王都へ運ばれる鉱石の量が減りつつある。
そうシリウスに知らせてきたのは、スティールの元から抜け出した彼らだった。
「ロータス王子がスティールの暗躍を皆に告げたんだ。長老達はスティールを見限ることに決めた」
「見限ると? ダイヤモンドの槍はどうするんだ」
「槍には先祖や俺たちの思念が宿っている。そのせいで惑わされているだけだ、とプルメリアが」
プルメリア。
シリウスは彼女を思いだし、槍に対する自分の態度を思い起こした。
先代とプラチナはあれを武器としてではなく、道を切り拓き、皆を導くために使った。
そして誰もが憧れた。
その憧れが自分たちの目を曇らせたということだろうか?
「そうか……」
「あの時、ダイヤモンドは血で汚れた。それで俺たちも目が覚めたよ」
「分かった。だが先代達が守ってきた宝でもある。その気持ちだけは捨てるな。それで、ロータス王子はそれからどうしたんだ?」
「長老から判子を受け取り、下山した」
「判子か。なるほど、それならスティールは王都で動けなくなるな……妙手だ」
シリウスは思わずにやりと笑った。
「ならお嬢さんに言っておかないとな」
ジャスパーはそう言って席を立つ。解散とすると、シリウスはサンを探した。
彼はジャスミン、ナギと話し合っていた。シリウスに気づくと顔をあげる。
「スティールとピオニー王女殿下は不仲のようですね」
「不仲? なぜそうだと?」
「新居を見張っていたら、案の定二人でいるところを見たのです。話の内容までは分からなかったものの、スティールは王女の首を締めたようだと」
「……あいつならやりかねない」
「そこで気になったのですが、王女はいつ、どうやって、彼と接触したのでしょう。それを調べるつもりです」
「俺も加わりたい。何か手伝えることは?」
「王女は騎士・スカイと懇意のようですね。彼を追います。あなた方は身体能力に長けている。彼の行動をつぶさに見て欲しい」
「わかった」
シリウスはしっかりと頷いた。
サンの指示で、シリウスはジャスパーを伴いスカイを追った。
彼は王宮につとめているため、普段は当然王宮にいる。
兵舎とは別、王宮にほど近い中庭に騎士の詰め所はあった。二階建て、レンガを積み立てて建てられたものだ。
厩舎に広場、井戸に倉。騎士達が寝泊まりする宿舎は三階建て。なかなかの設備である。
中でも武器庫は特に大きい。
「スカイとはどいつですか」
ジャスパーは彼と会ったことがない。
シリウスは様子を伺い、彼の姿を見つけると指さした。
槍と盾を持ち、広場の中心にいる。
練習試合のようだ。一対一で向かい合い、武器をぶつけ合う。剣戟の音がシリウス達の耳にも届いた。
スカイの勝利のようだ。
「なかなかやりますね」
「人質解放の場でも代表として現れていた。国王からの信頼も厚いはずだ」
「動きに無駄はないが、かといって儀礼的過ぎない。実践向きといったところですか」
「ああ……」
この日、スカイは勝ちを納め、皆から酒を振る舞われることになった。
騎士の間ではよくあることらしい。賭け事が禁止されている中、娯楽のように練習試合をし、負けた者が勝利者に酒を振る舞う。
とにかく夜になると当番を降りた者達が街へ繰り出していく。その中にスカイの姿もあったため、シリウス達は追いかけた。
大通りは流石に活気がある。
肌も露わな女性が客引きし、酒に酔った兵士らしき大男が千鳥足で歩いていた。
子供の姿もあるが、ほとんどが偶然に落ちる小銭目当てだ。
夜が更けるにつれ街灯が増えていく。
騎士達が店から出てきた。酔いが回っているようだが、彼らは元来た道の方へ歩き出す。
「スカイも……一緒か」
シリウスは通行人を装い、背を丸めて歩いた。途中、彼とすれ違う。
酔った様子はないが上機嫌で、どことなく甘い香りが漂う。
