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うそとまことと 小説

第9話 うそとまことと

2020-10-01

 

 撮影が終了した、翌日。
 結局退院の日から琴とまともに会う機会もなく、顔を会わせるのは難しくなった。
 都筑は間の悪さにため息をつき、夜、静かすぎる一人暮らしの部屋の中でスマホを睨む。
 せめて好きだと言いたかった。
 彼女の連絡先を知らないわけではない。
 チャンスはあるのだ。だがきっかけが掴めない。
(撮影お疲れ様……話したいことがある……)
 メッセージなど工夫したことのない都筑は自身の語彙力のなさに頭を抱えた。
 話すのは問題ないが、打つとなると難しい。
 いつも通りシンプルに?
 井上に対する業務メッセージのようなものばかりしか思い浮かばない。
今までも琴に対しては端的なメッセージだらけだ。気の利いた言葉など、あっただろうか。
「難しいな……」
 会って話すのは何でもないのに。
 睨んでいるとメッセージが入った。
【映画の宣伝でキャストがスタジオに集まるそうです。三日後です。これ有益だったら昼飯おごって下さい。】
 井上からだった。
「三日後……」
 都筑はカレンダーを見た。彼のまなざしの向かう先には赤い○。
 都筑も仕事でスタジオを訪れる、ちょうど良いタイミングだった。

***

 琴は晴れ舞台だ、と気合いを入れた白のブラウス、動きやすいゆったり広がるスカートをはいて、ミクとともにスタジオに入る。
「なんかついこないだなのに、懐かしい」
 ミクが目を細めてスタジオを見つめる。
 琴は複雑な心境でいた。
 カリナと辻もちょうど入り時間だったようだ。
 衣装とメイクを整え、役の格好で宣伝のため記者たちの質問に答える。
 緊張が漂っていた。
 ミクとカリナはメイクルームで並んで化粧水を馴染ませている間、おしゃべりを始める。
「変なこと言っちゃうかも」
「やばいね~あたし手震えてる」
「ミクさんも?」
「うん。昨日寝付けなくてさ」
 琴はメイク道具を広げ、撮影中に使用していたものを取り出す。
 カリナ付きのメイクスタッフも着々と用意を進めている。
 会話を楽しみながら、メイクを施し始めた。

