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Tale of Empire ー復活のダイヤモンドー 小説

Tale of Empire ー復活のダイヤモンドー 第3話 人質

 ロックランドにて王国軍の侵攻に備える――その旨を伝えるとシリウスは解散とした。
 あれからエリカ近くに留めていた仲間達を呼び、静かの森で新たな生活を始めてから1ヶ月。
 ベリルとは夫婦の誓いを立てたが、そうでもしなければあの場でどうなっていたか分からない。
 ベリー家の郎党の中には、やはり竜人族との協力を快く思わない者もいるのだ。
 もしプルメリアが人質に取られれば下手は出来なかった。
 とはいえベリルは確かに竜人族に居場所を与えてくれ、必要な分は、と森を切り拓くことも了承した。
 ベリー家の婿という立場を得たため森での暮らしに今のところ不都合はない。
 いかんせん、ベリー家の本心が見えないことが気がかりだった。
 腹心であるジャスパーは帝都に向かう準備を始めている。
 皇帝に今回の紛争の調停を頼むためだ。
 その旅にはベリルも共に行く。
 ベリー家の当主代理が会いに来たとなれば、皇帝もさすがにぞんざいな扱いは出来ぬはずである。
「竜人族との橋渡し役であることが、私たちが貴族として列せられた理由なのよ。彼らを見捨てたら、もはや私たちはベリーではない」
 そう厳しく村民に言い含めているのを聞いた。
 その日の夜、シリウスは自分の家となったベリー家の屋敷で彼女に訊ねた。
「あの予言は何なんだ?」
 ベリルは顔をあげるとややあってから口を開く。相変わらず感情の見えない、人形のような顔だ。
「オウルという長老がいた、と話したわね?」
「ああ」
「2年前、彼女が突然に言いだしたの。『満月の夜に新たな銀の竜が目覚め、我らの末裔と結ばれ永遠の輝きが蘇る』と。あなたがここを訪れた時、満月だった。そしてその銀の髪。皆予言の通りだと思ったのよ」
「だが意味が……いまいち分かりにくいが」
「オウルの予言は……いつもはもっと的確で、正確なの。でもこの予言だけははっきりしなくて。オウルは自ら答えを求めて旅に出てしまったわ」
「自ら?」
「ええ。バーチ王国に竜が現れたとも聞いたし、皆予言を否定しきれないようなの」
「だがその不確定な予言のために、君自身は一生を決めたようなものだろう」
「そうでもしないと、あの場で皆納得出来たと思う? 王国軍に引き渡されてどうなっていたか分からないわよ」
「君らも王国軍と敵対することになったんだろう。それで良かったのか?」
 シリウスがそう言うと、ベリルは視線をそらせて顎に指先を置いた。
「だけどベリー家の役割はそれよ。それに戦争を望んでいるわけじゃない。むしろその逆だし、そのためにはしっかりとした基盤も必要なんじゃなくて? 交渉するための基盤が」
「その申し出はありがたいと思っているが、だが危険が過ぎる」
「あなた何を疑っているの?」
 ベリルの声が鋭くなった。彼女もまた疑われることに腹を立てたようだ。
 初めて感情的な面を見た、とシリウスは思った。
「ベリー家にも、俺たちと通じることで得られる何かがあるのかと」
「さあ。予言の通りなら再興するかもしれないわ」
「再興のためか」
「竜人族との盟約を破れば、ベリー家はいよいよどこからの信頼を得られなくなる。再興まではいかなくても、これ以上落ちぶれて行き場を失えば、彼らはどうなる?」
 ベリルが示したのは広場を駆け回る子供達の姿だった。今となってはプルメリアも混ざって一緒に遊んでいる。
「君らもまた力を示す必要があるというわけだな。調停役としての役割を果たせば……」
 そうすれば帝国での地位を高められる。
「そういうことよ。王国や帝国と敵対するわけじゃない。あなたもそうなのでしょう?」
「ああ。だがそれを聞いて納得した」
「納得ね」
 ベリルはオウム返しをして目を伏せた。
 シリウスはその態度に違和感を覚えたものだが、話はこれでおしまいだと席を立った。
 彼女との間に夫婦めいたものはなかった。

