Tale of Empire -白樺の女王と水の貴公子ー 小説

Tale of Empire -白樺の女王と水の貴公子ー 第42話 和解

 城下街では青白い顔をした者達でいっぱいになっていた。
 彼らは「捧げよ」と繰り返し呻いているという。
無事だった者達を城へ集め、シアンは部下の報告を聞きながら城の防備を固めていた。
「あの、あの、シアンさま」
 頼りない少女の声に振り返れば、マインサイトから避難していたスズが立っていた。
「すまんが、今は忙しいんだ」
「ちょっと思ったんですけど、あの変な人達、マインサイトにいた人じゃないかって」
 スズの言葉にシアンは眉を寄せる。
「近所のおじさんとか、父ちゃんの仕事仲間に似てるんです」
「……本当か? ちょっと待ってくれ」
 シアンは部下の報告を待たせ、スズにむき直す。
「父ちゃんは無事だったんですけど、でもずっと銀……女王さまが採っちゃダメって言ってたやつを採ってた人達……が、ああなってる気がするって」
「君のお父さんがそう言ってた?」
「はい。朝起きたら皆いなくなってたって」
 シアンはオニキス達と話し合っていたことを思い返した。
(確かラピスが、人を惑わせる毒があると言っていたな)
 その類いだろうか。シアンは博士を訊ねようとした時、伝書鳩に気づいて足を止める。
「帝国軍からの知らせだな」
「はい。アンバー将軍の到着を知らせる……」
「アンバー!」
 シアンはその名に眉を開いた。
 バーチ兵だけではあの人数を抑えきれない。彼らが来てくれれば、民の避難はもっと進むだろう。
「城門を開けるぞ。スズと言ったな、博士にセッケイ岩と毒の関係について聞いておいてくれないか。解毒の方法が分かるようなら、すぐに取りかかってくれ」
「は、はい!」
 スズは城の中へ走り出し、シアンは城の外へ走り出す。
 バーチの国境付近では、アンバー率いる帝国軍が南風を背負って現れていた。

***

 シルバー達がエメラルド川の上流を目指し、木の枝を支えに斜面を登り始めた頃だ。
 怪物――スピネルがこちらに気づいて這いずるように近づいてきた。
 シルバーが振り返ると、あの赤い目が眼前に迫ってくるような気配があった。
(やはりあの夢の……でも鱗の色が違う。竜だったころの姿なのかしら)
 足のない体で器用にスピネルは動いている。口の中は無数の鋭い歯、あれに飲み込まれたら命ははいだろう。
 全身が総毛立つような想像を振り払い、シルバーは斜面を登る。
 オニキスの手を借り立ち上がると、クォーツが裂け目を割って現れ、スピネルに噛みついた。
 耳が破れそうな悲鳴が響く。
「いきなり、何だと言うんだ……」
 オニキスは眉を寄せている。
「あれはスピネルよ。このバーチに、ずっと巣くっていた……」
「スピネル? あれが?」
「あなた、知っているの?」
「いや、まさか……我らが追っていたコネクションの重要人物もまた、スピネルと」
「え?」
 今度はシルバーが眉を寄せる番になった。
「二人とも、今は翡翠を入手するのが先です」
 ラピスが割って入り、二人して表情を引き締めた。
 再び歩き出し、上流に至るほど細くなるエメラルド川に沿って進む。
「殿下、あの竜……は」
 クォーツの咆哮に、ラピスが振り返り言った。
「バーチの伝説が書き換えられていたようだわ。彼らは翡翠を守るため、初代により招かれた存在。でもスピネルという悪竜が歴代の王に語りかけ、悪役に仕立ててしまったのね」
「やはりあれがスピネルなのか。だが、どこに潜んでいたと言うんだ」
 オニキスは独り言のように言い、左腕を押さえる。心なしか顔色が良くない。
「人の姿もとるようね……歴代の王達の日記を読む限り……トカゲやミミズ」
「殿下はどこまでやつと接近を?」
「え」
 オニキスの問いに、シルバーはとっさに返せなかった。
 夢の中のことなら、とても話せない。
「それは……現実的な話じゃないわ」
「ならば、たとえば夢……ですか」
 オニキスは何か知っているかのように訊いてきた。ラピスが目を見開く。
 オニキスの目が怖い。
 そう感じたのは初めてだ。
「……」
 シルバーが言葉に詰まると、ローズマリーがシルバーの前に立って庇う。
「今はそれどころじゃないでしょう。あの怪物に翡翠が奪われたら大変なこと。急ぎましょう」
 ローズマリーはシルバーの手を取って、先に行ってしまう。
「ローズ」
 水源に近くなるにしたがい、川は見えづらくなってくる。
 葉にしたたる水滴を辿るようにしていけば、水たまりと呼べそうな小さな滝壺についた。
 その奥に人一人入れそうな洞穴。
 そこにガラスのような透明なもので出来た箱があった。中は乱反射し、翡翠は見えない。
「あれね」
 シルバーが一歩近づいた瞬間、地震のように地面がぐらついた。よく考えれば先ほどから虫の気配すらない。
 オオオオオォーン……と、鼓膜に響いたのはクォーツの叫び声だった。
「最後の砦を失ったな、女王! このままではバーチは救えないぞ!」
 スピネルの嘲笑が山中に響く。
 オニキス達が武器を構えた。
 シルバーは急いで水源に近づき、箱を手にする。両手で持てるほどの大きさにも関わらず、異常な重さだ。それに、よく見ればガラスではない。
 水晶だ。
 これでは割ることすら出来ないだろう。
「どうしよう」
 シルバーが素手で揺らすと、手のひらを切ってしまった。盗まれないよう、厳重に守られていたのだ。
 木々が揺れている。スピネルが近いのだ。
「殿下、王に伝えられている呪文があるのでは!?」
 そう叫んだのはルピナスだ。
 シルバーは顔をあげ、そうか、と納得すると胸の前で両手を組む。
 バーチの古代の言葉だ、「王が祈り、神が応える。万物の精霊に言祝ぎを捧ぐ」早口にそれを言うと、水晶にヒビが入り、砕け散る。
 中から手のひらにおさまる、鳥の卵ほどの大きさの翡翠が出てきた。
「完了よ。山を降りるわ!」
「殿下、こちらへ……っ」
 マゼンタが手を伸ばし、それにつかまる。
 水で濡れた裾とサンダルは重いが、構っていられない。
 バキバキと折られていく白樺の間に、スピネルの口の中が見えた。
 ラピスが矢の先に火をつける。オニキスはそれをつがえ、狙い違わず口の中に放つ。
「子供だましにしかならないな。ブルー、あの口の中に油を投げろ」
「承知しました」
 マゼンタに背を押され、斜面を降り始める。後ろでオニキス達が戦っている。
「今は逃げるしかありません」
 マゼンタの言いたいことはよく分かるが、シルバーは何度も振り返った。
 オニキスが一度だけ振り向く。
 その目は確かに、シルバーを案じていた。

