Tale of Empire -白樺の女王と水の貴公子ー 小説

Tale of Empire -白樺の女王と水の貴公子ー 第22話 隠された意図

『レディ・オパールに相談せよ』
 これがこの頃のオニキスの口癖だ、と宮殿では噂されている。
 彼曰く「不信任案の件で手一杯」らしい。
 今のところ大きな混乱が起きていないのは、彼の父であるグレイが時折書状にて指示を出しているからだと言われている。
 カイはその報せを聞く一方、この頃届かない手紙が気になっていた。
 黄ばみこそあるものの質の良いグロウ産の紙。
 白の特級品は今値上がりし、絵描きが買い占めているようだ。今のところはそれで良い。
 だがこのまま紙の生産が減れば、カイのもとに入るカネも減る。
 値上がりは良いことばかりでもないようだ。
「なぜ工場が動いていない?」
「アイリス王国周辺が騒がしくなっています。そのためかと」
「戦争か?」
「そこまでの規模ではありませんが、竜人を名乗る一族との戦闘が」
「竜人族か。しつこい連中だな、ベリー家がいながら何をやっているんだ」
「ベリー家は今や人数も少なく、仲介役としては頼りないのでしょう」
 カイは額をかいた。遠くの者達のことは予想出来ても理解は出来ない。
「……ヒソップ家はなかなかしぶといな」
「欲がないので、隙もないのです」
「ホリーはもっと発展出来るはずだろう。もったいない、ブドウ畑などにして……あそこは交通の要衝だぞ」
「しかしそれを運営出来るだけの人材がいないのでしょう。仕方ありません」
「お前はどの味方なのだ」
「フィカス家にお仕えしています」
「チッ。もう良い、下がれ」
 気配が去り、カイは一人ロウソクの炎が揺れているのを見た。

 グロウでの製紙工場に再び忍び込んだのはその夜。
 コーは一人、明かりのない工場を歩いていた。
 カンテラは小さなもの、自分の心音と呼吸音がはっきりと聞こえるほど静かだ。
 神官の作業室を発見し、そこに入る。
 幸い、人はいない。案外狭い部屋をカンテラで照らしながら見渡せば、壁には少年の絵が飾られていた。
(やはり性的倒錯者か……)
 こんな辺境に飛ばされたのはこの性的嗜好が何らかの形でバレたからか? コーは思わずそう考え、口をへの字に曲げた。
 気分の悪い話だ。
 商人とやり取りをしている、と言っていた。その商人が何らかの点になるだろうか。
 何であれフロンドにたどり着きそうなものを探せば良い。
 人がいないのを再度確認し、コーは紙の山を探りだした。

「まず、あの星は一年中位置が変わらない」
 サンは南に見える大きな星を指さしそう言った。
 コーが捜査に出た後、ナギは眠りにつかずサンに教えを請うていたのだ。
 星の位置さえ覚えれば、夜の間迷うことはないとコネクションの話を聞いたからだ。
「一年中?」
「ああ。あの星を中心に、隣は赤いのが混ざった星があるだろ? そこから右と左に斜め下に大きな星がある。結ぶと三角形になるだろ? あれは星座と言って、東から西に行く。今の季節だとこの二つを見つければ、南と東、西は分かる。自動的に北もわかるというわけだ」
 グロウにあるのは小高い山程度で、空を邪魔するものがない。
 視界いっぱいの満天の星。
「季節によって変わるんですか?」
「ああ。今はあの三角が重要だ。春には猿が飛んでいく」
「夏は?」
「夏はショールをまとった美女。秋は穂を咥えた山羊だとか羊だとか。冬はイルカ……俺はイルカを知らんが、海の生き物だそうだ」
「こんなに大きい」
「ああ。星座が落ちてきたら大地が割れるんだろうな」
 星座として見れば、大地ごと飲み込むように迫ってくる感じがする。
「ところで今は雨期のはずだが、ここは晴れが続くな」
「エリカは大体こんな感じです」
「そうなのか。古里はどの辺りだ?」
「……それは分かりません」
「そうか……これからどうするつもりだ? なんならエリカまで送っていくが……」
 サンがそう言ったが、ナギは今、帰るということに考えすら至らなかった。
「今は……まだ。若旦那さまにご恩も返していないし……」
「君が決めることだ、それでいいんじゃないか」
「親が心配してるって、思いますか?」
「さあ……。たとえそうでも、君の道は君にしか歩めん」
 ナギは息を吐くと同時に肩の力を抜く。
 帰らなければ、という思いはある。
 だが今じゃない、と感じているのだ。

