Tale of Empire -白樺の女王と水の貴公子ー 小説

Tale of Empire -白樺の女王と水の貴公子ー 第9話 点

 首都で郵便係が掴まった。
 オニキスはホリーの邸でその報告を受け、集会所に村人を集めるとそれの発表をした。
「手紙の中にはカネが入っていることがある。それを自身の小遣いにしているのを盗賊連中に見つかったらしい。黙っておいてやるから、その代わり被害を訴える手紙を捨てるよう言われた、ということだそうだ」
「手紙はどうしたんですか?」
「燃やしていたそうだ」
 オニキスが報告書とともに受け取った書状の断片を村人はじっくり見る。
「見覚えは?」
「この印は、確かにここのですね」
「カネを盗んだことも重罪だが、それに重ねて人さらいの手伝いをしたようなものだ。彼は厳罰に処されることだろう」
「それで、その、被害者はまだ……」
 彼らが気を揉むのはもっともだ。オニキスは頷くと地図を広げて説明を始める。
「最初に入った寄り合い所、それから隣町、ここらは移動に便利な場所だ。幹部が管理者をつとめ、すぐに被害者を各地に送っている。足取りを追うのはかなり厳しい」
 オニキスは石を一つ一つ置いて、拠点から放射線状に広がっていく様子を現した。
 指示一つで被害者は西にも東にもやられるのだ。ブックという老婆の口ぶりからして、気まぐれに場所を変えているわけではないだろうが……。
 つまらなさそうにしていたナギが、目元を厳しくして近くに寄る。
「君はエリカから来たんだったな」
「はい」
 エリカは南方の、かなり首都から離れた土地だ。
 乾いた大地を超えて行く必要があり、相当な覚悟と準備が必要なはず。
 補給するための拠点もまだあるはずだ。
「水も食料もバカになるまい、相手は相当手広くやってるはずだ」
「すぐには解決しそうにないと?」
「……ああ。だが、隣町を出て、買い手の手に渡った段階でエリカの被害者3人は救い出された」
 先日の青年達だ。オニキスは潜入捜査の邪魔にならない所で、被害者を助けるよう帝国軍に連絡したのだ。上手くやってくれたようである。
「一体どういう連中なんでしょうか」
「人の必要とするものを運んでいる、という感じだな。人間も動物も植物も……」
「それは薬物ですか?」
「それもあるかもしれない。私らはまだ、彼らからすれば新参者だ。簡単には見せないだろう」
「若旦那様は危険ではないのですか?」
 村人の疑問にオニキスは顔をあげた。
「自分の身くらい、守れるさ」
「……いえ、その……疑っているのでは、なく」
「分かっている。心配は不要だ。それより、自警団の訓練はどうなんだ」
「今は募集中です。16人は集まりましたが」
「そうか」
 ナギが見上げてきた。言いたいことは何となくわかる。
「武器もそうだが、野営など生きるに必要な道具類の扱いも覚えさせる。興味があるんだろう?」
 ナギを振り向けば、彼は目を輝かせ、神妙な面持ちのまま頷いた。
「彼も参加する」
「良いのですか?」
「教える時は3人だろうが10人だろうが一緒だ。出身に関わらず、志願する者は受け入れよ。ただしならず者が入らないよう、審査はしっかりやれ」
 この日はこれで解散、とオニキスは言って邸に足を向けた。
 西日が影を伸ばし、後ろから伸びていたもう一人分の影が重なってくる。
 振り返るとナギが追いついてきた。
「どうした?」
「あの、俺、ずっとタダで食わせてもらってて……」
 ナギは視線を下に落とした。目の力の強い少年だが、どことなく弱気なのかすぐにこうしてしまう。
「その、色々教えてもらうのに、何も出来てないから……何か手伝えないかって……」
「働きたいのか?」
「はい。その、馬の世話は、割と得意、です」
 オニキスはやれやれと自身の首を撫で、腕を下ろすと「ついてこい」と言った。
「私のところは気性の荒いのが多いぞ」
 そう言って背を向けると、慌てたように小さな影がついてきた。

