兄と姉の密会を目撃した後、ロータスは混乱にふらつく頭を抱えて私室に戻り、窓を見た。
春の花は今にも咲かんと蕾を膨らませており、鳥が枝に止まってなんとも平和だ。
(どういうことなのだろう……)
歴代のアイリス王国では、その血統を重んじて近親婚があったのは事実である。
が、体の弱い者が多く産まれたために滅び、近親婚は出来なくなり事実上禁止となった。
それはあくまでも法律の話であり、本人達の気持ちは別だとは理解出来るが、しかしあの二人がそんな仲だったとは……。
いくら腹違いとはいえ、血を分けた兄妹のはず。ロータスは知りたくもない事実に重いため息をついた。
アジュガはおかしいのか?
おかしくなってしまったのか?
以前は一番良い関係を築けている兄と思っていたが、今はどうにも噛み合わない。まるで彼が別人に見えてくる。
それとも、自分が大きく変わってしまったのだろうか。
こうしていても埒があかない、ロータスは立ち上がり、服を整えると部屋を出た。
ピオニーの側に間者がいるかもしれないのだ。
それから白髪の女性。
今やるべきことはピオニーの安全の確保ではないか……そう切り替え、宮殿内を歩く。
まず調べるべきは侍女だろうか。彼女たちほどピオニーに近い者はいない。
ロータスはそれと悟られないよう、姉トレニアを訊ねた。
彼女の夫である書記官に会い、挨拶をする。彼はトレニアを移住させるつもりだと話した。
「その方が良いと思ったのです。今、アイリスは不穏だ。竜人族との関係は密接であれば良いと思えない」
彼はそう言った。
「距離が必要だと考えているのですか?」
ロータスの返事に彼は頷く。
「そうです。全て混ぜてしまえば良いということはない。彼らは私たちとは、体も考えも違う。我らが人の社会の中で生きているのに対し、彼らは山での生活です。一緒に出来るものではないと……いえ、彼らを野蛮だとか、そう言っているわけではないのです」
「はい。違いを尊重こそすれ、優劣をつけるものではないということですよね」
トレニアの夫は聡明だ。慎重に言葉を選び、しかし自分の意見を持っている。
「だが国王殿下は決定された。ピオニー王女殿下の婿として迎えると……。私なりに考えてみたのですが、そうなると、一体何が手に入ると思われますか?」
突然の問いかけに、ロータスは目を見開いた。
得られるもの?
ロータスははっと息を飲んだ。
竜人族の強い遺伝子。
知識、知恵、彼らの持つ技術。
何よりもダイヤモンドを産む山と、それを採る技術、人足、山を含む広大な土地。
アイリス王国は今までにない、財力を手にするということだ。
ロータスは首筋にのぼる感覚に顔をしかめた。
「まさか……でも、それを得たところで何になります? 王国は借金をしているわけでもない。戦さえなくなれば、国力は回復するはず。土地や石に頼ることなく、一つ一つやっていけば良い」
「ロータス殿下のおっしゃるとおりです。それらに頼れば、いつか資源は尽き後には何も残らない。王国が生き残るために必要なのは、資源そのものではなく、それを活かす知識であり知恵であり技術のはず。それは尽きることなく、我々の子孫に伝えられ、かつ彼らを支えるものになるはずですから。これらが私の邪推であれば良いのですが……」
ロータスが納得して頷くと、彼は仕事に戻り、トレニアが現れた。
彼女は眉をよせ、ロータスに向き合う。