***

 オニキスはこの日、首都で一番大きな神殿を訪れていた。
 神殿の近くまでは馬車だが、石畳の参拝路は歩かなければいけない。
 ブーツを鳴らして歩くが、その姿は貴族然としていない。ラフな生成りのシャツとズボン、そして傘のみだ。
 三つ編みにした黒髪は意外に目立たない。コネクションから解放された、全国の者達が街にも出るようになったからかもしれない。
 雨はまだ止まない。
 神殿は雨に洗われ、その滴を屋根から垂らしている。
 重々しい木製の扉は常に開かれ参拝客を招き入れているが、オニキスは正面玄関ではなく脇道から庭へ入る。
 バラが雨に打たれながらも健気に花を咲かせていた。
 白いバラを見ると、今にも彼女の甘い香りが鼻腔に蘇ってくる。
 美しい思い出、というにはまだ生々しいほどに。
 庭の奥の詰め所に、粗末なローブを身に纏う神官の姿があった。頬が皺でたるみ、背も丸い。
 以前、自身の裁判官としてやってきた神官とは違う人物。
 オニキスは声をかけた。
「どうも、おはようございます」
 神官が顔をあげ、オニキスを見た。

 神官は手首のブレスレットを手に持ち直し、丸い玉を撫でるようにしている。彼なりのリラックス方法だ。
 出されたバラ茶を飲みながら、オニキスは詰め所からも見える神殿を見る。
「裁判のようだったと聞いています。まだ疑惑でしかないのに、不名誉なことでしたね。申し訳ありません」
「あの神官は何を怖れていたのです?」
 オニキスがずばり聞けば、目の前の彼は視線を下に向けてため息をついた。
「清廉潔白でいることは誰にも難しいことなのです」
「何かご存じなのですか」
「ええ。いや、私とて彼を信じているのですよ。普段は誠実で、どんな職務にも忠実にこなします。学びにやってくる子供達にも真心込めて接し、コネクションにさらわれ、心に傷を負った者達を懸命に慰めておりました」
「それは誰にも出来ることじゃない、相当な覚悟を持っていたのでしょう。なのに、何かあった。裁判官として宮殿に呼ばれ、私を問い詰めながら彼が追い込まれて見えたのは、彼自身に……」
「罪悪感があったのでしょう。オニキスさま、ヒソップ家が日頃からその名の通り、浄化することを使命としていることは我らにも伝わっております。この神殿にも、そして一部崩壊した郊外の神殿にも寄付して下さっている。だが今回のことはその礼ではありません。ただ冤罪を晴らすことが目的です。彼は、愚かにも……」

