鈍重な扉を押せば、埃を舞いあげながら開いていく。
草木も眠る深夜、シリウスは鍵の開いた独房から抜け出した。抜け出たことすら気づかれないよう、扉を静かに閉める。
階下には看守がいる。
冷えた床が素足に痛いが、文句は言っていられない。息を潜め気配を殺し、看守が背を向けた瞬間、階段から飛び降りて看守を気絶させる。
体格が合わないため、制服を借りることは出来ないだろう。ロータスの真似をしようと思ったが無理だ。
剣も奪わず、ただひっそりと。
壁伝いに歩けば、病を患ったのか止まらない独り言を繰り返す囚人と目が合う。
シリウスが静かにするよう指を口元に持っていけば、彼はそれを真似した。その指は震え、やがてシリウスを――その先を指す。
シリウスがそれを目で追えば、そこには看守がいて見回っていた。
囚人に目を戻す。目で謝意を伝えると、囚人は再び独り言を言い始めた。
看守が背を向けた瞬間に身を低くして近づく。
後ろから首を絞め、ツボを押せば体から力が抜ける。
彼を置いて階下へ。
3階なら、飛び降りても大丈夫だ。窓から身を乗り出し、下をのぞく。
そこに人影があった。身構えたが、彼が両手をふって見せたのでシリウスはつい頬を緩める。
看守の靴音が聞こえてきた。ここは音が響くため、むしろありがたいことだ。
シリウスは音もなく飛び降りる。
数秒後、夜露に濡れる土の匂いを思い切り嗅ぎ、夜空に輝く月を見る格好になっていた。
久々に生命の世界に戻った気分である。
「旦那ぁ」
フェンネルは相変わらず緊張感のない話し方だ。この時ばかりはそれが嬉しい。
「よお。心配かけたか?」
「ううん。大丈夫だって思ってました」
「王子の話だと、俺は明日には処刑されるらしいぞ」
「えっ! 人質って殺しちゃいけないんじゃないんですか?」
「時と場合によるもんだ。さあ、行くか」
シリウスは立ち上がり、フェンネルと共に監獄を後にする。
濡れた土の感触が気持ちいい、とシリウスは初めて感じた。
***
帝都から馬車が2台走り出した。
サンの導きのもとクレマチス一行が旅だったのである。
皇帝は一行の無事を祈るように、宮殿の中庭からそれを見送っていた。
皇后が側に寄り同じ方向を見ると頷く。
「彼女のこと、お話して良かったのですか?」
「良いはずだ。話してくれて感謝する」
「それは構いません。でも気になるのは、帰国した後、彼女はどうするのか……」
「そうだな。ウィンド家の王国での立場もある。今のレイン王家はややバランスを欠いているようだというし」
「オニキスがそう報告を?」
「ああ。コネクションと関係があったのは竜人族。だが残党が紛れ込んでいるのは王国側……といったところか。全く、不透明な国だ」
「ジェンティアナ殿下は従兄弟殿でしょう? 話し合いになりにくいとおっしゃっておりましたが……」
「そうなんだよな……彼は独善的になりやすいというか。それが問題だ」
皇帝は頭をガシガシかくとくるりと身を反転させた。
「レイン王家が百年続いたことは奇跡だ。平穏な治政が当たり前になることを願い、王子を各国へ留学させたはず。ジェンティアナ兄がそれを思い出してくれれば良いが」
***
クレマチス達は帝都へ来た時と同じように変装をしていた。
サンの導きで帝都の使者として振る舞っているため、旅路はかなりスムーズである。
「こんな感じで良いのかしら」
ルビーが思わず呟き、手綱を握っていたサンが振り返った。
「やましいところがないのなら、堂々としている方がかえって怪しまれないものだ」
「確かにそうだけど」
「それに俺は事実帝国の使者だ」
「……確かに」
ルビーが納得して頷き、前を向く。
「特殊捜査機関って、なんなんだ?」
ジャスパーが窓を開け、サンに訊ねる。
「軍は皇帝陛下に忠誠を誓い、神官は神に忠誠を誓う。帝国特殊捜査機関は皇帝や神ではなく、帝国そのものの安寧のため働く機関といったところだ。主に公人と犯罪組織の関係を洗って、必要ならそれ相応の裁きを下す」
