オニキスはいつも通り、王の日記を読んでいた。この時はコーも一緒で、マゼンタとブルーの4人での作業となっている。
マゼンタが言うには、シルバーもこの頃王の日記を読んでいるらしいとのことだった。
彼女は今、4代前のものを読んでおり、それはシルバーの私室にあるためオニキス達では触れることすら出来ないだろう。
「殿下は祭りのため留守にされるらしいな」
そうマゼンタに訊けば、彼女は意図を察して首を横にふる。
「殿下の部屋にあるものは手出し無用です」
「……わかっている。それで? 殿下の調子はどうなんだ」
「この頃は体調も良いらしく、香草の世話などもなさっておいでです」
「香草?」
「避難民の栄養補給にも良いのだとか。水害を受けた土地の改善策を提案する準備に大忙しのようです」
「休む暇なしか。王の役目は女性にはきつすぎる」
そうもらせば、マゼンタが片眉を持ち上げて腕を組んだ。
「……頼りになる殿方がそばにいないのも問題です」
「ふふん、なるほど」
マゼンタの言うことに笑ってみせれば、彼女は口をへの字に曲げて鼻を鳴らした。
オニキスは日記をめくり、文字を目で辿る。
珍しい、古代文字が混じった文章だ。
竜の伝説が出始めたころのものだった。
(”腐敗した土地があると聞き、調査隊を向かわせた。そこにあったのは銀を含む石。これを持ち帰り、雪恵岩を名付ける。だが、これは銀ではないようだ。調査隊の一部に体調を崩す者がいた”)
オニキスは息をつめて文章に食いつく。古代文字で「雪の恵み」、それがセッケイ岩の元の名だと気づいた。
(”調査隊へ慎重に慎重を重ねるよう命じ、更に腐敗した土地を調査させる。そこにいたのは一匹のミミズであったという”)
時間がせまり、隠し部屋を出る。
どうにも気になるのはセッケイ岩とミミズのことだ。
雪の恵み、と名付けたものの、名前通りの美しいものではないため文字を変えたのだろう。
宿に戻りスプルスと会う準備を始めねば、と城を出ようとした時、シアンに呼び止められた。
「スプルス……というより、労働組合は移住者の一部の窓口になっている。そのため移住者組の中には、国ではなく彼に対して頭があがらない者達がいるんだ」
「労働組合に対してか? それはおかしいんじゃないのか」
彼らは国家の行政機関の一部だ。単なる窓口となって、家屋の用意、職業案内、訓練を行うのみ。
当面の生活費、勉強に関わるカネは帝国と王国から支払われており、労働組合が自腹をきることはない。
労働組合はただし、人材を手元に引き入れる特権がある。しただけの報酬は別の形で得ているのだ。与えるだけの機関ではない。
だがシアンはわざわざ「国ではなく」と付け加えた。そこに微妙なものが含まれている。
「確かにそうなんだが、親身になって面倒を見てもらった、という感覚を抱く者が多いんだ。確かに移住を決めた者達はあらゆる事情を抱えている。向き合うのも簡単じゃないとはいえ……」
「そう思うきっかけか何かあったのか?」
「レッドという男がいるんだが、奴はまるでスプルスの傀儡のようだ。いや、気骨のある好人物だというのも本当だが……女王殿下に対しても好意的で、俺としては割り切れない人物なんだよ」
シアンは頭をかいてふうっと息を吐き出した。
「スプルスと会うのなら、奴の背後に大多数、事情ある者達がいると覚えておいてくれ。中には……前途有望な者が多いはずなんだ。火事の件もそうだが、躍らされてるだけの者達が多いはずだ」
「……はっきりとは言えないことなんだな」
「すまん。俺は殿下やあんたほど頭が働かないんだ」
「いや。ご忠告は確かに受け取っておく。デリケートな問題だからな」
シアンが頷くのを見て、オニキスは城を出た。
どんよりとした空模様、雨がまた降れば、エメラルド川は水位を増す。
倒壊した家屋が流されていくのを横目に、スプルスが避難所兼別宅としている屋敷へ赴く。
屋敷の庭先につくと、フェザーがイライラしたようにたてがみをふった。
「落ち着かないか?」
そう声をかけると、フェザーはフン、と鼻を鳴らした。
「すぐに帰れるさ。長居しても仕方ないしな……」