 神殿を出ると、オニキスは帽子をかぶり花街に向かった。
 まだ朝のため、客を引き入れようとする女の姿は少ない。
 飲食店も開店準備中、といった風でオニキスを見ても招くことはなかった。
 オニキスが向かったのは塔を模した娼館である。花街の中では3流と言われているが、その分アバズレ好みの男女に受けが良かった。
 朝だというのに、オニキスを見るや目の色を変える男娼もいる。細い肩をむき出し、舐めるような視線を送ってきた。
「朝から元気だねえ」
「お互いにな」
 そんな風に話し、受付を呼ぶ。
 羽のついた派手な衣服を着た背の高い男がやってきた。
「いらっしゃい」
 彼も男色なのだろう、話し方に若干のしなりがあった。
「悪いな、客じゃないんだ」
 オニキスはそう言って、神官から預かった身分証を見せた。
 不正があった時に検査する、その検査官の身分証である。これは娼館を限りに、不当な扱いを受けた者がいないか検査する権利である。
 色に関することはかなり厳しく、地位立場に寄らず監督すべき、と神殿に関係する者に与えられている。
 今回は特例で、オニキスは神官に託されたのだった。おそらく見張りの神官がいるだろうが、オニキスは後ろめたいことはない。気にすることはなかった。
「……うちで何か不正があったってこと?」
「そのようだ。心当たりはないか?」
「ないよ。確かにうちは他みたいに1流じゃないけど、法には従うさ。そこまで落ちちゃいない」
「なら協力してくれるな? ここが利用された可能性が高くてね」
 受付の男は頷いた。
 オニキスは神官が泊まったという部屋を調べた。
 他人の情交の跡などあまり気分の良いものではないが、ベッドの隙間からシーツの裏、床の隅々まで。受付にも手伝わせ、室内をひっくり返すように。
「神官がお客に来るなんて珍しいとは思ったけど……」
「連れはいたか?」
「いいや、待ち合わせ場所に指定されたのだ、とか言ってたよ。まあ、待ち人は来ず……言い訳だったんだろうなと思ったけど」
「相手したのは誰だ?」
「新人ちゃん。でも、ショック受けて掃除婦になりたいって。お給料減るわよって言ったけど、それよりも体の方が辛かったみたい」
「会わせてくれ」
 受付の男はその新人を呼びに行き、連れて戻ってきた。
 まだあどけない、頬にそばかすのある少女だ。
「神官の相手をしたそうだが」
「あの……」
「その時、酒か何か飲まなかったか?」
 少女は視線を下に向けたまま、スカートを握っている。オニキスはいきなり問い詰めたことを反省し、「言いづらいことだ。悪かった」と謝る。
 少女は小声で「いいえ」と言ったきり、また黙り込むが、やがて受付の男に背を押され口を開いた。
「お酒……飲んでました。私が部屋に来る前に。でも、急に押し倒されて……体壊れるかと思って……」
 あんな思いはもう嫌、と少女は言う。オニキスは礼を言って説明した。
「彼は誰かによって、催淫効果のある酒を飲まされたんだ。辛かっただろうが、彼だけ責めることは出来ない」
 それで冤罪に手を貸したのは問題だが。
 少女を解放すると、受付の男がふーん、と顎に手を当て目を見開いた。
「催淫効果のある酒……この頃聞く話だね」
「らしいな」
「この店でも使われたのか……許可もなしに」
「それによって弱みを握られた人間がいる、といった所だ。ここを犯罪の温床にはしたくないだろ?」
「犯罪はゴメンだよ。で、酒杯か何か探せば良いんだよね」
「ああ。証拠になりそうなものを」
 受付の男も集中して探すのを手伝った。
 2時間ほど経ったころ、床と床のわずかな隙間にようやく見つけたのは花びらのかけらだ。鋸歯があり、黄色。
 間違いない。
「やはり。あの神官は一杯盛られたのだろうな」
「免疫がないとすぐ酔っちまうからね。色でも酒でも」
「ああ。例の待ち人とやらも気になるが……現れなかったのだったか?」
「まぁね。うちには現れなかったよ」
「”うち”には?」
「店の外で神官の客が誰かと話しているのは聞こえたんだ。内容までは分からなかったし、姿も見ちゃいないから……そこまでは協力出来ないな」
「そうか……どの辺りだ?」
 受付の男は店を出て、数歩歩いた先の花壇を指さす。
「大体あの辺だね」
「分かった。協力に感謝する」
 オニキスは花壇の辺りに立ち、見渡した。話していただけなら何らかの物品が落ちた可能性は低いか。
 どちらにせよあの神官は弱みを握られていたということだ。問い詰めるか、尾行すれば相手が誰か分かるかも知れない。
 帽子を被りなおし、つま先を花街の出口へ向ける――風が吹き、目の前を一台の馬車が通っていく。
 その紋章はフィカス。
 開かれた窓から見えた横顔は男のもの。
 いつか見た顔だと感じた。そう、あの、美術品の前で――
(ブラッド?)
 そう気づいた時、彼の視線が一瞬だけオニキスを向いた。
 そして通り過ぎていく。

