Tale of Empire -白樺の女王と水の貴公子ー 小説

Tale of Empire -白樺の女王と水の貴公子ー 第25話 真実

 審判は休憩をとった。
 グレイはひげ面の若い男――ブラウンとともに神殿の外に出た。
 雨に打たれる花はマーガレットを思い出させる。彼女の錯乱状態は以前よりもひどくなっているようだった。
「駆け落ちさえ上手く行けば……」
 ブラウンはそう言って、袖で目元を隠した。
「落ち着くのだ、君は証言の機会を得ている。今ので追い出されなければだが……」
「ですが、領主さま。なぜフロンドはあんな……オニキスさまがいなくなれば、困るのはホリーの住民のはずなのに……」
「何か算段があるのだろう。とにかく、君は真実を話せ。感情的になればその機会を逃す。落ち着きなさい」
「……はい」
 ブラウンは目元をこすると顔をあげた。
 赤くなった目尻はよく見れば薄く皮が剥けている。
 グレイは息を吐き出しながら空を見た。しとしとと降っていた雨は止みはじめ、雲の切れ間から昼の太陽が見えそうになっていた。
 ――同じように真実が明るみに出れば。
 思わずそう願うと、勢いのある車輪の音が聞こえてきた。
 目をやれば、見覚えのある小さな馬車が厩舎に入るところだった。
 馬車から飛び出すように出てきたのはホリーの村にいるはずの赤茶色の髪の少年。
 それからコーの姿だ。
 ナギはコーの指さすまま、神殿に向かって走ってくる。手には何か箱のようなものを抱えていた。
「コー! ナギ! どうしたのだ!」
 出る限りの大声でそう言うと、二人の視線が向いた。
 二人とも、きらめく夏の太陽のような瞳だ。
「ありましたよ! 若旦那さまの無実を証明するものが……!!」

 皇后の前に出されたのはコー達がかき集めてきた”証拠”の数々だった。
 ルウの花、その使用法、栽培法、それを乾燥させ運ぶための包み紙、それに捺された印鑑。
 全てフィカス家に繋がっていた。
 そしてフロンド宅に届けられていた手紙、それと紙片がいくつか。手紙に利用されていた紙はフィカス家に納められていたものに違いなかった。製造番号から除外された失敗品だったのである。それと印鑑に使われていたインクのかけらも見つかった。
 フロンドはフィカス家と結託し、ヒソップ家を取り込むつもりだった。それがかなわなかったために追い落とそうとしたのが明らかになった。
「よく集めましたこと」
 皇后は厳しい目をしていたが、それらを指でなぞるとわずかに瞳の光を強くさせた。
 グレイはコーとナギを連れ、皇帝ではなく皇后を訊ねた。
 皇后なら事情を察し、より慎重な判断をするだろう。皇帝の逆鱗に触れれば、おそらくカイはあの場で処断されるに違いない。
 皇后は唇を震わせながら開いた。
「花街を調査したという神官達からも面白い話を聞いたところです」
「花街ですか?」
「ええ。大臣、もしくはその子らが”酔った勢い”で娼婦や男娼を求めていたと。そこでも黄色の花が目撃されたようでした」
「誰からそんな話を……」
「ラピス殿の提案で、神官達が動いたようでした。そしてそれを”誰か”が目撃、弱みを握られたその者達はなすすべ無く傀儡になったのでしょうね……」
「皇后陛下」
「グレイ、そなたの配慮に感謝します。陛下ではなく、私に報告をしてくれたことにね。裏で糸を引いていたのは分かっていても、その確証なしに追い詰めることは出来ませんもの」
「オニキスのことは……」
「彼が無実なのは明白です。ですが、皇帝陛下もこんな茶番にわざわざつきあうのには理由があるのですよ」
「では……」
「そうそう。その”誰か”を、オニキスも知っているようね。……困ったこと、コネクションを裏から支援していたのも我が兄なのよ」
「皇后陛下はよろしいのですか? 兄君がこんな……」
「あの恥さらしのことね。兄とも呼びたくないわ……私、本当は添い遂げたい者がいたの。彼とは婚約者でした。でも家のためだからと皇帝陛下に嫁ぎました。なぜそれが出来たと思う? あの男は父上の酒杯にこの花を盛り、一晩で父を廃人とした。結果あの男は責任を持たぬまま実家の実権を握り、私はじめ妹達は皆揃って陛下に嫁ぐことになったの」
 皇后の目には怒りのためか赤くなっていく。