 ベリルとジャスパー、それとルビーというベリー家郎党の狩人の女が旅立っていった。
 シリウスもまたロックランドへ行く準備を整え、明日にも出発である。
 秋も深まり、そろそろ作物の収穫が行われるはずだ。
 この戦闘を乗り越えると、雪深い冬、こちらは籠ることになる。
 シリウスは無理をせず、王国軍の攻撃をかわすように拠点を守ると言った。
 万が一の時は拠点を失っても構わない。
 静かの森に攻撃が及ばないよう防衛ラインを明確にひけば、拠点はそれほど重要でないことも判明していた。
 軍を率いているのはアジュガ王子だろう。
 彼が竜人族に致命傷を与えたようなもの、油断の出来ない相手だった。

***

 王都を出てロックランドを目指す行軍の途中、夕方のこと。
 ロータスは夜営の準備を終え、川辺で馬に水を飲ませてやっていた。
 兵士達はよく調練されていて、一見だらんとした態度を見せているがいざとなると行動は素早い。
 アジュガの放つざっくばらんとした雰囲気、そしてやるときはやる、という姿勢がそのまま現れたかのような一団だった。
 竜人族は報告通りなら戦士数十名。
 今回は他の防衛のため軍を割いている。アジュガ率いる一軍の精鋭がここに来ているのみだった。
 おやつに、とロータスは若い兵士から受け取った焼き菓子を口に入れる。
 塩と砂糖が混じった甘塩っぱさが疲れた体に溶けていくようだった。
「初陣ですよね」
「そうなる。兵役はこなしたが、実戦は……」
「へえ。兵役はどちらに行かれたんですか?」
 アッシュ帝国の男は若い内に兵役を経験する。ほとんどは4つの王国、そのいずれかに赴き、そこで調練するのだ。
 アゲートは東のウィロー王国、アジュガは南のエリカ王国へ行ったものだが、ロータスは帝都へ行ったものである。
 成人式を終えるとすぐに兵役をこなし、戻ってきたのが2年前。
 運動は怠っていない。体はなまっていないはずだ。
「帝都ですか? 珍しいですね」
「ああ。平野が多いかと思えば峻険な山もあり、森に入れば川や滝が多くずいぶん鍛えられたよ。とはいっても熱を出してしまうこともあったけど……」
 情けない話だ、と付け加えるとロータスは彼のむき出しの腕を見た。
 よく日焼けした腕には古傷が多い。
「竜人族はどんな様子だった?」
「ああ、なんかバラバラですね」
「バラバラ? 統率力に欠く、とは兄上もおっしゃっていたが」
「いや、なんていうか……報告にもあった銀髪の男が率いている時は、それなりにまとまってます。でも本格的に戦う気を見せないっていうか。それとは違う男が率いている一団もあるんですけど、そっちは獅子の狩りみたいに好戦的なんですよ」
「……別の軍団があると?」
「と、思います。まだはっきりとはしてませんけど」
「はっきりしていないとはどういうことだ?」
 ロータスの問いに彼は参ったな、と頭をかいた。
「なんていうか、銀髪の男じゃない方は、常に頭巾をかぶってるんです。皆ね。体つきからして男だとは思うんですが、でも神出鬼没で掴めないんですよ」
「……それは初耳だったな。神出鬼没の頭巾の一団。なぜ報告がなかったんだろう」
「俺たちは言ったはずなんですけどね」
「そうか……どこかで手違いがあったのかもしれないな。だが、そうならなぜ竜人族とわかる?」
