません」
 オニキスに促され、階段の崩壊音に白髪の女が気づく前に宮殿を出る。
 王座の間を抜け、裏口へ。
「誰だい? あたしの宮殿を荒らしたのは!」
 白髪の女の金切り声が聞こえてきた。
 また妙な術を使われ、とらわれの身となるのはまずい。
 王座の間から抜け出る直前、ロータスははっと思いだし、オニキスの袖を引っ張った。
「こっちだ! 隠し部屋があるはず!」
 ロータスは王座を押す。床には取っ手があり、それを引き揚げると今度は地下に伸びるはしごが現れた。
 ロータスはほとんど飛び込むように中に入り、オニキスもそれに続く。天井となった床を閉じ、ひたすらはしごを降りる。
 灯りになるものは一つもない。
 ないはずだが、見えている。
 これはどういうことなのだろうか?
「下についたらご説明いたしましょう」
 オニキスがそう言った。

 埃の立つ底は、おそらく地下だ。
 だだっぴろい広間になっているが、宮殿では貯蔵庫をかねているため普段は入らない。
 そしてここも、やはり明かり取りがないにも関わらず、かろうじて見えている。
 オニキスの冷静な表情も。
「……ここは幻影の世界のようです」
「げん……えい?」
「ええ。どうやら本物の宮殿を鏡のように写し、存在させている」
「そんな夢のような話が? 神話か何かのようですが……」
「バーチ王国でも似たようなことが起きました。だが何の脈絡もなく起こることではないようです。スピネルは別の生き物に寄生し、王と契約を結ぶことで力を得ていたようですからね。あの女はこのアイリス王国に何か関わって、何らかの力を得ているのでしょう」
「王……父上はあの女を側に置いていました」
「権力者に近づくのが手っ取り早いですから。ターゲットにされるのは仕方ないですね」
「……では父上は操られているだけ、なのでしょうか」
「それは分からない。私の素性はバレていますからね。王都には入れませんでしたから確認は出来ませんでした」
「ヒソップ家の令嗣でいらっしゃるのに、なぜですか?」
「私は爵位を持ちませんしね。殿上人とは違うのですよ。それに、あの白髪の女は私のことを知っているようだし」
 オニキスは広間を歩き出す。上から誰かやってくる気配はなく、今は安全のようだ。
「……アカシア王家の宮殿にあったものは本物のようです。だが宮殿は破壊された。そこで彼女は宮殿を写したのでしょう」
「写した……鏡か何かに、ですか?」
「ええ。鏡のように写すもの。この規模の建物を写せるだけの大きさとなれば……」
「……サファイヤ湖……?」
 ロータスがそう言った瞬間、視界がぐらりと揺れた。
「……オニキス殿はどうやってここへ入ったのですか?」
「なんということはありません。あの白髪の女はコネクションの関係者だろうと追っていたら、湖にたどり着いたので。入ってみたらここに着いただけです」
「そんな危険なことを? 長官自ら?」
「我ながら軽率でした。まあ、言っても仕方ない。とにかく出ましょう」
「いえ、プルメリアを助けなければ」
「今あの白髪の女に対抗する術はありません。それに、そのプルメリアなる者に利用する価値があるから連れて行ったのでしょう、ならば無事です。我らが無事でいなければ、その者を助けることも出来ないのですよ」
 オニキスの口調は鋭いものとなった。
 ロータスは言われた意味を理解したものの、返事は出来ない。頷くので精一杯だ。
「……ここから出る道もあるはずですな」
「ええ」
 ロータスははしごの位置を頼りに、方角を特定する。確か、宮殿の玄関である南の方へ行けば階段があるはずだ。
「こっちです」

 貯蔵庫になっているのだから、物が多いのは当たり前だ。
 ロータスは身に纏うものはないかと探りながら歩いたが、どれも中身はなかった。
(サファイヤ湖なのか……ここが)
 一度来たことがある。
 青々とした大きな湖は、いつも凪いで穏やかだ。底まで見えそうなほど水は澄み切っているのに、結局底まで見えたこともない。
 不思議な湖でもあった。
 そういえば、アゲートは彼女が貴族の末裔で、王国のことを良く知っていると言っていた。
 ここに湖があるといえばあった、と。
「……私達が把握していない所に湖がある……」
「どうなさいました?」
「それはどこだろう。アゲート兄上ならご存じかもしれない」
 ロータスは独りごち、気づけば鏡の前だった。
 はっとするほど青い目。
 大きく見開かれたそれは自分のものだというのに、今は他人のもののように見える。
 鏡の向こう。濃い瞳がロータス自身を写す。
「殿下? あまり見てはいけません」
 囚われてしまう、とオニキスが言った気がした。すうっと意識が吸い込まれるように遠のいていく。
 サファイヤのように青い、青い世界。
 青い奔流に飲み込まれていく。
 飛沫が巻き起こり、そこに幻影がうつっていた。
 竜人族の特徴持つ銀髪の女性が、あのダイヤモンド山から旅立っていく。
 手には小さな箱。それを授けたのはあの長老。
 あの長老は今よりも若く、彼女を送り出すもその眉を曇らせている。
 二人は親子なのだ。
 銀髪の女性が到着したのは王宮だ。
 そこにいたのは目に出来たこぶに侵されるジェンティアナの姿。
 こぶは生き物のように、目を持ち手を持ち、ジェンティアナを熱で蝕んでいた。
 銀髪の女性は箱から取り出したものを砕き、それをこぶにふりかけると何かまじないのようなものをつぶやいた。
 これが三日三晩行われた。
 こぶは消え去り、ジェンティアナはつきものが取れたような安らかな顔をしていた。
 やがて銀髪の女性はその腹を大きくしていた。
 隣にいるのはジェンティアナである。
 二人の間に子が出来たのだ。
 竜人族と、レイン王家。両者のよしみのきっかけである。
 サファイア。
 長老はその名前を言っていなかったか? 彼女がそうなのだ。
 その目は青く、サファイヤ湖のよう。
 産まれた子は王子だ。
 サファイアと同じ、銀髪、青い目。
 青い目の王子。
 ロータスははっきりと理解した。
「……あれは……私……」

 

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