Tale of Empire -白樺の女王と水の貴公子ー 小説

Tale of Empire -白樺の女王と水の貴公子ー 第17話 聞き込み

 目を覚ますと、白い薔薇のそばに白い羽ペンが目に入る。
 胸に抱くようにしてからというもの、悪夢は遠ざかり深く眠ることが出来ていた。
 だが問題がなくなったわけではない。雨は少しずつ降り始め、城下街ですら悲嘆の声が聞こえ始めている。
 スプルスとの話は早かった。帝国軍の宿泊代は国費から支払われるが、彼はその3割を負担するとともに馬の貸し出しも行うと告げた。
 彼らしい決断力には敬服する一方、やはり油断ならない相手だと気を引き締める。
 シアンが言うには、宿での働きは、彼が面倒を見ている移住者達が行うのが条件とのこと。
 シルバーは未だ立ち入り禁止に出来ていないあの山を思い、なんとか説得せねば、と思考を巡らせた。
「また訪れるおつもりですか?」
「ええ。説明を続けないと。医者も派遣しなくてはいけないし……」
「これからしばらく、雨が続きます。雨期の後には洪水の危険も……下手に動けばもっと被害が出るかもしれません」
 諮問機関のメンバーの一人がそう言った。
 神官も続ける。
「こちらに避難してから説明すれば良いのではありませんか? 準備に追われているなか、殿下がご不在となれば各方面への連絡に滞りが出ます」
「それもそうね……今はせめて採掘を中断させるしかないわ。そうだ、図鑑と一緒に説明文を送るわ。バーチ兵も、彼らが避難するまで山に立ち入らせないよう待機。避難を手伝いながら一緒に城まで来るよう命じる」
 シルバーはそうと決めると判子を取り出し印を押す。
 女王直々の印を押した羊皮紙を持ち、勅使が恭しく礼をして城を出た。
 今回はスプルスは不在だったものの、レッドが座っている。
 シルバーは彼に声をかけた。
「帝国軍兵士の世話をして下さるそうね」
「はい。バーチの安定のため働く方々への奉仕ですから、皆意気込んでおります」
「アンバー隊長は清廉な方よ。よくよく要望を聞き、先回りや接待など余計なことは考えないで愚直に従って」
 シルバーはつい細かく指示した。レッドは一瞬だけ目を丸くし、はい、と頷く。
「さて、家畜、農作物、植物の種など、保管する場所を考えなくてはいけないわね。誰か、広い牧場など貸し出せる者はいる?」
「1カ所に数百となると厳しいですが、ばらけて保護ということでしたら問題ないかと。あぶれてしまうのもいるでしょうが……」
「あぶれても……あ、そうそう。違法住居を構えていた者達がいたわね? 彼らの”家”を使いましょう。協力する者には刑罰の期間を短くするなど行うわ」
「協力ですか?」
「使えるものは使いましょう。なんなら避難民のための住居にしても良いわ」
「犯罪者の家を、というのはいささか気分が……」
「それもそうね……でも、一度調査しましょう。使えそうなものがあれば利用するわ」
 シルバーは指示を出し、諮問機関からの意見を募るとこの日は解散。
 城内を歩いていると、シアンが報告に戻ってきた。
「城下はどうでした?」
「移住者対元農民……という図式が見えてきましたね。ですが、不可解な点も多いのです。移住者の中には労働組合を通さず、バーチに直接来た者もいるでしょう」
「ええ」
「彼らは農民、採掘、馬の世話など、仕事を与えられその場でうまくやっているようなのです」
「それなら良いお話でしょう。何がひっかかるの?」
「溝があるのです、互いに。まだ調査中ですのでなんとも言えませんが……バーチに保管されている資料を見る必要があると思います」
 シアンはその許可をもらいに来たというわけだ。シルバーは頷いた。
「労働組合……ここは長く移住者の積極的な受け入れと面倒を見てきたわね。その甲斐あってバーチでも何とか働き手が得られた部分はあるけど……」
「バーチでは老人と子供の数が多いですしね。中間の働き盛りが外へ出てしまった以上、これに頼る必要はありますが……」
「ええ。とにかく、ご苦労様でした。充分に休息を取るよう、部下にも言っておいてちょうだい」
「かしこまりました。殿下もお疲れでしょう」
「これからもっと忙しくなるわ。アンバー隊長が雨期にも残ってくれることが幸いだわ、その間にバーチ兵の中からもリーダーが育つともっと嬉しいわね」
「こればかりは人としての力がものを言いますからね。私もアンバー隊長を見習うかな」
「あなたはあなたで充分よ。マゼンタも信じてるわ」
 シアンはようやく表情をゆるめて笑った。そのまま別れ、シルバーはローズマリーと共に執務室へ向かう。
 いよいよ本格的な雨期となる。
 エメラルド川はその美しい色を豹変させ、大地を飲み込んでゆくだろう。