「戦い方です。それに裸足だし、これは間違いないと思います」
「そうなのか。なんであれ気をつけておく必要がありそうだ。教えてくれてありがとう」
「あ、いえ」
 兵士は照れたように笑うとその場を去って行った。
 ロータスは先ほどの話が気になり、アジュガのテントを訊ねる。
 流石に王子であり将のテントである。
 ウェストウィンドの屋敷に負けない広さで、毛織物の絨毯が敷かれ重みのあるテーブルには羊皮紙の地図が置かれていた。
 衛兵こそ外には待機していたものの、中はアジュガ一人であった。
 彼は生成り色のゆったりとした上下に着替えており、いつもの荒々しい感じが少し和らいでいる。
「何用だ?」
「兵士から聞いたのですが、頭巾の一団がいるそうですね」
「ああ。そうそう、そういう連中もいたな」
「宮殿では聞かぬ話でした。もし竜人族なら、報告がないのは危険ではと」
 ロータスがそう言えば、アジュガは「う~ん」と唸るようにして首を捻る。
「俺も報告はしたんだ。ただ、今追うべきは銀髪の男だと決まってしまった。頭巾の連中は確かに竜人族だと思うのだが、盗賊めいているというか。俺たちと本気でやり合う感じがない。相手にしても無駄だと踏んでいるんだ」
「盗賊ですか?」
「ああ。それも大した物は盗まないんだ。カネになりそうなものは盗っていくが、武器や兵糧を奪われたわけじゃない。なんというか……遊んでいるような連中だ」
「好戦的だとか……」
「それはそう思う。だがそれすらも酔狂な感じだ。戦闘だけして、そこに意味を感じない」
 アジュガは自身の首を撫でるとロータスの肩を叩いた。
「それに頭巾の連中による民の被害も出ていないしな」
「そうなら不幸中の幸い、という所でしょうか。では、その銀髪の男とはどういう者なのでしょう。話し合う余地は?」
「そいつは戦力をそれほど持っていない。俺たちとまともにかちあって勝てる算段などないと理解してるさ。だから話し合う余地は、そいつにこそないはず……おい、お前話し合うつもりか?」
「まだその必要はあると考えています。竜人族は無実を訴えているのだし……」
「あれだけ証拠が揃っているんだぞ。それに戦う術のない民が犠牲になっているんだ、そんな考えは早く捨てろ」
 アジュガはロータスの両肩を掴むようにすると、目を合わせた。獅子のように爛々と輝く目。
 彼のそれは若い頃の皇帝によく似ている、ともっぱらの噂だ。
「戦なんだ。もはや話し合う時は過ぎた」
「兄上……いえ、分かっています。戦場では兄上に従いましょう。ですが彼らを追い詰めてしまうのは……」
「もういい。ロータス、優しさは時として毒になるぞ。それはお前自身を蝕むかもしれん」
 もう寝ろ、とアジュガに背を押されロータスはアジュガのテントから外へ出た。
 自身のテントへ向かいながら、ひんやり冷えた秋の夜風から首を隠す。
 その時手のひらが触れた金属の感触は、クレマチスが持たせたお守りだ。
 取り出して手のひらに乗せると、松明の明かりを反射して花びらが鈍く光る。
(何かがひっかかる。……一体、何だろうか……)
 胸に小さな針がひっかかっているような、そんな違和感が残ってしまう。
 その正体も分からないまま、ロータスは開戦の朝を迎えた。

