Tale of Empire -白樺の女王と水の貴公子ー 小説

Tale of Empire -白樺の女王と水の貴公子ー 第21話 疑いと信頼と

「宮殿の侍女達があれこれ申しておりますが、どういった経緯がありましたか?」
 不信任案の件で最も多い意見は「姦淫」である。
 あくまでも疑いのため罪に問うことはまだ出来ないようで、オニキスは尋問に対してさして興味が沸いてこない。
 普段会議が行われる執務室で、オニキスは中央の椅子にゆったりと座って周囲の視線を受けていた。
 奥の席で皇帝がじっと見ている。
 カイの姿もあるが、気になったのは目の前にいる神官のことだった。
 裁判官の一人である彼は先ほどから額に汗をかき、時折息苦しそうに襟を緩めている。
「どういった経緯、と言われましても、私はあずかり知らぬことです」
「だが現に、数名からあなたの名前が出ているのですよ。やれバルコニーだ、洗濯場で、厨房で、だの……中には将来を誓ったとか」
「将来を誓ったなら姦淫ではありませんな」
 オニキスがそう返すと、誰かが吹き出すように笑った。
「いや、その、事実を訊いているのです」
「私は知りません。侍女達とたんに挨拶を交わしただけ。皆様もそれはするでしょう。言葉を交わすことが姦淫と言うなら、この世は罪人だらけだ」
「貴殿の言う挨拶とは?」
 茶化すような質問が背中に届いた。
 オニキスは振り返り、齢30前後の男を見た。財務管理の役職についていた……そういえば顔を見た気がする。
 誰だっただろうか。
「”おはようございます”、”今日も良いお天気ですね”……私の挨拶は何かおかしいのでしょうか?」
「その時どのような顔で? 声音で?」
「おかしなことをおっしゃる。さきほど皆様にしたのと変わりませんよ」
 オニキスはそう言って神官を見た。
「それで私が誰かを惑わせるものでしょうか」
「いや、私どもは男だ。女性なら……」
「彼女達は姦淫されたと感じるということですか? 困ったな。それならなぜこの宮殿で最も近い女性であるはずの副大臣は何も訴えないのでしょう」
「彼女はあなたの配下ですから」
「つまり?」
「つまり、その……言うことを聞かせようと思えば簡単でしょう」
「ああ、私が彼女を虐げていると。その事実があるのですか?」
「いや、見た者はおりませんが……」
「なら事実無根でしょう。この場で不要な想像はしないでもらいたい」
 オニキスはそう言って神官の手元を見ながら口を開いた。
「バルコニーや厨房、とおっしゃいましたが、そこへは衛兵のいる見張り場を通らねばなりません。彼らはどう言っていたのですか?」
「彼らは今回のことには無関係です」
「なぜ?」
「なぜ……関わっておらぬ」
「関わっていないのは私も同じですが、こうして巻き込まれていますよ。名前が出たからですか?」
「そうです。あなたは当事者ですから」
「無実なのに当事者? ではこの宮殿では侍女たちの言葉は全て真実で、大臣の名代の言葉は全て嘘だとおっしゃるのですね?」
「そこまでは申しておりません」
「ではなぜ決定的なのでしょう。罪を犯したのなら裁きを受けるもの。裁きは人の一生に関わる。だからこそ裁定は慎重かつ確かな証拠を得ないといけないのでは?」
「貴殿のおっしゃる通り。だが実際に訴えは出ているのだ。街でも様々出ておるぞ」
 わざわざ立ち上がってそう言ったのはカイである。
 オニキスは目がきつくなるのを自覚し、それを和らげるため瞬きをした。
「靴屋のジェン、花屋のリリー、それから……まあ、名前を挙げればきりがない」
「彼女達から訴え?」
「ああ。裏路地に連れられ、そのまま……だそうだ。そのうえ捨てられたと訴えておる」
 顔を真っ赤にして怒るジェンを思い出し、オニキスはため息をつきたい気分になった。
 それをすんでの所で止め、「証拠は?」と訊き返す。
「立場の弱い者達が勇気を振り絞って訴えたのだ。よほどの事だろう。で? 彼女達を知っておるのだろう?」
「ええ。靴の修理を頼んだ店で働いている。花屋へは先祖に花を供えるため通っておりました」
「なぜその店に?」
「そこはウィローから花を仕入れている数少ない店なのです。先祖の墓に先祖の地で咲く花を供えたいと思うのは過ちですか?」
