Tale of Empire -白樺の女王と水の貴公子ー 小説

Tale of Empire -白樺の女王と水の貴公子ー 第13話 束の間の平穏

 朝、シルバーが庭園に顔を出すと、庭師が笑みを浮かべて手招きした。
「今年は薔薇がよく咲きました」
「まあ……」
 良い時期に来れたようだ。
 枝から枝に、ブーケのように赤、白、ピンク、黄色……と薔薇が咲き誇っている。
 甘い香りが風に乗って流れていた。
「すごいわ。去年よりも多く花が咲いているよう。どうしたの?」
「博士に聞いたんですよ。そうしたら、枝を切り詰めてやると良いって。伸び放題にするより、ある程度切ってやると栄養がまわりやすく、風通しも良くなるから、と」
「そうなの? 減ってしまうんじゃないかと思っていたわ」
「女性の髪と同じだそうです。毛先まで艶が出るには時間がかかる……とか言っていましたね」
「ふふふ。そうなの。博士はけっこう、ロマンチストよね」
 顔を寄せ、香りを確かめるとなんとも甘やかで爽やか。気分が良くなった。
「薔薇は朝摘む方が良いらしいですね。お部屋に飾って下さい」
 庭師は薔薇の花のあたりだけを切り取ると、水を張った皿に入れてローズマリーに手渡した。
 ピンクに白、特に花びらの美しいもの達だ。
 シルバーもこれには機嫌を良くした。
「可愛い。そうだわ、白樺の様子はどう?」
「順調ですよ」
 シルバーは鉢の前にしゃがむ。幹の色も良く、しっかりと育っているようだ。毎日見るようにしているが、それでも日ごと成長しているようで顔が変わっていくのが面白い。
「博士が人にたとえるのも分かる気がするわね……」
 葉が太陽光にきらめいている。
 これからどんどん大きく育つのだろう。そんな勢いを感じた。

 庭園から戻るとマゼンタが執務室にやってきた。シアンからの報告である。
「レッド殿は、5歳の時にバーチに移住したようです。スプルス殿がその受け入れ窓口になっていたようですね」
「ではスプルス殿に頭が上がらないのでしょうね……」
「ええ。家だけでなく、学業に仕事に、かなり手厚い保護を受けてはいたようですが……」
 スプルス達労働組合が移住者の積極的な保護と世話をしているのは知っている。
 シルバーが赴任するずっと前から行われていたことだ。これはスプルス個人というより、労働組合が慣例として行っている。
 特におかしな話ではないが、マゼンタは言葉を濁した。というより、考えあぐねているようだ。
「マゼンタ。報告の際に意見は入れても私情は不要です。あるがままを話して」
「し、失礼しました。兄達からの報告によると、住居は常に一定、学業や仕事は全てスプルス殿が決めていたようで、彼らが自発的に動いたことはなさそうだ、と」
「ずいぶん気になる内容ね。でも不当な扱いを受けていた、というわけではないのね」
「そのようです。確かに、保護自体は手厚いもののようだと。兄達はもうしばらく探ってみると言っていましたが、そうなると街や軍を見回る人員を減らさねばなりません。優先するべきはどちらでしょうか」
 マゼンタの話を聞き終えると、シルバーは顎に指を置いて考えた。
 アンバー達はそろそろバーチにも慣れてきただろうか。今のところ妨害行為はなく、彼らへの不満の声も聞かない。
 アンバーは誠実かつ慎重な性格のようだ、事情を説明すれば自然、気をつけるだろう。
「シアン達にレッド殿はじめ移住者のことを調べるよう言って。アンバー隊長へはより一層連絡を密にするよう言うわ。マゼンタ、ご苦労様でした」
「はい」
 報告を終えたマゼンタはようやく眉を開いて見せた。
「今日はこれからどうしましょうか」
 ローズマリーがティーポットをあやつり、3人分の紅茶を淹れながら言った。
「そろそろ雨の季節になるわ。今ある道路の様子を見に行くつもりだから、その予定を立てましょう。今日はお客はいないわね?」
「はい。では案内役を選びましょうか。アンバー隊長にもお話を通して……」
 ローズマリーはその名を出すと、わかりやすく喜色を浮かべる。マゼンタが呆れたように頭をふった。
「わかりやすいのね……今は仕事中でしょ」
「ずっと仕事のことばかり考えてたら人生がつまらなくなるわ。私はやることはやっているから、息抜きくらい良いの。マゼンタこそ、誰かいないの?」
「誰か? そんなの……」
 マゼンタは渋面をつくってぷいと横を向いた。彼女はローズマリーと違い、この手の話が苦手である。
 カマトトぶれない歳でしょうに。
 ローズマリーがこそっとそういえば、マゼンタは顔を真っ赤にして彼女につっかかっていった。