***

 神殿は安全な場所に建てられることが多い。
 神を祀るのだ、それに相応しい場所でなければならず、自然災害の時にも崩れない所を選んでいる。
 シルバーは道路を造るならそれ沿いに造るのが良いのでは、と提案したがやはり反対された。
「神々の周辺を騒がして良いとお考えですか?」
 神官の一部からはそう言われたものだ。
 だが一方では「命を守るためですから神も喜ばれるでしょう」と賛同も得ている。
 こればかりははっきりとした賛否両論があるだろう。わかってはいたが、まるで折り合う気配のない話し合いにシルバーは頭痛を感じた。
 おそらく話は平行線。シルバーは神殿沿いは考え直した方が良さそうだ、と判断し、お開きとした。
「でも巡礼にも国道は必要ですわ」
 ローズマリーもその意見だった。
「参拝路がそのまま街道になったこともある。首都への道は、それが下地なのよね。星を辿って行き着いた、ということだもの。春と秋を告げる道もそうよ」
 そしてそれが暦に繋がっていく。
 シルバーは今となっては伝説、神秘、と位置づけされるものが本来はかなり現実的なものだったと知って以来、周囲との意見の齟齬を感じていた。
 守るだけでなく、活用すれば良いのだ。必要なものだから続いていくはずである。
「道路の位置なんて難しい話ですね。殿下、なかなか厳しいんじゃありません?」
「本当よ。かといってスプルス殿のように自分の周辺ばかり潤うこともしたくない」
「でも殿下。みな平等は不可能です」
「そうね。その代わり、不便な所に住む者は減税対象にするつもり」
「あら……天秤の使い方がお上手ですわね」
 ローズマリーはベッドを整えると天蓋を開き、香りの良いハーブを焚いた。甘くさっぱりとした花の香りが部屋に漂い始める。
「薬草学は面白いわ」
「殿下の性に合ったのですねえ。頂いた白樺も元気ですし」
「良かった」
 ローズマリーが退室し、シルバーは一人ベッドに寝転がる。
 薔薇に似た甘い香り。
 それを胸に取り込むように吸うと、思い出されるのはあの夜のことだ。
 オニキスの鼓動、手の強さ、体温、匂い。
 体が一気に熱くなり、ごまかすように深く息を吸ったが却って胸はどきどきと弾むよう。
 机の上には清々しい白の羽。
 胸に押し込まれた時の、ぞくぞくとした何かが走る感覚を思い出し、また熱い息が出てしまう。
(困ったわ)
 自身の胸を宥めようと撫でると、くすぐったいような官能が呼び起こされた。
 シルバーは抗いがたい誘惑に身を任せ、脚をそっとすり寄せる。
 春の夜風が天蓋をわずかにゆらしていた。

 アンバー隊長が部下を連れて城に戻ってきた。
 彼は始めこそ慌ただしく現場に向かったものだが、一通り安全を確保した、と報告する様子は溌剌としている。
「新たな橋を建設する必要がありそう?」
 シルバーは以前聞いた、集落の様子を改めて確認する。
 アンバーは頷いた。
「丸太を組んで緊急用に使えるようにはしましたが、今後のことを考えると早急に造って欲しい、と要望がありました」
「そこは確かに増水する可能性が高そう。もしそうなったら雨期に取り残されるかもしれないわ。橋を造るにも位置から考える必要があります」
 アンバーは個人的な意見は控えている。彼の職務はあくまでもアッシュ国民を危機から救うことである。政治に関わってはいけない。
 それをよく理解している男のようだ。
「どうもありがとう。お陰で集中して課題に取り組めるようになりました」
「資材を運ぶまではお手伝い出来るでしょう。その時までは国道の見回りをしております。何かありましたらお申し付け下さい」
「ええ。頼りにしていますよ」
 アンバーは折り目正しい礼をして出る。
 騎士ではなく、爵位もないはずだが、好人物だ。
 彼と入れ違い現れたのはシアンだ。帽子を取ると膝をついて頭を垂れた。
「シアン」
「気になることがあり、まずお耳に入れたいとご報告に参りました」
「何があったの?」
「口調になまりのある者が増えております」
 シアンの報告に、シルバーは首を傾げた。
「バーチに移住してきた者がいるの?」
 ローズマリーに訊くが、彼女は肩をすくめる。
「あくまでも気になる、ということです。帝国軍に対して何か反発を見せる者は、今のところおりません。スプルス殿の所も静かにしております」
「それなら良いわ。引き続きよく見てきて」
「はっ」
 シアンを追うように、マゼンタが駆け寄っていった。
 シルバーは地図に記された集落を見つめる。
 山の裾のにあるその集落は、かつて湖があったという場所のほど近くであった。