「いいや。貴殿の孝行心には感じ入ったよ。ところで彼女たちと知り合いであるというのは間違いないらしい」
「らしい、では困ります」
 オニキスは曖昧な言い方を厳しく注意した。
「困る?」
「らしい、では困るのですよ。侍女達はどこの誰が訴えたのです? こんな事件が起きていて、衛兵は無関係だから話さないというなら、宮殿の平和を守る衛兵である必要がない」
 オニキスの言い様に皇帝が「フフッ」と笑った。
「第一、不信任案というなら、私の仕事内容か勤務態度に対して文句を言えばよろしい。これではただ姦淫罪を調べているだけです。はっきり裁判にすれば良いのではありませんか? それに、その街娘達ですが……彼女たちはつい先日、成人の儀式に出かけましたよ。そこで問題があったならすぐ追い返されているはず。なぜ何の問題もなく帰ってきたのでしょう」
 成人の儀式は処女でなくては参加出来ず、そして女になって帰ってくる。
 アッシュ帝国では女は皆神の巫女であり、そのままでは男と結婚は許されない。そのため成人の儀式で、巫女である処女から人としての女になる必要があるのだ。
 オニキスは靴屋と花屋の主その人とは今でも懇意である。ジェンは店をやめたようだし、リリーは結婚し田舎に帰る予定のため、オニキスと顔を合わせることもない。
 突然名前を出したのは何の魂胆があるのか。
 おおかた、首都を出るのだから最後に意趣返しといったところか。
「ほほう、問題なかったのは良いことだ。オニキスには他に疑わしいところはあるか?」
 皇帝は軽やかにそう言って、神官を見た。
 オニキスも神官を見る。
 やはり汗を吹き出し、今にも倒れそうなほど顔色が真っ赤だ。
「い、いえ。陛下。此度は以上に……」
 神官がそう言って解散となる。
 執務室を出るとオニキスは悠然と歩き出した。
 部屋の外で待っていた副大臣のオパールが早速駆けつける。
「如何でしたか?」
「下らない裁判ごっこですよ」
 そんなことを話していると、後ろから声がかけられた。
「上手く逃げたな」
 ついさっき聞いた声だ。30前後の男のもの、どこか茶化したような口調。
 オニキスが振り返ると、緑色の目がこちらをまっすぐに見ていた。
 どこかで見た。
 そうだ、あの夜、シルバーのヒールで踏みつけられていた男ではないか?
「逃げた?」
 オニキスが聞き返すと、男はフンと鼻を鳴らした。この様子からして、彼もあの夜、オニキスを見たのかもしれない。
「これで終わりと思うなよ」
「それはそうでしょう、次は何が出てくるのか、楽しみにしています」
 オニキスがそう言って口元に笑みを浮かべると、彼は眉をきつく寄せてきびすを返した。
 女王に踏みつけられていた、など、見られて良い気分になるわけがない。
 彼にもオニキスに対して思うところがあるのだろう。
「こんな調子で良いのでしょうか」
 オパールがそう呟いた。
「何がですか?」
「正直に言いますと、あなたのことよりもバーチへの支援策をもっと議論したいところです。何が必要で何が不要なのか。この雨で道は閉ざされ、兵士達は帰れず、使者の往来もありません」
「確かに気になるところですな」
「ええ。コネクションへの調査でも、バーチへ人が流れているのは確かなようですし……」
 オパールの一言にオニキスは眉を寄せた。
「人が流れている?」
「ええ。エリカ地方の男性が多いようです。でも、南国の者が北国でどれだけ動けるでしょうか? そもそも人身売買などするような連中ですから、働けなくなったら……ということも考えられるのでしょうか」
「……その売買には誰が関わっているのです?」
「今調べている所でしょう。はっきりとは知れません。帝国内で、本来民である者達が、不当に働いている以上、私たちは看過出来ないことであるはず」
「あなたの言うとおりだ。彼らをまっとうな生活に戻せるよう、力を尽くさねば……」
 そう答えながら、シルバーの顔が思い浮かんだ。
 蠱惑的な雰囲気に、どこかあどけない、汚れない目をした彼女。
 一体どうしているのだろうか?
 便り一つ、使者一人送り出せない中、彼女は。

