Tale of Empire -白樺の女王と水の貴公子ー 小説

Tale of Empire -白樺の女王と水の貴公子ー 第34話 バーチ物語

 バーチの先住民と、初代王が結ばれた物語は今でも「教訓」として伝えられている。
 バーチの初代王は時の皇帝の末弟であり、若々しい青年だった。
 青年はバーチに王として赴任するが、そこにいたのは角を持つ恐ろしい怪物であったという。
 これを退治せんと騎士団を率いていくものの、騎士団は壊滅的なダメージを受け撤退を余儀なくされる。
 この時王は傷つき、毒がまわり、一人エメラルド川に流され、見知らぬ土地で目覚める。
 彼を助けたのは一人の美しい女性。
 子鹿の駆け回る湖のほとりでの出会いだった。

 夏祭りの準備のため、シルバーは旅支度を整えていた。
 供をするのはローズマリーとマゼンタ、それから3人の侍女と衛兵達である。
 出立は今から2週間後。
 向かうのはエメラルド川の上流、その水源にほど近い場所だ。
 水源のあるスケイル山全体が信仰の対象であり、入れるのは王族と神官、と限られている。例外もあるようだが、条件は厳しい。
 エメラルド川も多少は落ち着いているだろう。シルバーは慣例に従うつもりである。
 歴代の王は神殿に寝泊まりし斎戒、ほこらに祀られているバーチを守護する鹿の王――聖獣とも神とも呼ばれている――に祈りを捧げに行くのだ。
 入山から祭り、全てを3週間かけて行われる。
 バーチは諸問題を抱えている。良い機会だ、シルバーは導きがあるよう祈るつもりであった。
 王の日記を閉じ、次にすべきことを確認する。
 オニキスの提案通り、シルバーもやはり湖の復活が一番良いのではないか、と考えを固めつつあった。
 執務室に貼り付けたバーチの地図を見ながらぐるぐる考えを巡らせる。
 どうやって説明すれば?
 鉱山、牧場で働く者達はどうなる?
 スズ親子や、マインサイト代表者の顔を思い出すときりきりと心臓が痛む想いだった。
「それでも湖を復活させる必要があるわ……」
「やはりアイス湖ですか?」
「それが一番、地理としては最適よね。だけどセッケイ岩の毒がある。あれが湖に浸り、毒が流れてしまえば大変なことでしょうね……」
「それこそバーチ全土が……」
「ええ……それに、一度枯れた湖であるとも言えるわ。そう考えると、最適とは言えないのかしら……」
 シルバーは顎に手をやってうんうん唸りながら考えた。
 どちらにせよ鉱山は閉じなければいけない。
 今の間に鉱石の説明を繰り返し、何人かは理解しているという。
 それにしても気になるのは、その鉱石を売ったルートだ。それに帝国軍との不和を扇動した者がいるはず、あの夜の火事は、どう見ても一人で出来たことではない。
「オニキス殿ともっと話せれば良いのに」
 思わずそうため息まじりに呟き、それを聞いたローズマリーとマゼンタが顔を見合わせた。
「ああ、聞き流して。ただの独り言……」
「いいえ。連繋は大事ですから。もう少し登城出来ないか聞いてみましょう」
「マゼンタ、珍しく意見が合ったわ。さっそく城にいらっしゃる捜査機関の方に話を……」
「待って、待って。ただの愚痴なのよ……」
「いいえ、専門家の意見を求めるのは大切なことです。大丈夫ですよ、暇な時に、と伝えておきますから」
「女王が呼ぶのよ。向こうは何があったって断れないわ。それに、スプルス殿と近づくつもりでいるのよ、簡単に登城させるわけにはいかない……」
「庭園に抜け道があるでしょう。あそこなら目立ちませんから」
 ローズマリーはマゼンタを急かした。シルバーが止める間もなく彼女は執務室を出てしまった。
「最近、あなたたち仲が良いわね……」
「というより、息が合ってきたという感じです」
「良いことだわ。でも私の知らない所で結託しているんじゃないでしょうね?」
