Tale of Empire ー復活のダイヤモンドー 小説

Tale of Empire ー復活のダイヤモンドー 第11話 決意

 帝都で暮らすようになり3週間が過ぎた頃。
 宮殿内に部屋が用意され、そちらにうつってしばらくが経ったころだった。
 クレマチスは男装をすっかりやめ、今は街にいる女性達と同じような軽やかなワンピースを着ていた。
 この日、ベリルと共に呼ばれたのは皇后の宮である。
 冬の寒さに負けず空が明るく見えるのは、よく磨かれた石畳の反射のせいもあるのではないか。
 アイリス王国はどこか灰色がかって、クレマチスは故郷には安らぎを感じるものの、王都にそれを感じたことはない。
 足下の明るさはなかなか関係があるのではないだろうか、などといちいち帝都の様子に気を取られていると、ベリルに腰のあたりをつつかれた。
「おのぼりさんね」
「だって、どこを見ても王国と違うんだもの」
 ベリルは常に冷静な目をしている。まるで冬の高い空のようだ、とクレマチスは思った。
「今は良いけど、皇后陛下の前では大人しくしているのよ」
「分かってます」
 まるで姉のように注意するベリルに答え、クレマチスは彼女と二人、宮に入った。
 宮殿よりは小さく、どことなく柔らかい雰囲気がある。使用人は女性ばかりで、絨毯は淡いオレンジ色。
 暖炉も丸くアーチが描かれており、ペットの猫たちが二人を歓迎するかのように鳴いた。
「よく来たわね。さあ、どうぞ座って」
 皇后は髪をふんわり結わえあげ、衣服も毛織物のローブでくつろいだ雰囲気である。
 目尻の皺が深く、情の深さがそこに滲んでいた。
 挨拶もそこそこに用意された椅子に座る。
 円卓のため、目線は気まずくない程度に混じった。
「今日呼んだのは他でもなく、あなた方のご実家のことについてよ」
「実家……ベリーの家のことですか。それとウィンド家のこと?」
 ベリルが答えた。
 彼女はクレマチスと違い、帝国貴族の一員である。皇后と距離が近いのだ。
「そうよ。色々な噂があってね、陛下に調べるよう仰せつかっていたのよ」
「そんなことを陛下が?」
「そちらのお嬢さんの目を見て、色々思い出したらしいの。22年前かしら。ちょうど、ベリル、雰囲気はあなたに似ていたらしいわ」
 クレマチスがベリルを見ると、彼女はやはり相変わらず表情がない。どこか厳しい目をして皇后の話を聞いていた。
「彼女は王国で起きた戦で夫を亡くし、実家に戻ったけどそこで跡を継ぐよう迫られ逃げた、というの。そこで当時、アイリス王国にいた陛下と出会い、一緒に帝都へ。帝都へ着いた時、彼女は身ごもっていると気づいて陛下の庇護の下生活していたけど、結局子供は流れてしまった」
 クレマチスは眉を顰めた。
 もし無事に生まれていたら、その子は亡くなった彼の忘れ形見である。きっと宝物となったことだろうに。
 クレマチスはそんなことを考えていたが、皇后の目がこちらを向いている事に気づいて、顔をあげる。
「本当にそうだと思う? 男性は昔の女性を忘れないものだと言うでしょ」
「え?」
「子供が流れたということにしないと、困る事情があったのよ」
 皇后は突然いたずらめいた顔をした。扇を広げると口元を隠す。
「良い? その女性は名のある貴族だったのではないかという噂があるの。陛下はその方を得るため、名と子供を隠したのではないかって」