***

 オニキスは首都へ来るよう命じられた。
 ホリーではフロンドとの一件以来、大空の下にいるというのに窮屈に感じていた。
 空気を変えるのも良いだろう。オニキスはそれを受け入れ、首都へ向かう。
 華々しく栄える首都は、雨に備えてか傘の売り出しなどを行っていた。
 雨用のブーツが売れ筋だそうで、馬車を見つけた商人がさっそく手をすり合わせながら近づいてきた。
 オニキスは何足か買い、荷台に乗せるよう言うと商人仲間に花を扱う者はいるかを聞いた。
「当然おりますよ」
「では、黄色い花を知っているか? ふちに鋸歯がある。大きさは爪程度だ」
「いや、私では分かりませんなぁ。知っている花屋に会ってご覧になりますか?」
「ああ。頼む」
「いえいえ。ところでヒソップ家の若旦那さま……」
「ん?」
「ホリーの村へ伺ってみても良いでしょうか? 少し販路を広げる余裕が出ておりまして。一度名産のブドウなんかも味わってみたいのですが……」
 オニキスは頷いた。
 ホリーにも季節用品は必要だろう。わざわざ隣町まで買いに出る者もいたようだ。
「ありがとうございます」
「ただし、ここほど開かれたところじゃない。閉鎖的な雰囲気が残っているから、注意はしておいてくれ」
「かしこまりました。では、ここの奴は珍しい花も好きで、よく新しいものも仕入れているんです。顔も広いですから、聞けば何か掴めるかと思いますよ」
「わかった。助かったよ」
 商人の名の入った紹介状を手にし、書かれた住所へ走るようコーと私兵に命じる。
 あとは二人が上手くやるだろう。オニキスは残った私兵3人と、迎えに来た帝国軍と合流して橋を渡る。
 見事に刈り上げられたコキアが並ぶ、緑の庭園が見えてくる。
 その奥に翼を広げたような宮殿がオニキスを待っていた。

