Tale of Empire -白樺の女王と水の貴公子ー 小説

Tale of Empire -白樺の女王と水の貴公子ー 第24話 真実の影

 レッドが執務室にやってきた。
 シルバーは城下町の避難状況を聞きながら、彼を招き入れる。
 マゼンタが厳しい目を向けたが、レッドの目もとは影に覆われ、周りが見えていないようだ。
「何かあったのですか?」
 シルバーはつとめて冷静に、表情を崩さずにそう声をかけた。
 レッドは息を乱し、その場に崩れ落ちるようにして両膝をついた。
「あの火事は、全て私の責任です! どうか罰して下さい!」
 突然の話にシルバーは目を見開いたが、すぐに息を整えレッドを見据えた。
「……どういうことか、詳しく説明なさい」
「……あの夜、帝国軍の主要人物が宿に集まると事前に知りました」
 レッドが告白した内容はこうだ。
 バーチで日頃から帝国への不信感を募らせており、それを晴らそうと画策していたとのこと。
 帝国兵は既存の道ではなく、山を切り拓き、自然を破壊しながら新たな道を造った。
 それにより一部では土砂崩れが発生。
 家を失った者達は悲嘆に暮れながら、泥だらけの道を歩いてここまで避難したのだという。
 それを見ていても立ってもいられなくなったというのだ。
 シルバーはその話を聞くとレッドを帰した。
 彼は最後にシルバーを振り返る。その目は不自然にまっすぐだった。
 レッドはシアンの部下が監視としてつくことになる。
 早まらなければ良いが……。
 シルバーは鳩尾あたりに生じた違和感を扇をふってごまかす。
「……土砂崩れについては聞いていたわ」
 ローズマリーが頷いた。
「元々弱っていた道だったはずですね?」
「ええ。帝国軍の舗装がトドメになった可能性は確かにある。でも遅かれ早かれ崩れたでしょう。そう言ったのはそこに住んでいた者達自身だったはず」
「どこかで意見がずれているのですね」
「意見なんていくらでも操作可能でしょうね。内情を知ろうとしない者は簡単にだませるわ」
「どうなさいますか?」
「レッドが本当に手を下したと思う? 私は狂言に見えて仕方ないわ。ならば庇う相手がいるはず……」
「兄上にどのようにお伝えしましょうか」
 マゼンタが目元を厳しくしたまま訊いてくる。
 シルバーは頷いて言った。
「レッドが自白したのは確かです。でも、土砂崩れの話に関しては情報を操っている者がいるはず。それを探るように」
「はっ」

 時間が出来ると、シルバーは日記を開く。
 相変わらずエメラルド川の氾濫、セッケイ岩のことについてが多い。
 そんな中、ある単語が何度も登場するのに気づいた。
 ――スピネルなる者が現れ、これによりドラゴンを封じることに成功したのだ――

***

 3日後、大神殿でオニキスの不信任案、そして姦淫についての罪を審判することになった。
 雲の切れ間からのぞく夕陽を洗うように雨が降っていた。
 コーからの連絡はいまだなく、神官達による花街の捜査は行き詰まっているらしい。
 私兵も割いた状態での邸はひどく静かで、自分の足音がよく廊下に響く。
 オニキスは窓に影がうつるのに気づき、目をやる。
 一羽のカラスが手すりに停まり、からかうように鳴いた。
 よく見ると顔に傷がある。
「お前は何がしたいのだ」
 そう声をかけると、カラスはバサバサを翼を動かしてそれを畳む。
「……訊くだけ無駄だな」
 そういって背中を向ける。その時、
「ただの暇つぶしだ」
 と返事があった。
 振り返るとカラスと目が合った。
「……鳥は人の話を真似するというが……」
「真似はしていない。俺自身の言葉だ」
 カラスは自らくちばしを開いては閉じている。声が出ているのは確かにこのカラスからのようだが。
「どこかで飼われていたのか?」
「人語を解するから人のものだったと思うのか?」
「さあ。可能性の話だ。俺の行く先に現れていたな。いや、偶然にお前が先に行っていたのか?」
「どうだろうな。今となってはどうでも良い話だ。こちらとしては丁度良い者が現れたと思っただけだがね」
 オニキスはカラスの的を射ない発言に興味をそそられた。
 一体何だ? このカラスは。
「丁度良い者? 俺のことか」
「ああ」
