Tale of Empire -白樺の女王と水の貴公子ー 小説

Tale of Empire -白樺の女王と水の貴公子ー 第7話 足元の影

 シルバーが去って2週間が過ぎた。
 100人隊長のアンバーが後を追うようにしてバーチへ向かったのは5日前。
 オニキスは以前と変わらず、父の名代として登城する日々を送っていた。
 裁判に新たな法案の審議。
 オニキスは発言のたびにカイ・フィカスやその腰巾着の探るような視線を受けながら、淡々と仕事をこなしていた。
 ある意味では穏やかな日々。
 邸に帰り、自室のソファに腰掛ける。机に目をやれば、シルバーから贈られたピンブローチが目に入った。
 この頃父の体調は思わしくない。
 医者によればやはり体をよく休めるように、とのことだ。
 痩せて細くなった手首が思い出される。
 夕食後に彼の寝室を覗けば、母の肖像画に見守られるようにして眠る姿があった。
 オニキスと同じ、黒い髪、黒い目の美貌の女。
 それを見ていると、視線に気づいたのか父の目が開いた。
 手招かれ、オニキスは息を吐くと側に座る。
「お加減はいかがですか」
「体力が落ちて、寝てばかりだ。だめだな」
「よく眠る方がよろしい、と医者は申しておりましたよ」
「だがそれでは生きた心地がしない」
 起き上がろうとした父の手を取り、枕を重ねて上体を支える。
 やはり身を起こすと顔に生気が蘇ったようだ。だが厳格だった面差しはいつしか目尻も下がり、こけた頬のせいで弱々しく見える。
「名代は辛かろう。発言したところで、しょせん代理としか見られない」
「仕方ありません。私もまだまだ若輩者ですから」
「バーチの女王殿下の教師をしたそうだが……」
「聡明なお方でしたよ。志もある。やりがいはありました」
 父は頷いて、胸のあたりで手を組んで深く息を吐き出した。
「皇帝陛下はお前を縁戚に、とお考えか……」
 その発言にオニキスは目を見開いた。
「畏れ多い話です」
「否定はせぬのだな」
「仮面舞踏会に招待された時点でなんらか縁を結ばせようとしている、とは思えますから。ですが、ただの教師と生徒です」
 お付きの兄妹も立ち会っていたのだ。
 そして一夜を過ごしたことは非公式である。彼女が吹聴してまわった気配もない。
「そうだな。だが……やはり畏れ多いことだ。女王殿下に知識を授けるなど……」
「10日間のみです。それに、教本が主です」
「一つのキッカケが大きく道を変えることはある。オニキス、お前、くすぶっているのだろう。名代という中途半端は立場では……」
 オニキスが目を見ると、父は遠いところへ視線をやって再び息を吐き出した。
「座を譲ろう。爵位を継げば……」
「父上。それは、要りません。どうかご容赦下さい」
「だが、私はやはり老いぼれたのだよ。復帰したとしてももはや戦い抜くことは出来ない。陛下から頂いたヒソップの名を汚すことになるかもしれん」
「それはただの名です」
「そこにどれだけの意味が込められていると思う?」
 父の目がオニキスをとらえた。厳しい、冷徹なあの目の力が。
「もはや逃げられんのだよ」
 オニキスは息を吸い込むと首を横にふった。
(一体、何を求めている?)
 出世には興味がなく、庶民から成り上がった物語にも心を動かされない。
 だが現実はオニキスを表舞台に連れだそうとしていた。
「皇帝陛下に申し上げよう。私は退き、息子に全て託すとな」
「父上」
「話は以上だ」

***

 オニキスが正式に伯爵になった。
 春の陽光の中、影を落としたような黒髪があやしく輝く。
 獅子を思わせる皇帝はこれに満足気に頷き、自身がまとっていた深紅のマントを彼に与えた。