(……いつか嗅いだ香りだな)
ダリアの街だ。
香辛料に紛れて、すれ違った商売女がつけていたもの。
スカイから感じたものはごくわずかな香りだったため、効果は薄いはず。
シリウスはぶつかったふりをして、香りの元を懐に納める。
「失礼」
と謝ると、スカイは鷹揚な笑みを見せて見逃した。
その夜、彼が不穏な行動を見せることはなかった。
シリウスが盗んできたものは香り袋で、小さな貝に香料を詰め、それを布で包んだものだ。
かなり手が込んであり、刺繍糸は絹、金、銀。
真珠の留め具で飾られている。
中の香料を確認すると、やはりダリアの街で娼館が仕入れる物と一致した。
「中身はどうであれ、こんな隠し持つものにここまで飾りつけなんて、よほどの金持ちよね」
ジャスミンはそう言って、器用に元に戻していく。
これをスカイにまた返す必要があるのだ。
詰め所の、武器庫あたりに落とせば良いだろう。
「何か特定出来そうなものは?」
「ないわね。印判とかもナシ。あの騎士さま、貴族の養子なんでしょ? だったらそのお守り……に媚薬を使うわけないか」
彼の養子先に娘がいるわけでもない。
「贈るとしたら王女ですか? 懇意ならあり得ます」
香料を調べていた青年が顔をあげた。中性的な見た目に神官の制服。特殊捜査機関のメンバーであり、神官でもあるルピナスという者だ。
「王女が……」
「スカイはどういった店に出入りを?」
「騎士の仲間と連れだって歩くことがほとんどだった。まだ2週間しか張り付いていないが……娼館に行く様子もなかった」
彼が誘われているのを見たが、嫌悪した様子を隠さず、彼女達をふりほどいていた。
あれだけ見れば、女嫌いとすら思える。
「王女がこんなことをねぇ」
ジャスミンは呆れたように言って、復元を終えた香り袋をシリウスに投げて寄越す。
「あくまで可能性です」
「わかってるわ。ところで、もうすぐ新婚夫婦の宮の完成でしょ。どうなるのかしら……」
宮の完成まであと数日。
そしてその後、結婚式が行われる。
「長官は何をしてるの? 結婚式なんて、裏で色々動くわよ。今が調べ時じゃない?」
「長官はコネクションに繋がる者を見つけたと。王都のことは俺たちに任せると言ってたが」
「へえ……」
香り袋を返すため、シリウス達はナギを伴って
詰め所を訪れた。
昼間のため、人は少ない。警護に出ているのだろう。
シリウス達は軽々と屋根に飛び移り、武器庫を目指した。
あの日、シリウス達は詰め所でスカイを見ていない。そのため武器庫に落とすのが最適だと踏んだのである。
中は銀色に輝くほど磨かれた、剣、槍、弓矢、斧でいっぱいだ。
おそらく鋼が多い。
「すごいな……」
ナギはそう呟き、近くにあった鞭を手にする。
「どの辺にしましょうか」
「そうだな、彼は槍を持っていたから……」
シリウスはそう言いかけ、鼻の近くを飛ぶ羽虫にくしゃみが出そうになった。
ブウン、と暗がりに飛んでいく羽虫に目をやる。
「驚いたな」
清潔な空間だ。ハエがいるとは思わず、なんとなくそれを見ていると、陽の差し込む加減で一つの箱に目が行く。
赤い織物で包まれた、テーブルほどの大きさ。何かこの空間に似つかわしくない。
シリウスはそれに近づき、そっと織物を取り払った。まだ新しい。
箱の中にはまた箱。それが5回。
小さな箱を開ければ、どす黒い液体の入ったビンに、錆びどころではない、黒々と変色したやじり。
明らかに毒だ。
「これは……」
使用された痕跡がある。
どこで?
誰が?
誰に?
シリウスの頭に、耳鳴りに似た音が響いた。
「プラチナ……?」
強かったプラチナ。
彼女の亡骸を、ほとんどの者は見ていない。
だが体中に斑点が現れていたと。
毒ではないか、誰でもそう思うだろう。
矢で射貫かれたのか?
この矢で?