 久々の登城にオニキスは表情を変えない。
 顔見知りが何人か。すれ違い様に挨拶をしたが、どことなくよそよそしい感触だった。
 そのまま赤毛氈の敷かれた廊下を歩く。目の前を、深緑色のマントを翻しながら階段を降りてきたのは皇后の実兄だった。
「お久しぶりです」
「おう。田舎で養生出来たかな? 以前よりも纏う空気が丸くなっておる」
 そう言うカイの声はどことなく明るい。
 彼は感情を細かく演出出来る男だ。オニキスをこの日もからかっているのだろう。
「それなら私の部下は安心でしょうな」
「ははは! 貴殿は無茶しすぎだからな。オークション壊滅の話は聞いた。コネクションもかなり広く根を張っているらしいとな。いや、貴殿の働きには感服したよ」
「お褒めにあずかり恐悦至極といったところでしょうか。この役目は帝国軍に引き継ぎました。ラピス殿が上手くやってくれるでしょう」
「彼か……有能な男だからな」
 カイはオニキスの肩を抱いてそのまま階段をのぼり、耳打ちというには通常の大きさで話す。
「お父上も回復されたようだ。顔を見たが、病の影は見当たらぬ。やはり故郷は心が落ち着くのだな」
「それならば幸いです。カイ殿はいつもご壮健のご様子。その秘訣を伺いたいものです」
「秘訣か……ま、時には羽を伸ばさぬとな。貴殿はまだ若いのだから、私よりももっとそれが必要だろう? 良ければ紹介するが」
「見合いなら結構。相手は自分で見つけます」
「ま、その顔だからなあ。どんな女でも”はい”と言うだろう」
「ご冗談を」
 オニキスがそう言って笑ったあと、カイはオニキスの肩をぐうっ、と力強く掴んだ。
 何事か、とオニキスは彼を見据える。
「だが、考えておくと良い。羽はいつか抜け落ちる。そうなった翼で飛べると思うか? その前に落ち着ける場所を作っておかなければ。貴殿が思うより、世間の風はきついのだ。守ってくれる巣があっても良いと思うがね」
 なかなか露骨に見合いを勧めてくるではないか。フィカス家の傘下に入れ、ということだ、オニキスははっきり断るでもなく、曖昧に笑って首をふった。
 階段は右と左に分岐する。
「後悔せぬようにな」
 カイはそう念押しし、オニキスの肩を撫でると右へ。
 階段をのぼる深緑色のマント、その踵に近い部分が汚れているのをオニキスは見た。
 オニキスは左へつま先を向ける。
 途中、顔にアザのある侍女とすれ違う。
 以前は目を見て挨拶を交わす仲だった、皇后つきの侍女だ。しかし彼女はオニキスを見ると視線を下げ、スカートを軽く持ち上げて会釈すると逃げるように立ち去る。
(何があった?)
 しばらく離れていただけで、こうも疎外感がでるものなのか。
 ふと外を見れば分厚い雲が迫っていた。
(殿下はどうしているだろうか)
 翡翠色のあの瞳を思い出し、まだ見ぬ大地を想像する。
 この頃はウィローでの日々ではなく、バーチを思い描いてしまう。
 彼女の語る白い雪。
 時期によっては息を飲むほど美しいエメラルドの大河。
 いずれも恐怖とともに犯しきれぬ美しさを持っているのだ、バーチの者は両極端な感情がなぜか共存するのを味わいながら暮らすという。
 オニキスが雲を見ながらそんなことを考えていると、奥の間から皇后がやってきた。
 彼女はオニキスを見つけると、いたずらを思いついた猫のように目を細めた。
「おほほ。そなたの顔を見れるとは嬉しいこと」
「皇后陛下。お久しゅうございます」
 跪いて臣下の礼を取る。皇后は扇をゆったり広げ、オニキスに立つよう命じた。
「……良いですか、オニキス。表と裏はまるで違う世界です。陛下が何を言っても、一つの裏は全ての裏に通じると考えなさい」
 皇后は突然、謎かけのように命じた。
(二枚舌のことだな)
 オニキスはそう察し、皇后に深く頭を下げて応える。
「ご助言、ありがたく頂戴します」
「それでよろしい。ところでオニキス殿……」
 皇后はオニキスを手招きし、耳にそっと扇をかぶせる。
「銀鉱山のお味は如何でした?」
 皇后の一言にオニキスははっとする。
 気づかれていたのか。
 当然といえば当然か。
「……一生忘れられぬ、甘美なものでした」
「……やはり面白いわ、そなた。欲がないのか、あるいは欲深いのか……出世に興味がないのかしら」
 シルバーは仮面舞踏会に唯一参加した皇統の女性だ。彼らの思惑に乗るなら、結ばれても良いわけである。
 ところがオニキスも彼女も、自然そうなることを望まなかった。
 政治とは別の世界で一緒にいたかっただけのように思う。
「私は身勝手な男ですからね。責任を負う立場に長くいたくないのですよ」
「よく言うわ、それは責任の重さを知っているからでしょう。そういう者にこそ人の上に立って欲しいものだわ」
「私はそれに相応しくない。……行動で示すのは言葉より遙かに難しいものです。やはり両陛下には尊敬以外ございません」
「あら、親しみもないの?」
 皇后が目を丸くして言うので、オニキスはつい肩の力を抜いてしまった。
 やはり皇后は変わった人だ。皇帝が実家を思えば遠ざける……どころか、側近くで意見を求める気持ちが分かったような。
「……ふふ。皇后陛下は油断ならない方です」
「褒め言葉として受け取っておくわ」
 皇后はにっこり笑うと侍女達を連れて歩き出す。
 布を重ねたドレスを着ながら優雅な足取り。
 やはり相当な自覚を持った人だということが、細い背中を見ていれば伝わってきた。