「陛下は新たな手駒を手に入れた」
 カイ・フィカスはそう呟くと、やはり顔中に笑みを浮かべて彼に拍手を贈る。
 オニキスは終始、顔色一つ変えなかった。

***

 オニキスは父の領地である、首都郊外のホリーの村へ向かった。爵位を継いだためこれからは彼の領地になる。
 ブドウ畑が延々と続くホリーはオニキスの古里でもある。
 小川が流れるのが見える草原。あまりに穏やかな風景にオニキスはつい襟をくつろげ、脚を投げ出した。
 コーが冷えたお茶を差し出してきた。
 ウィローで栽培されている茶葉だ。一般でも愛飲者が増えている。
「平和ですなぁ」
 コーはしみじみと言った。彼にとっても古里だ。やはり気が休まるのだろう。
「ああ」
 父はホリーに戻り、ゆっくり養生するつもりのようだ。オニキスは先に家に戻り、父の帰宅の準備を整えるためにやってきた。
 村人達がどこかひそやかな態度を見せたのが気になるが、案内はしてくれた。
 ホリーで産まれたオニキスだが、乳飲み子だったころに父の出世にともなって中央に出たため、ここが古里という実感はない。土地勘もなかった。
 花の咲き溢れる庭を抜けて生家へ入る。
 床がギイ、と鳴ったがまだ現役のようだ。風通しの良さそうな大きな窓、そこから見えるブドウ畑。
 西日がブドウの葉を黄金色に輝かせていた。
 コーが従者達に掃除するよう命じ、さっそく部屋中が慌ただしくなる。
 オニキスは主寝室に入り、父が書いたメモを片手に必要なもの、不要なものを分け始めた。
 ふと窓の向こうから人の声が聞こえてくる。
 悲鳴のような。
 階段を降りて外に出れば、婦人が一人、スカートを泥だらけにしながら走ってくるのが見えた。
「助けて!」
 はっきりと声が聞こえてくる。
 オニキスは走り出し、彼女が躓いて倒れる前に抱き留める。
 従者達が慌てて後を追ってきて、弓を構えた。
「何があった?」
「人さらいよ! 私の子供が!」
 彼女の声はあまりに悲痛だ。そして指さす方向には幌馬車が。
 オニキスはコーに彼女を任せると、馬を用意させすぐに追いかけた。武器を持っている従者は5人。
 馬車は林道に入り、速度をあげる。オニキスは木立を走り、林道を見下ろした。
 2人に先行するよう指示を出し、馬車を見失わないよう走る。
 向こうも気がついているのは明らかだ。
 それに、子供がさらわれたのなら無理をして横転されても困る。
 運転手を落とすのが一番、良いか。
 やがて林道の向こうに先行させた2人が現れた。馬車が動きを止める。
 オニキスは馬を降り、樹の影に姿を隠した。短弓を手に取る。
「どうしますか?」
「向こうに飛び移る。人さらいなら被害者が傷つけられることはないはずだ、どやしたら馬車は確保。その後盗人を逃がせ」
「はい」
 林道に目をやれば、馬車から錆び付いた斧を持った男が3人、降りてきた。
 運転手と合わせて4人。
 3人を捕縛し、1人を逃がす。
 その合図を送るとオニキスは木立から姿を現した。矢をつがえて馬の足下に狙いを定める。
「投降せよ。命は取らん」
 そう言うと男がオニキス達を見上げ舌打ちした。
「いつの間に武装なんかしやがった」
「良い狩り場だったのに」
 そんな話が聞こえ、オニキスは眉を顰めた。
「以前から誘拐を繰り返していたのか?」
「うるせえな! そんなちゃちい弓でなんとか出来ると思ってるのか!?」
 声を荒げ斧を振り回す男にオニキスは嘆息し、首を横にふった。
 まともに相手をする必要はない。
「話は後で聞く」
 一矢、放った。
 ブウンと音を立てて飛んでいく。
 斧を振りかざす男の頬をかすめ、後ろの樹の幹に深々と刺さった。
 男達が一瞬、ひるんだ。
「行くぞ」
 オニキスは弓を置くと、ブーツに仕込んであったナイフを取り出し馬車の幌に飛び移る。子供の高い悲鳴が中から聞こえた。被害者達だ。
 従者達もそれに続き、先行していた2人と合流、予定通り3人を捕縛、残る1人をそうと気づかせずに逃がす。
 馬が全力疾走していき、オニキスは一番馬の扱いが上手い従者に顎で指示を出した。
 幌を取ると、髪の色も目の色も違う、怯えた様子の少年少女達が現れた。