ジャスパーの手が肩に置かれ、「そろそろ誰か戻ってくる。出ましょう」と口早に言う。シリウスは頷いて武器庫を出た。
騎士達の軍靴の音が確かに聞こえてきていた。
屋根伝いに外壁に登り、様子を伺う。
彼らに怪しんだ気配はない。
一人を除いて。
武器庫から出てきたスカイだ。手に何か持っている。
彼は周囲を見渡し、シリウス達と同じように怪しんだ気配がないと知るや胸元を広げて、そこに手にしたものを隠した。
シリウスの目にははっきり見える。
あのビンだ。
スカイの足取りを追おう、とシリウスは考えたが、ナギがそれを止めた。
深追いしてはならないと。
シリウスはプラチナに関してはジャスパーも自分も感情的になってしまう、と彼の言うことに従うことにした。
その代わりに、とナギはそれは小さなビンを見せてくる。
中にかけらのようなものが入っていた。
矢にこびりついていた黒い塊を一部、そぎ落としたというのだ。
「仕事が早いな……」
「皆の真似をしてるうちに、必要かなって」
「なるほど。これをどうやって解析する?」
「毒に反応するものを使うとかなんとか……ルピナスさんはやり方は教えてくれませんでしたけど」
「神殿では薬も扱うのか?」
「そうです。それもあって、皇帝陛下は神官を一人は必ず在籍させよって」
ナギの説明を聞きながら、ジャスミンの酒場へ戻る。
スカイのことは、おそらくボロが出るはず。だが本当に追うべきはその毒の入手先だ。
それを見極める、とサンは告げた。
明くる朝、ルピナスは目の下に濃いクマを作って朝食に現れた。
「毒はスピネルの亡骸から出たものと同じものでした」
特殊な薬草、毒草、それを混じらせた血で出来た毒。
かなり特別なもののはずである。
バーチでは徹底的に浄化作業が行われた。盗み出すことなど出来なかったはず。スピネルと関係がない限りは。
「よくわかったわね」
「香草に反応したので、あと銀針。長官の治療に使われた薬草への反応からそうだろうと」
「てことは、つまり……」
ジャスパーは顎をさする。
「コネクションが関わってる。それも騎士さまと。アジュガ王子もそうなのかしら? 王子様の方はまだ確定は出来ないけど……」
「少なくとも、これが先の戦闘で使用されたことは確かでしょう。あの後長官の腕にも斑点が現れていましたし。シリウス殿はロータス王子から、プラチナ殿の体中に斑点があったらしいと聞いたのですよね?」
「ああ。とはいっても、王子も直接見たわけではないそうだし……」
「……やはり王宮につとめる者がコネクションと濃い関係があるということね」
ジャスミンは豊かな髪をかきあげ、呆れたように言うとベルを鳴らす。
捜査機関の者達に話を聞かせられない。ベルの音はもう終わりだ、とベリル達に知らせるためのものである。
「さあ、朝食に……」
バサバサ、と翼が風を打つ音にシリウスとジャスパーは飛び上がる勢いで窓から離れた。
見れば鷹である。
「シャムロック」
ナギが嬉々として窓を開け、鷹を入れた。
「ブルーからの知らせですね」
さっそく足首に巻かれた筒を取り、シャムロックに水を用意している。
慣れた手つきだ。
「そこまで逃げるのかえ」
オウルがからかうように声をかける。シリウスは「本能みたいなものだ」と答え、席に座り直す。
「ロータス王子が判子を受け取ったって。これから静かの森に向かう……それから、アゲート王子をお助けするよう仰せだと」
「アゲート王子?」
クレマチスが顔をあげた。
「はい。ロータス王子はアゲート王子が危ないはずだ、と。ブルーがそう書いているなら、かなり緊急性が高いのでは」
ナギはサンに手紙を渡す。
「ああ。……そうだな。早い内にアゲート王子をお守りせねば」
一気に緊張感が高まる。
サンはクレマチスを見据え、「王宮への導き手となって下さらぬか」と言った。
***
クレマチスは例の指輪をはめ、サン、ベリル、ルビーを伴って王宮へ入った。
アジュガ王子の正妻という立場はやはり強いもので、皆がすぐに臣下の礼をして道を開ける。
「アゲート殿下はどこにいらっしゃる?」
そう聞けば、すぐに執務室におられる、と返事がある。
裁判の準備中だというが、クレマチスは構わずノックした。
しばらくすると「入りなさい」と声がかかる。
クレマチスたちが姿を現すと、怜悧な目線が皆の顔を順々に見渡した。
「急な訪問にお詫び申し上げます」
「いいや。義兄妹の間なのだ、楽にするといい。そこの彼らは?」
「供の者達です」
「アジュガの衛兵ではないな」
「実家の両親が呼んで下さったのです。それで、義兄上」
