うそとまことと 小説

第7話 初恋

 

 琴と会わない間、都筑は仕事が終わるとjin's kitechenに足を運んでいた。
 手料理に飢えたのかもしれない。
 嫌がらせの犯人が分かった、彼女は心を病んでる、名前は司 美奈子……それをどう説明すれば良いのか。説明しない方が良いのか。
 司と琴は知り合いのようだし、ショックかもしれない。
 いつものカウンター席、髭の伸びた顎をさすって、焼き肉定食を食べる。
 あまりに黙り込む都筑を見かねてか、佐山が声をかけてきた。
「何かありましたか?」
 都筑は顔をあげた。
 おろしたままの前髪のせいで、店内が狭く見える。
「いや……なんというか。何と言えば良いかわからない状況になった」
「そうなんですか?」
 佐山は首を傾げる。
 分からなくて当然だ。
 その時。
「都筑さん」
 声をかけてきたのは女性客だ。
 ショートカットの、目のくりくりした可愛い女性だった。
「ご一緒して良いですか?」
 都筑は目を丸くし、周囲を見渡す。
 他にたくさんの客がいるわけでもない。空席はある。
 わざわざ声をかけてきたということは、つまり逆ナンというやつだ。
 都筑はフリーだ。
 受け入れても誰に批難されることはない。
それでも今惹かれている女性がいて、しかも彼女に関わることで考え中なのだ。
 答えは「No」しかなかった。

***

 客を見送った光香が店に戻り、店内の空気が悪いのに気づいて首を傾げた。
 それにさっき、ショートカットの女性客が泣いて飛び出していった。
 都筑は額を抱えるようにして、他の客達がひそひそと何か話している。
 佐山が珍しく困ったように眉をひそめ、光香を見つけると顎をしゃくった。
「何があったの?」
「何て言うか……モテる男は辛いですねって」
 佐山の返事はまるで掴めない。
 やがて都筑が顔をあげる。
「さっきの子の分、俺が出しとくから。そろそろ出るよ、空気を悪くしてすまない」
「は?」

***

 ショートカットの女性客が都筑に声をかけ、それを都筑が断ったのだ。
 居づらくなった彼女がそのまま飛び出してしまったようで、都筑は他の客の視線を集めてしまった。
 光香は無理に店を出る必要はないと言った。
 彼女は都筑に本気だったのだろうが、ナンパなら失敗する可能性も込みでするべきだ。それで恥をかかされたと思うなら彼女の態度が幼稚すぎる。
 そう言うと他の客も同感だ、と頷いた。
「彼女のお代は気にしないで下さいね。お客さんに負担させたらあたしの恥です」
「あんなに傷つくと思わなかった。上原さんならこっちの問題です、で終わりそうなのに」
「上原さん?」
「前の……俺が恋人のフリをしてる子」
「ああ、あの子。その後どうなりました?」
 光香の質問に、都筑はわずかに眉をひそめる。
 光香は目を見開いた。
「何かあったんですか?」
「いや。何もない。信頼出来るスタッフもいるようだし、彼女がついてるモデルがしっかり者だから、そこは心配してないんだ」
 都筑は一度言葉を切ると、ふーっと息を吐き出した。
「彼女の知人が色々やらかして……それを説明すべきかどうか、考えてた」
 都筑は真剣に考えていた。
 光香がオウム返しで都筑に話すよう促す。
「説明すべきかどうか、ですか」
「言わない方が良いこともある。そう思う。だけど今回の事では俺も無関係ではないし、仕事の立場から説明する責任もある。これからは心配いらない、そう言えば安心出来るなら言った方がいいかもしれない、どっちもを考えすぎてたんだ」
 都筑はここではないどこかを見るようにしながら頭を軽く撫でた。
「上原さんは弱い子ですか?」
「いや。芯の強い子だと思う」
「それなら彼女を信じてあげたらいいんじゃないですか?」
 光香の言葉に都筑は顔をあげる。
「都筑さん、抱え込むのは良くないですよ。あなたの問題じゃない、彼女の問題。彼女が関わることなら自然と彼女にも答えは見えてくるでしょ? その時サポートが必要ならそうしてあげればいいんじゃないですか?」
「……」
 都筑は顎に手をやり、視線を流す。
 やがて頷いた。
「そうだな。そうかもしれない」
 都筑の目にいつもの理知的な光が戻る。
 光香は笑みを浮かべると手を叩いた。
「さて! 食後のデザートでもいかがですか?」
 都筑はやっと笑みを浮かべた。
「いただくよ」

***

 差し出されたチョコレートのガナッシュ・アイスを食べていると、光香がいたずらっぽく笑いながらカウンター越しに声をかける。
「ねぇねぇ。なんでそんなに彼女を心配してるんですかっ?」
 都筑は目を丸くした。
「このところ彼女のことばっかりじゃないですか?」
 光香はにやにやして、楽しそうだ。
 佐山に視線をやると、彼は無表情に肩をすくめた。
「さっきのショートカットの子、可愛かったじゃないですか? フリーならラッキー! みたいな」
「ちょっと、待った」
「なんとも思ってないならそんなに心配しませんよね、なのにこないだはわざわざここまで連れてきて。かといって気軽に手を出したいわけでもなさそう。やだわ、ガラスにでも触れるかのように接しちゃって」
 光香のマシンガントークに火がついた。
「もう見てるこっちがもどかしくなっちゃう! あの子も、好きでもない男と二人っきりで寝ます? 寝ないよね~。普通。隙を見せるの怖いよね~。女子のバイブルよね~。男と二人で食事に行かない。男と二人で車に乗らない。よっぽどのおバカさんじゃなければこのくらい、本能で分かりますよ。ま、それは置いといて!」
「置いとくのかよ」
 佐山が呟いた。
「都筑さん、ずばり彼女の事をどう想ってるんですか!?」
 光香の目がきらきら輝いている。
 綺麗どころか、圧力を感じる。
「……」
 都筑は目を見開いたまま、光香の言葉を考えた。
 恋? それにしては自分の想いよりも彼女を大切にしたいと想う。
 愛? それと言うには浅すぎるだろう。
 彼女を守ってやりたい、大切にしてやりたい。
 可愛いと想う。
 受け入れてくれるなら、髪に触れて、頬を撫でて、腕の中に閉じ込めてしまいたい。
 誰にも傷つけられないように。
 誰にも渡さないように。
「……惹かれてる」
「よしっ!」
「何がよしっ、なんですか……」
 嬉しそうな光香に佐山がクールな突っ込みを入れた。
 多少は肩の力が抜け、ある種覚悟のようなものが決まった都筑は、jin`s kitechenから家に戻る。
 夜11時を回っていた、いつもならスマホにメッセージが入る時刻だ。
 送り主はもちろん琴だ。
 寝る前に一応、の連絡をしている。
 義務ではないし、疲れたなら忘れることもあるだろう。
 都筑は特に気にせずシャワーを浴び、ゆったりと夜を過ごした。

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