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Tale of Empire -白樺の女王と水の貴公子ー 小説

Tale of Empire -白樺の女王と水の貴公子ー 第38話 沼

 ブルーがシャムロックを連れて来た、という報告をコーから受け、オニキスはバーチ城へ向かった。
 シャムロックの足首についた小さな筒から手紙が届いたのだ。
「内容は?」
「侍女長殿からです。一つは斎戒が無事済んだというもの。殿下に変わった様子はないようです。もう一つは、長官殿にお渡ししたいものがある、とのことですね」
 ブルーの言った通りにローズマリーの自宅にほど近い森に向かった。
 目印は二番目の花壇という。
 森に花壇というのも珍しい、と思ったものだが、ここは共同菜園を兼ねた森らしい。
 区画整理され、その中にローズマリーと名札の下がった場所があった。
 ブルーがスコップを片手に中に入る。
 持ち主の性格をよく表しており、彼女の育てる花は色こそ目立つものの、綺麗に並べられうるさくない。
「いい女だよなぁ」
 と、ブルーはそう評する。
「ある意味怖い存在だが」
「確かに」
 ブルーは花壇をどかし、スコップを入れた。
 土は最近手入れされたらしく、柔らかいようだ。オニキスも熊手で土をかいていく。
 コン、と何かに当たる手応えがあり、ブルーを止めた。
「これかもしれん」
「おっ」
 土をどかせれば、木箱が見えてきた。新しいもののようでまだ綺麗なものである。
 紐を解いて蓋を開ける。
 出てきたのは一枚の羊皮紙だ。それもなかなかの大きさだった。
「これは……」
 文字を指でなぞれば出てくるのは「スピネル」の文字。
「年表ってやつですか? すげえ」
「ありがたい。日記を読めなくなったからな。しかし、よく作られたものだ……」
 年表と一緒に小さく【シルバー女王殿下作成の年表の写し。持ち出し禁止、有事の際には焼くように】と書き添えられていた。
「写しか。万が一のことまで考えてるんですね」
「流石に侍女長になる人物だ。やらせたことは結果、秘密を抱えさせたが……」
「今すでに有事でしょ、仕方ありません」
 ブルーは案外あっさりとそう言って、箱に年表をしまうとそれを抱えた。
「長官。女王殿下もここまでスピネルってのを注視してるんなら、隠さずに話せば良かったんじゃないですか?」
「それも考えたが、余計なことでお心を煩わせたくなかった」
「ふーん……」
 ブルーが生返事を返すので、オニキスは振り返った。
「何だ」
「いや。長官もけっこう、甘いところがあるのかなと」
「……かもしれん」
「否定しないの? 流されちゃダメですよ」
「流されてはいない。ただ、殿下とそこまでの信頼を築けているわけじゃない。こちらとしてもどこまで踏み込んで良いか、探っている途中だ」
 オニキスがそう言うと、ブルーはちらりと空の方に目をやった。
「確かに。信頼が一番大事ですからね」

 オニキスはブルーと共に塔へ戻り、机を中央に配置すると年表を広げた。
 そこにはスピネルの特徴などが詳しく書かれている。オニキスは舌を巻いた。
「殿下は勤勉な方だな。ここまで調べておられたのか」
「水害に関わる可能性が高い、と……これは侍女長さんの走り書きかな」
 ブルーが直接触れないようにその一文を指さした。
 その横には古代文字、さらにはバーチ文字が書かれている。まだ解読の途中だったのか、隣に説明文があるものの不完全だった。
「これって、簡単に人に見せちゃいけないものですよね」
「そうだな。俺たちでやるしかない……ラピスがいれば良かったが」
「今調査中でしたか」
「古代文字ならある程度読める。まずは出来るところを埋めていくぞ」
 ブルーは古代文字に明るくない。書き取りを任せ、オニキスは読み上げた。
 ――竜の暴走により、鉱山に毒が蔓延。アイス湖は焼き払われ、数多の命が失われた。
 この時現れたのは一匹の蜥蜴である。彼は王の夢枕に現れ、バーチを救ってやると持ちかけた。
 竜は湖から離れ、裂け目の奥へ逃げていく。
 その対価として、彼に王座を用意した――
「王座ですか?」
「と、書かれているな」
 ――蜥蜴は満足して帰って行った。
 その年は雨が多かった――
「湖……竜はアイス湖に棲んでいたのではないのか?」
「は?」
 オニキスの疑問にブルーが顔をあげた。
「そうなんじゃないですか?」
「だがアイス湖は焼き払われたはずだぞ、すでに焦土と化していたなら、湖から離れたなどと書くか? 第一、その前まではアイス湖と書いていたのに突然”湖”と」
 オニキスの指摘にブルーは首を傾げてみせた。
「言われてみれば……おかしいのか」
「湖か……これは別で調べる。メモしておいてくれ」
 ブルーが書き留めるのを確認し、オニキスは続けた。別の王の日記である。
 ――雨の多い年だった。
 疫病が発生し、人々は倒れていった。
 そこに現れたのは美しい人だった。
 スピネルと名乗ったその人は、バーチの者を治していった。
 スピネルはその対価として小さな社を求めた。
 それを叶えた――

