Tale of Empire -白樺の女王と水の貴公子ー 小説

Tale of Empire -白樺の女王と水の貴公子ー 第31話 捜査開始

 朝、執務室の窓から庭を見おろし、シルバーは異様なものを見た。
 オニキスとナギ、コー以外の捜査機関のメンバーがテントを設営しては直し、設営しては直し……を繰り返している。掃除もやりながら。
 かなりのスピードだ。
「一体、何をしているの?」
 側にいたオニキスに聞けば、「一種の訓練です」と答えた。
「あれなら僻地に行っても心強いのでしょうね」
「そうですね。部下としてやるべきことを彼らはよくわかっている」
 オニキスの横顔は相変わらず冷静で、凜々しい。朝の光を受けた黒髪は美しかった。
「さて、遊びに来てるわけではないものね。そちらの予定など、聞いても良いのかしら」
「川の洪水が治まるまでに、まず首都とこちらの資料を照合したいのです。資料など目を通してもよろしいですか?」
「ええ。でも、中には王にしか読めないものがありますから、それは無理だけど……」
「もちろんわきまえております」
 オニキスは折り目正しい態度だ。シルバーはそれに安心したが、ふと顎に指先をあてて言った。
「昨夜は……何か不足だったとか、ない?」
「何か? いいえ」
「そうなら良いわ……」
 シルバーは帝国の使者が求める「もの」を差し出していないことに不安を覚えていた。
 舐められる原因の一つではないか、と思ったが、どうしても気が進まない。
 この頃城で下働きをしているスズのような少女を思うと、とても出来ないことだった。
「何か気に病まれることでも?」
「そうね、捜査機関は不正を裁くのでしょう? だったら相談しておきたいわ。使者をもてなすために……寝台に女性を送るのは正しいこと?」
 こればかりは書物にも書かれていないのだが、使者はそれを当然、暗黙の了解のように考えているのだ。
 翌朝に女性が来なかったとはっきり文句を言われたこともあり、よく考えればそれから向こうの態度が豹変した気さえする。
「それは間違った接待です。殿下は……」
「私はしなかったの。でも、それが普通のことと考えられていたようで……何も知らず何もしなかったから、向こうは横柄な態度を取ったのかも。侍女達が首を傾げていたから、どういうことかと後で聞いて知ったのよ」
「花街で雇うよう言われたとか?」
「ええ、そう。そういう職業女がいるでしょう、と。そういう人達への報酬にもなるのだからと言われたけど、何となく腑に落ちなかったのです」
「そういう接待が帝国中にあるのは確かですが、誰も公認などしていません。暗黙の了解というが、そういう相手が欲しいなら自らカネをもって店に行けば良いだけのこと。殿下が気にされる必要はありませんよ」
「でも実際、文句を言われるわ。中には腹いせに侍女に手を出そうとした使者もいて……どう対処したものか。使者の態度一つで首都とのすれ違いが起きるのは避けたい所ですし」
 オニキスは眉を寄せたが、首をふって軽く息を吐き出し、言った。
「それを陛下にご報告申し上げましょう。出来るだけ詳しく、使者の名前や書面、印鑑など残っていませんか?」
「ええ」
「ではそれを集め、首都へ送ります。度を超した接待を求めることは、越権行為のみならず倫理観にもとる。それが露呈すれば使者達も態度を改めざるを得ません。バーチだけでなく各地でも同じことは起きています。もてなし一つで優遇措置が取られるというなら、いずれ帝国全体の不利益に繋がります。陛下も理解して下さるでしょう」
 彼の説明にシルバーはほっと胸をなで下ろす。
「安心しました」
 シルバーはさっそく侍女に命じて資料を集めさせた。
 一番気にかかるのはスプルスのことだが、これはシアンが一緒にいる方が良いだろう。今はレッドのことで城を出ている。
「他に気になることはありますか?」
 オニキスがそう訊き、シルバーは顔をあげた。
「オニキス殿、爵位を継いだのですね。伯爵ですか」
「ええ。ですが仮初めの鎖のようなものです」
 オニキスは淡々と言って、感情を見せない。だが、目が合うと一瞬、逸らされる。