 グレイは久しぶりに見る彼女の美しい顔が、みるみる歪んでいくのを真正面から見た。
「皇后陛下。それ以上は言ってはいけません」
 小声でそう言えば、皇后は胸元を押さえてゆるく息を吐いた。目尻には涙が滲んでいる。
「……陛下には尊敬と感謝の念があります」
「はい。皇后陛下がよく尽くしておられることは、皆存じております」
「同じことを以前にも聞いたわ……そう、彼女ね……シルバー。……彼女もまた、たった一晩のことを支えに生きてゆくのかしら? 私には子供がいる。だけど彼女は一人きりよ」
「バーチ女王殿下のことですか?」
「思い出しただけよ。彼女には彼女の生き方がある。私がどうこう言うことはないわ……」
 皇后は机に手をつき、立ち上がろうとした。が、興奮のためか手は震え、よろめく。
 グレイが手を出すとそれにつかまるようにして立ち上がると、侍女を呼んで背を伸ばす。
「大神殿に参る」

 オニキスは一人長椅子に座り、こそこそと盗み見るような不快な視線の中にいた。
 中でもシルバーに踏みつけられていた男はぶしつけな視線を遠慮なく送ってくる。
 彼がああなったのは彼の問題だろう。だが彼の見栄がオニキスを許さないのだ。
 お門違いも甚だしい。
 そんな苛立ちを隠すように足を組み、ブーツを撫でる。そうしていると、神官達がにわかに騒がしくなった。
「皇后陛下のおなり」
 それを聞くと皆が色めき立つ。オニキスも入り口を見やった。
 神殿に現れた皇后は毅然として美しく、見る者に強烈な圧迫感を与えた。
 彼女は迷うことなく歩き、祭壇の前で礼をすると、皇帝の側で膝を床についてその手に口づけた。
「罪の告白を」
「何を言うのだ」
「知りながら隠していた真実があるのです」
「そんなものは誰にもあることだ」
「私の真実は、罪に繋がることゆえ」
 皇帝は皇后の顎を撫で、頷いてみせる。
 皇后は皇帝に耳打ちし、皇帝は眉を寄せながらそれを静かに聞いている。
 やがて皇帝の視線が一点に注がれた。
 獲物を狙う獅子の目だ、とオニキスは感じた。
「……そうか。わかった」
 皇帝は皇后を労るように言うと解放する。
 そのまま立ち上がり、まっすぐにカイの元へ。
 腰をかがめて、まるで親友にでもするかのように彼の肩を抱くと言った。
「義兄上。静かな場所で話そうではないか。ここはいささか窮屈だ」
 そう言って指を鳴らす。
「審判でも何でも続けておれ。我は少し外す」
 皇帝はカイを連れ、そのまま神殿を出て行った。
 オニキスは皇后を見たが、彼女はどこか気が抜けたように座り込み、額を押さえると姿勢を正す。
 この時、オニキスにははじめて彼女が弱々しく見えた。
 神官はフロンドへの質問を続けていたが、彼は意見を変えない。
 やがてグレイが席に戻ってくるのが見えた。
「ではホリーのために必要なことをしたまで、と言うのだな」
「はい。その心に嘘はございません」
 フロンドがそう言って、解放される。彼が祭壇の前から立ち去るその時、子供の泣き声が響いた。
 それを母親らしき女性が抱き上げあやし始める。
 その時、車いすが押されてマーガレットが現れた。
「話を続けられるか?」
「はい」
 マーガレットはそう答え、神官と向かい合う。
「オニキス殿と何があった?」
「……あの夜、夫となる方と会うよう父に言われました。でも私は体調を崩してしまって、部屋で寝ていたのです」
「体調が良くなかったと?」
「はい。お薬を飲んで、そのまま寝ていました」
「君は薬を飲んでいたのかね」
「はい。南方の薬草で、よく効くから、と言われて。とてもいい香りだからそのまま眠ると気持ちが良いんです」
 マーガレットは先ほどと違い、雄弁だった。なめらかな口調と、どこかうっとりしたような目つき。何かおかしい、とオニキスは気づいた。
 おそらく皆もそう感じただろう。
「それで、どうなった?」
「それで、……そう、誰かに手をひかれて廊下を歩いたわ。客室に入るよう言われ、そこには夫となる方がいるからって……」
「オニキス殿のことか?」
「ええ。黒髪は珍しいから、見れば忘れません。オニキスさまは私の手をひいて、寝台に引き入れました。でも……」
 そこで神官が首を傾げた。
「ではやはり……」
