サンの計らいで、シリウス一行は彼の仲間が入っているという酒場に移動した。
そのまま宿としているようで、ベリー家の屋敷ほどの建物内は昼間は静かなものだった。
ジャスミンという、ダリアの街にいそうな異国人風の女性が切り盛りしているらしい。
彼女はすでに事情を知っているようで、シリウス達をそれぞれ部屋に案内した。
「ブルーがロータス王子に接触を」
ジャスミンがそう切り出した。
「ブルーとは誰です?」
クレマチスの反応に捜査機関の者達の視線が集まる。
「元・帝国軍兵士です。特殊精鋭部隊にいたから、過酷な環境でもやり抜く知恵を持っています。我々の誰よりも王子の護衛をつとめられる人物ですよ」
クレマチスは離宮での一件以来、気分は優れなかったようだが、ようやく表情をくつろげた。
シリウスは合流した仲間の様子が気になったが、彼らは一度山に帰ると決めたようだ。
そこには今、ロータスがいる。
「これからどうしますか?」
ナギの質問にシリウスは振り向いた。
「王都で出来ることは少ない。スティールとダイヤモンドの槍がある以上、逆らうことは難しい。山へ帰ることを考えた方が良いかもな」
ジャスパーが答えたが、シリウスはそれに違和感を得て返事が出来なかった。
ここで出来ることがあるのではないか?
「俺は残る」
シリウスは気づけばそう答え、皆の視線を受けて顔をあげる。
「スティールの周辺を探らないと。奴も誰かに踊らされているはずだ。コネクションとやらが関わっているのなら、捜査機関と行動をともにしたい。それからスティールは戦が起きる前から鉱石を無断発掘していたフシがある。その流れた先も気になる」
「鉱石を無断発掘……竜人族とコネクションは売り買いの関係がありましたからね。スティールが繋がっていたとしてもおかしくない」
サンはそう言ってシリウスの参加を認めた。
ジャスパーは肩をすくめ、一瞬ベリルを見ると「そうだな。まだ出来ることはありそうだ」とシリウスに従う事を決めたようだ。
シリウスはクレマチスを見た。
気づいた彼女と目が合うと声をかける。
「ダイヤモンド山へ行くか? 王子はまだいるかもしれない。ジャスパーが案内すれば安全だ」
「おい……」
「いいえ」
意外にもクレマチスは首を横にふった。
「王子の邪魔はしません」
はっきりとした口調にシリウスは目を見張る。
「王子が竜人族と王国の戦を止めようと働いていたと分かっています。今もそのためにダイヤモンド山にいるはず。なら私がそこへ行って、王子の足を引っ張るようなことはしたくない。竜人族は忌むべき存在ではないと、私も分かったつもりだもの」
「……彼にとって君は帰る場所のようだった。顔を見ればきっと喜ぶはずだ」
シリウスはそう呟くように言った。クレマチスの目尻にぽっと朱が差す。
「だったら、余計に、今は会うべきじゃない」
「男心がわかってないな」
クレマチスの言い訳に、シリウスはつい口の端を持ち上げ言ってしまった。
竜人族の悪いクセだ。
本音を隠すのが下手な者が多いのである。
現にクレマチスは顔を真っ赤にすると、むっと唇を尖らせて席を立ってしまった。
「あんまり若い子をからかうもんじゃないよ」
オウルがくつくつ笑いながら言った。
「自信がないのさ。理由はどうであれ、王子を裏切ったと思い込んでる。あの子なりに必死なんだよ」
「王子もそんなことを言っていた。良いじゃないか。弱さを言い訳にせず、強くなるための原動力にするなら。そうだな、強くなるために一人になる時間が必要なら、無理に会わせることはしないよ」
シリウスがそう返すと、オウルは満足そうに頷いた。
***
ダイヤモンド山では連日会議だ。
ロータス達が現れてから1日経つが、結論は出ない。
スティールはシリウスを暗殺しようとしたこと。
ピオニーと通じ竜人族を弱体化させようとしていること。
様々に思惑があるが、その情報をもたらしたのはロータスという、かつて人質だった王子であることがやはりひっかかるらしい。
自分達を騙そうとしているのではないか?