 夜になるとオニキスは一人宿に戻り、年表を見ていた。
 ラピス達の報告によればやはり教育の差があるとのこと、レッドとまた会うことになり、その日を待つ。
 城下町はまだ平穏だった。
 恩赦により解き放たれた者達は炊き出しの恩恵に預かり、シアン達により見張られている。
 見えない細い、一本の糸のような緊張感が張り詰めている。
 そんな空気がバーチに漂っていた。
 スピネルと名乗る存在はいくつもの姿を持っている。
 あるときは蜥蜴、あるときはヒル、あるときはミミズ、あるときは人。
 王の夢に現れ、何かと助け船を出しては対価を得てどこかへ去って行く。
「美しい人、か。男か女かとは書かれていない……そんな話ばかりだ」
 そう呟き、年表と自ら得たスピネルのことを照らし合わせていく。
 ふと指先が一文に触れ、オニキスはそれを目で追った。
 脳裏に蘇る男の言葉。
 ――貴様の目のようなぬばたまの、濡れた鱗を持つお方だよ――
【冬の夜空よりももっと濃い、黒に黒を重ねたような髪の持ち主。だが月の光のもとではその髪はあやしく色を変えた】
 それはまるで。
「まさか……」
 そう都合よく現れるはずがない。オニキスは自らに対して苦笑し、しかし頭に浮かんだその人物の顔を振り払うことは出来なかった。
 翌日、ラピス、シアンと共にレッドの元を訪れた。
 恩赦のため解放されたが、彼は自らの意志でいつもの場所に留まりシアン達に協力している。
 ラピスが集めた情報を訊くと、レッドは顔を両手で覆って息を吐き出した。
「……結局、利用されていたのですね」
「帝国からの支援策で、あなた方は充分に救われたはずなのです。労働組合が指定した教材はほとんど中央とその差が激しく、バーチでは通用しても……」
「あの時は病がおして……でも、もし帝国の援助を受けていたら?」
「妹君も学べたはずです。どこか別の国に行くなら、そこでも通用するものを。肝心の教育の差ですが、特に数学がおかしい」
「数学?」
 ラピスとレッドの会話にオニキスが口を挟んだ。
「はい。細かい部分を中央では数えますが、ここでは数えないのです」
「……」
 オニキスは頭の中で何かが繋がる感じがした。
 計算が合わない。
 合わないようにしていた。
「だが、私どものような者を引き入れ、教育を施し、その結果労働組合に何のうま味があるというのでしょう。働き手が欲しかったということなのでしょうか」
 レッドが疑問を口にし、オニキスは静かに口を開いた。
「……帝国からの支援金、それをくすねるため……」
 そう呟くように言えば、その場の全員がオニキスを振り返った。
「だがそのカネの行く先は? スプルスは確かにここでその地位を盤石にしているが、かといって派手にやっている風でもないぞ」
 シアンがそう指摘し、オニキスは頷く。
「スプルスはアイリスとも繋がりがあるようだ。紛争になればなったで稼げると。その支度金かもしれん。だが、もう一つ気になるのはあの相談役……ルビセルという人物だが」
「ルビセル先生ですか?」
 レッドが確認するようにその名を言った。
「ああ。それこそ、男か女かわからない、美しい声の持ち主……だが仲介人だとして、若すぎる気もする」
「ルビセル先生はもう老齢のはずですが……」
「なんだと?」
「私どもが移住する際、世話になった方ですから……」
「医学に精通している?」
「いいえ。ルビセル先生は通訳の先生でした」
 レッドの説明にオニキスは「名前が同じ、別人か?」と独りごちる。
「まぁいい。レッド、話を変えるが、君が放火したというのは本当なのか?」
 レッドははっと息を飲み、オニキスを見た。
「……いいえ」
「やはりか……」
 シアンは納得したように言ったが、すぐに眉間に皺を寄せてレッドを見る。
「誰を庇っている? 君からすれば庇いたい相手なのだろうが、このバーチに放火犯を野放しにしていることになるんだぞ」
「彼らは愉快犯ではありません。あの時放火したのは、帝国軍が山を切り拓いたために道が崩れた……その報復でした」
「それがおかしいんだ。あの道が崩れそうだ、とは、近隣住民から届け出がすでにあった。帝国軍に新たな道を造ってもらい、その結果旧道は崩れたが避難は無事に行われた。なのになぜ話が食い違う? 住民達に話を聞いたか?」
 シアンは苦いものを吐き出すように深く息を吐き出す。その説明を聞いたレッドは自らの額を強く押さえ、一瞬の沈黙の後に絞り出すように言う。
「……いいえ。軽率でした」
 レッドは放火の真実を語る。
 シアンが入手していた情報と一致し、ラピスの補足で放火犯を特定した。
 祭り期間中は手出し無用。
 シアン達は彼らを見張り、その中で連絡を取り合っている者達を突き止め、その真相を追いかけることになる。