 神官が質問を重ねようとした時、官吏が立ち上がった。
「もう良いでしょう、これ以上話させるのは気が引ける。マーガレット嬢には退出願っては?」
「いや、真実を見極めねばならん」
「充分です。やはりオニキス殿には罪があったのだ」
「いや、結婚を前提としたちぎりなら、罪には当たらぬ」
「だが事実、彼女はそのように心身を病んだではないか。妻一人守れぬ男になぜ大臣がつとまるか?」
 傍聴席が騒がしくなった。
 オニキスは腕を組み、耳に刺さるような言葉の羅列を聞くばかり。
「見てみよ、その娘の姿を。体はぼろぼろだ。オニキスに弄ばれたせいであろう」
 神官はそれらを遮り、マーガレットに向いた。
「もう充分だろう。マーガレット、どうなのだ? オニキス殿のことをどう思っている?」
「どう?」
「夫となるべき方だと言われたのだろう。だが君自身は傷ついたようだ」
「ええ。でも、どうでも良いのです。私には選ぶ権利などありません」
「選ぶ権利とは?」
「私、私は罪を犯した。だからもうこれ以上、父をがっかりさせられないのです。でも、オニキスさまなんて知らないわ。どこの誰なの?」
 マーガレットは眉をよせ、頭を抱えるようにした。頭痛が起きているのか、かなり顔色が悪くなってきた。
「大丈夫か?」
「ええ。平気……」
 マーガレットは苦しげに息をしている。
「あの娘は正気じゃない……」
 そんな声が聞こえてくる。
「痛い、痛い……」
 マーガレットは頭ではなく、足を撫でた。右の足首のあたりだ。
 折れた、と言っていたはずだ。オニキスはそれを神官に伝える。神官は頷いて彼女に向き合った。
「足の様子はいかがだ?」
「痛むわ……」
「冷やす物を」
 マーガレットはスカートをめくりあげた。最近折れたのか、そこは赤く腫れ上がっている。
 それからすねのあたりだ。そこは紫色に変色し、古く打ち付けた痕だと見て取れる。
 そんな痕が左足にも出来ていた。
 それに、極端に細い。筋肉がついていないようにすら見える。
「これは……。マーガレット、これは一体、どうしたというのだ」
「私のせいなの……お父様の言いつけに従わなかったから……」
「フロンド、どういうことだ?」
 神官に呼ばれたフロンドは目をきつくしたが、マーガレットを見るや肩をすくめる。
「マーガレットは責任感の強い子で……すぐに自分を痛めつけてしまう」
「自分でやったと? 足を折るほどのことを? 食事はどうなのだ。ちゃんと食べていたのか?」
「もちろん。だが……」
 フロンドが何か言おうとした時、先ほどの子供がまた泣き出した。
 聖堂は音がよく響く。子供の泣き声はわんわん響き、皆の視線を集めた。
「なぜ子供がいるのだ」
 神官がそう言えば、子供を抱き上げる女性が申し訳なさそうに立ち上がり去ろうとした。
「申し訳ありません」
「私が呼んだのだ。彼女は証人の一人」
 聖堂に戻ってきたのはグレイである。
 グレイは彼女を座らせ、その隣に腰をおろした。
「すまない。彼女は元々ホリーの住人だったが、訳あってここに……」
「証人の一人と?」
「ああ。マーガレット嬢の証言は済んだだろうか?」
「……」
 神官は静かに首を横にふる。混乱を極めている様子のマーガレットに、これ以上何を訊いても仕方がないといったところだ。
「では良いだろうか。さあ、行きなさい」
 グレイは女性を祭壇に向かうよう促し、ぐずる子供を抱き上げた。
「お嬢様」
 女性はマーガレットに対し、静かに礼をする。マーガレットの曇った瞳にわずかな光が差した。
「あなたは……」
「お久しぶりです。お疲れのご様子、少し休まれては如何でしょうか」
「……そうね、そうしたいわ……」
 マーガレットは彼女に対して両手を伸ばした。旧友に対するような親しげな笑みを浮かべて。
 女性もマーガレットの手を取って握りしめる。
「知り合いですか?」
「はい。元々、フロンドさまのお邸で働いておりました」
 マーガレットは彼女を見つめていたが、疲れたのかまぶたを下ろし胸を上下させ始める。
「何を証言すると?」
「お嬢様の体中のアザについてです」
「邸で働いていたというその証拠は?」
 フロンドがそう声を荒げたが、神官はそれを聞き入れず女性に話させた。
「何を知っている?」
