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Tale of Empire ー復活のダイヤモンドー 小説

Tale of Empire ー復活のダイヤモンドー 第12話 帰還前夜

 アイリス王国に使者が招かれていた。
 四方将軍の一人であるジェット・グリーン伯爵である。
 ジェンティアナへの挨拶を終えると、精鋭300人を連れ庭園に出、一羽の鳩を飛ばした。
 西の空へ向かうその鳩は雲に姿を消す。
「将軍、あれは?」
 副将軍が訊ね、ジェットは腕を組むと答える。
「オウル・ベリー殿の連絡だ」
「では、静かの森に行くのですね。竜人族に読まれてしまうのではありませんか?」
「それで構わない。シリウスとやらはベリー家の婿殿だからな、正式な挨拶なしに和議の場に呼ぶわけにはいかん」
「王子殿下を人質にするような輩ですよ」
「どういった事情があったかは、俺たちのあずかり知らぬ所だ。特殊捜査機関が何とか暴いてくれれば良いが……」
「あそこは人も少ないですからね。期待は出来ぬのでは……」
「だからこそサポートするよう陛下に言われているのだろう。お前、慎重なのか否定的なのかどっちなんだ」
 ジェットが呆れたように言ってその場を立ち去る。
 西の空は太陽に照らされ、黄金色に輝いていた。

***

 見慣れない鳩だったが、もたらした報告にシリウスは目を見開いた。
 ベリルの祖母であるオウル・ベリーが書いたものだったのだ。
 ベリル達の無事を知らせる内容に、シリウスは肩の力がふっと抜ける。
 短いメッセージしか送れないため、情報は少ない。丸いような絵が描かれているようだが、インクが滲んで何を伝えたいのか分からないものもある。
 返信不要と最後に書かれているため、何か制限がある中での行動だろう。
 シリウスはその通りにし、ベリルとベリー家の長老は無事だと皆に伝えると準備を始めた。
 和議が無事に進めば、と期待する一方で、心中には警告音のように重い鼓動。
(注意せねば)
 そう考える自身の眉間はどんどん険しく緊張してくる。
 窓の向こうに目をやれば、顔色を悪くしているシトリンが見えた。
 屋敷から出て彼女に駆け寄ると、シトリンはシリウスの姿を認めて気が抜けたのか、その場に崩れ落ちてしまった。
「どうした?」
「えへへ……かっこわるいとこ見られたちゃった……」
 シトリンは笑って見せたが、弱々しいものだった。
 ぐったりとした体には、真新しい青いアザがいくつも浮かんでいる。誰がしたものか、聞かないでも分かることだった。
 冷えているその体を横抱きにして屋敷に入れば、心配そうな顔をしたロータスが駆けつける。
 彼もシトリンの異常を見つけたのだろう。
「デイジーを呼んでくる」
「ああ。しっかりしろよ、シトリン」
「はーい……」
 デイジーを呼ぶためロータスが出て行く。早春はまだまだ冷える。
 屋敷内の暖炉に薪をくべ、温度をあげる。シトリンは青白い顔をしていたが、徐々に体温を取り戻した。
 デイジーを連れ、ロータスが戻ってくる。
「シトリンは?」
「今眠ったところだ。デイジー」
「分かってますよ。殿方は出て行って」
 デイジーはテキパキと動き、シリウスとロータスを屋敷から追い出す。
 冬空の下、兵舎から威勢の良い声が聞こえてきた。シトリンが来たのはその方向だったはずである。
「訓練が辛かったのでは……」
 ロータスがそう言った。
「女性の身だ。無理をさせれば体が壊れてしまう」
「戦士になると決めたのは彼女だ。きつかろうが、耐えられないなら戦に出せない」
「出れば危険なのは彼女自身だ、と?」
「そういうことだ。だが……」
 シリウスは兵舎の方を見やる。
 スティールの指導は厳しいのではなく、きついのだと聞いている。
 無茶を重ねれば壊れてしまうものだ。道具も武具も、使い方を間違えれば役に立たない。
 しかしスティールはダイヤモンドの槍に認められた族長である、誰も逆らえない。
 シリウスは奥歯を噛みしめた。
「とにかく、今はシトリンを休ませよう。シリウス、薬草があったはずだが……」
「ああ。あの調子なら、他の奴らも体に負担を得ているかもしれないな……薬草を取りに行こう」
 シリウスはロータスとともに倉へ向かう。
 乾燥させた薬草が所狭しと並んでいる。いずれも竜人族の知恵で育まれたものだ。
 体を温めるもの、冷やすもの、切り傷や虫の毒などに対抗しうるものもある。
 シトリンは青白い顔をしていた。血が不足しているか、体温が下がっているのが一番辛いはずである。
 シリウスの指示にロータスは従い、棚から必要なものを手にしてきた。
 彼は薬草の効能も種類も、すぐに覚えていった。剣術も柔軟に身につけ、少しばかり肩幅が大きくなっている。伸びた髪を器用にまとめ、ぱっと見た感じはまるで「お仲間」だった。
「これで充分だろうか」
 ロータスが持ってきた薬草は料理に混ぜて使う。兵舎にいる者達にも振る舞うなら丁度良い量だった。
「ああ。食料も探して……」
 倉の隅に置いてあるウサギ肉を手に、二人で出る。
 空は新鮮な空気に満ち、どことなくきらきらしている。雲は明るく色を含んだ光をうつしこんでいた。
「彩雲か……」
 ぽそっと呟くが、ロータスは首を傾げる。
「どこに?」
「あの雲だが……」
 指で示すが、ロータスは分からないようだ。
 シリウスは視力に優れている。そのため彩雲に気づきやすかったのだろう。
「あなたは人の目には見えないものが見えるのだな」
「どうかな……まあ、良い。良い兆しだというしな」
「ああ。だが、なぜ良い兆しが形になるのは時間がかかるのだろう……」
「竜人族の間では、陰徳というやつではないかと言われている。良いことほど忘れたころにやってくるのは、恩を押しつけないためだとか」
「押しつけないため、か……神々らしいな。そして人が調子に乗らないか、試しているのか」
「かもしれない」
 ロータスとはぽつぽつと話をするようになっていた。
 竜人族の仲間とするものとは少し違う。
 シリウスは、もっと自分の考えの、その深い部分に近いことを話している気がしていた。
 何か考えるよりも自然に言葉が出てくる。
 不思議なものだった。
 先を行くロータスの姿勢はぴんと伸び、以前よりも竜人族の作った衣服が似合っている。
「王子は和議の話をどう思っているんだ?」
 そう口を開くと、ロータスは目を開いて振り返る。
「……わからない」
 返ってきた言葉は何の混じりけもないものだった。
「わからないか」
「ああ。嬉しいとは思っていない。……使者はスカイという騎士だ。彼は貴族の養子で、慎ましい人物だが……」
 ロータスは言いづらそうに顔を背ける。
「だが、なんだ?」
「いや……シリウス、私がこんなことを言うのはおかしな事かも知れないが……気をつけた方が良い。私もこれ以上、あなた達との関係がこじれるのは望まない」