だが王子に嫌な気配はない。
それにダイヤモンドの槍がスティールを主と決めたのだから……。
一方、フェンネルの言ったとおり、槍は導くものであって支配するものではなかったはず。
そんな意見も出ていた。
ロータスはシリウスの家から外へ出ると、大体シトリンやプルメリアと会うので行動を共にしている。プルメリアはフェンネルに会いたがっていたようだ。
淡い初恋。
ロータスの頭の中にそんな一文が浮かんでくる。
この時、一行は釣り場へ来ていた。
川は清らかに流れ、石はどれも丸く長い年月を感じさせる。
木々はどれも背が高く、差す木漏れ日はいくつもあり居心地が良い空間だった。
ふとクレマチスのことが思い出される。
草原に吹く風に流れる髪、漂うラベンダーの香り。
振り返った彼女はロータスを見ると微笑む――いつもなら。
顔を見る寸前にイメージは切れてしまう。
そのまま意識は目の前に戻り、ロータスは自身の手のひらを広げて見ると息を吐いた。
「シリウス殿が王都へ戻ってこられたと」
ブルーがシャムロックを腕に乗せてそう言った。
「シリウスが?」
ロータスは身を乗り出す。
「ええ。ベリー家の方々もご一緒だとか。私の仲間と行動をともにするようですね」
「あなたの仲間と。なら、コネクションを探るということに?」
「そうなるでしょうね。それに、クレマチス嬢も一緒だと」
「え!?」
どきり、と心臓が跳ね上がる。
「彼女が……」
ブルーに詳しく話を……と思った時、竜人族の男が現れ、「話がある」とロータス達を呼んでしまった。
広場には各集落の長だけでなく、女子供も集まっていた。全員ではないようだが、以前よりも規模が大きい。
何かが決まったのだ。その気配に満ちていた。
「スティールがシリウスを暗殺しようとした」
と、白髪頭の長老らしき男がそう言うと、ざわめきが起きる。
「それだけで決めるべきだったんだ。ダイヤモンドの槍に惑わされて、大切なことを見失った。やつは仲間を見捨て、その上殺そうとした。ダイヤモンド山は急な採掘で崩れそうになっている箇所もある。これ以上やつに従う理由はない」
ざわざわ、とそこかしこで話し合う声がさざ波のように立つ。
「散り散りに逃げた俺たちを探し、導いたのは誰だ?」
質問が投げかけられると、「シリウスだ」と返ってくる。
「そうだ。彼は槍を持たないまま、俺たちを導いた。エリカに居場所をつくり、静かの森に居場所をつくった。槍が全てを決めたか? 彼についていくと俺たちが決めた時、槍は関係なかった。全ては俺たち自身が俺たちを導いた」
「シリウスについていくと」
「その通りだ。プラチナもダイヤモンドの槍を使うことは少なかった。戦場で俺たちが迷わないために、そのためにしか使わなかった。だが彼女に俺たちはついていった。それと同じだ」
ロータスは周囲を見渡す。
皆それぞれに何かを感じ、何かを考え、だが彼の言葉に耳を傾けている。
「俺たちが今やるべきことは? プラチナは、シリウスは、何を成そうとしていた? そしてサファイアは? 彼女は何のために王都へ行ったと? その思いを無駄にしちゃいけない。いいか、スティールに従う必要はない。俺たちはシリウスや、皆の帰るこの場所を守らなければ」
戸惑うようなざわめきは消え、皆に笑顔が浮かんでくる。
ロータスは一人立ち上がり、腕を組んで場を見守っていたブルーの側へ行く。
「ここでのことも、帝都へ報告を?」
「長官には伝えます。皇帝陛下が知るかどうかまではわかりません」
「クレマチスが王都へ戻ったと」
「ええ。シリウス殿達と一緒のようです」
「彼と……」
聞きたいことは山ほどあるのに、上手く言葉が出てこない。
そうだ、とロータスはブルーに頼み事をした。彼は話を聞き入れる。
解散となった後、集落長と長老の元にロータスは呼ばれる。
側に寄ると、顔を見せてくれと頼まれロータスは更に近づいた。
ブルーとイオスが一瞬、警戒を見せる。が、ロータスは大丈夫だと確信していた。
「良い目だ」
長老はどこか懐かしむように目を細め、ロータスの青い目を覗き込む。
「サファイヤのようだな」
「……よく言われます」
「アイリスに起き、滅びた王国はいくつになるのか。内乱か、クーデターか、はたまた竜人族と戦ってか……百年前、アイリス王国は隆盛を極めたというのに、結局滅びてしまった」
長老がぽつりと話し始めたことに、ロータスははっとする。
なぜこうなってしまうのか。
何かが変わらなければならないのではないか?