 オニキスはスプルスの要望を受けて石工達と会うことになった。
 彼らはオニキスの説明する暗渠排水のための仕組みをよく学び、どの石を使うか、どう細工するかを話し合い始める。
 この頃は静かだった。

***

 帝国では叙勲式が行われていた。
 アンバーは宮殿の中庭で、赤い毛にきらびやかに金糸で刺繍された毛氈に跪いている。
 帝国のその支柱である皇帝は冠をかぶり、分厚いマントにも負けぬ姿勢でアンバーの前に立っていた。
 隣にいるのは皇后。
 彼女は皇帝に勲章を手渡し、皇帝はそれを受け取るとアンバーを立たせ、その胸元に授ける。
 ”四方将軍”と彫られた銀の勲章が太陽の明るい日差しを受けて輝く。
 庶民の将軍が誕生した。
 帝国始まって以来の大抜擢である。

「オニキス達がバーチを探っておる」
「はい。帰還前にお会いし、捜査機関の存在意義について説明を受けました」
「あれの活動は蜂の巣をつつくようなことだ。一筋縄では行かぬだろう」
「ええ。バーチでは帝国そのものに対する不信感……あるいは不満が溜まっているようでしたから」
「シルバー、あれも改革を成そうとしている。変化は大なり小なり歪みを産むものだ。そこでバーチ全体の平和のため、お前を四方将軍としてバーチへ遣わす。よくつとめよ」
「承知つかまつりました」

 玉座の間からアンバーが出て行く。
 その背中を見ながら、皇帝は一人静かに息を吐いた。
 隣に控えているはずの存在は今はない。
 あれから皇后は表に出ることを極力控えている。
 役目の重さを知っている彼女のこと。このまま離宮に移り、皇后の座を降りれば気持ちも休まるかもしれないが、あいにくフィカス家への最後の人質なのだ。
 そしてその事情をよく理解している。
 手放すことはまだ出来ない。