「各王国も捜査対象ということか?」
「そうなる」
「ならアイリスも捜査対象なはずだな? あんたらから見て、竜人族と王国のことはどうなんだ」
「俺たちがアイリスに派遣されたのは晩秋だ。その後は冬になり、動きにくかったこともありはっきり事実を把握しきれていない。一つ言えるのはコネクションの残党がかなり流れ込んでいるようだ、ということ」
「コネクションとやらは一体、何なんだ? バーチで色々あったというのは聞いたが、詳しい話は知らない」
「悪竜スピネルが人の肉体を乗っ取り、コネクションの親玉としてバーチに入っていた。奴の目的は自分の王国を持つこと。そいつの所にまた色んな野望を持った連中がよって来たというところかな」
「貴族連中が多いと聞いたが」
「人身売買をやっていたからな。カネを持った奴らが奴隷目的に集まっていた。そうだな、商売という点で言えば、必要とするものの元へ必要なものを、ということをやっていた。毛皮や金属、薬の類いも奴らは不正に集めて売っていたはず」
サンの説明にジャスパーは顎をしゃくった。
「その文句には聞き覚えがある。多分、俺たちはそのコネクションとやり取りをしていた」
「やはりか……」
サンは驚いた様子を見せずジャスパーを見た。
「物々交換でも良いと言われていたからな。バーチの毛皮はあると冬越えしやすい。こればかりは命がけだ、コネクションが不正に仕入れた物だとしても手放すのは惜しい」
「君らを罪に問うつもりはないはずだ。だが不正が続けば、結果正規に回る物は減り、物価は上がり続け人々の暮らしは知らず知らずの内に圧迫されていくものだろう。まあ、今はものに対する対価がしかるべき所に届けば良いんだ」
「そういうものか?」
「それで済む話もあるだろう。ところで物々交換と言ったな。何を渡し、何を得ていた?」
「俺たちが渡せる物はほとんど鉱物、それから生地と薬草だ。ただどれも加工はしていない」
「石か。ダイヤモンドも?」
「そうだ。そして得ていたのは鉄……」
「鉄?」
「鉄というか、鋼というやつか。あれが欲しかったんだが、最近はそれそのものではなく加工済みしかないと言われていた。ほとんどは斧だったな」
ジャスパーの話を聞いたサンはしばらく考え込むように顎を撫でた。
「そういえば、鉄を買い占めている奴らがいるようだ、とオニキスが言っていたな。武器になっていない方が使い道がないから、盗難防止になると聞いたと……。君らは加工する術は持っているのか?」
「鉄を? 俺たちは鋭い武器をそれほど必要としない。体が強いからな、石でも充分だ。だから鋼にする必要もないんだ。あー、つまり、加工する術はあるがあんたらには劣る……」
ジャスパーは言葉不器用にそう説明し、それを聞いたサンはわずかに眉間を寄せて頷いた。
「そうか。……ならなぜ鋼が必要だったんだ?」
「それは鉱山開拓のためだ。鉄より鋼の方が優れている。ところでオニキスと言ったか?」
「ああ。長官の名前だ」
「黒髪の……年の頃は俺たちと同じくらいの奴か? 顔の良い変人」
「そうだな。しかし変人……否定は出来ない」
「オニキス、あのオニキスか?……それなら多少話は出来そうだ……」
***
宮殿の私室でロータスはブローチを見ていた。
夕方の陽は黄金色に強く輝き、宝石の赤色を飛ばしてしまうほど。
やはり台座の銀は純度の高いものだと鑑定士は言っていた。
それに見事な彫金細工。これは王国のものではなく、帝都の一流職人が作ったものだ。
デザインは華やかすぎるほど華やかな、自信に満ちた花、ピオニー。
ほぼ確実に姉・ピオニーの私物だろう。
(スティール殿が持っていた……盗品と言っていたが、これをどこで入手したと言うのだろう。売りに出すはずもない)
二人が知り合いだった?
