Tale of Empire -白樺の女王と水の貴公子ー 小説

Tale of Empire -白樺の女王と水の貴公子ー 第20話 事実を求めて

 燃え落ちた宿は、石畳の上に積まれていた。
 今もまだ焦げた匂いが漂ってくるようだ。放火の疑いがあるとされ、犯人捜しが開始された。指揮を取るのはシアンである。
 隣の宿も被害を受け、雨が止んだわずかな時間で補修作業が続いている。
 この日は一日雨ということで作業はなし、職人達は避難所に戻った。
 城下町は栄えた街並みの中、人の気配のない異様な空間と化している。
 雨が地面を叩く音が城内にも聞こえていた。
 シルバーは執務室にこもり、負傷した帝国軍兵士の状況を細かくまとめそれを首都へ送る手筈を整えていた。
 だが手が止まる。
(あの道を今渡ればどうなるでしょう)
 増水した山が崩れたら?
 雨が降りしきり、道は沈んでいるかもしれない。
 どうやって使者を送るというのか。鳥にでも頼みたい気分だ。いや、鳥とて大雨の中では飛ばないだろう。
 歴代のバーチ王の苦悩が理解出来る。
 水害に悩まされ、ろくに使者も送れず、誰にも知られることなく内側から崩れていったのだろう。
 シルバーは雨に閉ざされたまま孤立を深めていった彼らに思いをはせた。
 王達は、何をどのように考えていただろうか。
 シルバーはローズマリーとマゼンタを連れて図書室に向かい、絵の飾られた壁を押す。
 この隠し部屋はシルバーが何度も通ったためか埃の目立たない空間になっていた。
 この部屋から更に奥に行けば、大人でもしゃがめば通れる通路がある。
 その先にあるのは小さな舟。川をさかのぼっていけば海に出る。星を頼りにすればウィローでもアイリスでも行けるのだ。
 シルバーの目的は舟ではなく、歴代のバーチ王の日記であった。
「どうされたのですか?」
「何か手がかりがあるかもしれないわ。このバーチを救う、何かが……」
 シルバーは日記の並ぶ棚に目をやり、指を滑らせた。
 赤い装丁の本は全て書写のもの。本物は首都に送られているため遠慮は要らない。
 シルバーが指を止めたのは今から5代前の王のものだった。おそらく5~60年前であろう。
 それを開くと変色こそしているものの、丈夫な紙に黒の文字が目に入る。
 綺麗な字だ。
「この時、水害のために道を造り替えた、と書かれているわ……」
「前例があったのですね」
「そのようね……”湖が枯れたことで、エメラルド川の流れが大きく変わった、と話を聞いた。これはバーチの民の間では有名な話であるらしい。そして枯れた湖の跡から毒が発見された。それは銀の姿をして人を惑わしている”……これはセッケイ岩のこと? 湖の跡……あの鉱山は元はアイス湖の一部だったのかしら。だとしたらかなり大きな湖だったのね」
 シルバーがページをめくると、今度は道の話が書かれていた。
「……”かつては川の流れに沿って街道が設けられた。エメラルド川や湖を渡る舟もあり、移動のためにも利用されていたらしい。だが湖がなくなった結果、これを利用することは出来ない。そこで土地をならし、道を造ることにした。だが問題があった。アイス湖という天然の貯水池を失った今、川はただ水を集め、流れ、全てを押し流してしまう。街道の話は立ち消え、ひたすら水害に耐える日々が始まったのだ”……街道の話は立ち消え……なんだかこれからのことを予言された気分だわ……」
 資金もそう、今目の前の生活のこともそう、おそらく様々な要因から中断せざるを得なかったのかもしれない。
 シルバーは息を吐くと顔をあげた。道をさりげなく示す女神の絵が、シルバーに向かって微笑んでいる。
「アイス湖が復活すれば、どうなるのでしょう」
「え? あそこは人が住んでいます。無理ですよ。それに一時的とはいえかなり栄えたようですし、それよりも支流を造った方が良いのではありませんか?」
「でも、水害の原因は湖の有無のようだわ……いえ、思い込みはいけないのよね。じっくり考える必要はあるけど。そうね、水害がおさまらない限り、人が住んでいても崩壊するだけ。事実栄えたのは一時的でしょう」
 シルバーはそこまで言うと再び額を押さえ、ため息をつく。
「治水の専門家がなぜいないの? たった十日の知識では何の役にも立たない」
 学生の中には家族を首都へ呼んだ者もいた。平穏の中暮らしたいのは理解出来る、逃げるのも勇気だ。
 だが知識を得るためのカネと人材は、どこから出たと考えているのだろうか。
 マゼンタが口を開いた。
「オニキス殿を招聘出来れば……」
「そう思うけど、彼は厚生大臣の名代だもの。お役目がある以上首都を離れられないわ」
 シルバーはつい感情的になっていると自覚し、手を振ってごまかすと隠し部屋を出る。
 ローズマリーとマゼンタは互いの顔を見合わせ、肩をすくめるばかりだ。
「今は放火犯を探すのが先かしら。これ以上避難所がやられたら大変なことよ」
 シルバーはそう言って気持ちを切り替えた。
 首都で何が起きているのか、そしてここで何が起きているのか。
 それを知る術も知らせる術もないのが悔やまれた。

