Tale of Empire -白樺の女王と水の貴公子ー 小説

Tale of Empire -白樺の女王と水の貴公子ー 第8話 挑戦

 一方、バーチには100人の兵士が到着した。
 率いるのはアンバーという45歳の男性だ。顎髭の立派な紳士、という印象をシルバーは受けた。
 栗色の髪は波打ち、日差しを浴びて輝く。年よりも若々しい。ローズマリーが目を輝かせた。
「まず道を塞いでいる倒木などの撤去をお願いします。それが出来た所から道を均して、移動しやすいように整えるよう」
 シルバーがそう告げると、アンバーは恭しく礼をしてさっそく仕事に取りかかる。
 資材を乗せた牛車を牽き、部隊を分けると地図を持って出立していく。
 頼もしい後ろ姿にシルバーは安堵の息をもらした。
「素敵な方ですわ」
「ローズマリー。あなたわかりやすいのね」
「目の保養です。殿下も都で良い出会いがあったのでは?」
 ローズマリーの突然の指摘にシルバーは眉を顰めた。
「なぜそう思うの?」
「目の輝きです。以前よりもきらめいておられますもの」
 ローズマリーはシルバーよりも年上だが、時折少女のような気配を見せることがある。
 シルバーは額をかくとくるりと背を向けた。
「とにかく、バーチに住む専門家達の話を聞きに行きましょう」
 そう言って出かける準備を整えた。

「まず、古い木が多いですな」
 最初に樹木に携わる者がそう言った。
「古い木が多いと、どうなるのですか?」
「こいつら栄養を吸わなくなるんです。人と一緒ですね。年取るとなかなか体が動かんというか。水も吸わんので、地中で水分が溜まって腐るんですよ」
「根っこも弱くなる」
「土を掴まなくなるんです。空気も淀んでる感じするでしょ?」
「それでいてでかいから、若い木に太陽があたらん。太った老人みたいなものですな」
 様々な意見が出てきて、シルバーは理解するのに間に合わない。頭がぐるぐるまわる感覚を味わった。
「えーと……水害対策には山林の管理が大切、ということですね?」
 シルバーが何とかそう結論づけると、専門家の一人が頷いた。
「まあ、それでよろしい」
「具体的に、どのような協力があれば助かるとお思いでしょうか」
「木が育つには時間と金がかかります。後は管理する人の手と。……知識はこっちで授けられますけど。以前、女王様が白樺を育てたらどうか、と言ってましたが、あれは一つには正しい。材木としては利用価値は高いです。ただ、いかんせん寿命は短いし、根が弱いところがある。植えられるところと植えてはいけないところがある。そういったことを理解するつもりのない奴らがいてるんですよ」
「理解が足りないことが重要課題ということかしら。時間、お金、知識に対する」
「多分、そうだと思う。今木を利用ってなったら、薪にはいいと思います。ただ家とか、あるいは土木工事とか、そうなったら弱い。そういう方面ではカネになりにくい」
「林業をきちんと知らせていくことが、私達に出来ることのようだわ。その、講義と言えばいいかしら。それをお願いしたいのですが、誰か手を挙げて下さる?」
 シルバーがそう提案すると、彼らは互いに顔を見合わせた。
「どこでするんですか?」
「大人数集まれて、そうね、出来れば年齢も身分も一切関係がないところが良い。城で、と思いましたが、それよりは生の木に触れられるところが良いかもしれない。ごめんなさい、今思いついたことを話しただけなの。何も決まっていません」
「まあ、俺らのやりやすいところでなら、やりたい気はしますけどね。バーチは昔、綺麗な風景の国だったんですよ。太陽の当たる白樺の樹皮に、湖面の光がきらめいてね。いつの間にこうなってしまったのか……」