フェザーは不機嫌を隠さず、オニキスの袖口を噛んだ。
「全く……」
思わず苦笑し、フェザーをいなす。厩につなぐと、奥にもう一つ厩があるのに気づいて視線を巡らせた。
数頭のロバだ。
(ここはロバを使うのか)
ではロバを推奨しない団体ではないのだろうか? それともロバを使うことで彼は何らかの利益をあげているのか。
使用人が現れ、オニキスを屋敷に招待する。
3度目の訪問となるが、スプルスの屋敷はいつも通り落ち着いていて、強いて言えば実家と似た、質素な雰囲気すら感じさせる。
だが質素な暮らしを演出することで、私利私欲のない人物だと思わせる術もある。オニキスは気を引き締め、スプルスに向き合っていた。
「エメラルド川の水を農業に利用するとのことだが」
スプルスが気になるのは、水害の後のことのようだった。この話がかなり繰り返されている。
「たとえば人工地を造るとして、そこから水を引くなら、どれだけの距離を想定されている?」
「池の位置・規模にもよります。距離に関しては皆が使えるように、を前提とするならバーチを縦断するほどでしょう」
「あっさり言うが、バーチを縦断? 山より長い距離にならぬか?」
スプルスは驚いて見せたが、ワインを注ぐ手は穏やかなものだった。
「かなり大規模になるでしょう。だがカスケード状にすれば、それほど苦でもない。水は勝手に流れていくもの、我らが後押しする必要はありません」
「どこぞで二つ目の池を造る可能性はあるのかね? 土地は平らというわけでもない。道だとてまっすぐなものはない」
「暗渠で不要な水は抜きます。池はそれほど多くは必要ありませんよ」
「暗渠となれば、水が土にしみ出さないために策が必要になるだろうな」
「成功の確率が高いのは石と焼き物でしょうか。職人はおりますか?」
「何人か知っている。彼らは儲かるだろう。彼らもまたカネを使えば、バーチ中が潤うわけだな」
「職人がバーチの民に焼き物を教えれば良い。これなら老いも若いも出来ぬことではありません」
オニキスの説明にスプルスは腕を組んで唸った後、頷いた。
「確かに。悪くない話だ。石工にも良い話だろう」
オニキスは注がれたワインを口にした。
渋みの強い赤が舌にまとわりつくようだ。喉に流す際に視線がスプルスからずれ、一枚の絵画に止まる。
竜退治の絵だ。
「見事な絵ですね」
「これか? バーチに語られる竜の物語だ。ありふれたテーマだが、これを描いた芸術は多くてね」
「竜が人気なのですか。鹿は?」
「鹿は古すぎる。それに醜い怪物の姿だ、竜の方がより勇壮だろう」
「だが鹿の王の娘は美しかったのでは? 夏祭りで主役となるのは竜ではないのに」
「確かにな。だがあれは、王とバーチの獣の話だ。庶民はむしろ、竜の方が身近に感じるのだよ」
スプルスの説明にオニキスは納得した。
絵に目を戻せば、竜は首に致命傷を受け炎を吐いている。
騎士団は鱗を手にしている。空は曇天、そこに一羽のカラスが飛んでいた。
そして足下にはミミズ。
「……カラスにミミズか……何かの象徴でしょうか」
「どこにでもいる生物だろう。あまり深い意味はないのでは?」
スプルスはあまり興味を抱かないようだ。
「オニキス殿はロマンチシストだな。現実主義かと」
「理想と現実を常に持ち合わせたつもりですよ」
「それは良い、現実と向き合わねばならん。女王はそれが分かっていない」
「彼女は現場を知りませんからね」
そう言うと、スプルスは口の端を持ち上げた。
「皇帝の権威を印象づけるために遣わされた、ただの女だ。何もできやしないよ」
スプルスの悪態にオニキスは眉を持ち上げちらりと視線を向ける。
スプルスはそれに気づくと、静かに笑みを浮かべ言った。
「その女王殿下も哀れなことだ。首都でお暮らしになっていれば、こんな苦労せずに済んだろうに」
「……かもしれませんな」
スプルスの屋敷を出て、フェザーを解放する。
夕陽が沈む、それを見ながら宿に戻る。
――ただの女だ。
ふとスプルスの言葉が蘇り、喉が焼けるような感覚を味わった。
(ただの女なら。彼女がただの女なら?)