 裂け目を抜け、山を降りる。
 オニキス達はシルバー達を守るように戦いながら降りていた。
 分かれ道が見えてくる。どちらも下山ルートだが、一方は洞窟に通じ、一方はまっすぐに降りることが出来る。
 どっちが良いのか。
 シルバーが迷いを見せた瞬間、スピネルの巨体に木々はなぎ倒され、斜面を転がっていった。
「殿下! 危ない!」
 ローズマリーがそう叫んだが、シルバーは何のことか分からない。
 顔をあげた瞬間、オニキスの体に覆われるようにして地面に背中を押しつけていた。
 先ほどまで自分がいた所を、岩が転がってきて止まったのだ。
「殿下!」
「ご無事だ」
 応えられなかったシルバーの代わりにオニキスがそう言う。
 手を持ち上げて「ここよ」と言うが、ローズマリーの返事はない。
「……ローズ」
「何でもありません。早く逃げなければ……」
 ローズマリーの枯れた声が聞こえるが、それだけだ。近づいてくる気配がない。
 何事かと背を伸ばせば、二つに別れている道の中央が、先ほどの岩によって塞がれていたのだ。くぼみにちょうど良くはまっている。
 おかげで皆の顔が見えないが、その衝撃でかスピネルはこちらを見失ったようだ。「どこだ」と叫んでいる。
「別れるしかないな」
「若旦那さま」
「ラピスが副長官だが、おそらく、ブルー、君はこういう道にも慣れているんじゃないのか」
「これでも精鋭の一人だったのでね。役には立てるでしょう。山を降り、バーチ城に向かうということで良いんですよね」
「ああ。皆を頼んだ。先についた者はシアン殿に連絡を取るように。民に被害を出さぬよう、考えねば」
 オニキスは指示を出す、その時岩を越えて鞄が投げ込まれた。
「コーか?」
「はい。ナイフと、火打ち石と、とにかく色々です」
「助かる。無事でいろよ」
 オニキスは鞄を拾うと、しっかりと紐を体にくくりつけ、背中にまわした。
「待って。アンバー隊長が将軍としてバーチに派遣されたの、きっと力になってくれるはず。彼にも連絡を」
「希望が見えてきましたね……」
 ラピスの声が聞こえた。やや息があがっている。
 その時、スピネルが動く音が聞こえ、そこで会話は途切れる。
「殿下、参りましょう」
 オニキスがそう言って、ブルーが出発を告げる。
 彼らの道はまっすぐの下山ルート、距離は短い。
 シルバー達は洞窟を抜けることになった。