 午後にはアンバーへの連絡を終え、シルバーは湯殿でゆっくり過ごすことにした。
 明後日には城を出て、道路の状況を見定めに行くのだ。使える道、使えそうにない道を住民に聞くのである。道案内は博士とアンバーがやってくれるため頼もしい。
 ようやく物事が動きそうだ、そんな予感で体には力が漲ってくる。
 だが一つ気がかりなのは、「治水」の話が進まないことだ。
 会議の場でもそれを気にする余裕はない。道路のことで皆頭がいっぱいのようだ。
(よく考えたらこれを何とかしないと、根本の解決にはならない……)
 もうすぐ雨期が来る。
 その風は確実に吹いているのだ。

***

 オニキスはラピスに呼ばれ、オークションが行われていたあの邸を訪れた。
 帝国軍による調査は続行中。例の部屋は「ボス」に聞いて見つけ出したらしい。大きな絵画のその裏に扉があった。
 途中、壁の一部に黄色い粉が付着していたのを見つけた。
 彼がここを通っていったのか。
「部屋の扉をようやく解体しました」
 ラピスに案内されそこに足を踏み入れる。昼間だというのにずいぶん暗く、空気の流れも悪い。
 窓らしいものは一つもなく、扉が解体されたため空いた穴が唯一の出入り口だった。
 兵士が明かりをつけ、燭台を続々置いていく。
 明るさがマシになったところで、すぐに目に入ったのは壁一面に描かれた肖像画。
 小麦色の肌の健康的な、若い女性の肖像画だ。
 彼女の目は力強く輝き、笑みもどこか不敵である。
 身に纏っているドレスは黒で、それがあまり似合わない。が、髪に挿してある赤い薔薇はよく似合っていた。
 空気が入り込まないような部屋だったためか、状態はかなり良さそうだ。ドレスのデザインからしてかなり古いだろう。
「およそ100年前の絵……でしょうか」
 ラピスも同じ絵を見てそう呟く。
 彼女の髪は豊かな金髪。身なりにこの大きさの絵だ、身分も高かったに違いない。
「赤い薔薇……どこかで見たな」
「薔薇の髪飾りはいつの世でも存在しますから。ご婦人方には人気の花ですし」
「ええ、確かに。……しかし、絵が多いようですね」
 ぐるりと辺りを見ても、ほとんどが絵だった。
 花の絵がかなり多く、人物画といえばこの一枚である。
「特にめぼしいものがあるわけではなさそうですね……。申し訳ありません、オニキス殿。せっかくお越し下さったのに……」
「いいえ。この部屋は気になっていましたから」
 オニキスはそう言ったが、本心では村にいたくなかったのだ。
 オークションに連れ出された女子供が、ホリーの者だったということだ。
 被害者を救い出したオニキスは賛辞を受けた。
 ――勇敢な領主
 ――ホリーの守護者
 ――彼がいてくれれば安心だ
 そして当然のように続く言葉――これからもホリーを守って。
 早い話がオニキスはホリーに古里を感じていないのだ。
 物心つくころにはあの村を離れ、中央で暮らしていたのだから。
 ブドウとワインの名産地であることは知っているが、だからといってその生産活動に加わったこともない。愛着がないのである。
 ラピスはオニキスの言葉を額面通り受け取り、表情を和らげると口を開く。
「自警団の強化はいかがですか?」
「武器の扱いは理解してきたようです。体力、気力を養わなければ使い物になりませんが。それより、コネクションの動きはどうなりましたか? どこか別の村や町で、何か起きたとか」
「今のところは報告がありませんね。ただ、郵便を信用出来なくなりましたからね。兵士をどのように行動させるか、その調整でこちらも行き詰まりを感じています」
「行動を急ぎすぎたかな」
 オニキスが反省した様子を見せると、ラピスは噴き出すように笑った。
「心にもないことをよくおっしゃいます! 反省などしていないのでしょう」
「まあ、そうですがね。どこかで動かねば帝国にも相手にも何か響かせることは出来ません。言い訳ですが」
「ずるい方だなあ。陛下は怒っていませんよ。ぬるま湯に浸かったせいだ、と誰に対してか分からぬ皮肉をもらしておられましたがね」
「なるほど……」
 オニキスは皇帝の顔を思い浮かべながら、もう一度肖像画を見た。
 この女性をどこかで見た。
 確かにそんな気がする。
 もう一つ気になるのは、なぜ彼女――ブックは自分の潜入に気づいたのだろう。
「オークションや賭場に出入りしていた連中は……」
「中央で身辺捜査中です。そうそう、サンという方がいましたね。彼を売りに出した貴族の名も知れました」
「ほう」
「アイリス国に本籍があるようで、実家からも縁遠く首都で孤立していたようですね」
「では実家へ罪は問えない……ということですか」
「おそらくは。アイリス国はある意味、陸の孤島ですから。陛下もあそことの付き合いは苦手としていますし……」
 アイリス国は深い森に囲まれ、首都との流れが分断されてしまうような感覚があった。
 オニキスは一度だけ行ったことがあるが、ひっそりとした影が常につきまとうような、そんな底の知れない国だと認識している。
「とらえた連中の中に老婆はいましたか?」
「いいえ。老婆は見ていませんね。女性の客すら……ああ、一人、不思議な女性を見たと報告がありました」
「不思議な女性?」
「客ではなさそうですし、誘拐されたようでもなかったと。道に迷っただけ、と言っていたとかなんとか……」
「外見の特徴は?」
「黒のドレスに、赤い薔薇の髪飾り。ああ、ちょうどこの絵の女性に特徴が当てはまりますね」
 ラピスはそう言って再び絵に視線を戻した。
 オニキスは絵画から視線を外し、流れるように部屋を見る。
 ふと視界に入ったのは、花瓶に入っていた枯れた花。
 そして1着の黒のドレス。
 絵画のものとよく似ているが、まだ新しいようだ。そばに行って持ち上げる。
 腕に絡みつくような上質な生地。
 縫い目も美しく、相当に高級品だろう。
 このドレスを見たのはつい最近だ。
 そう、オニキスの行動に気づいていながら泳がせた、あの老婆――ブックが着ていたもの。

