Tale of Empire ー復活のダイヤモンドー 小説

Tale of Empire ー復活のダイヤモンドー 第5話 変化する流れの中で

 竜人族の作った衣服は不思議と着心地が良かった。
 よく見れば糸は柔らかく、繊細だが丈夫にしっかりよられており、色も器用につけられ三角形の連続する柄は細かく洗練されていた。
 機織りを見れば、皆呼吸のリズムを意識して織っていた。それが体にしっくり馴染むのだ、と竜人族の女性が言った。
「手先が器用なのだな」
 昼食の際、集落近くの水辺でロータスがそう言えば、デイジーが答える。
「あたしも驚きましたよ。竜人族ってきっと粗野なんじゃないかって思ってました。でも、ダイヤモンド山で生活してたわけですからね。しかも頼れる国家もないし、ちゃんとした物を造らないと厳しいんでしょうね」
「そうか……言い得て妙だな。ダイヤモンド山にのぼったことがある者がいたが、確かに人が暮らせるような場所ではない、と。厳しい環境が彼らを強くしたのだろうか。それとも、強かったから環境に耐えられたのだろうか」
 ロータスが独り言のように言えば、水辺に足をつけていたシトリンが足をぶらぶらさせて水しぶきをあげた。
「人間に比べたらさいしょっから強いですよ。でも、人間が作るものも面白くって好き」
 シトリンの笑顔はまるで屈託がない。彼女はロータスが敵方の者だと理解しているのだろうか。
「たとえば?」
「食べ物とか。前、エリカ地方の料理を食べさせてもらったけど、お肉が柔らかいし複雑な味がして美味しかったな~。王子様は何が好き?」
「私は……」
 エプロンを身につけたクレマチスの姿が脳裏に浮かんだ。
「……魚料理かな」
「本当? じゃあ今度とってくるね!」
「それ調理するのあたしなんでしょ」
 デイジーがそう言えば、シトリンは子猫のように彼女の前に座り込んだ。
「美味しいんだもん、おばちゃんの料理! それにシリウスの旦那と4人で食べると美味しいよね」
「あんた食べる専門よね。ちょっとは手伝ってくれたら良いのに」
 呆れ顔のデイジーがふとウィンド宅の使用人と重なり、ロータスはつい頬を緩めてしまう。
「料理は才能だ。私は台所に二度と立つなと言われてしまったよ」
「あら。料理をされたことがあるんですか?」
「ああ。婚約者が料理上手で……」
「婚約者ぁ?」
 シトリンが素っ頓狂な声をあげた。
「うっそ!」
「シトリンちゃん、当たり前でしょう。成人した王族なんだから一人や二人、いたって当たり前」
「え~? 王子様ぁ。でも王子様ならお妃さまが何人かいたっていいんじゃないの?」
「まあ、確かにアゲート兄上は妃が大勢いらっしゃるが……」
 王位継承順位1位なのだ。世継ぎが望まれることもあり、政治的な後ろ盾のこともあり、アゲートには確か12人の妃がいる。正妻が一番新しい妻というのがなんとも言えないが。
 反対にアジュガは一人もいないはずだ。愛人はいるかもしれないが。
「でも変な話よね。なんで男の王様にはお妃さまがいっぱいいるのに、女はダメなの?」
「一人で大勢の子供を産めると思う? 妊娠も出産もそれだけで命がけなんだから、その辺ちゃんと考えなさいね、シトリンちゃん。そんな格好して、襲われたって文句言えないから」
「え~」
 シトリンはむくれた顔をしている。
 ロータスは頬をかいた。
 一番上の姉は降嫁し、それ以前にも浮いた話は一切ない貞淑な女性だったが、反対に二番目の姉は浮いた話が絶えない。
 ただの噂ではあるが、実際取り巻きは多いのだ。
「残念。まあでも、好きでもない男に言い寄られて良い気分にはならないしね。気をつけまぁす」
 素直に反省してみせるシトリンを横目に、ロータスはこっそりため息をついた。