***

 和議の話が進めば、あるいは王国に帰れるかもしれない。
 シリウスはそう言ったが、ロータス自身はそれを素直に喜べなくなっていた。
 一番に思い浮かぶのはクレマチスとの再会だ。
 いかに愛していると言っても、自分以外の……それも兄の妻となった彼女の前に、どう現れれば良いのだろうか。
 確実に純粋な愛だけではない。ロータスはそこまで成熟出来ていない、と自覚している。
 鏡にうつった自分の姿は、「人質」という肩書きに似合わず健康的である。以前より鍛えられ、他人のようでもあった。
 みずぼらしくはないが、「おとぎ話の王子さま」というよりも「異国の冒険者」と言ったところか。
 自分は変わってしまったのだ。
 だが過去に戻りたいとも思えない。
 そうならば、彼女とももう合わないのだろうか?
 そんなことを考えていると、鼻腔にラベンダーの香りが蘇る。
 それは違和感なくロータスの心に馴染むようだった。
 顔を洗い終え、居間に顔を出すと看病を終えたデイジーとかちあう。
「シトリンは?」
「大丈夫ですよ、疲れが出たみたいです。薬草入りのスープを飲んだし、食欲もあるみたいですからね」
「飲むのを渋っただろう」
 彼女は苦いものが苦手だ。
「そうですね。でも、さすがに飲み干してましたよ。今回ばかりは飲まなきゃ死ぬかもって」
「……そんなに辛かったのか?」
「まあ、女の子ですから。体を鍛えすぎても良くないし、その加減が出来なかったみたいで……王子殿下、シリウスの旦那にはこんなこと言えませんけど、シトリンちゃんにそんなに厳しくしないといけないものなのですか?」
 デイジーは眉を顰めると首をふる。
「そりゃ、戦地で傷つくかもしれないっていうのは分かるんですけど……男なら傷ついて良いわけじゃないっていうのも、分かってるつもりですけど……」
「……」
 ロータスはすぐには答えられず、視線を落とす。
「……申し訳ありません。王子殿下が何かを強いたわけでもないのに」
「いいや。……私こそすまない。こんな時どう言えば良いのかすら、わからないんだ」
 眉を曇らせたままのデイジーを家まで送り、夕陽に目をやる。
 和議が設定されているのはロックランド、一週間後だ。
 ロータスも同行するよう言われている。
 そうならば王国側は人質解放のため、ある程度の動きを見せるということなのだろう。
 心臓が期待に熱く跳ねる。
 その一方で頭は冷えていく。
(何かがおかしい)
 いつか感じた違和感に似たものが、胸のずっと奥、魚の小骨が刺さった時のように残っている。
 目を閉じると、静かの森で過ごしたこの数か月のことが思い出された。