ピオニーは宮殿外に出ることはほとんどない、お忍び程度ですらないような女性だ。
深窓の佳人といって良い雲上人である。
取り巻きは確かに多く、外出の際には護衛役を買って出る男性や騎士と共に出る。
本人の意思に関わりなく目につく行列となるのだ。そうならスティールがどのように彼女と会うのか。
宮殿の守りは流石に厳重なはず。そもそも王都に、身体能力が高いとはいえ竜人族が入れるだろうか。
(どこで……姉上の側仕えに裏切り者がいるとか? それがスティール殿と通じ、シリウスを監獄へ?)
そして秘密裏に処刑を?
背筋がぞっとするものを感じ、ロータスは音を立ててブローチを机に置いた。
知らないところで知人がどこかへ消えてゆく。
背中に落とし穴を掘られたような気分だ。
それを振り払うように息を吐き、立ち上がるとブローチを片付けて部屋を出る。
もしピオニーの側に間者がいるなら大変だ。アジュガかアゲートに相談すべきだろう。
そのまま宮殿の階段を昇る……踊り場で一仕事終えたアゲートと鉢合わせ、ちょうど良かったとロータスは彼に挨拶した。
「ご相談したいことがあるのですが、お時間はございますか」
「今か? すぐに済む話か?」
「ピオニー姉上のお側に仕える者を、今一度調べておく方が良いのではと思って」
「結婚するしな。それは良い考えだ。警護のためにも厳選した信頼出来る者でなければ」
「……はい」
アゲートはロータスを疑わなかったようだ。
ロータスはなんとなく腑に落ちないものを感じたが、これ幸いと頷く。するとアゲートが真顔で見つめてきた。
「一体、どうした?」
「……いいえ」
上手く噛み合わない。
何かが噛み合わないのだ。
誰も疑いたくないのに、誰かを疑っている。
「いいえ。姉上のことを相談したかっただけですので、これで失礼します」
アゲートに背を向けると、ちょうど巨大な鏡に自身がうつる。その奥に、美貌の女が一人。
真っ白い髪は長く、それを見たのは王座だと気づき、ロータスは振り返った。
目が合う。
彼女は口元に笑みを浮かべるとゆったりとした足取りで柱に身を隠す――ロータスは彼女を追いかけた。階段を降り、柱へ。
そこに彼女の姿はなかった。
アゲートが追いつき、何事かとロータスに訊く。
「あの女性は何者なのです?」
「あの女性?」
「白い髪の……兄上と同じ年の頃の」
アゲートは「ああ」とすぐに思い当たったようで、顎に手をやって答えた。
「彼女は古くからアイリス王国に住んでおられた貴族の末裔だ。非常に知識豊富で、我々の知らない土地まで教えてくれた。彼女がここに湖があると言えば確かに湖があり、地図を作成するにも大助かりだ。父上が気に入られ、側に置かれていてな……」
「王座の後ろに置くほどに?」
「衛兵がいる。彼女はたおやかな女性だよ、危険はない」
「……貴族の末裔ですか?」
アゲートからはそれ以上の話はない。
ロータスはアゲートとわかれ、宮殿内を歩く。
手の届かない天井には女神達の絵が描かれているものの、ところどころ剥がれ色も抜けている。
庭園に続く通路にさしかかると、ふわふわと甘い香りが鼻に届く。
静かの森で暮らして以来、どことなく五感が鋭くなった気がする。この香りは間違いなくピオニーのものだ。
ロータスは彼女の侍女か、護衛役に間者がいるのなら探れないかと考え、息を潜めた。
そっと彼女たちの後を追う。
ピオニー夫婦が住むための新しい宮を見に来たらしい。
まだ建造中のそれは白い石で作るようだ。基盤はすでに出来上がり、天に向かうよう高い柱が何本か立てられている。
その長い影がロータスの足下に届く。ロータスは足を引いて物陰に隠れた。
「母上がお住まいの離宮と同じ広さね」
「はい。国王殿下のご配慮です」
「それは良いこと。でも、しばらくじっくり見てみたいわ。皆さん、少し席を外して下さる?」
ピオニーの命令に大工達は顔を見合わせ、散っていった。
ピオニーの側仕えすら遠ざかり、ピオニーは一人建設中の宮へ入っていく。
(危険ではないのか?)
