Tale of Empire -白樺の女王と水の貴公子ー 小説

Tale of Empire -白樺の女王と水の貴公子ー 第43話 光明

 城内で指揮を執っていたシアンを見つけ、オニキスは事情を説明した。
 怪物――スピネルのことだ。
 アンバーも現れ、警備を充分に固める方向で話がまとまったころ、ブルー達も無事に合流した。
 サンとジャスミンは抱き合って無事を喜び、コーは「また寿命が縮まりました」と半べそをかく。
「防衛だけでは足りない。あのスピネルを倒さねば」
 その夜、城内の一室でシアン、アンバーと捜査機関の面々は集まりそう話す。
 オニキスの発言に皆表情を厳しくした。
「どうやって? 剣を突き立てたつもりだったが、切った感触はなかった」
「それでも剣や矢が通じないわけではない。何とか出来るはずなのだ。それに殿下はおっしゃっていた。本体を消滅させる、と……」
「本体?」
 アンバーが身を乗り出した。
 バーチ王城の門は閉じたとはいえ、スピネルが迫ってきていることはすでに兵士の報告で知っている。
 彼もその目でスピネルを見たはず。
「本体は別にあると?」
「おそらく、そうだ。殿下は今……」
「休んでおられる。マゼンタですら泥のように眠っている。無理させればお体がもたない」
「あなた方もお休み下さい。城の防衛は我らにお任せを」
 アンバーがそう申し出、シアンがそうだと勧めた。
 オニキス達は皆山を降り、一日以上移動に費やしていた。消耗は激しい。
「そうします。皆、よく頑張った」
 オニキスは解散を告げた。

この日ばかりはオニキスの見張り塔の部屋に戻り、外を確認するため窓を開けた。
 体は確かに疲れているが、とても安眠出来る状況ではない。
 帝国軍とバーチ兵が協力して、青白い顔をした者達から避難民を守っていた。城は一杯だが、馬場と施療院はまだ余裕があったはず。
 左腕がひっぱられるような感覚に襲われた。
 ――捧げよ、捧げよ、我らが王に。
 急かすような声が頭に響く。
 左腕が引っ張られる方向、それは青白い顔色の彼らと、同じ方向。
(毒の影響なのか……)
 左腕を見れば、ロウソクの火のみというわずかな光源でもはっきりわかるほどに青白い。
 その左腕が何かを求めるように疼く。
 一体、何を?
 捧げるとは?