「嬉しくないのね」
「……殿下はどうやって見破るのですか」
「目を逸らしたでしょう」
「……正直に申せば、帝国に対し申し訳がないでしょう。だが確かに嬉しくはない」
「複雑な事情があるのですか? 無理に話す必要はないわ、お祝いなら何か用意せねばと思っただけ……」
「領地の村一つ、満足に統治出来ぬのですよ、私は。別の貴族の手出しに気づかず、その結果村の分裂を招きました」
 オニキスはそう、どこか自嘲するように話した。
「今あの村は、帝国の管轄に入るため調整中です。私は帰還すれば爵位を失い、ただの男になる」
「管轄に……ヒソップ家の領地といえばホリーでしたね。あそこは確か、交通の要衝となる可能性がありながら、農場としても肥沃な大地を持っている土地。目をつけられるのは必然でしょう。それに、あなたが伯爵となったのは早くても数か月前なのでは?」
「ええ」
「どうにも出来ないのは、仕方ないのではないかしら……。それに、詳しい話を私は知らないわ」
 シルバーは扇をたたんで窓の向こうにまた視線を戻す。
 簡素なテントから、生活するに充分そうなテントまで。ずらりと並んでまた片付けられていく。
 オニキスは何も言わなかったが、腕を組んでシルバーと同じように見おろすと、彼らに何か合図を出してシルバーにむき直す。
「今回私が捜査機関長官となった経緯をお話すべきか迷ったのですが、いずれ殿下のお耳にも入ることでしょうから話しておきます」
 オニキスは腕を解いてシルバーをまっすぐに見てきた。
 黒く輝く瞳はよどみがない。
 シルバーはそれを見つめ返した。
「昨夜殿下がおっしゃった通り、フィカス家により私は不信任案に問われたのです。その最も大きな要因は”姦淫罪”であるとして」
「え?」
 シルバーは耳障りな単語に眉を寄せた。
 この部屋にはマゼンタもいるのだ、案の定彼女も息をのんだ。
「首都に住む一般人女性と関係を持っていただとか、宮殿につとめる侍女をたぶらかしたとか、そういった所ですな」
「あら。なんだか、それらしい」
 シルバーはついそう言って、オニキスに苦い顔をさせてしまう。
「ごめんなさい」
「いいえ。私もそれらしいとは思いました。村で分裂が起きたのもそれがきっかけです」
「ほぼ同時に起きたということ? なら誰かに……」
 おとしめられた、と言いかけ、オニキスの手に遮られた。彼の指で扇を高く持ち上げられると、視界の半分がそれで埋まる。
「オニキス殿」
「殿下はもう少し、疑い深くなった方が良いのではありませんか? 私が不埒な男かもしれないと考えておかないと、利用されてしまうかも」
 扇を口元まで下げて彼を見上げれば、どこか呆れたような顔が見えた。
「いいですか。お人好しではいけませんよ」
 そう釘を刺すオニキスにシルバーは唇を尖らせた。
「オニキス、私が世間知らずなのは認めます。でも考えなしなわけではなくてよ。首都で滞在中、あなたのことを聞いて回ったわ。侍女たちは確かにあれこれ自慢気に話していたようだけど、古参の侍女長はあきれ顔。第一、陛下がそんな不貞な輩を私のもとに寄越すと思う?」
「そんなことをなさっておられたのですか?」
「ええ。側に来る者のことは調べなくては」
「……殿下がどうお考えでも、事実そういう疑いが出たのです」
「それとフィカス家、レディ・オパールの話とどう関わってくるの?」
 その時、バーチ兵が庭にいた捜査機関の者達が来た、と告げた。
 扉が開かれると息を整えながら礼をする、ラピス達がいた。
「ご苦労だったな」
 オニキスが声をかけると、ブルーという男が頭を抱えながら言った。
「すっかり目が覚めたぜ」
「酒が抜けただろう。今後は言動を慎めよ」
「へいへいっと……どうも、おはようございます」
「ええ。おはようございます。昨夜はよく眠れましたか?」
「そりゃ、もう。何かお話中でしたか?」
 シルバーとオニキスは互いの顔を見た。
 捜査機関設立の説明を、と言えば、ラピスがそれを引き継ぐ。
 フィカス家が庶民の大臣を認めざるを得ない理由がはっきりとし、シルバーはじめこの場にいた全員が表情を厳しくした。