 色の抜け落ちた髪はすっかり白く光るようになった。
 肌はいつの間にかハリを失い皺だらけ、動くのも億劫になり、杖がなければこけてしまいそうだ。
 ブックは邸から離れ、ブラッドのもとへ獣道を歩く。
 夕方の森は木漏れ日も少なく夜と変わらない。
 この森はいつもそうだ。
 どれだけ人が入り込んでも、いつの間にかその痕跡を草が覆い尽くしてしまう。
 カラスが鳴き始めた。
「慌てておるな」
 突然前方から声をかけられ、ブックはその足を止めた。
 先ほどのカラスの群れから離れた一羽が、彼女に向かって話したのだ。
「うるさいね。放って置いてもらおうか」
「いいや。君がこれからどのように動くか興味があるのでね。しばらく高みの見物とさせてもらうよ」
「冗談じゃない。レディを監視だなどと、ずいぶん悪い趣味だ」
「君にそれを言われるとは……」
 カラスはふふんと嘲笑すると、翼を広げてその場に降り立つ。
 羽が一枚落ちた瞬間、カラスはたちまち人の姿になった。
 えんじ色のジャケットを着る、額から目にかけて大きな傷のある男の姿に。
「あんたの報告が遅れたせいで、あの黒いのが余計なところまで入り込んだよ。お陰で仕事がやりにくくなった」
「これでも一つしかない体だ。出来ることは限られてくるのでね。だが上手く逃げ出せたのだから良いじゃないか」
「逃げ出せた? 今頃あたしの部屋を詮索してるだろうよ。また仕事場を変える必要が出てきた。ブラッドにもどやされるだろうね……」
「その心配は要らぬだろう。君の特技でいくらでも彼らの目はごまかせる」
「お黙り。無限に使えるものなどないよ。あんただって黒いのに一発やられたクセに、エラそうにしてるんじゃないよ」
 ブックが杖で男の胸元をつつき、ジャケットの襟を開かせた。
 男は歯を見せて笑うと、ジャケットを脱いでその背中に広がるものを見る。
「追跡に使うつもりだったのかもな」
「失敗してくれて助かったね。帝国軍が間抜けで良かった」
「ユリの花粉……だろうな。何かと合わせて落ちないよう細工してある。蛇よけといったところか? 俺は蛇ではないが」
「早く燃やしな」
「燃やして済むものでもあるまい。いっそこれを利用するのも良さそうだ」
 男はジャケットを腕におさめ、ブックにむき直す。
「しばらく身を潜めるか……バーチに戻ろうとも思ったが、あの小僧がどう動くか、確かめておきたい。ブック、君もどうだ?」
 男は、まるでダンスにでも誘うかのようにブックに手を差し出した。
 ブックは顎を持ち上げてそっぽを向く。
「どういう魂胆なんだか……」
 そう呟くと杖に何事か囁いた。白い煙が彼女を包み込み、次の瞬間には老婆はみるみる若返る。
 金髪だけは戻らない。だがなめらかな肌は妙齢の女性のもの。豊かな乳房もしっかりと上向いて、灰色の衣服からこぼれんばかりだ。
「その姿でならどんな男も気づかない」
 男がそう褒めるように言うと、ブックはシルバーグレイの髪を器用にまとめ、薔薇の髪飾りで留める。
「100年前に処刑されたとはね」

