グレイは牝馬のひく小さな馬車に乗っていた。
コーはその牝馬をひき、ゆったりとホリーの村を見て回る。
朝日が輝かんばかりにブドウの葉を照らしていた。非常に気持ちの良い天気である。
途中から母親に連れられた子供達が集まり、グレイに小さな花を手渡していた。
膨らみ始めたブドウの実、影を落とす葉。
支柱が規則正しく立ち並び、傘のようにひもが伸びている。そこに這うように葉っぱがまきつけられているようだ。
農民達はグレイとオニキス達を見つけるとにこやかな笑みを向けた。
グレイも目を細めてそれに応じる。
「よく育っている」
「今は誘引の作業中ですよ。子供達が参加するんですよね」
「そのつもりだ」
農民が子供達を集め、まだ何もしていないつるを取って、ひもにくくりつけていく。
「葉が重ならないようにして、どれもお日様に当たるようにするんだよ」
農夫は背の届かない少女を肩車すると、詳しく説明を始めた。
皆興味しんしん見つめ、やがて作業に参加すると楽しげな様子を見せ始める。
休憩が来ると畑を駆け回り始めた。
「本当によく育ちます。領主さ……えーと……」
「元領主だからな。爵位ももう譲った身だ、遠慮せずに話しなさい」
「ええと、そうですね。おかげさまでホリーに名産が出来て、安定した暮らしが出来てきました。果実から採れる油も良質だって、ウケが良いんですよ」
「それは何より。だが私は提案をしただけで、実際に働いたのは君らだ。ホリーを育ててくれて、こちらこそ感謝している」
「まあ、このくらいしか出来ることもありませんしね。学校が出来たおかげで、僕らの世代と違って子供らは文字の読み書きもかなり出来ます。その内、お二人の助けになれるやつも出てくると思いますよ」
「それは楽しみだ」
グレイは嬉しそうだ。
いつもより口もなめらかで、話し込んでいるようだが疲れの色は見えない。
オニキスはその様子に安堵しながら、穏やかに話す農民達の姿に何か慰められる思いだった。
奴隷として売られる女と、もてなしのため捧げられる女と。
何が違うのだろうか。
昨夜、そう思った瞬間、虫酸が走る気分になった。
あの状況はあくまでもこの村の一部だけだ。
理解しているつもりだが、それでも不快な気分はすぐには晴れない。
ブドウの葉を通る木漏れ日が、それを洗い流してくれる――そんな美しい光景だった。
「夏から秋に収穫出来ます。そうしたら一番にお届けしますよ」
「子らに食べさせると良い。自分が世話したものを食べれば、より興味を持つだろう。ワインは飲ませられないからね」
「ああ、確かにそうですね……首都へ送られることが多いので、ブドウを食べたことがない子も多いんですよ」
「それはいけない。古里のものを一番、よく理解しておかねば」
「ところで、若旦那さま……じゃなかった。領主さま」
「ん?」
「そのー、色々あると思うんですよ。なんていうか……お誘いがね。でもああいうのが全てじゃないんで……すいませんね、言葉になってなくて……」
「いや……」
「何て言うのかな、ちょっとバカなんですよ。今までけっこう、ああいうのを求められること多くて。でも、若旦那……じゃなかった、領主さまが今までの連中と同じじゃないって、いつか気づくと思うんです」
オニキスは眉間を軽く揉んでほぐすと、農夫に向き合った。