***

 サンとジャスミンは行動を共にするのだという。
 今は土地勘を得るのと路銀を稼ぐため、荷運びの仕事を得たらしい。その証であるブローチが彼らのスカーフにつけられていた。
 邸に招待すれば、二人は慣れた様子で邸に入る。そうだ、彼らは庶民ではなく貴族の元にいた奴隷なのだった。
「荷運び……」
「もし信頼を得られれば、その仕事をしながら各国々を回れるかもしれん。俺としては渡りに舟だった。帝国も案外良い仕事を紹介してくれたよ」
「荷運びとしても、帝国軍の配下になるのだろう」
「そういう形だな。しばらくは元兵士が主、じゃない。上司……ということだ」
 サンの風貌は兵士というより傭兵のようだ。ジャスミンがいるお陰で親しみがわいてくる。いかにも兵隊然とはしていない。
「俺としても渡りに舟だな……」
 オニキスはぽつりと言った。
 彼らに頼めれば助かる。
「何のことだ?」
「いや、グロウに用があるのだが、俺は首都を出られん。用を頼まれてくれればありがたい。もちろん礼は弾む」
「礼? いや、用は頼まれるよ。だが礼は要らん。オークションで救われたのはこっちだ」
「それはもっと聞けない。俺としては……帝国に属する身としては、民を救うのは当然のことだ。礼など受け取っては腐敗のもとになる」
「そこまで言うのか? よく分からんが……」
 サンは首を傾げつつも、オニキスの言うことに納得したようだ。
「で? 用とはなんなんだ」
「知らない方が良いだろう」
「水くさいわね」
「君らは知らない方が互いの為なんだ。で、俺の使者が”荷物”だ。無事行って帰って来れればそれで良い」
「ふーん……俺は構わん。つまり護衛すれば良いんだな」
「ああ。コー、行けるな」
「はい!」
 コーは力強く頷く。
 これで事の真相に近づけるはず、と彼は意気込んでいる。
「そう簡単にはいかないだろう」
 と釘をさせば、コーは珍しくオニキスをまっすぐに見つめ返した。
「それで諦めることはしませんよ。何があっても真実の種を見つけて参ります」
 コーの意志の強さに、オニキスはもちろんサンも目を見開いた。
「グロウに何があるんだ?」
 サンのもっともな疑問にオニキスは答えた。
「点と点を繋ぐ線がある……そんな気がするんだ」

 サン達とコーの出発を見送る。
 彼らは一度ホリーに寄って、慣れた馬と小型の馬車を調達してグロウへ向かう予定だ。
 馬車を使うため、グロウまでは6日ほどかかるだろうか。
 オニキスはその間、根回しのため動く必要があると感じていた。
 雲が晴れたその時、一体何が表に現れるのだろう。
 重々しい雲は器用に空に留まっている。
 北の方角に目をやれば、その雲は黒くすら見えた。