 オニキスが邸に戻ると、父グレイの姿があった。ホリーから呼び戻されしばらく経つが、顔色は良くなってきている。
 今もいつかのようにしゃっきりと立ち、ホリーから来る手紙に目を通していた。
「父上。ただいま戻りました」
「ああ。何か収穫はあったか?」
「一応は……ホリーで何かありましたか?」
「村が二分しているらしい。その話は聞いていたが、いよいよ対立が進んだようだ。領主の座から下ろすべき、いやヒソップ家を支えるべき、と」
「一度村に戻れれば良いのですが……」
「無理だろうな。こうも同時に色々起きると、流石に面倒だ」
「あまりにタイミングが良すぎる気がしますね」
「その通りだ。よく出来ている」
 グレイは眉一つ動かさない。何らかの陰謀を感じ取っているのだろう。
 おそらくオニキス以上に。
「私の手落ちだ。すまない、オニキス」
「なぜ父上が謝るのです?」
「必ず足を引っ張る者が現れる。それは分かっていたはずなのに、病に気取られ事前準備を怠ったせいだ」
 オニキスはグレイの横顔を見ていたが、やがて下を向くと頭をふる。
 顔をあげると言った。
「良いではありませんか。売られた喧嘩は買いましょう。相手が出れば出るほど、その姿は見つけやすくなります」
「オニキス、これは遊びではないのだ」
「分かっております。だが逃げることも出来ないのですから、やるしかありません」
 グレイがこちらを向いた。
 オニキスは腹の底から燃えたぎるものを感じ、いつしか心地よく焼かれている気がした。
 炎に飲み込まれてはいけない。
 だがそれを利用しない手もない。
 そんな感覚がある。
「領主の座でも何でも、手放したとて惜しくはありません。しかしタダでくれてやるのは面白くない」
「何を考えている?」
「ホリーのことはホリーの者が決めれば良い。どうであれ私はあの村の領主でいるつもりはありません」
 オニキスは自分の口からついて出た言葉に自らはっとする。
 だがもう言葉を飲み込むことも出来ない。
 グレイは呆れたように息を吐いたが、頷いた。
「どのみちお前には無理だ」
「そうでしょう」
「そうだ、オニキス。いつかお前の母親と同じように、ふらりとどこかへ流れていくのだろう。役目を果たせばまた次の役目へ、と。水はどこに落ちても海へ行く。そしてまた長い旅にでるものだ。一つの場所に留まれない、そういう”さが”なのだ」
 グレイは椅子に座り、額を抱えた。
「マーガレットもまた利用されている。彼女がああなってしまったのは、フロンドのせいだ。そしてフロンドはホリーを守るために必死だっただけだ。ホリーを守るためには貴族や領主の加護では足りない」
「どういうことです?」
「帝国領としてその管轄に置かれるべきだ。誰かの意志一つで右にも左にも揺れていれば、誰の心も彷徨う。交通の要衝としての価値を下げようとブドウ畑を作ったものの、そんな策でどうにかなる問題ではなかったのだ」
「では皇帝陛下に献上すると?」
「いや、帝国にだ。ホリーにとってはその方が安全なのだろう」
 グレイの一言一言が、ようやくオニキスにも理解出来た。
 あの村の抱える闇。
 それを救うためにはどうすれば良いのか。
 グレイが尽力してきたことがようやくわかった気がした。
「……お前の言うとおりだ。時の領主の心一つでホリーはどうとでもなる。村人を奴隷にすることも、あるいは発展させることも出来る。かつての領主達も、私利私欲のある者もいた。そうでない者もいた。お陰で村人は領主ないし帝国の使者の顔色を伺うばかりになった。彼らを怖れる一方、ならず者からは守ってもらわねばならぬ。武装することが長く認められなかったからな」
「父上は先代と今上陛下の信頼を得て、あの村が育つ基盤を整えたのでしょう」
「だが急速な変化は大きな皺を作る。その犠牲者がマーガレットであり、お前だった」
「私は自分が犠牲になったとは思っておりません」
「そうか? だが帝国との新たな仲介役と思われたからこそ、フロンドは娘を差し出したのであろう」
「そうであるならば、なぜ彼はあっさり手のひらを返したのでしょう。父上や私を仲介役、あるいは守護者と思うのなら……」
「そこだよ。寄った皺の隙間は大きい。何かが入り込む余地は大いにある」
「父上もこの事件には黒幕がいるとお考えなのですね」
「そうでなければおかしい。……お前達が何か探っているのは知っている。だが、深くまで入り込んではいけない、それは新たな傷を作る。時には隠しておくことも必要なのだよ」
 グレイは姿勢を緩めた。
「父上は何をどこまでご存じなのですか?」
「私が知っている事は少ない。だが、ホリーでのお前の立場は守ってやれるだろう」
「それはなぜか、と聞いてはならぬことでしょうか」
「お前のことだ、聞くだけですまないのだろう。ならば黙っておくしかない」
 グレイはふと頬を持ち上げて笑った。
 オニキスは髪の結び目をかきながら「参ったな」と返す。
 久しぶりに凝り固まっていたものが解けていく気分だった。