「お嬢様はフロンドさまから折檻を受けておいででした」
「折檻?」
 神官は眉間に強い皺をよせ、フロンドを見た。
「どういうことだ」
「口からでまかせだ。先ほど彼女を連れてきたのはヒソップ家の隠居だっただろう」
「庶民ふぜいが元領主に対してその口のきき方は何だ。改めよ」
 貴族院の方からヤジが飛び、フロンドは顔を赤くして眉をつり上げる。
 オニキスはそちらに向かって声を張り上げた。
「そちらこそ黙っていろ! これは私の審判だぞ。我が領民を愚弄するのは許さぬ」
 オニキスがそう言えば、貴族院の者達は押し黙った。貴族という肩書きに彼らは弱いのだ。
「証言を続けよ。ただし嘘は許されぬ」
 オニキスが女性に対し言えば、フロンドは息を荒げながらも口を閉ざす。
「は、はい。……お嬢様はずっと昔から、新しく領主となるヒソップ家の若旦那さまと結婚するようフロンドさまに言われておりました。でも、お嬢様には……」
「いい加減にしろ、娘を辱めたいのか!」
「いいえ! 神の御前でそのような事!」
「もういい! 続きは僕が話す。僕も証人の一人だ」
 そう言って立ち上がったのは先ほどのひげ面の男だ。
 グレイから子供を受け取ると、抱き上げたまま祭壇に駆け寄ってくる。
「わかるか? マーガレット。僕らの子だ。女の子だよ」
「ブラウン……」
 ブラウンと呼ばれた男はマーガレットに子供を見せてやっている。
 マーガレットは壊れ物にでも触れるかのように子供に指を伸ばす。
「私の……」
「マーガレット、こうなったのは僕のせいだ。これからは君を、必ず守っていくから……」
「無理よ。お父様は許さないわ……」
 マーガレットは初めて表情らしい表情を見せる。目は潤んで、声は感情が乗り震えている。
「私の子……やっと会えた」
 マーガレットはわけも分からぬ様子の子供を抱きしめ、その髪を撫でた。よく似た肌、髪。
 二人が親子であることは疑いようがない。
「どういうことだ」
 神官が口調を厳しくして問えば、ブラウンが口を開く。
「マーガレットと僕は恋仲だった。だが彼女を新しい領主さまに嫁がせたかったフロンドは、僕を嫌っていたんです」
「彼と一緒に逃げるつもりだったの。でも、それはかなわなくて……」
 マーガレットははっきりとそう話した。
「彼はホリーを追い出された」
「その子は?」
「彼が追い出されたあと、産みました。でも、お父様は死産だったと言って……そう、それから彼女の姿を見なくなったの。とても仲が良かったのに」
 マーガレットは証人の彼女を見た。
「私はその子を連れ、父親であるブラウンのもとへ行くようフロンドさまから言われたのです。それから2年が経って……」
「折檻についてはどういうことなのだ?」
「お嬢様がブラウンと好き合っていると、フロンドさまに知られてからです。だから、4年前……からです」
「フロンド、これは一体どういうことなのだ」
 振り向かれたフロンドは唇を紫色に変え、今にも切れそうなほど額の血管を浮きだたせている。
「フロンド!」
「何もかもこの国のせいだ! 貴族連中は私らを奴隷か何かように使い、カネを搾取し、挙げ句の果てには女どもを差し出させた!」
 聖堂にフロンドの怒声が響き渡る。
「いいか、かつてより領主どもは己の私利私欲のために村を食い物にしてきただろう! うま味がなくなればあっさり捨て去り、ホリーは何度も盗賊連中に荒らされてきた! 我が身を守るためには娘でも何でも、貴様らに差し出さねばならぬ。そうでなければどれだけの村人が犠牲になると思う? 私がなぜ責められなければならない? 村を守るためにしたことだ! マーガレットもヒソップ家も、村のため人柱にならなければならなかったのだ!」
 フロンドの悲痛な叫びが聖堂に響き、祭壇がわずかに振動する。
「どいつもこいつも、事情も知らずに勝手なことばかり言いやがって」
「フロンド、落ち着くのだ。では、つまり……」
「そうだ。我が娘を使って、ヒソップ家を取り込むつもりだった。帝国とのくさびにするためにな! だがこの若造め、娘に対し目もくれない」
 オニキスはフロンドの悪態を受け、目をそらさず口を開く。
「実際にホリーと帝国を繋ぐ役割は果たしたはずだ。自警団の結成も、学校の設営も許可を得た。領主に頼らずやっていくために必要なものを造った。お前が勝手に被害妄想を膨らませただけであろう」