あの日、集会所の明かりは深夜についたまま。女性達がそこに行っていたのである。なんとなく勘づくものだろう。
「理解はしてるつもりだ。ただ……」
オニキスは腰に手を当て、地面に視線を向けた。
「あれでは……変わらない。期待は期待外れで終わる可能性もある。私が父のような者ではなかったら?」
オニキスの問いかけに、農夫は眉を寄せた。
そしてグレイも。
「オニキス」
グレイは釘を刺すように小声で名を呼んだ。
オニキスは手を下ろすとふっと息を吐く。
「私はそれほど我慢強い男じゃない。ある程度理解はしているが、そちらにも理解が必要なのではないか」
どこかトゲのある言い方になった、とオニキスは自覚している。
農夫は目元に陰りを落とし、首を横にふった。
「おっしゃる通りです」
「私が学ぶに恵まれた環境にいたことは確かだ。だが、それでも落とし穴はある。良いだけの場所はない。それを理解しろとは言えないが……ただ、不満が出るということは、改善出来ることがあると知っているからだろう。それは、誰かに任せてばかりで良いのか。ここを誰より知っているのはあなた達だ」
皮肉まじりの意見だが、農夫は静かに聞いていた。
沈黙がおり、ブドウの葉の落とす影も色濃くなった気さえした。
「事情を知れば、案外改善の必要がないこともある」
「オニキス、もう良い」
話が終わると、昼ご飯だと農婦達が木のつるで出来たバスケットを持ってやってくる。このバスケットもブドウの副産品だ。
昼食を終えると子供達も帰って行く。
グレイを先に帰し、オニキスはナギをともなって畑を離れる――先ほどの農夫がオニキスを呼び止めた。
夕陽にその髪が濃い黄金色に染まっている。
「ここからも必ず、良い奴が出てくるはずです。グレイさんがそうだったように、若旦那さまがそうであるように。今はまだ幼子のような村ですが、それで終わりじゃない。ブドウだってよく育ちますから、人も育ちますよ」
彼はそう言って穏やかに笑って見せた。
オニキスはようやく目元を和らげる。
「ああ。そうでなくては」
そう答えて帰路につく。
ナギが不思議そうに見上げてきた。
「なんの話ですか?」
「そうだな……君らが大人になるのが楽しみだ、という話だ」
「?」
「今は分からなくて良い」
ナギの背中を軽く押し、早く歩くよう促す。
邸が近づくと、コーが手を振るのが見えてきた。
「皆を導く者は必要なのだよ」
翌朝、食事中にグレイがそう切り出した。
コーも、コーの仕事を手伝っていたナギもはっと顔をあげた。
「何のお話ですか?」
「昨日の続きだ。お前が何を考えているか、分からぬわけではない」
「……ここを守ることは確かに領主のつとめです」
「それが分かっているなら……」
「しかし、民一人一人が育っていく必要があるでしょう。何もかも父上や私に任せきりで良いと思えません。ここに住んで、私が一つ心変わりすれば彼らはあっという間に奴隷となりますよ」
「お前はそうしたいのか?」
グレイの追求は鋭くなってきた。
コーがナギに厩を見に行くようすすめ、邸から出す。
オニキスはこめかみを押さえて視線を外に向けた。
一見平和そうに見える草原。それでも計算が働いている。
生きるためだ。
生きるため、人は欲望を持っているものだ。
そしてそれは悪ではない。
だがそのために他人を犠牲にするのは罪ではないのか?