王国が?
王家が?
答えの出ない、ロータスも知りたい問い。
「何かを変えなければ……ならないのでは? 国のあり方、法律……上手く言えないのですが……」
ロータスは自然と言葉を紡いだ。
長老が目を見開き、首を横にふる。
「王子、王子よ。あなたは確かに国家を操る術を知っているかも知れない。だが変える必要があるのは、自らだけだ。いや、変えるのではなく、自らを成長させるのだ。世界を変える必要はない。世界はそれそのものが全て、修行の場なのだよ。国も同じ。アイリス王国で何を見て、何を感じ、どうするのが良いか。それは一人一人が考え、決めなければならない。他人を支配するのは簡単かもしれないが、心までは支配出来ない。もしそれをするならば、善意であっても独裁だ」
「だが、それで民を導けるものでしょうか? 私たち王家には彼らを守る責務がある」
「民は時として赤子のようなものになる。王子がそれを思いやるのは良いことかもしれない。だがそれが彼らを苦しめることがあるかもしれない。俺たちも槍に導かれていると信じながら、実際は支配されていた。いや、支配されることを選んでいた。導くのは良い。だがどこかで彼らを解放してやらないと。プルメリアが言ったのだよ、槍に宿る精神こそが重要なのであって、槍そのものは槍でしかないと。そしてその精神も、同じ人同士だと。それで目が覚めた」
石版の一文をロータスは思い出した。
かつての竜人族の族長、その魂と、ベリー家当主のその魂。
それを封じたダイヤモンドの槍。
「導きはすれど、支配することは出来ない……」
「王子も言っただろう、信じたいものを信じてくれと。それで良いのだ。俺たちはかつて、プラチナを信じ、彼女に槍は授けられた。反対することも出来た。だがそれを皆しなかった」
「では、シリウスのことは?」
「プラチナと同じだ。もし槍が手元にあれば、彼に授けていただろう」
長老の声が滲むように体に広がっていく。
ロータスは上に立つ者として、人々を正しく導かねばと考えていた。
だがそれは思い上がりだったのかもしれない。
シリウスが一年以上前、どう行動したのかロータスには分からない。
敗戦し、散り散りになった仲間を率い、安住の地を求めて進んだのだ。
その彼の背を皆自分の意志で追った。
「……」
ロータスが視線を下にし、考え込むと、長老の手が肩に置かれた。
「王子はよく似ている。かつて、緊張状態にあった時、アイリス王の病を癒すため一人王都へ旅だったサファイアに。彼女もまた、自分の出来ること、そして良心に従ったに過ぎない。だがその結果、20年以上もの蜜月を得たのだ。国王の痛みも分かるつもりだ。彼は初めて竜人族とよしみを通じたというのに、あんな形で裏切られたとなれば」
「あなた方が裏切ったわけではないのでは?」
「そのはずだ。だがスティールのようなこともある。もし俺たちの中に裏切り者がいるのなら、当然報いを受けなければ」
「私はあなた方を信じたいのです。少なくとも、シリウスや、フェンネルや、シトリンや……プルメリアも。そして王国の者達も。所属する場所など関係ない。私は守りたい者を守る」
長老は目を細めて微笑む。まるで祖父のようではないか、ロータスは長老の目の色が同じことに気がつき、背筋にぞくっとしたものが走るのを感じた。
「王子にこれを」
長老は懐から包みを取り出し、ロータスの手に乗せた。
手のひらにずっしりと重い、円形のもの。
ロータスが包みを開くと、赤い紐のついた金の判子が現れた。
「これは……」
「竜人族の族長に、とジェンティアナ王が渡したものだ。これを使えば、王国内でも活動を許されたことになる。見て見よ、この模様の細かさを」
円を何重にも描き、そこに三角の模様。フェンネルが描いたものとよく似ていた。
間違いない。
「スティールに渡すはずだったが、やつにはこれを受け取る資格はない」
「……だが、私に預けて良いのですか?」
「あなただからこそ預けたいのだ」
信頼されている。
そう分かった瞬間、ロータスは全身の体温を高くし、目頭を熱くさせた。
「はい」
そう答え、判子をしっかりと握りしめる。