***

 あれ以来、クレマチスは何度か皇帝の執務室に呼ばれていた。
 皇帝は過去を懐かしんでいるようだ。
 クレマチスからすれば皇帝は雲上人だが、彼自身は非常に気さくで、緊張はしても嬉しいことでもある。
 実母の面影を感じられるからだ。
「彼女はまあ頑固な女だった。俺が用意した家具など、必要でないものには一切触ろうともしない。いつも質素な服を着て、化粧もせぬのだから」
 同席するオウルやベリルも、血縁の者がどのように過ごしていたか知れて、安堵するような表情を見せている。
 皇帝の話が終わると、水はクレマチスに向けられる。
「ウィンド家ではどのように過ごしていた?」
「父母は私を自由にさせてくれました。今にして思えば、陛下から預かった子だから、ということだったのですね」
「かもしれんな。ところでレイン王家の末子と婚約していたのだったか」
 皇帝の言葉にクレマチスははっと現実を思い出す。
 ロータスと婚約していたのに、今やその兄の妻である。思わず膝の上で手を組み、視線を落としてしまった。
「何かあったのか?」
「彼女、レイン王家の次男と夫婦に……望まぬことだったのですが」
 ベリルがそう付け加え、皇帝は表情を引き締める。
「アジュガ王子か。だが、なぜ急にそうなった?ジェンティアナ兄(けい)は何を考えているのだ。アジュガが弟の婚約者を奪った兄、と噂されれば事だ」
「王権に集中させたいのでしょう。ウェストウィンドは静かの森と王都のちょうど中間ですから」
「そういうことか……。あの草原を駐屯地にすると? 確かに命育む肥沃な土地だ。兵士を食わせるのにも良い。とはいえ、決断を急ぎすぎたな。あれでは悪評が立つ。……クレマチス、お前はどう考えているんだ? アジュガ王子は確かに腕も立ち、王位継承第2位だ。このままでも地位も高く、一生を保証されたようなものだが」
 クレマチスは顔をあげた。
「私……そういうことに関心が向かなくて。これではいけないと思っているのですが、以前のようにロータス王子と、あのウェストウィンドで、ウェストウィンドじゃなくても、……一緒にいられたら良いと……ですが……このままではウェストウィンドが……」
 上手く言葉が出てこない。続けて話せば涙が出そうだ、クレマチスはそう気づき息を吸い込んだ。
 が、上手く空気が入ってこない。
 口を開いて手で空気を仰ぐ。
 どうしたことか、このままでは胸が押しつぶされそうだ。
「わ、私は……」
 二の句が継げない。
 困っていると、皇帝が自ら話題の矛先を変えた。
「そうだな。ウィンド家の体裁も、ウェストウィンドも、領主なしでは保てぬ。ジェンティアナ兄が急いだ理由も分からぬではない。だがロータスは繊細ながら芯のある若者だった。統治もうまく行っていたようだし。……クレマチスの心が定まるまで、ここでゆっくりするのも良いだろう。アジュガには何らか連絡を取っておく」
 クレマチスとともに、オウルもベリルもそろって礼を言う。
「そういえば、クレマチスよ。赤子だったお前に持たせたペンダントがあっただろう。クレマチスの花を象ったものだ。あれはどうしている?」
 皇帝は声を明るくして訊ねた。あれは皇帝からの贈り物だったのか、とクレマチスは目を丸くした。
「あれは、戦に行かれるロータス王子殿下にお預けしたのです。お守りに、と」
「なるほど。ロータスは確かに捕らえられたものの、おそらく無事であろう。お守りとしての効果があったなら良いことだ」
「え? どうして彼が無事だと?」
「ラピスからそう聞いておる」
 帝都へ来て出会った、あの青年か、とクレマチスは思い出す。
 彼は確か特殊捜査機関の副長官である。
 その彼から報告があった、ということは、すなわち――
「特殊捜査機関はすでにアイリス王国にいるということですか?」
「そういうことだ。長官が変わり者ゆえ、思わぬ方向から捜査していることであろう。あのジャスパーという竜人族の男は、それこそ長官が兵役の時に知り合った者らしい」
「ほほう、世界は広いが世間は狭いとはこのことですなあ」
 オウルが感心したように言った。