 謁見の間ではなく、皇帝の執務室にオニキスは案内された。
 中にいるのは衛兵を覗けば彼ただ一人。
 濃い髪色はいつしか白いものが混じっている。
 オニキスを見て和らげる表情には、秋に落ちる紅葉のような哀愁が漂っていた。
「グレイとは会ったか?」
「いいえ」
「二人もこちらへ呼んだので、村には負担をかけるな。留守を任せられる者はいるのか?」
「今は家に仕えて長い家令に。ただし連絡係のようなものですが」
「そうか……」
 皇帝は机の上で手を組み、オニキスを見てくる。
 オニキスはそれをまっすぐに受け止める格好になり、いかんともしがたい沈黙に包まれた。
 結局口を開いたのは皇帝である。
「オニキス。しばらくこちらに留まってもらうことになる」
「急なお話ですね」
「ああ。実はお前に不信任案が出ておってな」
「……なるほど」
 オニキスが頷くと、皇帝は各方面から出されたという不信任の書類を机に並べた。
「ずいぶん集まりましたな」
「ああ。何でも独断に走りすぎる、周りの意見を聞かぬため、国のために尽くせるか疑問、などだ。それらしいのもあるが、一番多いのは”姦淫”だと」
 オニキスは片眉をぴくりとあげた。
「皇后の侍女どもの話を聞くに、お前と関係を持っただとか。あれらは下品だが、一応家に名のある娘達だ。その噂が広まれば行く末に影響が出る」
 皇帝は誰の行く末、とは言わなかった。おそらく各家々、彼女達本人、そしてオニキス、と一人ももらさずだろう。
「どうなのだ?」
 皇帝はオニキスを見た。目を一瞬も逸らさない。
「困った問題ですね。宮仕えする者で処女の女はいませんから、確かめる術もない」
「それは仕方ない。成人の儀式の一環だ。女達ははじめ神の妻である」
「では無実である、とどのように証明すれば良いのでしょうか」
「そこで『私はやっていません』と言えば、俺とて安心出来るのだが」
「言葉にどれほどの説得力があるでしょう」
「その言い様にこそ説得力はある。だが、まあ、それがお前らしいところだ」
「陛下、この書類の出所は?」
「まず官僚、貴族院、出所はバラバラだ」
「1カ所からではないのですね」
「今のところはな」
 皇帝の口ぶりからして、調査中といったところだ。オニキスは何となく胸元に疼きを感じる。
 怒りではなく、野心に似た感覚だ。薄暗い炎で焼かれているような疼きである。
 これは良い物ではない、オニキスはそう自覚しつつも燃え始めた炎を味わい始めた。
「お前、目の色が変わっているぞ」
 皇帝はそう言って、口元に笑みを浮かべた。
「白目がどんどん青白くなっている。追い詰められているというのに、戦うつもりか?」
 皇帝が足をゆったりと組んだ。彼も臨戦態勢をとる獅子のような気配を出し始めている。
「陛下、これはほんの序の口でしょう」
「その通りだ」

 一方その頃、オニキスの命で花を探っていたコー達は、花街を訪れていた。
 胸元露わな女性が腕をぐいぐい引っ張ってくる。
 柔らかい乳房で腕が埋まり、コーは体中の汗が流れ出てしまうのでは、と思うほどに緊張していた。
 連れの私兵の彼は場慣れしているのか、顔色は変えないまま、彼女らに豪快な笑みを見せている。
 そのまま宴席が儲けられ、コーは太ももを小さな手で撫でられる度に飛び上がりそうになりながらも話を切り出した。
「花は、好きか?」
 噛みそうになりながらそう言うと、隣に座っていた茶髪の女が「うふふ。可愛い」と言って蜜漬けのサクランボを咥えさせてきた。
 コーはそれを必死で噛みながら、私兵に助けを求める。彼は酒を注文し、サクランボを食べながら頷いた。
「ここは別嬪が多いなぁ。楽しい夜になりそうだ」
「もう、お上手言って。どこのお店でも言ってるんでしょ」
「これでも好みにはうるさい方だよ」
 そう言って女性の腰を気安く引き寄せた。
(話を進めろって!)
 そう目で合図を送るが、彼は分かってる分かってる、と言わんばかりに頷くだけだ。
「で、その、なんというか……」
「お花? お客さまは好きなの?」
「いや、その……」
「ねえ、お酒飲まないの?」
 あちらこちらから声をかけられ、コーは完全にうろたえた。
 それに女達のつけている香油だろうか。甘酸っぱい香りでくらくらする。
 頭のてっぺんまで熱い、重い……と下を向いた瞬間、ふつっと意識が途切れた。