 なだらかな丘に無数の岩。
 秋というのに背丈の低い青草が生えるこのロックランドは、普段は野生動物が駆け回る土地だ。
 今は武装したアジュガ率いる王国軍と、軽装だが鎧をまとう竜人族の戦士達がにらみ合う戦地となっていた。
 竜人族の拠点は丘の上、石を積んで建てられた砦。彼らは山に入り鉱物を掘り起こしていた。そのため石工も得意である。
 鋭く矛のようにならぶ馬防柵もあり、遠目から見ても堅固な石の砦であった。
 アジュガはよく磨かれた銀の兜を取り、旗手と共に前に出ると、岩に隠れるようにしてこちらの様子を伺う竜人族に声をかける。
「卑怯にも無抵抗の民に手を下した竜人族よ! 今も隠れるしか能がないか!」
 兵士らがそれに合わせて笑い声をあげた。
「事実をねじ曲げ、己らの都合の良いように書きかえた嘘つきめ。鉄に守られなければまともに戦えないか?」
 返事があった。
 ロータスが目をやると、槍を持った銀髪の男が一人、岩に片足を乗せ堂々とこちらを見下ろしている。
 彼がリーダーか。
「おう、やっと姿を現したな。逃げられるばかりで、顔もよく見えなかった。あんたがこの一団を率いている銀髪の男だな」
「アジュガ王子だな。あんたにはずいぶん、苦労させられたよ」
「それは悪かったな。褒め言葉として受け取っておくよ」
「舐められたもんだ……王国軍のお粗末な対応のせいで、どれだけの犠牲が出たと思っている? そのツケはいつかお前達自身に返ってくるぞ」
 銀髪の男はやけに冷えた声でそう言い、頭に布を巻いて槍を構えた。
「弓兵!」
 銀髪の男が一言。それと同時にぶん、と槍が下ろされる。
 矢が飛んできた。
 想定通りだ、と盾が出て上空の矢から守る。
 ガンガンッ、と矢がぶつかる音の下、ロータスは弓の準備をすると攻撃が止んだ瞬間を見計らって兵士らとともに立ち上がる。
「放て!」
 アジュガの号令で弦を弾く、竜人族の放った石矢は重みがあり先端がするどく、王国軍の細いそれと違って殺傷能力が高そうだ。ロータスはこれを拾うよう指示すると第二矢を構えた。
「奴らの人数は?」
 アジュガの声が聞こえてくる。副将軍が「おそらく30人ほど」と答えていた。
 王国軍は先鋒50人、後方100人。数なら負けていない。
「作戦通りに。行け!」
 アジュガが副将軍を走らせた。竜人族を囲うように、横に広がっていく。
「兄上、いかがしましょう?!」
「竜人族の横をつくと散らばるはず。拠点には今はこだわるな、今回はとにかく奴らの戦力を削ぐことだけを考えろ!」
「はい!」
 アジュガの言うとおりにロータスは従った。
 矢をつがえ、放つ。
 降ってくる矢を防ぎ、その間を縫って軍を前に進める……副将軍が竜人族の横をついたようだ。
 バラバラになった所をアジュガ率いる先鋒が各個撃破に向かった。
 銀髪の男とアジュガが交戦する。
 騎士相手にも引けを取らないアジュガ、それと互角か、それ以上に彼は戦っていた。
 ロータスもまた剣を抜き、竜人族との交戦に備える――ザアッ、と風がふいたかと思うと、ロータスの目の前に顔面を布で覆った男が手品のように現れた。
「なっ……」
「なんだ、ただの人間か? お仲間かと思ったぞ」
 ざらついた声でそう言う男の目は青。
 ロータスがはっとすると、腹部に鈍い衝撃が加わった。鎧越しに重い打撃だ。
「殿下!」
 兵士の声がする、ロータスは腹部を押さえながら剣をふった。
 男はすんでの所でかわしたが、切っ先は布を切り裂く。
 ぱあっと輝くような銀髪が目の前に広がった。
「チッ、王子様かよ。おい、手出し無用だ!」
「お前は一体……待て!」
 ロータスの前から男が消える――例の頭巾の一団だ。10人ほどがどこかへ去って行く。
「殿下、ご無事ですか!?」
 駆け寄ってくる兵士にロータスは「無事だ」と返す。腹部を見れば、鎧が一部へこんでいた。
「なんという強さだ……」
「もうお下がり下さい」
「まだ動ける、問題ないが……」
 なぜ頭巾の男は自分に「手出し無用」と?
 兵士らがロータスを守るように囲み、そのままじりじりと後退しながら矢を放つ。
「私のことは構うな、竜人族はどうだ?」
「以前よりも防備が揃い、しぶといですね。アジュガ王子も苦戦しているようですし……」
「兄上が!?」