「では、お前には何か目的があるということなのか」
「Yes、とだけ言っておくよ。だが理解は出来まい。暇つぶしというのが妥当だろうな」
「フン。なるほど? で? 今回の事件に関するものをずいぶん寄越してきたが、それは一体何なのだ」
「色々邪魔な者がいてね、厄介払いだ」
「俺を利用してか」
「目的は一緒だったからな。別に構わんだろう」
 カラスの答えにオニキスは小気味よいものを感じ、口元に笑みを浮かべると首を傾けた。
「一緒の目的……カラスよ、お前にとっての邪魔者とは?」
「おそらく予想通りだろうな」
 カラスの知った風な言い方にオニキスは鼻を鳴らす。
「では今回の黒幕のことか。だが目的が一緒なのはそこまでなのだろう」
「そういうことだ」
 カラスは方向転換し、オニキスに背を見せた。
 雨に濡れた羽があやしく輝く。
「どこへ行くんだ」
 オニキスが声をかけると、カラスは一度だけ振り向いてカア、と鳴いた。そして飛び立つ。
 夕陽が見えなくなり、その空にどこからともなく無数のカラスが集まり出す。
(伝書鳩を育てるか。いや、却って怪しまれるだろうな)

 それから3日後。
 大神殿ではオニキスの審判のため礼拝は中止、集まっているのは皇帝、大臣達、官吏達と神官達というなかなかな顔ぶれである。
「出世したものだな」
 グレイが珍しく軽口を叩いた。
「よくおっしゃる。父上の送別会のような顔ぶれです」
「生意気な」
 グレイは神官に案内され、普段は礼拝のための長椅子に座った。
 オニキスは周囲の刺すような視線の中まっすぐに歩いた。
 カイ・フィカスのどことなく余裕めいた視線とかち合う。
 神々に捧げられる花が飾られた祭壇の前で立つ。
 以前も裁判官をつとめた神官が、窓から差し込む光を背に向き合うように立っていた。
「神々の御前で嘘は許されません」
「ええ」
「今回は証人もお呼びしております。公正な詮議となるようつとめましょう。皆様も真実が明らかになるよう、お見守り下さい」
「皇帝陛下、よろしいですか?」
「構わぬ。宮殿で不正は許さぬ、ぬかりなく詮議するよう」
 皇帝の目が一瞬、オニキスを見た。
 オニキスはそれを受け止め、視線を前に戻す。
 神官が開始を告げ、言った。
「首都内で起きた女性との関係については神官達の調べで明らかになりました。彼女達はオニキス殿と肉体関係にあったとは確認出来なかったということです」
「ではなぜそのような声があがっていたのだ?」
 挙手してそう問いかけたのは傍聴席に座っていた男だ。
「どのような関係だったというのだ」
「オニキス殿とのことを言っていたのは、ほとんどが店で働いている娘達でした。彼が注文などをする際、受付を担当していたようです」
「ほとんどということは、そうではない者がいたということだろう」
「ええ。街娘など。だが詳しく訊いてみれば、飲食店で見かけ、たまたま席が隣だったとかすれ違いに挨拶を交わしただけだと。オニキス殿の容姿は首都では目立ちますから、すぐに名前も素性も明らかになるゆえ名前が広がっていたようです」
「証拠がないだろう」
「神殿においての成人の儀を疑うと仰せですか?」
 神官がそう鋭く言えば、男は肩をすくめて黙った。
「事実、約束をして出歩くなどしていれば、彼女たちだけでない者が気づくものでしょう。目撃談がないのだからこれを追求しても仕方がない」
 神官はそう言ったが、官吏達は諦めない。顔を見ればオニキスに対し、「横暴」だと言っていた者達だった。
「ごまかそうと思えばいくらでもごまかせるものではないですか?」
「火のないところに煙は立たぬ。そんな話が出た時点でおかしいのだ」
「火種がよそから放り込まれた可能性もあるでしょう。私が知るところ、オニキス殿は女性関係に潔癖な方でしたよ」
 そう言ったのはオパールだ。女性らしい線の細い、しかし芯のある声に男達の目が向いた。
「平民は黙っていろ」
 そんなヤジが飛び、オパールは眉を寄せ、皇帝が指を鳴らした。
「そう、それだ。平民は口を出してはならない」
 皇帝がそう言い、皆の視線が集まる。彼は立ち上がり、悠然と腰に手をやり皆を見渡した。
「レディ・オパール、そなたの働きぶりには我も関心しておる」