 空が白み始めている。
 オニキスは体を起こすと、いつかシルバーと会っていたあのバルコニーを目指した。
 抜け道の入り口だと知らされた、女神像の横のフェンスを押す。
 錆びた蝶番が開き、オニキスを薔薇園に招き入れた。
 中は白、薄ピンク、と可憐な薔薇で一杯である。赤は見当たらない。
 風はなく、ぼうっとしていると酩酊しそうな甘い香りで満ちていた。
 見事なものである。
 草を踏む音がよく聞こえた。オニキスが奥に進むと、そこにか細い背中が見えた。
 白に近い髪色は彼女のものである。
 不躾だとは思ったが、一枚の絵画のようなその光景に目を細め、つい見とれてしまった。
「……女王に挨拶は?」
 からかうような声につい笑ってしまう。
 オニキスは振り向いたシルバーに跪いて礼をして、近くに差し出された手を取った。
「ご機嫌麗しゅう」
「こんな状況で? まあいいわ。余裕があるのは大物の証拠だと、皇帝陛下もおっしゃっていたものね」
「ならば、殿下も大物ですね」
「どうかしら。夢のせいね……夢のせいで心の準備が出来ていたのかも」
「混乱するよりはずっと良い」
 シルバーに導かれるまま立ち上がり、彼女の翡翠色の目を見つめた。
「夢か……」
 夢。
 何かひっかかる言葉だ。
 つい最近、そんな夢を見なかったか。
「役に立つ夢もあるのね。竜のもとへ行けたのは、まさしく夢の通りにしたからだった。彼女――クォーツは死んでしまったのかしら。そうでないと信じたいわ」
「スケイル山にいた、あの?」
「ええ。長く人々の誤解の中で生きていた……この翡翠を守るために。せめてその誇りは私達が伝えていかなければならない」
 シルバーの目は凜として厳しく、しかし冷たくはない。
 髪を下ろしても、身なりが質素でも、化粧をしていなくても、彼女は彼女だ。シルバー以外の何者でもない。
 産まれながらの女王なのだ。
 オニキスは以前抱いた不埒な妄想に、自ら苛立つ。
 彼女がただの女だったら、など。
 もしそうなら出逢うことすらなかったはず、無意味な妄想だった。
「殿下」
「あんな異形がいるというのに、未来の話をするなんて馬鹿げている?」
「まさか。おそらく最も、大切なものでしょう。殿下の望む未来は、必ず守ります」
「ふふ。あなたの軽口は不思議と勇づけられるわ」
「軽口? とんでもない」
 オニキスが首を傾げてみせると、シルバーは目を丸くして見つめ返してきた。
「本気だから届くのですよ。ただの軽口なら誰の心も動きません」
「……」
 シルバーは何か言い返そうと口を開き、結局何も出なかったのかむっと尖らせた。
「また解釈は無限な言い方ね」
「私の悪癖ですね。お許し下さい」
「だめ。簡単には許してあげないわ」
「では何をすれば?」
 オニキスが甘えるように言うと、シルバーはむっとした顔を作ってみせるが、頬が赤くなった。
 思わず笑ってしまうとシルバーはますます不機嫌顔になった。
「申し訳ありません」
「全く、もう。あれの本体を探しに行くのですってね。無事に戻ってきたら、許してあげます」
 シルバーはそう言うと、首に下げていた羽のペンダントを差し出した。
「今度はあなたを守ってくれるように」
 オニキスはシルバーに促され、頭を下げる。紐が頭を通り、胸元に羽が垂れ下がった。
 そこをシルバーの手が撫でる。
「あのペンをなぜ無くしたか。スピネルに襲われたとき、夢の中で必死に何か探ったわ。そしてペンを見つけて手にして、それを突き刺したの」
「……それでどうなりましたか」
「スピネルは夢から出て行ったわ」
 オニキスはシルバーの手を取った。細い、小さな手だ。この手にどれだけの覚悟と責任が詰まっているのだろうか。
 途端に彼女がたまらないほど愛おしくなり、手を口元に運ぶと何度も口づけた。
「オニキス」
「……必ず戻ります。あなたに許されないままではいられませんから」
「……本当に、そうよ。戻らなかったらずっと許さないから」
 シルバーは絞り出すようにそう言って、オニキスの首に両腕をまわした。
 彼女に抱きよせられるまま、オニキスはその首筋に顔を埋める。
 右手を腰にまわし、力を込めれば体が密着した。鼻腔の奥まで彼女のにおいで一杯にする。
 ざわざわとしていた左腕が、鎮まっていくようだった。

 ――そう、夢だ。
 あの夢。
 社に何かあるのだ。
 赤黒く輝くそれ。
 あの不浄の沼。
 かつての王城……スピネルは王座を求め、それを得た。
 それはつまり、本物の王座だったのだ。
 そしてバーチの神になるべく社を求めた。
 ならばそこに祀られているものは、一つしかない。

