うそとまことと 小説

第5話 自覚無自覚

 

 目が覚めるが、琴は寝ていたという自覚すらなかった。
 瞬きすると見慣れない、広々とした天井、雑貨店で売っていそうな、電気こそついていないがしゃれたライトが目に入る。
 観葉植物も置いてあり、視線を巡らせると丸いテーブルや、座り心地の良さそうなスツールにカウンター、大きな窓ガラス、その向こうに道路、レンガ調の外壁のアパート。
 朝の白々した光に照らされた畑が見えた。
「……???」
 身を起こすとベージュのブランケット、誰かのジャケットが肩から滑り落ち、並べられたソファに寝かされていたのに気づいた。
「……えっ、どこ……?」
 慌てて起きると目の前のテーブルにはサンドイッチ。紅茶を淹れるためのポット、紅茶葉。
 それもサンドイッチにはご丁寧に保冷剤を敷いて、ちゃんと包装されていた。
 レストランのようだが、一体いつのまに?
 琴は流石に怖くなってあたりを見渡すが、誰もいないようだった。
 都筑といたはずだが、彼の姿もない。
 おそらく彼の家でもないだろう。
 ブウン、といううなるような音に肩をびくりとさせたが、それが業務用の冷蔵庫だと気づいて胸をなで下ろす。
「……どうしよう。ここどこだろう」
 呟いてみるが返事はない。
 立ち上がってみれば自分の荷物はちゃんと足下のバスケットに入れられており、不安に思う必要はなさそうだと感じる。
 外を見てみると、コンビニが見えた。
 タイミング良く、中から都筑が出てくるところだった。
 もう一人いる。
 ウェーブヘアの美女だ。
 二人は何か話ながらこっちへ向かってくる。
 年は都筑と近そうで、背格好も丁度良い。仲は良さそうだ、時折笑みを見せながら話している。どこかのドラマの恋人同士のようだった。
(お似合いだわ)
 そう思った瞬間、胸がじくっ、と痛んだ。
 その痛みが何か理解出来ないまま、琴はソファに座り直し、ドアを見ていた。
 二人が入ってくる。
「あ、起きてたみたいですね」
 美女――光香が明るい笑顔を浮かべて琴に挨拶する。
「どうもはじめまして。この店のオーナー、店長、料理長の神 光香です」
「はじめまして……えーと……」
「昨日、君は眠ってしまったから。家が分からなかったから、オーナーに店を貸してもらったんだ。お腹は?」
 都筑が簡潔に説明し、琴は混乱しつつもお腹に手をやる。
「すいて……ます」
「コンビニで買ってきたんだけど……君の好きなのが分からなくて。おにぎりとパンがあるけど、どれにする?」
「このサンドイッチは……」
「それ食べて良いですよ。あたしが作ったから味は折り紙付き。お湯沸かしますね、座ってお待ち下さい」
「営業時間外なのに、悪いよ。コンビニで水は買ってあるから気にしないでくれ」
 都筑がそう言った。
 光香はそれを聞くと、にやにやと笑った。
「ははーん、二人っきりにしてくれって? 初めての朝ですもんねぇ。やだわ、気が利かなくてごめんなさいね」
「ちが」
 都筑は珍しく戸惑った表情を浮かべ、否定しようとしたが光香が遮る。
「鍵はあそこのポストに入れといて下さいね。後は適当でいいんで、ていうか触らないで下さい。で、好きな時間に帰って下さい。夕方4時には佐山くんが来ます。あー、質問は?」
「ないな」
「じゃあそういうことで。ごゆっくりどうぞ」
 光香はそう言うと沸かした湯をポットに入れ、颯爽とヘルメットをかぶって店を出て行ってしまった。
 彼女に礼を言うのを忘れた、と琴は思ったがすでに遅く、都筑と二人取り残される。
 都筑は自身の首を撫でるようにすると、コンビニで買ったものをテーブルに並べた。
「この店のサンドイッチは美味しいよ。まかないだから見た目はあれだけど」
「いただきます」
 と、琴は手を伸ばそうとしたがどうやらすっきりしない。
 顔も、じっとりして気持ちが悪かった。
「顔洗ってこようかな……」
「洗面所はあっち」
 都筑は店に慣れているのか、すぐに示した。
 琴はようやく鏡を見た。
 とっくにメイクは消え、少し顔色の青白くなった自分の顔が見えた。
 目元はアイシャドウがなくなったためすっきりし、やや幼く見える。
 この顔を見られただろうか。
 普段から薄化粧だが、やはり素顔となると何か、部屋を見られた時のような気恥ずかしさがある。
 ふぅ、と息を吐いて気分を切り替え、髪を手で梳かすと都筑のもとへ向かった。
「食べようか」
「はい。いただきます」
 光香が作ったというサンドイッチを口に運ぶ。
 トマトにレタス、ゆで卵がカレー風味の爽やかなドレッシングでまとめられている。
 残念ながらしなしなの食感になっていたが、味は確かに美味しい。 レストランをやっているのだから、当然といえば当然か。
 都筑はおにぎりを取り出し、湯をインスタントの味噌汁に注いでいる。漬け物もあり、ペットボトルの緑茶がやけに涼しげだ。
「都筑さんて和食派?」
 琴が質問すると、都筑が目を合わせた。
 いつもと違う髪もまとめられていない素の表情。前髪の向こうにいつものまっすぐな目が見える。よく見ると顎には髭が生えていた。
 なぜかどきりとし、頭によぎるのは辻の言葉。
 ――男性の匂いです。
 琴は店の照明がついていない、薄暗いのを感謝し、顔の熱をごまかそうとペットボトルの水に手を伸ばす。
「何でも食べる。雑食派……かな。君は?」
「何でも、食べます」
「良かった。好き嫌いのある人は苦手でね」
「苦手? どうして?」
「……選ぶ店に困る」
 都筑の間に、琴は勘づく。
(ああ、デートか)
 いつもと違う空気に戸惑い、都筑が知らない誰かに思えて、寂しさを感じて水を飲む。
 当たり前だが味がしない。
「オーナーが言ったことは気にしなくていいから。その……やましい気持ちがあるわけじゃない」
 都筑がそう話しだし、琴は下唇を軽く噛んだ。
 都筑からすれば10歳も年下の、さして色気もない女性に興味など沸かないだろう。
 自分で分かっているから、わざわざ言わないでくれても良いのに、と琴は思った。
「この店では若い女性客も多いし、帰りが難しい時、オーナーは好意で泊めることもあるそうだ。君はよく寝てたし、疲れてるらしいって言ったらそうしたらどうかって言ってもらったんだ」
「……はい。そうだったんですね。ご迷惑をおかけして……すみません……」
 琴は俯いた。
 恥ずかしい、という気持ちはなく、何かむなしい。
 美味しいと感じたサンドイッチもぼそぼそに感じられ、水で飲み下す。
 都筑と光香は親しげだった。
 それがこびりついて離れない。
 それに都筑は店にも詳しいようだ。
 何度も来ている、気に入りの店。
「綺麗な人でしたね、オーナーさん」
「ああ、うん。気さくな人だし、ファンも多いよ」
「そうなんですか……」
 会話が続かない。琴は気まずくなり、つま先に力を入れては緩める、を繰り返した。
「今日は休みだっけ?」
「あ、はい」
「俺は仕事に行くけど、その前に送っていくから。駅は……昨日言ってたところで良い?」
「え、いえ! そこまで迷惑かけられないです。あの、近く……歩いて行きます」
「ここから? 大通りから離れてるから、乗っていった方がいいよ。慣れてない道だろ?」
「……」
 琴は外に目をやり、どんどん活気を見せる太陽に照らされた道路を見た。
確かに見慣れない。
「……お願いします」