「彼の言うことがもっと広まれば良いのに……今の王国では無理ね」
「姉上。なぜ無理だと?」
「ロータス。あなたが人質となっている間、父上の勅令に反対した者がいたの。彼は翌日には首を城門につり下げられたわ」
「!」
トレニアは首をふる。
「父上は確かにお厳しい方だったけど、ここまで横暴だったかしら? 何かおかしいの。私はバーチへ行くわ。あなたも一緒に来る? 病が悪化したと伝えれば……」
「いいえ。私は、まだここに」
ロータスはきっぱりとそう言い切る。ピオニーの側仕えの話を聞き出すが、皆不審な点はなさそうだ。だが実家の困窮など事情によっては裏切るかもしれない。
「姉上、もし危険だと思った時には私も王国を出ます。だが今ではない」
「いざとなればちゃんと自力で抜け出せると言うのね? 信じてるわよ」
「はい」
静かの森で多少は鍛えられたのだ。何かあれば、きっと抜け出せるだろう。監獄に忍び込んだ時のように。
トレニアからピオニーの安全のため、と聞き出した者達の身辺を探るため、ロータスはその夜計画を練っていた。
まず実家を調べるか。そうあたりをつけ就寝の準備をする――いつものように窓に人影。
鍵を開ければ、フェンネルは慣れた様子で入ってくる。
「今度は何をしてるの?」
「姉上の安全確保だ」
「王子ってお姉ちゃんがいたんだな。あっ、そうか、スティールのアニキと結婚するんだっけ? シリウスの旦那と同じように」
「同じ……とは?」
「好きじゃないのにするって」
フェンネルの言葉にロータスは曖昧に頷いた。
「……肩書きや立場が役にたつこともあるんだ」
「それは流石にわかったよ。静かの森ではそれなりに良い待遇だったってやつでしょ? 王子が王子だから平穏になったってのも。でも役に立たないこともあるってこと?」
「あるだろう。現に肩書きのために望まぬ道をゆかざるを得ない者も……」
ふとクレマチスのことがよぎり、ロータスは尻すぼみになってしまった。
(そもそも、私たちも好き合って婚約したわけじゃない……)
それでも彼女への想いは本物だと信じたいが。
「とにかく、姉上の無事を」
「わかった。俺も手伝うよ」
「え?」
「スティールのアニキと結婚して、奥様になる人が大変な目に遭ったら嫌じゃん。それで、何したら良い?」
フェンネルの動機は単純で、善良だ。
ロータスは首をかくと「そうだな」と口を開いた。
「まず、姉上のお側にいる者に注意を払わねば。間者がいるなら大変だ。だから、侍女達の実家や家族に困ってる者がいないかどうか……」
ロータスが説明を終えると、フェンネルはうんうん頷いて「とにかく侍女の家族を見てくる」と言った。
彼ならこっそり調べてくるだろう。
出来るだけ竜人族に近づけないよう、ロータスは彼に侍女の実家を調べるよう言った。
どこかで彼に関わらないよう、遠ざけねば。
彼が竜人族の仲間から疎まれてはいけない。
フェンネルが去って行く。
それと入れ違いに、窓から冷たい風が入り込んできた。
ふと気づく。
物事は意外とシンプルなのだ。
自身が好ましいと思う者を守れば良い。
フェンネルのことも、クレマチスのことも、シトリンやデイジー、プルメリアにアゲート、トレニアのことも。
そしてシリウスのことも。
自分がどこの誰かは関係ないのだ。
王子としてではなく、ロータスとしてなら誰を守る? 誰を信じる? 誰を愛する?