しかしピオニーは慣れた様子だ。護衛役も特に何もしない。
ロータスは回り込んで彼女の姿を追った。
ピオニーは宮を見る、と言ったが特に何かを注目することはない。慣れた様子で床を渡り、歩調を早めたかと思うとそのまま草むらに飛び込んでしまった。
ロータスは転んだのでは、と目を見開き、声を出さぬまま身を乗り出す。
が、そこで見た光景に息すら止まってしまった。
「待ちくたびれたぞ、ピオニー」
「あら、そっちが早く来すぎたのよ」
ピオニーの金髪を慣れた手つきで撫でるのは、槍を剣を握るたくましい手。
ロータスもよく知る人物のものだ。
「お前が人妻になれば、こうして会うのは限られてくるしな」
「そんなこと言って、あっさり妻を迎えたじゃない? お互い様よ」
「彼女は品がない。反抗的なのは気に入ったが、それだけだな。やはり女は美しくなくては」
「ふふ。男もやはり強くなくてはね」
ピオニーを抱きよせ、口づけながら身を起こした男は、見間違いようもなくアジュガその人であった。
***
監獄から抜けだし、フェンネルとも別れるとシリウスは一人行動を開始していた。
ダイヤモンド山へ向かうと考えたが、もし自分が脱獄したことがバレたら真っ先に疑われるのはそこである。
いない方が良いだろう、そう考え帝都の方へ足を向けたのだ。
ダリアの街に入る。
ここは多種多様な人物が行き交う。各王国の商人や芸人、旅人が多いため紛れるには良い街だ。
フェンネルが最後に渡したのは、ロータスが準備したという路銀だ。これで衣服を揃え、体格の似るエリカの男に変装し……考えながら色とりどりのスカーフが風に揺れる一角に流れ入る。
見目の良い踊り子がシリウスに意味ありげな目線を送り、通り過ぎていった。
酔いそうな甘ったるい匂いは薬草の一種だろう。おそらく媚薬効果がある。
なるほど人が交わる街なだけあって、一歩間違えれば落とし穴に落ちそうだ。
シリウスは商店を抜け、林道を行き、古く見捨てられたような神殿に入った。
思った通り休憩場として使われているようで、酔っ払いの男性がいる程度。
今夜はここで明かそう、そう決め場所を確保する。必要なものを確認し、ダリアの街の地図を広げる――にゃあ、と困ったような声に気づき、顔をあげた。
神殿内ではない。
外から聞こえる声を辿り、歩けば数メートル先の背の高い広葉樹に白い子猫が一匹。
降りられなくなったようだ。
どことなくプルメリアに似ている、とシリウスは思った。
そこに一人、少年が現れ子猫を見上げた。
動きやすそうな膨らみのあるズボンに、ブーツ。帽子が大きいが、そのつばを持ち上げると木を何度も確認し、意を決したのか登り始めた。
子猫の方は少年を見下ろし、大人しくしているが、逃げるべきか戸惑う様子を見せている。
枝が体重にしなる。
少年は何とか子猫の元にたどり着いたが、なかなか捕まえられない。声変わりもしていない声で言い聞かせつつ、ついにその体を持ち上げた。
が、子猫が暴れてバランスを崩した。子猫を抱えようと少年は手を伸ばし――シリウスは考えるより先に動き、落ちてくる少年と子猫を庇う格好で下敷きになった。
「……」
「……」
帽子がぽとり、と落ち、大きな目がシリウスを捕らえる。
不思議な色だな、と思った瞬間、その目がより一層大きく見開かれ、「ご、ご迷惑をおかけしました!」と耳がわんわん鳴るような声で少年は謝った。
子猫は母猫と無事に合流し、街の方へ歩いて行った。
それを見送ると、少年はシリウスを見上げてくる。
「ありがとうございました」
「礼には及ばん。今後は気をつけろよ」
「はい。あっ……」
少年の目が今度は何か発見した。シリウスの、目からやや離れた位置。
耳だ。
「……」
シリウスはそれをさりげなく髪で隠すと、彼から目をそらす。
すると少年の方から気遣わしげに話し始めた。
「あの、気にしないで下さい。仲間にも竜人族がいますから」
「仲間に? 変わったものだな。今関係性は危ういというのに」
「でも彼はいい人ですから。そうだ、もしかしてお知り合いだったりするかも。良かったら会いませんか?」
少年はシリウスを疑う様子を見せない。いや、まさかこれもワナだろうか?