***

 ギイン、と槍が触れあい、火花が飛んだ。
 馬の上からというのにアジュガは器用に槍を合わせてくる。人馬一体とはこのことか、とシリウスは思った。
「なかなかやるなあ、お前、名は何という?」
「……シリウスだ」
「シリウス。シリウスか、良い名だ」
 アジュガは飛んでくる矢を盾で防ぐ。シリウスは一度だけ振り返ると叫んだ。
「殺すな!」
「ほう、意外な命令だな」
「俺たちは戦闘を望んでるわけじゃない」
「ならなぜ使者を殺した? 戦の原因を作ったのは間違いなくあんた達だろうが」
「それは誤解だ。プラチナもそんなこと、望んじゃいなかった」
「なら望みはなんだ?」
「平穏な暮らしだよ、だが、お前らの欲のせいでどちらにせよ奪われたかもな」
「どういう意味だ?」
 アジュガの馬に槍を突き出せば、混乱した馬は前脚を蹴り上げバランスを崩した。
 アジュガは飛ぶように降り、すぐに槍を構える。が、それは柄の部分が折れていた。
「戦が起きる前にもダイヤモンドを盗んでいただろう。それを見逃してやっていたが、それがこんな形で裏切られるとは」
「なら恨みによる開戦か? 罪のない民の命と、たかが石と、どっちが大事だと?」
「王子よ、王子……流石に民は可愛いものらしい。だが最初から俺たちを疑っているなら話にならないな……ここは退け、これ以上の犠牲は不要だ」
「退けだと? 劣勢なのはあんた達だぞ」
 アジュガは不敵な笑みを浮かべ、槍を置くと剣を抜いた。
「どうかな」
 シリウスが手をあげると、一斉に岩場から戦士達が飛び出す。
 全員が矢をアジュガに向けていた。
「殺すな、と言ったはずだが?」
「時と場合によるさ」
 アジュガは流石に剣を仕舞った。その場にどっかりと座り、「降参だ、降参!」と言う。
 その時、副将軍ともう一人、青年が馬に乗りやってくる。
 青年は目をひく銀髪。
 シリウスは一瞬、仲間かと思ったが、これほど華やかな風貌なら覚えているはず、と首をふる。格好からして王国軍に間違いない。
「アジュガ殿下、ご無事ですか?!」
「一応な。だがしてやられたよ」
「頭を切れば蛇は死ぬものだ」
 シリウスがそう言うと、アジュガは「なるほど」と頷く。
 なぜこうも余裕がある? シリウスは思わず首を捻った。
「兄上……」
 先ほどの青年が馬を降り、彼のそばに膝をついた。
「弟か?」
「ああ。美形だろ?」
「こんな場所で冗談はよせ。だが、あんたとは違って良い顔だ。あまり似てないな」
「おい、俺だってこれでも美形で通ってるんだぞ!」
「兄上をどうするつもりだ?」
 わめくアジュガを無視し、彼の弟がきっと睨みつけてきた。
「俺たちは戦を望んでいない。だが王国軍が何かと仕掛けてくるのが問題だ」
 シリウスは槍を下ろし、言った。
「人質になってもらう」
 おそらくこんなチャンスは滅多にない。
 王族を人質にとれば、少なくとも身動きの盗りにくい晩秋、そして冬の間、王国軍の侵攻を抑えられるのではないか。
 アジュガは目を丸くし、副将軍は歯ぎしりをして見せた。
「誰がそんな……!」
 副将軍は泡をふかん勢いで言ったが、アジュガにより口を塞がれる。
「おいおい、ここで暴れたら命がないぜ」
「その通りだ。生きるか死ぬか。王子、あんたの決断一つで救われる命が無数にある。俺たちは戦闘を望んではいない。停戦のための人質だ」
「ずるい言い方だなあ。で? 人質解放の条件は?」
「竜人族は戦を仕掛けてはいない、誤解だ。王国はよくよく調査するよう。それからダイヤモンド山を返せ。あそこはダイヤモンドを採るための鉱山というだけではなく、俺たちにとっての聖地であり古里なんだ」
 アジュガは空を仰ぐように見上げ、よし、と膝をうつ――彼が何か言う前に、弟の方が口を開いた。
「人質ならば私が」
「……はあ?」
 アジュガが口をあんぐり開けた。
「何を言ってる。体の弱いお前が、野蛮な生活に耐えられると思えん」
「ですが、兄上。軍を率いて帰還する際、襲われればどうします? さっき、例の頭巾の一団が現れました。また彼らと戦闘になった時、私や副将軍では兵士らをまとめられません」
「あいつらまた出たのか?」
「はい。それに人質としての価値も、兄上より私の方が低いはず。何かあった時、王国にとっての損失を考えて下さい。兄上は王国を守る矛であり盾ですが、私はそうではない」
「ロータス……」
 アジュガは弟の頬をそっと撫でた。
 一軍を無事に返さねば、彼は将としての責任を果たせない。
 シリウスにはアジュガの葛藤が手に取るように理解出来た。そしてその決断も。
「……わかった。弟を守るのは兄のつとめ。だが、本来ならば死んでいる身。せめて大勢を助けられるなら喜んで恥を捨てよう」
「気になさいますな。兄を支えるのが弟のつとめです」
 青年の覚悟を受け取ると、アジュガは顔をあげシリウスを見据えた。
「おい、話は決まった。弟を預けるが、決して粗末に扱うなよ」
「人質を失って困るのは俺たちもだ。弟君を丁重に扱うとこれに誓う」
 シリウスは腕につけていた革紐を外し、アジュガに渡した。
 太陽光にきらりと光るそれはダイヤモンドの原石である。
「……クレマチスに、私は無事だとお伝え下さい」
「……分かった。ロータス、必ず無事でな。助けに行くから、待っていろよ」
 アジュガは眉を寄せそう言って、副将軍とともに丘を降りる。
 彼の弟――ロータスはそれを見ていたが、自身の胸元を手で押さえるとシリウスの方を向いた。
「アイリス王国第三王子、ロータス・レインだ」
 睨みつけるように見上げてくる目はシリウスと同じ青。そして輝く銀髪。
 仲間のような出で立ちの王子様だった。

次の話へ→Tale of Empire ー復活のダイヤモンドー 第4話 異郷のもの

 

 

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