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Tale of Empire -白樺の女王と水の貴公子ー 小説

Tale of Empire -白樺の女王と水の貴公子ー 第10話 影の中へ

 ブックという老婆から情報を引き出せるだろう、とオニキスは狙いを定めた。
 今のところオニキスと被害者救出の関係は疑われていない。
 森に入りスキンヘッドの男に会うと、次は荷物の運搬を命じられた。
「上質な鉄だな」
 オニキスは一つの鉄塊を手にする。重みも色も良い。まだ加工されていなかった。
「これから必要になるんだそうだ」
「これから?」
 鉄といえば生活に必要になって久しい。農具始め、調理器具などにも使えるためどこにいっても買い手がつくだろう。
「鉄塊で売ることに意味があるのか?」
「まぁな」
「これで矢でも作るつもりか」
 かなりの量を作れるだろう。そう言って皮肉っぽく笑ってみせると、スキンヘッドの男も口元をにやつかせた。
「武器だけじゃなんともならんよ」
 幌をかけ、荷台の縄をしっかり結ぶ。
「早い話が盗難防止だ。これだけあっても仕方ないだろ、鍛冶屋がいないと何にもならん」
「確かにそうだな。で? いつものようにブックに引き渡せば良いのか」
「ああ。ブックはあんたを気に入ったそうだ。あのババア、顔の良い男を別ルートで売るらしい。気をつけておけよ」
 スキンヘッドの男はそう言ってにやにや笑うと前払い金をオニキスに渡して立ち去った。
 そこに現れたのは、以前人質代わりに置いていった私兵である。
「若旦那さま」
「何か掴めたか?」
「ここで取り扱っているのはこの鉄塊、薬草、人、それと動物です」
「動物?」
「珍獣と言われるもので、一部の愛好家が好んで飼うのだそうです」
 違法でとらえた獣というなら、生態系に影響が出るだろう。だから正規ルートがあるというのに、売り手と買い手の勝手な考えでそれが壊れていく。
 貴族の狩りだとて、本来は人の世界と動物の世界の境界線を引くための行いで、野蛮な趣味から始まったものではない。だから彼らの子供は大切にされるのだ。
 無知な者に犯してはならない聖域を汚されている。
 オニキスは舌打ちしたい気分になったが寸止めした。
「なるほど。珍獣の元の生息地などは分かるか?」
「現在調査中です。ですが、この白い毛皮」
 彼が持ってきたのは爪ほどの大きさ。切り取ってきたのだろう。
 雪のように真っ白、毛はまっすぐで長く、細い。雪国の動物のものだろうか、とオニキスは思った。細長いネズミのような、猫のような愛らしい動物がバーチにいたはず。
「まさかバーチの……」
「かもしれません」
「愛好家ね……。毛皮趣味がいるのか」
「毛皮も雪国で過ごすためなら必要でしょうが、このあたりはそれほど雪深くありません。趣味かもしれませんね」
「ああ。引き続き頼む、ただし注意しろよ。下手をして警戒心を強められたら面倒だ」
「はい」
 オニキスは彼の肩を強めに叩いた。