 オパールは皇帝を見ていたが、弾かれたように頭を下げた。
「もったいないお言葉です」
「良い。楽にせよ。平民が口に出し、その責任をおう必要はないのだ。今のところはな」
「陛下」
 カイが意見しようと立ち上がろうとした。それを皇帝は手を出して留める。
「そう、平民には発言権がない。そこで我は今回、彼らの言い分を聞くため衛兵諸君に話を聞いてきた。オニキスが侍女と二人でいる所を見たことはないそうだ。侍女たちには皇后が話を聞いたが、話が毎度変わると皆責め合う。これでは真実などどこにも見つかりそうにない」
「では宮殿においての姦淫はなかったというのですね」
 神官がそう切り上げようとしたが、財務大臣が手をあげた。
「衛兵の言葉など信用できますか? 彼らは身分卑しいのですよ」
「ほほう、ならば衛兵による事件などあったか?」
 皇帝がそう言うと、財務大臣は口を噤んだ。
「身分卑しい者は信用出来ぬか? ならば貴様らが衛兵も商人も農工も何もかもやってくれ。我からは特に異論はない」
「いえ、そんな……そんなことが言いたいのではなく……」
「そうそう、財務大臣。訊きたいことがあったのだ。荘園の管理費のことだ。今年はずいぶんかかったものだのう、何かあったのか?」
「陛下。今はそれどころではありませぬ」
 カイがそう耳打ちするよう言い、皇帝は視線をずらすと「そういえばそうだな」と言って席に座り直す。
「オニキス殿はいかがお思いですか?」
 審判が始まり、オニキスはようやく発言の機会を得た。
 が、何を言う必要があるだろう。オニキスは「いいえ。特に何も」と言って目を伏せた。
「いや、待て。姦淫の罪に関しては面白い話がある。そうであろう」
 皇帝がそう言った。
 オニキスはどういうことか、と皇帝を見る。
「ホリーの村でのことだ。オニキス、お前は真実が知りたいと申したな。ラピスもあの村で接待を受けたのだ、その証人としてなぜ呼ばぬ、と」
「ええ」
「ラピスにも話を訊いてきた。あの村では確かに女どもが現れ、兵士達をねぎらったと。だがオニキスと二人でそれを解散させた。ラピスは使者として各地を回っておってな、こんな話はよくあることと申しておったわ。少なくともオニキスやグレイが指示したということはなかったそうだ」
 書記官はそれを書き留め、次の言葉を待った。
「そう、確かに兵士らからの報告にもこんな話はよくあるのだ。ホリーに限らずな」
「皇帝陛下はこの事をどのように考えておられるのですか?」
 そう口を挟んだのは穏健派と言われる古参の朝臣だ。
「民と、貴族と、我らとの間に溝がある。それを埋めねばならぬ。もっと密に連絡を取るようにな」
「失礼ですが、今話すことではありません」
 神官がそう言い、皇帝は咳払いをすると頷いた。
「ホリーでは現在オニキス殿に対する意見が真っ二つに割れているとか」
 神官の質問にオニキスは答える。
「ええ。何でも私に遊ばれたという女が現れたのがきっかけですね。権力をかさに着て女を好きにする、領主としての自覚・責任感にかけると言う一派と、父から続く正当なホリー出身の領主一族として支持したいという一派と」
「ここでも女性問題なのですか?」
「そのようです」
「それは決着がついたのですか?」
「いいえ」
「指示すれば良かろう。結局そなたにさばくだけの技量がなかっただけのこと」
 カイがそう言った。そうだ、その通りだ、と続く声が神殿に響く。
「具体的にどのように指示するものなのでしょう。領主としてまだ半年にも満たぬ私に、ぜひご教授願いたいものですな」
 オニキスがそう返せば、カイは腕組みをしてやれやれと息を吐く。
「まず事実を知らねば。人をやり、徹底的に調べるのだ。その上で事実無根となればその女を罪に問えば良い。領主をおとしめようとしているならば重罪だからな」
「なるほど、納得しました。ではどうやって事実無根であると確認するのですか?」
「何?」
 カイは一瞬眉を寄せたが、すぐに笑みを浮かべた。
「証言を照らし合わせるのだ」
「どのように? 誰なら信頼出来ますか?」
「現場と証言だ。それ以外に何がいる?」
「そんなもの、いくらでもごまかせるでしょう。今だとてそうではありませんか?」
 オニキスがそう言うと、カイは口元の笑みを消して足を組み直す。