「皇后陛下、それを言ってしまって、大丈夫なのですか?」
 ベリルが流石に声を固くする。
「大丈夫よ。これを命じたのは陛下なのだから。さて、お嬢さん。クレマチス」
「は……はい」
「その名は色んな意味を持つわ。だけど名は体を表すというのはよく言い得て妙だわ。心のため、そして旅人のために咲く花……あなた自身が旅をするなんて、本当に」
「あの、皇后陛下?」
 クレマチスは裏表の言い回しというものに慣れていない。彼女が何を言いたいのか、まるで見当がつかないのだ。
 ベリルを見るが、彼女も肩をすくめてしまっている。
「ふふふ。可愛いこと。穢れていないのは良いことだわ。じゃあ、はっきりと教えてあげますからね」
 皇后は扇を閉じるとくつくつと笑った――無事に女の子が産まれ、彼女はしばらくの間、当時皇太子だった皇帝が用意した隠れ家で、ゆっくりと養生していた。
 訊ねてくるのは皇帝ただ一人、二人が恋人だったかどうかは分からない。
 赤子は彼女と同じ目をしていた。
 虹のように角度によって、光の当たり方によってその色を変える、不思議な目。
 皇帝は彼女達の家を守ってやろうと、花を与えた。
 つるを伸ばし、そこに大ぶりながら清々しく、凛として美しい花「クレマチス」を。
 クレマチスに守られた秘密の空間。
 そのはずだった。
 その年、嵐が起きた。
 数十年に一度と呼ばれるような嵐だった。
 帝都の民家にも被害が出て、皇帝達はそのために手を尽くしたが被害は甚大。
 皇帝は隠れ家に向かったが、時すでに遅し。屋根は落ち、柱は折れて壁は崩れていた。
 彼女は下敷きとなり、すでに息が切れていた。
 だが赤子は無事だった。
 皇帝はその子を引き取ろうとしたが、周囲は反対した。
 皇統の血を引かぬ娘である。皇女には出来ず、かといって隠し子にも出来ない。それをすれば皇帝にとって弱点となる。
 皇帝は赤子を信頼出来る者に預けた。
 それは、かつて彼がアイリス王国で世話役となったウィンド家の者だったのである。
 これは両者の秘密の話だ。
「……え?」
 クレマチスは思考が止まるというのを初めて味わった。
 何の話だったのか。
「つまりクレマチスは、ウィンド家の者ではない、と?」
 ベリルがそう探るように訊ね、皇后は頷いた。
「そういうことになるわ」
「では、……では両親が言ったのは……」
 拾ったのは使用人ということに、とはそういうことだったのか。
「でも、じゃあ、私は……」
 一体、何者なのか?
 突然目の前がぐらりと揺れた。自分の存在がこの世にないような感覚に襲われ、クレマチスは自分の体を抱くと眉を寄せる。
「名のある貴族ではないか、とおっしゃってましたが……」
 ベリルがそう訊いた。クレマチスは顔をあげる。
「そうよ。だからこそ貴女も呼んだの、ベリル。陛下は彼女の衣服の裏に刺繍された家紋を見ていたわ。別の植物に覆われても負けない、正義の果実をつけるその花の刺繍をね。ベリーの花は小ぶりながら愛らしく、気高いものだわ」
 はっとベリルは息を飲んだ。それはクレマチスにも聞こえる程。
 目が合うと、ベリルの目がこれまで見たことがないほど大きく見開かれていた。
「まさか。叔母上だということ? ならば、クレマチスは……」
 ベリルの言葉を皇后が継いだ。
「貴女の従姉妹ということになるわね」