何も考えず、想いを秘めず、感情のままこの手にしただろうか。
彼女がただの女なら。
「……」
そんな考えを戒めるように、冷気を含んだ風が頬を撫でた。
考えてもせんなきこと、見えてくる王城を目印にフェザーを走らせた。
いつものように、夜の庭園に足を向ける。
抜け道があると教えられたが、オニキスはそれを使ったことはない。
もし気安く入り込めば、シルバーとの距離感を見誤りそうだった。
トゲがあれば、それが彼女との超えてはならないそのラインを守ることが出来る。そう考えていたのに、今はそれが邪魔に思えてならない。
月に照らされたためか、シルバーの頬は青白く、幻想的にすら見えた。
「スプルス殿はかなり計画を練っているのね」
「そのようです。はじめは反対していたが、今はそこにどう絡んで、利権を握るか。どうやら職人達も、彼の紹介で仕事を得るという流れのようです。シアン殿達が調べた通りスプルスに上納金を支払っているようですね」
「やはり……ではあぶれた職人達が多数いるのでしょうか」
「探す価値はあるでしょう。今は避難のため城下町周辺に集まっておりますし」
「ではシアン達に調べさせるわ。ありがとう、オニキス殿。今後はスプルス殿に協力する者達を……」
シルバーはそこまで言って、何か思い出したのか顎に指をあてると視線を落とした。
「……帝国軍に対する憎しみを増長させている団体がいるはず。スプルスが彼らとつながっている可能性はありそうだった?」
シルバーはふとまっすぐな視線を向けた。
聡明なまなざしはわずかな光を集めるため、その瞳を色を濃くしている。
いつもより甘い目つきだ。そう見える。
――彼女がただの女なら、このまま……。
不埒な考えに脳がぐらりと揺れた感じがした。
薔薇の生け垣に手をやり、トゲに気づいてそのまま下ろす。
「レッドが何か庇うのだとして、それはスプルス殿かしら。私はどうも違う気がするの……オニキス殿? どうかして?」
オニキスははっと目を開き、額を押さえて横を向いた。
「いえ、私はレッドという人物に会っていないので……」
「ああ、そうでした。ごめんなさい、つい……もしかして、疲れが溜まっているのではない? こちらへ来てから、あなた働きづめだわ。少し休んで」
「しかし、今だからこそやれることがあるでしょう。私なら問題ありません」
「いいえ。明日は部下の方々も一緒に休みなさい。これは命令です」
シルバーは指先を顔の前でふって見せた。
これほど恐ろしくもない命令は初めてである。
思わず「ふっ」と笑うと、シルバーは口を尖らせた。
「ではお言葉に甘えて……そうだな、全員が一気に休むわけにはいきませんから、交替に。私は明後日にお休みを頂くことにしますよ」
「ゆっくり休むのよ」
「ええ」
オニキスが従順に頷くと、シルバーはようやくくつろいだ表情を見せた。
オニキスはつい軽口を叩きたくなり、首を傾けた。
「ですが、今夜ゆっくり眠れればそれでも満足ですよ」
「羨ましいわ。体力があるのね」
「多少は。ただ、今日は客人を装ったせいか緊張して眠れそうにない」
「オニキス殿ともあろう方が?」
「ええ。これでも緊張するタチですよ。だからまじないが欲しい」
シルバーは目を丸くした。
オニキスは手を伸ばすと、シルバーの髪を手に取り、絹糸のような手触りを楽しむと口元に持ってくる。
薔薇の香油を使っているのだろう、甘い香りが鼻腔に流れ込んでくる。
「いい香りだ」
そう言って軽く口づけ、手を離す。
シルバーは髪の生え際を撫でるようにすると、視線を下げて口を噤む。
「ご不快でしたか」
「いいえ……でも、これで、良いの?」
「ええ。私には充分」
シルバーは立ち去る気配がなく、両手の指を組んで胸の前で握っている。
まるで神に祈る乙女像のようだ。
「ねえ、オニキス……」