 彼女は今、どうしているだろう。

***

 神殿の祭壇に香りを移した聖水を備える。
 頭からすっぽりと薄いベールをかぶり、涙で晴らした目元を隠すようにする。
 アジュガが帰還し、竜人族との戦闘の様子を報告した。彼らは予想以上に防備武器を揃え、まとまりも取れた一軍に育っていたと。
 油断が敗北を招いた結果、彼らはアジュガを人質に要求、その身代わりにロータスを連れて行ったというのだ。
 これを直接知らせてきたのはアジュガその人である。
 武骨な大きな体をこれ以上ないほど小さくし、彼はクレマチスに両手と額を床につけて謝った。
 あいつは兵士らの帰還のために、と――
 アジュガの説明が入ってこない、とクレマチスは重くなる頭を抱えて目を閉じた。
 ロータスなら、確かにその場で考え、判断するだろう。
 一人でも多く助かる方法を。
「とにかく、父上も君に話があるから、と参内するよう仰せだ。支度してくれ、必ず無事で送り届けるゆえ……」
 聖水が女神像を濡らし、したたり落ちてゆく。
 クレマチスの代わりに泣いてくれているようだった。

 クレマチスはアジュガの精鋭部隊に守られ、ロータスの出陣前に来たきりの王都へ到着した。
 田舎であるウェストウィンドとは違う、高い建造物の並ぶ栄えた街並み。
 今は鎧兜や剣を鍛える鍛冶が目立ち、以前にも増して厳しい空気が漂っている。
 馬車の窓を開け、クレマチスは流れるその風景を見ていたが、何故か他人事のように感じてしまい窓を閉めた。
 そんな彼女の向かいに座っているアジュガは、長い脚を組んで息を吐き出す。
「父上のことなんだが」
 と、アジュガにしては珍しい深刻な口調に、クレマチスはようやく顔をあげる。
「この頃、おかしいんだ。以前から厳しい方ではあったが、それに非情さが加わったような……どう言って良いのか分からぬが、注意してくれ」
「非情であると?」
「ああ。ロータスの従軍だって、兄上も俺も止めたんだ。王子が加われば士気はあがる。だが、それでも調練の期間はなく、あれでは兵士らとの息も合わない……土台無理な話だったんだ」
「なぜ陣幕に下がらなかったのでしょう」
「竜人族だけが敵というわけじゃない。俺の部下も確認しているが、頭巾の一団がいるんだ。そいつらは盗賊風情だが戦闘能力は高い。今回、動かせる部隊は俺の精鋭部隊のみだった。兵力を割くことは出来ず、後方にいるよう指示したのだが、……俺が突っ込みすぎた。油断した俺のせいだ」
 アジュガは自責の念に駆られているようで、いつもの豪快さはなくただただ背を丸めるばかりだった。
 クレマチスはつい大きなため息をついてしまった。額を押さえるようにして、彼の姿を見ないよう目元を隠す。
 油断すると涙が出そう。
「……人質ということは、向こうは彼を傷つけることはしませんね?」
「それは確かだ。ダイヤモンド山の返還と、誤解を解くために調査しろ、と……誇り高い男なんだろう、あのシリウスは。冬になると奴らは動けない。寒さに弱いからな。俺たちに攻め込まれたら辛いものがあるはず。だから俺か、ロータスか、人質として価値ある者を連れて行ったんだ」
「冬……ではロータス殿下の帰還は長引きそうなのですか? その間、彼は……お体が心配だわ……」
 クレマチスは次から次にわいてくる不安の種に、ついに頭を抱えてしまった。
 アジュガも同じらしい。馬車の中には陰鬱な空気が流れ、外を歩く兵士の明るい声がやたらうるさく聞こえてくる。
 クレマチスは宮殿入りすると、アジュガの後ろを歩いた。ベールを纏ったままだが、流石に第2王子のそばを歩いているとなると以前のような「部外者」の扱いは受けない。
 まるで殿上人に対する扱いだ。
 こうも単純なものなのだろうか。
「父上は今、王座の間にいらっしゃる。君を出迎える準備をしているはずだから、そのつもりで」
「王座の間で?」
 クレマチスは確かに王子の婚約者で、王国貴族の一員である。
 だが当主でもなければ王子の正式な妻でもない。応接室や執務室ならまだしも、政の聖堂ともいえる王座の間でこれを出迎えるとなると、破格の待遇といえそうだ。
「王子はまだ生きてらっしゃるのに……」
 なんだか縁起でもない、とクレマチスは眉を寄せた。
 そうこうしている間に王座の間の扉前に立つ。
 鈍い銀色に塗られた木の扉。数百年に渡り王家の者を守ってきた歴史ある扉だ。木製とはいえ分厚く、重く一人では決して開けることは出来ない。
 衛兵が力を合わせてそれを開くと、表面を平らに削られた石を並べた床、王座の後ろで騎士のように立つ2本の石柱、そして王座へ至る深紅色の毛氈。
 アジュガに従い、そこを歩くと自然と王座に座るジェンティアナを見上げる格好となった。
 アジュガにならって片膝をつき、頭を垂れる。
「ロータスが停戦のため竜人族に囚われたという話は聞いたと思うが」
 ジェンティアナはそう切り出した。
「アジュガは停戦の要求を飲むつもりのようだ」
「はっ。秋の収穫も控えておりますので、利害は一致していると思いました」
「竜人族は冬の間に攻め込まれるのを懸念しているはずだ。人質など……」
「私の思慮が足りぬばかりに、ロータスを犠牲にしてしまいました。この責めは私にあります」
「よい、もう良い。そんなことを詮議して時間を潰すわけにはいかぬ。ロータスが囚われとなり、お前は停戦を飲んだ。それを覆せばアイリス王国は非道の王国と罵られるであろう。ならばこの秋と冬の間に、我々もまた成すべきを成す他ない」