 アンバーがそれを見つけたのは偶然である。
 ウサギを一匹発見し、今日の夕食に、と追ったところ、やせ細った男が数名、牛の世話をしているのを見たのだ。
 よく見れば木々の間に家らしきものが見える。
 だがここ周辺は住居を構えることを認めていない、危険地区のはずだ。
 そこから煙があがっているが、火事ではないだろう。食事の支度中といったところか。
 そしてもう一つ、問題は彼らがどう見てもバーチの者ではない、ということだ。
 赤茶色の髪、日焼けに負けない小麦色の肌。
 エリカ地方出身者の特徴を持っている。
 部下が一人近寄ってきた。アンバーは木陰に身を潜めるよう言い、様子を伺った。
 家から一人、出てくる。
 若い女だ。こちらは中央の者らしい薄い亜麻色の髪。表情は厳しく、エリカの男から牛乳を受け取るとすぐに家に入る。
(何かおかしい)
 一見何事もなさそうだが、漂う緊迫感。
 アンバーは部下についてくるよう合図し、ひそやかに行動を開始した。
 エリカの男達はぼろ靴をはいている。衣服も汚れ、顔には生気がない。気になったのは左足首につけられた金属製の枷だ。
 窓の下につくと、物音が聞こえてくる。食器を運ぶ音。
 どうやら人数は少ない。窓を覗き込むと、指輪をつけた図体の大きい男が一人、椅子にどっかりと座って先ほどの女の運ぶ食事に手をつけている。
 テーブルに並ぶ食事はずいぶん豪勢だ。
(まるで主人と奴隷だ……)
 若い女はやはりやせ細り、表情は険しい、というよりも無だ。着ている衣服こそ町娘のような可憐なものだが、足首にはやはり枷があり、良い関係ではなさそうだ。
 エリカの男が近づいてきます、そう部下が小声で言って、アンバーは移動した。木々に再び身を潜める。
 その時、悲鳴があがった。女の声だ。
 アンバーは突入を指示、ドアを蹴破ると短剣を構える。屋敷内で長剣は使えない。
 先ほどの女が指輪の男によってテーブルに押さえつけられている。
 男の目がアンバーをとらえた。
「誰だ、てめぇ」
 男の下で女が必死に見上げてきた。助けて、と唇が動く。
「アッシュ帝国軍の者だ。悲鳴が聞こえたのでな」
「軍人だろうが、俺ん家で何が起きようが関係あるめぇ」
「お互いが同意なら、そうだろうが。第一にここは住居として認められていないはず。第二に外の男達はまともな生活が出来ていないようだ。第三に少なくとも彼女は嫌がっている」
「ぐだぐだうるせえな」
 男が立ち上がった。
 後ろで部下が弓を構える。アンバーは彼女の保護が優先だと言い含め、一歩進む。
「おい、おい。それ以上近づくんじゃねえよ」
 男は女の腕を取ると、首筋にナイフを突きつける。彼女の顔からどんどん血の気が引いていった。
「軍人さんよ、か弱い民草を守るのがお仕事だろ?」
「女を盾にして恥ずかしくないのか?」
「うるせぇな、ここは俺の家だぞ。そしてこいつは奴隷だ。どうしようと俺の勝手だ」
「アッシュ帝国で奴隷は認められていないぞ」
「偉そうに言いやがって。ナイト気取りもいい加減にしな、きれい事が通用すると思うんじゃねえぞ」
 ナイフの先端が彼女の首筋にたてられる。その瞬間にアンバーは短剣の鞘を上に向かって投げた。
 男の目がそちらに向く。
 部下の弓が鳴り、男の足下に刺さった。男がバランスを崩した隙にアンバーは踏み込み、女を保護する。
 短剣を男の太ももに刺した。これで動けないはず、笛を吹いて部下を呼ぶと、女を連れて外に出た。

 アンバーからの報告を受け取ると、シルバーはシアンに事件の解明を命じた。
 被害にあっていたのはエリカ出身の男が4名、中央出身の若い女性が3名だ。皆一様にほっとしたような、疲れ切ったような顔をしていた。
「奴隷が売り買いされているということね」
「首都からの連絡によると、田舎ほど頻発していたよう、とのことです」
「バーチだけではないということね。そうね、エリカの者や中央の者までさらわれているようだから……まさかバーチの者までさらわれた可能性も?」
「シアン殿の報告を待ちましょう」
 アンバーは冷静だった。シルバーはそれに頷き、彼に礼を言った。
「あなた達のお陰で無辜の民が救われました。どうもありがとう」
「これが我らのつとめです。陛下にご報告申し上げ、駐在期間を延長しましょう」
「ですが、お疲れではありませんか」
「このような事件が起きているのであれば、我々が動かなくてどうします。それに、彼らを無事護送する必要もあるでしょう。早速手配いたします」
「ええ。その準備が整うまではこの城で預かっておきます」
 アンバーはしっかりと頷き、そのまま出て行こうとしたところ「良ければお手伝いします」とローズマリーに声をかけられ足を止めた。
「は、いや、しかし」
「気になっていたんですの。兵舎代わりに使っているのは倉庫でしょう? 風通しが悪いかもしれない、と」
「いえ、仕方ありません。避難民のため兵舎を開けておくのは良い決断だと……」
「ええ、ええ。もちろん。殿下の民を慈しむ心に間違いはありません。そうではなく、私も少しでも快適に過ごせるようお手伝いがしたいのです」
 ローズマリーは早口に言ってアンバーの腕を取った。
「何かご不便はあります? 良ければ兵士の皆さんにもご意見を伺いたいわ」
 ローズマリーとアンバー、二人分の足音が遠ざかっていく。
 シルバーはマゼンタを振り向き、彼女と目があうと目を丸くした。
「全く、ローズは……」
 マゼンタは呆れたように言った。