 本来ならばカイ・フィカスは極刑でもおかしくない。だが貴族政治に風穴を開けるカードとして活かされたのだ。
「ラピス殿のご実家も……」
 無実の罪でおとしめられたのだろう。
「ええ。そうです」
「グロウの地まで手中に納めていたなんて、全く油断出来ないわ。……捜査機関の役割は思っているより重要なのですね。シアンにもよく説明しておきましょう。ところで、コネクションのことは私は知りません。シアンからの報告にもそんな組織の存在はあがっていないし……」
「こちらから人身売買の証拠になるものをお持ちしました。バーチの民の中に見慣れぬ外見、口調のものなどを探せばたどり着くでしょう」
 ラピスがそう言って、シルバーは「あっ」と声をあげる。
「そう、いました。エリカの男性が奴隷のように扱われていて……それにシアンもなまりのある者が増えた、と。移住者の可能性もあるため、断定は出来ませんが」
「まず当たってみましょう。そのエリカの者達はいずこに?」
 シルバーはかつての違法住居の主が投獄されている、森の奥の監獄を教えた。
 シアンが来るのを待って、いよいよ活動開始といったところだ。
「長官、そんな目に遭っていたんだな」
 そう低い声が言った。黒髪の大男だ。
「コーを連れてあんな草原に何用か、と思っていたが」
「俺もあそこまで活動範囲が広がるとは思っていなかった。製紙工場は帝国認定だが、植物の栽培はやはり無認可だったらしい」
「何にせよ助けになって良かったわ。ああいう仕事の延長だと考えて良いのね」
「そうなる。基本的には人助けだ」
「基本的……」
 確かサン、ジャスミンと言ったか。オニキスとは堂々と話し合っている。
(どういう関係なのかしら……)
 シルバーはつい気になって、そわそわと視線を彷徨わせた。
 オニキスに白い歯を見せる、ジャスミンの明るい笑顔。
 サンという男が交わす気の置けない会話。
 どれもシルバーに許されないものだ。油断は隙を生み、隙は崩壊を呼ぶ。
 女王という立場になれば、何かベールで覆われでもしない限り、その仮面を外せない。
 王座に座ることが出来るのは一人だけ。
 常に一人だけだ。
 つい皇帝夫妻の姿が浮かび、”噂”好きな彼女のことが気になった。
「皇后陛下はどうなさっているの?」
 つい声に出すと、皆の視線が向く。
 説明したのはオニキスだった。
「皇后陛下のお立場は変わりませんが、離宮に移られました。心身に疲れが溜まったご様子で……」
「そう……何かお見舞いの品をアンバー隊長に……」
 シルバーは額を撫でると、侍女に目録を用意するよう言った。
 そうだ、アンバーもまた首都へ帰る。
 それからどうなるかは皇帝の指示一つで決まる。もうここへ戻ってこない可能性もあるのだ。
 頼りになる人物がまた去って行くことに、シルバーは体から何かが抜けていくような感覚を味わった。
 これではいけない、と息を吸い込んで、コルセットが食い込むような苦しさに気づく。
(今日は調子が悪いわ)
 そう気づいて扇で顔を仰ぐ。
 夏の暑さに体が慣れていないのだろう。今日は特に日差しがきつい。
 窓に目をやれば、明るい太陽に影が走るのを見た。
 あの赤い目がまっすぐにこちらを見ている――そう思った瞬間、こちらをうつすような黒い瞳がそれを遮った。
「殿下? 顔色が優れませんが……」
 オニキスの気づかうような声が落ちて、悪夢から現実に引き戻される心地だった。
「……この頃寝不足が続いたせいね。気にしないで」
 シルバーは扇を広げ、視線を逸らした。
 オニキスが顔を覗き込むようにし、彼の首元に光るブローチが見えた。
 ドラゴンの鱗のそれはかつて自分が贈ったもの。
 その時、ようやくシアンがやってきたと侍女が告げた。

***

 ――あれは何だったのだろうか。
 馬車にゆられながらオニキスは考えていた。
 シルバーの首元から胸元へ伸びる赤い痕。
 それに、確かに目元は青くクマが目立っていた。肌が白いからか、余計に。
 あの赤い痕をどこかで見た気がする。
 気がする、ではない。見たのだ。だがどこだっただろうか?