クレマチスがそう呼ぶと、アゲートはわずかに顎をあげた。こう呼ぶのは初めてだ。
「最近、変わったことはありませんでしたか」
「……どういった趣旨の質問かな」
「ロータス王子をお見かけしないものですから」
思わず声が鋭くなったが、アゲートはその声にか、内容にか、一度だけ視線を逸らすとため息をついた。
「……彼の体が弱いことは君もよく知っているだろう。人質生活が長く、こちらへ戻ったもののショックのせいか回復が遅くてね」
「本当に? ではお見舞いに行きたいわ」
クレマチスは立ち上がろうとした。案の定、アゲートはそんな彼女の肩に手を置き、座らせる。
「良いか、クレマチス。君とロータスが親密だったことは知っている。だというのに、君はアジュガの妻になってしまった。どちらにも不本意なこととはいえ、ロータスにショックを与えないわけがない。君の姿を見せるわけにはいかない」
「もっともなことをおっしゃるのね。結婚式の時、そう一言でもおっしゃって下されば、国王殿下も考えを改めて下さったかもしれませんわ。だってアゲート殿下は正統な後継者ですもの」
「何が言いたい?」
アゲートの眉間に皺がよる。
クレマチスはそれに負けず彼の目を見ていた。
「もしアゲート殿下に何かあれば、次のアイリス王はどなたに?」
「……」
アゲートは顎をあげながら息を吸う。
その時、侍女が入ってきてお茶の準備をし始めた。
侍女にしては手際が悪く、その指先は震えている。
「お前はどこの娘?」
ベリルがそう聞くと、彼女はベリルを見た。
そのため視線が外れ、ティーカップから茶がこぼれる。
したたり落ちた滴が金属に触れ、やがて変色しはじめ……「毒だ」とサンが言った瞬間、滴に濡れた机がぼろぼろと崩れていく。
侍女はルビーに取り押さえられたがその場で矢に倒れた。一連の出来事に口を開けたアゲートはサンにより口元を覆われた。
窓の外には弓矢を構えた者達。侍女を口封じした、暗殺者だ。
王宮の抜け道を利用し、急いで酒場を目指す。
地下を走る靴音はうるさいくらいに響き渡った。後ろを振り返れば、追っ手の姿はない。
「まいた?」
ルビーも弓矢を構え、油断なく目をこらしている。
「おそらくな」
サンは冷静さを失わない。
走ったために息はあがり、喉が痛む。クレマチスはアゲートを振り返った。
「ご無事ですか?」
「……はあ、はあ……なん、なんなんだ?」
アゲートの髪は呼吸とともに乱れ、額には汗。
「暗殺です」
サンがはっきりと説明すると、アゲートは息を飲むがすぐに頷いた。
「……そうか……」
「まず安全を確保しましょう」
ベリルは背を向け、出口に向かう。
「誰がこんなことをしたと?」
サンはアゲートに質問し、アゲートは自身のこめかみあたりを叩くようにすると口を開く。
「アジュガは違うだろうな」
「ほう」
「あれは将軍でいられれば満足のはずだ。王位を狙うわけがない……トレニアは夜逃げしたんだ、もっとあり得ない。どこぞの臣下共か? それはありえるかもしれん。私は裁判長だし、貴族の訳ありを処してきた。不服があった、その復讐かもな……」
「命を狙われる理由が多すぎると。ほとんどは逆恨み……かもしれない。ピオニー王女はいかがですか」
「ピオニー? あれは王位に興味すらないだろう。日々を豊かに暮らせれば良いはずだ」
「降嫁すればそれは叶いませんよ」
「そうか? ならなぜ竜人族と……」
前から人影が現れ、アゲートの足が止まる。
「竜人族……」
シリウスが縄で縛り上げた人物を抱えて立っていたのだ。
「暗殺者ですか?」
ベリルが聞き、シリウスは頷いた。
「ああ。一人逃げたが……」
「ジャスパーとナギが追ったか」
「その通りだ」
二人が冷静に話し合うと、アゲートが口を挟む。
「一体、どういう者達なんだ? 竜人族がなぜここにいる? サン、貴殿は帝国の使者のはず」
「その通りです。彼らは協力者ですよ」
「クレマチス、一体どういう……」
アゲートの目がクレマチスを向いた。
「……ロータス王子から報せがあったのです。アゲート殿下の命が危険だと」
クレマチスは一人先に出口へ出た。
「ロータスが?」
「はい。でも、詳しくは知りません」
外に出ると昼間の太陽光は強く、夏の気配を感じさせていた。
アゲートは息を乱していたが、やがてクレマチスに向き合うと話し始める。
「ロータスはクーデターを疑われ、王宮内の監獄に入れられたんだ」
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