「どうでしょうね」
「育つ必要はあるだろう。私もお前も、ずっと生きていけるわけじゃない。その時村を守れるのはその時の……」
「人にはそれぞれ得意分野があり、役割がある。導く者も従う者も、あるいは反対する者も誰も必要でしょう。だがそれは依存とは違う」
「今は村人は依存していると?」
「私にはそう見えます。都合が悪くなれば父上や私を責めたでしょう。だが簡単に手のひらを返した。子供らが帰ってきて、嬉しいのは分かる。だがその後、娘を献上するような真似をしたのですよ。あれではコネクションと変わらぬ」
「そう見えるのなら、彼らはただ、他の生き方を知らぬだけだ。今までの領主はそれを求めたからな。あの農夫が言ったとおり、こんな話はゴマンとある。そして耐えたその先にこそようやく理解が訪れるものだ」
グレイの言葉にオニキスは目をそらし、嫌なものを吐き出すように強く息をする。
「私に政治は向きません。彼らを哀れと思えない」
「思う必要はない。お前は目線を同じく出来るだけだ。だから暗部にも気づけてしまうのだろう」
「目を瞑れと?」
「そうではない。ただ放っておけば良い」
オニキスは額を抱えるようにした。そして呟くように言った。
「私にとって、ここは古里ではない。愛着もわいてこない」
「最初がああだったのだ、無理もない。だがお前は領主となった。お前の生活を支えるものはここから生み出される」
「その責任は理解しております」
「古里と思えとは言わぬ。だが避けられない事実がある」
「……まるで借金ですな」
「かもしれぬ」
ホリーの領民が納めた税金がヒソップ家の活動資金だ。グレイの言うとおり、避けられない事実が常に背中にへばりついている。
オニキスに贅沢趣味はなく、年貢や税金の徴収を単純に喜べない。
余計にその事実が重く感じられた。
「オニキス。お前の視点や考えが間違っているわけではない。良いと思うようにせよ」
「難しいことをおっしゃる。私の偏屈さはご存じのはずだ。私の”良し”は良しではないやも」
「そうか? お前の、物事の裏側や、内側に飛び込むクセは知っている。それは必要なものだ。上から下から、あるいは横から……それだけでは視点は足りない。お前の視点、それを教えるのも良かろう」
「……」
グレイが立ち上がり、これまでと言わんばかりにオニキスの肩を叩いた。
グレイの足取りはしっかりしている。ここに帰ってきてから生気が蘇ってきたようだ。
窓に目をやると、オニキスはくさびを打ち込まれたような気分になった。
――自由がお好きなのね
突然、しっかりとしているのに撫でるような声が胸に蘇る。
(殿下。私と貴女では、見ているものがまるで違う。貴女のようにはなれない)
彼女は全体を見ている。
オニキスは裏を見ているのだ。
背負える役目がまるで違うのだ。
だからこそ彼女を支えたいと思うのに。
オニキスは汚れ仕事なら引き受けられるが、綺麗な仕事はとうてい、果たせそうになかった。
***
バーチ城を出発し、2日が過ぎた。
アンバー隊長の案内のもと、シルバーが訪れたのは新しい橋を建てたいと言った、あの集落である。集落といっても人口のわりに土地は広く、鉱山があるため特に採掘工が多い。
マインサイト、とシンプルな名前がつけられていた。
バーチ兵もいるが、リーダーシップをとれる人材が育っていない。自然アンバーが率いる形となっていた。
「ここはくぼんでいる感じがしますね」
土地全体が、山の入り口あたりから徐々に削られてお皿のようになっているようだった。
向こうにかすかに見える山まで。
かなり広範囲だ。街一つ分といったところか。
「ええ。それに断層に囲まれているようです。土地自体はかなり肥沃で、使える石も多く出るとか。そのため生活自体に困ることはなかったようです」
アンバーの説明にシルバーは頷く。
「それで、新しい橋を造りたいのはここで良いのでしょうか」
集落を治めている代表の女性が頷いた。
「はい。毎年の氾濫の状況からして、ここが一番水没する危険が低いかと」
彼女が指し示したのは、エメラルド川の支流の、その脇で同じ植物が流れるように生える一帯だった。
「これはヤナギトラノオ……」