 太陽が昇り始めたはずだが、空は曇天。重苦しい雲はバーチを押しつぶそうとしているかのようだ。
 王座の間に集まったのは諸大臣とリーフ兄妹、アンバー将軍にバーチ兵、そして特殊捜査機関の面々。
 意外だったのは博士の姿があったことだ。
 農夫の出で立ちのまま出席を許されている。彼はオニキスを見つけると嬉しそうに笑った。
 シルバーは女王然としたドレスに身を包み、髪をきっちり結わえあげている。王座に座り、冷徹に聞こえるほどの声で話し始めた。
「セッケイ岩の毒に当たったものが、あの城下をうろついていると判明しました。ほとんどが鉱山夫、マインサイトに暮らしていた者、それと火事の騒ぎを起こした者達です。博士から解毒の知恵を頂いたけれど、薬草を集め、さらに煎じるための時間がかかります。それまでの間、彼らを押さえ、民の命を守る必要があります。今までこの任務にあたっていたシアン達に引き続き防衛を命じる。それからスケイル山の神域を侵し、これを破壊したスピネルなる異形の怪物に関しては、これを討ち、バーチの平和を守ることを命じます。現在スピネルはバーチ城下を目指し、平野部に迫ってきている。アンバー将軍を筆頭に帝国軍、バーチ兵達で防衛を固めよ。さらに、これを討つべくスピネルの弱点、および本体を探しだしこれを消滅させること。これを捜査機関の方々にお願いするわ」
 シルバーがよどみなく話せば、異論は出なかった。ただ唯一、アンバーが話した。
「スピネルなる異形を討つこと、これは賛成です。だが、弱点や本体とは?」
「スケイル山で祭りの準備中、バーチを守っていた竜――クォーツと出会い、その知恵を授かりました。彼女が言うには、スピネルは歴代の王を惑わせ、このバーチを影ながら支配していたということ。一度滅んだ身ながら、別のものの肉体を借り、生き続けたという執着心の権化よ。これを完全に討ち果たすには、本体を叩くしかない」
「本体……」
 シアンが顎をしゃくって眉を寄せた。
 思い当たることなどない、という態度だ。
 皆もそうなのだろう。
「マインサイトにあるのではないのか」「かもしれん」と、その名があがる。
 だがあそこは毒がはびこっている。行くに行けない、と行き詰まりだ。
 そんな空気に満ちていた。
 オニキスは首をふって息をつく。
「おそらくですが」
 と挙手して言えば、皆の目が向いた。
「かつて王城があった、あの沼地。本体があるとすればその奥にある社ではないかと思うのです」
 オニキスの言った言葉に、シルバーと諸大臣、リーフ兄妹が目を見開いた。
「なぜ知っている?」
 シアンはまっすぐに訊いてきた。オニキスは答える。
「スプルスに案内されたのです。この王城を復活させられないか、と。そのため沼地を浄化したいと言われたのですが、その際に社を発見しました。これは私の従者も確認しています」
 オニキスがコーの肩を叩くと、彼は弾かれたように立ち上がり、かつて模写した絵を取り出した。
「はい。こ、こちらです。遠目からなので正確とは言えませんが、竜を祀る社の、その小型と言えそうです」
「竜」
 シルバーがその絵を覗き込んだ。
「クォーツが言うには、スピネルは悪竜であったと。その社を建たせたのであれば、可能性は高そうね」
「スプルスに王城復活を示唆したのも、ルビセルという――彼もスピネルに体を奪われた者だったのでしょう」
 オニキスの確信めいた発言に、シアンは眉間の皺をさらに深くした。
「おい、おい。なぜ言い切れる?」
 シアンの疑問は最もだ、オニキスは左の袖を捲ると、青白くなったそれを見せた。
「私も毒におかされているからだ」
 一瞬、時が止まったかのように静まりかえる。
 コーは口をぱくぱくして、今にも小言が飛び出そうだ。
「な、なぜ……」
「なぜ早く言わなかったのですか?!」
 そう鋭く言ったのはシルバーだった。