***

 都筑は松葉杖をつきながら、スタジオの管理人とスタジオ内を歩きながらチェックを始めた。
 チェックは井上が担当する予定だったが、都筑が負傷したため、軽作業は都筑が請け負うことになったのだ。
 事前に井上からチェックポイントを聞いていたため、スムーズに理解が進む。
 幸い足は傷口も浅く、杖がなくても多少は歩ける。
 肩は深かったようだが、神経も骨も問題なく、痛みが取れたらなるべく普通の生活をするようにとの指導を受けた。
 管理人が控え室につくと休憩を入れ、飲み物を買いに行く。
 都筑に負い目があるのだろう、彼は都筑に座って待つよう言うと、コーヒーマシンに走って行った。
 都筑は壁にもたれて一息入れ、ふと思うのは琴。
 今日来ているはずだ。
 まさか会えないだろうか、と期待し、それが無理ならなんとか連絡を、と思うもなかなかスマホを操作するタイミングがない。
 ふと廊下を見ると、赤い服を着た不自然な美女の姿。
 まさか、と思って控え室を出るが、彼女の姿は消えた。
 その代わりに聞こえてくるのは沖の声だ。
「考えてくれた?」
 低く落ち着けた声は、恋人にでもささやくような甘いもの。
 思わず目をやると、物陰ごしに彼と、黒の鞄を体の前に持った琴の姿があった。
 二人は都筑に気づいていないようだ。
「いい話だと思うんだよね、その若さで一流の仲間入りすれば、もっと高い存在ともおつきあいが出来るよ。ハリウッドとか、興味ない?」
 琴は唇を噛むようにし、沖の視線から逃げるように下を向いている。
「才能あるんだからさ、中原のお付きじゃもったいないって。もっとフルに活かさないと」
「仕事があるので」
 琴はそう言ってその場を去ろうとしたが、沖が壁に手をついて阻む。
「そう言わなくても。メイクが終わったのは知ってるよ。別にさ、つきあってくれとか、好きになってくれって言ってるんじゃない。俺のとこ来れば仕事があるよって言ってるんだ」
「今に満足してます」
「嘘だね。カリナの写真集に誘われて、喜んでたじゃん」
「カリナちゃんのことが好きだからです」
「他の子は嫌いってこと?」
 沖の言葉に琴は眉をつり上げたが、言い返すことはしなかった。
 代わりに、今までの彼女からは想像出来ないほどはっきりと、琴は沖を目を開いて睨んだ。
 そして口を開く。
「仕事を取るのは私次第です。誰かに甘える必要はありません」
 都筑はふっと息を抜いた。
何か胸のすく思いだった。
 その分苛立ったのは沖である。
「何それ。思い上がってんの?」
 彼の声には刺々しいものが含まれていた。
「自分でなんでも出来るって? そんな甘い世の中じゃないよ、特にこの業界は!」
 沖がゴミ箱をけ飛ばす。
 ガンッ、と嫌な音が廊下に響いた。それは転がって都筑の足下へ。
 都筑は杖を手にする。
「この生意気なクソガキ。いい加減にしろよ? ちょっと下手にでてりゃいい気になりやがって」
「いた……っ」
 沖の手が琴の手首を掴んだ瞬間、黒の鞄が落ちた。それを見た都筑は、とっさに杖の先端をけ飛ばされたゴミ箱に打ち付けた。
 二人の驚き顔が都筑を向く。
「……仕事をエサに誘うなんて、見かけによらずナンパが下手だな」
「てめぇ……」
「口が悪いとは知らなかった。演技派なのは間違いないらしい。でもそれ以上彼女に手をあげるなら、それこそこの業界でも生き残れないんじゃないか?」
 都筑の言葉に沖ははっとし、琴の手を離す。
 琴は手首を押さえ、鞄を抱え直すと都筑のそばに駆け寄る。
「ごめんなさい」
 そう小声で言う彼女を背にかばって、都筑は沖に近づく。
「誰かに下の世話をさせて、誰かに仕事を用意してもらって、それで万事上手く行くって? そんな甘い世の中じゃないよな」
 都筑が言うと、沖は舌打ちをしてこの場を去ろうとし、わざとらしく都筑に肩をぶつけた。
 都筑はバランスは取ったが、杖の先端を彼の足の数センチ前につく。
「っ!」
 沖は顔をひきつらせ、都筑を見た。
「すまない。まだ巧く扱えなくて、下手すると誰かの足を突くかもしれない」
 そう言いながら睨みつけると、沖は視線を外して舌打ちした。
「……クソッタレが」
 そう言い捨てて、去って行く。
「どっちがだ」
 都筑は力を込めたため痛めた左肩をさする。
 振り返ると、琴が目に涙をため、しかしこぼさないまま都筑を見つめていた。
「……肩、大丈夫ですか?」
 か細い声だった。
 琴が本当に言いたかったのはそれなのか、と感じるほどの間だった。
 都筑は少ししてから頷く。
「そろそろ普通の生活に戻すよう言われてるから、リハビリになったんじゃないかな」
 久しぶりに会って見るのが、目を伏せた不安げな表情だ。
 そんな顔をさせたいわけじゃない。
 都筑は気にするな、と言おうとしたが琴が近づいてきて言葉を飲み込んでしまう。
 まつげがこぼれない涙で光っていた。
「……血が滲んでる」
 琴は眉をひそめ、目を曇らせると都筑の腕に触れる。
 小さな手だ。指も細く、繊細で、それでも確かな体温に思わず心臓が跳ねた。
「問題ない。すぐにふさがるよ」
 琴はハンカチを取り出すと、血が滲んだシャツに当て、視線をあげた。
 甘い香りのする髪。
透明感のある白目に、黒の広がった瞳が揺れて、そこに都筑の顔が映り込む。
「痛い……?」
 何も言わない都筑に不安になったのか、琴が唇を開いた。
 桜色のそれに誘われ、魅入っていると、酔った心地になった。
 それと同時にイライラが胸にわく。
「言っただろ、あまり男に気を許すなって……」
 気づくと柔らかい感触を唇で味わっていた。

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  • この記事を書いた人

深月カメリア

ライター:深月カメリア 女性特有の病気をきっかけに、性を大切にすることに目覚めたXジェンダー。以来、性に関して大切な精神的、肉体的なアプローチを食事、運動、メンタルケアを通じて発信しています。 Writer:Camellia Mizuki I am an X-gender woman who was awakened to the importance of sexuality by a woman's specific illness. Since then, I've been sharing an essential mind-body approach to sexuality through diet, exercise, and mental health care.”

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