「二人だけでどうにか出来ることじゃないでしょう~」
コーが情けない声をあげた。
「内情を探るのに一番手っ取り早いだろう」
「客層を調べるんじゃ……」
「会場を見渡せるのはステージだ。第一、もうバレているなら遠慮は要らぬ。被害者を解放してオークションごと壊滅させる」
「いや、だから二人では無理ですよ!」
「二人ではない。心配するな」
「ラピス様に無理はしないようにって……」
「連絡する手立てを考える、と申し上げたはずだ」
そこまで言うと、コーは肩の力を抜いて背中を丸めた。ほっとしたのか深く息をすって、吐き出している。
「私にも知らせておいて下さいよ……」
「バカ言うな。お前の緊迫感のない顔では相手は騙せない」
「寿命が縮んだ……」
コーは顔をあげたが、口がへの字になっている。
「とにかくここを見ておかないとな」
オニキスが辺りを見渡すと、一人の男がのっそりと立ち上がった。
ロウソクに照らされるその体つきはかなり筋肉質で、背が高く見上げざるを得ない。
年の頃はオニキスとそう変わらないようだ。30前後に見える。
「あんたら、何やってるんだ?」
大地が唸るような低い声だ。が、落ち着いていて嫌味はない。
「オークションに参加する連中を調べに来た者だ」
「それでつかまったのか? 大胆なことだな」
「暇を持て余していてね」
「言ってろ。暇つぶしなぞクソ食らえだ」
そう悪態をつく男の髪は黒く、目は濃い青。エキゾチックな雰囲気はおそらく混血だろう、とオニキスは思った。
試すような目つきだが、オニキスはそれを平然と受け止める。宮殿の笑顔の裏で計算を怠らない者達よりよほど清々しいと感じる。
「俺はオニキス、こっちは従者のコーだ」
「従者? やはりお坊ちゃまか」
「たまたまだ。貴殿は?」
「俺はサン」
「サン。オークションに出されるのは初めてか?」
「いいや、俺は4回目だ」
「4回……毎回、ここでか?」
「いや、あちこちで開くんだ。エリカで行われたことはないようだが……アイリスは、あそこはずいぶん頻繁なようだ。俺の仲間もやられた」
「仲間……貴殿はアイリスの者か?」
「さあ」
「さあ?」
「俺の両親は首都の貴族に飼われていた」
サンは淡々と語り、オニキスはチッ、と舌打ちしたが頷く。
(首都で堂々とよくこんなことが出来たものだ)
それをなぜ見逃していたのだろうか。
「俺は力が人より強いらしい。それで主の方が制御出来ず、売りに出されたが売れ残ったってわけだ」
「そういうことなら、かなり昔からこの商売があったってわけだな」
「当然だ。いつの世も綺麗なばかりじゃない」
「その貴族の名……名字は?」
「いや、知らん」
「そうか……何か特徴など、覚えていないか?」
「特徴……」
サンは眉を寄せ、斜め上を見るようにした。何か思い出そうとしているようだ。
オニキスは返事を待ったが、彼は首を横にふる。
「悪いが、そうだな、ワインが多かった、くらいにしか……」
ワイン愛好家の貴族は多い。オニキスはふっと息を吐き出すとその場に座った。
「ワインの顧客の邸宅を調べれば何か出てくるはずだろう。なんとか陛下に抜き打ち検査をするよう言うか……」
「皇帝に会えるような地位にいるのか?」
「一応はな」
「皇帝はよく考えず行動を起こす問題児だと」
「それは貴殿の主の言い分か?」
「愚痴らしいものを聞いたくらいだ。実際はどうなんだ?」
「問題児……否定は出来ないが、かといって考えのないお方ではない。平民であっても実力があれば登用させるし、爵位に名字も与える。貴族連中のパワーバランスが崩れているのを知って、改革を起こす必要性があると理解されている方だ」
「平民であっても、か……」
「没落していった貴族達の復権も……それがどう転ぶかは分からないが……」
「どう転ぶかはそいつらの今後次第だ。皇帝が人を見る力があるなら、それが本当なら……」
サンの言うことに、オニキスは興味をひかれて眉を持ち上げた。
「彼ら次第……」
そう声にすると、何やら胸がスカッとする気分だ。
「そうだろう。もしあらゆる国民にチャンスがあるといなら、ここで生きていくのも多少は面白い」
サンが言った一言にオニキスは返す。
「チャンスは常になければならないんだ」