バーチらしい植物だ。水辺によく生えている。
集落は今や人も少なく、村のような規模だが、元々はバーチで最も栄えた街だったらしい。
宝石に、優れた芸術、得られる食料は質が良く、ロバではなく馬を充分に養えるほど。
その豊かさが失われたのは湖が枯れたせいだ、と人々は口伝を語る。
「湖……」
「かつてはアイス湖と呼ばれ、その名の通り冬には表面に氷が張って美しかったのだそうです。今となっては凍るものもなく、ただ草が霜でダメになるばかりですが……」
「そうなのですか……」
「あの、女王さま。もうすぐ雨期になります。橋の建造には時間がかかると思うのですが、それまではいつも通り、城か城下町に避難するということで良いのでしょうか」
「ええ。当面の生活に必要なものも用意しますが、皆も出来るだけ準備をしてきて下さい」
「はい。家畜も移動させたいのですけど……」
「そうですね……新たに厩舎を建てる余裕は今はありません。馬場も使えないし……そうだ、遊牧民の暮らしを真似するというのはどうかしら」
「遊牧民?」
シルバーは首都で得た知識をなんとか活用出来ないかと提案した。
移動の簡単な組み立て式住居だ。
アイリス国からエリカ国へ、遊牧民が行商と行動を共にする時使うらしい。
羊毛で囲まれているため中は暖かく、真冬でも過ごせるよう設計されているとのことだ。
「それは……」
女性は渋面を見せた。確かにすぐに出来ることではないだろう。知識も経験もあってこそだ。
「完璧に真似は出来ません。けど、家畜を守るために簡易的な柵を作ることは出来るかもしれないわ」
「やらないよりはいいのかもしれませんが……」
女性は眉をわずかにひそめている。シルバーは動物を育てた経験がない。こればかりは自分の意見を押し通すわけには行かなかった。
「私にとって知らない分野のことです。あなた方の意見が頼りなはず。必要なことをまとめてきて」
「え、ですが……」
「どの動物にどんな小屋が相応しいか、知らないのですよ。牧童ではなかったもの」
シルバーがはっきりとそう言うと、女性は面食らったように口を開けた。
「女王さまが裁量して下さることでは……」
「言ったでしょう。私はこの分野の専門家ではありません。私が何もかも決めて良いなら、大臣も農民も、あなたたちの声も必要ない。それがおわかり?」
シルバーの言葉はかなり明瞭だ。
女性は頬をかくと、やれやれと言わんばかりに肩をすくめる。
「確かに、そうですね」
どこか突き放すような口ぶりだった。
「こんなことは女王さまがするような仕事ではありませんね」
「自分の仕事を”こんなこと”なんて言ってはいけないわ」
「よくそんなことが言えますね。私たちは土にまみれて生活します。貴女とは住む世界が違いますから」
「ではどうしたかったの?」
「どうしたい? バーチで今日明日を生きようと思えば、自分の願望なんて持つだけ無駄でしょう」
思いがけず口論になった。女性は鬱憤が溜まっていたのか、口調はどんどん刺々しいものになってきている。
マゼンタを城に置いてきて正解だった。おそらく食ってかかったに違いない。ローズマリーもアンバーも、ただ成り行きを見守るのみでいてくれる。
「お城で守られている貴女とは違う。夢なんて見るだけ無駄です」
「わかったわ」
シルバーはそう言って、背を向けた。
「では、今日はこれで失礼します」
「女王さま」
「お城で待っているわ。なるべく早く避難するよう、皆に言いなさい」
シルバーはアンバーに手伝ってもらいながら馬車に乗る。
座席に座ると口を開いた。
「悲劇に溺れきってるのね。その方が楽だもの」
「そうしていれば誰かが助けてくれる……ですか」
「昔よく見たわ。同じようにいう人をね……彼女が同じだと思ってはいけないと分かっているけど、そんなにバーチが悪い環境だと言うなら捨ててしまえば良いのに。冬と雨期以外ならかなり快適に移動出来るわ。別に本心があるのでしょうが、それも自覚できないならこっちは何もできない」
「環境が変わる……たとえそれが良い方向だとしても、それが怖いらしいとは、殿下がおっしゃっていたことではありませんか?」
「ええ。そうでした。自ら動かない者は特にそうなのでしょう」