「ブックのところに帳簿があるはずだ」
「奪いますか?」
「いや、それはやり過ぎだろう。まずはそれを借りる。書写すればいい」
「はっ」
 帝国軍の斥候が早馬で駆けてゆく。
 オニキス達は服装を変え、堂々と国道を走った。
 ブックの質屋で鉄塊を渡す。彼女の手元には何冊か本があり、荷物を受け取ると開いて記入している。
 あれが帳簿だろう。オニキスはそれに目をつけ、しかし見ないようにした。
「前の商品が奪われてねえ」
「前の?」
「男が3人、いただろう。良い働き手になると思ったんだけどねえ」
「エリカの男は確かに頑丈だからな」
「そう、そして学がない。ちょっとそそのかせば何でもやるような奴らさ」
 ブックはさも残念そうに言った。
 オニキスは追求はしないよう、話の流れに合わせて頷く。
「何でも、か。それは良いな。俺も一人は手下に欲しいもんだな」
「だったらカネを払わなきゃね……だけどなんだって間抜けな帝国軍にバレたんだか。誰かが情報を流したのかね?」
 ブックの目がオニキスをじっと捉える。黄ばんだ白目、にごった青い目。
 オニキスは彼女の目をそらさず、心持ち眉を持ち上げる。
 今、彼女は「帝国軍」と言ったか?
 なぜ知った?
「帝国軍が気づいたのか。あんたはどう思ってるんだ?」
「あたし? さぁ。ブラッドが調子に乗ったフシはあったね。誘拐をやりすぎた」
「誘拐ということは、人手を欲している連中がいるってことか?」
 オニキスの後ろから帝国軍兵士が硬い声で言う。オニキスがきつく睨むと彼はバンダナを深く被りなおした。
「そんなことまで興味ないね」
 ブックはつまらなさそうに言って、金をオニキスに渡す。
 倉の鍵を持ち、ブックが立ち上がった。オニキスは先ほどの兵士を一瞥し、彼女についていった。
「エリカの男は頭が悪いのか」
「そうだよ、物書きも出来なくてね。いや、金持ちや貴族は別さ。あそこは教育を受けてる。問題はそこらへんの連中だよ。戸籍もないからどれだけの者がさらわれたか、把握してないだろうし」
 ブックが話だし、兵士がそっと帳簿を取る。その場で書写を開始した。オニキスはブックに質問を重ねる。
「さらわれた先で、言うことを聞くばかりになるってわけか?」
「そういうことさ。そこで奴隷同士子供を作らせる。働き手を減らしたくないんだよ」
「最低だな。で、今回の鉄塊は一体何なんだ」
「鉄は使い道が多いんだよ。どこに行ったって売れるさ。商売のお仲間でさえも買っていくんでね、用途は不明だ」
「良い鉄じゃないか。どこで仕入れるんだ?」
「あんた、教えると思うかい? 商売がたきになって苦労するのはそっちだよ」
 ブックはにんまりと笑う。オニキスはそれに合わせて笑みを作った。
 鉄塊を倉に納める。広い倉の中をざっと見渡したが、今回人はいないようだ。獣の気配もない。
 ブックに言われるまま奥まで運び、窓から差し込む光で見える埃を目で追いながら口を開いた。
「ブック」
「なんだい」
「俺が何か買いたいと言ったら、応じるのか?」
「ん~……うちの商品は高級品だよ。あんたに支払えると思えないね」
「そうか? 人を見た目で判断しない方が良いな。そうだな、女か子供だ。将来性のありそうな」
「へえ。どこの国の女が良いんだい。バーチのなら肌の白いのが多いよ。バターのような肌触りとか言って、好む男は多いね」
「ウィローはどうなんだ」
「あそこは物静かなのが多いね」
 各地で誘拐が行われているようだ。オニキスは眉を一瞬寄せたが、ふいっと横を向いて腕を組む。
「子供は? 小間使いにしたいのだが」
「だったらアイリスの子が良いよ。あそこは頭の良いのが多いからね」
「どこで買うんだ」
「オークションさ」
「いつ開かれる?」
「月末に、賭場で。招待してやろう」
 オニキスは頷くと倉を出る。
 兵士らはぶらぶらとした様子を見せていた。

 オニキスはホリーの邸で報告書をまとめた。
 鉄塊、誘拐、オークション、珍獣、何でもアリなグループ犯罪、いやコネクションだ。書き写した帳簿を見る限り、活動範囲はアッシュ帝国全体に広がっている。
 ずいぶんなめられたものだ。どこかで宣戦布告する必要があるのではないか?
 帳簿のうつしをもう一つ作り、一方を報告書に添える。
 明日の朝一番に早馬を走らせる予定だ。
 嫌な気分を払拭しようと窓を開けると、いつも変わらぬ位置で輝く星が見える。
 清々しい、時期によって青白く見えるあの星を見ているとシルバーが思い出された。
 今どうしているだろう。
 ふと薔薇のような香りが鼻腔に蘇る。彼女の肌の柔らかさ、そのなめらかな舌触り、甘えるような声、目元。
 体に生じた熱をさてどうしたものか、と口元を緩ませソファに背を預ける。
 指に絡む彼女の髪の感触を思い出す。
 ピンブローチが燭台の炎できらめいた。