***

 灰色の分厚い雲の下、雨がしとしとと降り出した。
 宿の跡地は兵士によって片付けられ、水が何もかも洗い流していく。
 玉座の間でシルバーは跪くアンバーに声をかけた。
「首都へ帰れなくなりましたね」
 アンバー達は本来、道の確保のため遣わされたのである。
 雨期が来る前に帰還し、皇帝の指示を仰いで次の行動を決めるはずだった。
 だがバーチでの舗装が必要な箇所はかなり多く、お陰で無事避難させることは出来たものの、肝心の報告は出来ずじまいだ。
「陛下はある程度の”遊び”を持つよう仰せでした。おそらく、予定通りに行かないと予測しておられたのでしょう」
「そうですか。そうだとしたら、陛下は他に何かおっしゃっていましたか?」
「いいえ。女王殿下の話すことをよく聞くように、と」
「話すことですか。命令ではないのですね」
 シルバーがそう言うと、アンバーは静かに「はい」と答える。
 つまり決定権はアンバー本人が持っているということだ。
 今更ながら皇帝に試されているような心地になり、シルバーは唇を噛む。が、すぐに気を取り直した。アンバーに向き合い口を開く。
「バーチでの行動は、中央とは違ってやりにくいものでしょう」
「民の気配が違います。まるで帝国を敵視しているようで……失礼しました」
「いいえ、その通りです。長い間水害に苦しめられ、突破口も見つけられないまま税は取られるのだから、彼らの怒りはもっともでしょう」
「栄えている首都に対する不満もあるのでしょう。バーチ兵へはどこか同情めいた視線ですが、我らに対してはそれが冷たい視線に変わる。覚悟はしておりましたが、放火までとは……」
「申し訳ありません。この責めは私に」
「殿下が背負われる問題ではありません。シアン殿達が助力して下さったことは存じております」
「それで兵士諸君が納得するでしょうか? どうであれ、あなた方を求めたのは私。そして誰が狼藉を働いたにせよ、説得出来なかったのも私。事の真相にたどり着くには時間がかかるもの、今はそのようになさって」
 シルバーはそう言うが、アンバーは首を横にふった。
「アンバー隊長」
「人の心は計りがたいもの、たとえ女王であっても殿下が全てを決めることは出来ぬのです。それでいちいち責任を求めていれば、誰一人成長せず得するのはそれこそ狼藉者のみ。兵士らは教えを受け、それぞれに誇りを持っています。どうかもっと我々を信頼して下さい」
 アンバーは静かながら芯の通った声でそう言った。
 信頼、という一言に、シルバーはふっと胸元が和らぐのを感じた。呼吸が楽になる。
 指先まで体温が通い始めた。
「……そうね、その通り……」
 シルバーはふーっと息を吐き出した。油断すると涙が出そうだ。
「……事の真相を明らかにします。兵士諸君には時間を見て挨拶に伺うわ。それから、宿がなくなったためしばらくは……そう、不法住居を構えていた者達がいましたね。その空き家は使えそうかしら」
「ええ。生活は問題ないでしょう」
「しばらくの間です。城の空き部屋を作りますから、そこへ」
「はい」
 アンバーは終始顔色を変えない。あくまでも任務を全うする覚悟なのだ。
 それを受け、シルバーはバーチに帰還してから漠然と存在していた不安が、融けていくような気がした。
(一人で戦うことだと思っていた)
 決めたのは自分で、周りを巻き込んでしまった、と考えていたのだ。
 それこそ傲慢だったのかもしれない、バーチの問題はバーチの問題である。
 シルバーの問題ではなかった。
「……シアンに火事の捜査を命じます。必ず犯人を突き止め、厳罰に処すよう」
 側に控えていたローズマリーがシルバーの言を受け、書状の準備を始めた。
「……アンバー隊長、ご苦労でした。もう良いわ。下がりなさい」
「はっ」
 アンバーが退室していくのを見送り、シルバーはまだ震えている指先を絡める。
 ローズマリーが記したシアンへの指示を確認し、判子を押す。
「……必ず良い方向へ行かなければならないわ」
「はい、殿下」
「博士に会いましょう。とにかく、今出来ることをしましょう。治水の専門家がいないことを嘆いていても何にもならない」
「はい」
「覚悟だわ。私がまだ甘かったのだと、隊長と話していて気づきました」
「揺れるのは当たり前です、だって殿下は背負いすぎなんです。水害の件もそう、皆で取り組まなければいけません。命に関わることですもの」
「……そうね、ありがとう。ローズマリー」
 シルバーがようやく眉を開けば、ローズマリーもゆったりと微笑む。が、
「それにしても先ほどの隊長は素敵でした」
 と、突然に乙女の顔を浮かべるものだから、シルバーは肩の力が一気に抜けた。