 皺の深い彼がふと寂しげな様子を見せた。
 シルバーはバーチは昔、という一言に強く興味を引かれて身を乗り出す。湖もあったとは。
「バーチの昔の姿を私は知りません。若い世代は知らない者が多いのではありませんか? それも伝えるのが良いかもしれないわ。良ければお話を聞かせて下さる?」
「昔のことですか? そりゃ、綺麗なものでした。エメラルド川は確かに氾濫はするけど、それで盛り上がってきた泥は山から流れたものでしょ、これを使うと作物がよく育ったんです。今は住居が増えてなかなか難しいけど、水害が水害じゃなかった、というかね」
 そういう農業のやり方がある、とはシルバーも知っている。頷くと続きを促した。
「湖があったのですか?」
「そう。白樺の森があったんですよ、そこに青ーい湖があってね。波も滅多に立たない、穏やかな湖でした。そこに竜が住んでて、バーチを守ってるって話でしたね」
「竜? それは裂け目に住んでいる、のでは?」
 シルバーは初めて聞いた物語に目を見開いた。
「裂け目というのは、その竜がある時つがいを亡くしたんですね。それで赤い涙を流してしまったんですよ。赤い涙がこれ、岩も溶かす。竜を退治しないとバーチが滅びる、みたいになった。それで永い間戦って、ようやく湖から裂け目に追いやることに成功したんですね」
「湖はどうなったの?」
「干上がったんです。その赤い涙のせいで……みたいな伝説があるんですよ」
 懐かしいな、とその場が盛り上がる。どうやらバーチの民には馴染みある物語のようだ。
 シルバーはまだまだ知らないことが多い、と改めて気づく。
「バーチはどれだけの人を養えると思いますか?」
 そう訊くと、彼らは腕を組み、頭を押さえ、それぞれ考え出した。
「はっきりした人数は分かりません。けど、まあ、今は余裕があると思います」
「そうなのですか?」
 意外な返答だった。
「とにかく水を何とかする。そうしたらバーチは昔みたいに戻れるんじゃないかと思います。湖……は復活するか分からないけど、池とかね。そういうのが出来たら、農業なんかも上手くまわる気がするし……」
「馬もいてる。移動が楽になったら交易とかも出来るでしょ、売り手買い手のバランスが取れるようになったら、今仕事にあぶれてる奴らをそこに充てたらかなり安定するんじゃないかな」
「子供が多いわ」
「きっちり教育することです。生きるために必要なことをね。そう考えたらいい機会かな、と。将来への希望というかね」
「移住してきた流民が多かったでしょう、それについてはどうお考えなのですか?」
 そう言うと、皆深く息を吐き出した。あまりいい表情ではない。
「正直、最初は嫌でした。不作法で、盗みも多かったし、治安が悪くなった。土地を巡っての争いも起きたからね。……とはいえなあ、バーチから人がいなくなる可能性もあるでしょ、ここは雪で閉ざされるから。子種ってのは必要なんですよ。そう考えると、否定ばかりも出来ない。実際子供は増えた」
「学生として首都に出て行った者達の事は?」
「応援してやりたい気持ちはある。向こうでの暮らしもある。各地との交流は必要っていうのも理解出来る」
 そう答えた男の顔を見たが、どうやら思うところがありそうだ。
 だが言いづらいのだろう。シルバーはひとまず頷くに留めた。
「彼らから支援金を頂くことになっております」
 そう言うと、彼らは顔をあげた。ぱっと目に光が差し込む。
「忘れたわけじゃなかった」
 そんな呟きが聞こえてきた。