 ジェンティアナは両手の指をゆったり組み合わせた。息を吐いて姿勢を崩し、視線を巡らせている。
 ばちっ、とクレマチスはその色を失った彼の目とぶつかった。
 慌てて頭を下げる。
「ウィンド家か……この王国始まって以来、王国貴族としてよく支えてくれたものよ」
「……もったいないお言葉でございます」
「忠誠心にあつく、毎年の年貢にも我らは感謝しておる。今年の絹はまことに良いものであった」
「……はい。お喜びなら恐悦至極に存じます」
 クレマチスは思いがけないお褒めの言葉に混乱した。
 ロータスのことで話があるのだと思っていたのだが。
「いくつになる?」
「22歳に……」
「そうか。良い年だ。美しい盛りであろう。近くへ参れ」
 クレマチスは頭をあげ、アジュガを見た。
 彼もうろんげな目つきをしていたが、クレマチスの目線に気づくと顎で行くよう指示する。
 クレマチスは心臓が飛び出そうな、喉がやけるような緊張感が一気に高まったのを感じながら、立ち上がりジェンティアナの側に寄ると彼の足下に両膝をつく。
 ベールがめくられ、顎に手をあてられたかと思うと掴むようにして顔を持ち上げられた。
 ジェンティアナの色のない目。
 そっちではなく、色があるのに感情の見えない目が気になった。
「なるほど。ウィンド家の娘は不思議な目をしている、と聞いたが、確かにそうだな。角度によって色が変わって見える……」
 まるで虹を詰め込んだ宝石のようだな、とジェンティアナは呟くように言った。
 クレマチスは唇がわずかに震え、体温が下がっていくのを感じた。
(これは一体、何?)
 クレマチスの目をじっくり見て、ジェンティアナは手を離した。
「ロータスは王家の中でも末席だ。しかも今、竜人族の人質となり生死も危うい。ウィンド家にこれ以上、不安を残すわけにはいかぬ。クレマチスよ、どんな者もいつかは老いる。我のようにな。そうなる前に、その美しさは相応しい者に与えるべきだ」
 ジェンティアナはクレマチスのベールを戻し、彼女を立たせるとアジュガの方を向かせる。
「アジュガ、クレマチス・ウィンドをお前の正妻とせよ」
 体の軸を雷でうたれたかのように跳ねた。
 クレマチスは突然のことに息すら忘れ、ジェンティアナを見る。
 彼の態度は厳しく、有無を言わせぬ威圧感に満ちていた。
「ち、父上? 何をおっしゃいます。彼女はロータスの婚約者で……」
「今言ったことが聞こえなかったか? もとよりあれは体も弱く、我も悩んでいたのだ。ウィンド家は多くの兵を抱えているわけではない。華々しい功績こそないものの、王国を下から影から支える支柱であった。恥をかかせられん。幸い、お前は妃もおらず、それに加え将軍として認められておる。忠誠にあついウィンド家という後ろ盾を得れば、アゲートが継いだ後も安泰だ」
 ジェンティアナは口調なめらかで、迷っている様子がない。
 婚約して長いのに、肝心の結婚が進まなかったのは、まさか戦が始まる前から破談を考えていたからだろうか。
 クレマチスの中にそんな確信に近い疑問がわいた。
一方アジュガの方は目を見開き、ジェンティアナに対し首を横にふっている。
「アゲート兄上と争うつもりはもとからありません。将軍として国を守るということに満足しておりますし、それは皆承知のはず」
「だが、いつまでも槍を振るっていられると思うか? それに王家の一員として子種を残すことも、また責務の一つだぞ。お前の子であれば、きっと王家を支える強い子が生まれるであろう」
「しかし、ロータスが……」
「あれはいつ帰ってくるか、帰ってこれるのかすらわからぬ」
「そうおっしゃいますな、そのために我らは尽くすのではありませんか? 竜人族の要望はそれほど難しくない。シリウスとやらはおそらく信ずるに値する者のようだし、春になり交渉の余地が出来れば……」
「いい加減にしろ、お前はいつも結婚から逃げ回ってばかりだ。今までどれだけの貴族連中に恥をかかせてきたと思っている? お前の保身のためにも、ウィンド家の娘であれば相応しいと言っておるのに! 何が不満だ?」
 ジェンティアナはそうきりきりした声で王座の間に響くほどの大声で言った。
 クレマチスは両肩を跳ねさせ、アジュガも眉を寄せると口を噤む。
「春までに準備を整えなければならぬ。王国の基盤を整え、強固にするためにもそなたらの結びつきは重要だ。アゲートを見習え」
 王権に集中させるため、貴族も有力者も取り込んでおく必要がある。ジェンティアナの考えはよくわかった。
 だがここまで露骨で良いのだろうか?
 クレマチスはジェンティアナと直接会うのは数年ぶりだ。以前は威厳こそあれど紳士的な人物だったように思う。
 年を取ると短気になるやすいと言うが、それなのだろうか。
 助けを求めるようにアジュガを見れば、彼も困ったと言わんばかりに眉を下げクレマチスを見る。
「……父上、少しの猶予を下さいませんか」
「何を決めかねる。ウィンド家の後ろ盾を得られ、若く美しい女性だ。クレマチスに不満があるか?」
「そういう問題ではありません。ただ、彼女のとウィンド家の意思も考えねば」
 アジュガはそう言って、再び頭を下げる。
 ジェンティアナは苦しげに息を吐き出し、王座に体を預けるようにすると「一週間だ」と告げ、二人を下げた。