 オニキスは続けた。
「そんな証拠などあってないに等しい。それに彼女達は平民ですから、いざ表舞台に出れば我ら貴族とは発言権の違いもあって証言一つ許されない。どうやって嘘か真実か見抜くのでしょう。現場は私の厩だ。確かにあの夕方、彼女は私の厩に来た。だがすぐに親元に帰した。その短い時間内に一体何が出来るのでしょう。物証というのならば、その時彼女の体や衣服に何か変わった点はあったのでしょうか? それをヒソップ家の私兵が言っても我らに有利なだけ、不公平だ。そう、目撃者はいる。自警団の訓練帰りの青年達は彼女を送る馬車とすれ違った。だが彼らは何も言わぬ。何も言えぬ。領主を怖れて」
 オニキスはそう言うと胸を開いて息をした。そして言う。
「私は事実よりも真実が知りたい」
「オニキス殿、冷静に。ホリーでのことですが、証人をお呼びしていると申しました。フロンドという男と、その娘です」
その父子の名に、オニキスは眉間に力が入るのを感じた。
「そしてもうお一方」
「誰です?」
「かつてホリーにいたという青年です」
 オニキスは誰のことかわからぬまま、入ってきたフロンドに視線をやった。
 彼は正装し、髪も丁寧に油で撫でつけている。
 よく見てみれば首都の人間のような服装だ。どこから仕入れたのだろう。
 彼はオニキスの向かいに立ち、視線を伏せた。オニキスのことなど気にしていない様子だ。
「ホリーのフロンドだな。神々の御前で嘘偽り無く証言すると誓うか?」
 神官がそう訊いて、フロンドは「はい」と答える。
「まず訊くが、オニキス殿の領主としての態度はどうだった?」
「慣れぬ業務が多いでしょうに、よくよく務めておられていたと思います」
「評価はいかがか」
「私どもとしては慣例と違うことを求められ、混乱することもございました」
「慣例と違う?」
「自警団の結成です。それにともなって農業に従事する者が減るのです。ただでさえ学校で子供達も働けなくなるのに」
「つまり仕事がはかどらなくなったということだな?」
 神官がそう訊くと、フロンドは頷いた。
「一つ良いだろうか」
 手を挙げたのはグレイであった。神官は「どうぞ」と発言を認める。
「あくまでも個人の意見であろう。私ども、と言うのは印象操作ではないか」
「おっしゃる通り。フロンド、そなたの意見を聞いている。ホリー全体の意見はまた別だ」
 神官がそうフロンドに注意した。
「失礼しました。しかし、どれほど潔癖と言われていても、ご子息のこととなるとやはり親心が顔を出すものらしい」
「女子供らがさらわれて、何一つ出来なかった者がそれを言うのか?」
 どこからか鋭い声が飛んでくる。
 フロンドも眉間にしわ寄せ振り返る。
 ひげ面だが若い男性だった。彼はフロンドをまっすぐに見ていた。
「お静かに。ここは言い争うための場ではなく、真実を明らかにするための場です。フロンド、オニキス殿の領主としての態度は評価する一方、ホリーでの改革に対しては不満があったというわけか?」
「ええ」
「コネクションによる人さらいが起きたであろう。それについてはどう考えている?」
「領主さま方がもっとホリーに心を配っていれば、起きなかった事件でしょう」
「なぜ?」
「彼らは私兵を抱えている。ホリーでお暮らしになれば彼らがホリーを守れたでしょうに。そうすれば自警団の結成は不要となり、皆安心して仕事に集中出来たはずだ」
「ヒソップ家の私兵に関してはいかがお考えですか?」
 神官はオニキスに水を向ける。
「どれほど平和に見えても命の危険がないわけではありません。そうなると自然、第一に父の命を守らねばならぬ。だが私兵達もそれぞれ限界がある。順番を取って休ませねばならない。最低人数でよくやってきたと考えています」
「増やすことを考えたことは?」
「ありません」
「なぜです?」
「彼らを雇うにもカネがかかります。その財源はどこから出ているか? それはホリーだ。だがホリーは発展の途中。そうならば街道を整備し、村の良さを伝えるため広告し、より良い作物を育て、かつ計算が出来ないせいで詐欺に遭うことをなくすため学びを、村全体に投資した方がよほど良い」
「だが結果としてコネクションのような連中が入ってきたではありませんか」