 自警団の訓練が始まった。春らしい花の香りが漂う風の中、防具のぶかぶかな若者達が広場に集まっている。
 集まったのは23人。ナギの姿もあった。
 オニキスはその訓練を私兵に任せたが、帝国軍兵士も監督として一人つくことになった。よく言うならば、皇帝陛下のお墨付きといったところか。
 柔軟体操が始まり、そのかけ声が聞こえてくる中オニキスは皇帝からの使者と集会所で会っていた。
 穏やかな顔立ちをしている使者――ラピスはオニキスと同じ学院の卒業生で、後輩にあたる。
 没落貴族の末裔だが皇帝に気に入られ取り立てられた。
 彼の家の名が落ちた原因は根も葉もない噂話だ。先代皇帝に弓引かんとしている、という。
 そのため名字を取り上げられた過去がある。
「人をオークションで売り買いしているようです」
 オニキスがそう付け加えると、ラピスは柔和な顔をきりりと引き締めた。何度か話したことがあるが、彼の正義感は確かなものがある。
「オークション……となると客層は限られてきますね」
「よほどの金持ちでしょうね。今度潜入する予定です。顔ぶれが確認出来るかどうか……」
「おそらく代理人を立てる可能性が高い。無理はなさらないことです」
 ラピスの指摘にオニキスは頷いた。
 代理人。
 確かにその可能性は高いだろう。
「嫌な話ですね。いつの世も腐った部分がないわけではありませんが……」
 ラピスの声にトゲが生じた。彼もまた宮殿では辛酸を嘗める思いをしているはず。オニキスは彼のどことなく甘さを残す横顔を見、口を開く。
「絡む樹がなければ蔓もまた伸びまい」
 オニキスがそう言うと、ラピスはぱっと顔をあげて眉を持ち上げる。誰の話をしているか、わかったはず。
「斜陽に照らされた影は長いが、あっという間に夜に消えていきます」
「そういうことでしょう。あまり思い詰められるな」
「オニキス殿はどうなのです。見合い話も多いのでは? この際相手の懐に飛び込むのも一つの手ですよ」
「ご冗談を。私は縛られるのが嫌いでしてね」
「そうですか?」
「ラピス殿は?」
「今はそれどころではありません。まず家を立て直しませんと」
 ラピスがそう言った途端、オニキスは何やら虚しい感じがして曖昧に笑った。
(つまらない)
 何がかは分からない。ただ、ラピスともやはり何らかの壁があると分かった気がした。
「ホリーは良いところですね。ブドウ畑に、学校、病院も国道もきちんと機能している」
「ええ。父のやりたかった事が実を結んだのでしょう。チャンスを下さった陛下には感謝してもしきれません」
「民が育つことが今上陛下にとっても必要なのです。こういうとホリーの方々には冷たいかもしれませんが……」
「いえ。物事はあらゆる面から見なければいけない。陛下にとっても良いことならそれで良いのです」
 オニキスがそう言うと、ラピスは頷いた。
「オークション会場はどちらです?」
「当日案内するとのこと。帝国軍に連絡する手立てを考えておきますよ」
「はい。では報告を待ちます。ですがくれぐれも無理はなさらないように」
「肝に命じておきましょう。ラピス殿も用心なされよ。どこにならず者がいるかわからない」
「ええ」
 ラピスが席を立つ。オニキスは彼を見送り、斜め上から刺す日差しに目を細めた。
(もうすぐ雨期だな)
 そんな事を考え、ふと真剣なまなざしで授業を受ける彼女を思い出した。
 バーチは今頃どうなっているだろう。
 若い者達が声を出しながら走って行くその音が背中に聞こえる。
 夕方の、曖昧な世界の境界線に自分の影が伸びていく。
 邸に戻る途中、それがもう一つついてくるのを見ながら厩舎に戻った。
 黒駒に水をやりながらたてがみを撫でる。気性が荒いが、頑丈でオニキスと気が合う馬だった。
 彼にフェザーと名付けたのはその軽やかな足取りからである。
「フェザー、お前はどう思う? 俺が偏屈なのだろうか」
 そう呟くように問うたところで、フェザーは知らん顔だ。オニキスの答えを必要としない独り言とよく知っているのだ。
「一人一人の自覚が足りないと感じてやまない。何かに縛られてる、というより、何かに縛られたいと思える」
 というより、人生の世話を求めているのだろうか。あるいは一人になりたくないから「大勢」に同化したいのだろうか。
 どちらでもないのかもしれないが。
 フェザーが頭をふってオニキスの髪を鼻先でついた。
 後ろを見ろ、というフェザーの合図だ。
 足下に影が伸びている。スカートの広がる裾。女性だな、とは分かっていた。
「何か用か?」
 振り返らないまま声をかけると、影の女性は一歩下がる。
 人をつけ回しておいて、何もせず時間を浪費するつもりだろうか。
 オニキスはため息をつきたいのをこらえてフェザーの毛をすき始めた。
 ナギの仕事ぶりは丁寧で、厩舎は以前より綺麗になっている。
 良いことだ、オニキスはそう感心する一方、だから奴隷を求めるのかと思うと胸に毒が回る気分を味わう。
「自分の手に余るならしなければ良い」
 もしくは礼儀と対価を払うべきだ。
「あの……」
 か細い声が足下に落ちる。
 影の彼女はもじもじとスカートをたぐり寄せ、意を決したのか一歩前に進んできた。
「あの、若旦那さま」
「聞こえている。用は?」
 オニキスが鋭く言えば、彼女はまた一歩下がった。
 少しの間、沈黙が流れ、オニキスがフェザーの抜け毛を落とす。
「あの……その、む、村のこと。お礼をどうしても言いたくて……」
「礼なら不要だ」
「ですが……あの、若旦那さま」
「話は終わりだ。陽が落ちる前に帰れ、襲われても文句言えんぞ」
「ええ。あの、構いません。若旦那さま!」
 彼女は何と言った? オニキスが眉を寄せ訝しんでいると、彼女が突然その場に跪いてオニキスの足に抱きついてきた。
「何をする」
 武器の類いは持っていなさそうだ。顔立ちも良い、若い女。
「あの、私、こんな気持ちは初めてです。どうしてもお伝えしたくて……」
「無礼であろう、離せ」
「嫌です。若旦那さま……」
 彼女は甘えるような声でそう呼んだかと思うと、オニキスを見上げてきた。
 真っ赤な頬、潤んだ目に、熱い吐息をもらす腫れたように色づく唇。期待に満ちた女の顔にオニキスは意図を察し、顔を背けた。
「私、こんなこといけないって分かっています。でも、どうしても、あなた様に焦がれて止まないのです。夜も眠れなくて……」
 彼女は夢見心地にそう語り、胸をすり寄せてくる。その慣れた手つきにオニキスはいよいよ不機嫌を顔に出した。
「あさましい。自分が何をしているのか、わかっているのか?」
「わかっています。でも、抑えられないのです」
「いい加減にしろ。俺は品のない女は嫌いだ」
「本当にそうでしょうか。私、これでも村では求婚者も多いのです。でも、誰も嫌でした。自ら村人を助けに行かないで、勇敢さもなくて」
「そう言うならお前が首都まで訴えに来れば良かったのだ」
「そんな……。ねえ、こちらの領主様でしょう? 村の娘をめとった方が良いに決まっています」
「ずいぶん、口が立つな」
 オニキスは口調を強めると、夢に浮かされたような目をする彼女の顎を掴み、上向かせる。
「いいか、良く聞け。たとえ誰かをめとる必要があったとしても、お前のような卑しい女は願い下げだ」
 ギッ、と睨みつける。
 オニキスの目を真正面から見た彼女は、はっと息を飲んでその場にへたり込む。一瞬で夢から覚めたような顔になり、みるみる青ざめていった。
「……従者に送らせる。そこで待っていろ」
 彼女の脇を通り過ぎ、コーを呼ぼうと邸に足を向けた時、こちらを見ないようにしていたナギの横顔を見つけた。
「訓練は終わったのか」
「……はい」
「今見たことは言うなよ。彼女の名誉に関わる」
「はい」
 ナギはしっかりと頷いた。