 シアンからレッドの様子がおかしい、と聞いたのはその日の午後である。
 あの夜、焼けた宿を見て呆然と立ち尽くす彼に何も思わないわけではなかったが、放火の張本人とも思えない。
「彼の仲間には今回の帝国軍派兵に関して快く思わぬ者がいたのです」
「その者が放火した可能性があるということ?」
「仲間で、かもしれません。宿の中にいるとはいえ、軍人がいる宿にあそこまでの火をつけたのですから。一人なら油を撒いている間に誰かに見つかるでしょう。レッド殿を疑うというより、彼が糸口になると考えております」
 シアンの意見にシルバーは頷いた。
「分かりました。再び彼をよく見ておく必要があるわ。それと、彼の後ろ盾になっている者達のこともよく調べておいて」
「はい」
「そうそう、移住者のことについて調べていたわね? 何か収穫はあった?」
「今のところは見つかっておりません。ただ、城内に残っている資料と、実際の移住者の数は違うようです」
「それは様々な事情があるでしょう。移住の旅で不幸があったかもしれないわ」
「ええ。ですが、移住にはカネの問題が当然ぶら下がってきます。例えばアイリスでの戦闘などによる避難民の場合、帝国から避難民への支援金、バーチへの当座の支度金が支払われますから。どちらにせよ、城内だけの資料では裏付けが取れないのです」
 シアンはシルバーに確認と許可を取りたいようだ。
 移住者の受け入れ窓口である労働組合への調査の。
「……そうね、でも……今優先させたいのは水害対策と、宿への放火の件です。動かせる人数には限りがあるわ、そして手落ちがあってもいけない。レッド殿を追うなら、自然と労働組合にも繋がるはず。焦らず、でも確実に真相に近づくよう」
 シルバーは遠回しだが、「今は動くな」と命じる。これからエメラルド川から避難民と国を守るための戦いが始まるのだ。
 幼い子供と老人が多いバーチで、働き盛りであるシアンはじめ兵士達は貴重な戦力である。
 それを割くのは命綱を一つなくすようなもの。
「シアン、マゼンタも連れて周囲をよく見守って。真実は逃げないわ。あなたたちの巡回、それが相手への抑止効果になるはず。今は守る時よ」
 シルバーがそう釘をさせば、シアンは慇懃に頭を下げた。