 フロンドが噛みつくように言った。
「コネクションに関しては首都の郵便係が関わっておった。これはオニキス殿に手落ちがあったわけではないだろう。父君は病床、その名代としてつとめれば村に帰る余裕がない」
 そう言ったのは穏健派の大臣である。
「それに街道は整備されていた。そなたたちが村から馬車でも走らせれば首都へは安全だったはず」
 ざわざわと傍聴席がにわかに騒がしくなった。コネクションの存在に、皆思うところがあるようだ。
「皆様お静かに。フロンド、他に何か言うことは?」
「私が最も心を痛めているのは娘のこと。そう、若旦那さまは我が娘を手籠めにしようとしたのですよ。そんな男をどうやって信用出来るというのですか」
 神殿内が騒がしくなった。
 オニキスはその中、刺さるような視線を感じて振り向く。
 カイ・フィカスが口元を歪めてこちらを見ていた。
 オニキスはそれを真正面から受け止める。
 周囲の騒がしさも気にならない、カイに対してまた下腹部に落ちて育った炎が燃え始めた。
「オニキス殿、こう申されていますが」
「……マーガレット嬢のことなら、ここで私が何を言ってもどうにもならぬことだ」
 唸るような声が出た。オニキスは視線を伏せると息を吐く。
「なぜ言えないのです?」
「私が何を言ったところで、被害者が騒げばそれが真実なのでしょう」
「認めるのですか?」
「まさか。真実を明らかにしてくれるのではないのですか?」
 オニキスが挑発めいて言うと、神官はわずかに首をふってみせた。
「マーガレット嬢の話を」
 そう神官が告げ、見習いがマーガレットを連れてくる。彼女は車いすに乗っていた。
 彼女は以前よりも華奢な印象だった。その人形めいた顔色。感情の見えない表情。
 オニキスは彼女を恨む気には一切ならない、哀れに思うばかりだ。
「話は出来るか?」
 マーガレットは神官に声をかけられ顔をあげる。大きな目がこぼれんばかりに見開かれていた。
「……何のお話ですか?」
「領主に手籠めにされそうに?」
「どういうこと?」
 マーガレットは無垢にそう聞き返す。そしてオニキスを見た。
「彼のことがわかるか?」
 神官はそう訊いて、マーガレットは口を薄く開けると小首を傾げる。
「誰でもどうでも良いわ」
「マーガレット……かわいそうに。あれから心を病んで、すっかり人が変わってしまった」
 フロンドがそう言う。
 傍聴席はしばらく彼女を見ていたが、やがてひそひそと話し合う。
 オニキスは彼女の細くなった体を見た。
 あの日見た彼女も華奢なものだったが、より細くなったのではないか。
 頬も青白くなって、光合成のかなわなかった植物のように頼りなく見える。
「マーガレット、なぜ車いすに?」
 オニキスがそう訊けば、マーガレットはオニキスを見て口を開く。
「脚が痛むのです」
「何かあったのか?」
「折れたみたいです」
「折れた?」
「もう良かろう。娘は疲れやすく、ここに長時間いさせるのもかわいそうだ。早く家に帰してやりたいのですが……」
 フロンドが神官にそう話し、神官はマーガレットの様子を見て「そうだな」と認める。
「では、マーガレット。オニキス殿のことはわかるか?」
「オニキスさまと言えば、新しく領主になる方ではありませんか?」
「なるのではなく、もう領主なのだよ」
 神官はマーガレットに対し、幼子にでも接するかのように話しかけた。
「もう? 新しい領主さまは私の夫になるのだとお父様がおっしゃっていました。でも、私、まだお会いしていないわ……」
 マーガレットの言うことに、神官は首を傾げた。大臣達はこそこそ言うが、ついに声を挙げたのはオパールである。
「オニキス殿、婚約されていたのですか?」
「まさか。そんな話がないことは誰もが知っていたはず」
「おおかた村でも女を振り回していたのだろう。首都でもさんざん似た話があったのだから」
 そう言ったのはシルバーに踏みつけられていたあの男だ。
「オニキス殿がホリーに行かれたのはいつです?」
「正式に爵位を継ぎ、領主となってからです。その前となるとまだ寝返りすらうてない頃ですな」
 オニキスがそう言うと、神官はフロンドを見た。
「マーガレット嬢はお父様が、と言っておるが、どうなのだ」