***

 コー達は製紙工場からしばらく行った先の、植物を栽培する試験場へ向かっていた。
 馬車の窓も全開に、エリカの乾いた空気は走れば柔らかい風になって気持ちが良かった。
 製紙工場で得た書類はオニキスから預かったあの紙と同じ仕上がりの物。
 バニラ神官の名前も書かれている。筆跡鑑定をすればフロンドに送った者かどうか分かるだろう。
 肝心の内容は運営に関するもので、おかしな点はない。これらには同じ印が用いられていた。
 ○に古代文字で「ブラッド」
 それほど珍しい名前ではないものの、判子を使うなら地位のある人物であろう。
 そして、黄色のルウの花。
 こちらは酒ではなく、聖水とやらに漬けられていた。考えたくはないが、使用目的は一つだろう。
「探し物は見つかったの?」
 馬車の中で、向かいに座るジャスミンが訊いてきた。
「一応は……このブラッドという人物がまた鍵になりそうだ。とにかく判子が使われているなら、これを彫った職人に会えば分かるだろうか」
「そんなことしてたら世界一周しちゃうんじゃない?」
「そう、そこなのだ。キリがない。これは、という物が見つかれば……」
 だがフロンドとのつながりは確かにグロウにあるはずだ。あの花を持っていたのだから。
 そういえば、花街にはなぜ存在していた?
 これを買い付ける者がいるはず、だがグロウの商人に聞き回っても見つけられなかった……。
 コーの考えを現実に引き戻すように、サンの芯の強い声が聞こえてくる。
「なんであれもうすぐ試験場だ。やはり人の気配がないな……。情報を得るには心許ない」
「全くだ。先ほどの神官、厄介な人物のようだし、つつけば色々出てきたかもしれん」
「それは面白そうだな」
「サン……君は少し、我が主に似ている気がする……」
「オニキスか? あれも不思議な男だ。貴族というにはどことなく型破りだ」
「オニキスさまは昔からああだ。ご自身の直感というか、直観というか……ルールみたいなものがおありなのだと思うが、それが我々には掴めないんだ」
「あんたは苦労性だな」
 サンは朗らかに笑う。
 彼は体こそ大きく、人に威圧感を与える男であるが意外にも穏やかで知性的な人物だ。
 読み書きも問題ないところから、もともと勤勉だったのかもしれない。時間が出来るとジャスミンやナギ相手に色々教えてやっているようだ。
「もったいないことだ。サンが皇帝陛下の目に留まれば、かなりの地位まで押し上げられそうだが」
「皇帝陛下には会ったぞ。ずいぶん気さくな方だったな」
「会ったのか?」
「ああ。『苦労したようだし、その分自由を満喫してくれ』と。奴隷は認めていないから、今までの対価を支払う、とか何とか」
 サンと話しているうち、植物が規則正しく並び、柵に守られているのが見えてきた。
 あれが試験場だろう。
 むき出しだった大地から、青々とした草原へ近づく。