「だから言ってるだろ。あいつらはバーチの路上で行き倒れてたんだって」
 アンバーがとらえた指輪の男はそう言って鼻を鳴らした。
「どこかの誰かがあんたの所に連れてきたんじゃないのか?」
 シアンの厳しい口調にも首を横にふるばかりだ。シルバーはアンバーに言って、牢屋で行われる彼の事情聴取に臨席し、寒気を感じる腕をさすりながら聞いていた。
「知るかよ。ただ、行く所がないって言うから、俺のとこで働かせてやるってことになったんだよ」
 男が嘘をついている様子はないようだ。だが、不法住居に人権侵害。徴税から逃れながらバーチの農民の畑から盗みを働かせていたなど、見逃せない罪が多い。
「全く……とにかく彼らの体力の回復を待って話を聞くことにしよう」
「おいおい、もういいだろ? 行く当てのない奴らの面倒見てやったんだぞ。善良な市民に対してひどいじゃねえか」
「奴隷のようにこき使うことが面倒を見た、と? 第一あんたは国民でも市民でもない、無戸籍者だ。その上盗みを働かせた。あんた自身もずいぶん、やってたんじゃないか?」
「言いがかりだって」
「この指輪はどうなんだ。ええ? ずいぶん立派なものじゃないか。あんたが自分のカネで買ったものだとは思えんな」
「母親の形見だよ」
「女物にしてはずいぶんでかい」
「チッ」
 男は唾を吐き捨て、シアンを睨みつけた。
「良いかい、貧乏人が生きていこうと思えば、こうするしかないってことがあるんだ」
「それは単なる言い訳だろ。バーチは確かに豊かとは言えない状況だが、それでもまっとうな生活を続けている者がいるんだ。いわゆる善良な市民がな」
「きまった事を言うんじゃねえよ。どいつもこいつも偉そうに言いやがって……」
「その指輪が母君の形見であるという証拠は?」
 シルバーが口を開いた。男の目が向く。ぎらついて、野生の獣のようだ。
 シルバーはそれをしっかり見据えた。男がイライラしたように歯を見せる。
「ねえよ。あったって信じるもんか」
「では嘘だと認めるの?」
「おい、姉ちゃん。生意気言ってんじゃねえよ、俺は元々バーチの民だぞ。なのに、外から来た奴らに畑を奪われ、家を失った。だから同じことをしてやったんだよ。それで責められるのは俺だけか? そんなバカな話があるかよ?」
「それが本当なら、バカな話よね。でも、それと人を使って盗みを働いたことは話が別でしょう。私が聞いているのは、その指輪のこと。確かに上等品だわ。かなり骨董品みたい」
「うるせえ。見るんじゃねえよ」
「大切なものなのね」
 シルバーは男の隣に近づき、枷をつけられた手を見た。
 泥の食い込んだ爪、ごつごつした節だった手は確かに労働者のものである。白金の太陽を象った指輪は中指におさまり、女物と考えるには大きすぎる。
「元は農民なのですね」
「そうだって言ってるだろ」
「お母様は?」
「中央の出だよ。嫁いできたんだ。この指輪を持って」
「ではお母様というより、お母様の家に伝わるものだったのかしら」
 シルバーがそう言うと、男は唇をぐっと噛んで目をそらした。
「シアン、指輪は彼のものなのでしょう。それと、彼と同じように仕事や家を追われた人々がいるはずだわ。そちらも探す必要がありそうね」
「御意」
 シアンの行動は早かった。アンバーに後を任せる、と言うとすぐに出て行く。
「どうなさいます?」
「とにかく、盗みを働いたことと働かせたこと自体は罪です。あなたはかつての自分と同じ思いを誰かにさせた」
 シルバーがそう言って立ち上がると、男は不服な面持ちで見上げてきた。
「俺だけが罪人なのかい」
「いいえ」
 シルバーが首をゆっくり横にふると、彼は頭を抱えるようにして深く息を吐き出した。
「誰もが被害者みたいなものです」

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