 例のオークションが開かれることになり、オニキスはブックの案内で町外れの宿にいた。
 衣服は礼装に近いものの、武器の類いは受付が預かりずいぶん腰が軽い。
 彼女は用があるから、とオニキスを待たせてどこかへ行ってしまった。
 宿は一見すると清潔で、一流のよう。働いている者たちも制服は皺なくくたびれてもいない。
 ロビーは埃一つ見当たらないほど。後ろめたいいことなどなさそうだ。
「公人も利用していそうですよ」
 一緒に来たのはコーである。
 宿泊者名簿をこっそり借りたのだ。名字つきの名士が多いようである。
「彼らも関わっているのでしょうか」
「調べてみる価値はあるかもな。カネも持っているだろうし」
「では帝国軍に……報告は今は出来ませんね」
「ああ」
 怪しい動きを見せられない。
 オニキスは衣服を正すふりをして名簿を戻し、ブックを待った。
 ぐるりと視界を移動させれば、目に入るのは恰幅の良い、上等なえんじ色のジャケットを羽織る男性。肌の白さは雪国の男を思わせる。
 なんとなく彼を見ていると、小さな足音が聞こえてきた。
 振り返るとブックが黒のドレスを身に纏い、杖を突きながら歩いてくる。シルバーヘアは頭頂部でまとめられ、赤い薔薇の髪飾りが挿してあった。
「ドレスアップか」
「待たせたね、行こうか」
 ブックはさも当然、とオニキスの腕に自らの手を預ける。
 杖をつく彼女の歩幅に合わせて歩けば、向かうのは宿の裏手。林の中に道があり、そこを歩いた。
「商品は何がある?」
「人、酒、珍獣、宝石ってところさ」
「客はどんな奴らが来る?」
「ずいぶん知りたがりだね。そういうのは長生きしないよ」
「そうか? 知らずに対策は立てられまい。俺はライバルの存在を知っておきたいんだ」
「ふぅん。なら、一つだけ言っておくよ。それらを必要とする連中さ」
 町から離れるに従って、木陰が濃くなってくる。
 葉を踏んだ音が聞こえる。が、すぐにおさまった。オニキスは一瞬だけ後ろに意識をやり、次にコーを見た。
「あそこだよ。普段は賭博場でね、下品な連中だけじゃないよ、遊びに餓えてるお貴族様も来るのさ」
 ブックは立ち止まり、杖で指し示した。
 3階建ての石の邸。地下もあるのだろう、階段が伸びている。
 オニキスが見ているのは裏口からで、玄関は見えない。が、馬車が集まっている様子なのは伝わってきた。
 オニキスはブックを見おろす。
「なるほど」
 そう頷いて言えば、ブックはオニキスを見上げてにんまりと笑った。
「気づいていないと思ったかい? これでもこの世界で長く生きてるんでね」
「で? 俺を売るつもりか……フッ」
 オニキスはつい口の端を歪めて笑った。コーが腰を探る。が、武器は受付が預かったとしるや素手でブックを押さえようとし――オニキスがそれを手で制した。
「囲まれてるさ。大人しくしてろ」
「自分で言うんじゃ、世話ないね。その通り。悪いがここで商品になってもらうよ。二人とも、無傷ならなかなか高値で売れそうだ。楽しみだよ」