 クレマチスは皇帝の執務室から出ると、ラピスの下に急いだ。
 とはいえ宮殿は広く、至る所に装飾品があり、階段は全て赤い毛氈に覆われ、はっきり言って景色が変わらない。危うく迷子になりそうだ。
 活けられた花と、ユリが描かれた大きな花瓶を目印に右に曲がる。
 そこから庭園に出られる。大神殿へ通じる道を行けば、そこにお目当ての人物がいるはずだと皇帝が言っていた。
 年寄りの神官が東屋で休んでいる。
 青いスカーフ。彼が窓口だ。
「こんにちは!」
 そうかけた声は大きく、神官を驚かせてしまったようだ。
「……こんにちは、お嬢さん」
「あの、ラピス副長官はこちらにいらっしゃる?」
「一体、どのような御用向きで?」
「お訊きしたいことがあって……」
 神官は簡単には通してくれないようだ。
 クレマチスは、皇帝に耳打ちされた内容を思いだし小さな声でそれを言った。
「長官はサディスト」
 神官は表情を変えずに頷く。
「少々お待ち下さい」
 と言って、ティーポットを取り出した。
 それから数分後、ラピスが東屋に現れクレマチスの姿を認めると柔和な笑みを浮かべる。
 神官は席を外し、残ったのは二人分のカップだ。
「あの合い言葉って……」
「お気になさらず。訊きたいことというのは、王子殿下のことですね?」
「はい。ご無事だと聞きました。でも、どんなご様子なのか……」
「順を追って説明しましょう。我々がアイリス王国に入ったのは、ロックランドでの交戦より一週間前です」
「え? でも、帝国の使者が来たという話はありませんでした」
「……長官は少々変わり者でして。物事は表裏どちらからも見ないと、真実にはたどり着けないと考えておられるのです。そこで、彼は帝国の使者としてではなく、軍に人をやり、商人に人をやり、と部下共々肩書きを変えて入り込んでいるのですよ。まあ、我らの仕事内容は何となく把握出来ましたか?」
「……はい」
 ラピスの説明は簡潔だ。クレマチスは講義を受けているような気分になり、焦っていた気持ちが落ち着くのを感じる。
「ロックランド前にアジュガ王子に同行し、ことの成り行きを見守っていたのです。ロータス王子が身代わりとなったことも把握しておりました」
 クレマチスは手をきゅっと握りしめる。そこから彼はどうなったというのか。
「竜人族に混じることは流石に出来ませんでしたが、彼らが一部商人との関係は持っていると知り、そこから遠巻きに彼らの様子を探ったのです」
 クレマチスは手をあげ、「どうぞ」とラピスの許可を得て口を開く。
「王子殿下をお助けするとか……」
「残念ながら、それは長官も、私も、許可を出せません」
 ラピスはぴしゃりと言った。
「それを実際に行うべきは王国、ないし帝国軍でなければ。人質として不当な扱いを受けているのであれば考えますが、そうではない。それに王子自身が人質としてどうあるべきか理解されていますからね」
「少なくとも竜人族は、停戦を申し込んでいるという……」
「おっしゃる通りです。彼らは話し合う機会が必要だと考え、そのつもりもある。ならばいくら敵対関係になったとはいえ、そのつもりを否定は出来ない。人同士としての信頼を裏切れば今後の交渉すら出来なくなりますからね。そうなれば話し合い、譲歩し、なんなら和平に向かう希望すら失われます。だからこそクレマチス殿、ロータス殿下がなさったことは、大きな意味がある」
「では、こっそり救助することは竜人族との最低限の関係を壊すことになるかも、ということなのですね」
「はい」
 クレマチスは納得こそしたものの、胸が途端苦しくなり視線を下にした。胸元をさすってみるが、もやが広がるようにしかならない。
 ラピスはそれに気づいたのか、口調を和らげた。
「王子殿下は聡明でいらっしゃる、と帝都でも噂になっていました。そんな殿下に、一番近くで寄り添っていた貴女だ。さすがに気丈でいらっしゃる」