(……)
どこからかラベンダーの香りがした、そんな気がした。
翌日、ピオニーの結婚に反対する者達の行進が広場で行われた。
首謀者は捕らえられ、その場で処刑された。
有無を言わせぬやり方に異論を唱えた大臣は蟄居を命じられ、官僚の何人かは保身にまわりジェンティアナに阿る。
何人かは何も言わずに家族を連れ去って行った。
夜逃げしたと思われている。
その中にトレニアとその夫もいたが、知っているのはロータスだけだった。
***
手元に残った金の髪飾りをくるくると弄ぶ。
あの後、少女は名乗らぬままシリウスのスカーフを持って去ってしまった。
今シリウスは馬車に揺られ、一路王都を目指している。
髪を濃い茶色に染め、頭を新しいバンダナで耳を隠しながら巻く。
一見するとエリカの男のようだろう。ジャスパーと兄弟に見えるかもしれない。
「まず捜査機関の者と合流する」
サンはそう端的に話した。誰も反対はしない。
クレマチスの様子が気になったが、彼女はシリウスを見ないようにしている。
ジャスパーと話しているのが聞こえたが、彼女は「真実はロータス殿下から聞く」と言って口を閉ざした。
おそらくそれがベストだろう。
向かいに座るベリルが口を開いた。
「王都は荒れているみたいね」
「王都が? 何があった?」
ダリアの街でベリルは情報を集めていたようだ。一枚の新聞をシリウスに渡す。
「……王女とスティールの結婚を反対する者が処刑された……か。とんでもない話だ。竜人族が王都へ来るんだ、反対があっても不思議じゃないのに。これじゃあ独裁だな」
「あなたどう思う? 竜人族をあれほど目の敵にしていたのに、こんな展開になって」
「それだけを考えると、意味不明な行動に見える。だが、おそらく両方に内通者がいたんだ。そいつが両軍を繋いだ」
「それだけ聞くと良いことをしたみたいだけど」
「そうとは言えない。竜人族を半数、山から離したんだ。奪うのも簡単になるかもな」
「……そういうことね。山と土地を目当てにこんなことを? それに竜人族を王都で飼い慣らし、弱体化させることも可能だわ。嫌な話ね……」
「スティールが何を考えているかわからん。奴は戦闘狂だと思っていたが、いつのまにこんな知恵を働かせるようになったんだ?」
シリウスは吐き出すように言った。
それからちらりとベリルを見る。
彼女は妻だ。
今更そうと気づき、気まずさに視線をそらした。首を支えるようにしてごまかし、息を吐く。
結婚して、すぐに離れ、こうして再会しても心が動かない。
ベリルを嫌っているわけではないし、こうして話すと信頼の出来る人物だとよくわかった。
嫌味を言ったことを謝りたいくらいだ。
だが恋情や欲情となると話は別だ。そういう意味では惹かれていない。
馬車が止まり、夜営の準備が進む。
サンは鷹を捕まえ、足首の管から手紙を抜き取る。
何か返信すると鷹を休ませ、エサを与えた。
ジャスパーとシリウスは無意識に鷹から距離を取る。
「ロータス王子は思ったよりも行動的だと」
サンのその一言に、クレマチスが反応する。
「王子のことが書かれているのですか?」
「はい。ピオニー王女殿下の周辺を探っておられるとか」
シリウスも顔をあげる。
スティールと繋がっているのでは、とシリウスも気にしている人物の名前だからだ。
無理をしなければ良いが。
「王子はご無事?」
「ご無事なようです。だが、王国での立場は良いとは言えません」
「どうして?」
「国王殿下に従わぬようだと。見合いの話も断っておられるとかで……新たな土地の領主に、との話は進んでいるようですが、辺境のため準備がなかなか進まないのです」
クレマチスはサンから手紙を受け取ると食い入るようにそれを見た。
火がつく。
ぽっと全員の顔が照らされる。
オウルが調味料を料理に入れて、ルビーがそれをかき混ぜる。
食欲を誘う香りが風に乗る。
シリウスは薪をくべ、ようやく温まってくる体にほっと息を吐く。
「ロータス王子はどういうお方なの?」
ベリルがそうシリウスに聞いてきた。
一瞬、クレマチスが振り返る。が、シリウスは気づかないふりをした。
「体が弱いようだったが、それを言い訳にせず自分の出来ることをしようとしていた。兄の代わりに自ら敵地に来たのだから、胆力が座っているのだろう。それから聡明だな。物事を深く見ようとしていた」