「何を言う。事実コネクションなる連中にどれだけやられたと思っている? それもこれも、帝国の貴族連中がやるべきことをやらなかったせいだ」
「ではなぜそれを訴えない?」
「全て握りつぶしてきただろうが」
「誰がだ。誰がそれをした?」
「今までの領主どもは皆そうだった」
「父と私はしていない。もう一つ言うが、口を開けば領主のせい、貴族のせい、と責任を丸投げだな」
「権力で全て抑えつけてきた貴様らがそれを言うのか? 我らの納めた税金で好き勝手している連中が」
「そこまで言うなら多少は骨のあるところを見せて見ろ。父上はお前達によって人柱として首都へ送られ、そこで力を示して引き立てられたのだ。村人は自分が犠牲になったと言うが、村人が犠牲にした者も多い。どっちもどっちだ。そしてお前は自ら奴隷になったのだ、己の価値など己でどうにでも出来る。事実ホリーのワインは一級品になれたであろう。農民の惜しまぬ努力によってな」
「知った風な口を利くな。苦労も知らぬお坊ちゃんが」
「知った風な口を利くな。外の世界や裏の世界に飛び込む勇気のない、だがそこに娘を差し出すような臆病者が」
 オニキスがそう言い返せば、場は静まりかえった。
 フロンドは足下をぐらつかせ、床に片膝をついた。
「お父様」
「く、クソが。だからヒソップ家など……」
 フロンドが何か言い、手を震わせた。
 その時、たからかな靴音を鳴らして皇帝が戻ってくる。
 側にはカイの姿もあったが、どうにも顔色が悪い。
「審判はどうなった? おお、また複雑な顔ぶれになっておるのう」
 皇帝は腰に手をやり、いかにも王者という風格を見せつける。
「カイ・フィカス……」
 フロンドがそう呟いた。
「フロンドか。そなたの意見は聞いた。皇帝としては見過ごせないことだ、参考にするゆえそのつもりで」
「陛下。まだ審判は終わっておりません。ですが、マーガレット嬢とのことはやはりオニキス殿をおとしめるための……」
「そのようだ。だがそんな噂が出る時点でやはり相応しくないのだ。いい歳をして妻女の一人もおらず、村の統治一つ出来ぬ。そんな男を大臣の名代に置いておくことは出来ぬな」
 皇帝はそう言って、祭壇に顔を向けながらつま先をオニキスに向けた。
「陛下?」
「おおよその事情はわかった。皆、疲れたであろう。オニキスは確かに姦淫の罪はなく、名代としての態度に関しても支持・不支持両方ある。それは誰もが同じようなものでいちいち咎めるほどのことではない。のう、義兄上」
「え、ええ。陛下のおっしゃる通り。オニキス殿はまだ若く、有能で、完璧ではないとしても周囲の者とうまく意見をすり合わせながらやっていることは明白。疑う余地などそもそもないのです」
「だが今回の騒ぎはさすがに大きい。不問というわけにもいかぬ。悪いな」
「カイ・フィカス! どういうつもりだ!」
 フロンドが顔を真っ白にしながら叫んだ。カイは肩を震わせたが、首をふってごまかす。
「貴様など顔も知らぬ。娘と同じで気が触れているのだろう」
 カイがそう苦い顔をして言えば、フロンドはいよいよ顔色を失いその場にへたり込んだ。
「さて、長かった審判も終わりだ。オニキス、グレイ、明日また話そうではないか。今日は帰って休むが良い」
「陛下?」
 グレイが流石に眉をよせた。先ほどの皇帝の発言はどういう意味なのか。
 皇帝はグレイとオニキスを手招いた。肩を親しげに抱き、秘密でも打ち明けるかのように言う。
「オニキスにはやはり名代の座を降りてもらう」
「な」
 グレイは目を見開いた。
「良いか、これで全て丸く収まる。詳しい話は明日だ」
 皇帝は手を離すと、フロンドを見おろす。
「コネクションが何の後ろ盾もなくあそこまではびこれると思うか? フロンドよ、お前が手を組んだ男こそ憎むべき相手だということだ」
 そう言い捨てると、皇后の手を取り神殿を出て行く。
 フロンドはわけがわからない、という顔をしたが、カイを見ると何か悟ったかのように、口を開いてただ肩をがっくりと落とすのだった。

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