「……あまり私を甘やかすと、もっと調子に乗りますよ。トゲがないと……」
「ないと?」
「……これ以上はマゼンタとローズマリーが怖いな。そろそろおいとましましょうか」
オニキスは生け垣から距離を取り、シルバーが城へ入るのを見届ける。
シルバーはそれとわかっているのか、何も言わず城へ入る――一度だけ振り向いたそこにあったのは、何か言いたげな表情だ。
お互いに好意がある。
そう知りながら、お互いに踏み込めない。
シルバーの背中を見送って、オニキスは歩き出す。
互いがただの男で、ただの女なら。
ただ貴女が欲しい。
ふーっと息を吐けば、それは夜風に融けていくように消えてしまった。
翌日には城の謁見の間にいた。
オニキスは治水の専門家として呼ばれた、という体だ。特殊捜査機関の長官という肩書きはシルバー以下限られた者しか知らない。
そのため城内ではスプルスにもすりよる者、と思われているようで冷たい視線を浴びた。
この日はラピス、シアンもおり、長官としての役目を求められているとすぐに分かった。
「まず帝国軍との溝を深めるため、扇動していた者達を突き止めました。これには特殊捜査機関の協力もあってのことです」
シルバーは王座に座り、女王らしくこちらを冷徹な目で見ている。
シアンの報告を聞くと彼女は頷いた。
「どのような者達でしたか」
「首都から帰還した者がリーダーをつとめていました」
その知らせにシルバーは眉をひそめた。
「帰還者が?」
「はい。理由を聞いたところ、待遇に不満があったと。それの裏付け捜査をラピス殿にお願いした所、どうやら首都へ留学したにも関わらず、望んだだけの職場に就けなかったようです。そこに声をかけたのが猟師たち」
「猟師?」
シルバーは何か勘づいたように声を跳ねさせた。オニキスもシアンの顔を見る。
どこかで聞いた話だ。
「はい。彼らは不満を抱く帰還者に、これを配布するよう言ったそうです」
シアンは一枚の荒い紙を出した。
ローズマリーがそれを受け取り、シルバーに見せる。
「”帝国は各王国から財源を奪い栄華を極めている。奪われた王国はなぜ立ち上がらない”……これに煽られたというわけですね。しかし、猟師ですか……」
「失礼。まさか猟師というのは、オークションで人身売買の被害者だった男と関係があるのか?」
オニキスが訊けば、ラピスは静かに首を横にふる。
密猟を働いていたあの男。
確かにバーチに不満があるようだった。
「私もそう考えたのですが、あの被害者は無関係でした。だが、同じ職種のものが関わっているという点が気になります」
「まだ捜査の途中か?」
「はい」
オニキスとラピスの話を聞いていたシルバーとシアンは顔を見合わせる。シルバーが口を開いた。
「帰還者の、ここでの待遇への不満というのが気になります」
「彼が言うには留学前には、帰還すれば地位向上が約束されるという触れ込みだったというのです。が、帰還したにも関わらず地位はあがらず、学んだことは無意味だったと」
「名前はわかる?」
「殿下にはお知らせしますが……」
ラピスは周囲を見渡した。侍女達に聞かれてはいけないのだろう。
「わかりました。では、その彼をこちらへ呼びましょう。直接話を聞く必要があります。もし彼の言うとおり、こちらが約束を反故にしたというなら問題ですもの」
シルバーの言葉にラピスは頷いた。
「猟師達への対応はいかがいたしましょう?」
シアンがそう訊き、シルバーは答える。
「今は事を起こさぬように。夏祭りが終わった後、しっかり調べた上で彼らに反省してもらいます」
シルバーの含みのある一言にシアンは眉を持ち上げた。
「かしこまりました」
謁見の間を出ると、オニキスは「さっきのは何だったんだ」とシアンに声をかけた。
「祭りの後……か?」
「ああ」