 ジェンティアナの提案に思考が停まったように感じる。
 宮殿を出て青い空を見上げる。白い雲は綺麗に並んで風に流されていた。
 ようやく息していることを思い出したクレマチスは、胸を上下させて薄い階段を降りる。
 後からアジュガが追いつき、クレマチスの肩を持つと視線を合わせてきた。
「どこへ行く?」
「……もうウェストウィンドへ帰ります……」
「いや、ダメだ。父上の様子を見ただろう、あれでは俺たちが頷くまで納得しない」
「まさか」
 クレマチスは思わず眉を寄せた。アジュガは一瞬目を見開いたが、ふうっと息を吐くとクレマチスを宥めるように背に手を回す。
「まあ、落ち着いてくれ。こうなった以上ウィンド家にも余波は広がる。父上の言った通りロータスが帰ってこれるかどうかすら分からぬ、そんな中途半端な状態で、君のご両親は納得出来るか?」
「父母はもう老齢だし、私が来るまで子供は諦めていたとおっしゃっていました。跡継ぎが必要なら養子をとれば良いだけのこと。私はロータス殿下をお待ちすると決めたのです」
「だがそれでウェストウィンドの経営はどうなる? あそこは兵力少なく、何かあった時軍が来るまで時間がかかるものだ。君に夫や私兵がいれば解決出来る問題だ」
「ではどうすると? まさかアジュガ王子、さっきの話をお受けになるおつもりですか」
 クレマチスは目に熱を感じ、アジュガから離れようとつま先を違う方向へ向ける。だが流石にアジュガの握力はそれを許さなかった。
「離して!」
「よく考えてみろ、このまま未婚でいる方が厄介なことになる。ロータスは帰らぬまま、その時もし君の夫となる者に理解がなかったら?」
「不吉なことを言わないで下さい」
「違う、クレマチス。君にとってもこの方が良いはずなんだ。俺なら君も、ウェストウィンドも、そしてロータスも守ってやれる。形だけの夫婦で良い。父上は納得されウィンド家の体裁は保たれる。このままなら君への求婚者は確実に出てくるだろうが、俺と一緒になればそれもなくなり、後は静かにロータスの帰りを待てるようになる」
「未婚を貫くなら他の方法があるわ。ロータス殿下を裏切ることになるならその方がよほど良い。アジュガ王子、あなたが考えておられることは理解出来るけど、でも理解と納得は別です」
「クレマチス……」
 アジュガは犬歯で唇を噛むようにした。厄介だと言わんばかりだ。
 それに対しきっと睨みつける。
「国王殿下を怖れておられるのですか? 彼の命には誰も逆らえないと?」
「そうではない。あの場でそれが一番良いと思いついたんだ」
「嘘つき」
 クレマチスがそう言うと、アジュガの目の奥がカッと色を変えた。
「嘘だと? この俺が嘘など……頑固なのもいい加減にしろ。そんなじゃじゃ馬であいつの相手など出来るか?」
 アジュガの手が後頭部に回され、はっとした時には唇を塞がれていた。口内を舌でまさぐられ、クレマチスは全身が総毛立つのを感じる。
 彼の足の甲を思い切り踏んづけた。その勢いで彼の唇を噛む。
「っ……!」
 ぱっと唇が離れると、彼は自身の指先でそこを確認している。血で指先が汚れた。
「もう構わないで」
 クレマチスはそれだけ言うと走り出す。
 宮殿の庭を抜け、厩舎へ飛び込む。
 干し草に躓いて倒れ込むと馬達が鼻先を寄せてきた。
「……ごめんなさい、驚いたでしょう」
 体を起こし、髪や顔についた草を取り払う。馬達もすぐに関心をなくしたらしい、解散するように散らばっていく。
 クレマチスは厩舎の更に奥に行き、外の気配を伺った。
 兵士達や民の行き交うのは見えるが、アジュガの姿はない。彼の命で探しに回る兵達もいないようだ。
 彼を怒らせてしまったようだ。いくら貴族でも王族を怒らせればどうなるだろう。
 今更ながらその事実にぞっとし、その場に座り込むと冷える体を抱きしめた。