***

 静かの森は銀の雪に覆われていた。
 竜人族は兵舎に籠もり、スティールの指導を受けている。人数が多いためここに薪は集められている。
 シリウスは生活に関わるから、薪の分配を考えるようスティールに言っていた。
 彼はそれを受け入れなかった。戦士育成こそが優先だ、と突っぱねたのである。
 プルメリアなど戦闘訓練に参加出来ない者は、家にいても凍えてしまう。
 ベリー家郎党に頼んで彼女達を預かってもらったようだが、これは悲惨だとロータスは思った。
 だが反対意見が出ればスティールはダイヤモンドの槍を取り出す。
 あの輝きに誰も逆らえないのだ。
 シリウスでさえも。
 ロータスは変わらず馬の世話をしていたが、静かになると思い出すのはシリウスの一言である。
 ――王子は誰より何より、自分自身を信じていないんだ――
 胸にずんと重く刻まれるような一言だ。
 その通りである、と直感が告げている。
 だがどうすれば良いのか?
 自分を信じる、など、例えば体に恵まれていれば、例えば地位に恵まれていれば違ったのだろうか。
 竜人族のように強く賢く、アジュガやアゲートのように勇ましく賢く。
 あるいは姉たちのように美しく?
 言っても仕方のないことばかり。
 ウェストウィンドで穏やかに暮らしていた時も、いつもついて回る感覚があった。
 クレマチスに世話を焼かれるたび、心配をかけるたび、優しくされるたびに孤独は深まる。
 なぜか。
 自分自身を信じていないからだ。
 情けなくなってたまらなくなるくせに、彼女の温かさを手放せない。
(これではいつか捨てられても仕方ない)
 そう思うと納得し、納得したそばから不満に鳩尾が締め付けられる。
 わがままな自分に、また嫌気がさす。これでは自信どころの話ではなさそうだ。
 ロータスは息を吐いて目の前の馬達に集中する。泣き言を言って何が進むというのか。
 今は生きることを考えねば。
 王国に帰って、何か役立つ情報を……そこまで考え、足下が揺らぐような感覚にどきりとする。
(竜人族を壊滅に追いやる情報を与えるというのか?)
 使者の話は真実が明らかになっていない。
 だが、少なくとも、シリウスが嘘をついているようには見えないし、プルメリアやシトリン、フェンネルのように無垢な者が、それによって追いやられてしまえば?
「……」
 自分の行動一つで何かが変わってしまうかもしれない。
 その恐ろしさに、ロータスは気づいてしまった。
 兵舎から出てくる戦士達を見る。中にはフェンネルがおり、彼はスティールに満面の笑みを向けていた。
 ロータスの視線に気づいたのか、二人が同時にこちらを見る。
「王子ー!」
 フェンネルは友人にでもするかのように手をふり、駆け寄ってきた。
「今からサウナするよ。一緒に行く?」
「いいや。君らの邪魔はしない」
 ロータスは竜人族との間に境界線を張っていたが、フェンネルはそれが理解出来なかったようだ。
「邪魔じゃないよ」
「そうか?」
 ロータスは首をふると腰に下げていた袋から一本の草を取り出した。
「……これ、毒草なんだそうだ」
「へえ~」
「香りを嗅ぐと酔ったようになり、手足は痺れてまともに歩けなくなってしまう……これをサウナで使ったら、君らはどうなるだろうか」
 ロータスの言葉に、フェンネルは目を丸くした。
「王子……? なんでそんなこと言うんだ」
「なぜ? 私は君らの敵であって、友人じゃない。しかも人質にされているんだ。どうやればここから逃げられるか、考えないと思うか?」
 フェンネルの眉が情けないほどに下がっていく。瞳がきゅうっと細くなるのをロータスは見た。
 そんなフェンネルとロータスの二人を覆う影が伸びる。
 スティールだ。フェンネルの肩を抱くようにしながら、ロータスを覗き込む。
「へえ。なかなかやるねえ、王子様」
「……スティール殿」
「だが、これは単なる牧草だな」
 スティールはロータスの手から草を奪うと、口に咥えてぶっと吐き出す。
「アニキぃ」
「情けねえ顔するんじゃねえよ、フェンネル。王子様の言うとおりだぜ、俺たちはお友達じゃない。で? 本気で俺たちを相手に逃げるつもりか?」
「……まさか」
 あれから静かの森の出入り口は全て、スティールの取り巻きが見張っている。
 彼らに敵うとはロータスは思っておらず、幸か不幸かロータスは見張り役から解放された。
 シトリンもまた戦士として訓練に狩り出されているからだ。
「それが叶わないのはあなたが一番よく理解しているはずだ」
「その通りだ。いいねえ、聡明だと理解が早くて助かるよ」
 スティールは満足そうに目を細め、ロータスの頬に手を伸ばした。指先が頬にかかる銀髪をつまむ。
「もったいないな。あんたが俺たちの仲間だったら良かったのに」
「だったら人質の役目は果たせない」
「……だな」
 スティールの手はそのまま下に。
 手が落ちると彼はフェンネルを連れ歩き出した。
「じゃあな、王子様。シリウスに飽きたらいつでも来な。楽しませてやるよ」
 ロータスは二人の背中を目で追う。フェンネルはちらりと振り返った。その半べその顔を見て、ロータスは胸がもやもやするのを感じる。
(もっと私に警戒してくれ)
 その願いは本心だった。
 ロータスはその足で、あの湖に向かう。
 木々の開けたそこは冬の空に覆われ、白い世界になっている。湖も凍り始め、辺りは冷たい空気に満ちていた。
 クレマチスのペンダントも、もはや手の届かない所にある。
 人の話し声が聞こえ、振り返れば、毛皮を身に纏い、鼻の頭と頬を真っ赤にしたプルメリアとシリウスがそこにいた。
 彼らは一瞬驚いたような顔をした。