***

 光香はからかうように言ったが、琴の様子を見るため朝から出てきたのだろう。
 あんな風だが気遣いの出来る女性である。都筑は改めて光香に感謝しながら、トラックに乗り、助手席の琴を見やる。
 彼女は窓の方を向いていた。
 何を見ているのだろうか。
 視線を前に戻し、信号も少ない車道を見た。
 会話はなかった。
 駅に着くと、琴が降りた。
「ありがとうございました」
「ゆっくり休んで」
「はい。お仕事頑張って下さい」
 琴に見送られ、都筑は発進させる。
 見慣れたはずの風景が、なぜか新鮮に見えた。

***

 狭い一人暮らしの家に着くと、琴はソファベッドに倒れ込んだ。
 ワンピースのこと、外泊のこと、都筑のこと。
 答えの出ない悩みは、迷路に突然放り込まれた気分にさせる。
 ごそごそとスマホを取り出し、美味しい弁当の作り方を検索する。
 男性が好むものは何か、猛烈に知りたくなった。

***

 都筑はビルでの仕事を一段落させるとスタジオに向かった。
 警備員と話し、防犯カメラのチェックを頼む。
 警備員も刃物が持ち込まれたことが気になっていたらしく、上司に相談すると言った。
 連絡がすぐに入り、スタジオ関係者は貴重品等の保管をビルのロッカーに預ける事に決まり、都筑はようやくビル、スタジオ、両方の防犯カメラを見る許可をもらった。
 ビルのエレベーターでは確かに時間ぎりぎりに女性の姿があり、張り紙らしきものを手にして、女子トイレに向かっている。
 都筑は思わず眉根をよせ、吐き捨てるように言った。
「タイミングを計っていたな」
「そうみたいだね。いたずらにしちゃ、手が込んでる。警察に連絡すべきかな」
「まだ断定出来ない、と言われそうですがね。相談はした方が良いかもしれません」
 都筑がそう言うと管理人が頷く。
「ビルで事件が起きたら気分が悪い」
「はい」
 スタジオで見た防犯カメラには帽子を深くかぶった女性の姿。日付はワンピースが切り刻まれたその日、大体の時間。
 服装は違うが、ビルのカメラに映っていた者と似たような体型だ。小さなウエストポーチを身につけている。ハサミくらいなら入るだろう。
 彼女は誰もいないミクの楽屋に入っていった。
 同一人物だろうか、と都筑は襟足あたりを押さえてうなる。

 嫌がらせだとして、狙っているのは琴、ミクのどちらなのだろうか。

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