***

 ぴちょん、と水滴が水面を叩く。
 鍾乳洞の下は所々水たまりで、油断すれば足が滑りそうだった。
 スピネルが追ってきている様子はない。
 あとをついてくるシルバーは軽装も軽装、むき出しの岩肌に触れただけで肌が切れそうだ。
「オニキス」
 小さな声だが反響している。オニキスは松明を持ったまま振り返った。
「何でしょうか」
「先ほどの続きよ。あなたが追っていたスピネルとは、何者なのですか」
 シルバーの声は固かった。
「人身売買の話はしましたね」
「ええ」
「それを行っていたコネクション、その幹部がもらした名前こそスピネル。コネクションの主、もしくは重要人物なのだろうと目星をつけていました」
「なぜそこまで把握していて、私に言わなかったの?」
 松明に照らされるシルバーの目は、瞳の色を濃くしていた。有無を言わせぬ迫力は出逢った時と同じものを感じる。
 やはり彼女は女王なのだ。ただの女ではない。
 オニキスは一度だけ首をふった。
 ごまかしやはったりは効かない。
「その名を出し行動すれば、当の本人は身を隠すでしょう。そのためです」
「それは理解してるつもりです。でも、私には説明してくれても良かったのでは? ローズマリーとマゼンタにはそうしたというのに」
 シルバーの話したことに、オニキスは目を見開いた。
(気づいていたのか)
 シルバーは額を押さえ、目を瞑ると息を吐いた。
「お陰で彼女達を一瞬でも疑ったわ」
「……彼女たちを巻き込んだのは、殿下、あなたとスピネルの関係を知りたかったからです」
「え?」
 シルバーは顔をあげる。睨むような目つきだった。
「我らが帝都で捕まえた幹部・ブラッドの体には、あなたと同じ、赤い、ミミズ腫れのような痕が無数についていたのです。彼は正気じゃなかった。死の間際ですら恐怖心を一切、見せなかったほどに。その彼がスピネル、と。殿下、お倒れになった時のことを覚えておられますか?」
 オニキスの言葉に、シルバーは眉をよせ下を見た。ワンピースからのぞく胸元には、今となっては薄くなった赤い痕がある。
 シルバーはそこをおさえた。
「……倒れた時のことは覚えていないわ」
「あなたはあの時、うわごとのように『スピネル』と。ローズマリー殿に聞けば、あなたが悪夢に襲われた翌日から、その赤い痕がつくようになったとのことでした。そのため、私は彼女達に協力を頼んだのです」
「……何の協力を?」
「あなたがご自身で調べておられた、スピネルについて。王の日記を読むこと、それがスピネルに繋がるのなら、と協力させたのです」
 シルバーは顎に手をやり、眉を曇らせた。
「……そして私がスピネルと繋がっているのなら、いつか存在を表すのでは、と? それは……どう考えれば良いの? 私が人身売買に関わっていたと思っている?」
「それはありえない。私が知りたかったのは、スピネルという存在が、どうしてあなたと接触するのか。どうやって接触していたのか。……それだけです」
「ならばなおさら話して欲しかった」
 シルバーはオニキスを追い越して進み、岩肌に体をもたれさせると自らの体を抱いた。
 声には出していないものの、その肩の震えからして泣いているのだろう。
 どうすれば良いのか、オニキスはとっさには分からない。
 自分の迷いがわずかでもシルバーを追い詰めたのだろうか? そう思うと鳩尾がぎりぎりと縮む感じがする。
 オニキスは「申し訳ありません」と一言言うと、先を進んだ。
 シルバーは涙を手のひらでふいて、あとをついてくる。
「それで、オニキス殿。……あのスピネルは、あなたの追うスピネルだったの?」
「おそらくは。声が同じだ。ここで人として生活する際、ルビセルと名乗り、スプルスと繋がっていたようでした」
「スプルス……」
「スプルスがコネクションや、その活動に加わっていた証拠はありません。彼がアイリスの誰かと繋がって、そこから利益を得ていたようなのは確かですが……」
「ルビセルとは何者なの?」
「医学に精通している者、と。レッドが言っていましたが、彼が幼い頃、こちらへ移住する手伝いをしたようです。その時と変わらぬ姿のまま、今まで生きていたようですが……」
「ここまで怪異が続けば、それくらい大したことじゃなくなった気もする」
「殿下……」
 シルバーはふっと声から力を抜いた。
「スピネルと私の関係を知りたいと言ったわね。彼はバーチという国はとっくに自分の王国だと言い、私を妻にしようとした。あの赤い痕は愛撫の痕と言っても良いのでしょう」
 そう気だるげに言ったシルバーを振り返る。彼女はほっそりとした自らの腕を、守るように撫でた。
 ワンピースから白い羽が見え隠れしている。
「……妻に?」
 オニキスはシルバーの肩を掴み、正面に向かせるとワンピースの胸元をぐいっと広げる。
 ずいぶん薄くなったが、赤い痕が残っていた。乳房に、脇に、へそのあたり、その下。
「……」
 むかむかと鳩尾が焼けるようになってくる。
 目に血が走る感じだ。シルバーが手を伸ばし、目尻に触れるまでそれと気づかなかったが。
「……その対価に、バーチを救ってやる、だそうよ」
「救う? あの怪物が? ふざけている」
 オニキスが吐き捨てるように言うと、シルバーは「あら」と唇に手をあてた。
「それで? この国を誰より思うあなただ」
 オニキスはワンピースから手を離すと、白い胸元を指でなぞる。鎖骨を辿るようにすると、シルバーはぴくっと肩を跳ねさせた。こんなに敏感だっただろうか? 彼女は。
 シルバーはしかし、オニキスを覗き込むようにすると挑発的な目を向けてくる。
「スピネルに何かねだったと? どう思う?」
 シルバーの手がオニキスの手をとらえ、指が絡む。
「……それは確かめてみないと分からないな」
 オニキスの一言に、シルバーはまぶたを下ろして唇を寄せた。
 それに応えるように顔を近づける。
 薔薇の香りがした。
 その奥に、彼女自身の甘い香りを感じる。
 触れた舌のあたたかさは、確かにオニキスを求めていた。