 クレマチスは夜になると、暗がりを利用して外へ出る。
 ベールを被りなおし明るい大通りを歩くが、兵士の姿を見るとさっと隠れる。
 これでどこへ行けるのだろうか。
 王都へ来るために使った馬車は、アジュガのものだ。徒歩でウェストウィンドへ帰る、となると一週間はかかるのだろうか。その間、食事や宿はどう用意する? お金は今持っていない。宮殿に用意された部屋に置いてきているのだ。
 クレマチスは空腹に気づき腹をおさえる。
 どうしたものか、とぐるりと周囲を見渡し、小さなロウソクを灯す神殿に気づいてそこへ向かう。あそこなら旅人も異国人も、誰でも迎え入れてくれるはずだ。
 だが、中には誰もいなかった。
 火が灯されているのに、とクレマチスは不思議に思った。
 が、いつかロータスの無事を祈っていたあの女神像と同じものが祀られており、それに安堵すると祭壇の前に跪いた。
(王子がご無事でいらっしゃいますように。どうか彼をお守り下さい)
 手のひらを上にして床に体を近づけていく。
 そうしていると、強烈な眠気が襲ってくる。これではいけない、と体を起こす。と、まぶしいくらいの月光が降り注いでくる。
 そこに人影が浮かんでいた。
「……あの。お邪魔しております」
「かしこまる必要はない。私も客じゃ」
 返ってきた声は老婆のもの、少し高い声音に似合う小柄な人影だ。
「……こんな夜更けに娘が一人で? 危ないのう」
「ええ、その……行く当てがなくて」
「家はどこじゃ」
「ここから西の……草原を越えた所です。歩いて帰るには遠いの」
「そうかえ」
「ここに火を灯していたのはあなた? 他には誰か、いるのですか?」
「いいや。誰もおらぬし、私もついさっき来たばかりじゃ」
「え?」
 だがロウソクの火に気がついてここへ来たのだ。見間違いか、それとも入れ違いだったのかもしれない。
 クレマチスはそう考え、髪をかきあげ老婆にむき直す。
「おばあさまはどちらからいらしたの?」
「静かの森じゃよ」
「静かの森……ではベリー家の方なのですね。お供の方は?」
「おらぬよ。私一人で参った」
「え……」
 老婆は逆光から一歩進み、クレマチスの前に姿を現した。
 光沢のある黒の外套に包まれた体は腰がまがり、鼻のでっぱった顔だが丸く可愛げがある。
 そんな彼女はクレマチスの目をじっと見て、破顔した。
「私はオウル・ベリー。予言の謎を解くため、一人で旅をしておる。驚いたのう、そなたとここで会ったのはきっと神のお導きじゃ」
 そう言った彼女の目はきらきらと輝いていた。

次の話へ→Tale of Empire ー復活のダイヤモンドー 第6話 狩り

 

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