 ホリーの集会所に行くと、先ほどの婦人が一人の少年をしっかりと抱きしめた。
 話を聞きつけた村人が続々集まり出す。
 再会に安堵する泣き声を聞きながらオニキスは膝を折って、年長らしい14歳ほどの少年に話を聞く。
「古里はどこだ?」
「南の、エリカ」
「かなり遠いな。疲れただろう」
「はい」
「他の皆は別の土地か?」
「そうです。一つ一つ、街、襲って」
「どこへ行くとか、聞かなかっただろうか」
「……なんか、とにかく売れる、とか……」
 少年はやせ細っていたが目に力があった。
 名前を聞くと「ナギ」と答える。赤茶色の髪、琥珀色の目。印象に残る少年だ。
「今日はここでゆっくりするといい。皆私たちが守る」
「遅いのよ! 何が『守る』よ!」
 婦人が怒気を露わにした。子供達が肩をすくめ、彼女を見る。
「何が領主よ。民が困っている時に駆けつけもせず……何人さらわれたと思ってるの?」
「その話はゆっくり聞く。子供の前では慎んでくれ」
「そうやって逃げるつもり? 税金は取って中央で贅沢三昧。こちらからの手紙を平気で無視したわね。しかも爵位は譲ってこっちで隠居? ふざけるのもいい加減にして!」
「ママ」
「手紙? 何のことだ。父は毎朝届く手紙を一通欠かさず見ていたぞ」
 オニキスはいよいよ渋面を作った。
 結局集会所にいた男性が彼女を引きはがし、家へ送っていった。
「どういうことだ」
 オニキスはコーを振り向いたが、彼も困ったように首を横にふるばかりだ。
「とにかく行き違いがあったようだ。手紙の件は中央とで調査せねばならん。今は、さらわれた者が誰で、何人か、それを教えてくれ」
「あ、ええと……若いのが多いです」
 手を挙げたのはひげ面の男だ。
「名前は分かるか」
 オニキスが呼び寄せると、皆も集まってくる。その場で名簿を作成し、従者の報告を待つ間オニキスは一人を中央にやった。向こうの私兵を呼ぶためだ。
「今夜は我らだけで村を守る」
「若旦那さま」
「すまなかったな」
 オニキスは村人の肩を叩き、弓矢を揃えると外に出た。
 平和に見えた村だったが、実情は違った。

 人さらいは約半年前から起きたらしい。
 中央からヒソップ家の私兵が到着したのは翌日の午後。
 村の要所に配置し終え、また手紙の件も聞いたがどうやら身に覚えがないという。
 オニキスは子供達の名前と古里をまとめると、外に出て短弓の調子を確かめた。
 人の気配が後からついてくる。足音からして子供か、女性だ。
「何か用か?」
 背を向けたまま聞くと、足音の主は動きを止めた。振り返ると、赤茶色の短い髪が目に入る。
「……ナギか」
「はい。あの、その、僕……パチンコが得意です。木登りも」
「そうか。それで?」
「えっと……」
 ナギは下を見るとズボンを握りしめた。ややってようやく口を開く。
「その、な、仲間に入れてもらえませんか」
「仲間? 兵に混ざりたいということか?」
「はい」
 顔をあげたナギは迷い無くオニキスを見上げてくる。
 おそらく本気なのだろうが、オニキスは受け入れなかった。
「やめておけ」
「でも……」
「君はまだ子供だ。力じゃかなわんだろう。それに、無理な長旅で体力も落ちてるはずだ、今は力を回復させることを考えろ」
「でも、馬車の旅に慣れました」
「帰らないといけないだろう? ケガでもしたらもっと辛くなるぞ。勇敢なのは良いが、それで体を損ねては元も子もない」
「一年です」
 ナギが言ったことに、オニキスは眉を顰めた。
「一年、ずっと、あいつらと一緒にいて……水くみやら掃除やら、馬の世話に、道具の手入れもやらされました。だから体力はあるし、動き回るのも得意です。足手まといにはなりません」
「そういう事じゃない」
「一年も経ったら父ちゃんも母ちゃんもとっくに諦めてます」
「それはありえない。いいか、ここを守るのは私たちの義務ではあるが、君は違う。君が今やらなければならないことは、生き延びることだ。何かやらずにおれないというなら、一緒にいた子供らのそばにいて支えてやれ」
 オニキスはそう言って、後は聞き入れなかった。ナギは悔しげに目に涙を溜めたが、それがこぼれる前にオニキスのもとを去った。