「アジュガ王子とは違うのね。もし話し合いのチャンスがあるなら、ロータス王子が頼りになるかもしれない」
ベリルは冷静にそう言う。
「それはベリー家としての意見だな」
「竜人族とロータス王子は? 関係は険悪だった?」
ベリルの一言にシリウスは首をふった。
おそらく悪くない。
彼はシリウスに師事し、日々の鍛錬に耐えた。剣を教え、槍を教え。薬草学も教えた。彼はそれを批判せず、柔軟に吸収していった。良い生徒だったと思う。
彼はプルメリアと馬に乗り、森を歩いて行ったこともある。シトリンやフェンネルとも友人のように接していたのだ。
「彼が気を許した者達も多いはずだ。フェンネルとは年も近かったはず」
「フェンネルか。あいつ、どうしているんですか?」
ジャスパーが口を挟んだ。
「元気だ。俺が監獄から出られたのは、フェンネルの助けもあってだった」
「へえ。ちょっと抜けてると思ってたが、やるときはやるんだな」
「鳥にさらわれそうになっていたが」
そんな話をしていると、視線に気づいた。
オウルが意味ありげにシリウスを見て笑っていたのだ。
この老婆は何者なのだろう、とシリウスは思った。
「その娘は危ういのう」
朝、オウルはシリウスに向かってそう言った。
水を汲むために行動し、火の番をするため二人になった時のことである。
昨晩まさしくオウルは何者か、と思ったところだったが、こんなに早くか。
「その金の髪飾りの娘じゃ」
「……危うい?」
「裏と表、右と左、後ろと前、その両極端なものを持っておる」
オウルのその言葉に、シリウスは何となく腑に落ちるものがあり頷いた。
確かに途方もない色気を感じたが、同時に無垢な気配もある。
あの不安定さがまた複雑な魅力を放っていた。
「彼女は何者なんだ?」
「さあのう。かつては視えていたものが、今は視えにくくなっている。力が落ちたのだよ。だが一つ言えるのは、彼女には大きな鎖がついているということじゃ。それが彼女の意思に関わらず行動を決めてしまう」
「鎖?」
「言葉のあやだよ。物質として存在はしないが、そういう”気”がからみついておる。まあ、ああいう魔性に惹かれて破滅するのか、あるいは成長するのか。それはそなた次第だな」
「長老、俺はあなたの孫娘殿の夫なのだが。不倫を責めないのか?」
「不倫かえ。そなたは形ではあの子の夫だが、魂は違う。だから手は出さないでおくれ。それさえ守ってくれれば、それで良い」
「魂は違う……」
「ベリー家と竜人族の約束を守ったのだ。それで役目は充分であろう?」
オウルの言葉にシリウスは神妙に頷く。
「ああ。充分、守ってもらった。その分ベリルもクレマチスも、あなた方を守ることも盟約のうちだ。感謝している」
オウルは納得したように笑う。
シリウスは気になっていたことを訊ねた。
「ベリルも話していたが、予言とは何なんだ? 銀の竜が、満月に……とかいう」
「わからぬ。だから旅に出たのだよ。そこでもう一人の孫娘と出会うとは思わなかったが……」
「ウィンド家の娘だと思っていたが」
「ああ。陛下がそこへお預けしたと聞いた。答えを焦るものではないのう。ベリルもそうじゃが、私もせっかちでいかん」
オウルはため息のように息を吐き、肩の力を抜いた。
「まあ、それが幸いとなることもある。私があの場にいればそなたは婿にならなかった。そうなればそなたは静かの森での立場はなく、竜人族は路頭に迷っていただろう。結局あれで良かったのだよ。だが今後はまた流れは変わるとも。川の水は同じ所には留まらぬ」
「常に進むだけだと」
「そういうことじゃ」
オウルは薪をくべた。パチンッ、と小気味よい音とともに、葉の燃える良い匂いが立ち上った。
***
フェンネルの調べによると、ピオニーの侍女達の周囲で変わったことはない、ということだった。
侍女達もおかしな挙動は見せていないという。
スティールに手紙を届けるため動いている者はいるようだが、それは公式のものでおかしなことではない。
「そうか……」
アゲートもピオニーの周辺を洗うため動いているようだ。今のところ危険は見つかっていない。が、彼女の下着を盗んだ侍女はいた。
ジェンティアナに見つかれば処刑される。そうなれば不満と不信で周囲はより追い詰められてしまうだろう、とアゲートは判断し、彼女を遠方に飛ばす程度で事を納めたとのことだ。