 シアンの案内で監獄へ行き、件の人物と会ったが彼はただ道ばたに倒れていた者を拾った、と言うだけである。
 何か隠している様子もない。すぐに監獄を出て次に向かうのは、保護されたのち、新たな職を得たエリカの男達だ。
「殿下はスプルス殿の裏工作と戦っていらっしゃるから、こっちにはあまり時間を割けていないんだ」
 シアンはそう説明する。
「スプルス・フォーンといえば、バーチの有力者ですね。貴族ではありませんが特別に名字を与えられた」
 ラピスは資料をもとに確認を取り、シアンが頷くのを見ると話を続けた。
「裏工作ですか?」
「殿下は赴任されて2年ほど。スプルス殿はそれよりもずっと前から、この国で労働組合の幹部とつとめ、今や組合長だ。正直、この国の栄えている所はほとんど彼が何らか関わっている。そこで働いているのは彼の傘下のみだよ」
「だが実績をあげているということだな」
 オニキスがそう言えば、シアンは厳しい表情を浮かべて「そうなんだよ」と唸るように言った。
「中所得層はたまになら、低所得層は入れないような店ばかりさ。働きたいならスプルスの傘下に入れば良いが、その代わり、バーチの地方はどんどん廃れる一方。スプルスは自分の周辺を潤わせ、ライバルは蹴落としたからな」
「それだと却って成長が止まるだろうに。……放っておけばスプルスとやらは自滅し、それはバーチに決定的な打撃を与えるということだな。自滅させるにしても事故同然は避けねばならぬ、だが稼がせても他の民が食えなくなる。殿下は綱渡り状態というわけか」
 オニキスがそう言うと、シアンは力強く頷いた。
「そう。その通りだ」
「裏工作の証拠は掴んでいるのですか?」
「難しいところだ。彼らが受け入れの窓口となっている”移住者組”が気になるところなんだ。帳簿も見れんし、雨で道が閉ざされ、水害で自由に移動が利かないとなれば出来ることは限られてくる。あんたら、時期を間違えたか?」
「どうかな。俺は水害対策の専門家として活動出来るし、それならすり寄ってくる奴らも出てくるだろう。ピンチはチャンスと言うのだから、今の時期だからこそ出来ることをやるさ」
 シアンはふうっと息を吐くと、腕を組んで頷いた。
「自分をエサにするのか」
「そういうことだ」
 その時、運転手が「着きました」と告げた。
 馬車を降りると山林が目に入る広々とした草原。そこに何人かが働いていた。
「ここは?」
「博士のプラントです。種を改良したり、土を造ったりしているんです」
 博士、と呼ばれる人物はシルバーも信頼している植物の名人だ。
 目が合うと日焼けした肌に深い皺をよせ笑う。
「いやいや、大変お疲れ様です」
「突然押しかけて申し訳ありません。帝国特殊捜査機関長官、オニキス・ヒソップと申します」
「ここで働いている者達のことでしたなぁ。あそこにおります。体はやせ細っちまって、かわいそうなことですがよく働きます」
 博士が示したのは赤茶色の髪の青年達だ。
 確かに細くあまり健康的には見えないが、張りのある肌はよく日焼けし、筋肉質で貧相ではない。
 博士の休憩所を借りるとそこに入る。
 よく見ると年齢は30~40代に見えた。
「出身はエリカですか?」
 ラピスが訊くと、彼らは頷く。
「読み書きは出来ますか?」
「出来ない」
「ここで暮らして何年になる?」
「冬が18回来たことを覚えている」
「来た時は皆一緒で?」
「ああ、そう。馬車に乗ってここへ」
「馬車に乗る前は?」
「酒を飲まされたから、わからない」
「誰かにさらわれたとか……」
「古里にいた時、いきなり殴られて連れてこられた。顔は見てない。けど、声は覚えてる。きれいな声だった。女性のような……気づいたらここにいて、橋を造っていたけど病気になって、それで捨てられたところを拾われた」