***

 一羽の鷹が飛んでいった。
 飛ばしていたのはサンだという。
 彼に何か手渡していたのはローズマリーだという報告だった。
 サンが連絡するのはオニキス達であろう、シルバーはそれと気づき、見なかったふりをするよう侍女に言い含めた。
 ローズマリーはいつもの様子を崩さずに接してきた。
 祭りの準備のため、祭壇を掃除し、供え物のチェック。
 忙しい合間を縫ってまた何か書き留めている。
 彼女を疑うつもりはない。
 オニキスを疑うつもりもない。
 だがわずかにある疎外感は何なのだろうか?
 まさか、疑われているのは自分なのだろうか。
 そう思うと何か合点が行く気がする。
 この頃、ローズマリーとマゼンタは結託している様子だった。
 いつもより濃い目の下のクマ、オニキスと何か話す様子、オニキスに食ってかからないマゼンタの様子。
 あの3人で、何かシルバーのあずかり知らないところで。
(疑われる理由なんてあったかしら……これはただの被害妄想というものかしら……)
 足の指が弱くなったように感じて力を込める。
 幼子が不安な時にするような仕草だ、シルバーは額を指でこすって頭をふる。
 背中に影でも張り付いたかのような不快感を、なかなか拭えずにいた。

***

 スプルスの案内でオニキスは王都から離れた街道へ出た。
 竜の鱗を思わせる外観の馬車に彼は乗り、オニキスはフェザー、供をするナギとコーは小型の馬車に乗って移動していた。
 水の勢いは多少、おさまったようだ。
 しかし大量の濁った水が川下へ流れていき、家屋か何か建造物の材料だったのだろうレンガや木材が時々水面に見えている。
 フェザーは相変わらずスプルスとの接触を嫌っている。
 ナギがいなければもう少し暴れていたかもしれない。
 馬車の窓を覗けば、ナギが顔を出した。
「世話をかけるな」
「フェザーは鼻が利くみたいですよ。この前も、紳士だと思ってた人が近づいたら怒ってて、どうしたのかと思ったら盗人でした」
「その盗人はどうなったんだ?」
「シアンさまの部下が取り押さえてました。祭りの間の窃盗は重罪だぞって」
「そうか……フェザー、お手柄だ」
 オニキスがフェザーを撫でると、フェザーは緩く首をふって鼻をならす。
「照れてる」
 とナギが目を細めて笑った。
 先を行くスプルスが馬車を止め、そこに降り立つ。
 たどり着いたのは、森林こそあるもののなだらかな丘。そして不自然にぽっかりと開いた沼。
「ここは?」
「かつてここに王城があったのだよ」
 オニキスはそれを聞くとぐるりと辺りを見渡した。
 王都からはそれほど離れておらず、森林に囲まれているものの、それを切り拓けば確かに見晴らしも良く、周囲の森と深い川に守られた天然の要塞となりそうな場所ではある。
 だがこの、濁って底の見えない沼は?
 それに空気の流れも悪い感じだ。
「なぜ私をここに?」
「あくまでも一つの可能性としてだが、ここに王城を復活させることは可能なのかね?」
「王城を?」
 オニキスは唐突な質問に眉を寄せた。
「なぜです」
「ルビセル先生がおっしゃっていたのを思い出したのだ。ここは川こそあるものの、丘自体はそれほど水の影響を受けない。森林も健康的なものだ、ここを拓き、王城として復活させれば一つ憂いがなくなるのでは、と」
 スプルスは両手を広げて周囲をぐるりと指さす。オニキスは彼の目がふと充血しているように見えたが、彼が背を向けたために確認は出来なかった。
「だがバーチ城は機能しているようですが……避難民も、定住者も、それほど混乱はしていない」
「慣れてしまったからだろう。女王がエメラルド川の水害対策の話を持ってきた時は乗り気ではなかったが、確かに必要な処置だと気づいた。ならばいっそ、もっと安全な国にすべきだと思うのだ」
「仮にここを切り拓き、王城を復活させたとして、今の王都はどうするのです?」
「あそこはあそこで第二の都市として使えるだろう。鉱夫達の中には定住と職替えを考えている者も多いのだし、その工場とすればバーチはもっと豊かな国になる」
 スプルスの頭の中にはすでに図案が出来ているようだ。
 オニキスは息を意識して吸うと、木々の合間から刺す太陽光を見る。
 彼の熱意に飲み込まれてはいけない。
「可能性の話でしたな」
「ああ」
「それは否定出来ない。今の王都が機能しなくなったなら、遷都を考える必要もあるでしょう。だが今ではない。正直に言えばカネがかかるし、それを押してでもやるほどの意味はありません」
「もっと先を見たまえ、オニキス殿。これは未来への投資だ。王都を見ただろう? 暗雲に飲み込まれたかのようなあの街並み。その暗雲はあのバーチ城の影だ。刺す針のようなあの城の」
 スプルスは顎をしゃくった。
 オニキスはシアンから聞いて、彼が王、あるいは帝国にか不満があるとは知っている。
 だが他に狙いがあるはず、と眉間の皺をとくようつとめた。
「……仮に王城を移すとして、この沼は……」
 そう口を開いた時、強い一陣の風がふいた。
 木の葉が揺れ、太陽の光がまぶしく目を焼く――その先に何かが見えた。
 小さな三角屋根の家のような何か。
「そう、この沼が問題だ。何度か浄化出来ぬものかと挑んだが無理だった。底がどれほどの深みかもわからなくてね……治水を学んだ君ならと思ったのだが……」