「理想論だな」
「かもしれん。だが、チャンスを自ら手放して世話をしてくれと願う者もいる。……自称弱者にも横暴なところはある」
「そうだな……」
サンが深く頷いた。
それを今まで黙っていたコーが額の汗を拭ってたしなめる。
「お二人とも、口を慎んだ方が良いかと……厳しいお言葉は不興を買いますよ。それに、誰もが好き勝手出来るものでもありますまい」
「好き勝手の話じゃない。一つの事実だ」
「個人の意見を認めないのもどうかと思うぞ」
オニキスとサンが二人同時に話したため、コーはいよいよ額から大粒の汗を噴き出した。
「コーは経理と従者の管理責任者でもある」
「そうか。それ相応の扱いを受けているなら良いんじゃないか」
「サン。君は高潔な魂を持っているようだ。必ず助け出す」
「いや、すまんがもう期待はしないことにしたんだ。俺は俺でチャンスを待つつもりだ」
「それは立派だが、一人で何もかも背負う必要はない」
「若旦那さま……政治的に偏った意見は己の首を締めます。そろそろおやめ下さい」
「心配性な従者殿だ」
サンがふっと笑った。
オニキスは両手をあげて降参だ、とふってみせる。
「分かった、分かった。もうやめておくよ。俺もまだまだ若輩者でね、意見が過激に走りがちなようだ。確かに気をつけておかねばならん」
コーが見るからにほっとした表情を浮かべた。反対にサンは表情を引き締める。
「だが、助け出すと言ったな。具体的にどうするつもりなんだ? この人数全員か?」
「ああ」
「無理だろう。いくらなんでも……」
「俺達がやるべきは二つだ。まず彼ら、そして動物たちを保護する。それと、オークション参加者の捕縛。タイミングを計れば可能だろう」
「しかし……」
「手の者を奴らのもとに忍び込ませてる。もう動き出してるはずだ、そろそろやるか」
サンとコーが顔を見合わせた。オニキスは先ほど部屋へ押し込んだ男から受け取った小型ののこぎりをジャケットの袖口から取り出す。
金属の可能性もあったため、のこぎりは二つだ。
「やれ」
コーにのこぎりを渡し、オニキスは枷の内側を削らせた。
力を入れれば割れるところまで。木を削る音が響き、何事かと皆の目が向いた。
「何してるんだ?」
「脱出のための準備だ。皆にも協力を頼む。上手く行けば全員、助かるぞ」
オニキスの言葉に数人が目の色を変えた。
だが全員ではない。
戸惑い、不安、無関心……といった表情が浮かんでいる。
「無茶言うんじゃねえよ」
細身の男がそう言い、顔を背けた。
「無茶?」
「ここから出られる、なんて嘘に決まってる」
「そうだよ、どこに逃げる場所があるっていうんだ」
「第一、今更なんだよ」
ざわざわと不満の声があがってきた。
サンは冷静な顔つきでそれを見ていたが、やがて首を横にふって座り直す。
オニキスは皆の不満の声が止むのを待った。
ここで止めても仕方がない。
ロウソクの火が呼気で揺らめいても、オニキスが表情を崩すことはなかった。すると――「ねえ、助かるってどういうことなの?」
鋭く響くような女性の声が石造りの部屋中に響く。
サンの目がそちらを向き、オニキスも追うようにして彼女を見た。
隣の部屋から、木枠越しに一人の女性がこちらを覗き込んでいる。
大きな目に形の良い唇。波打つ黒髪は艶めいて、引き締まった体の線は成人女性の色香を放っている。
「ジャスミン」
サンがそう呼んだ。彼女の名前らしい。
「ここから出られるって言ったわね?」
オニキスは頷く。
「君らが協力するなら、全員で出られるだろう」
「どうやるの?」
「君は乗り気なのか?」
「あたしの質問に答えるのが先でしょ。そっちの言い分を聞いてから乗るか乗らないか決めるわ」
もっともな意見にオニキスは頬を緩めた。
かなり気丈な女性なようだ。
オニキスは彼女の側に移動すると、のこぎりを手渡す。
そして全員に聞こえるように言った。
「いいか、まずオークション自体には皆出る。それで油断を誘うんだ。帝国軍とは連絡済みで、彼らは会場の周りに配置された」
「どうやったの?」
「俺の部下があいつらの一味に扮してる。それで帝国軍を招き入れるのさ。会場内で一暴れしてやる。帝国軍が入るまで持ちこたえればそれで終わりだ」