 シアンが頷いている。監獄で聞いたことと間違いないようだ。だが、ここでもコネクションに繋がる話は出なかった。
 彼らも今は博士のもとで職を得て、生活を営めているようだ。中央に報告すれば救済措置が取られるだろう。
 オニキスは橋の建造に関わることを調べるようラピスに指示を出し、それをメモに書き留め、草原に目をやった。
 白樺の木々が太陽に照らされ、その樹皮を美しくきらめかせている。
 ここではまともに植物も育っているようだ。
 博士その人が側に来た。
「木々はどこよりも健康そうですね。なぜですか?」
「木を育てるのは土、と言います。それを改良したんですよ」
「土の改良ですか」
「そう。動物のフンを集め、雑草を育て、それを燃やしたり虫に食わせたり。色々やりましたね」
「グロウという土地をご存じでしょうか?」
「いやぁ、友人がそこに行ったんですが、自分は縁がなかったですなぁ。名前しか知りませんね」
「バーチは肥沃になる可能性がある気がしますが、どのように感じておられる?」
 オニキスが質問するので、博士は肩をゆらして笑った。
「いや、まるで殿下と同じです。この国……この土地を良くしたいと真剣に考えておられるようだ」
 シルバーの敬称が出て、オニキスはとっさに自身の首に手を当てた。
 何かくすぐったい。
「女王殿下はよく務めておられるようですね」
 そう言うと、博士は笑みを深くして頷く。
「そうですなぁ。去年まではどこか頼りない雰囲気でしたが、初春に中央から戻られてから活動的になられた気がします」
 良いことがあったんでしょうかねぇ、と博士は背を向けプラントに向かっていった。
 博士が去って行った方向から風が吹いてくる。木々は葉を揺らし、草原は波打った。
 美しい風景だった。

 城に戻り、休憩のため解散する。
 ラピスはサンとコーを連れて行くと提案し、オニキスの了承を得るとその下準備のため動いている。
 オニキスは一人城内を歩き、たまたま図書室が見え、中を覗けばシルバーがナギと同い年くらいの少女が話しているのが視界に入った。
 仲が良さそうだ。シルバーは彼女に対し惜しみない笑みを向けていた。
「殿下に何かご用ですか?」
 そう声をかけられ、振り向けばシルバーの側近くに控えているあの侍女長がいた。
「……ローズマリー殿」
「名前を覚えて下さっていたのですか? 光栄です。ところでお一人なんですの?」
「ああ、今休憩のため解散したところだ」
「危ないのではありませんか。私がナイフなど持っていたら、と考えませんの?」
「これでも武芸の心得はある。それにあなたが私に敵意を持っていないのは確かだ」
 そう言うとローズマリーはにっこり笑った。
「顔は及第点」
 と、そんなことを言い出す。
「突然、なんだ」
「礼儀もあり、品もあり。私のような地位の低い者に対して不遜な態度を取ることもなし」
 明らかな品定め。だが彼女はそれを隠す様子は一切なく、オニキスを頭からつまさきまでしっかり吟味している。
 いっそ清々しい態度だった。
「うん。姿勢も良いし」
「何のつもりだ?」
「ちょっと人柄を見ておこうと思ったのです。あまり不埒な輩に殿下のまわりをうろちょろされたくありませんから」
 ローズマリーのはっきりとした説明にオニキスは毒を抜かれる思いだ。軽く肩を持ち上げ、顔を近づける。
「どうぞ心ゆくまで」
「あら、嬉しい。でも私の好みはアンバー隊長ですの」
「なるほど、武骨なオトコマエが好きだと。それから私は目下の者に不遜な態度を取らぬことはない。部下に聞くと良い」
「なかなか遠回しな口ぶりですわね。人間の好き嫌いがはっきりしているとか?」
「人間に限らず。気取ったような者なら馬でも好かぬ」
 そんな話をしていると、少女と共にシルバーが出てきて二人に声をかけた。後ろにはマゼンタが控えている。