 洞窟の外は静かだった。
 虫や動物たちの気配がないというのは不気味である。
 真昼だが木々の影に遮られ、薄暗い。オニキスは松明の火を消し、シルバーに手を伸ばす。
 シルバーはサンダルの水気をふって落とし、オニキスの手を取って洞窟から出た。
 ブルー達はどうしただろうか? オニキスはスケイル山に詳しくない。シルバーが言うには、あのルートは降りるのには早いという。だが外にいる分、スピネルに気づかれやすいはずだろう。
 バーチ城下を目指し、岩を頼りに降りる。
 ガサガサとすれ落ちた葉が音を立て、それをクッションに滑り落ちれば道らしい道に出た。
「これを辿ればすぐでしょうか」
「ええ。幸運だったわ、きっと水飲み場もあるはず……」
 シルバーがそう言った瞬間、ぬっと大きな影が二人の頭上を覆う。
 スピネルだ。こちらを見ている、はずだ。目がないため分からない。
「殿下!」
 シルバーを背に庇い、矢をつがえて後退する。
「オニキスか。貴様の目を寄越せ、寄越せ!」
 スピネルが頭から突撃してきた。
 オニキスとシルバーは岩を縦に、転がるようにスピネルをかわす。
 このままではまずい、とオニキスはシルバーを見た。
「お逃げ下さい!」
 そう言って彼女の体を押す。
 スピネルの開いた口、その歯の生え際を狙って矢をつがえて射る。
「グゥッ」
 といやな声をあげてスピネルが身をよじった。
「走れ!」
 シルバーの背を押しながら、オニキスは走った。攻撃が効かないわけではない、だが矢は残りわずかだ。
 スピネルが追ってくる、その時、スピネルが声にならない声をあげて倒れ込んだ。
「!?」
 振り返ると、剣を持った男の影がスピネルのそばに立ち上がる。
「サン!」
「すまない、遅れた」
 サンは合流し、「逃げるなら今のうちだ」と二人を急かした。
「スピネルは?」
「首を切ったが、手応えはない。とにかく逃げるぞ」
「助かりました」
 シルバーもほっとしたように頷き、三人は再び走り出す。
 山の麓には馬が待っている。
 ブルー達はまだのようだ、スピネルがこちらに来たのなら、逃げ切れるはず。
 オニキスはフェザーを解放し、シルバーを前に乗せると走り出した。
 サンもまた馬を駆ってついてくる。
「皆はどうした!?」
「無事のはずだ。バーチ城で合流する! 今は殿下を城へ!」
「分かった!」
 脅威を察した馬は素直に全力疾走、振り返ると、木々がなぎ倒され、土がむき出しになったスケイル山の一部が見えた。

次の話へ→Tale of Empire -白樺の女王と水の貴公子ー 第43話 光明

 

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