 シルバーはローズマリーを見やった。彼女は口を尖らせてはぐらかす。
「そうではありません」
「あらそう? ところで素直じゃないのね、マゼンタと仲が良いと言われたくないの?」
「友人はいらないのです」
 ローズマリーのはっきりとした言葉にシルバーは目を見開いた。
 シルバーは立場上、友人と呼べる者はいないためなんとも言えないが、友情とは暖かみを感じるものと憧れていたのに。
「そうなの?」
「はい。公私の別をつけたいので。それに気が合うのは良いことですが、わざわざ友人と名前をつける関係に意味を見いだせません」
「難しい説明だわ……」
 シルバーが首を捻ると、ローズマリーは「さて」と手をうった。
「お茶でもお淹れしましょう」

***

 バーチ城にはラピス達も戻ってきて、橋の建造に関わった者達とその出自を説明した。
 見張り塔の一室、集合場所にとした1階の広い部屋にナギを除いた全員とシアンが集まっている。
 建造に関わっていたのはやはり人身売買の犠牲者だ。出身はエリカが最も多い。気温の差のせいか、体調を崩し帰らぬ人となった者も多かったそうで、「早く見つけて欲しかった」と嘆いていたという。
 彼らを競り落とした人物はもはや見つからない。顔も名前も知らないのだという。
 首都から持ち込んだ資料にもそれらしい人物は浮き上がらなかった。
「人をあれだけ買うんだ。財力の続くところでないとおかしい」
 シアンがそう厳しい顔をして言った。
「スプルス・フォーンは帳簿を書き換えているとしか思えない。なぜなら労働組合にそれほどうま味があるとは思えないんだ」
「スプルスは他に商売をしていたのか?」
「かつてはな。銀を売っていたんだ」
 シアンの返答にラピスが続く。
「バーチで銀鉱山が閉鎖されたのは今から20年前でした」
「なぜ閉鎖されたんだ?」
「鉱山で事故が起きたと」
「銀が採れなくなったわけではないのか」
「ええ。事故に関する記録は確認出来ていません。スプルス・フォーンの実家がその山の所有者ですから」
「わかった」
 そこから採掘工達もかなり移動せざるを得なくなったのだろう。
 バーチの問題はそれこそエメラルド川のように曲がりくねり、閉ざされた土地であるというのに、そこをぐるぐる回っているようだった。
「まるで流民の国だ」
「流刑地とも呼ばれていたしな」
 シアンの呟きにオニキスは振り向く。
 首都を出る前、バーチに追いやられた貴族達の名簿を見たが、首都とのつながりを持った者はいない。唯一シルバーの母親が皇族であったことくらいか。
「ある意味後腐れがないと思ったものだが」
「そうだろ? 悪くはいないが良くもない」
 シアンは冗談まじりにそう言ったが、それが事実なのだろう。ゼロからの出発だ。すがるものすらない。
 その時、ドアがノックされ、ナギが顔を出した。
「お客様です」
 ナギの向こうで、マゼンタが顔を覗かせる。
「兄上」
「おお、お前か。何か用か?」
「長官殿に伝言です」
 マゼンタとナギが入室し、ドアが閉まる。
 女王からの言付けだろう、と皆姿勢を正したがマゼンタは正式な書状を持っているわけではなかった。
「伝言は?」
「いえ、その……殿下の命ではないのです。私とローズとで相談して。まずこれをどうぞ」
 マゼンタがオニキスに手渡したのは一枚の紙切れだ。
【香り良きもの悪夢を遠ざける】と書かれており、オニキスは頷くとそれを胸ポケットにしまう。
「他には?」
「はい。出来れば捜査の進捗状況を細かく知りたいのです。それと、治水についてもお知恵を頂戴したいと。長官殿、殿下は皆様がお忙しいとご存じなので急かすつもりはないのです。そのため命じることはなさらない」
「それは承知した。出来るだけ連絡を向かわせるようにしよう。それで――」