「確かにマーガレットには言いました。領主となれば村の女をめとるのが最も好ましい。そうなれば、マーガレット以上に相応しい女はおらぬ。今ホリーであれやこれや言う者がいるが、彼女はあまりにふしだらだ」
「例の厩の女か?」
「ええ。彼女は普段から村の男どもと関係を持っている。オニキスさまと何かあったとしても、もはや同情の余地はない」
「村では意見が真っ二つと聞いたが……」
「当たり前です。オニキスさまは独断に走りすぎる。その女の戯れ言はタダのきっかけに過ぎません」
「フロンド、話がそれた。では、マーガレット嬢をオニキス殿にめあわせようとしていたのだな」
「はい」
「ではなぜ”手籠め”という話になったのだ?」
「いくら何でも嫁入り前ですよ。力と権力に任せてそんな振る舞いに出られれば、親としては黙っていられない」
「マーガレット嬢とオニキス殿には面識があるはずだが、彼女は忘れているようだ。なぜだ?」
「苦しんだのでしょう。人間、辛いことがあればその記憶を自ら消すものだ」
「そうでした。脚が痛むの、とても痛いの。もう逆らったりしないから、許して下さい」
 マーガレットがそう言って顔を覆った。
 皇帝はじめ、皆の目が彼女に向くのがオニキスには見えた。
 そんな中、先ほどのひげ面の若い男が充血したような目でフロンドを睨んでいる。
 そしてグレイだ。彼はマーガレットを見たあと、そのひげ面の男を見て視線を伏せた。
「お父さま、お許し下さい」
 マーガレットはそう言ってフロンドにすがるような目を向ける。
 フロンドは「下がりなさい」と言って、マーガレットを退出させるよう促した。
 その時、ひげ面の男が立ち上がる。
「フロンドという男は、彼女をずっと閉じ込めていたんだ……!」
 涙混じりの声が聖堂に響く。
 皆の目がいっせいに彼に向き、フロンドとマーガレットもまた彼を見た。
「やめなさい」
 グレイが彼に駆け寄る。その前に神官達が彼を取り押さえてしまった。
「マーガレット! 僕のことは覚えているだろう!」
「よせ! 貴様こそマーガレットを汚した張本人だろう!」
 フロンドの怒声の中、マーガレットの目が見開かれるのをオニキスは見た。
「貴様のせいで何もかも台無しだ! 娘は領主の妻になれたものを、お陰でどれだけの苦労を重ねたと思っている?」
「彼女の自由を奪い、心を壊したのはお前だ! 領主の妻にならなくても幸せになれたのに!」
「黙れ、黙れ! 自由を手に入れてホリーが守れると思うか? この青二才が!」
「だったらあんたが正しく村を治めれば良かったんだ! ヒソップ家に何もかも背負わせて、マーガレットに何もかも背負わせて、それであんたが良い思いが出来ると思うな、この外道!」
 神官におさえられ、男が膝を床につく。
 グレイが近寄り彼の側に膝をついた。
「すまぬ、彼は今頭に血がのぼっただけだ。暴れるつもりはない。解放してやってくれ」
「しかし……」
「グレイさま、僕はもう、見ていられない。マーガレットのあんな姿を……見て下さい、ずっと影の中に閉じ込められたようなあの顔色を! あの男は父親の皮をかぶった悪鬼だ!」
「落ち着きなさい、フロンドにも理由があるのだ。彼を外に連れ出してくれ。私もついてゆく」
 グレイはそう言うと神官に男を任せる。言葉通り後をついて歩き、一度だけオニキスを振り返った。
 オニキスにはわけが分からないことだったが、父なりに考えているのだろう。頷くと神官にむき直す。
「今の男は誰です?」
 神官がそう訊くと、フロンドは息を乱しながら振り向いた。
 眉間によったきつい皺は怒りを如実に現している。その目はマーガレットに注がれた。
「ホリーで働いていた男です」
「マーガレット嬢のお知り合いですか」
 神官はマーガレットを見たが、彼女は彼の姿を追うようにするばかりで振り返らない。
「マーガレット?」
「……私の、ブラウン……」
 そう呟いたあと、彼女は雨に打たれた花のようにその体をしおれさせた。

次の話へ→Tale of Empire -白樺の女王と水の貴公子ー 第25話 真実

 

 

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