「フェンネルのお兄ちゃんが落ち込んでたよ」
 プルメリアはロータスの隣に腰をおろし、そう呟くように言った。
「……そうか」
「何かあったの?」
「いいや、何も。……はっきりさせなければ、と思っただけだ」
「じゃあなんでそんな色してるの?」
「さあ。私には見えないものだ。……どんな色をしてるんだ?」
 ロータスの問いにプルメリアは口をわずかに尖らせた。
「青くて、灰色」
「嫌な色か?」
「今は。もやもやしてる」
「当たりだ。そのままだな」
 プルメリアの言うとおりだ。フェンネルを落ち込ませるのは本意ではない。
 だが友達ではなく、敵同士なのだ。勘違いで近づかれると困る。
 なぜ困る?
(……彼らに与したくなるからだ)
 彼らは本当に無実かもしれない。
 純粋で、素朴で、恵まれた身体能力があるのに望むのは平穏な暮らし。
 彼らが無実ならどんなに良いだろう。
 そう望んでいる自分がいる。
 距離を保って湖に穴を開け、そこに釣り糸を垂らすシリウスを見る。
 彼が誇り高い人物であると、そう感じている自分がいる。いや、そうと知っているのだ。信じるということでもすらない。
 彼らはおそらく、王国に弓引くつもりなど毛頭ないのだろう。
 汚名を着せられ、故郷を追われても尚、本格的な侵攻はしていない。その気配は今もない。
「君らは……私をもっと、疑うべきではないのか」
 そう声を固くして言い、プルメリアの首を傾げさせてしまった。
「どういうこと?」
「いや、すまない。シリウスに言うべきだった。気にしないでくれ」
 そう名前を出した時、ちょうどシリウスの釣り糸に反応があった。
 ぱちゃん、と水の音がして二人は顔を見合わせる。
 シリウスは大きな魚を釣り上げていた。

 その場で火を起こし、三人で魚を切り分ける。プルメリアはシリウスの足の間におさまり、手渡された魚を食べはじめた。
「二人は親子のようだ」
 ロータスがそう言うと、二人の視線がロータスを捉える。
「かもしれない。年上は年下の面倒を見るものだからな」
「シリウス、あなたは……つまり、結婚はしたのだろうが……」
「ベリー家の娘とな。だが、彼女とは何もない。すぐに離れたしな……それ以外にそういう相手はいない」
「そうか。今までにも?」
「……流石に何もないとは言えないな……」
「だが昔の話なのか」
「そういうことだ」
 シリウスは乾燥させた果物らしいものをナイフで裂いて、ロータスとプルメリアの皿に乗せた。
 黄色いそれをロータスは見つめる。
「……昔の話か……」
「フェンネルにはよく話しておく。あいつもそうだし、シトリンもそうだが、考えるのが苦手なやつが多いんだ。何か無礼があったなら、俺が代わりに謝る」
「そうじゃない。彼は何も……ただ、もっと、私に対して警戒心を持つべきじゃないのか」
「それは無理な話だ」
 シリウスは即答し、ロータスは目を見開く。
「王子が優しすぎるせいだ。本気で逃げたいなら、プルメリアを利用すれば良い。だがそうとは思いつきもしないんだろう? 竜人族はそういう直感に優れているから、いやな奴には近づかないし、その逆なら近づきたくなる」
「……」
「正直、アジュガ王子ならどうか分からない。彼はざっくばらんな人物のようだが、どことなく匂うんだ」
「匂う?」
「それが何かは分からんが。少なくとも、王子が皆に好かれるのは仕方ないんだ」
 シリウスはロータスを見ないままそう話す。ロータスはいたたまれなくなって、皿を置いた。
「……だから困るんだ」
「王国との不和を望んじゃいない。王子にしてみれば俺たちは敵だろうが、俺たちはほとんど、そう考えていない」
「スティールはどうだ? 彼は戦闘を望んでいる気配があるが」
「かもしれない。あいつは戦闘狂なところがある……だが、まあ、ある程度の節度はあるはずだ。ところで、ペンダントはどうした? 体調を崩してでも守りたがっていたものなのに」
 シリウスが指摘すると、プルメリアが彼に耳打ちした。
 シリウスは何か理解したように頷くと、「それで”昔の話”か」と呟く。
「忘れられないなら無理に忘れなくていいんじゃないか?」
 何を、とシリウスは言わなかったが、ロータスとしては見透かされている気分だ。
 自分から切り出したこととはいえ、再び居心地が悪い。
「……もう構わないでくれ」
「王子が知りたがったんだろう。俺は忘れたことはない。忘れるつもりもない。女にはうっとうしがられるらしいが、過去も俺の一部だからな。だからといってしがみつくつもりもない」
「過去の相手を? なぜ大切に出来る?」
「なぜ……惚れたのなら、それだけの理由があっただろう。それを否定する意味が分からない」
 シリウスはそう言って自信の首をかいた。
 ロータスはそう言われ、クレマチスのことを思い出す。
 自分が病に倒れるたび心配そうにする彼女の顔。背中を撫でる手の温度も、今でもはっきりと思い出せる。
 喧嘩し、仲直りのために摘んだ野花。彼女はそのお返しに、とおやつを渡してきた。
 離れ、成人して再会し、すっかり女性になった彼女に気後れしたこともあった。
 だが彼女が自分に向ける暖かな視線も、真心も、何一つ疑ったことはない。
 気になるのはいつも劣等感だ。
 自分に対する情けなさ。
 せめて体が強ければ、彼女を守っていくのは自分だと胸をはって言えただろうかと。
「……あなたの言うとおりだ。私は自信がなく、いつも怖れていた」
 シリウスの目が再びロータスに向く。
「こんな私では、いつか彼女に愛想を尽かされてしまうのでは、と……。彼女に捨てられても仕方ない……そうどこかで思っていた気がする。だが、それは私の単なる思い込みだ……真実じゃない」
 パチンッ、と火が爆ぜた。
「少なくとも、これだけは確かだ。私は彼女を愛している」
 ロータス自身が思ったよりも芯の通った声だった。
 シリウス達も顔をあげ、彼を見る。
 ロータスは彼を見た。
「シリウス、頼みがある」
「何だ?」
「……私を鍛えて欲しい」
 そこに迷いはなかった。