ロータス達は山を降りることになった。
シトリン、そしてプルメリアも同行を申し出、皆の見送りを受ける。
竜人族は国王への贈り物を造るとロータスに告げた。
***
新たな宮はほとんど完成だった。
後は門を建て、扉をつけるだけである。
だが広々とした室内には調度品はなく、燭台もないため昼間でも薄暗い。
スティールは自分の家となるそこに入り、ダイヤモンドの槍を取り出した。
槍は反応を見せない。
カツン、と細いヒールが床を歩く音に声をかけた。
「何か用か?」
突き放すように言えば、ヒールの音は止む。
代わりに返事があった。
「ここは私の宮殿でもあるのよ。用もなしに入ってはいけないと?」
振り返ると、表情のないピオニーの姿があった。スティールはそれを認めると槍を納める。
「相変わらず生意気だな。顔は良くっても、それじゃあいつか捨てられるぞ」
「そうかしら」
「年を取りゃあ容姿なんか誰でも崩れるんだ。今だけの花だな」
「私の性格が悪いと言いたいのね」
「悪いだろ。王位を得るために親兄弟を蹴り落とそうってんだから」
「あなたも同類でしょ」
「そうだな」
ピオニーはそのままスティールに近づき、胸元に顔を寄せた。
「早く子供が欲しいわ。強い子が。皇帝に相応しい男の子が良い」
スティールは吐息混じりに誘うピオニーの顎を持ち上げ、目を覗き込む。
期待を滲ませる瞳を見つめながら、輝く金髪をぐっと掴む。
「痛っ!」
「言っておくが、王女様。俺はあんたじゃないといけない理由はないんだ。俺の子が欲しいってんなら、それに相応しい女になれ」
ピオニーは目を赤くし、スティールを睨みつけた。髪を手で押さえ、スティールから身を離す。
「よく言うわ。竜人族を従えたのはあなた自身じゃなく、その槍でしょう。私があげなかったら、あなた族長にすらなれていないのよ。あなたこそ王女にふさわしい男になるべきね」
スティールは眉を寄せる。
「へえ。王女にね。王女というわりには、あんたすっかり出来上がった体をしてる。そこらの娼婦と何が変わるんだ? まあ、娼館に行った所であんたぐらいの美女はたくさんいる。そこで勝ち抜いていけると思うか? お兄ちゃんや騎士さまに守ってもらわないと何にも出来ないくせによ」
「!」
ピオニーは鼻を膨らませ、怒りで肩をあげた。
苦しげに息する様子は見てて爽快だ、とスティールは思った。
感情の見せない女よりよほど良い。攻略しがいがある。
彼女がそのまま背を向ければ、あるいは惹かれたかもしれない。
だがピオニーは食ってかかった。
「竜人族の判子を持たないあなたがここで出来ることはないに等しい。せいぜい竜人族を使役して王を気取っていれば? 私がいないと何にも出来ないくせに!」
スティールは犬歯をかっと剥くと、ピオニーの細い首を掴んだ。
はっ、と息を止める彼女に言い放つ。
「ここであんたを殺すことは簡単なんだぜ。槍だ、判子だ、とうるせえけど、寝室にそれを持ち込めると思うか? 地位で俺を支配出来ると思うか? 死にたくなけりゃ、言うことを聞くんだな」
フン、とスティールは放り投げるように手を離す。
床に倒れ込んだピオニーを無視し、槍を持ち宮を出た。
傾き始めた陽がまぶしく目を焼いた。
***
初夏が近づいている、と気づいたのは余裕が出たからだろうか。
気づけば春の日差しは強くなりつつある。
以前なら季節の変わり目に敏感なロータスだったが、今やその影響を受けなくなっていた。
静かの森につくと、馴染んだ空気に気持ちは緩んだ。
住民が現れ、シトリンやプルメリアなど懐かしい顔との再会に喜んでいた。
ベリー家の屋敷はまだ主不在だ。
今王都へ戻っているという。クレマチスも一緒だ。
(もし彼女に会えたら)
もし、ではない。会うのだ。
彼女に相応しい男になる。
そう決めたのだ。
それで彼女に選ばれなかったら、それなら仕方ない。
だが何もしていないのに諦めるのは、いかにも情けない。
どきどきと心臓が跳ねる。
いつものどこか怯えを含んだものとは違う感覚に、ロータスは我ながら驚いた。
そしてそれが心地良い。