 コー達はホリーに到着した。
 首都からやってきた一行に、村人達はどこか冷ややかな目を送る。
 コーの姿を認めると頷いて仕事に戻っていった。
「ここがオニキスの古里か」
「といっても、若旦那さまは生後すぐに首都へ行きましたけどね。古里という感覚はないのでしょう」
「貴族と言っても色々事情がありそうね」
「ヒソップ家はまだ2代目ですからね。旦那さまは庶民感覚をまだ持っておられるし、若旦那さまはなんというか……」
「変わり者だ」
 サンはそう評するが、嫌味はない。
 彼はオニキスとはそう長い付き合いでもないのに、不思議と気が合うようだ。
 それに堂々とした人柄で、コーはつい口調が丁寧になっている。ジャスミンがおかしそうに笑ったくらいだ。
「あたし達に遠慮しないで良いのよ」
「そうなんですが、いや、そうなのだが、なんとなく……まあ、話しやすいように話すよ。では、馬車を用意するゆえ少しここで休んでおいてくれ」
 邸内に二人を案内し、家令にあとを任せるとコーは厩へ向かった。
 清潔に整えられたそこでは、少し髪の伸びたナギが馬の前髪を結わえてやっている。
「あ、お帰りなさい」
「ああ。うん、よく働いているな。ずいぶん綺麗だ」
「人もいないし、ほかにやることがないんです」
「自警団の訓練はどうなった?」
「今は隊列の組み方を教わってます。旦那さま達は?」
「今日はお帰りでない。しばらく首都に留まることになるんだよ」
「そうなんですか……コーさまは?」
「若旦那さまの使いだ。遠出することになった」
 馬車の具合を見て、問題ないのを確認すると馬たちに近寄った。
「皆元気だ。雨の中だが、進めるだろう」
 コーは準備を始めた。ナギはじっと見てくるが、何か言うわけではない。
 馬車の中に荷物を積んで、必要なものを家令から受け取る。
 サンとジャスミンも準備万端のようだ。地図を見ながら道のりを確認。
 いざ馬車に乗り込んで、サンがその手綱を握る。
 半日ほど走ると宿の通りに出た。
 商店も連なり、危険は少ない。
 安い宿を選んで厩を借り、その荷物を広げ……見慣れた赤茶色の髪に気づいて「わっ」と声を出してしまった。
「ナギ! どうしてここにいるんだ!」
 いると思わない者がいたために、コーの心臓は喉までせり上がってきたかのように跳ねている。
「いや、その、ついていくって行ったら断られそうだと……」
「どうしたの?」
 宿に荷を運んでいたジャスミンが二人の声に気づいた。コーはナギを引っ張りだし、頭をかく。
「あら可愛い」
「いや……邸で預かっている子なんだが……勝手についてきてしまったらしい……」
「すいません。でも、若旦那さまの使いっていうのをやってみたくて」
「やってみたい、で許可出来る話ではない。これは若旦那さまの将来に関わる大事なのだぞ」
「でも、邸内の皆がそのために駆け回ってて、俺だけ何も出来てないんです。お願いします! 馬の世話なら出来るし、体も丈夫だから足手まといにはなりません!」
 ナギは大きな目をきらきらさせている。いや、きらめいて見えるのだ。まっすぐな汚れない瞳。
 コーは困った、と汗をかいた。
「ここから帰すにも時間がかかるだろう。一緒でいいんじゃないか」
 サンはそう言って、馬車に鍵をかける。
 彼のあっさりした言葉にコーは眉をよせた。
「しかし、お家の大事なのだ。ナギの面倒まで見れん」
「いいえ! 俺そこまでガキじゃない! そうだ、食事代も自分で出します」
「律儀な子だな。俺はサンという。名前は?」
「ナギです。エリカ出身です」
「ああ。同じ出身の者を見たことがある。確かに体が強かったな。こっちはジャスミンだ」
「よろしく」
「よろしくお願いします」
 サンはナギの背を押し、さっさと宿に入ってしまった。
 旅から旅――事情はどうあれ――に慣れた様子の3人は疲れた様子を見せない。
 コーはマイペースな3人の姿につい項垂れてしまった。
「寿命が縮んだ……」

 旅の間、ナギは馬の面倒をよく見ていた。
 雨の中であるためよく見てやらないといけないが、馬達もナギの世話にくつろいだ様子を見せている。
 見晴らしの良い街道沿いの休息場で、テントを張りながらサンが言った。
「連れてきて良かったじゃないか」
「そうは言うが……」
「一体どういう子なんだ?」
「それは……」
 コーは言いよどんだ。誘拐され、売られる予定だった少年だ。サン達と事情は似ている。
 もしかしたら3人は同じ現場にいた可能性もあった。
「……君らと同じだ」
 それだけを言うと、サンは目を見開いて少し黙った後に「そうか」と言った。
「ホリーではそういう子を何人か保護している。帝国軍に任せても良かったのだが、落ち着いてしまってな。幼い子をあまり振り回すのも、と帝国軍は監督役を置いていくことにしたようだ」
「各地からさらわれてきたのか?」
「そうらしい。コネクションは根が広いようで、ラピス様も手こずっておられる」
「コネクションか……拠点を一つ一つ探っていくしかないのか? 俺だって元締めの名前すら知らない……」
 サンにしてみれば他人事ではない。流石に表情を険しくし、ナギとジャスミンを見つめる。
「拠点を潰そうが元締めを潰そうが、別の奴が出てくるんだろう。繰り返しだ」
 サンはそう呟くように言った。コーは力なくも首を横にふる。
「それでも奴らは影に潜むような生き方しか出来ん。一時は良くても、必ず落ちる」
「そうなら良いが……」
 陽が落ちていく。
 カラスが鳴きながらどこかから集まり、また散っていく。
 そういえば、オニキスの前に現れたあのカラスはなんだったのだろう。
 そしてあのジャケットは、なぜあんな場所にあったというのだろう。