 静かの森に人影があった。
 白い髪は月にわずかにきらめき、それ以外は黒のコートに覆われ見えない。
 侵入者に気づいたスティールの弟分が刃をちらつかせ、その足を止めさせる。
「そこまでだ」
「ここまでって? あんた達をここまで案内したのは誰だと思ってるんだい?」
 返ってきたのは妙齢の女の声だ。コートから細い手が伸び、刃をつまんで遠ざける。
「……あんたか」
 木陰から声をかけたのはスティールだ。
 白髪の女はフードをおろすと口元に笑みを浮かべる。
「連中は手懐けたのかい?」
「一応な。あの槍には誰も逆らえないんだとよ」
「情けないね、あんた自身の実力じゃないって?」
 女が言うと、スティールは不機嫌に眉を寄せる。
「うるせえ女だ。嫌味を言いに来たんならとっとと帰んな」
「そう短気を起こすもんじゃないよ。あのお嬢ちゃんから言付けだ」
 スティールは眉を跳ねさせると女に近づいた。
 月光のもとで妖しいほどに輝く白い髪。そして赤い唇だ。
「上手く行けば全てあなたのもの、だそうだよ」
「ただし逆らうなって言いたいんだろう、あの小娘」
「その通りさ」
 スティールが鼻を鳴らしつつ視線を巡らせれば、女の指がスティールののど元を弄ぶ。
「あんたは当代一の竜人族の戦士。だが、もうじき王となり全てが手に入るんだ。ちょっとの我慢はしないとね。割に合わないだろう」
「フン」
 スティールが女の手を掴もうとすると、女の手はするりと逃げてしまう。
「簡単に手に入ると面白くないものさ」
「かもしれねぇな、コネクションの魔女。あんたの探しているもの、俺が見つけてやる。その代わり……」
「生意気言うんじゃないよ」
 女は身を翻し、コートに全身を包む――と、その姿は完全に消えてしまう。

 アイリス王国から正式に和議の話が持ち込まれたのは、雪割草がその姿を現し始めた時だった。

次の話へ→Tale of Empire ー復活のダイヤモンドー 第12話 帰還前夜

 

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