 屈強な男達にオニキス達が連れてこられたのは地下だ。
 昼間だというのに石で出来た壁は光を通さず、暗い。燭台の炎が来訪者の生む風で揺れ、影をうつした。
 中から人の呼気が聞こえてくる。
 石を彫って作った部屋に、罪人さながら木の枷をつけられた者達が押し込められていた。
 格子戸から覗く姿は、上等な衣服を身に纏っているにもかかわらず貧相に痩せている。
 若い男が多い。
 それと、子供の姿もちらほら。ナギと同じ赤茶色の髪。
 若い女性の姿もあったが、それほど人数は多くない。
 それに、動物たちの匂いがする。見れば鎖で繋がれていたが、傷を負わせないためかかなり待遇は良さそうだった。
「若旦那さま……」
 コーが油断なく周囲を見渡している。
「俺が注意を引きつけます。若旦那さまはお逃げ下さい」
 オニキスはコーの忠心に感じ入ったが、悠然と構えて振り返る。
「必要ない」
「ですが……え?」
 コーの表情が変わった。驚いている、というより、お小言を言う時のようだ。
「せっかく入り込めたんだ。ゆっくりしていけばいい」
「はあ? あっ、まさか……」
「ああ」
 男が多い部屋に通され、ガチャン、と格子戸に鍵がかけられた。
 汗の匂いが充満する中、じろじろと遠慮ない視線を浴びながらオニキスはにやりと笑う。
「わざと?」
 コーが拍子抜けしたように言った。

次の話へ→Tale of Empire -白樺の女王と水の貴公子ー 第11話 影の中の太陽

 

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