「やりすぎじゃないの?」
 樹上でコー達3人を見下ろしていたカラスの側に、白髪の美女――ブックが腰を下ろした。
「このままじゃ、あんたのとこにまでたどり着くかもしれないよ」
「それならそれで良いだろう。奴らの巣をつついて、何が出てくるか楽しみだ」
「案外獅子が出てくるかもね」
「あの竜くずれに対抗出来る奴がいればなお良い」
「悪趣味な……あんた、楽しんでるんだね?」
「今更だな……君をあの炎から救ったのは誰だと思っている?」
「……分かったよ。何も言うまい。ただあたしの邪魔はしないでもらいたいね」
 そう言うと、ブックは影の中に姿を消した。

 コー達がグロウに到着したのは予定通りだった。
 風が邪魔されることなく吹き抜けるそこは、一見すると荒野に見える。
 が、固い大地には一定の間隔で様々な植物が植わっている。
 色の濃い花々が足下を飾っているが、肝心の黄色い花は見当たらない。
 そういえば、とコーはナギを見た。
「お前の故郷が近いはずだが……」
「ここらへんは知らない土地です」
「そうか。ではここは通っていない土地なのか? 拠点もない感じだが……」
 山は遠くに見えるが、建物を隠せそうな森はない。
 痩せた木々がぽつん、ぽつんとあるくらいだ。
「製紙工場も見当たらないな……」
「人が仕事をするなら水辺の近くだろう」
「ああ。水辺に生える植物を使うはず……」
 ナギは馬を進ませた。太陽が向かうのは西、今は南に向いて進んでいる。
 ジャスミンは木を目印にし、方角を確認しながら歩く。
 やがて大地の表面を舐めるように流れる小川を発見した。
 上流に行くほど水の量が多いようだ。そのまま遡上すれば、段々植物の気配の強まるのを感じる。
 人が通ったらしく、車輪の跡を追っていたがいつしか消えていた。
 植物の背丈は大人を超えるほどになっていく。
 いつの間にか周りは草のジャングルのようになっていた。
「これは切っても良い草なのか?」
 サンは腰の大きなナイフを取り出した。
「いや、分からぬ。紙の原料かも……」
「このままだと迷子になるわ」
 ジャスミンはナギに乗馬させ、その手綱をしっかり握った。
 草の波の中でそうなれば、方角は分からず空も見えない。おそらく出られない。
「川にそって行くしかない」
 サンがそう指示し、ナギが辺りを見渡した。やがて右の方を指さす。
「あっちに川があります」
「よし。そのまま見失うな」
「はい」
 ナギの示す方へ歩く。草は根元が丈夫なのか、歩く度足を切られるようだった。
 それに湿気も帯びている。靴がどろどろになり始めた。
 ザカザカと背の高い草をかき分けると、ようやく前が開ける。
 木々が立ち並ぶ薄暗い林の中、ささやかに流れる川が妙に美しい。
「急に人の足跡が消えたとは……」
 コーはそれが気になり、後ろを振り返る。
「何かあるかもしれないな……」
「とにかく川沿いに歩こう。人家があるかもしれない」
 サンは視界の邪魔する草のみ切り倒し、先頭を歩いた。
 川は徐々に水かさを増している。
 今太陽はどの辺りだろうか、コーは上を見上げ、馬上のナギと目が合う。
 ナギはコーに前を向くよう指さした。
「コーさま、あれは何でしょうか」
「あれ?」
「大きな岩のあたり、建物があります」
「私からは見えん……だが、そこを目指そう。ナギ、そのまま指示してくれ」
「はい」
 ナギが示すとおりに向かえば、植物の様子が代わり始めた。
 緑の葉は黄色に。背丈も低くなりつつあった。
 坂の上にある建物は真四角、岩を背に建っており、人が住むには狭い。独房のようだ。
「よく見つけた。人がいるかどうか、確認しよう」
 コーは石を超え、坂を登る。
 灰色の外壁には小さな窓。
 入り口は子供でもしゃがまなければ入れそうにないほど小さい。
 だが人の気配はなかった。
 かろうじて車輪の跡はあるものの、消えかかっている。
「この分だとこれ以上の移動は危険だな」
「テントを張るわ。今夜はここで」
 サンとジャスミンが野営の準備を始めた。
 コーはしゃがみこみ、入り口から中を覗く。白い壁に書類が貼られているようだが、当然読めない。
 だが幸い、人はいないようだ。この様子からしてかなりの日数、人が通っていないはず。
「調べてくる」
 コーは四つん這いになって、腹をこすりながら建物の中に入った。

次の話へ→Tale of Empire -白樺の女王と水の貴公子ー 第21話 疑いと信頼と

 

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