毎年、各街、村、集落には代表者からの報告書を送るよう言っている。
これはバーチ王代々続けていたことで、シルバーもその例外ではない。
去年の報告書には「いつも通り」とあるだけで、要望や不満の声は少なかった。この集落も同じ。「いつも通り」である。
まだ2年目のシルバーは、彼らから信頼を得ていないのだろう。仕方ない話だが、上手く行かないもどかしさについためいきが出た。
その意見を送ってくる者はスプルスを筆頭に、今バーチでも栄えている街が多い。
スプルスが裏工作をしているのは掴んでいるものの、その全体はまだ見えていない。
そして実績をあげている以上、彼の仕事ぶりは流石と言うほかない。
不満と要望はシルバーも納得がいくもので、伝統工芸や歴史遺産の保護・発展のために施設を作り、民に触れさせたいという要望は今でもよく覚えている。
また水害が発生した事後処理のため、バーチ兵を派遣して欲しいというのもシルバーはすぐに頷いたものだ。
「……お、お待ち下さい!」
シルバーが物思いにふけっていると、どこからかか細い声が聞こえてきた。顔をあげて後ろを振り向く。
ローズマリーが窓を開け、すぐに閉じた。
「少女です。身なりからして農民ではないようですが……」
「停まって」
シルバーが前の窓を開けてそう命じると、馬車は停車。ローズマリーが馬車を開け、少女を見おろすように立った。
アンバー隊長が兵士を3人連れて馬車の隣に位置する。
シルバーは扇を広げて口元を隠し、ローズマリーの後ろから彼女を見た。
13歳くらいだろうか。丁寧に結わえた髪は収穫前の穂並みのような色だ。はつらつとして美しい。
太陽光に照らされ、日焼けした頬が明るく輝く。緑色の目がシルバーをまっすぐに見つめていた。
「あの、お止めして申し訳ありません」
「構わないわ。用件は何でしょう」
シルバーがそう言うと、少女は一瞬気圧されたように目をゆらした。
スカートを握りしめ、再び見つめてくる。
「さっきの話を聞いていて……女王さまなんですよね? あの、私は、採掘工の娘です」
「まあ……」
シルバーは扇をゆったり閉じた。
父の家系は採掘工である。その技術力を買われて古く貴族に列せられた。
つい親しみが沸いて、ローズマリーに下がるよう言うと馬車から降りる。
「そうなの。それで、足を泥だらけにして私を追ってきた理由は?」
少女はシルバーの指摘に頬を染めた。シルバーはそのういういしい様子につい頬を緩める。
「実は……あの、父がずっと言っていたことなのですが、このあたり毒が出てるみたいで……」
「毒?」
思ってもいなかった言葉にシルバーは眉をよせた。
「どういうこと? そんなの、報告にあったかしら……」
「父が一人で言ってるだけなんです。誰も聞く耳を持ってなくて……ごめんなさい。確かなことじゃないから、父も誰にも言うなって……」
「それで、お父様はどうしたの?」
「引っ越しを考えてて、でも私はここが好きだし……」
「一度、お父様に話を聞いてみるしかなさそうね……今日はいらっしゃる?」
「え、えーと……」
少女は明らかに困った様子を見せた。
「その、どうしよう……」
「毒のことは言いません。ここを詳しく知りたいからってご説明申し上げるわ」
「あ、じゃあ……あの、先に家に……」
「走って帰って、またここへ戻るの? 馬車にお乗りなさい。あなたのおうちまで送ります」
そう言って馬車に乗るよう促したが、少女は足下をもじもじさせて俯いている。
先ほどの指摘を気にしているようだ。シルバーはそれと気づいて声をかけた。
「気にしなくて良いわ。さあ乗って」
ローズマリーに背を押され、少女はいよいよ馬車に乗る。
馬車とはいえ、今までと違う空間に入るのは緊張するものだ。他者の気配が染みついているため、余計に。
肩を強ばらせる少女の足下の泥を、ローズマリーが拭いてやっていた。
「乗り心地はいかが?」
「はい、あの、い、良いです」
「そんなに緊張しなくて良いのよ。おうちはどこ?」
「はい。集落の、北の方です。山の入り口あたり……」
少女の示す方に向かって、馬車は再び走り出した。