 深夜にオニキス達がホリーの村に帰還すると、村人達は松明のもとで出迎えた。
「お帰りなさいませ」
「領主様のご帰還だ!」
「兵士の方々も、どうぞ」
 村人全員というわけではないものの、ねんごろな態度だ。当然かもしれない。
 集会所に兵士達は泊まるのだが、中には豪勢な食事が準備され、ワインも置かれている。
「ここまではちょっと、頂けません」
 ラピスと隊長がそう言ったが、村人は蓋を開けるとグラスに注いでいった。
「やめろ。ここは彼らが羽を伸ばすところではない」
「しかし、領主さま。もてなしはここの伝統なのです」
「伝統というが、兵士諸君にその伝統はない。押しつけるな」
「まあまあ、固いことを言わないで」
 女性がそう言ってオニキスにも着席をすすめ、彼の膝を撫でた。オニキスは一瞬彼女を睨むようにしたが、すぐに離れてしまったために続けて注意も出来ない。
「娘達と子供達が救われて嬉しいのです。本当に、感謝してもしきれません」
 皆が頭を垂れた。
 兵士達は皆互いの顔を見合わせたが、隊長の指示を待って大人しくしている。
 隊長はラピスと顔を見合わせ、ふっと息を吐くと口を開いた。
「ワインは飲み過ぎるな。せっかく用意してくれた食事だ、頂くとしよう」
 そう言ってグラスを持ち上げた。