「あたし達は帝国軍に保護されるっていうこと?」
「そうなる」
ジャスミンは木枠を掴む手に力を込めた。口を噤んだが、目がきらめく。
「良いじゃない、これでこんな環境からはおさらば出来るわ。あたしの妹分を買った奴らをボコボコにしてやる」
「だが、成功するのか?」
サンは冷静な声をしてそう言う。オニキスは腕を組んで彼を見据えた。
「成功させる」
サンは顎をさすって渋面を作った。
どこまで信じて良いのか、探っているようだ。
「皆の枷に8割ほど切れ目を入れる。いざとなったら自らの手で割れるようにな。ただし奴らにバレないよう、内側に入れろよ」
オニキスはもう一本ののこぎりを手に、側にいた色白の男に手を差し出した。が、
「やめろよ。俺はやらねえ」
「何故だ? 自由になりたくないのか?」
「自由になったって……いいか、俺らがどんだけ長くこの生活を続けてきたと思ってる? いきなり自由だ、なんて言われても……」
どうしたら良いか。消え入りそうな声でそう言って、彼は視線を落とした。
「なら奴隷でいた方が良いと?」
「古里だって俺ら貧民を救うつもりなんかないんだ。土地は荒れ果て、移住者が幅を効かせてる。俺は動物を売ってたけど、気づいたんだよ。俺自身が商品になって、金持ちかお貴族さまに飼われた方が安全だってな」
「動物の密猟者だったのか?」
「そうだよ。あそこには白い獣がいて、首都じゃ珍しい、可愛いとか何とか言って高値で売れたんだ。でも、古里に帰ったって雪に閉ざされれば厳しい生活しかねえ。カネがあったっていい暮らしになるわけじゃない」
白い獣。
オニキスはかつて部下が渡してきた毛皮を思い出した。
――確かオコジョ、イタチ、クダギツネとか呼ばれている――
「バーチの者か」
「なんでわかった?」
「毛皮を見たんだ、純白の。……君も雪国出身者の肌をしている。バーチはそれほどまで落ちぶれているのか?」
「何も知らねえんだな。良いか、あそこは何年も前から歯車が狂ったようになったんだ。湖が枯れ、エメラルド川は氾濫、作物もまともに育たねえ。移住者のせいで元いた俺たちが食いっぱぐれ、皆手をこまねくばかり。何が皇族、何がバーチ王だよ。移住者を入れ、なおも俺たちから搾取し続けるあいつらこそバーチをおとしめた張本人じゃねえか。なのに帝国軍の助けを待て? 保護? 皇族こそ俺たちを食い物にする野獣だろ!」
そうだ、そうだ、と声が上がり始めた。
石で出来ているためよく響く。オニキスはロウソクの火が一つ消えるのを横目で見て、ふっと息を吐いた。
「言いたいことはそれだけか?」
オニキスがそう言うと、皆オニキスを振り向いた。ジャスミンとサンも、しっかりとオニキスを見ている。
「お前がそのイタチを運ぶために利用した道は誰が造ったものだと思う?」
オニキスは膝をつき、彼の目線に合わせるとそう訊いた。
「お前が出したゴミを、掃除するのは誰だと思う? 学校や、畑、ケガや病の時に利用する病院は? タダの飲料水に、井戸に、誰もが利用する川の、その堤や水門は、誰が、どうやって、何のために造ったと?」
彼は何のことか、と言わんばかりに眉を寄せ、オニキスを見た。が、その目はどこかうつろだ。
「軍が何からお前達を守るか、考えたことは?」
「事実、被害にあってるじゃねえか」
「なら訊くが、どうやって罪を犯していた? 影でこそこそやっていたんだろう? それに、お前が捕らえたというそのイタチは……この頃珍獣扱いだ。意味はわかるか?」
「そりゃ、珍しいからだろ」
「珍しくなった理由について、考えたことがあるか? お前のような密猟者のせいで、繁殖相手をなくしたせいだろうな。帝国が造った安全に舗装された道を使って、帝国が造った井戸の水を飲んで、帝国の誰かが耕した作物を食べて、それらに文句を返す誰かに遠くの土地までさらわれた。……なあ、別の国の食べ物や、作物の種はどこから運ばれてきた? 誰がもたらしたものだと思う?」
オニキスがじりり、と距離を縮めると、彼はお尻を浮かせて一歩ずつ下がった。
「ああ、不平不満をもらしてばかりの奴は、何も知らねえんだな」
オニキスがそう言うと、ただでさえ静かだった空間がより静まる。冷たい空気すら流れていた。