少女は名前をスズと名乗り、バーチで水害対策の話が出ているのを興味深く聞いていたようだ。案内された家は工房も兼ねているのか、なかなかに広い。採ってきた石がきちんと保管されていた。
「父ちゃん。あの……女王さまだよ」
「はあ? 何を言ってんだ?」
スズが声をかけると、隣部屋で作業をしていたらしいひげ面の男性が現れた。
衣服はぼろぼろで、汚れが全体についている。40代と思われる彼はシルバー達の姿を認めると目も口も開いて息を飲んだ。
「突然の訪問、大変失礼しました。採掘工をしてらっしゃると聞いて、一度お話を詳しくお聞かせ願えたら、と思いまして。ご迷惑ならすぐに出て行きます」
「いや、その、迷惑とかっていうんじゃ……いや、娘が失礼なこと、しませんでしたか」
「とんでもない。勇敢かつ礼儀正しいレディですね。ご自慢でしょう」
「いや、もう、俺の仕事についてくるようなお転婆ですよ……それで、その、話って?」
シルバーはローズマリーと共に、家のリビングに通された。
兵士はいささか威圧感を与える。アンバー隊長がリビングの端で静かに待機するのみだ。
「ええ。ここの土地って、少し変わっているような気がして……四方山に囲まれ、その中で中央がくぼんでいるような感じがします。どうしてか、ご存じ?」
「ああ、それはここがかつて湖だったからですよ」
「今は枯れたのですよね。どのあたりにあったの?」
「この街……今は集落ですけど、全体です」
「全体?」
シルバーは思わず聞き返した。
湖があった、とは聞いたが、皆の口ぶりからして街の一部に豊かな湖があったと思っていたのだ。
「はあ。四方の山々に囲まれた全体です。今の生活圏、元は湖の底だったんですよ」
「そんなに大きな……えっ、ではどうやってここで暮らしていたの?」
「山に入れば生活の痕跡がありますよ。湖は少しずつ干上がって、その土を利用して農業やったりしてたみたいです。まあ、一番はやっぱ竜……が枯らしてしまった、て奴。でも湖の跡で生活してるんだから先祖ってタフだったんですかね」
スズの父親は「あはは」と笑うと頭をかいた。
「竜……本当にいるのかしら」
「いたとは思いますよ。ここ、山に採掘に入りますけど、でっかい爪跡みたいなのあって……人とかそこらの獣じゃ不可能、ってのが。それに、竜人族っているでしょ。今でもなんらか、残ってるんじゃないですかね」
シルバーは目を大きく開いて目の前の男を見た。スズの父親である彼は、伝説を肌で感じるほど竜を身近にとらえている。
しかし、とシルバーは言ってしまった。
「竜人族は……竜のように体の強健な氏族という意味では?」
「いやいや。一度だけ、彼らが住むダイヤモンド山に行ったことがあったんですよ。採掘の知識を広めるためにね。ダイヤモンド山ってとても人が住めるような山じゃない。活火山だし。そこで住んでるんだからやっぱ只の人間じゃないなーって」
「会ったことがあるのですか?」
「一人だけど、案内役の竜人族の青年にはね。確かに体も強いし、ちょっと耳がとんがってるんですよね。見た目もやっぱ違うんだな~って思いましたね」
「まあ……」
シルバーは言葉を失い、ただ目を見開く。
伝説と思っていた存在が、急に身近に感じられたのだ。
「すごい。会ってみたいわ」
「けっこう良い奴でしたよ」
ローズマリーが咳払いをした。シルバーはそうだった、と表情を引き締める。
「そうでした。今は水害対策のため調査中です。何か困っていることとか、注意した方が良いことなどありませんか。もし良かったら案内して下さる?」
シルバーがそう言うと、スズの父親は背を丸めて頭をかく。言いづらいのか、うーん、と唸るようにした。
「何でも良いの。少しでも不安を取り除ければと考えているところなのですよ」
「いや、そのー、何て言うんでしょうか……」
「ちょっとした違和感でも良いんです」
スズが父親の体をつついた。それで気持ちが固まったのか、父親は顔をあげると「本当にただの違和感なんです」と前置きして、語り始めた。
次の話へ→Tale of Empire -白樺の女王と水の貴公子ー 第15話 新たな壁
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