シアンは自身の頬を軽くひっかき、眉を持ち上げている。
何やら楽しげではないか。
「まあ、何というか。祭りっていうのはおめでたいことだからさ。いわゆる”恩赦”ってやつをやるんだ」
シアンはオニキスを意味ありげにちらりと見た。オニキスは肩をゆらしてそれをかわす。
「なるほど。つまり、今捕縛してもその期間は短いというわけだな。それでは真実にたどり着けない……真相究明のためには今は見逃す必要がある、と」
「そういうことだ。俺たちは今の間、奴らを見張りさらなる証拠固めと、なぜそうなったのかを探る。捕縛だけが解決じゃあない、だろ?」
「そうですね。確かに、柔軟にやりませんと……勉強になりました」
ラピスは深く頷き、息を吐き出した。
「ま、これで一つ指針が見えたかな。あなた方に感謝するよ」
シアンは表情を緩め、ラピスの肩を叩くとなれた足取りで城内へ去って行った。
ラピスはオニキスを見ると、額をおさえた。
「バーチでは人々の……生業のバランスがかなり崩れているのですね」
「どうにも二つの思惑の間で揺れているように感じるな。移住者、出身者……それが原因ではなさそうだ」
「帰還前と後で約束が違うのはなぜでしょうね。そうすれば不満が出るのは当然です。能力が問題としても、不誠実は優秀な者にこそ嫌われるでしょうに」
「そこだよ。そうやって不満を抱かせて、得をする者がいる……そういうことだろうな」
オニキスは自身の首をぽんぽん叩き、つま先を玄関に向ける。ラピスが後をついてきた。
「首都で学んだことで、それが邪魔になると」
「知恵や道徳は国を育てる。そうなってくると時の支配者はどうなる?」
「普通は国が育つのですから、喜ばしいことでしょう。皇帝陛下はだからこそ学業の発展を求め、庶民にもその窓口を広げた。……喜ばない支配者がいるとすれば、それは……独裁者でしょうか。民が育てば、支配するのが難しくなる」
ラピスは口調を厳しいものにした。
オニキスは彼を振り向くと、「あくまでも私個人の意見だ」と付け加えた。
「留学生の支援団体を捜査する必要がある。ラピス殿、ルピナス、ナギとサンを連れていけ。私はスプルス、労働組合と支援団体の関係を探ってくる」
「かしこまりました。……ところで長官、私どもに黙っていることがあるのでは?」
「は?」
ラピスの質問にオニキスは足を止めた。
振り返ると、ラピスはまっすぐにオニキスを見据えている。
「何の話だ?」
「いえ、マゼンタ嬢とよく話しておられる気が……」
ラピスにしては歯切れが悪い。オニキスはそういえば、スピネルのことで彼に説明出来ていないことを思い出した。
「ああ、そうか……」
オニキスはラピスを近くに呼ぶと、声を落とす。
「スピネルのことだ。そのヒントになるものを探している。そのためにマゼンタ嬢、もしくは侍女長殿の助けが必要なんだ。今は話せないが、おそらく君の協力が必要になるだろう」
「スピネル……その名が関わってくるのですか? そのお二人となると……」
ラピスは勘づいたらしく、言葉を飲み込んだ。
女王が関わっているなら、気安く入り込むことは出来ない。ラピスらしい配慮にオニキスはほっとして頷く。
「この王国の歴史の問題なようだ。安心してくれ。私とマゼンタ嬢に何かあるわけじゃない」
「なっ」
オニキスがラピスの細い肩を叩くと、彼は顔を一瞬で赤くして眉を寄せる。
「そ、そういうことでは」
「そういうこと? まあいい。ところでシアン殿から聞いたが、マゼンタ嬢は馬を走らせるのが好きなようだ」
ではな、とオニキスはラピスに背を向けた。
次の話へ→Tale of Empire -白樺の女王と水の貴公子ー 第36話 神域へ
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