 オニキスが続ける前に、マゼンタにより袖を掴まれた。「ちょっと失礼」とマゼンタに引っ張られ部屋から出る。
「何事だ」
「内々に話すつもりだったのです! 良いですか、昨夜庭園が見えたでしょう。あそこには本当に抜け道がある。そこを渡って来て欲しいのです。殿下に直接、お会いになって」
「それは殿下のご意向か? 君らが画策したのなら罪に問われても文句は言えないぞ」
「そう思うなら、昨夜と同じバルコニーから顔を出して下さい。それなら良いでしょう」
「いつだ?」
「今夜はいかがです?」
「……ああ」
 オニキスが渋面を作って返事すれば、マゼンタもまたむっとした顔をして頷いた。
「感謝します」
 マゼンタはそう言って部屋に戻る。
 オニキスはドアが閉まる音を背で聞くと、ふうっと息を吐いた。
 昨夜会った彼女の姿が思い出され、ふと胸の奥に沸き立つものを感じる。
(マゼンタ、良いのか? 薔薇のトゲより深く彼女を傷つけるかもしれないぞ)
 あの細い首筋に噛みついてしまいたい気分になり、オニキスは自嘲すると顔をあげた。

 夜、マゼンタの言ったとおりにバルコニーに出る。
 薔薇の香る庭園に寄れば、トゲに行く手を阻まれた。なかなかに鋭い。うっかり肌を切れば、それこそミミズ腫れするだろう。
「オニキス殿?」
 すっかり鼓膜に馴染んだ声の方に目をやれば、髪を下ろしたシルバーが葉と葉の隙間から見える。
「殿下」
「本当に来て下さったの?」
「ええ。なかなかご連絡に行けず、気を揉ませてしまいました」
「それは気になさらないで。スプルス殿と近づくならば、私のもとへはなかなか来れないでしょう? だから、ええと、つまり……」
「治水にしろ、捜査にしろ、必ず殿下に相談も、ご報告も申し上げます。ご心配をおかけしましたか?」
「そうではないのよ。あなたのことは信頼しています。ただ、そうね……相談はしたかったの。貯水池を造るのは私も賛成です。でもどこかを特定出来ないわ。アイス湖も考えたけど、セッケイ岩の毒が流れたらと思うと……。そうそう、鉱石を売ったルートもそうだし、火事についても疑問点が多すぎるわ。色々一人で考えてしまって」
「殿下のおっしゃるとおり、アイス湖では難しい気がしますね。あそこはかつてはくぼ地だったはずですが、今は埋め立てられて池とするには浅すぎる。他に相応しい場所を特定せねば。……殿下、お体の具合はいかがですか? 今全てを解決することは出来ない。せめてご自愛下さい」
 オニキスがそう言うと、シルバーは視線を下げた。長いまつげがその目を覗かせないのが惜しい。
「殿下?」
「……王座に座ったまま。何も出来ないままよ。民衆も、スプルス殿達も、王などただのお飾りと思っても仕方ないわ……」
 シルバーが呟くように言ったのは、思いがけない弱音だった。
 あれほど熱心にバーチ復興を目指していたのに。
 だが彼女の言うとおり、バーチで起きていることのほとんどは彼女の手の届かないところにある。捜査は出来ず、川には入れず、バーチ国内を見て回ることも出来ない。
 何があっても報告でしか知り得ないのだ。
「……殿下」
 柔らかそうな頬は以前より痩せて見える。
 オニキスは思わず手を伸ばした。
「っ」
 手の甲に軽い痛みが走る。赤い筋に血の珠が浮いてきた。
「オニキス殿」
 シルバーが顔をあげた。オニキスはしまった、と手を引っ込め、傷口を舐める。
「大変、失礼いたしました。お見苦しいところを……」
「大丈夫? ここのトゲは強いの。薬草をお持ちするわ」
「いえ、お気遣いなく……」
 シルバーはそっと手を伸ばし、ハンカチを渡してきた。それを辞退するのも礼を欠くか、とオニキスは受け取る。ほんのりと花の香りがした。
「……そうだわ、オニキス殿に謝らなくてはいけなかったの」
「何をです?」
 謝られる必要があっただろうか?