 厩舎はやはり空いていて、馬の姿はない。小屋らしい建物はいくつか並んでいるものの、そこから人が出てくることもなかった。
「まさか無人か?」
「こうも立派なのに、人がいなかったら危ないんじゃない?」
「ああ……」
 コーは早速試験場の管理棟を目指す。
 地平線に太陽が沈んでいくのが見える。草は黄金色に照らされさわさわと音を立てていた。
(ルウの花とやらはどこにあるのだろうか)
 ふと北の方角へ目をやれば、見えるのはむき出しの岩肌に鋭い剣戟の跡。
(人が普通の精神で戦い続けることは出来ない。ここらの花で気を紛らわせた可能性はあるな……)
 ここで起きたのはフィカス家と、ここを領地としていた旧帝国家臣の戦い。
 この時、確かに旧家臣は帝国を牛耳ようと画策していた。
 自身の娘を皇后に据え、権力を手にする。
 それはどこも同じだ。そしてその後、彼らはまともな政治を行わなかった。
 重い税を課す一方、その分の見返りは送らず彼らは栄華を極め、天災が起きてもまともに取り合わず、自分たちさえ助かれば良いと民を見殺しにしたのだ。
 それに対し反旗を翻し、だが皇統を重んじたフィカス家は正しかったと言わざるを得ない。
 お陰で帝国は安定を取り戻した。
 にも関わらず今、フィカス家は同じ道を歩もうとしている。
 バーチはじめ各王国の荒廃は一体なぜか?
 中央に権力が集中し、地方はただ食物と税金を運ぶ都合の良い金庫になったのだ。
 バーチの例をとればよく分かる。
 バーチ女王の父方は鉱山を含んだ領地を持つ家系だったが、フィカス家の讒言によりその領地は没収。
 鉱山という宝を失い、マイン家は収益なしとなっただけでなく、時の皇帝の信を失い没落した。
 もしシルバーその人が、全盛期のマイン家の後ろ盾があるままバーチへ赴任すれば、豊かな財源を使ってバーチを開拓出来ただろう。
 中央の顔色を伺って借金、それを返済するのに精一杯で新たな産業に注力する余裕がない……などの悪循環に陥らずにすんだのだ。
 リーフ家もそうだが、中央で問題が起きたため領地、もしくは人を取られた貴族が入るばかり。
 つまり財力もなく、協力者や支援者がいないのだ。
 コーは思わず嘆息した。
(今上陛下も、どういった考えをお持ちなのだろう。バーチ再興も名言は避けていらっしゃる。そりゃあ各王国が『ならこっちも助けてくれ』などと言い始めたら……大変なことになるのは理解出来るが)
 皇帝がシルバーを切り捨てたとは考えにくい。
 だが優遇はしていないように見える。
 考えが思わぬ方向に飛び、コーは首をふって考えるのをやめた。
 今はオニキスの無実を証明するのが先だ。

次の話へ→Tale of Empire -白樺の女王と水の貴公子ー 第23話 発見

 

 

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