「バーチの湖がなぜ枯れたか、知っているか? まあ、知らぬだろうな。知らぬ者ほど語りたがるものだ」
オニキスはそう言うと立ち上がる。膝についた汚れを払うと、振り返った。
皆オニキスの目から逃げるように下を向く。
コーとサンだけがこちらを見ていた。
「君らが買われたい、というなら、もう止めはしない。別の策で逃げたい者だけ救うことにしよう。だが、よく考えておけよ。人を物として買うようなお貴族連中や金持ち連中が、善人のお人好しだと思わないことだ。彼らが欲しているのはよく働く奴隷だからな。成長のない奴を囲っておくほど律儀じゃない。使えないと知れば外に捨てるだろう」
耳が痛くなるほどの沈黙が降りた。
オニキスはコーの枷に割れ目を入れ、サンのものにも入れた。ジャスミンも行動を開始したが、それが聞こえるほど辺りは静まりかえっているということだ。
だが今、何か言ったところで只の誘導にしかならない。オニキスは何も言わないまま、壁に背をもたらせて腕を組んだ。
沈黙を破ったのはサンだった。
「皆、出よう。皆でな。今まで知らなかった世界に飛び込むのは確かに怖いが、それなら知れば良いだけだ。俺たちで道を切り拓いていけば、それでいいはずだ。違うか?」
皆は息を吐き出す。が、何人かは顔を持ち上げ、サンを見た。ジャスミンが再び顔を出す。
「ねえ、あんた達は良いわよ。男だもの。あたしの姉妹達はもうとっくにお嫁に行けない体にされたわよ。暇な金持ち相手か、奴隷同士子供を作らされてね。うまく逃げ出せたって外で別のやつにつかまったら結局同じ。何人も見てきたはずでしょ? 忘れたの?」
「ジャスミン……」
「皆のためにもあたし達は違う道に進むの。じゃないといつまでたっても繰り返すだけよ」
ジャスミンはオニキスに向かってウィンクを投げ飛ばした。愛嬌たっぷりなそれは夏の太陽のような明るさがある。
「少なくともその人、危険を犯して助けに来てくれたみたいよ。言い方はアレだけど……」
「性分だ。すまない」
オニキスは両目を閉じて顎を引く。
「どっちにしたって生活が保証されるわけじゃない」
「帝国軍ならまだマシだ。カネを持ってる」
「ジャスミンの言うとおり、俺の妹もやられた。一緒なら逃げたいと言ったはず」
「サンのアニキなら俺たちを見捨てたりしない」
ひそひそと相談する声が広がっていく。明るい波紋が広がるように、落ち込んでいた気配が徐々に消えていった。
「他にも被害者はいるのだろう。これは氷山の一角に過ぎない。後で事情を訊くから、協力してくれ」
オニキスはのこぎりをサンに渡し、その場に腰を下ろした。
先ほど一味に扮した私兵が見回りに現れ、オニキスに報告する。
オークションが開かれるのは夜だという。賭博で楽しみ、酒が入った状態でのスタートだ。酔った方が判断力が鈍くなり、購買力が高まるためだろう。
護衛役もつくそうだが、1人につき2人まで。客の人数はおよそ15人。相手は最大で45人相手だが、こちらは女子供まじりで42人。
後は潜入した私兵が帝国軍を会場に入れ、参加者を捕縛する。
それまで持ちこたえれば良いのだ。
「オニキス様、彼らが協力するので勝機は出ましたが、こうなることは予測済みでしたか?」
コーが耳打ちしてきた。心配顔を隠さない彼は、皆を見渡しながら首を傾げるばかりだ。
「まさか」
「はあ?」
「被害の全貌など予見出来るか? その場その場で判断せねば。これはプラン2だった」
コーは明らかに「呆れた」という顔をしている。オニキスは何のことはない、と頷いて見せた。
「プラン1は?」
「参加者にこれをぶつけて、追跡の目印にして脱出する」
オニキスはブーツに仕込んでおいた小ビンを取り出す。
中に詰まっているのは洗っても落ちない、濃い黄色の花粉だ。珍しい花なので言い逃れも出来まい。
「帝国軍にもこれを追うよう連絡しても良かったが……まあ状況が状況だ。巻き込んで悪かった」
コーは情けなく口角を下げ、仕方ないと項垂れるように頷いた。
夜の気配の中、木々はわずかな風に葉をゆらしている。
賭博場で賭け事に興じる者達の中、窓を見ていたオニキスの元で仕えて長い私兵は、ふっと息を吐き出した。
燭台の火を小さなロウソクにつけ、それをランタンに入れる。