 オニキスは首を捻ったが、思い当たることは出てこない。
「あの、羽ペンのことよ。実はなくしてしまったの。夢見が悪いからとお守り代わりに枕元に置いていたら……」
「夢見が……お守り代わりになさっていたのですか?」
「ええ。本来の用途とは違うけど」
「それは構いません。夢はどうなったのですか?」
「その時は悪夢を見ないで済んだの。でも、あるとき妙な夢を見て……朝目覚めて、それからペンをなくしたみたい。部屋を探したけど出てこなくて……せっかくの贈り物なのに、申し訳ないことをしたわ」
 悪夢、と聞きオニキスは考えた。
 何かの呪いのようだ。だが他人の夢の中になど誰も入れない。
 シルバーの調子が悪いだけなのか。
 ならなぜ「スピネル」と「赤い痕」は共通している?
「怒ってる?」
 あまりに黙るので、シルバーは眉を寄せてし不安げな顔になってしまった。彼女は凜々しく見えるが、意外に気弱な面がある。
 それが見られるのは特権のようでもあり、内心嬉しく思っていたが、その原因が自分にはなりたくないのだ。
「いいえ。殿下のお役に立ったのなら、光栄です。しかし不思議ですね。どこに行ったのか……」
「盗まれたわけではないと思うの。これでも朝は一人で起きているし。あ、探すのは私がやります。オニキス殿に手伝えと言ってるわけではないのよ」
 慌ててそう言う彼女の姿につい頬が緩み、「それは残念。探し物を理由に殿下の寝室へ入れるかと」などと軽口を叩く。
 シルバーは目を丸くすると背を向けてしまった。
「そんなことを言うから、裁判沙汰になったのでしょう!」
「誰にも言うわけではありませんよ」
「……もう!」
 シルバーは振り返ると、眉をつり上げながら、目をきらめかせて睨んできた。
 夜だから分からないが、その頬は真っ赤なはず。
「殿下がお望みなら、似たものをご用意しましょう」
「いいえ、結構。賄賂になるわ」
「それで悪夢から殿下を守れるなら、賄賂でもなんでも良い」
「次から次によく言葉が出てきますね、オニキス殿。良いですか、これから夏祭りのため準備に入ります。私は城を出て行くから、方々で動きが出てくるでしょう。どうかお気をつけ下さいね」
「夏祭りですか? 鹿の王……でしたか」
「ご存じ?」
「鹿の王を祀っている、ということくらいです。詳しくは存じ上げません」
「ではお話してあげましょうか」
 シルバーはどことなく得意げだ。だがオニキスはふっと笑うと首を横にふった。
「次にお会いする時にしましょう。殿下、これ以上はお体が冷えますよ」
「……もったいないことだわ。確かにそうね、オニキス殿もお疲れなのに、ごめんなさい」
「それほど疲れていません。ただ、次に会う理由になるでしょう?」
「……」
 シルバーはそっぽを向いた。
「楽しみにしていますよ」
 そう声をかけると、シルバーはちらりとオニキスを見て頷いた。

 ――女性は王を介抱するため、その湖の水をすくい、手ずから傷を洗ってやった。
 王を蝕んだ毒は消え、傷は消えていった。
 彼女は自らを「鹿の王の娘」と名乗り、彼の妻となった。
 だが一つだけ問題があった。
 彼女が人の姿でいられるのは一年のうちの半分だけ。
 もう半分は別の姿になってしまう。
 王は鹿の王になぜなのかを聞くが、その秘密は教えられないと言われてしまう。
 それでも二人は仲むつまじく暮らしていた。
 ある時、王のもとにある知らせが届いた。
『なんとも美しい翡翠を見つけました』
『エメラルド川の最果てにございます』
『この国の象徴にいたしましょう』
 しかし王は首を縦にふることはなかった。
『そこにはあの恐ろしい怪物がおるのだぞ』
 そう諫める王を、皆はあざ笑う。
『なんと臆病な王か。これで我らを導けるものか』
 そう言われた王は、怒りにふるえ立ち上がる。