***

 馬車を走らせ、向かう先はエリカにほど近い小高い山である。
 コー達はあの建物近くで一夜を過ごした後調べに入り、その中でルウの花の栽培地と製紙工場の場所を突き止めた。
 あの建物は首都から来る商人との連絡所であったようだ。
 詳しいやり取りを書き写し移動を始めたが、気になるのはここ半年近くやり取りは途切れていることだ。
「アイリス辺りがきな臭いからかもしれないな」
 馬を休ませる間、サンがそう言った。
 コーはかいつまんだ説明しかしておらず、彼もジャスミンも必要以上に話を聞いてこない。
「きな臭い?」
「あそこは未だ竜が棲んでいる土地だから」
「竜なんて伝説でしょ? やれ炎をまとった鳥とか、一角獣とか、見たことないのにどうやって考えつくのかしら」
「骨だよ、骨。巨大なトカゲを思わせる骨がよく見つかるんだ」
 サンとジャスミンは現実的な思考の持ち主だ。お互い意見を出し合っている。
 干し肉をたき火であぶって噛みしめていると、ナギが二人の話を静かに聞いているのが目に入った。
「竜とか、気になるのか?」
「じいちゃんがそんな話、してたなーと思って……。でも、炎をまとった蝶だ、とか言ってましたけど」
「羽虫は死の間際、火や光に近づこうとするからな」
「そうなんですか?」
「ああ。なんでかは分からんが……」
「エリカにも色んな話があるの?」
 ジャスミンがそうナギに訊いた。
「うーん。覚えてる限り、炎をまとった蝶、鳥……の話が多かった気がします。悪竜を食べるから、良いもんだって」
「へえ。まあでも、トカゲや蛇なんて言うなら、確かに鳥類が勝つのかもしれないわね」
「そうなんですか?」
 ナギとジャスミンは盛り上がりはじめる。コーは水筒の水が空になっていることに気づき、川へ向かった。
 小川だが、水は綺麗なものだ。ふと静かにそれを見ていると首都のことが浮かんでくる。
 オニキスやグレイがこのまま追い落とされれば、誰が最も得をする?
 そんな考えが浮かんでくる。
 だがフロンドは領民である。ヒソップ家という守護者がいなくなれば、困るのは彼も同じのはず。
 マーガレット嬢との結婚が上手く行かなかったためにこんなことになったのだ。
 つまりフロンドははじめはオニキスを取り込みたかったのである。
 だが手のひらを返した。
 その真意は?
 そしてあの花と紙の出所は?
(旦那さまの言うとおり、妄想は真実を生まないな)
 まだ足りない点と線を集めるしかない。
 コーは決意を新たに立ち上がった。
「明日には製紙工場に行けそうだな」
「調べ物が多くて大変そう。何か手伝えることはある?」
 サンとジャスミンはそれぞれ言った。
 コーは「問題ない」と返し、水を火にかける。
「オニキスは大丈夫なのか?」
「若旦那さまのことだから、無策のはずはない、と思う」
「不信任案とか言っていたが」
 彼はオニキス本人から話を聞いている。事件の究明に関わらないことなら話して良いのだろう。
「そうなのだ。理由は姦淫などと、全く、濡れ衣も良いところだよ」
「洗濯女達は証言出来ないのか? 無実だとすぐ分かるだろう?」
「それが面倒なところだ。下位の者に発言権はないに等しい。それに宮殿で、誰が嘘をついいているか分かったものじゃない。これだよ、これ」
 コーがカネを指で表すと、サンは「なるほど」と頷いた。
「だから証拠が必要なんだ。しかし、してやられた気がしてならないよ」
 その夜を終え、朝を迎える。
 山の麓にある製紙工場はかろうじて動いている様子だ。だが人の数は少ない。
 コーは一緒に行くというナギを連れ、父子家庭で首都から引っ越してきて、仕事を探している風を装って見学を申し出る。
 神官の姿があり、彼が指揮しているのが分かるとすぐに話を通した。
「紙はどちらに納めているのですか?」
「首都から来る商人です」
 近くで見ると、彼は白髪頭のわりに肌つやはよく、若々しく見えた。
 名前をバニラと名乗ったが、本名ではなく神官としての名であろう。これはかなり多い名前である。
「商人はどの道を通って来るのでしょうか。この頃越したばかりで、安全な道も知らず……いや、お恥ずかしい」
「そういうことなら、地図を差し上げましょう」
 バニラ神官が持ってきたのはあの手触りの紙に描かれた地図だ。
 少し黄ばんでいるが、これは元の植物の色であるらしい。色を抜く作業をしたものは更に等級があがる。
「おいくらでしょうか」
「地図は無料でお配りしています」
「ありがたいことで……」
 コーはナギにそれを持たせた。
「どういった作業を行っているのですか?」
「植物の栽培、洗浄、紙にするためその草をこまかく切り……」
 バニラ神官は一つ一つ丁寧に説明を始める。どうやら工場も人手不足のようだ。アイリスがきな臭くなり、逃げていった者達が多いらしい。
 工場を一通り見て回ったが、特におかしな点はない。
 外から見るのと中に入るのではもちろん違うだろうが、意外なほどの歓待にコーは面食らったほどだ。
 この日は帰る、と言って外に出る。
 一度だけ振り返ると、バニラ神官はにこにことして見送っている。
(こんな辺境にありながら、身なりも良いものだ。それにあの態度、あの肌つや。食べているものが良いのだろうか?)
 植物が人にもたらす効果は確かに強い。
 あんな花びら数枚で人の心を惑わせるのだから、こんな辺境にあっても植物と共に生きれば健康になるのかもしれない。
 だが、身なりは別だろう。
 指輪もつけていたが、神官にしては派手だ。
「変な目で見られました」
 と、ナギはむずがゆそうな顔をしていた。
「変な目?」
「なんか酒飲んだ後の奴みたいな……」
「私は感じなかったが……気分が悪いのか?」
「はい。あいつらと一緒にいた時の姉ちゃん達の気持ちがちょっと分かる気がします」
「あいつら……コネクションか。姉ちゃん……実際の姉君ではないな? つまり……」
 性的な?
 ナギは少年で、神官は男だ。つまり同性愛というより性的倒錯という奴だろうか。
「これからはサンと一緒に待ちなさい」
「でも……」
「その方が安全だ。馬も慣れない土地で長く留まるのは辛いだろう。世話してやってくれ」
「……はあ」

次の話へ→Tale of Empire -白樺の女王と水の貴公子ー 第22話 隠された意図

 

 

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