 この日の兵士一団は25人だ。それほど大人数ではない。
 一人一人の横に妙齢の女性がついていた。彼女達は農民らしくなく、肩も肌もむきだしな格好でワインを注ぎ続けている。
 兵士らも徐々に酔いが回ってきたらしい。遠慮しようとするが、肌も露わな女性ににっこり微笑まれて断り切れないでいる。
 オニキスはラピスに目配せした。彼も感じ取っているらしい。すぐに席を立ち、オニキスに「話の続きがありました」と声をかけて外に出る。
 三日月の下、どこか湿ったような風がゆるやかに吹いていた。
 オニキスはようやく味わいのある空気を取り込めたような気分になり、わずかに姿勢を崩す。
「あれがもてなし……」
 ラピスは呆れたようにそう呟くと、オニキスを見て言った。
「どこの村も似たようなものですが……」
「ええ、まあ……」
 オニキスにも覚えのあることだ。各地に帝国の使者として派遣されれば、何らかの歓待を受ける。
 女性であったり、酒であったり、カネであったり……オニキスですらそれを嫌うのだ。潔癖のきらいがあるラピスはもっと嫌気が差しているのだろう。
「他に差し出すものがない、ということでしょうか?」
「どうでしょう。父のやりたかったことは、少なくともこれじゃない。ワインをつくるに適した土地だからとブドウ栽培をすすめ、学業や文化にも触れられるようその窓口を広げたにもかかわらず……いや、父も私もここを離れていたため、指導が足りなかったのですが」
 オニキスはつい庇うような、責めるようなことを言ってしまった。
 ラピスは知的な広い額をおさえ、下を見たが、顔をあげた。
「まだその歴史が浅いのでしょう。仕方ありません……貴族政治は久しく続き、彼らはずっと小作人でしたから。主に何か差し出すよう言われれば従うほかない。その慣例から抜け出られないのでしょう」
「一揆を起こすこともなし、か。起こせば正義とは言えませんが」
「アイリス国ではそれが続いたために、支配者が次々代わり落ち着かないという事実もあります。どれが正しいというわけではないのでしょう」
 ラピスの意見にオニキスは頷く。
 確かに複雑な事情が絡み合った問題だ。簡単に善悪を語れる問題ではないのだろう。
 それ自体は罪ではない、歓待が必要な時もあり、喜ぶ者が多いのも事実なのだから。
 ラピスは姿勢を正すとオニキスに向き合い言った。
「そういえば、あの肖像画ですが……今から100年ほど前のものでした」
「調べていたのですか?」
「はい。気になりましたし、何かの証拠になるかとも思いまして……絵の女性はアイリス国の王族のようです」
「王族……」
 ならばあの大きな絵を描かせるだけの根拠になる。
「その王族の絵が、なぜこんなところに? そこまではまだ判明していませんか?」
「ええ。ですが、少し興味深いですよね。100年前のアイリス国と言えば、確かダイヤモンド山が噴火し、かなりの避難民を出したはず。彼女はその避難民の一人だったのかもしれませんね」
「噴火による避難民か……王族で移住となれば、お付きの者もかなり多かったのでしょうね」
「おそらくは。しばらく調べてみますよ」
 ラピスは研究熱心だ。学院でも歴史に地理の研究に好成績を残しており、新たな発見をしては皇帝直ら表彰されていたはず。
 興味をそそられるものを見つけたなら、かなりの精度で探ってくるに違いない。
「楽しみですな」
「期待はほどほどにして下さいね。さあ、兵士ら諸君にはこれで切り上げるよう言いましょう」
 ラピスに促され、オニキスは再び集会所に戻る。
 女性の手が兵士の足や、胸元を撫でていた。
 隊長は流石に注意を繰り返していたが、彼らは守らなければならない民である。
 手荒に行動出来ずにいたようで、オニキス達を見るとあからさまに肩の力を抜いた。
「明日は早いのでしたね。これでお開きとしましょう」
「皆、夜遅いのによく尽くしてくれた。疲れが残らぬうちに帰るといい」
 そう言って手をパンと打てば、皆姿勢を正しつつ距離を置き始める。
「領主さま、良いのですか?」
「構わぬ。兵士諸君への褒美は国が出すものだ。民から搾取することはない」
 オニキスはそう言って村人達を解散させた。後には顔を赤くしながら寝床に向かう若い兵士達の姿。
 中には夢見心地の者もいる。
「我が領民が大変、失礼した。こちらの指導不足です。おおめに見てもらえるとありがたい」
 オニキスはそう謝り、ラピスと隊長に挨拶をすると邸に戻る。
 コーが出迎え、リビングで眠るナギの姿を横目にしながら自室に向かった。
 階段を昇る途中、コーを振り向く。
「父上のご様子は?」
「日に日に調子を取り戻されているようです。やはり古里の水が合うのではないかと……」
「それなら良かった」
「明後日は農民の様子を見に行くとおっしゃっておられました。若旦那さまもご一緒にいかがですか?」
「そうだな……」
 オニキスは頭を軽くおさえた。
「行くよ。そうだ、ナギも連れて行く。武器や道具の扱いばかり教えて、彼自身が兵器になるのは避けねば」
 コーは一瞬目を見開き、すぐに表情を引き締めた。
「そうですね……情操教育というやつですか?」
「ああ……」
 ナギはまじめが過ぎる気がする。
 厩での働きはすこぶる良い。馬も彼には心を許しているようだ。文字の読み書きもすぐに覚えていく。
 根が素直なのだろう。
 エリカの男は扱いやすい、というのはこういう理由からだろうか?
 彼も連れて行くのなら、他の子供達も一緒が良いだろう。明日中に参加を募るか。
 オニキスはそれを伝えると今日はこれまで、とコーに休むよう伝える。
 自室の窓を開くと涼しい風が入ってきた。
 月の位置は少しづつ変わっている。あの月からなら、この世界が見下ろせるのだろうか。
 そうだというなら、今、どれだけの者がどのような思いを抱いているのだろう。
 彼女はどうしているだろうか。
 ふと、星を思わせる髪を持つ”銀”の彼女を思い出した。
 彼女もまた上に立つ者としての責任に追われているはずだ。
 オニキスよりも重いものを背負って。
 自分とは役割も何もかも違う。だが問題から逃げず立ち向かおうとするあの瞳を思い出し、なんとも言えない気持ちになった。
(出来るなら、おそばでお支えしたい)
 それが出来るだけの能力はある、オニキスは誰に言われるでもなくそう直感していた。

次の話へ→Tale of Empire -白樺の女王と水の貴公子ー 第14話 新たな点

 

 

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