『そこまで言うのなら証明してみせよう。私こそバーチの王に相応しいと』
 その時、妻となった鹿の王の娘は悲しげに俯いたという。
 討伐に出かける夫を案じているのだろう、誰もがそう思った。
 そして怪物はついに退治され、王は一躍英雄となる。が――
 山は割れ、天は大雨を降らし風は止まなくなった。草は枯れ、エメラルド川は濁流となり森すら飲み込んでいく。
 怪物の呪い、と誰もが思った。
 その時鹿の王の娘がエメラルド川の上流に向かっていき、両手を広げてこう言った。
『あの怪物こそ私の父。このバーチの守護者である鹿の王。夫の罪は私の罪、彼の決断を止めることが出来なかった、この私が報いを受けましょう。お父様、どうか彼らにやり直す機会をお与え下さい。畏れはいずれ正しい知恵を産む』
 鹿の王の娘は一度だけ夫である王を振り返る。
『父を恨んではいけない。どうか正しい姿で祀ると誓って。そして私を求めてはいけない。失ってもいけない』
 そう言うと王の額に最後の口づけを送った。
『あなたを愛しています』
 それが最後の言葉となる。
 鹿の王の娘はもう一つの姿――翡翠になり、エメラルド川の水源へ飛んでいく。そして戻らなかった。
 王は自らの手で鹿の王のほこらを造り、翡翠を安置。ようやくバーチを覆う天災は止んだ。
 鹿の王という神と、その娘である彼女を永遠に失うことで、王はようやく自らの軽率な判断を後悔し、国を正しく導くことを誓ったという――

 鹿の王の娘の無償の愛による救済と、王の後悔からの改心を伝えている物語だ。
 王たる者、自らの見栄のために大切なものを失ってはいけないとシルバーは感じ取った。
「何やら物足りない気がしますな」
 オニキスがそう言って、シルバーは眉を持ち上げた。
「そう?」
「何となくですが」
 庭園に吹く風は薔薇の甘い香りを孕んでいる。オニキスは今夜も庭園内に入ることはしなかった。
 だがこうして会っている。
 それがシルバーをやきもきさせた。
(庭園に入って良いと言っているのに。もしかして、こうして会うのも本当は嫌なのかしら)
 女王に来るよう求められれば、誰だって逆らえまい。
 彼は特に表情を変えないため、内心でどう思っているのかまるで読めないのだ。
(なんだか、子供の遊びに無理に付き合わせている気分だわ……)
 立場があるほどに、本心での付き合いは減ってゆく。以前は従姉妹と上手くやれていたのに、首都へ帰ったあの時、確かに肉親の距離感ではなかった。
 そして自惚れを抱けるほどバカでもない。
 上に立つ者は孤独なのだ。
 孤独に耐えられる者が自然と上に立つものだ。
 だがその素質が自分にあるだろうか。
孤独の中で自分を磨けるだろうか。
 そんな自問自答が湧き上がってしまった。
「鹿の王とその娘……それに翡翠か。エメラルド川では翡翠が採れるのでしたね」
 オニキスの問いにシルバーは意識を今に戻す。
「ええ、そうよ。許可なしに持ち出すことは禁止されているけど……」
「貴女の目も翡翠色だった。今は見えにくいが……」
 そう目を覗き込むように見つめてくるため、シルバーは薔薇の葉に隠れる。
「これがバーチに伝わる物語よ。夏祭りでは鹿の王の魂を鎮めに行くの。そしてバーチを導いて下さいとお願いするためにね」
「なるほど……今でも伝説の中にいるかのような状況ですが……バーチは救われたはずなのに」
「そうね……でも、竜の伝説があるもの。鹿の王が今も怒っているとは思えないわ。ああ、それで何か物足りないと?」
「かもしれません」
 オニキスが身を乗り出すように動いたため、シルバーは目を軽く見開く。
「意外だわ」
「意外?」
「こういう話には興味がないかと」
「……妄想の類いは興味ありませんが、何の意味もなく神話や伝説が語り継がれるわけもない。それに……」
 オニキスは言葉を切り、顎に手をやった。