「判子も手に入ったし、山の皆も和平のために動くって決めたから、まず一安心かな」
フェンネルがそう言った。
「王子様達って、何をしてたかと思えばそのために動いてたんだ」
シトリンは納得した様子で話す。隣に立っていたブルーは小さな紙にまた何か書いている。
「おじさんは何してんの?」
「これはね、お仕事だよ」
「そういえばその鷹、見たことある。怖くて近づけなかったけど」
「シャムロックだ」
ブルーはシャムロックを前に出したが、シトリンとフェンネルは反射的に距離を取る。
「ごめんごめん、鳥類が苦手なんだよな」
ブルーは人好きのする笑顔を浮かべた。ロータスはそれに話しかける。
「私達はこれから、ノースグラスに向かうつもりだ。もしかしたらそこに、竜人族が加工を注文したものがあるかもしれない」
「そうですね。情報が少ない以上、気になるものを徹底的に調べましょう。私も同行しますよ」
ブルーの協力を受け入れ、ロータスはこの日の解散を告げる。
屋敷の外に出ると、シャムロックが翼を広げて飛んでいくのが見えた。
そういえば、彼女に返さなくてはいけないものがあるのだ。
それを思いだし、ロータスは一人あの湖へ向かった。
途中、プルメリアがロータスに気づいて一緒に向かう。
さすがに体に恵まれた竜人族だ。プルメリアも疲れた様子はあったものの、足取りは確かだった。
「あの夜、ここで君と会ったな」
「うん」
「終わることは悪いことじゃないと言っていたが、どういうことなんだ?」
「魂を封じるということは、ここに魂を留めるということ。たとえ魂の一部だとしても、そうなったら解放されない」
「かつての族長達がようやく……役目を終えるというようなこと、だろうか?」
「そうだと思う」
「そうなったら、槍は……ただの槍になるのだろうか」
「その方がいいはず。今の槍には色んな思いがくっついてる。竜人族の守って欲しいっていう欲求、強くなりたいって欲求。誰かにすがりたい気持ちの方が重くくっついて、純粋な槍の伝統を重んじる気持ちは負けてるの。だから皆惑わされた。槍は槍だけど、それを汚したのは私たち自身だって」
神がかりする巫女のように、プルメリアは言葉を紡ぐ。
ロータスは納得した心地のままに木々の根っこを踏み分け、開かれた湖のほとりへたどり着いた。
すっかり氷の融けた青々した湖は美しいが、広さはなかなかだ。
ここに投げ入れたペンダントはどのあたりなのか。
「王子様、ペンダントを探しに来たの?」
「ああ」
上衣を脱ぎ、ベルトを緩める。
靴を脱ぐと湖へ――プルメリアが止めた。
「今は手にしちゃダメだって」
「え?」
「今じゃないって言ってる」
「言ってる……? どういうことなんだ?」
「分からないけど、今は違うって」
ロータスは面くらい、どうしたものかと首をかく。
「では、いつなら良いんだ?」
「もうすぐだって言ってるよ。あるのはあのあたり」
プルメリアはここから30メートルほど先を指さす。
「み、見えるのか?」
「色が見えるだけだよ。虹色」
「虹……」
クレマチスの目の色だ、とロータスはすぐに気づいた。
プルメリアと彼女に接点はないはず、プルメリアの言うことを信じてみたい気持ちになった。
「……わかった」
「あっ」
プルメリアが声をあげる。怯えたように体を小さくし、辺りをきょろきょろと伺った。
「どうした?」
「何か来る……!」
震えるプルメリアを抱きよせ、木の陰へロータスは身を隠した。
葉が揺れる。風ではない、何かに巻き上げられるように。
カラスがギャアギャア鳴いた。
ふっと音が止んだと同時に、先ほどまでロータスがいた場所に女が現れた。
真っ黒なドレス、白い髪、赤い唇。
間違いなく、ジェンティアナの側にいたあの。
確かに目が合った、とロータスが気づいた瞬間。彼女の爪の伸びた細長い指が近づく。
「槍の秘密を探ってやろうと思ったら、思わぬ掘り出し物があったねえ。一緒に来てもらおうか」
プルメリアが指笛を吹いた、が、次には視界は真っ黒になった。
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