さきほどの踊り子のように、宿へ連れて行くための。
「遠慮しておく。今日はもう疲れたしな」
「お礼もしたいですから」
少年自身が商売をしているかもしれない。こういう中性的な存在は危険だ。特に見目の良い少年は一部から可愛がられる。
シリウスにそういう趣味はない。早々離れるのが吉だ。そう考え、神殿にきびすを返す。
流石に神殿で商売する輩はいないはずだ。
「おーい! 長老が呼んでますよー」
そんなはきはきした女性の声が林道の向こうから聞こえてくる。少年は手をふって応えた。
「ルビー! ねえ、この人に助けてもらったの。せめてお礼に食事でもってお誘いをしてたんだけど……」
「ルビーだと?」
「助けてもらった? 何があったんですか……あら、旦那さま?」
「え?」
三人の視線がそれぞれ絡む。
ルビーと呼ばれた女性は確かに、ベリルの護衛役である狩人だ。出発前とかなり衣服が違うが、この長身は見間違わない。
「ええ! なんでこんな所に? あっ、ちょっと待って、お嬢様を呼んで……違う違う、お嬢様がいるから、一緒に行きましょう!」
ルビーは素早くシリウスの腕を取り、そのままずんずん来た道を戻る。
シリウスが少年を振り返ると、先ほどまでの明るい表情はどこへやら、彼は眉を寄せ、シリウスからさっと目をそらす。
(……?)
あまりの態度の違いだ。
サンというずいぶん背が高く、肩幅も胸板も分厚い男とジャスパーは一緒にいた。
今後の道を確認しているようだった。
シリウスが姿を現すとジャスパーはこれ以上なく眉を開く。彼の無事にシリウスは目を細めた。
「なんでここにいるんですか?」
「色々あってな。詳しい話はまた……」
「どこへ向かってるんです?」
「帝都へ行くつもりだった。だが、目的地はあってないようなもんだ。俺は逃げてきたんだ」
「逃げた?」
こそこそと話し合う中、ジャスパーが耳をぴんと反応させて後ろを見る。
先ほどの少年だ。
うろんな目線はシリウスに注がれ、ついでジャスパーを見る。ジャスパーはシリウスの肩を叩くと少年に向き合った。
「気持ちはわかるが、事情を話したろ」
しかし少年はふいっと顔を背けて行ってしまった。入れ違いにルビーに連れられたベリルと老婆が現れた。
「シリウス殿!」
ベリルは先ほどの少年と同じような格好をしていた。ぱっと見は細身の青年と言った感じだ。
「ベリル。無事で良かった」
「ルビーから聞いて驚いたわ。王都にいるはずではないの?」
「そのはずだったが、訳あって逃げた。やつらは体面さえ保てればそれで良いんだろう。奴にとって俺は邪魔なんだ」
「奴?」
「ここで話せる内容じゃない。ゆっくり出来るところは?」
ジャスパーに聞けば、彼はサンを仰いだ。
「今夜は宿を取るつもりでいたが、野宿の方が話せるだろう。クレマチス嬢はどうした?」
サンの言葉にベリルも老婆も辺りを見渡した。ルビーもいない。追いかけていったのだろうか。
シリウスははたと気づき、サンを見た。
今クレマチス嬢と言ったか?
「クレマチス……」
名前を呟く。彼が持っていたペンダントのモチーフの花の名。しかも「嬢」がつくのだ。地位は高い娘なのだろう。
まさか?
「……王子の思い人か?」
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