 講義は実際に開かれることになった。
 木々に関わってきた者はそれぞれ意見を出し合い、披露してくれるという。
 開かれるのは夏、場所は広場だ。
 年齢性別問わず不特定多数の者に聞いて欲しい。なるべく人の多い時間を選んで、昼間か夕方、あるいは何度か繰り返し行っても良いかもしれない。
 樹木の博士、と呼ばれる老人がにっこり笑って言った。
 彼に山林と水害は関係があるかを訊いてみたところ、どちらとも言えない、という返答があったことには驚いたものだ。
 確かに若い木は水を吸い、根を伸ばし強くなる。だが予想以上の雨量があった時、どんなものでも倒れていくことはある。
 老木と呼ばれるものが生き残ることもあるらしい。様々な見解がある分野だ、と。
 どちらにせよ樹木の健康は他の命の生活を向上させ、仕事にもなる。やって悪いことはない、とシルバーの背を押してくれた人物だった。
「殿下はめずらしいですなあ。今までの王様は義務的に動くばかりで、こういう催しは初めてです」
 そう言われ、シルバーは顔をあげる。
「義務は義務ですが、なんというか……言われたことだけじゃなく、やれるようにやりたいと思ってしまって……」
「それは良い。色々試すと丁度いい具合が見つかります」
「そうなれば良いのですが……」
 ふとわいた不安をそのまま口にし、シルバーははっとした。
 自分は不安を抱えていた、と今更気づいたからだ。
 もしやり方を間違えたら?
 何もしなければ良かった、そんなことになってしまったら?
 シルバーのしようとしている事はあまりに大きい。自分の問題だけでは済まないのだ。人々の生活がかかっている。命がかかっている。
 突然気づいた不安に、心臓がいやに激しく打ち始めた。
 それを見かねたのか、博士が眉を和らげて言う。
「良くしようと思えばそうなる。目標を良い方向の先に置いておくことです。そうすればぶれないでいられるし、向こうから引っ張ってもらえます」
「でも、失敗したら……」
「何が失敗で、何が成功に繋がるかわかりません。自然相手ですから、支配するんじゃなくてある程度向こうに任せるつもりでいないと。木もそうです、自分の好きに育てようとするより、木が育ちたい方向、健康になれる方向に沿って世話してやると良いんですよ。後はほっとくくらいが丁度いい」
「自然をよく……見れば良いと言うことでしょうか」
「まあ、そういう感じでしょうかね。私のやりかたはね、訊くんですよ、どうなりたいか? って。後は、こっちの都合と折り合う所を探す。それと、枝が悪い方に伸びそうならそれは切り落とす。全体を見て決めるんですよ」
 博士の言うことに、シルバーは深い部分で安心感を得たのを感じた。
「ありがたい助言を頂いたわ。良ければ、私も含めて皆にご指導して下さると嬉しいのですが」
「やっていれば自然と分かるようになると思います。良かったら白樺の苗木を一鉢、贈りましょう。育て方も書いておきます」
「良いのですか?」
「もちろん。その白樺の子に殿下によく尽くすよう言っておきますよ」
 博士の言い方にシルバーは笑った。チャーミングな冗談を言うではないか。
 しかし、博士は冗談で言ったわけではない、と付け加えた。
「植物も生きてますからな。可愛がるとそれだけ人なつっこくなるんですよ。まあ、可愛がり過ぎると弱くもなりますが」
「お話が出来るのですか?」
「話というより、言いたいことを感じる、ぐらいです。白樺は皆品があって、どっしりしてる。心の強い子らが多いから、殿下の良い友人になってくれるでしょう」
 博士の説明に、シルバーは流石に目を丸くした。
 贈られてきた白樺の苗木を、シルバーは助言に従って日当たりの良いところに置いた。
 城の庭園である。
 清々しい樹皮の色、凛としているようでどこか素朴という様々な顔を覗かせる。
「ここが気に入ると良いのだけど」
 そう言って水をやり、立ち上がる。ローズマリーがワンピースについた泥をはらってくれた。
「ここなら水の脅威もありません」
 マゼンタが辺りを見ながら言う。薔薇園があり、白、ピンク、赤……の蕾が今年もたくさんついていた。庭師は良い仕事をしている。
「いつか一般開放出来るようにしたいわ」
「殿下。良いのですか? 図書室も開放し、ここも、となると……」
「風を通す方が良いのですって。封鎖すると廃れる一方よ」
「その分あらゆるもので踏み固まってしまう、ということもあります。境界線はどこかでハッキリ引かなければなりません」
 マゼンタの言うことももっともだ、とシルバーは思った。
 何より庭園の主は花そのもの。彼らにもプライバシーはあるだろう。
「そうね。問題が起きて台無しになる可能性はあるわ。慎重にやりましょう」
 シルバーがそう言うと、マゼンタはほっとしたように眉を開いた。
 それにしても、彼女が言ったことは早急にやらなければならないことだったはず。
 水の脅威だ。
 城は毎年の水害に耐え、避難民を預かっている。土台の調査をする必要がありそうだが、それよりもどこが被害を受けているのか。
 それを把握しなければ、道路も避難所も造れない。
「道路の話になると憂鬱だわ……スプルス殿は無理としても、周りの者を納得させないとね……」
「利権が問題です。やはり、宿も飲食店も道路沿いが一番儲けを出せますから」
「ええ。それに、立ち退きを迫るのも嫌な仕事よね……でもやらなきゃ先に進めないし……」
 口の上手くないシルバーは頭を抱えてしまいたい衝動にかられた。
 オニキスがいれば。
 彼ならどうするだろうか。
 彼が夜に見せた、溶岩のように底知れない熱情を湛えた瞳を思い出し、シルバーは体が熱くなるのを感じた。
「……」
 頭がくらくらする。
 息を吐き出して何とか整え、背筋を伸ばすと城内に戻った。

 アンバー隊長の使いが早馬で到着した。
 東の集落に至る橋に欠陥が見つかったということだ。
「ひとまず補強するように。ただし説明はきっちり行うようにして下さい。それから、周辺で何か崩れる可能性がありそうならそれも補強する、それも無理そうなら迅速に避難出来るよう、その避難路を確保して下さい」
 必要になるだろう物資を乗せ、使いはまた東へ発っていった。
 今のところ帝国軍に対する批判などは届いていない。だが城下ではどうなっているだろう。シルバーにはそれを確認する時間はない。
「シアン、よくよく市井の様子を見るように。帝国軍と民の間に不和が生じるのは避けなければ」
「はい」
「それから、帝国軍に良い印象を持っていない存在がいるはず。相互に誤解がないよう、注意して動いて」
 シアンはしっかりと頷き、薄汚れたジャケットに帽子という一見貴族らしくない格好をすると城を出て行った。
 彼には忠実な部下がいる。良い働きをしてくれるだろう。

 

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