 何か考えるようなその仕草に、今度はシルバーが身を乗り出す。
「それに?」
 促すように言うと、オニキスは目を合わせて探るように見つめてきた。
 夜の闇にも負けないぬばたまの目だ。シルバーは落ち着かない気分になり、左足を浮かせてつま先で地面を叩く。
「……カラスと話をしたのですよ」
「え?」
 聞き間違いか、とシルバーは耳を寄せた。
「鳥類の中には人の言葉を話すものもおりますが、そうではなく……まともに対話したのですよ。妙なことを話すカラスだった」
「あら……カラス……カラスですか?」
 シルバーは何と返せば良いか分からず、きょろきょろと辺りを見渡した。するとオニキスが付け加える。
「カラスが妙なことを話すくらいですから、そういった伝説もあっても不思議ではないのかも。それに竜人族もいますしね」
「竜人族……そういえば、見た目も私たちとは違うのでしたか。会ったことはある?」
「兵役の際に。だが彼らも、帝国に協力的な者もいれば、そうでない者もいる。どこも似たようなものです」
「そうなの……どんな方だったの?」
「無口でとっつきにくいが、聡明な男でしたね。肌の色は我らより浅黒く、銀髪で……瞳が大きいな、と思ったものです。目が良いので、我らでは見えないものまでよく見えるらしい」
「なんだか羨ましいわ。そんな能力があれば、湖を造るに相応しい土地をすぐに見つけられそうね」
 シルバーは髪を指にまき付け、くるくると弄んだ。遠い国のお話に、つい心が弾んだのだ。
「会ってみたいわ。それに、色んな世界を見てみたい」
 そんな希望を呟くと、オニキスの視線を感じた。振り向くと、目尻を下げた彼の表情が葉の向こうに見え隠れする。
「殿下は時々、女の子のようになりますね」
 思いがけない一言に、頬に熱が生じた。
「な……」
「あまり周囲の者に見せてはいけませんよ」
「……そうね、気をつけるわ。はしたない姿を……」
「まさか。貴女の可愛いところを、他の男に見られたくないだけです」
 シルバーは喉に熱が溜まったような息苦しさを感じ、胸元を押さえながら立ち上がった。
「今夜はこれで失礼するわ。オニキス殿も、ゆっくりお体を休めて下さいね」
 振り返らないまま去ろうとし、足が錆び付いたように動きづらいことに気がついた。
「殿下。これを」
 オニキスの声に足が止まり、近づいてくる足音に心臓が跳ねる。
 隣に感じる気配に振り向けば、白い羽のペンダントが差し出された。
「これならなくならないでしょう」
「……用意して下さったの?」
「言っておいて何もしないのは無粋ですから。これで貴女を夢から守れるなら、星の数でもご用意しましょう」
 どこか重みの増した声に視線をあげれば、それこそ宇宙に浮かぶ星のような光をたたえた目がそこにある。
 思わず魅入られてしまいそうになり、視線を下げて白い羽を見つめる。
 薔薇の花をすり抜けるように手を伸ばせば、そこに柔らかい羽が落ちた。
「……ありがとう。とても心強いわ」
「なら良かった。何かあれば、いつでもお呼び下さい」
「お祭りの最中でも?」
「駆けつけますよ」
「夢の中でも?」
「会いに行って良いのなら、今夜でも」
 オニキスの冗談まじりの口調に、シルバーは「ふふ」と笑ってしまった。
「それは頼もしいわ。では、オニキス殿。おやすみなさい」
「ええ。……お休みなさい」
 シルバーは歩き出し、振り返る。
 オニキスを見送るといっても、彼はシルバーが城に入り、マゼンタのもとに行くまで立ち去ることをしない。
 窓を閉じ、手をふるとようやくオニキスが背中を向けるのを見た。
「殿下、何のお話を?」
「お祭りのことよ……バーチの神話を」
「そうでしたか」

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