 追跡にやった従者が戻ってきた。ならず者の寄り合い所があるらしく、そこで情報交換や荷物の受け渡しなどを行っているとのこと。
 オニキスはそれを書き記すと、皇帝に送った。
「私兵の拡大と教育も行うのですか?」
 コーが心配顔をして言った。
 領地を持つ者があまり大きな力を持てば睨まれるものだ。
 特に爵位を継いだばかりで目立つ行動を取れば、オニキスは矢面に立たされる可能性がある。
 結婚をしていない彼は帝国に差し出せる人質もいないのだ。父も功績を認められ、故郷に帰ることが許されたばかり。
「だから陛下にご報告申し上げる。皇帝が一時的に兵を出したところで、根本は解決しないだろ」
「根本?」
「自分の土地は自分で守らねば。何かに頼ってばかりいれば、イザという時搾取される」
「それは極論というもの……」
 オニキスのあまりにトゲのある言い方に、コーは頬をかきながらたしなめた。
「守るだけで、奪うためのものじゃない。それを徹底させる。そうでなければ帝国軍に潰されるのはこちらだからな」
「またそういう言い方を。皇帝陛下は主ですよ」
「主が常に正しいわけじゃない。皇帝陛下も帝国も尊敬の対象ではあるが、代々理想的な統治者が育つとは限らないだろ」
「お願いですから、お言葉を謹んで下さい」
「だから支える側にも品性が求められるんだ。フィカス家だとて、始めは良い忠臣だったものが今となっては寄生虫だ。皇帝ごっこを楽しむだけのな」
「オニキス様が反乱分子と言われる可能性が出てきます。本当に、もう……」
 コーは必死に沈黙を促す。オニキスは確かに自分の言い方には問題があるとは気づいているものの、意見を翻すつもりにはならなかった。
「皇族と帝国を守るために必要な覚悟だ。皇帝は絶対的最高権力者ではなく、帝国の代表であらせられる。彼らが中心にいてこそバラバラの王国が一つにまとまってられるんだ。后妃の出身を見ればそれが分かるだろう?」
 歴代の后妃達の古里、実家は全てバラバラだ。ウィローの女が2代目の后、バーチの女が3代目の后……かつて異民族とされていた彼女達が皇帝の后になることで、アッシュ帝国は王国の民族間のバランスを保ってきたのだ。
 だが統治者となると話は別だ。これには才能とも言える性質、性格、タイミングに継続力など様々な能力が求められる。
 5代目皇帝は野蛮な性癖の持ち主で、それによりある一族は滅びる寸前まで追い込まれた過去がある。その時、もし反乱が起きれば帝国の存続すら危うかったのだ。
 結果彼らの一部は生き残り、6代目の寵臣となり神殿の管理を任され怒りを捨てざるをえなかった。今彼らの子孫はひっそりと暮らしているが、代々皇家と民の尊敬を集めていると聞く。
「間違った方向に進みそうな時、それを周りが軌道修正する。そのための朝臣だろ」
「確かに、全員が協力する必要はあります。皇帝陛下のみで国が動くなら、民も朝臣も必要ありません」
「言うようになったな」
「オニキス様に感化されている気がします……」
 コーは項垂れて頭をかいた。オニキスは自分の意見が全て正しいとは思っていないが、間違っているとも思っていない。
 我ながら頑固だ、と自身の首を叩いた。

 ――ならず者の寄り合い所に赴き、その胴元を調べる必要がある――
 皇帝の使者はそう返答し、村や道路の防衛から連絡、寄り合い所の調査を50人の兵士に任せた。
 父グレイも早めにこちらへ来た。
 オニキスは報告を聞くと集会所でそれを発表した。
 手紙が届かなかった理由はまだ不明だ。郵便係が姿を消しているのだ。彼が何か知っているだろう、追跡中である、との答えもあった。
「村でさらわれたのは、青年11人、女が4人、子供が3人だ。他の村や国でも被害者は出ていると考えられる。これの保護、そして事件の真相を暴くことが目的であり、目先の奴らを潰して終わりにしてはならない。早まった行動は一切、謹んでくれ」
 オニキスがそう言うと、兵士らは皆力強く頷いた。
 早速防衛のため、近隣の村々に兵士達が出発する。集会所が忙しい空気に包まれる中、オニキスは父・グレイの姿を追った。
「家にお戻り下さい。私兵が守ります」
「分かった。だが、嘆かわしいことだ。私に手落ちがあったせいだろう。ここは平和だと思い込み、気を配れなかった」
「父上がここのため尽くしてきたことは見れば分かります。彼らが払った税金で、安全な道路に広大なブドウ畑も学校も設立され、機能している。なんであれ害そうとする者が悪いのです。ご自身を責められますな」
 グレイは頷き、ため息を深く吐き出すと顔をあげる。目には強い光が戻りつつあった。
「……とにかく管理は任せよ。連絡があればすぐに使いを出す」
「ええ。留守を頼みます」
 オニキスは旅支度を整え、家を出た。
 兵士らと共に事件を追うのだ。

次の話へ→Tale of Empire -白樺の女王と水の貴公子ー 第8話 挑戦

 

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