「小便に行ってくる」
そう言って、コネクションに雇われた連中の酒くさい下卑た声を聞きながら外に出た。
欲望に淀んだような邸内と違って、林は清々しい空気に満ちていた。まるで人の営みなど気にしていないようである。
ランタンに布をかぶせ、森をしばらく歩く。布を3回、開いては閉じた。
カサッと音がしたのは頭上だ。見上げると細身の軽装の男がランタンに明かりを灯した。
帝国軍の歩兵だ。腰に下げているのは短めの剣である。屋内で長剣、槍は不利だろう。
「どうだ?」
「邸の出入り口は3つ。玄関、地下へ続く出入り口、3階に通じるはしご」
「窓は?」
「全階の東西南北に2つずつ」
「逃げる道も多いってわけだな……オークション会場は?」
「4つ扉がある。オニキス様にもお伝えしたが、『何とかする』とのことだ」
「何とか……信じて良いのか?」
「ああ」
即答すると歩兵は首を傾げて見せた。
「しょせんお坊ちゃんの暇つぶしだろ?」
「肩書きでしか判断出来ないのか? まあいい。ここで言い争ってもせんない」
「主人に似て口では逃げ腰だな」
私兵はその一言に胸元がざわつくのを感じたが、主の「言いたいだけ言わせておけ」の一言を思い出す。
ざわつきを吐き出すように息を吐いた。必要なことだけ話せばいい。
「状況を見て言えよ。簡単そうに見えても油断すれば後悔することになるぞ。被害者の保護が第一だからな」
「分かってる」
通路に敷かれている織物は柄も細かく、靴に踏まれても痛みが少ないようだ。
オニキスは皆と一緒にそこを歩きながらそれに感心していた。
コネクションにはかなり目利きがいるのだろう。貴族も成金も満足させるのはこういうことか。
「これを首に下げろ」
酒臭い男が皆に木の板を下げていく。番号が書かれていた。
「数字は読めるだろ?」
そう赤茶色の髪の少年に皮肉っぽく言って、頬を撫でた。
「ほら、歩きな。先にガキからだ、一人ずつな」
「一人一人か? ずいぶん効率が悪いな」
子供らが半べそで歩きだそうとした時、オニキスが挑発的に言った。男の目が向く。
「それだと客から文句も出るだろ? 前のより、後のやつの方が良かった……カネの無駄遣いをした……と言ったところか」
「おいおい、人のやり方にケチつけんじゃねえよ」
「顧客を満足させないと次の商売に繋がらないんじゃないのか? 俺なら全員、一気に並べるがね。それなら胴元は時間の節約にもなるし、客は見比べが出来る。良い取引になると思うが」
オニキスが息継ぎなしに説明すれば、男は片眉を器用に持ち上げ、「ちょっと待ってろ」と場を離れていった。
「おい、目をつけられるんじゃないか?」
サンがそう耳打ちし、オニキスは頷く。
「俺に注目を寄せた方が後がやりやすい。良いか、会場の出入り口は4つ。そこを押さえる必要がある。君にその一つを任せたい」
「なら俺にも目が行くようにした方が良いだろう。後の2つは?」
「部下達がやるさ」
話を聞いていた青年達がオニキスに近づく。
「俺たちもやる。サンのアニキほどじゃないけど、人数があれば酔っ払いぐらい、何でもない」
「助力はありがたい。だが、無理はするなよ。参加者を殺してもダメだ、奴らの仲間を探すのが難しくなる」
「殺してもダメだって?」
青年達は眉を寄せ、口調を強めた。
「落ち着きなさいよ、被害者も連中も、ここにいるだけじゃないのは知ってるでしょ?」
ジャスミンがそう言って諭すと、皆不承不承頷く。
「俺の部下はあいつらに扮してる。見分けはつかないはずだ。出来るだけ攻撃には参加せず、奴らが逃げないようにし、捕縛に協力してくれれば良い」
オニキスはジャスミンを振り向いた。目が合うと彼女に言い含める。
「子供らと女性陣を頼む」
「わかった」
ジャスミンは力強く頷いた。
「気をつけろよ」
サンが声を低くして彼女に言う。
「わかってるわ。そっちもね」
親しげな様子にオニキスは眉を持ち上げた。サンの肩に手を置いてジャスミンに聞こえないよう言った。
「……お優しいことで」
「うるさい」
サンは目尻に皺を寄せ、不機嫌な顔を作って言った。
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