「どうしたの?」
「殿下。長官さまとそこでばったり。ちょっとお話をしていました」
「そうなの。どんなお話かしら」
「大したことではありません。お一人で城内を歩くなんて命知らずだと」
 ローズマリーが言うと、マゼンタは口をへの字に、シルバーは吹き出すように笑って口元を隠した。
「確かに、そうよ。オニキス殿は命知らずだわ。ねぇ、皇后陛下へお見舞いの品を送るの。選ぶのを手伝って」
 シルバーはそう言って、ローズマリーの腕を取り歩き出した。
「では、長官殿。ごきげんよう」
 そうスカートの裾を揺らしてシルバー達は去って行く。
 オニキスはそれを見送り、腕を組むと壁に背を預けた。
 シルバーと話せても、あくまでも仕事だ。
 それ以上はなかった。
 そんなことを考え、翌朝からは資料探しに没頭する。
 手探りで中央からの資料と照らし合わせ、疑わしいものをまとめる。
 帝国軍は中央に戻る。その日付が1週間後、アンバー自身は引き継ぎのため2週間残った後帰還する予定だ。
 幸い、雨期に増水する土地を調べておいたため移動出来る道はわかっていた。
 帝国軍が舗装した道もまだ使える。
 おそらくずれ込むことはないだろう。
 その頃からシルバーはローズマリーを連れて歩くことは減っており、マゼンタと少女――スズというらしい――とともに行動していた。
 資料室でオニキスは巻数の足りない部分を求めていた。
「誰か調べている途中か?」
 そう声をかけると、サンとコーが同時に答えた。
「いいや」
「いいえ」
 二人のそばには山積みにされた本、本、資料。
「参ったな」
 オニキスが調べているのはスプルス・フォーンが組合長になる少し前の時期のことだ。今から3年前。
 オニキス自身、彼と会ったことはないが、次に諮問機関のメンバーとシルバーが会うのは5日後だ。その時同席することになっている。
 会う前から偏見を持ってはいけない、と固く決めているが、一体どのような人物だろうか。
「これをお探し?」
 聞き慣れた女性の声に振り向けば、輝くような髪を後頭部できっちりまとめたシルバーが立っていた。
 資料を手に、首にはスカーフ。
 礼をして迎えれば、シルバーは器用に本と紙の山を乗り越えてくる。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
 受け取りながらさっと視線を滑らせれば、スズと目が合った。彼女は緊張した顔のまま下を向いてしまった。
「ローズマリー殿がいませんね」
「ええ。アンバー隊長達の帰還のお手伝いをしています」
「彼女は隊長に気があるようですね」
「わかる? 年は離れているけど、お似合いね。せめて帰還までの間、一緒に過ごせると良いかと思って。でも隊長はどうなのかしら」
「悪い気はしないでしょう。ローズマリー殿は気が利くし、ずいぶん……」
「個性的だ。良い思い出になる」
 サンが続け、スズがくすりと笑った。
「殿下はなぜこちらに?」
「読みたいものがあるの。おとぎ話にまつわることよ、バーチに関わる……」
 シルバーの表情が一瞬変わり、彼女は手をふってごまかした。
「なんでもないわ」
 そう言ってオニキスの側を通り過ぎる――その時スカーフがほどけた。
 シルバーの手がそれをおいかけ、しかしスカーフはオニキスが先に掴む。
 差し出そうとした時、目に入ったのは彼女の首筋の無数の赤い痕だ。
「……それは……?」
 シルバーは目を厳しく光らせ、オニキスに何も見るなと言わんばかりに手を出すと、そのまま背を向けていってしまった。

次の話へ→Tale of Empire -白樺の女王と水の貴公子ー 第32話 王の日記

 

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