 とにかく、とオニキスが事情を説明すると、ブルーが乾いた笑みを浮かべ「まあまあ」とその場を取り繕おうとした。
 シルバーはこの場にありながら顔を真っ赤にしておかんむりである。
「緊急事態でしたので、誰にも相談せずにいました。だが毒にあたってからというもの、夢を見る。あの社がずっと見えるのです。そこにあるもの、それを王に捧げよ、と。この場合、王はスピネルでしょう。彼にはバーチ王が王座を授けたのだから」
 オニキスの分析に、あきれ顔を見せたのはシアンだ。マゼンタも目を見開いたまま睨むように見てくる。
「ちょっと待てよ。なんでそう、落ち着いていられるんだ」
「性分だな。こればかりは名前に守られていると感じるよ」
「そういう問題かよ!」
「オニキス殿、では、あの鉱山夫達が目指しているのも社かもしれない、と?」
 アンバーが割って入り、オニキスは「おそらく」と頷いた。
「かつての王城なら、確かに彼らが目指している方向です。そうとわかれば防衛もしやすい。だが、そうならかつての王城に近づけてもいけない」
「そうなります」
 アンバーは冷静に意見をのべた。確かに社に本体があるのなら、それを奪われてはいけないのだ。
 王座の間での話し合いを終了し、あとはシルバーが避難民に説明するのみ。
 解散すると、オニキスは博士に呼び止められた。
「悪化はしていないので?」
「ええ。特に問題もありません。たまに違和感がある程度です」
「毒が深く入り込めば取り返しがつかないやも。甘く見てはいけませんなぁ」
 博士は気の良い老人、といった雰囲気だったが、ついに厳しい目を向けてきた。
 オニキスは素直に謝る。
 と、博士は目の前にビンを差し出した。
「マインサイトの毒蛇……に対抗するための湯薬です。スズから相談があり、調べたところ、これが一番効くはずですから」
 オニキスは人差し指ですくい、舐めとる。びりびり痺れるような感覚が舌に残り、甘いものが喉を流れていく。
「はちみつですか」
「そうです。マインサイトに咲く花の蜜を、蜂達が採ってきたもの。それとプラントで育てていた薬草を混ぜたものです。希少ですよ」
「それを私が頂いて良いのですか?」
「今あなたがいなくなれば、鉱山夫達も救われない。そういうことでしょう」
「……私はバーチの者ではない。役目が終われば立ち去るのみ。今必要な分だけ頂いて、後は待ちましょう」
 オニキスはビンを博士に返した。湯薬はすぐに効果を発揮しないだろう。だが毒のそばに生きる者の持つ毒は、確かに薬になるはずだ。
「やはり不思議な方だ」
 博士はそう言うと、オニキスの肩をしっかりと持つ。
「幸運を」
「……ありがとうございます」
 博士が去って行く。小さく見える背中だが、彼は彼でやるべきことがある。それを背負っているのだ。
 人が流れるように王座の間から出て行く。
 オニキスがそれを見ていると、上着の裾を引っ張られた。
 シルバーである。
「殿下……」
「このまま行かせたら後悔するわ。私を慰めると思って……」
 シルバーの両手が襟元を掴み、顔を引き寄せた。オニキスは思わず口元に笑みを浮かべ、誘われるまま唇を重ねる。
 触れるだけの口づけを交わし、そっと離れると彼女の白い頬を右手で撫でる。
「続きは?」
 そうからかうように囁けば、シルバーは「ふっ」と笑った。
「生きて戻ったらね」
 シルバーの手がオニキスの胸を押す。
 オニキスがそれに勇気づけられるのを感じて王座の間を出れば、シアンは「色男め」と肩をすくめてみせた。

 沼地への出発準備を整え、厩舎に向かう。
 シルバーは今頃、民に現状を説明しているころだろう。
 アンバー達と別れ、オニキスはフェザーに跨がると胸元を手で押さえる。
 そこにはブローチと羽の首飾りがあった。
「行くぞ」
 そう声をかけ、フェザーを走らせる。
 シャムロックも翼を広げて空へあがった。あの鷹の目があればすぐに異変に気づけるだろう。
 毒に冒された者達も、やはり同じ方向へ向かっている。それをバーチ兵と帝国軍が押さえ、オニキス達の道行きを助ける。
 曇天に一筋の光が差し込んでいた。

次の話へ→Tale of Empire -白樺の女王と水の貴公子ー 最終話 秋光の気配

 

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