***

 その場を後にするとスプルスとわかれ、オニキスはフェザーの鼻先を再び沼地に向ける。
 かつて王城があったというが、そのような荘厳な気配はない。
「本当にここに王城があったのでしょうか」
 コーがそう眉を寄せながら呟く。
「おそらくは本当だろう」
 オニキスがはっきりと言うので、コーは目を丸くした。
「なぜわかるのです?」
「絵で見た景色と似ているからだ。この位置からなら、ぴったりだ」
 オニキスはスプルスの邸で見た絵を思い出しながら、丘の中腹あたりで今のバーチ城の方角を見た。
 森林を背中にすればその通りだ。
「ここからなら見晴らしも良いですね」
「ああ。だが……人間の直感はバカに出来ない。今も疑問の余地があるのだから、王城として相応しくなかったのかもしれないな……」
「そのために捨てられたと?」
「要因も原因も様々だろう。一つの意見だけで決定は出来ない。私が気になったのはあれだ」
 オニキスは森の方を指さした。
 木立の奥にはやはり家のようなものが見える。
「なんですか?」
 コーは指さす方を見るが、首を傾げる。
「見えないのか?」
「はあ」
「家……のような形をしている。それにしては小さい気がするが……建物があるなら何か謂れがあるかもしれない。スプルスの野心とやらに直結するなら……」
「調べてみる価値はある、ですか」
 背丈の高い草、木立を越えて足を踏み入れる。
 靴が粘着質な泥にまみれ、重くなった。
 空気もどんどん重くなってくるようである。オニキスはシルバーが話していた「カビ」のことを思いだし、二人に鼻・口周りを保護するよう言って、自身もスカーフで保護した。
「ああ、あれですか? 家……というより、古い形の社のようですね」
 コーもようやく見つけたらしい。かき分けるとザカザカ鳴る草を強引に開き、一歩踏み出そうとして「わっ」と足を退いた。
「どうした?」
「下は完全に沼地ですね。うわ~……靴が……」
 何かの植物がくっ付いている。悪臭すら漂っていた。
 オニキスも確認すると、社のようなものを中心に、茶色く濁った沼地となっていた。
「これはひどいな」
「腐ってるんですか?」
「そうらしい。あまり吸うと病になりそうだな……これが疫病のもとにもなっていたかもしれん、あれに近づくには準備があった方が良いか」
「とりあえず模写だけしておきます」
 コーは腕まくりすると、肘の手前あたりに木炭を走らせ社のようなものを描き始めた。
「今となっては中央では見ない形ですね」
「やはり社か?」
「おそらくそうだと思いますよ。この三角屋根は雪国だからだと思いますが、周囲を支えるこの八角形の柱の立ち方は変わっていませんし」
「冬の星座を元にした、か」
「はい」
 コーの腕に社の模写が完成する。
 八角形の社に守られるのは、バーチ全土で共通した存在である。
 は虫類のような体、鷹のような爪、馬のような鼻先に鋭い牙は象牙のごとし。
 竜である。

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