 気づくとコーは一人、ベッドのある部屋で寝かされていた。
 目を開けて辺りを見れば、狭い部屋に小さな窓が一つ。
 ベッドの寝心地は悪くない。部屋も、狭いもののかなり良い調度品が置かれていた。足下の絨毯は踏む限り肌に吸い付くような柔らかさ。
 花街でも上級の店だと聞いたが、コーの財布事情で案内された部屋でこうなのだから、高いカネを出せばもっと良い部屋があるのだろう。
 カタッ、と音がしてそちらに目を向ければ、透ける羽織りを身に纏った女性の影が一つ。
 彼女は鏡台に向かっており、ロウソクに照らされる背中しか見えない。アップにされていた髪が解かれると、その背中も見えなくなった。
(まずいまずいまずい……)
 これからの展開を考えると、コーは縮み上がる思いだった。かけ布団を強く握りしめていると、彼女の足音が近づいてくる。
 甘い香りがするが、花の類いではなさそうだと必死に意識を調査に向ける。
 その時、足を撫でる手の感触につい「うわあっ」と声をあげてしまった。
「あらごめんなさい、そんなに驚くとは思っていなくて……」
 コーは体を起こして彼女から距離を取る。ロウソクの火が揺れ、彼女の顔をうつした。
 くっきりとした大きな目に、高い鼻梁。唇はたっぷりと豊かでいながら全体的に品がある。
 街にいたら目立つだろう美女だ。
「いや、その、こちらこそ、失礼した」
「本当に寝てらしたの? せっかくお休みだったのに、邪魔をしたかしら」
 彼女の話し方は先ほどの女達と違う。落ち着いており、コーも幾分か平静を取り戻した。
 額から流れる汗を拭きながらベッドに座り直す。そっと腰掛ける彼女に目をやると、羽織りが肩から落ちて胸の谷間が露わになった。
「す、すまぬが、羽織りをちゃんと、着てもらえるか」
「ああ、これ? もしかして、着たままする方がお好みでしょうか?」
「いや、そうではなく……その、なんというか……」
 コーはわけを説明しようとした、が、その時に隣の部屋から女性達の嬌声が聞こえてくる。
 耳が茹でられたように熱くなった。
「その、部屋を、変えられぬか。ここは落ち着かない」
「どこの部屋も同じようなものですけど……気に入らないなら相談してみますよ」
「お、同じか?」
「こんなこと言うと興ざめですけど……」
 彼女はお金を手で表している。この料金ならどの部屋も同じ、という意味だろう。
「それに、お隣はあなたのお連れ様でしたけど……知人のこんな場面、確かに気になりますね。部屋を変えられるか聞いてみますわ」
「いや、その、つまり……」
「あぁ……っ! すごいぃ」
 やけにはっきりと声が聞こえてきた。
 コーはいよいよ全身が粟立ったような気分になり、財布を広げると唇を噛んで決意する。
「すまぬが、もっと静かな部屋に案内してくれ」
 彼女は頷いた。
 回廊を渡って離れにつく。
 小屋のようになっており、中は丸い絨毯に暖炉、テーブルも椅子もあり、部屋の奥、夜空が見える大きな窓に面したベッドが広々と鎮座している。
 グレイの邸にある一室としてもひけを取らないだろう。コーは感心したように頷いた。
「ここなら二人っきりです。お気に召しました?」
「ああ、うん。良い部屋だ……」
 コーがそう言うと、背中に柔らかいものが触れて形を変えた。
「あ、いや、その……」
「まだ何か?」
 女の声は徐々に甘える猫のようなものになっている。そっと手が前に伸び、腹を撫でた。
「うふふ、可愛いお腹。よく言われるでしょ?」
「いや、まあ……」
 指先がくるくる腹部をなぞる。ぞわぞわするような感覚がそこから広がっていくようだ。コーはぎゅっと目をつぶると、彼女の手を取ってやめさせた。
「ち、違うのだ。今日参ったのはこのためではない」
「あら……本当に飲んで寝るだけのおつもりでしたの?」
「いや、それも違う。訊きたいことがあったのだ」
「訊きたいこと?」