宮殿の広間でアゲートに会い、それを言うと彼は広い額を指でほぐしてみせた。
「あれの下着は売れるため小遣い稼ぎに、とのことだ」
聞いて心地よい話ではない、ロータスも眉を寄せ、しかし聞かなければならない、と拳を固めた。
「……買った者は?」
「代理で購入したとか。それをさせるならそれなりの地位の者だろうな。今追っている」
「そうですか……流石は兄上です。仕事が早いのですね」
「よく言う。気づいたのはお前だろう? 良いところを見ていたな。こんな事件が続けば、いつか王宮の密事が民に流れてもおかしくない。いや、こういうことがあったから歴代の王国も滅んでいったのか……」
「かもしれない……ですね。宝石に関してはいかがです? 一番、カネになりそうですが」
「それはなかったな。ピオニーも把握してないらしい。あれには印判があるだろう。王家の者への献上品には不可欠なものだ。あれがあるため、盗んでも売ることは出来ない。それで盗んだことがばれれば処刑されるだけだ。博打がすぎる」
アゲートの説明にロータスは納得したが、その時ふっと思い出した。
帝都から注意勧告のあった組織だ。
(コネクションなら買い取るのではないか? 台座から石だけを外してしまえば、再利用は可能だ。それに銀も溶かせば印判などなくなる。また別のものに造り替えてしまえば、証拠はきれいさっぱりなくなるのだから)
そこまで考えると背筋が冷えるような思いだ。
印判を気にせず、犯罪を見逃し蔓延させている者達もいるかもしれない。
この王国にも潜んでいたのかもしれない。
侍女を探っても宝石泥棒は見つからなかったのなら、目線を変えるのが良いか。
「ところでトレニアを知らないか? 最近、見なくなったのだが」
アゲートが突然に出した名前にロータスはどきりとし、言葉に詰まった。
「……いえ。この間ご挨拶に伺ったのですが、それからは私も知りません」
「そうか……まあ、無事なら良いんだが……」
ロータスは半分正直に答え、アゲートとわかれた。
夜になるといつものようにフェンネルがやってくる。
彼はおやつを持参し、ロータスの部屋でそれを食べながら話を聞いていた。
ロータスはスパイスの香りにぐう、と腹がなった。
「食べる?」
「……ああ」
野菜を素揚げしたものに塩とスパイスがふりかけられたものだ。
パリパリと食感も面白く、塩味とスパイスの甘辛い風味が美味しい。
(そういえば、竜人族とともに暮らしていた時、風邪をひかなかったな)
緊張状態でいたからだろうか。
気合いが入っている時は意外と丈夫で、緩んだ時に体調は崩れやすいものだ。だが王都へ帰還した時、特に不調はなかった。
そういえば一時、王都内でもスパイスが大流行したことがある。
なんでも体調不良に良いとかだ。
今では主に食材の保存や料理の臭み消し程度に残ったが、そんな話もあった気がする。
「コネクションかあ。でも、親玉が潰れたんだろ? もう脅威じゃないんじゃないの?」
「残党がかなりいるらしい。それに彼らは帝国内の有力者と繋がっていたとか言うから、匿われているかもしれない……」
「ふうーん」
「フェンネル、竜人族からそんな話は聞かないか?」
そうだ、鉄だ。
ロータスの脳裏にちりちりとそれが思い出される。
「コネクションは知らないけど」
フェンネルは相変わらずのんきに答えた。
「鉄を買っていたと言っていただろう? あれを売っていたのはどんな人物だった?」
「鉄……ああ、うん。鋼ね。そうだな、商人っていうより、ごろつき。シリウスの旦那なら話が出来たけど、俺とかじゃ話にならなくてさ。鉱石の価値とか安く見積もられてぼられるって」
「それだ。鉄……鋼はどうしたんだ?」
「鋼は加工する予定だったんだけどさ、急に戦だってことになってそのままになったんだよ。本当は素材で良かったんだ。あれをノミにしたかっただけだから」
「そのままに……?」
一年以上前、戦が起きたとき。
竜人族は武器を集めていたと報告にあった。
ロータスは目の前を覆っていたベールが、ふわりとまくりあげられたかのような感覚に目を見開く。
「……そいつらコネクション?」
フェンネルが首を傾げた。
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