 クレマチスはつい頭を横にふった。
 気丈なものか、時々思い出して泣いて一夜を過ごす日々もまだあるというのに。
「……竜人族と、静かの森でお暮らしなのですよね」
「ええ。竜人族をまとめているのはシリウスという男です。物静かで、仲間からの信頼は厚く、特に野蛮な話は聞きません。それに……」
「ベリル姉様の夫君です」
「そうでした。ベリル殿から聞いておりませんか?」
「複雑なのです。聞きたいけど、それでも王子を人質に取った者なのだ、と思うと」
「確かに、こうなってしまうと身内だと話しにくいことでしょうね。私は第三者だし、まだ話しやすいかもしれません。気になることがあれば何でもおっしゃって下さい」
「静かの森で、その、王子はどのように過ごされているのでしょうか」
「聞いた限りでは、馬の世話をしたり、竜人族の育てる薬草や武具などに興味をお持ちだとか。シリウス殿と同じ屋敷で過ごしているため、秋冬でも比較的快適に過ごしているはず。世話役についているのは40代の女性……ベリー家に仕えている方と、竜人族の少女だと」
「ああ、なるほど。王子殿下は馬がお好きだから……」
 ウェストウィンドでもよく世話をし、草原を駆けていたものだ。同乗したこともあり、彼が馬を好み、馬も彼を好むのを思い出すとほっとした。
 静かの森でも、多少慰められる材料があるなら。
「……体調はいかがかしら」
「時々崩されているようですが、重症ではないようです。竜人族の使う薬草などがよく効くようで、商人もこぞって買いに集まるとかで。部下が試したそうですが、傷などによく効くのだそうです。殿下の一大事は戦に関わりますから、竜人族もかなり気を遣っているようですよ」
「なら……少しは安心して良いのですね」
 ようやく胸に広がっていたもやが晴れていくようだった。
 ロータスは向こうで、何とか無事でいる。捜査機関の者がいるなら、何かあった時も助かるかもしれないのだ。
 クレマチスはラピスに深々と頭を下げた。
「クレマチス殿」
「ありがとうございます。王子が貴殿達に守られているなら、安堵いたしました」
「お顔をあげて下さい。我らは役目を全うしているだけ。皇帝陛下も、竜人族と王国の不和を気にかけておられますから。帝国のためにしていることですので、礼は不要なのです」
「それでも、王国のため、と民を見捨てる支配者もいます。そうでないなら感謝して何がおかしいのでしょう。これからもどうかよろしくお願いします」
 クレマチスは掠れた声で言う。そんな彼女にラピスは深く頷いて見せ、一枚のハンカチを手渡した。

 和議の話が進んでいる、とは帝都でも聞く話だ。ラピスはその時、きりりと引き締まった表情をしたものである。
 ダイヤモンド山の返還も、捜査そのものも、それほど進んでいない。
 何より農民の被害者がいるのだ、竜人族を快く思わない民は多い。
 クレマチスも何となく思っていたことだが、和議が成らなかった場合、余計に関係がこじれてしまうのではないかと危惧しているとのこと。
 そのため帝国からも四方将軍が派遣されたが、ジェンティアナと皇帝の仲は不和とは言わないまでも良好とは言いづらいのだ。
 おそらくアイリス王国内の四方将軍の存在感は薄い。
 ラピスは別れ際、クレマチスに「あまり期待はせぬように」と告げた。
 クレマチスも、流石に王国と竜人族の関係がこじれてしまえば、それこそロータスの立場も危うくなると理解している。
 せめて決定的な打撃がどちらにも及ばないよう、祈るばかりだった。

次の話へ→Tale of Empire ー復活のダイヤモンドー 第13話 新たな条件

 

 

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