 コーは彼女を椅子に座らせた。花びらを取り出し、それを見せる。乾燥しているとはいえ、特徴的な花だ。知っていれば分かるかも知れない。
 コー達が会った花屋は、これを見たことがあると言った。ただしかなり限定されているらしく、彼が唯一見たのは、上級の花街の女が持ち歩いていたところ。
 どこで栽培されているとか、売られているとかは分からないと言った。
「ふぅん……話に聞いたことはありますけど……」
「聞いたことがある? どこで? 誰から?」
「只の噂ですよ。なんでも、これを使うと意識が飛びそうなくらい気持ちよくなる、とか」
「い、意識?」
「使ってみたい、なんて子が多かったんですけど、見たことがある人はほとんどいなかったのでただの噂でしょって……」
 彼女もかなり興味津々といった様子だ。花びらから目をそらさない。コーは危険を感じてそれを引っ込めた。
「この店で使われた可能性は?」
「んー……」
 コーが必死になって訊くと、彼女はもったいぶるように視線をそらし、指先を唇にあてて考えるふりをした。
「頼む、これで人が救われるかもしれないのだ」
「誰かを助けたいのですか? だとしたら、助かるには安すぎませんか?」
「……は?」
「だってそうでしょう? こっちだって商売が成り立たないと救われませんもの。なのに、その人は私の一晩で人生が救われる、なんて割にあわないじゃないですか」
「……いや、しかし、持ち合わせが……」
「助けたいなんて言いながら、お金を出し惜しみするの? なら本気で助けたいなんて思ってないんじゃなくて?」
「そんなまさか!」
 コーは必死に首をふった。が、そうすればそうするほど彼女の笑みが深くなっていく。
「ならどうしますか?」
「う……」
 コーは背筋に冷たい汗が流れるのを感じた。
 やりこめられた形になり、ようやく態度を間違えたと気づく。
 ここでまた彼女と会おうと思えば、コーの破産は間違いない。
 だがオニキスの信頼は裏切れない。もしかしたら無実の証明になるかもしれないのだ。
 だがないものは出せない。
 そう頭の中がぐるぐる回転し、息すら忘れていたその時に、ドアが開いた。
「おうおう、そこらへんにしとこうぜ。コー、用は済んだ。帰るぞ」
 コーにはこの時ほど彼が救い主に見えたことはない。
 用を済ませたという私兵の姿に足から力が抜けそうになりつつも、急いで駆け寄る。
「……なんか邪魔したかい?」
「まさか! すまぬ、もう話はついたそうだ。今夜はここでゆっくりするといい」
 コーは振り返ってそう彼女に言った。
 彼女は眉を寄せて腕を組み、二人を見送るとドアをやや強く閉めた。コーは回廊を歩きながら、ようやく解放された心地で夜風を味わう。
「しかし、どうやって聞き出したのだ?」
「どうってことはねぇよ。催淫の花って知ってるかい、使ってみたいねって聞いたら、おしゃべりな女の子達が噂話を自慢してくれたぜ」
「あ、そんな単純な……」
「話すなら向こうと目線を同じくすりゃいいんだ。で、だ。なんでもエラい人が持ってくるらしいね。それを酒に混ぜて飲めば、たちまち感度が良くなるんだとか何とか。若い女の子の噂ってのは、広がるのが早いんだな」
「エラい人?」
「そう。そのエラい人を探すのが肝になりそうだ。ま、こればかりは聞き込みじゃ追っかけられない。こういう店は信用第一だからな」
「なら調査は続けられないじゃないか?」
「いいか? エラい人って情報が大事なんだよ。コネクションに繋がりがあるかもしれん。一度ラピス様を訊ねてみるか」
 彼の発案に、コーは感心したように唸る。
「なるほどなあ」
「まじめなのもいいことだけど、ちょっとは悪くないとな」
 私兵がコーをからかって言い、オニキスがなぜ彼を指名したか分かった気がした。

次の話へ→Tale of Empire -白樺の女王と水の貴公子ー 第18話 雨と炎

 

 

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